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第11章 大開拓時代の幕開け
第253話:移動要塞ハトホルベース
しおりを挟むミ=ゴの艦隊戦から早1週間──本格的な冬到来である。
現実ならば11月下旬だとフミカに教えられた。
もうじきお正月ッス、と具体的な日数を伝えられたのだ。
分析に秀でた能力も手伝っているのだろうが、フミカは年末年始が近付くことに敏感らしい。正しくは盆暮れに開催されるイベントが気になるらしい。
「さすがにコ○ケは無理ッスよね……」
「巨大隕石の直撃で地球が粉砕しかかってる上、全人類がこっちの世界へ飛ばされてる最中にどうしろと……諦めなさい」
「でも、コ○ケを開催すると台風も逸れたって伝説が……」
「それは迷信で俗説だ」
実際には嵐や大雨に見舞われて散々だった時もあると聞いた。
ツバサの友人にも漏れなくオタク方面に造詣がある者が何人もいた。彼らに誘われて現場を垣間見たり、伝聞情報でそんな事実を教えられたものだ。
それでも開催を強行したそうだから逞しい。
「況してや俺たちの祖父さんや父さんの頃には、世界的な疫病が流行したために何年か取り止めたって前例もある。隕石落下なんてそれに勝る天災だぞ?」
諦めなさい、とツバサは念入りに言い聞かせた。
フミカはハンカチを噛んで「くぅ~ッ!」と悔しがっていた。
愛書家で猟書家──同人誌も例外ではないらしい。
「いつか、いつの日か……真なる世界でもコ○ケを開催させるッス!」
「まずは同好の士を集めるのが先だな」
ツバサの話に答えないフミカは“ニヘラ”と変な笑みを浮かべた。
いやらしくて陰湿なことを考えている笑顔だ。
「……3日目の東館とかバサ兄が酷い目に遭ってそうッスよね」
「おいバカ、想像でもやめろ」
「ミロちゃん男体化と考えれば2日目もワンチャン……」
「やめろ、本気でやめろ、それ以上は小突くぞ」
まずは小規模イベントから始めなさい、とアドバイスしておいた。
それはさておき──冬が訪れていた。
ハトホルの谷も紅葉の季節を終えており、現地種族には秋の実りを貯蓄する方法を教えたものの、今年ばかりは甘めでもいいかと母心が囁いている。
当たり前だが、冬は食糧になるものが乏しい。
そこでツバサは自然を支配下に置く過大能力でハトホルの谷周辺をなるべく温暖にしておいた。これなら5つの種族も過ごしやく飢えることもあるまい。
そう、ハトホルの谷も住人が増えたのだ。
猫型の獣人妖精ケット・シーのネコ族──。
ハトホルの谷の丘陵地帯、緩やかな丘に家々を連ねた村を造っている。
海豹に変身できる妖精セルキーのヒレ族──。
丘の脇を流れるソウカイ川の岸辺に岩やレンガ造りの村を築いている。
半人半鳥のハルピュイア族──。
谷近くの小高い山、その山頂を開拓して村を拓いている。
ここに最近加わったのが、過去の現実世界から不慮の事故で転移させられた人々だ。真なる世界の濃密な“気”に当てられ外見が変化したり、人間以上の不老長生を得ているため、厳密には人間と言い難い。
そこで──新たに“妖人”という種族名を宛がうことにした。
彼らはイヨを巫女姫という象徴的な当主として崇め、内政に関しては戦国武将でもあったオリベが仕切り、幹部である三将がまとめていた。
彼らはハトホルの谷を少し外れた平原に村を建てている。
ちょうど丘にあるネコ族の村から降りていき、ソウカイ川の岸辺にあるヒレ族の村へ行く途中の平原だ。交流も上々だと聞き及んでいる。
その妖人たちの集落の隣に──新しい村ができようとしていた。
~~~~~~~~~~~~
高層ビルの建築中に聞こえるような音が鳴り響く。
