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第10章 天梯の方舟と未完の巨神
第241話:主砲VS主砲
しおりを挟む『私はスプリガン副司令官ブリカ──これより隊を率いて……』
「──出てきちゃダメ!」
方舟からの援護の申し出をミロは却下した。
モニター越しではブリカと名乗った女性も面食らい、大声で機先を制したミロは畳み掛けるように言葉を続けた。ツバサも口を挟む暇がない。
「お姉さん、アイツらのこと知ってるでしょう?」
ブリカの顔色が変わる。過去を振り返って恐怖に青ざめたものだ。
恐らく、ミ=ゴとは幾度も争っているのだろう。
だが、彼らの物量に押し切られて防戦と逃走を余儀なくされ、方舟もあのように壊れる寸前まで追い詰められてしまった。
そんな過去を彼女の顔色から読み取れる。
ミロは知って知らずか、構うことなく話を続けた。
「そっちの方舟がボロボロなの、アイツらにやられたからじゃない?」
『なっ……わ、わかるのですか!?』
これは認めたも同然。ミロは図らずも言質を得た。
そもそもミロは一目見ただけで直感と直観により「あの方舟は壊れてる」と看破したのだ。方舟を追跡していたらミ=ゴと遭遇したことにより、その原因を彼らに見出すのは自然な流れとも言える。
アホなりに考えるようになってくれたらしい。
顔には出さないが、母性本能は内心「うんうん」と笑顔で頷いた。
『不甲斐ないことですが……仰る通りです』
図星を突かれた以上、打ち明けるしかあるまい。
蕃神たちにいいようにやられたことを認めるのは、方舟を任された者として屈辱的なのだろう。ブリカは歯噛みして悔しがり、目尻には涙を溜めている。
通信から聞こえる声も悔恨に滲んでいた。
『神族や魔族の方々から……この“方舟”と最後の“天梯”を守るという栄誉を賜りながらもこの為体……なればこそ!』
ここであなた方に協力して──奴らに一矢報いたい!
「ダメ! そんなプライドは捨てなさい!」
懇願するブリカをミロは一喝した。
『し、しかし、我らも“方舟”を守る一族として……』
「しかしも案山子もないの! 見栄や虚勢なんて余裕ある時だけでいいの! 今のお姉さんたちにそんな余裕はないはずだよ──違う?」
尚も食い下がるブリカをミロは叱るように怒鳴りつけた。
これにはぐうの音も出ないらしい。
ブリカは口を真一文字に噤んで黙り込んでしまう。
「あなたたちは大切なものを守れって頼まれてるんでしょ!? だったら無理せず隠れてて! 万が一やられでもしたら、今日まで頑張ってきたお姉さんたちの努力が水の泡じゃん! アタシたちがアイツらを追っ払ってあげるから!」
お願いだからアタシたちに任せて──みんなを守らせて!
凄まじい覇気が込められたミロの“お願い”。
艦橋にいる者たちはツバサを除いて恐れ戦き、モニター越しの女性も思わずたじろぐほどだ。反論を許さぬ気迫に誰もが固唾を呑んでいる。
元々、ミロはこうした資質を備えていた。
それが英雄神となって芽吹き、『主神の王権』という権能を授かったことにより、覇者の風格と王者の貫禄を兼ね備えるまでに成長していた。
覇王の威厳──とも呼ぶべき頼もしさ。
モニター越しの音声から“ポタリ”と雫がこぼれる音がする。
『ありが……とう、ござ……います……ッ!』
ブリカは凛々しい乙女の双眸をグシャグシャにして涙を流した。
それは悔しさや辛さからの嘆きではなく、「助かった……」という安堵から来るものと、救いの手を差し伸べてくれたミロへの感謝の表れだった。
