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第10章 天梯の方舟と未完の巨神
第249話:レオナルド・ワイズマンVSナイ・アール
しおりを挟む秋の夜は釣瓶落とし──と昔の人は言った。
もっと早く暮れるのが冬の夜だ。
この世界も冬を迎え、日暮れの時間が前倒しになっている。
太陽は地平線の彼方へ沈み、中天には半月よりは細いが三日月というには太い月が掛かり、目に優しい月明かりで下界を照らしている。
その月光の下、ハトホルフリートは浮かんでいた。
飛行戦艦は防護フィールドを広めに展開しており、方舟を修理中の工作艦をフィールドの内側に抱えている。
工作艦による方舟の修理作業はまだ終わらない。
作業スピードは早いのだが、終わる気配がない。方舟の損傷の酷さ、修理箇所の多さ、船体の大きさ……これらが足を引っ張っているらしい。
そして、ハトホルフリートも船体補修を始めていた。
昼間の一撃が思ったより効いていたようだ。
──ミ=ゴの円柱型戦艦による突撃。
あの破城槌みたいな突進をマリナ嬢とフミカ嬢の機転により凌いだが、その衝撃は船体に浸透していたらしい。
交通事故で似たような症例がある。
車に撥ねられたのに大した外傷はなく、本人も奇跡的に助かったと思うのだが、翌日になると体内に鈍い痛みを感じて倒れてしまう。
衝撃波が浸みるように内側へダメージを与えていたのだ。
中国拳法における発勁でも同じ原理の打撃法があり、空手を初めとした拳打を主とする武術にも同様の技が編み出されていた。
こうしたパンチは重々しく、治りにくいものだ。
ミ=ゴがそれを意図したかは定かではないが、次元を破るための手段が結果的にそのような影響をもたらした可能性も高い。
如何に防ぎきろうとも、被害は免れなかったわけである。
方舟は元よりボロボロで修理中。後を追うようにハトホルフリートも修理を始めており、工作艦にまともな戦闘力があるはずもない。
搭乗する神族たちがいくら強くても、これでは戦力半減である。
と──あちらは読んでいるだろう。
~~~~~~~~~~~~
ハトホルフリートの防護フィールドの表面。
その触れるか触れないかギリギリの場所に、闇が湧いた。霧状に湧いた闇は球体となり、徐々に形を変えていって人型となる。
細部のディテールを際立たせると、やがて1人の男を形作った。
黒い男──ナイ・アール。
ナイ・アールが現れた位置は船から見ると上空なので、彼は目礼するように頭を傾げてハトホルフリートを見下ろした。
「やっぱりねー。ただじゃ済みませんでしたかー」
長く聞いているとイライラしてくる間延びした声。
相変わらず子供っぽさが抜けない喋り方だ。
「ミ=ゴさんの突撃を防いだとはいえ、まともに食らったんですからねー。外見はなんともなくても、中身はそれなりに痛んでますよねー」
糸を貼りつけたとしか思えない細い眼と口。
鼻の存在感もないので、薄ら笑いを浮かべた能面めいた顔。
「方舟も飛行船も、修理でてんてこ舞いって案配ですかねー」
こっちにしてみれば好都合ですねー、とナイ・アールは相好を崩した。
細い眼と口がぐにゃりと曲がっていく。
「太陽を創ったり打ったりできるようなめちゃんこ強い神族が何人もいるとは思えませんからねー。あの2人が主力と見て、兵士機と戦っていたのが4人でしたか? 控えがいても……1ダースがいいとこでしょうかねー?」
気色悪い笑みを濃くしたナイ・アールは、マジシャン顔負けの手さばきで左手を一回転させ、何もないところからカードを取り出した。
ありきたりなデザインだが、高級感漂うトランプだ。
