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第11章 大開拓時代の幕開け
第252話:戦争終結~帰る場所へ
しおりを挟む真なる世界へ打ち込まれた歪な楔。
その楔であるミ=ゴ艦隊の超弩級戦艦を叩き潰すべく、ダグザディオンの鉄槌がエメラルドの波動を漲らせて振り下ろされる。
主砲のエネルギーさえ無効化するダグザディオンメイス。
その直撃を受けた超弩級戦艦は一瞬だけ耐えたものの、滅びを加速させる圧力に屈して塵となっていった。鉄槌が叩き潰しているようにしか見えないが、実際には磨り潰しているというべきだろう。
「消え失せろおおおおおおおおおぉぉぉーーーッ!」
ダグザディオンは雄叫びを轟かせ、鉄槌を押し込んでいく。
巨神王の鉄槌がめり込んでいくと、塔のように突き立っていた超弩級戦艦は先端から徐々に消えていき、やがて船体の半ばまでが塵となった。
もう艦を制御することもできまい。
ダグザディオンは次元の裂け目を乗り越える。
そして、超弩級戦艦を一握の塵すら残すことなく叩き潰した。
「ふむ──終わったようだな」
邪神と化したナイ・アールと戦闘中ながらも、戦況を確認していたレオナルドは掌中で不可視の杭を転がした。
一方、月に吠えるものはピクリとも動かない。
身動ぎするだけで“虚数穴”を打ち込まれるからだ。
ハトホルフリートにちょっかいを出せば杭で刺し、ミ=ゴの援護に動こうとすれば杭で貫き、レオナルド自身に攻撃しても杭で穿ち──。
「何をやっても串刺しなんですけどぉぉぉー……?」
ナイ・アールは弱音のため息を吐いた。
邪神になったというのに情けない。ため息を吐く口がどこにあるのだろうか? 頭部の代わりに生えた触手の根元にある穴がそうなのか?
レオナルドの知ったことではない。
「おまえを自由にさせるわけないだろう」
スプリガンVSミ=ゴ艦隊。
その戦争が終結するまで気が抜けない。
ナイ・アールの挙動を具に観察して、わずかでも妙な素振りを見せれば不可視の杭を乱射をする。跡形もなく消し去るつもりで“虚数穴”を放つのだが、どうしても抹消できないので腸が煮えくりかえっているところだ。
足止めに留まっているのが腹立たしい。
この男、人類の裏切り者というだけではない。生かしておけば厄ネタになること間違いなしの危険を確実に孕んでいる。
死ににくいのも才能なのか──はたまた過大能力か。
「言ったよな、ナイ・アール──おまえは有能だ」
何をやらせてもそつなくこなす。そこだけは認めてやる。
だからなのか自己評価への過信が過ぎるのだ。
いわゆる自惚れ、仏教用語で説くところの増上慢に囚われやすい。
(※増上慢=悟りも開いてないのに、すべてを悟ったかのように思い上がる慢心のこと。『増上、卑下、我、邪』の四慢や『慢、過、慢過、我、増上、卑劣、邪』の七慢といくつか種類があるうちのひとつ。良い意味で捉えれば自己肯定が高い)
軍師からの愚か者を諭すような弁論は鳴り止まない。
「ミ=ゴに艦隊決戦を唆しておきながら、俺たちがそれを上回る戦力を有していた場合、おまえが戦況をひっくり返す算段だったんだろ? だからろくに警戒もせず下調べすることもなく、ミ=ゴを嗾けてきた」
見誤ったな、とレオナルドは上司目線で説教する。
「俺がいるのに気付いたかどうかも知らんが、ツバサ君とミロ君の実力を垣間見た時点で、もっと慎重に行動するべきだったんだ。彼我の戦力を正しく推し量れば、ミ=ゴも全滅は免れただろうに……」
もっとも、こちらにはダグザディオンという伏兵もいた。
完成は10時間後と聞かされていたので、開戦には間に合わないと踏んでいたのだが、蓋を開けてみれば武勲ものの功労者である。
俺の読みもまだまだだな──レオナルドは内心自嘲した。
