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第10章 天梯の方舟と未完の巨神
第239話:魔弾の射手
しおりを挟む次元の壁を超えてきた巨大な円柱──。
その突破力によって強引に突き破られたであろう次元の裂け目は、いつもとは異なる形状をしていた。
かつてアブホスの王が居座ったところは本当に裂け目に見えたし、アトラクアの女王がつっかえていた場所は地面にあったので地割れに見えた。ティンドラスたちが“角”にこじ開ける入り口も裂け目に見える。
だが、この裂け目は──割られたガラスだ。
まるで空色に染められたガラスを円柱で突き割ったかのように、次元の壁に鋭角な穴を開けていた。次元の向こう側は相変わらず漆黒の虚無である。
「な、なんて力業で……ッ!」
ツバサは艦長席に埋もれながら呻いた。
現在、この空域は次元の壁を破られた余波に襲われていた。
具体的には、凄まじい重力の負荷が掛かっている。
あの巨大な円柱が力任せに空間を打ち抜いた衝撃が、横殴りの重力となって辺りを押し潰してきたのだ。防護フィールドに守られているハトホルフリートの艦橋内にいても凄まじい圧迫感に襲われる。
同時に、別次元からの瘴気や異質な空気も流れ込んでいるのだろう。
辺り一帯の気流まで大いに乱れ、爆弾低気圧へ放り込まれたかのようだ。
母艦をも揺るがす激震に、ツバサたちも耐えるしかない。
出現しただけで天災級の被害を与えてくる巨柱。
次元を破る侵攻──その進撃は止まらない。
巨柱が進む直線上にあるのは、他ならぬハトホルフリート。
その直進するスピードは巨体に見合わぬ高速で、円柱の直径はハトホルフリートの200mを超える全長を補って余りある。
直撃を受ければ圧壊は免れない。
防護フィールドさえ保つかどうか──下手をすればここで全滅だ。
その時、彼女が動いた。
「んくくくぅ……センセイ、ごめんなさいぃ……」
重力に負けてツバサの胸に埋もれるマリナが出し抜けに謝ってきた。
マリナはツバサへ向き直ってしっかりとしがみついていたのだが、小さな身体で激しい重力に逆らい、その細い腕を懸命に持ち上げる。
「…………ぅあっ!?」
マリナは体勢を立て直すため、ツバサのおっぱいを鷲掴みにした。
感度の良い乳房を揉まれて変な声が出そうになったのは我慢できたが、掴まれた拍子に胸の先端から漏れるものは止められなかった。
マリナはこれも込みで謝ったのだ。
彼女の意図を察したツバサは、自分たちを艦長席に固定させていた黒髪を操ると、マリナが姿勢を変えるのを手助けしてやる。
ツバサが座椅子となって、マリナの細い胴に手を回す。
黒髪で再び2人の身体を固定させ、しっかり娘を抱き締めてやった。
マリナはこちらに背中を預け、両手を前へと突き出す。
艦首に向けて伸ばされるマリナの両手。
その小さな掌から魔法陣が連続して浮かび上がる。一重、二重、三重……十重二十重と大小の魔法陣がいくつも連なっていく。
その効果が母艦のシステムに連動する。
マリナの過大能力──【神聖なる幼女の不可侵領域】
艦を守る防護フィールドのを120%以上に高めつつ、防護フィールドの外側には巨柱の直径に匹敵する超巨大な盾型防御壁を展開させる。
それは重厚な城砦にも似た分厚い円盤。
円柱の直径は大凡300m超。
その面積を上回る分厚い城塞型防壁がハトホルフリートの盾となる。
「……フミカさん、お願いッ!」
マリナは力の放出を続けながら、短い声でフミカに懇願する。
妹からの一言でお姉ちゃんは察したらしい。
ダインに抱き留められて身体を支えられているフミカは懸命に手を伸ばし、ブラインドタッチでコンソールを操作する。
それは防護フィールドにある細工を加えるものだった。
「マリナちゃん、オーライッ……ダイちゃん、操縦は任せるッス!」
「わかっちょる! 守りは頼むぜよ!」
フミカの声色から何が起こるかを瞬時に理解したダイン。彼女を抱いたまま片手で操舵輪を掴み、その瞬間に備える。