「そのくらいなら抑え込める戦力はありますからー。問題は宇宙戦艦ヤ○トと張り合えそうな、この強すぎる飛行船ですよねー。修理中だから応戦もままならないでしょうけど……動力炉を壊すぐらいはしておきましょうかねー?」
扇状に広げられた数枚のカード。
「船を守る結界も厄介そうですねー。どれどれー?」
カードを無造作にばらまき、足下の防護フィールドに落とす。
防護フィールドに触れたカードに静電気のような光が走ると、数枚は一瞬で塵となって消え去り、数枚は何事もなくすり抜けていった。
「わずかでも悪意を込めたカードは攻性防壁に引っ掛かってジエンド。小細工なしのノーマルカードはスルー。木の葉とでも勘違いされましたかねー」
心優しいマリナ嬢の過大能力に基づいた防護フィールド。
飛行中、鳥などの飛行生物を傷つけない配慮がされているという。
「やれやれー、これは破るのが大変そうですねー」
で・も・ー? とナイ・アールは構わずに降りていく。
防護フィールドに触れると、カードとは比べ物にならない電撃がナイ・アールを襲い、その五体をあっという間に灰燼へと帰した。
──はずだった。
次の瞬間、ナイ・アールは防護フィールドの内側にいた。
電撃で灰にされたはずの身体は何事もなくそこにあり、フィールドの外側にあるべきはずの灰となった残骸は跡形もない。
一見すれば、防護フィールドをすり抜けたようにしか思えない。
ハトホルフリートとの距離を確認し、防護フィールドを見上げたナイ・アールは「してやったり」とほくそ笑む。
「こんな時ってどんな台詞がいいですかねー? 他愛なし……どがっ!?」
得意気に呟きかけたナイ・アールの胸が穿たれる。
──直穿撃。
気功系技能にいくつもの技能を組み合わせ、自らの気をアダマント鋼をも貫く杭にして相手を穿つ技だ。以前は単なる杭だったが、最愛の愛弟子からインスパイアを得て、螺旋状の溝を彫り込んでおいた。
形状としては巨大なネジにも見える。
極太の杭がナイ・アールの背中から刺さり、胸まで貫通する。
血の泡で咳き込むナイ・アールは、壊れたカラクリ人形みたいなぎこちない動きで振り返ると、そこに見覚えのある顔があった。
「や、あ……お久し振、りです……レ、オなるど、ぜ……んばい゛ッ!?」
何十本もの杭がナイ・アールに突き刺さる。
隙間なく突き刺さる杭の群れ。貫くための肉がなかろうと、ナイ・アールの肉体を噛み千切る牙のように突き立っていく。
顔だけは無事だが、目鼻口耳から血飛沫を噴いている。
血まみれのまま顔は笑みを崩すことはない。
レオナルドはかつての同僚からの呼び掛けに返事をすることもなく、顔色ひとつ変えずに最後の杭を顔面に突き込んで爆散させた。
「容赦ないですねー。出会い頭に惨殺ってどうなんですかー?」
瞬きをした覚えはない。
しかし、瞬きしたかのような間があったかと思えば、無傷のナイ・アールが目の前に立っていた。杭だらけの刺殺体はどこにもない。
夢幻のようにかき消えていた。
「現実にいた頃から嫌われてたのは知ってましたけどー、ここまですることはないんじゃないですかねー? いくらボクの得体が知れないからってー」
まるで自分の素性が探られていたことを知っていたような口振り。
勘付いていたのに素知らぬ振りか、食えない男だ。
レオナルドは言葉を返さず、ただ銀縁眼鏡の位置を直した。
再生や回復──ではない。
死体となったナイ・アールが無傷で再出現するまでのタイムラグが、コンマ秒の桁をどれだけ下げても確認できなかった。
映画のコマ送り、次の場面へ差し替えられたかのようだった。
幻術や目眩ましなどの錯覚を用いたものでもなく、高等技能である時間操作系の技能でもない。どちらもレオナルドは対策済みだ。
「どうしましたー? ボクの不死身っぷりに言葉もでな゛ぎゅばッ!?」
勝ち誇るナイ・アールに杭の嵐を叩き込む。