『我らのことを、そこまで慮っていただき……痛み入ります、新しき神族の方々よ! では、この場は貴君らの御厚意に頼らせてください……ッ!』
ブリカが承諾したのでミロは力強く頷いた。
「うん、任せて──終わったら電話するね」
ミロは友達に後で電話するみたいなノリで会話を終わらせると、フミカに頼んで通信を維持したまま、メインモニターを閉じてもらった。
そして、ツバサに促すとミロは艦橋を出る。
ツバサは無言で応じてミロを追うように歩き出す。
当初の予定通り──ツバサとミロは出陣する。
甲板に向けて廊下を歩いていると、不意にミロが口を開いてきた。
「……ツバサさん、ごめん」
ミロらしくない小声の謝罪。罪悪感さえ含ませている。
先ほどの覇気はどこへやら、こうなると年相応の女の子に見える。
伏し目がちのまま謝るべき内容を口にする。
「ああいう時はツバサさんの判断に任せた方がいいのに……あのお姉さんが無茶しそうだから、アタシ焦っちゃって……つい、あんなこと……」
独断専行を気に咎めたらしい。
確かにツバサが口を挟む余地もない勢いだった。しかし、それは「余計なことを言う必要がない」と判断したからだ。
「いや──よくやった」
ツバサはシニョンにまとめたミロの頭にポン、と手をおいた。
「今回はおまえの判断が正しい。だから俺は何も言わなかった」
それだけのことだ、とツバサは髪型を崩さぬように撫でてやる。
ツバサも方舟を守るスプリガンという種族を表に出して、この戦いに参戦させるつもりはなかった。あちらの援護要請も断るつもりでいたら、ミロが本気で怒ってくれたので代弁させたのだ。
むしろ、ミロが本気でスプリガンを心配したこと──。
これが功を奏したと言ってもいい。
ツバサも彼女たちを案じて「参戦を控えろ」と提案するつもりだが、それは淡々としたものになったはずだ。ミロほど感情豊かにできる自信はない。
それに──大人の打算も働かせていた。
スプリガンと名乗る彼女たちはツバサたちを“新しい神族”と認めつつも、内心では完全に信用しているとは思えない。
どれだけ親身な言葉を投げ掛けたとしても、まだ初対面のよく知らない相手。
キサラギ族もそうだったが、どこかで品定めをしているはずだ。
彼女たちが疑心暗鬼に囚われていても責めはしない。むしろその警戒心を尊重するべきだろう。この荒廃した世界で生きるには正しい選択だ。
初めて遭遇する者は、何者であれ慎重になるべきである。
──そんな彼女たちの信用を得る方法はただひとつ。
方舟の盾となって別次元からの侵略者と戦う。
戦闘の矢面に立つことでスプリガンの恩義を引き出し、彼らが追い詰められた蕃神を追い払い、新しい神族として実力を誇示する。
ここまですれば信用を勝ち得ることができるだろう。
……別に彼らを信用させてから、裏切ったりこき使ったりするつもりは毛頭ないのだが、現地種族とのコミュニケーションは円滑に行いたい。
そのために苦心はするものだ。
それをミロは持ち前の正義感から、打算も損得勘定も抜きで行い、本気でブリカたちを心配した。あれは彼女の心に響いただろう。
結果──上手く立ち回ったと言える。
「伊達に『主神の王権』を受け継いだわけじゃないみたいだな……アホのくせして大将らしく振る舞ったじゃないか。おまえにしては上出来だ」
褒めてやる、とツバサはミロを抱き寄せる。
普段、人前では決してミロを甘やかさないようにしているのだが、今はふたりっきりなのでご褒美だ。母なる胸に抱き寄せ、これでもかと撫で回す。
ツバサの乳房と手で揉みくちゃにされるミロ。
「ちょ、ツバサさん! せっかくツバサさんがセットしてくれたヘアがグチャグチャになっちゃうよぉ!? でも…………えへへ、ありがと」