鉄筋を組み立て、コンクリを流し込み、鋼材を打ち付けて壁にして……家というより要塞でも建設しているような案配だった。
基本的に平屋。高くても三階建てがいいところ。
防御力のありそうな鉄筋製の建物が何軒も建てられていた。
既に居住可能なものもあるが、まだ人数分には足りないらしく急ピッチで工事が進められている。作業に当たるのはスプリガンの娘たちだ。
年長組で体格のいい少女が多く、男勝りな働きぶりを見せている。
彼女たちの陣頭指揮を務めるのは──。
「あんま背が高う威圧的に造っんじゃなかぞ。ここはあくまでおいたちん家じゃ。他ん村ん皆どんに迷惑かけんごつな」
頼れる父さん──ガンザブロンだ。
以前は機械の身体を剥き出しだったが、共に暮らす他種族の手前なのか、つなぎの作業服をちゃんと着込んでいる。
ガンザブロンは建設中の建物を回って娘たちの作業を確認しつつ、時には建物の組み立てを手伝い、時には意見を求められてそれに答えていた。
「──驚きの建築技法ですな、ガンザブロウ殿」
微妙に違う名前で呼ばれたガンザブロンは振り返る。
ゆったりとした足取りでやってきたのは、羽織袴を普段着とする壮年の武士と、巫女姫と呼ぶに相応しい衣装をまとった幼い少女だった。
名前を間違われたことを怒るでもなく、ガンザブロンは首にかけた手ぬぐいで汗を拭うと朗らかな笑顔で彼らに頭を下げた。
「おお、これはオリベ殿にイヨ殿。お疲れさまです」
妖人の集落──その代表を務める姫と武将だ。
硬軟自在の泥を操る能力は未だ健在だが、ほぼ人間の身体に戻ったオリベは仮面を外して素顔をさらすようになった。
口元にちょっと髭を生やした、イケメン寄りのチョイ悪オヤジだ。
イヨも両眼が戻ってきたので目隠しをやめたが、額にある宝石でできた第三の眼が視力の中心であるため、いつも瞼を閉ざしている。
2人が前まで来ると、ガンザブロンは重ね重ね頭を下げた。
そして、申し訳なさそうに謝罪する。
「ほんに申し訳なか……おいたちん家ば造っとに騒々しくしてしめ、ご迷惑を掛けちょりもす。もう数日、辛抱したもんせ」
建築の騒音に関する詫びをオリベは片手で制した。
「なんのなんの、騒がしいのはお互い様よ。我らの町もまだまだ造りかけでござるでな。職人たちがトンテンカン、と仕事に励む音を奏でるは仕方なきこと。むしろ我らの発展を鼓舞する心地良き音色と思いませんとな」
「それにしても……立派なお屋敷が並びますね」
イヨは宝石の瞳でスプリガンたちの家を見つめていた。
「皆さんが機械というカラクリの身体をお持ちなのことも驚きましたが、住む家もこのように金属製とは……重ねて驚かされてしまいます」
「金属製の建物……」
イヨの目線を追うようにオリベもスプリガンの家々を眺める。
そして、過去を思い返すように呟いた。
「鉄板張りの安宅船……途方もなく巨大な鉄甲船……自重で壊れて沈没……信長様大激怒…………うっ、頭が!」
「オリベ様、どうされましたか?」
金属張りの建物が、戦国武将のトラウマを刺激したらしい。
ガンザブロンは話題に合わせて胸板を叩いた。
「ハハハ、おいたちはこん通り身体じゃって目方が尋常じゃなかとです。木材の家ちゅうも憧れもすが……底が抜けたら笑えませんでな」
スプリガンは機械生命体──それだけに重い。
ガンザブロンは図体もデカいから比例して体重が多いのは当然として、外見的には普通の少女と大差ないスプリガンの少女たちもそれなりに重い。
こればかりは機械生命体の宿命というしかない。
そのため普通に暮らす家も鉄筋製の頑丈なものが求められる。
こういった建築技術はダインに教えを請うまでもなく、方舟の応急修理で培ってきたので家を建てるぐらいお茶の子さいさいだ。
建築作業のため、忙しなく行き来するスプリガンの娘たち。