先ほどのように螺旋を刻んだネジ状の杭だが真っ赤に燃えている。突き刺さったナイ・アールの肉体を瞬時に炭化する超高熱の杭だ。
「燃え落ちろ──焦熱杭」
最後の杭がまたしても顔面に突き立ち、それを起爆剤として全ての杭が発火して大爆発を起こした。3回目の死因は爆死である。
「無駄ですよー。無駄無駄ー♪ ボクにはづう゛じべがぁッん!?」
レオナルドは眉ひとつ動かさず、3度目の杭を乱射した。
今度の杭はキンキンと音が鳴るほど真っ白に凍っており、ナイ・アールに刺さると血も肉も骨も瞬間凍結させた。
「凍え散れ──氷結杭」
氷漬けとなったナイ・アールの顔面に氷の杭をぶち込んで、木っ端微塵に砕いてやる。通じないのは承知の上、これは検証だ。
4度目の死因は凍死である。
「意外と物わかりが悪いですねー。それとも諦めが悪いんですかー? いつも沈着冷静なレオナルド先輩らしくないですよー」
案の定、ナイ・アールは4度目の復活を果たした。
今度は目の前ではなく、視界から逃れるようにこちらの背後を取った位置に浮かんでいる。レオナルドは慌てずに振り向いた。
「自らにまつわる事象にのみ作用する──過大能力か」
「……はいー?」
ピクリ、とナイ・アールの目元の筋肉が痙攣した。
些細な変化を見逃すことなく、レオナルドは独白のように語る。
「結界を越える際を含めて都合4回、おまえは死んだ。その死は幻術などを用いた目眩ましではなく、本当の死だった。そこから再生や治癒で肉体を修復したのではなく、あるいは転生や転移によって肉体を新品にすり替えるでもなく、新しい自分へと復活した……自分に関することを操作できるのか」
恐らく、自分の身に起きたことのみを改変できる能力だ。
レオナルドの過大能力は空間に働きかけるもの。
もしもミサキ君やミロ君のように、世界を創り変える能力で「自分の死」をなかったことにしたのなら、過大能力が感知するはずだ。
しかし、レオナルドのセンサーに反応はない。
「自分の死を無効化するのが精々のようだな。世界に起きた事象を改変できる過大能力なら、悪戯好きの道化なおまえが復活するついでにちょっかいを掛けてこないはずがない……違うか?」
レオナルドはナイ・アールと相対して、初めて表情を浮かべる。
蔑みと嘲りの笑みを唇の端に添えたのだ。
道化と見下された黒い男は、大袈裟なくらい肩をすくめて両手を上げた。そうした仕種のひとつひとつが芝居がかっていた。
そして、盛大にすっとぼける。
「なんですかーそれー? 異世界に飛ばされた職場の先輩後輩、久し振りに再会を果たしたと思えば挨拶のひとつもなく、開口一番スタンド攻撃を受けて冷静に分析を始める空条承○郎みたいな台詞ぎゃらがッ!?」
長話の途中、ナイ・アールが爆死した。
血飛沫を撒いて肉片はミンチとなり、骨の髄まで砕け散る。
「なっ、杭が飛んでこないのに……でぶっ!?」
すぐさま新しいナイ・アールがレオナルドの右斜め後ろに現れたが、今度は一瞬で圧殺された。巨大プレス機で押し潰されたかのようだ。
次から次へとレオナルドの周囲に現れるナイ・アール。
殺されても再出現する彼は、爆死、圧死、凍死、焼死、轢死、感電死……ありとあらゆる死に方で殺されていく。
同じ場にいたら同じ死に方をするとわかり、少し離れたところに復活するのだが、どこへ逃げても無残な殺され方をするばかり。
死亡と復活──どちらも超高速で行われている。
おかげでレオナルドの周囲は惨い死に方をしたナイ・アールの死体、その残像で埋め尽くされようとしていた。
無残に弾け飛ぶので、人間の花火が絶え間なく爆ぜているようだ。
この間、レオナルドは微動だにしない。
得意技である気の杭を1本も放つことなく、自分の周りで死んでいくナイ・アールの無様さを鼻で笑っていた。