ミロは嬉しそうに微笑んでいた。
その笑顔が可愛すぎて、ツバサは堪らなくなってしまう。
羽鳥翼として妹分であるミロが可愛いし、恋人としても彼女であるミロが可愛くて、神々の乳母として娘であるミロが愛おしくて堪らない。
甲板に出るまでの間──ひたすらミロを愛でたのは言うまでもない。
~~~~~~~~~~~~
「無限ループって怖くね? って感じだねぇ」
相変わらず軽口のバリー、怖いと口にしても飄々としたものだった。
怖いというより飽きが来たのだろう。
4人の神族で30分近く撃墜しまくりにも関わらず、ミ=ゴの円筒みたいな戦艦から吐き出される艦載機の勢いは衰えることがなかった。
あまり大群を出撃させると、互いの邪魔をして機動性が落ちるらしい。
編隊も度が過ぎれば密集して役に立たないからだ。
そのため、一度に押し寄せる編隊は千を超えることはあっても万を上回ることはないので対処できるが、いつまで経っても終わらなかった。
「あの円筒形の中に、一体どれだけ積み込んでいるのだろうな」
バリーに付き合って気でできた杭を投げ続けているレオナルドも、さすがに辟易した様子だ。それでも攻撃の手を緩めない。
レオナルドに付き従うクロコ──その表情は変わらない。
彼女を多少なりとも動じさせたら大したものだ。
クロコは自分の保有する亜空間【舞台裏】に配したメイド人形の軍隊を指揮し、狙撃銃などの遠距離射撃による攻撃を続けていた。
またバリーやレオナルド、それに空飛ぶバイクを駆って艦載機を撃墜するカンナの補給任務も請け負っている。
具体的に何をしているかといえば──。
「クロコちゃ~ん、弾丸おくれ~♪」
「クロコ、弾薬補給!」
バリーは何もない空間に手をワキワキさせて、カンナは空飛ぶバイクを一時ハトホルフリートの防護フィールド内まで退避させて怒鳴る。
すると──2人の近くの空間に【舞台裏】から小窓が開く。
そこからメイド人形たちが弾丸を受け渡して、弾薬を補充してくれるのだ。
「そして、本体である私はレオ様にご奉仕を……」
「女性が男性にやってもセクハラって立件できるからな!?」
レオナルドが艦載機を迎撃するため杭の乱射で手一杯なのをいいことに、クロコはいやらしい手付きで忍び寄る。本当、この変態メイドはぶれない。
時折、カンナの馬上槍に仕込まれた機銃が火を噴く。
それはミ=ゴの艦載機を撃ち落とさず、クロコをレオナルドから遠ざけた。
「おっと、手が滑ってしまった……すまんなクロコ」
殺意満点の笑みで女騎士が凄む。
しかし、クロコは涼しい顔のままだ。
「いえいえ、誰しも過ちはあるものです。カンナ様など現役時代から過ちだらけで、レオ様や私がどれだけフォローしたことか……」
「なんだと貴様ァーッ! 本当のことだから言い返せんではないかーッ!?」
ダメだこの人──骨の髄まで猪武者だ。
レオナルドは肩をガックリ落として項垂れている。
バリーは銃撃の手を休め、そんな彼の肩を労るように叩いていた。
阿呆な寸劇を挟みながらも迎撃戦は継続中だ。
ミ=ゴの艦載機はどれだけ撃ち落としてもキリがないように思えたが、明らかに勢いが弱まっているのは、誰もが口にせずともわかっていた。
──このまま退いてくれるか?
そんな楽観視を抱く者はこの中にいない。
なにせ既存の艦載機たちが退くと入れ替わりで、円柱形の戦艦があちこちの壁をスライドさせて開口部を作り、新たな機体を出撃させてきたからだ。
「おいおい、食い出のありそう奴らが出てきたな」
バリーが言う通り、今までの機体より数倍の大きさがあった。
重装機──とでも呼べばいいのか?