「おまえも高位の神族になっているようだが……こちらはLVの低い神族ばかりで、自分1人でも逆転の目があると踏んでいたんじゃないか?」
この“月に吠えるもの”はそのひとつだ。
こいつを自由にさせておけば、触れたものを侵食する能力で手当たり次第に異質化させ、戦場を大混乱に陥れたこと請け合いである。
──それだけではない。
ナイ・アールは逆転を目論める鬼札を伏せていると見た。
それを切られたら厄介なので、見張りも兼ねて相手をしてやっているのだ。腹の虫が暴動を起こしそうなほど嫌だが仕方ない。
こちらの切り札であるツバサ君やミロ君に任せるわけにはいかない。
カンナ、クロコ、マリナ君、バリー君、彼らでは役不足。
ダイン君、フミカ君、ジン君は作業中だった。
「こういうのも貧乏クジというのかな……」
人差し指で銀縁眼鏡のブリッジを押して、レオナルドは嘆息する。
「だからぁぁぁー、先輩はボクのダンス相手を務めたとぉぉぉー……?」
「気色悪い言い方をするな、抑えに回ったと言え」
同じことですよー、とナイ・アールは普通の口調で言った。
またしてもコマ送りみたいに画像がすり替えられたような感覚に囚われると、月に吠えるものが消えて人間のナイ・アールに戻っていた。
相変わらず能力の仕組みが掴めない。
分析や走査を幾重にも走らせているのだが、未だ詳細不明と出る。
蕃神の力が混ざっているせいか読み取りづらいようだ。
「何にせよどうにせよ、ボクの負け……いえ、ミ=ゴさんたちの完封負けですねー。やんごとなき御方に“暖簾分け”してもらったからってー、図に乗っちゃったのが失敗ですねー。ボクってお調子者だから2倍掛けで油断してましたー」
「どちらかというと2乗掛けだろ」
レオナルドは嫌悪感剥き出しのあきれがでツッコんだ。
実はツバサ君も「修理のフリで引っ掛かるか?」と怪訝だった。
そこを押してレオナルドは説得したのだ。
『ナイ・アールは実力こそあるが、根拠のない自信家な面がある。対象に少しでも弱味を見つければ、自分の力だけでやり込めると深く考えずに手を出す。恐らく、この程度の罠でも引っ掛かるはずだ』
見事に一本釣りだったので、レオナルドも驚いている。
ナイ・アールは気付きにくい速度で、ゆっくりと距離を離していく。
退くつもりらしいがレオナルドは油断しない。
「はてさて、ミ=ゴさんたちもここまでコテンパンにされ……き゜ゃんぼっ!? たら、当分はこちらの世界に派兵する気力も起きな……じぶずっ!? いでしょうから、この場の勝利は先輩たちに譲りま……ぢょう゛ぅん!」
そして、逃げ腰だろうと容赦しない。
ナイ・アールを存在の根底から消し去るべく、虚数空間へ堕とす杭を打ち込んでいるのだが、やっぱり殺しきれなかった。業腹極まりない。
「あのー……去り際ぐらい綺麗にさせてくれまぜんがぁぶぅあっ!?」
「逃がすつもりはない。この場で死んでいけ」
譲歩を求めるナイ・アールを串刺しの刑に処す。
しかし、口惜しいがこの裏切り者を始末できないのは、手合わせしたレオナルドがよくわかっていた。能力の本質を掴まなければ殺し尽くせない。
「残機があることまでは読めたが……正確な数がな」
何回殺せば尽きるのか? どういった条件で残機が増えるのか? こうして残機を減らしている間にも1UPしている恐れはないのか?
そこを検証したいところだ。
「能力が身バレする前にお暇させていただきますよー」
当然、ナイ・アールは逃亡を図ろうとする。
全身から黒い霧を湧かせ、存在感を希薄にしていった。
ああそうそう──消える間際、ナイ・アールは人差し指を立てた。
「ミ=ゴさんたちを完封した戦勝記念とー、大好きな先輩にお慕いする後輩の誼でひとつ、素敵なヒントを差し上げましょー。きっと役に立ちますよー?」
「ヒント……?」
ヒント、ということは情報か?