「こういう時はなんて言うんだったかな……ああ、そうそう」
きたねえ花火だ──レオナルドは吐き捨てた。
この台詞を言ったキャラクターが超サ○ヤ人3になったような髪型をしているので自覚があり、声質も似ているので宴会でやったらウケそうだ。
そう、あの独特なM字型の生え際とかそっくり──。
「誰の生え際が後退気味のM字ハゲだ!」
「ボクは言ってな……ひでぶ! あべしっ! たわばっ!」
ツッコみながら遠ざかっていくナイ・アールの死体の残像。
惨殺死体が帯を引くように間合いから離れていった。
「こ、ここなら大丈夫かー……な、なんなんですかそれ先輩!? ボクの過大能力より先輩のがおっかなくて不気味じゃないですかー!?」
レオナルドから50mくらい遠ざかったところで、ようやく安全地帯を見つけたナイ・アールは、ゼーハーと荒い呼吸を繰り返して怒鳴ってきた。
レオナルドの過大能力──【世界を改変する者】。
本来、GMとして得た特権技能である。
アルマゲドン時代、プレイヤーが荒らしたゲーム内のフィールドを修正するための能力だが、神族化することで過大能力へとバージョンアップした。
これにより、レオナルドは認識できる範囲の空間を操作できる。
ナイ・アールを虐殺したものの正体は、神族だろうと即死する環境を過大能力で配置した空間だった。重力を100万倍にしたり、気温を10万度にしたり、真空状態にしたり……奴はそこに飛び込んでいたのだ。
今ナイ・アールがいる場所も、レオナルドの能力が届く圏内である。
油断を誘うため、安全圏だと誤認させておいた。
「なんか自分の過大能力についてコメントはないんですかー?」
ナイ・アールの挑発など無視する。
ネタばらしは御法度──打開策を見つけられても困る。
漫画などで技名を唱えながら発したり、自分の能力をベラベラ喋ることがあるが、あれは愚行の極みだ。相手に弱点を悟らせてどうする。
レオナルドが黙していると、ナイ・アールは舌打ちした。
いつもはUの字を描いたうすら笑みの細い唇も、今では逆のへの字を描いているくらいだ。そこに独特の焦燥感が滲んでいた。
「ちっ……今ので354回も死んだじゃないですかー、いくら復活できるといっても死ぬ苦しみは毎度味わいますし、タダじゃないんですよー?」
「それで発狂しない──おまえは何者だ?」
レオナルドの追及に、ナイ・アールはビタリと硬直する。
「死の苦しみは生者にとって耐え難いもの。神族に成り立ての我々にとっても死は辛いものだ……それを3桁も味わって自分を見失わない精神など、人間ではありえないといっても過言ではあるまい……おまえは何者だ?」
「なーんか……ボクのこと御存知みたいですねー?」
ナイ・アールは少しだけ後ろに退いた。
レオナルドから遠ざかりたい、そんな脅えが垣間見える。
「まだ疑惑だがな。たとえば……名状しがたい者と繋がっているとか?」
「あちゃー、いきなり核心を突いてきますねー。いいんですかー? ボクの秘密の向こう側には、SAN値直葬の神秘が待ち構えてますよー?」
大当たりー! とまで認めないが自爆したも同然だった。
やはりナイ・アールは──蕃神との接点がある。
「おまえの過大能力もどこか異質だ……奴らと結びつくことで得たものか? だとしても使い勝手に制限があるようだがな」
「おやおや、試したばかりじゃありませんかー?」
ボクは不死身ですよー、と口元に薄ら笑いを戻して小躍りする。
それが精一杯の強がりに思えた。
レオナルドはナイ・アールに人差し指を突き付ける。
「4回の死を経たおまえの態度からは、心境の変化を読み取れなかった。しかし、354回の死を数えたおまえは、明らかに動揺を隠せていない」
回数制限ありの能力、それも4桁を超えない。