彼女たちの仕事ぶりを眺めていたオリベが、あることに気付いた。
「初めてお目に掛かった際には娘御たちがこの倍はいたとお見受けしたが……数が少なくありませぬか? 半分くらいしかおらぬような……」
武将とは一目で兵数の概算を測るものだ。
オリベはスプリガンが初めてハトホルの谷へやってきた時、目算ながらも彼らの総数を測っていたらしい。危機管理能力に基づいた目敏さである。
ガンザブロンは隠すでもなく打ち明ける。
「ここにおる娘たちは3分の1ってとこじゃ。残りは“上”で基地ば造ったり、船で見廻りに行ったりと、銘々にちゃんと働いちょりもす」
ガンザブロンとオリベたちが話し込んでいる。
そこへ何人かの個性的な娘が作業の合間を縫ってやってくると、ここぞとばかりに自己アピールを始めた。
「オレたちはガンザブロン一筋ですから!」
「ここでの作業に従事する者は“ガンザブロン命!”の者ばかりです」
「ガンザブロンが地上に降りる言うたんでくっついてきました!」
女の子──というより少年みたいな娘ばかりだった。
背丈もあるし体格もいい。なので女性的なスタイルの発育もいい娘が多いのだが、雰囲気というか態度というか、そういったものが男前なのだ。
「ぶっちゃけガンザブロンと子作りしたいです」
なので、歯に衣着せない物言いまで男前だった。
「おまえらッ! お客人の前でなんちゅうハレンチなこと言い寄るとじゃ! おいなんかじゃなく、若大将と子を成せと口酸っぱくして言うとるばい!」
怒られても娘たちはケラケラ笑っている。神経も図太い。
一方のガンザブロンは、勝ち気な娘たちに心労が絶えぬようだ。
「まったく……種族の繁栄は大切じゃっどん、親が娘を抱くなど倫理に反するとよ……若大将は良か二才じゃ。おはんらも子なら若大将にねだれち」
ガンザブロンの説教に娘たちは「はーい」と返事はする。
だが、その目は諦めていない。
「血を遺すためとはいえ……大変そうですなぁ、ガンザブロウ殿」
「女子ばかりで男子が極端に少ないと難儀ですね……」
オリベとイヨは苦笑して同情する他ない。
とはいえ、事が男女の絡みに及ぶ話題なので大人の苦笑いだ。
「それにしても……」
オリベは空の上──雲の彼方を見上げる。
雲の向こう、眼を細めると微かに見える影があった。
それを見つめてオリベは羨ましそうに呟く。
「まさか“上”に砦を建てるとは……神々のされることは壮大ですな」
~~~~~~~~~~~~
オリベが見つめていたのは──空に浮かぶ島だった。
羽衣のように雲をまとい、空に佇む巨大な島。
その大きさは現実世界でなら屋久島に匹敵するだろう。
起源龍──ジョカフギスとムイスラーショカ。
かの兄弟が住み処とした空に浮遊する島である。終焉龍との決戦を経て、ツバサが譲り受けていた(※第103話参照)。
貰ったはいいが使い道が決まらなかったため、ずっとツバサが技能で作った時間が意味を成さない特殊空間“異相”に仕舞われていたものだ。
この度、ようやく日の目を見られたことになる。
──移動要塞ハトホルベース。
そう名付けられた浮遊する島はツバサたちの第2拠点となり、スプリガンたちが警護兵として配属される軍事施設に改められた。
スプリガンを保護する──そう宣言したのは他でもないツバサだ。
当初、スプリガンを方舟ごとハトホルの谷へ連れてきたら、谷の警護を任せればいいと安直に考えていた。妖精の守護者たる彼らには相応しい。
スプリガン総司令官であるダグも二つ返事で請け負ってくれた。
だが忘れてはならないのが──天梯だ。
スプリガンの使命は天梯たる世界樹を守ること。
そのために500年もの間、天梯を乗せた方舟を死守してきた。