兄妹の以心伝心な連携により──接近する巨柱に立ち向かう。
突進してくる巨柱は、マリナの城塞型防壁に激突する。
人間なら鼓膜を破られ耳や鼻から血が噴き出すこと間違いなし、それほどの爆音と破滅的な衝撃に見回れるも、城塞型防壁は巨柱を押し止めた。
しかし、巨柱の進撃は止まらない。
その身を抉るように押し込んで来ると、城塞型防壁に亀裂が走った。
しかし──マリナの顔に焦りはない。
巨柱に押され続けることで亀裂は広がり、その隙間から鋭い光が迸る。
城塞型防壁は、閃光を発しながら崩壊寸前だった。
「このまま弾き……飛ばされますッ!」
マリナが宣言すると同時に、城塞型防壁は自ら大爆発を起こした。
防壁が自爆するようマリナが仕込んでいたのだ。
その爆発は別次元の巨柱を押し返すほどだが、ハトホルフリートの防護フィールドも破りかねない威力を発揮した。
この爆発を受けて──ハトホルフリートは吹っ飛んだ。
本来、防護フィールドとは攻撃を無効化するもの。
許容範囲内ならば、どれほど攻撃されてもハトホルフリートは毛ほどの傷も負いはしない。攻撃による衝撃や反動を食らうこともないので、その場から動かされるような運動エネルギーの影響さえ受けはしない。
だから、フミカは防護フィールドのシステムを変更したのだ。
マリナが城塞型防壁を用意した時、「内部にエネルギーが溜め込まれている……これを爆発させる作戦ッスね?」とフミカは読み解いた。
その後、マリナの「お願い」で思いついた策である。
防護フィールドの効力を、攻撃の無効化ではなく強力なバリアへと変更。
攻撃からハトホルフリートを守るも、その衝撃や反動を食らい、運動エネルギーの影響も受けるという方式に切り替えた。
防護フィールド内のハトホルフリートの位置も固定。
これにより、防護フィールドはハトホルフリートを内側に収めた“強固な球体”となり、先ほどの爆発に煽られて吹き飛ばされたのだ。
巨柱から離れるように、後方へ飛ばされていく母艦。
吹き飛ばされる最中、バリアに亀裂が走ると破壊される前に解除される。
「ぐおぉぉぉ、きょ、強烈な重力じゃがぁ……チェストォッ!!」
艦橋内が慣性の法則による凄まじい重力によって翻弄させる中、ダインはフミカを庇ったまま操舵輪を操り、推進ジェットのレバーを切り替える。
艦を制御しつつ、ジェットの逆噴射で吹き飛ばされる勢いを緩和させた。
巨柱から十分な距離を取りつつ、艦を安定させることに成功する。
すぐさま防御フィールドを再展開するのも忘れない。念のため通常時の数十倍の強度を出せるように出力をそちらへと多めに回しておく。
これで危機一髪をどうにか切り抜けた。
言葉で伝えずとも一声呼ぶだけで互いの意図を読み取り、息のあったコンビネーションで危機を脱した兄妹たちの連携は褒めるしかない。
中でも、あれほどの巨大防壁を展開させたマリナはMVPだった。
「や、やりました……よね、セン、セイ……」
お風呂に突き落とされたかのように、自らの汗でずぶ濡れになるマリナ。
頬も少し痩けており、疲労困憊どころか過労寸前だった。
あれだけの城塞型防壁を造りつつ、ハトホルフリートの防護フィールドにも力を回してくれたのだ。命を削るほど力を振り絞ったのだろう。
神族とはいえ幼い少女──細い身体には堪えたに違いない。
「ああ、よくみんなを守ってくれた……ありがとう、マリナ」
黒髪を解いてマリナを抱え上げると、その小さな顔に手を添えて持ち上げ、まだ咲き誇る前の蕾のように初々しい唇にキスをしてあげる。
そのまま──活力付与を行った。
自分より年下の娘たちにならしてもいい、とミロの了解も得ている。
活力付与のキスを終えると、痩けたマリナの頬も血色が戻ってきた。
嬉しそうに微笑む幼気な表情もいつも通りだ。
汗まみれの衣装は着替えさせてやりたいが、まだ余談を許さない状況なのでドレッシングルームに1人で行かせたくはない。
マリナを抱き直したツバサは、艦橋のメインモニターに目を向ける。
次元の裂け目──というより割れ目だろうか?