鵜呑みにするつもりはないが──耳を傾けたくなる。
この男の言うことなどは何一つとして信用ならないが、自信過剰がゆえにいらぬところで口を滑らせる。それが役に立つかも、という直感が働いた。
ナイ・アールは消えかけた口で楽しげに明かす。
「お察しの通り、ボクは先輩方の仰る蕃神、その1柱であるやんごとなき御方の息が掛かった者……即ち、人類にあっかんべーをした裏切り者ですー。そんなボクにあの御方が下した命令は、たったひとつだけなんですよー」
メチャクチャに引っかき回せ──です。
この発言にレオナルドは瞠目する。
逃げるナイ・アールに追い打ちをかけることも、もしかしたら彼であろうと抹殺できるかも知れない秘蔵の奥義を放つことも忘れてだ。
「ではでは──グッバイ、アディオス、オールヴォワール!」
またお目に掛かりましょー、と言い残してナイ・アールは消えた。
もはや追撃する気も起きないレオナルドは、ナイ・アールの言葉を脳内で幾度も反芻して、その真意を読み解くことに熱中していた。
「メチャクチャに……引っかき回す……まさか…………」
ナイ・アールの言葉をまともに解せば「真なる世界を引っかき回す」という意味になるが、あの男は「引っかき回す」の主語を定めなかった。
引っかき回すのは真なる世界か? それは疑う余地もない。
だが、もしも──。
「主語に該当するものが、途轍もなく広いとしたら……?」
この世界どころではない。
蕃神側も連携らしきものが取れておらず、各種族で勝手に侵攻作戦を進めている点を鑑みるに、一枚岩ではないという確信があった。
しかし、ナイ・アールのヒントが最悪の連想を閃かせる。
「蕃神の一員が……味方の勢力をも引っかき回している……のか?」
ナイ・アールは自らに力を与えた存在を、あの「ナイアルラトテップ」だと半ば認めていた。そして、這い寄る混沌は真性のトリックスターだ。
敵も味方も混乱に陥れ──傍観者を気取ってあざ笑う。
「そもそもの話……まともな神経をしていればツバサ君とミロ君、2人の力を間近で見て、すぐに再戦を挑むはずがない……」
ミ=ゴを混乱させるため、ナイ・アールが煽った?
勝ち目はある、勝率は十分、今がチャンス──そう唆したのでは?
予測しようにも情報が足りず、仮説を立てるには材料が足りない。
「ナイ・アール、その背後にいる蕃神……ッ!」
自分の思考が及ばないことに、レオナルドはビシッと決めたオールバックを掻き毟るほど苛立った。獅子の如く牙を剥いて激昂する。
「一体……何を企んでいるのだ!?」
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次元の裂け目から、エメラルドの燐光が立ち上る。
ミ=ゴ艦隊の主力である超弩級の円柱型戦艦を、文字通りに微塵となるまで叩き潰した鉄槌を掲げて、ダグザディオンがこちらの世界に帰ってくる。
神族と化した機体は、次元を越えた活動にも支障ないらしい。
旗艦を含め戦艦26隻──兵士機と呼ばれていた艦載機は無数。
あの大軍勢をたった1機で撃破したのだ。
若き総司令官の勝利に、スプリガンたちは喝采を上げる。
ほとんどの娘たちが「結界を出るなよ」という指示も忘れて、次元の裂け目から戻ってきたダグザディオンに駆け寄っていく。ツバサは止めようと口を開きかけたが、「さすがに野暮か」と考え直した。
誰よりもこの勝利に浸っているのは、ダグに他ならない。
ダグザディオンのロボットらしい目元には冷却水の涙が滲んでおり、やがて滝のように水流を溢れさせた。
「やったよ……父さん、母さん、みんな……」
500年もかかってゴメン……そんな呟きが聞こえた。