異次元からの侵略者である蕃神が狙っている以上、彼らとの大戦争が終わらない限りは天梯を大地に根付かせるのは愚策である。もしもの時など考えたくはないが、いざとなれば戦火を避けるべく逃がしたい。
そうなると、方舟に乗せたまま世界を放浪するかのように1ヵ所に留まらせない方がいいのだが、それだとスプリガンの負担も大きい。
そこで浮遊する島の出番である。
この島はツバサとミロの所有物となっており、その意に従って自由自在に動かすことができる。早い話、移動要塞として使えるのだ。
この島をダインとジンに頼んで改造してもらった。
基地と呼ぶに相応しい機能と要塞と呼ぶに相応しい堅牢さ。これらを兼ね備えた上で非常事態にはハトホルの谷に暮らす者たちを避難させる施設や、しばらく生活できるだけの設備など、至れり尽くせりの充実振りだ。
もはや軍事都市である。
この浮遊島に──天梯を植え替えさせてもらった。
スプリガンにはハトホルの谷の警護を任せ、本来の使命である天梯の護衛はこのハトホルベースで就いてもらう。この基地を拠点とすることで、真なる世界に点在する世界樹跡地の見廻りも行ってもらう予定だ。
ハトホルベースは今後、ハトホルの谷周辺を巡回。
有事の際には移動要塞となり、天梯を抱えて安全地帯まで避難する。
~~~~~~~~~~~~
空に浮く島の外園は、軍港のよう波止場が整備されていた。
そこには方舟クロムレック、工作艦アメノイワフネ、それにハトホルフリートが停泊していた。波止場にはまだ数隻分の余裕があった。
近くには船渠もあり、定期メンテナンスも受けられる。
島の中心に聳える山の中腹には、ハトホルの谷にあるツバサたちの我が家に似た建物がある。ここは我が家が何らかの理由で放棄された際、新たな拠点となるべく建てられた第2拠点である。中身もほとんど一緒の構造だ。
ただ、基地でもあるため防御力は桁違いである。
防壁などもしっかり完備されていた。
波止場の近くには、スプリガンの基地が建てられていた。
ここは工廠も兼ねており、スプリガンたちが『巨鎧甲殻』を整えたり、ダインやジンが作り方を教えた兵器などの製造開発を行っている。
ツバサたちの第2拠点やスプリガンの基地周辺は物々しい。
それ以外の土地にはほとんど手を付けられておらず、青々とした自然が残されているのだが、その下には数々の防衛システムが隠されていた。
ハトホルベースが襲撃された際、これらは一斉に起動。
迫り来る敵に向けて、ラピュタの雷もかくやという都市壊滅級の攻撃を四方八方へ振りまく。こうなると防衛ではなく殲滅システムである。
勿論、マリナの過大能力を基礎とした防護フィールドも展開中だ。
その防護フィールドを──1隻の空飛ぶ艦船が潜り抜ける。
全長100m前後、方舟やハトホルフリートと比べたら小型な艦。
あれらが空母や戦艦だとしたら、これは差し詰め駆逐艦に相当する。小回りが利きそうなサイズで、細目のフォルムはいかにも速度重視である。
ちょうど空の航海から帰ってきたところだ。
艦首を港に向けて進んでおり、波止場へと船体を近付けていく。
波止場で待機していたスプリガンの娘たちが入港作業をサポートする。
その中には司令官補佐であるディアもいた。
駆逐艦めいた艦が波止場に停泊し、数人の乗員のスプリガンたちが降りてくる。その先頭を歩いてきたのは、双子の姉妹であるブリカだった。
清楚な貴婦人のディア──凜々しい女将軍のブリカ。
見た目も中身も正反対な双子の姉妹は数日ぶりに再会すると、笑顔でハイタッチをして互いの無事を祝した。
「お帰りなさいブリカ、新しい艦の調子はどうだった?」
「最高だったぞディア。さすが工作の神たるダイン様の手掛けた船だ」
ブリジット姉妹は新しい艦を誇らしげに仰ぎ見る。
高速偵察艦──メンヒルⅠ。