空間を破って突き出した別次元からの円柱は、割れ目から覗いたままだ。
「また蕃神の王か!?」
このタイミングで登場か! とツバサは忌々しげに艦長席の肘掛けを掴む。
この空気を読まない出現にはさすがに腹立たしい。
巨大な円柱──次元を破る巨柱。
これまで遭遇した蕃神は王にしろ眷族にしろ、こちらの世界の生物と似通った外観をしていたが、コイツはあからさまに無機質なフォルムだった。
鈍い輝きを放つのっぺりした銀色の大きな筒。表面は磨かれたように曇りひとつないが、そこには美しさよりも人知の及ばない色彩を漂わせていた。
見た目は完全な円柱であり、継ぎ目などは見当たらない。
「うーん……エヴァン○リオンにもあんな感じの使徒ってやつがワンサカ出てきてたけど、アレも蕃神みたいだから、やっぱり生き物なのかなぁ?」
艦橋が落ち着いたので、ようやくテーブルの下から出てこれたミロがモニターを眺めてぼやいた。あのアニメにはこんな敵がよく登場したものだ。
「ちょい待ちッス。只今、モーレツな勢いであの銀筒を走査中ッスから」
フミカが【魔導書】をフル回転させて、分析の技能を働かせている。
彼女なら巨柱の正体をすぐに判明させるだろう。
その前に──この2人が一目でその正体を見抜いた。
「違う、生き物じゃない……俺ちゃんにはわかる……」
「さすがじゃな兄弟……いや、工作者なら一発でわかって当然じゃ……」
ジンとダイン、2人の工作者は声を揃えて断言する。
「「あれは──戦艦だ!!」」
こちらが正体を見破ると同時に、巨柱がアクションを起こした。
銀色の表面があちこちスライドし、その穴からレンズ状に加工された大型の宝石めいたものが顔を覗かせた。そこにサイケデリックな光が溜まっていく。
臨界点に達した光は、破壊光線となって放たれる。
破壊光線の砲撃はハトホルフリートに雨霰となって降り注ぎ、防護フィールドを震撼させた。抜かりなくマリナを完全回復させて正解だった。
「こなくそ! 艦同士の戦闘なら受けて立っちゃるぜよ!」
防護フィールドを削られるも、ダインは船を預かる者として反撃を試みる。
こちらも負けじと気嚢部分から主砲や副砲を迫り出すと砲撃を開始。
防護フィールドは外からの攻撃は無効化するが、母艦から発射された攻撃はスルーさせるので問題なく巨柱まで届いた。
しかし、直撃する前にこちらの砲撃が消えてしまう。
「あっちにも防護フィールドみたいなもんが張り巡らせてあるッス!」
フミカの走査がそこまで解析したらしい。
互いの砲撃戦が続く中、巨大な巨柱に新たな動きがあった。
またしても表面のそこかしこがスライドしていくと、その穴からワラワラと蟲が湧いてきたのだ。モニター越しにはそうとしか見えなかった。
現れたのは──禍々しい甲殻に鎧われた異形の者ども。
蟹、海老、蝦蛄、寄居虫……どれもこれも甲殻類を連想させる外見だが、全てが巨柱と同じ鈍い銀色で覆われている。背中には鳥にも昆虫にも、蝙蝠のような皮膜にも似ていない、奇妙な二対の羽根をはためかせている。
空飛ぶ甲殻類は生意気にも編隊を組み、こちらに接近していた。
彼らは鋏のような機械腕から破壊光線を撃ってくる。
「ありゃあ……もしかして艦載機か!?」
そうなると戦艦というより空母になる。
しかし、砲撃もしているので航空戦艦とでも言うべきか?
「くそったれ! そっちが艦載機なら、こっちは二大龍王で迎撃……」
「やめろダイン──数が違いすぎる」
ダインが巨大ロボとなり、それをパワーアップさせるための合体メカである二大龍王。テンリュウオーとチリュウオーは母艦に乗せている。
それを出撃させようとしたダインを、ツバサは冷静に制した。
いつものダインなら気付くはずだが、頭に血が上っているようだ。
「いくら二大龍王が強くとも、あの数に群がられたら危うい。出したら泣きを見るのはこちらだ……張り合おうとするな」
「じゃけどアニキぃ! こっちにゃ艦載機なんぞ積んどらんし、こがい状況であのシルバーチックなエビどもに対抗できるんは二大龍王しか……ッ!?」
ダインが食い下がろうとした時──モニター越しに異変が起きた。
小規模な爆発が空飛ぶ甲殻類の群れに起きたのだ。
それは彼らが撃墜された際に引き起こされた爆発であり、木っ端微塵に砕け散った銀色の甲殻が宙にばらまかれてキラキラと輝いていた。