蟹や海老に似たデザインは変わらないが大型になっている。
恐らく、今までより上位の機体なのだろう。
「今までのがプラウンだとしたら、ロブスター級だな」
レオナルドが皮肉を述べると、バリーが素朴な興味を示した。
「獅子翁の旦那、プラウンってなんだい? ロブスターはわかっけど」
「海老の等級みたいなものだよ」
桜エビのような小型のものは『シュリンプ』、車エビやブラックタイガーのような中型のものは『プラウン』、それより大型のものは『ロブスター』。
レストランなどで食材としての扱われる海老、そのランク分けだ。
「プラウンの海老でシュリンプカクテルを作ることもございますけどね」
ハトホル一家の料理も担当するクロコが感想を挟んできた。
「あれは海老を使ったオードブル全般の料理名だからなぁ……ロブスターを使うでもない限り、みんなシュリンプカクテルというんじゃないか?」
これをレオナルドはまともに取り合う。
「どっちみち、煮ても焼いても食えねえから撃ち落とすだけだよな」
バリーは正論を言い、四丁拳銃の弾丸を早業ですり替えた。
火薬を増量させた高威力のものにだ。
今までのがプラウン級に海老だとしたら、新たに編隊を組んでこちらに向かってくるのは本当にロブスター級なのだ。装甲も段違いに分厚くなっているし、掲げる鋏も大きくて棘が目立つ凶悪なものになっていた。
蟹のようなタイプもいるが、こちらも大型で極悪なものだった。
タカアシガニのように蜘蛛と見紛うほど足の長いものや、タスマニアオオガニという鋏や甲羅が怪物じみたものに酷似した機体もいる。
「つまりなんだ、こちらも様子見していたが……」
「あちらも本命を隠してこちらの戦力を窺っていたらしいな」
レオナルドに言葉を継いでもらったバリーは、相槌を打つ代わりに四丁拳銃から24発の弾丸を一度に撃ち放った。
バチバチッ! と重装な艦載機の群れに火花が走る。
しばらく間を置いて、24機の艦載機が爆発を起こした。
視覚を強化して、これを観察していたバリーが舌打ちした。忌々しげに大型の艦載機を睨みつけ、ウェスタンハットを被り直す。
「やっぱりかよ! 増薬弾でも急所に命中したって1回じゃ墜とせねぇ! おれの過大能力で何回も当たってやっとかよ!」
飛び散った火花は過大能力で急所に直撃したものの、威力不足で装甲に弾かれては再び当たるを繰り返した結果として起きた現象だった。
倒せないことはないが、格段に手間が増える。
「……では、私たちは象撃ち銃でも準備しないといけませんね」
クロコも【舞台裏】に潜むメイドたちに指示を飛ばして、今までの狙撃銃よりも攻撃力や貫通力の高い銃器を用意させていた。
威力としては“銃”ではなく“砲”に分類されそうなものだ。
バリーも「経費はウイングに付けとくぜ!」と毒突きながら、ダインが用意してくれた、更に増薬されたマグナム弾を道具箱から取り出した。
「拙者の仕事は変わらんがな!」
カンナは空飛ぶバイクで縦横無尽に宙を走ると、馬上槍を構えての突撃で大型の艦載機であろうと撃墜していた。猪武者の面目躍如である。
ただし、馬上槍に仕込んだ機銃は豆鉄砲と化していた。
以前の艦載機は撃ち落とせたのに、今では牽制にもならない。
バリー、クロコ、カンナは、重装の大型艦載機にてんてこ舞いである。
しかし、レオナルドは彼らのように迎撃態勢を取ることもなく、両手をズボンのポケットに突っ込んで立ち尽くすだけだった。
しばらく事態を静観するつもりのようだ。
迫り来る新手、大型の艦載機になど眼もくれない。
だからこそ戦艦の異変にいち早く気付いた。
「違う……あの大きな艦載機は奴らの本命じゃない」
次元の裂け目──というより割れ目。
そこからした突き出した丸太ん棒にしか見えない、巨大な円柱型の戦艦。
円柱の中央が内側に凹むように開いていく。
その奥から現れたのは──ライフリングを備えた砲身。
仄暗い奥には巨大な宝石にも似た炉心がエネルギーを蓄積中で、充填が終わったらこちらに向けて放出してくる意図が見て取れた。
こうなると巨大な大砲にしか見えない。
「あの艦載機の群れは、主砲を守るための近衛だな」
もしくは──主砲発射までの時間稼ぎ。
戦艦その物がとてつもない砲身だと気付いて、バリーもカンナも目を皿のようにすると開いた口が塞がらないほど驚いていた。クロコはやっぱり表情を変えないが、「あらまあ」と言わんばかりに片手で口を押さえていた。