方舟に代わって世界各地にある世界樹の跡地を調査するために造られた、偵察と情報収集を主目的とする艦船だ。全部で6隻造られている。
偵察メインの艦なので戦闘能力は大してない。
と思っていたのだが……。
『だけんど“戦えない”とは一言もいうちょらんぜよ』
『おいバカ息子、何を搭載した? 言え、吐け、お母さんに教えなさい』
ダインを抱擁で締め上げた結果、かなりの火力があると判明。
あれから改造して攻守ともにヴァージョンアップさせた方舟にこそ及ばないものの、ミ=ゴの円柱型戦艦と渡り合える力を持っていた。
「今回の旅路では、その火力にお世話になることはなかったがな」
ブリカはちょっと物足りなそうに言った。
「しかし、方舟より大きさも重さもないとはいえ、遙かに上回るスピードのおかげで、ここから一番近い世界樹の跡地まで半日足らずで到着した。広範囲のデータを精密に調べられる観測機のおかげでどの調査も捗ったぞ」
「じゃあツバサ様からのご指示も?」
ディアに訊かれたブリカはやや罪悪感に顔を曇らせた。
「ああ、他種族の発見と保護だな……残念ながら今回の試験飛行では見つけることができなかった。だが、最近までそこにいたという痕跡はいくつかあった」
「それだけでも朗報ね。ツバサ様もお喜びになるわ」
そう願いたい……とブリカは返した。
積もる話はまだあるようだが、ブリカの視線はキョトキョトと波止場のあちこちに飛ばされていた。それに気付いたディアはクスリと微笑む。
「ダグ君ならいないわよ。今日は総司令官としてツバサ様たちにお付きだから」
「そ、そうか……べ、別に弟を探していたわけではないからな!」
バレバレのツンデレ台詞を吐いておきながらブリカは問う。
「……で、ダグはツバサ様たちとどこへ行ったんだ?」
わかりやすい姉妹の態度に笑みを濃くしたディアは、ある方向を指差した。
その先にあるのは──透明なドーム。
植物園で見掛けるガラスドームを大きくしたようなものだ。
「ツバサ様たちとダグ君ならあそこ……天梯園にいるわ」
~~~~~~~~~~~~
──天梯園。
屋久島ほどの面積を有するハトホルベースの一角に造られた巨大ガラスドーム。
その内部に設けられた天梯のための庭園である。
方舟内部にあった天梯の部屋──鎮めの間。
その基本設計を読み解いたダインとジンが、鎮めの間をベースに新たに設計した特殊ドームだ。全ての天梯は苗木も含めてこちらに植え替えてある。
勿論、スプリガンたちの亡骸も──。
工作者たちが少しだけ手を加えて、見目を綺麗に整えてから跪いた姿勢のまま眠りについている。これが彼らの墓標であることに違いはない。
スプリガンの勇士たちが眠る園でもあるのだ。
彼らに守られるようにして、ドームの中央に鎮座する世界樹。
その前にはツバサが佇んでいた。
後ろにはダイン、ジン、ダグの3人が控えるように立っている。
ツバサたちはいつもの格好だが、ダグはファッションが変わっていた。
緑の長い髪を整えて見栄えを良くし、赤と青のツートンカラーを基調とした軍服らしい衣装を着ている。先代総司令官が愛用したものらしい。
父の遺志を引き継ぐ──その決意の表れか。
こうしていると貫禄がついてきたように思える。
ツバサが特盛りの爆乳を邪魔そうにしながら腕を組み、世界樹を無言で見上げていると、ジンが一歩前に出て語り出した。
「ここの浮島の土はベリーグッドだったんですけど、鎮めの間にあった土をフミカちゃんに解析してもらって、ちょっとだけ土壌を濃いめにして世界樹にベストマッチしたものに調整しておきました。あと、新鮮な空気を取り込むためと、風を感じられるようにドームのガラスは開閉式。ナイスなそよ風が漂ってきたら感知して開いたり、きつめの強風が来たら閉じるようにセッティングされとります」