一族を苦しめ、父や母を奪った怨敵を討てたのだ。
天梯を守るという使命も果たしたので、感無量なのだろう。
ダグは今、かつてない達成感を得たはずだ。
それは同時に──張り詰めた緊張の糸を緩ませる。
「……ッ!? ち、力が……?」
ダグザディオンの瞳から光が失せ、四肢から力が抜ける。巨大なメイスを支えることもできなくなり、姿勢まで崩していた。
「いかん、もうエネルギー切れを起こしちょるんか!?」
「ダグザの大釜といえど限界超えればこうなるッスか!?」
「だから試し乗りで無茶しちゃダメって言ったのにーッ!?」
ダイン、フミカ、ジンがいきなり騒ぎ出した。
巨神王の不調は止まらない。
ダグザディオンは表面を覆っていたエメラルドのコーティングが剥がれていき、その下から素の装甲が現れるのだが、それは何年も戦い続けたかのようにボロボロの傷だらけになっていた。
「まだまだ改善の余地がありそうだな、工作者たち」
ツバサは、ダグザディオンの不調を見抜いていた。
強すぎるのだ──ダグザディオンメイスが。
同質の破壊力を持つツバサの技『滅日の紅炎』もそうだが、滅びに加速させる力というのは莫大なエネルギーを費やす。
──そのうえ諸刃の剣だ。
それだけの力を対象に加え続けるのもさることながら、反動にも似た余波を自身も浴びることになる。これに耐えなければ使いこなせない。
ツバサは過大能力のおかげでエネルギーには事欠かないし、限界を超えて肉体を強化する過大能力もあるから問題ない。更に保険として『滅日の紅炎』を使う時は滅びを加速させる圧力を中和させる波動を発していた。
ここまで対策しているからこそ、自分の安全を確保できているのだ。
しかし、ダグザディオンは不完全だったらしい。
「ダグザ・コールドロンとゴールデン・ハープだけでは、ダグザディオンメイスが発する“滅びの波動”を御しきれなかったんだ」
戦闘不能に陥ることこそ免れたものの、機体は反動を浴びて疲労骨折ならぬ疲労損傷。おまけに反動を押さえ込もうと全力を出し続けたダグザの大釜は、神の秘宝らしからぬエネルギー切れを起こしてしまった。
無限の大釜の底が尽きるほどの威力──だったということだ。
とうとう黄金の翼から“気”で覆われた皮膜も消える。
こうなると飛ぶどころか空中に浮かぶこともできなくなり、身体を傾けたダグザディオンはメイスと取り落としそうな格好で落ち始めた。
落ちる先にあるのは──次元の裂け目だ。
浮上してきたばかりの次元の裂け目に落下しようとしている。
「──ダグ様!? みんな、若様を支えて!」
スプリガンの娘の一人が叫びながら飛び出すと、自らが率先してダグザディオンに取り付いた。ウェイト差があっても構わず支えようとする。
この叫びに反応するまでもなく、スプリガンは一斉に馳せ参じた。
スプリガンの少女たちはダグザディオンの巨体にしがみつき、各々の飛行能力で持ち上げようとする。だが、何分にも人数が足りない。
落ちていくダグザディオンに気付いて、戦場に散っていたスプリガンたちも駆けつけるのだが、それよりもダグザディオンの落下が早かった。
ダグザディオンも重いが、手にするメイスもスーパーヘビー級だ。
これも秘宝のひとつ、決して蔑ろにはできない。
スプリガンの少女たちはメイスにも必死になって取り付いた。
「みんな……離れろ……おれに、巻き込まれるな……」
ダグザディオンの中から、喉を振り絞ってダグが呼び掛ける。
その声が聞こてもスプリガンの少女たちの行動は変わらない。歯を食いしばって顔を真っ赤にして、ダグザディオンを支えていた。
総司令官を次元の向こう側へ堕とすことなどできない!