空飛ぶ甲殻類たちは編隊を乱すほど驚いている。
慌てふためく彼らを更に煽るかのように、立て続けに爆発が巻き起こる。
巨大な円柱型戦艦の艦載機たちは──次々と撃墜されていく。
~~~~~~~~~~~~
「いやー、良かった良かった」
ハトホルフリートの甲板に1人の男が佇んでいた。
「おれにもできそうな仕事が回ってきてくれて──」
防塵マントを靡かせて、テンガロンハット抑えるように被り直す。
拍車付きの本格的ウェスタンブーツを踏み鳴らし、男は両手を「ウェルカム!」と広げて、迫り来る異形の艦載機を歓迎した。
拳銃使い──バリー・ポイント。
先刻、巨柱が艦載機を出したと同時に「おれが行くかい?」と無言でツバサに目配せを送ってきたので、ツバサが「頼めるか?」と返せば「OKOK」と指を○にしてジェスチャーを返してきたのだ。
そのまま一足先にバリーは甲板へと出て、応戦準備を整えていた。
「遠路遙々ようこそ──異次元の侵略者諸君!」
そしてあばよ! とバリーは群がる敵に死刑を宣告する。
次の瞬間──。
轟音のような銃声が鳴り響いたかと思えば、何十機もの空飛ぶ甲殻類たちが撃ち落とされた。しかも、機体は再起不能なまでに粉砕されている。
バリーの扱う拳銃は4丁、リボルバーなので1丁の装填数は6発。
4丁合わせて24発。
その24発を、恐るべき早業でバリーは撃ち切った。
あまりの速さに銃声が一発分に聞こえるほどで、それが24発分重なったものだから轟くような銃声として鳴り響いたのである。
バリーは左右の腰に2丁ずつ、計4丁24発の弾丸を撃った。
回転輪胴には空薬莢しか残っていない。
バリーは予め腰のベルトにセットしておいた、6発ずつひとまとめにした弾丸をベルト越しに叩いて宙へと浮かび上がらせる。
4丁の拳銃はまるでジャグリングのように宙を舞い、古臭い中折れ式のコックを跳ね上げると空薬莢を排出、自分の道具箱へ吸い込むように収めていく。
空になった回転輪胴に、宙へと浮かせた6発ひとまとめの弾丸を落とし込むように再装填していく。曲芸にしか見えない鮮やかな手際だ。
それを0.00001秒の世界で行うのだから、まさに神業である。
「早撃ちは趣味じゃねえ。おれは狙って撃つ」
言葉とは裏腹に、銃声が一度に聞こえるほどの早撃ち。
またしても24発の弾丸が宙を裂き、迫り来る異形の艦載機を撃ち落とした。
「もっとも──遅いとは一言もいってねえけどな」
一発一発の弾丸が確実に艦載機の急所を捉えて、二度と飛行できないほどの致命的ダメージを与える。具体的に言えば、完膚なきまでに破壊するのだ。
過大能力──【狩魔が手引きせし弱所を穿つ魔弾】
それがバリーの過大能力だ。
まず銃口で狙う対象に照準を合わせる。
ターゲッティングした対象の「そこを撃ち抜けば一発で再起不能になるまで破壊される」弱所を見抜き、そこを狙って弾丸を発射すると命中率に85%の補正率がかかるという、射撃能力に特化した過大能力だ。
命中率補正のため、わざと的を外して撃っても自動追尾みたいな弾道となる便利な能力。狙って撃てば100%命中する優れもの。
対象が逃げ惑うことで弱所から逸れたとしても、命中するまで自動追尾する機能もある。猟犬のように、狙った獲物を仕留めるまで追い続けるのだ。
この過大能力により、バリーは艦載機を易々と撃ち落とす。
しかし、撃っても撃っても数が減らない。
「蕃神の眷族は桁違いに多いと聞いてたが……やれやれ、弾丸足りっかなぁ」
残弾数の心配をするバリーだが、射撃の手は休めない。
そこへ──援軍が現れる。
バリーの背後から無数の杭が飛び上がった。まるで弓兵の軍勢が迫ってくる軍勢へ向けて一斉に矢を放ったかのようだ。
それは五月雨のように降り注ぎ、避ける暇さえ与えず艦載機を撃墜する。
「助っ人として陣営を代表してきたのだから、一働きしなければな」
軍用コートをはためかせて現れたのはレオナルドだった。
気を硬質化させて杭状にして放つ──直穿撃。
接近戦で打ち込む手法を好むレオナルドだが、このように遠距離戦で放つこともできる遠近両用の戦闘技術でもある。いわゆる“飛び道具”というやつだ。
「なんでぇ、獅子翁の旦那かい」
姉ちゃんたちと乳繰り合ってていいんだぜ、とバリーは冷やかす。
「言うじゃないかカウボーイ、残弾数が寂しいんじゃないか?」