「なにあれ、波動砲ってやつ?」
それにしたってデカすぎない? とバリーの頬に冷や汗が伝う。
気持ちはわかる。あれは驚異的な威力を誇る兵器だ。
大陸をも焼き尽くす砲撃で、こちらを仕留めるつもりなのだろう。
どうしたものかな、とレオナルドが片手を出した時──。
「はぁーい♪ こちらの主砲のご登場でぇーす!」
ツバサとミロが甲板に現れた。
レオナルドは難問に挑む楽しみに歪めていた頬を、安心から来る心強さから漏れた微笑みに変える。出しかけた片手もポケットに戻した。
これで参謀に戻れる──自分の出る幕はないと主張するようにだ。
「みんな、時間稼ぎありがとう。おかげでフミカの分析が捗った」
ミ=ゴに関する情報が採れたことを伝える。
「お待ちしておりました──ツバサ様、ミロ様」
クロコは一礼し、ツバサとミロの後ろに控えた。
御先神という“誰かに従属する”誓約を持つ彼女は、主人と決めたツバサやミロに従わなければならない。これにレオナルドは胸を撫で下ろしている。
セクハラから解放されるから──。
「待ちかねたぜウィング、弾丸が尽きるとこだったぜ」
お仕事終わり、とバリーはさっさと拳銃をホルスターに収めてしまった。
「使った弾丸代はそっちにツケとくぜ?」
「ダインに言えばコンテナで用意してくれるから安心しろ」
バリーの軽口に付き合っていると、カンナの状況を察して戻ってきた。
空飛ぶバイクや装備を道具箱に仕舞うと、クロコの離れたレオナルドの脇へそそくさと並ぶ。途端にレオナルドが表情を強張らせて少しずつ横へ逃げていき、それをカンナが詰めていく。
なにあれ──見てて笑いそうになってしまう。
「カンナさんもありがとう。あなたが攪乱してくれたおかげで助かった」
実際、彼女は単身で編隊を組む艦載機を蹴散らしたのだ。
そうして飛行を乱したものをバリーたちが狙い撃ちできたのだから、なんだかんだでカンナが一番の功労者かも知れない。
「聞いたかしし君! 拙者が一番の功労者だぞ!?」
褒めて! とカンナは子供よりも天真爛漫な笑顔で詰め寄る。
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抱きつこうとしてくるカンナを抑えながらレオナルドは尋ねてくる。
「それで──あの甲殻類な蕃神のデータは?」
「フミカがバッチリ調べ上げてくれた。艦橋に戻ったらデータで受け取るなり見せてもらうなりしてくれ。情報の共有は大事だからな」
「是非そうさせてもらおう」
レオナルドは銀縁眼鏡の位置を直した。
「ツバサ君、ミロ君、君たちが2人とも出てきたということは──」
後は任せても? とレオナルドは確認してくる。
ツバサは口元だけ振り向かせ、自信を隠さない微笑みを浮かべる。
「当然、そのために重い腰を上げたんだからな」
「ツバサさんの場合、重いお尻だけどね……あ痛ッ!?」
いらんこと言うアホは忘れずに小突いておく。
あんまり悠長に遊んでいる暇がないのは重々承知だ。ツバサもミロも、あちらの戦艦が主砲準備中なのは把握している。
「──行くぞミロ」
返事を待たずにツバサは甲板から飛び立った。
長い黒髪とロングジャケットの裾をはためかせて、真っ直ぐにミ=ゴの戦艦目掛けて飛んでいく。既に総身から稲妻と烈風を撒き散らしていた。
「──アイアイサーッ!」
ミロも返事とともに飛び立つが、ツバサの後は追わない。
甲板から直上へと──つまり上空へと飛翔する。
その手を道具箱に滑り込ませ、ズルリ……と巨大な覇唱剣を引きずり出し、その小さな肩に背負ったまま、もっと高みを目指すように飛び上がっていく。
よろしい──作戦通りだ。
ツバサは単身、ミ=ゴの戦艦へ突撃する。
当たり前だが、重装の艦載機たちがその行く手を阻まんと群がってきた。
殺到する、巨大でおぞましい甲殻類めいた怪物たち。
ツバサはあっという間に大群の中へと埋もれてしまう。
銀色の甲殻類たちは空を飛ぶ艦載機のくせして、本当の甲殻類よろしく汎用性のある手足を備えているので、群がって球状の群体になった上からしがみつくように覆い被さってくる。ツバサを押し潰すかのようにだ。
やがて、中空に浮かぶのは歪な銀色の玉。
その銀色の玉が──弾け飛んだ。
玉の中心から凄まじい轟雷が迸ったかと思えば、眼に痛いほどの輝きを放つ竜巻が吹き荒れ、ミ=ゴの艦載機をスクラップに変えていく。
その竜巻はプラズマでできていた。