スプリガンたちは懸命に支えるが、力を失った巨神王は落ちゆくばかり。
「もうっ……ダメ、かも……きゃあっ!?」
率先して駆けつけた少女が弱音を漏らしかけた時、不意にダグザディオンが軽くなった。他の少女たちもびっくりして悲鳴を上げている。
ダグザディオンは落下を停止、しっかり支えられていた。
「──よぉ気張った、ダグ君」
ダグザディオンを支えたのは、その巨体を上回る50m級の超巨神王。
グレートダイダラス──ダインの追加武装ロボだ。
巨神王ダイダラスという大型トレーラーが変型した巨大ロボに、サポートメカのテンリュウオーとチリュウオーというドラゴン型メカが合体。
完成するのが50m級の超巨神王グレートダイダラスである。
いつの間にかダグザディオンの背後に現れていた【不滅要塞】の門からグレートダイダラスが腕を伸ばし、落下中のダグザディオンを掴んでいた。
そのまま機体を持ち上げて自分の肩を貸してやる。
身長差があるので担ぎ上げていたが──。
「あれれ? ダインがこっちにいるのに、グレートダイダラスがあっちに?」
ミロは超巨神王とダインを交互に見比べている。
「リモートコントロールじゃ。こないだ改造しといたぜよ」
「万が一の時、新妻のウチでも遠隔操作できるようにしてあるッス」
ダインとフミカは揃って親指を立て、サムズアップで返してきた。
2人は甲板から飛び降り、ダグザディオンの元へ向かった。
ツバサたちも“最後の〆”がある。ボヤボヤしている暇はない。
「カンナさん、マリナのことお願いします」
「心得ました! クロコなんかよりしっかり子守させていただきます!」
マリナの面倒を頼むと、カンナは張り切る笑顔で敬礼する
一抹の不安は過ぎるが、もうじきクロコやバリーも戻ってくるし、変態だが神経はまともなジンもいるので滅多なことはないと思いたい。
「行くぞミロ、おまえ待望の手番だ。働け主人公属性」
「よっしゃーッ! アタシが主人公ならツバサさんがヒロインね」
「──誰がヒロインだ!」
皮肉をぶつけたらストレートに返してきて、挙げ句の果てにヒロイン枠に収められそうになったツバサは決め台詞で怒鳴っておいた。
ミロを連れたツバサは上空を目指す。
見下ろせば、ダインたちはダグザディオンの元に辿り着いていた。
ダグザディオンを肩に担ぐグレートダイダラス。
「初陣で初金星たぁ大手柄じゃのぅ! ガンザブロンのおっさんじゃないが、良が兵子ぜよ! スプリガンを率いる総司令官に相応しい門出じゃな!」
「頑張ったッスね、ダグ君。格好良かったッスよ」
機体に適当なスペースを見つけて降り立ったダインとフミカは、ダグザディオンの内部にいるダグに労いを込めた賞賛の言葉を投げ掛ける。
「ダイン様、フミカ様……ありがとうございますッ!」
光を失ったダグザディオンの両眼から、また冷却水の涙がこぼれ落ちる。
グレートダイダラスに担ぎ上げられダグザディオンだが、それでもスプリガンの少女たちは支えることを止めず、寄り添うように取り付いたままだ。
全員を担ぎ上げて、グレートダイダラスは上昇する。
工作艦アメノイワフネを通り過ぎて、方舟クロムレックの高さまで戻ってくるとダグザディオンを方舟の甲板へと着地させた。
ダグザディオンメイスもそっと降ろす。
それでも甲板にめり込み、方舟が傾きかけるほどだ。
甲板に足がついて安心したのか、ダグザディオンは膝から崩れていきそうになるも両手をついて堪える。
ここでようやく──合体と変形を解除した。
次元の裂け目の上空でバラけると墜ちた時の回収が困難になるから、最後の力を振り絞って耐えていたらしい。ここなら甲板に転がるだけだ。
大鹿、雄牛、巨猪、2匹の猟犬、そして若武者の機体。
6体の『巨鎧甲殻』は甲板に横たわり、本体のダグが着込む若武者を模した機体も四つん這いになっている。どの機体もダグザディオンメイスの反動で今にも壊れそうで、外装が剥がれるほどひび割れていた。