洞察力を働かせたレオナルドは理路整然と推論を並べていく。
「使える回数に限度があるとしても、例えば10000回使える能力ならば大して焦りはしないだろう。しかし、300程度で焦りが見え隠れするところからすると2000から3000……いや、もっと少ないんじゃないか?」
1000──或いは999。
レオナルドは嗜虐的に歯を剥いて無数の杭を用意した。
どの杭にも即死効果が付与されている。
「あと800回ぐらい死んでみろ」
「オーバーキルじゃないですかヤダー! 御免被りますよー!」
ナイ・アールは黒い霧を湧かせて紛れると、その黒霧に乗って逃げるように飛び去っていく。真正面からぶつかり合うつもりは毛頭ないらしい。
「なんなんですか-、その名探偵顔負けの推理力はー!? 再会して3分でボクの不気味で不思議なスーパー過大能力の秘密に迫るなんてー!? 先輩のそういうところ、ボクぁ昔っから好きになれなかったんですよー!」
「気が合うな──俺もおまえが大嫌いだよ」
蘊蓄たれで詮索癖のあるレオナルドは、要するに知りたがりである。
いつも知識欲に餓えているのだ。
だから、わからない意味不明なものは大嫌いだった。
レオナルドは五月雨のような勢いで杭を乱射してナイ・アールを追い立て、その行く手に逃げ場を塞ぐ即死空間を配していく。
「さあ──残機を指折り数えて死ね」
ナイ・アールは何回死のうとも即死空間を潜り抜け、ついには防護フィールドを死にながら突破してでも逃げ切った。
能面な表情に怒りの色を浮かべて、こちらに振り返る。
「ボクは先輩方と違って、ガチンコ上等って趣味じゃないんですよー。あくまでも裏方に徹して、物事をスムーズに運ぶのが性に合ってるんですー」
こんな風にねー、とナイ・アールは両手を顔の横まで持ち上げる。
そして、“パパンがパン!”と妙なリズムで手を打った。
「本当ならー、そちらの船に細工をして本格的な航行不能に陥らせるつもりでしたけど予定は未定ですねー。もう出張ってもらいましょーか!」
黒い男の拍手を合図に──世界が震撼する。
~~~~~~~~~~~~
過大能力が「緊急事態」を訴えてくるほど、空間に異常が迫っていた。
レオナルドは視線を上下左右に配る。
ハトホルフリートから見て2時の方角──次元の壁が突き破られた。
そこから現れたのは例の円柱型戦艦だ。
既に艦載機が発進しており、雲霞のように戦艦を取り巻いている。
しかし、空間の異変は止まらない。
今度は8時の方角、次元を破って2隻目の円柱型戦艦が顔を覗かせた。
違う──3隻目も一緒だ。
2隻の戦艦が同時に次元の壁を乗り越えてきた。こちらも大型から小型まで、数え切れないほどの艦載機を群れのように率いている。
艦隊による進撃はこれだけに留まらない。
4時、11時、6時……全方位から何隻もの円柱が飛び出してきた。
「全部で24隻──まだ、もう1隻いるな」
12方向に上下1隻づつ、合計24隻の円柱型戦艦。
ハトホルフリートと方舟を包囲したミ=ゴの艦隊。逃げ道は急降下して包囲の下を潜るか、月を目指すように上昇するしかない。
その逃げ道を防ぐように真下の空間が破られる。
次元の裂け目から現れたのは、これまでの戦艦の倍はあろうかという巨大な円柱だった。24隻が巡洋艦だとしたら、これは空母に値するだろう。
「全戦力を投入してきたわけか」
ご明察ですよー、とナイ・アールは防護フィールド越しに気味の悪い笑みで話し掛けてきた。両腕を広げてミ=ゴの艦隊を自慢する。
「戦力温存とか何とか消極的意見ばっかで、そちらの方舟をチマチマ追いかけ回すのも飽きてたんでしょうねー。短期集中決戦はいかがですー? というボクのアイデアを採用していただけましたよー」
はてさて──どうしますかー?