雷という放電現象もプラズマの一種だが、ツバサが発した轟雷はもはや雷という領域に収まらず、恒星から噴き出すプラズマジェットに匹敵する超エネルギーとなって空域を掻き乱した。
舞い踊る雷光のように空を走るプラズマもあれば、眼球を焼き潰すくらい眩しい閃光なのに颶風となって吹き荒れるプラズマもある。
ツバサを中心に──プラズマの嵐が巻き起こっていた。
ミ=ゴの重装艦載機の編隊だろうとお構いなし。一機残らず巻き込んで超高温のプラズマで焼き尽くして、外殻も中身も消し炭に変えていく。
逃げたくても逃がしはしない。プラズマの帯が容赦なく追尾する。
あれだけいた艦載機は壊滅寸前にまで追い込まれていた。
「……もうウィング1人でいいんじゃないかな」
痛快すぎる圧倒的な力に、バリーはそんな呟きを漏らして苦笑した。
吹き荒れるプラズマの嵐。
周辺に飛んでいた重装艦載機のほとんどを蹴散らしたツバサは、そのプラズマをひとまとめにすると、頭上に極大の太陽球を作り上げた。
太陽球はツバサによって上空へと打ち上げられる。
そこでは──ミロが待ち構えていた。
「チャーラッチャチャーン♪ チャーチャーチャチャーン♪」
有名プロ野球選手でも意識しているのか、よくわからない鼻唄を奏でながらバッターボックスに立った打者みたいなポーズで覇唱剣を素振りしている。
あれは剣術の素振りではない──野球の素振りだ。
やがてツバサの打ち上げた太陽球が目の前に来ると、ミロは往年のプロ野球選手が得意とした『一本足打法』の構えで覇唱剣を振り上げた。
その覇唱剣が真っ二つに割れる。
正しくは正中線から割れて、音叉のような二股に変形したのだ。
割れ目からは極光が噴き上がり、巨大な光の柱となる。
それは──黄金に輝く巨大なバットに見えた。
「覇唱剣──ゴールデンバットバージョン!」
打ち上げられた太陽球を野球のボールに見立て、光る巨大なバットの真芯で捉えるようにホームラン球のスイングで振るう。
「太陽のホームランでぇ……場外まで吹っ飛べぇぇぇぇぇぇーッ!」
覇唱剣で打たれた太陽球は極光を譲り受ける。
更なる輝きを増した太陽球は、戦艦目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。
途中にいる艦載機は火で炙られた羽虫のように燃え散った。
極光の太陽球が戦艦に届く寸前──。
ミ=ゴの戦艦は準備していた主砲もそのままに、視覚的変化を起こすほど艦体を守るバリアを強固にしつつ、次元の向こう側へ退こうとした。
しかし、ツバサとミロのコンビネーションのが迅い。
極光の太陽球はパワーアップしたバリアであっても食い破る。
そして、円柱型戦艦に直撃した。
瞬く間に溶解していく装甲、堪らずミ=ゴの戦艦は後退していく。
こちら側の次元に突っ込んできた威勢の逆回しで、戦艦とは思えない素早い機動力で下がっていき、完全に溶けきる前に次元の奥へ滑り込んでいた。
同時に──極光の太陽球が次元の裂け目に着弾する。
「この世界を統べる大君が申し渡す!」
すかさずミロがゴールデンバットを掲げて宣告する。
ミロの過大能力──【真なる世界に覇を唱える大君】。
彼女の意のままに世界を創り直す、全知全能に等しい主神としての能力。
こじ開けられた次元の裂け目を塞ぐことさえできるのだ。
「次元の裂け目は閉じるべし──二度と開くこと能わず!」
次元の裂け目に当たった極光の太陽球は爆発を起こすと、世界を真っ白に染めるくらいの光を撒き散らした。
瞼を閉じなければ神族でも視力がおかしくなりそうな光度。
しかし、爆発したにも関わらず爆発音のようなものは響かず、まるで閃光爆弾のように暴力的な光が空間を染めただけだった。
眼を閉じていても、光が鎮まってきたのがわかる。
誰もが恐る恐る眼を開けた頃、そこに次元の裂け目は無かった。
突き出された丸太ん棒のようなミ=ゴの戦艦も消え失せて、そこから湧き出していた艦載機は一機たりとて見当たらない。
雲ひとつない澄んだ青空が広がるばかり──。
かくして──ツバサたちは新たな蕃神の撃退に成功した。
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ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
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