1体、1体、時間を掛けて道具箱に回収されていく。
最後に若武者の『巨鎧甲殻』が変型してダグが吐き出される。
ダグ自身、疲労困憊でヘトヘトだった。
「あっ……ぐぁっ!」
甲板に降りた時、立とうとしたが両脚に力が入らずに倒れ込んでしまう。機械の身体だというのに汗まみれ、目の下には濃い隈で縁取られている。
人間らしい肌で覆われた顔も傷だらけだった。
あれだけの『巨鎧甲殻』を重ね着していたのに、内部にいたダグにもこれだけの傷を負わせる。それがダグザディオンメイスの威力を物語っていた。
スプリガンの少女たちは手を貸そうと駆け寄る。
そんな少女たちの群れを押し退け、真っ先に駆けつけた2人。
他でもない──ブリジット姉妹だ。
自分たちの『巨鎧甲殻』から飛び降りて、涙の跡が空中に軌跡を描くほどの勢いで駆け寄ると、最愛の弟に左右からガッシリ抱きついた。
「ダグ! よく、やってくれた! おまえが……おまえが我らの司令官だ! もう自分を蔑むことも悩むこともない! おまえは過去にも未来にもいない、一族最強のスプリガンになれたんだ! もっと胸を張れ!」
我が弟よ──ブリカは顔が潰れそうになるまで頬ずりする。
「頑張ったね、ダグ君……うん、お姉ちゃんは知ってるから……ダグ君が苦しんだことも、誰よりも努力していたことも……神様たちのお力添えもあったけど、その努力が実を結んだんだから……もっと自分を誇っていいんだよ」
可愛い私の弟──ディアも融合しそうなほど頬をすり寄せる。
さすがブラコン姉妹、弟の苦悩に胸を痛めてたらしい。
だからこそ、弟が悲願の仇討ちを果たせたこと、大きな戦果を上げて総司令官に相応しい功績を上げたことを、我が事のように喜んでいるのだ。
「ブリカ姉さん、ディア姉さん……ありがとう……」
ダグは動かすと破片が飛び散るほど壊れかけた両腕に力を込め、抱きついてくる姉妹を愛おしげに抱き寄せた。力加減も難しいだろうに……。
「心配させて……ごめん。でも、もう……大丈夫だから……ちゃんと、総司令官として……みんなを、導いていくから……もっと、頑張るから……」
期待してよ──そう呟くのがダグの精一杯だった。
ブリジット姉弟が家族愛を深めている。
するとそこに、彼がのっそり近寄っていった。
「若大将……よくぞ、これほどの武功を……まっこと良か二才じゃッ!」
ダグの前に立ったガンザブロンは跪いた。
「亡き先代様も奥方様も、若に指南した仲間たちも、きっと草葉ん影で喜んじょるはずじゃ……おいも今日ほど嬉しか日はあいもはん……ッ!」
顔を上げたガンザブロン、壮年を越えた男の顔は涙にまみれていた。
「若大将こそ……スプリガンん誉れじゃ!」
ガンザブロンの褒め言葉に、ダグはくすぐったそうに苦笑した。
ありがとう、と小さく答えてからダグは続ける。
「ガンさん……さっきみたいなことは、もうやめてくれよな……」
ガンザブロンの肩がビクリと震える。
さっきのこととは、自爆してでも方舟を守ろうとしたことだ。
「ガンさんは……今日まで方舟を必死で守ってきてくれた……不甲斐ないおれに変わって、みんなを守ってきてくれたんだ……これからは……」
おれも手伝うから──ダグは疲れた顔で嬉しそうに綻ばせた。
「姉さんたちにも、みんなにも、そしてガンさんにも……もっと楽させてやるから……あんな最後はなしだよ、ガンさん……約束してくれ……どうせ死ぬんなら……おれたちの……娘たちの幸せな未来を見届けてからにしてくれ……」
「じゃっどん、おいは……ッ!?」
「総司令官の命令だ……従ってもらうぜ……ガンさん……」
ダグはガンザブロンに言い訳することは許さず、普段は使うこともない司令官の強権を発動させてまで言い聞かせようとする。
「長生きしてくれよ……ガンさん……」
「わ、若大将…………ハハッ、畏まった!」