ナイ・アールは首を90度以上傾けて煽ってくる。
もっと近寄れれば「ねえねえ今どんな気持ち?」と挑発してきはずだ。
奴の道化っぽい性格からすればやりかねない。
「対してそちらは、お強い神族の方がそろっていらっしゃるようですけど、10人もいないんじゃないですかねー? それに飛行船も方舟も修理の真っ最中……戦争なんてとてもとても……って不利な状況でしょー?」
「それはおまえの勝手な思い込みだ」
釣果は上々──レオナルドは指を鳴らした。
「やっほぉーい♪ エビカニ大量で釣り三昧だぁーッ!」
ハトホルフリートの甲板、物陰に隠れていたミロ君がレオナルドの合図を受けて飛び出してくる。その装いはいつもと違っていた。
漆黒の外套に袖を通し、軽装だが黒檀色の鎧を身にまとっている。
一昔前に流行った“オルタ化”のようだ。
その身から発散する覇気も桁違いに上がっており、肩に担いだ巨大な覇唱剣からは身の内に収まりきらないパワーが迸っていた。
「──覇唱剣オーバーワールドッ!」
ミロ君は振り上げた覇唱剣をやたらめったら振り回す。
「八方破れの結界破り斬りぃぃぃーゃッ!」
振り回される覇唱剣から放たれた無数の斬撃は、ハトホルフリートの防護フィールドをすり抜け、ミ=ゴの艦隊へ降り注いだ。
艦載機の群れを斬り飛ばし、円柱型戦艦を守るバリアを斬り裂く。
守りを失ったミ=ゴの艦隊。
その機を逃すことなく、動き出す者たちがいた。
修理中の方舟──その甲板から砲火が煌めいて爆音が轟いた。
巨砲から放たれた砲撃が左舷の戦艦に直撃してこれを大破させ、右舷の艦隊には巨大ミサイルが何発もお見舞いされる。
「待ちかねたぞ……この瞬間を!」
ブリカは歓喜に声を震わせて怒号を上げた。
彼女が身にまとう『巨鎧甲殻』は12門の砲塔を備えた、身にまとうというよりも乗り込んで操縦する騎乗型の機体だった。
砲煙を上げる巨砲には、抜かりなく次弾が装填されていく。
「待ちかねましたよ……反撃の狼煙を上げるこの戦を!」
ディアもまた喜悦の笑みのまま叫んだ。
彼女の『巨鎧甲殻』も双子の姉妹であるブリカと似た騎乗型だが、こちらは砲塔ではなくミサイル発射管がいくつも備え付けられていた。
2人の前には、巨人化したガンザブロンが警護に就いている。
「皆ん者、鬨の声を上げぇい! 今日こそば勝ち戦じゃあッ!」
ガンザブロンの号令を受け、『巨鎧甲殻』で武装した戦士の娘たちが一斉に出撃した。迫り来る艦載機を我先にと撃ち落としていく。
予想外の反撃にナイ・アールは意外そうに首を傾げる。
「なんとなんとーッ? 船は修理中でも船員は元気でしたかー?」
「修理中だと誰が言った?」
おまえらの決めつけだ、とレオナルドは冷淡に言う。
「……はいー?」
ナイ・アールは能面みたいな頬に一筋の冷や汗を垂らすと、耳に手を当ててもう一回お願いしますというポーズを取った。
答えを返すわけもなく、代わりにそれぞれの艦が行動を起こす。
ハトホルフリートを修理していたメカやドローンが修理のフリを止めると、船体から離れていき、ミ=ゴの戦艦へ向けて飛び立っていく。
途中、あちらの艦載機に撃墜されるメカもいるが、そうすると大爆発を起こして周辺の艦載機の編隊に壊滅的なダメージを与えた。
「修理ロボじゃないー? カミカゼ特攻仕様ですかー!?」