次いでダインも前に出て説明を始める。
「ガラスドームじゃけど強度は最硬。ドームの骨組みはアダマント鋼じゃき滅多なことじゃへこたれんし、ガラスもミスリル配合で粘り強い特級強化ガラスにしちょる。その外側には強力な防護フィールドを張っちょるきに、たとえ絨毯爆撃にさらされようとも傷ひとつつかんぜよ」
ふむ、とツバサは細い顎を揺らして小さな納得を示した。
それから復唱するように自分の言葉で繰り返す。
「そして、このドームは鎮めの間と同じものであり、世界樹を必要以上に成長させない力がある。あと、世界樹のストレスを緩和させる効能も追加したと……」
ささやかながら、ドームの天井も鎮めの間よりは高い。
世界樹が成長しきると浮遊島を墜落させかねない大きさになる可能性があるので制限はかけたが、それでも方舟の中よりゆったりしているはずだ。
ここなら全高100mくらいまで梢を伸ばすことができる。
「パーフェクトだ──工作者たち」
ツバサはダインとジンを素直な賛辞を送った。
工作者たちは満足そうに微笑み、“ズパッ!”と聞き慣れない効果音が鳴る仕種で利き手を胸に当てて畏まった。それから浅めに頭を下げる。
「「──感謝の極み」」
2人の返事に軽く頷いたツバサはダグへと振り返った。
「ダグ、これから此処を守るのがおまえたちの仕事だ。ハトホルベース、ハトホルの谷、そして天梯園……これらの警護、しっかり頼んだぞ」
「──はい、お任せください!」
ツバサの言葉にダグはすぐさま跪いて応じた。
「我らスプリガン、不惜身命の誓いを立ててこれに望ませていただきます」
ダグの宣誓を受けたツバサは静かに頷いた。
そして世界樹へ振り返って見上げると、優しげな声音で訊いてみる。
「おまえも……これでいいだろ?」
ツバサは地母神──森羅万象と心通わせることもできる。
物言わぬ草木の気持ちもわかるのだから、神格に等しい“気”を蓄える世界樹の声など人語のように聞き取れるのだ。彼というか彼女というか、天梯は鎮めの間で出会った時から、ずっとツバサに語りかけてきていたのだ。
いや、頼み込んできたというべきか──。
『お願い、助けて。彼らを。これ以上。苦しんでほしくない』
『みんな。死んでいく。わたしのため。哀しい。辛い。悲しい。悔しい』
『力ある女神。彼らを助けて。あなた。聞こえてる。わたしの声』
こんな調子で、子供みたいな片言で訴えてきた。
ガンザブロンの自決を止めたのも世界樹だ。
世界樹は己の内に在るスプリガンたちの記憶を解放して、ガンザブロンに「死んではいけない」と訴えた。先代総司令官たちは既に亡くなっているが、彼らの生きた記憶を世界樹は見届けてきた。
数多の記憶を幻影に託して語りかける。
それがガンザブロンの特攻を思い止まらせたのだ。
自分を大切にしてくれた妖精たちを、これ以上死なせたくなかったらしい。
ある種、子供のワガママにも通じる。
子供の頼みは断れない──地母神の悲しい性。
「スプリガンは俺たちで面倒を見てやる。世界樹も前よりは広くて日当たりのいいお部屋にご招待してやった……これで満足だよな?」
ツバサが問い掛けた瞬間、ザァ……と天梯の枝葉が風に揺れた。
「なんじゃ? 急に風が出てきたのう」
「あれ? ガラスドームはどっこも開いてないんだけど?」
ダインとジンが首を傾げる中、ツバサの耳には確かに聞こえた。
『ありがとう──お母さん』
ツバサが本当は男であることを知っているのにこれだ。
植物のくせして、感謝の中に洒落っ気のある皮肉を混ぜてきやがった。
「…………誰がお母さんだ」
ツバサは半眼で呆れた微笑みのまま、決め台詞で返した。
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