ガンザブロンは眉間にパーツが集まる勢いで顔をしわくちゃにすると、固く閉ざした瞼から止め処なく涙をこぼした。恥じ入っているようにも見受けられる。
「精々、幸せな生き恥をさらさせてもらいもす……若大将」
同じ場面がやってきた時、ガンザブロンは同じ行動を取るだろう。
それでも、以前よりは死に急ぐことはないはずだ。
なにせ総司令官の勅命なのだから──。
ガンザブロンを慕う娘たちも、自暴自棄になりかけていた父親に一言物申したいことはあっただろうが、ダグの言葉で少しは溜飲を下げたらしい。
「なにはともあれ──スプリガンらの勝ちじゃ」
ダグたちの話が程良く切れたところを見計らい、ダインが声を掛けた。
これに応えるが如く、戦士の娘たちは歓声を上げた。
戦場に出ていた少女たちも戻り、艦橋で方舟を操船していた娘たちも出てきて、一族全員が甲板に集まろうとしていた。
ダグを中心にスプリガンの輪ができていく。
このタイミングを見計らったわけではないが、こちらも準備ができた。
上空に神々しい輝きが生じたので、皆の視線がこちらに向けられる。
ハトホルフリートの遙か上空──ツバサとミロがいた。
ミロは漆黒の外套と鎧を身にまとい、右手には自分の全身を覆い隠せそうな剣身を持つ覇唱剣を握っていた。当人曰く“オルタモード”とのこと。
ククリの父親の魂を受け継いでパワーアップした姿でもある。
ツバサも純白の……男心がこの例えを非常に避けるのだが、ウェディングドレスとしか思えない衣装になっていた。以前よりやたらと露出度が酷くなっていたり、布のシースルー加減も透明度が上がっている気がするが……?
ミロ同様、ククリの母親の魂を譲り受けパワーアップしていた。
この姿をミロは“ブライドモード”だと喜んでいる……好きにしろ。
「いやー、虫食いだらけって感じだね」
ミロはキョロキョロと物珍しそうに周囲を見回した。
ミ=ゴ艦隊は戦艦はおろか艦載機すらも全滅させたが、彼らが殴り込んできた際に開けた次元の裂け目は残されたままだった。
円柱型戦艦が通れるほどの大穴──それが計26ヵ所もある。
「空に蓋をした巨大蕃神が開けた裂け目と比べたら大したことないと思うが……今までの裂け目と比べても甚大な被害だぞ、これは」
ツバサも首を左右に巡らせて呆れる。
これからひとつ残らず塞ぐ労力を考えたら、一騎当千の活躍でミ=ゴ艦隊を殲滅してくれたダグザディオンの活躍振りに感謝せねばなるまい。
おかげでツバサもミロも温存できた。ここで全力を出せる。
ツバサの過大能力──【偉大なる大自然の太母】。
自然界のあらゆるエネルギーの無限増殖炉となる能力を用いて、無尽蔵のパワーをミロへ継続的に賦活できるよう連結させる。
ミロの過大能力──【真なる世界に覇を唱える大君】。
世界を自由自在とすることはおろか、次元をも創り直せる万能の過大能力。
しかし、使用者であるミロに激しく消耗させる能力でもある。
この燃費の悪さをツバサが補完するのだ。
「いいかミロ、俺が活力付与と強化をするからといって無理はするなよ。ヤバいと思ったらすぐにやめろ。場合によっては援軍も頼むからな」
「オーライ! そんじゃツバサさん、バックアップよろしく!」
ミロは舌舐めずりをして、瞳から目映い覇気を発した。
大きく息を吸いながら覇唱剣を両手で持ち上げ、頭上に高々と振り翳す。
そんなミロの背中を守るように、ツバサは守護女神よろしく両手を広げて構えることにした。「アタシの幽波紋みたい」というミロの小声は聞き流す。
「──この真なる世界を統べる大君が申し渡す!」
世界への号令が鳴り響き、次元をも塗り替える波動が浸透する。
その瞬間──ツバサからごっそり活力が吸い出されていき、ミロが使おうとしている“次元の裂け目を塞ぐ”材料に変換されていった。
発動前だというのにミロは眉間に皺を寄せる。
準備段階でこれほど消耗するとは……さすがに26ヵ所もある次元の裂け目を閉じるのは、ミロにも荷が勝ちすぎるのではないか?