ダイン君の説明では「ロボ型のミサイル」とのこと。
修理用ロボに偽装させてあるが大量の爆薬を積み込んでおり、事が起きればあのようにミサイルらしく敵艦へと突撃していく。
こちらの攻勢は留まるところを知らない。
ロボ型のミサイルがすべて飛び立ったハトホルフリートは、艦の砲門を全開放して砲撃を開始。360度どこに撃っても当たるので照準もいらない。
次いで──工作艦アメノイワフネも再起動する。
方舟を修理していたフリを止めて、作業用マニュピレーターを仕舞い込む。
その壁面には光学兵器を発射させる高出力レーザーレンズや、ハトホルフリートに搭載したものより太い砲塔が迫り上がってきた。
こちらも全方位、包囲網を布くミ=ゴの艦隊へ射撃する。
『──工作艦が戦えんと誰が決めたがじゃ!』
傑作のひとつを誇るダイン君の得意げな顔を思い出す
その工作艦から解き放たれた方舟も、ダイン君とジン君によって近代化改装を終えた新兵器を用意して、先の2隻に倣って砲撃を開始する。
ミ=ゴの艦隊を守るバリアは1枚もない。
先ほど、ミロ君が覇唱剣によって斬り破ったからだ。
そこへ飛行母艦ハトホルフリート、工作艦アメノイワフネ、方舟クロムレック、3隻の神造戦艦による情け容赦ない全力砲撃を浴びせた。
今こそ、先ほどの台詞が映える時だろう。
「……へっ、きたねえ花火だ」
バリアを外されて無防備なところに砲撃の雨霰を浴びせられて、ミ=ゴの戦艦はどれもこれも大爆発を起こしていた。戦艦より防御力の低い艦載機など爆発の余波でひとたまりもない。
甚大な被害を受けたミ=ゴの艦隊は恐慌状態に陥っていた。
黒い男は茫然自失としている。
「ま、まさか…………ハメられちゃいましたかー?」
砲撃の一発がかすめたらしい。
左腕を肩から根こそぎ失ったナイ・アールは、ダクダクと血がこぼれ落ちる傷口を右手で押さえていた。こんな男でも血は赤いらしい。
……緑の粘液を零しても驚かなかったがな。
「おまえは有能だよ、ナイ・アール」
何をやらしてもそつなくこなす──裏を返せば万能すぎる。
なのに自らをアピールせず、裏方に徹してきた男。
今にしてみれば蕃神との繋がりを気取られないため、正体を隠すついでに能力も抑えていたのだとわかる。まさに能ある鷹は爪を隠すというやつだ。
「その有能さこそが──おまえの弱点だ」
有能だから己の能力に過信して、不用意な先手を打つ。
軽率に事を起こして、取り掛かる対象をろくに調べもしない。
謂わば──油断を誘いやすい性質なのだ。
こうしたナイ・アールの気質を見抜いていたレオナルドは、軍師としてツバサ君にある作戦を具申したのだ。
『ハトホルフリートも修理するんだ。なに、フェイクでいい』
ナイ・アールなら釣れる、という確信がレオナルドにはあった。
ツバサ君も同じような手段でミ=ゴの油断を誘おうと考えていたが、『安っぽい』という理由からボツにしたらしい。
しかし、レオナルドの自信に『任せる』と折れてくれたのだ。
御覧の通り作戦は大成功、こうして見事に釣れた。
「――大漁旗でも振りたい気分だな」
レオナルドは銀縁眼鏡の位置を直して痛快な笑みを綻ばせた。
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