お母さんの心配を余所に、ミロの唇は不敵に微笑んでいた。
「…………行けるッ!」
確信を秘めた呟きを漏らした後、ミロは真なる世界へと命じる。
「──数多ある次元の裂け目はいますぐ閉じるベし!」
ぎょおんッ! そんな擬音で表すしかない異音が聞こえた。
見れば26ある次元の裂け目が全て、一気に半分くらいまで閉じたのだ。比較的小さな裂け目に至っては、ほとんど閉じかけている。
「以て再び開くこと能わず──!」
締めの言葉を告げると、26の裂け目はひとつ残らず閉ざされた。
ミロは玄関の鍵がちゃんと閉まっているかを確認するためドアノブを引っ張るように、空間が元通りになったかを確かめるべく過大能力を使う。
それだけの余力があるということだ。
裂け目が完璧に閉じたことを確認したミロは覇唱剣を下ろして片手に持ち、もう片方の手で額の冷や汗を拭って一息ついていた。
「……うん、ちゃんと閉まったね。なんとかできたよ」
ツバサさんのおかげだね、とミロは屈託のない笑顔で振り返った。
ツバサの補助があったとはいえ、穴だらけにされた空間を1人で修復できたことは快挙だった。以前より過大能力を使いこなしている。
自分の手柄と威張ることなく、ツバサのおかげと感謝の意も示してきた。
アホも成長するのだ──技も心も。
「うにゃ!? ど、どったのツバサさん!?」
ツバサは無意識のうちにミロを力いっぱい抱き寄せて胸の谷間に埋めると、彼女が困惑するほど撫で回していた。セットした髪型が崩れるほどにだ。
「なんでもない……よくやった、と褒めてるだけさ」
愛娘の成長に感動したとは言い出せず、照れ隠しでぶっきらぼうに答えたツバサはミロを伴って降りていく。戻る先はハトホルフリートではない。
方舟クロムレック──その甲板に集まるスプリガンたち。
彼らの頭上まで舞い降りて慰労の言葉を手向ける。
「長きに渡る天梯護衛の任務、並びに先の戦で侵略者たちを撃滅した功績……よく尽力してくれた。旧き神々に代わって新しき神々が礼を述べよう」
感謝する──では帰ろうか。
神族に礼を述べられることも慣れてないのだろうが、これはツバサの気持ちだ。まだ「大儀である」などと尊大な一言で片付けられない。
スプリガンを困惑させたのは、感謝の後に続いた一言だった。
「ツバサ様……あの、“帰ろう”……とは?」
総司令官であるダグが代表して質問する。
彼らが真なる世界のどこに根を下ろしていたかは知らないが、ここ数百年は方舟を枕に暮らしていたはずだ。帰る場所は方舟だと思い込んでいるだろう。
しかし、今の彼らには帰る場所がある。
帰る場所を用意してやるのはツバサの義務となっていた。
「君たちスプリガンは神々の乳母である俺の庇護を受けたじゃないか。ならば、俺の膝元に根を下ろしてもらうに決まっている。ハトホルの谷に来て、そこで暮らすといい……警護の仕事もしっかりあるからな」
頼んだぞ、とツバサは神の立場から眷属となった種族に微笑んだ。
スプリガンたちは──整然と傅いて臣下の礼を取る。
誰1人として叛意を示す者はない。
「「「我ら守護妖精族、神々の乳母の名の下に忠誠を誓いましょう!!」」」
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