レオナルドも負けじと半笑いで言い返す。
言うねぇ、と笑いながらバリーはテンガロンハットを被り直した。
さっきから拳銃を撃ちっ放しのバリーだったが、レオナルドの援護射撃により敵の数が一気に減ったので、いつもの癖ができるくらい余裕ができたらしい。
そこへ──更なる援軍が敵を蹴散らしていく。
砲塔を備える大盾と機銃を内蔵した馬上槍を掲げたカンナが、縦横無尽に空を駆け巡る空飛ぶバイクに乗って、異形の艦載機たちを撃破していった。
「メイド部隊──準備」
主人に仕える従者の如く、いつの間にかレオナルドの背後に控えていたクロコがボソリと呟くと、周辺の空間に小さな出窓らしきものが現れる。
過大能力で空間に設けられた【舞台裏】に続く出窓だ。
50を下らない出窓からは、狙撃銃を構えたメイド人形たちが垣間見える。
「目標、蕃神の艦載機──撃て!」
クロコが手を上げると同時に、彼女たちも放火を上げた。
レオナルドの杭による乱射、カンナの突撃、クロコの人形たちによる迎撃。
空飛ぶ甲殻類のような艦載機は、ハトホルフリートに近付くどころか防護フィールドに触れることさえできずに撃ち落とされていった。
「やれやれ、おれの見せ場だと思ったのに……」
薄笑いを浮かべるバリーは応援をありがたく思いながらも、自分の独壇場ではなくなったことをぼやいた。その手は自分の道具箱に差し込まれている。
「もっと頑張らねぇと、帰ってカミさんに自慢できねえじゃないの」
道具箱から取り出したのは大型の狙撃銃。
その銃には神秘的な蒼色に染められたライフル弾を1発だけ装填すると、構えた銃口で異形の艦載機が組む編隊をなぞる。
宙に舞う艦載機たち、それらを一機残らずなぞって照準を合わせる。
そして、狙撃銃の引き金を引いた。
放たれた弾丸は蒼い軌跡を描きながら、まるで獲物を仕留める大蛇のように空を駆け抜け、艦載機を射貫いて粉砕する。
一機を貫いても弾丸の威力は落ちず、二機、三機、四機……と手近な艦載機から餌食にしていった。艦載機を撃ち落としても運動エネルギーを損なわないライフル弾が、縦横無尽に空を翔ていく。
「ダイン君特製──アダマント鋼でコーティングされた徹甲弾」
逃げ切ることも防ぐことも適わんぜぇ、とバリーは残酷な笑みをこぼす。
それはまさしく、狩りを楽しむ狩猟者の笑みだった。
「…………ん? どうも妙だな?」
かなりの艦載機を撃墜したバリーは、ある違和感を覚えたらしい。
「なあ獅子翁の旦那、カニの殻を剥くのって得意かい?」
おれぁ苦手なんだよ、とバリーは情けない声で笑った。
彼の発言の裏をレオナルドは読み解く。
「蟹の殻……こういうことかな?」
レオナルドは数本の杭を用意すると、力加減をして放った。
それは防護フィールドの近くにまで来ていた異形の艦載機に突き刺さるが、どれも芯を捉えておらず、浅いところに刺さった。
ちょうど外殻と中身を引き剥がすような位置に──。
レオナルドが絶妙な力加減で放った数本の杭により、異形の艦載機は銀色の装甲を剥ぎ取られ、その中身を露わにすることとなった。
空飛ぶ甲殻類のような外見──その中身もまた甲殻類だった。
「カニを剥いたらまたカニって……マトリョーシカかよ」
呆れるバリーとは裏腹に、レオナルドは眼鏡の位置を直して注目する。
「蟹……というより茸じゃないか?」
銀色の外骨格を剥がして現れたのは、キノコ状の頭部を持つ生物だった。
身体は毒々しいピンク色の甲殻に包まれており、手足も海老や蟹のように節くれ立っている。掌や指の代わりに先端が鋏になっていた。
特筆すべきは頭部──脈動する不気味なキノコにしか見えない。
人類が食用としてきたタイプや、子供向けアニメで親しまれるようなファンシーなデザインのものではない。良くてホラー映画に登場しそうな、おぞましくて身の毛もよだつ、形も定かではないおどろおどろしいキノコだった。
深山幽谷、朽ちた木の根元に蟠る正体不明の菌糸類。
そんな頭部には目も鼻も口もなく、まるで腐って膨張した脳のようにも見える。
いびつな皺の隙間からは定期的に光が漏れていた。
その明滅は、生命らしい鼓動と見て取れなくもない。
「あるいは信号を発しているのか……言語ではなく、何らかの信号でコミュニケーションを取るタイプの種族かも知れないな」
レオナルドは軍師らしく考察する。
銀色の装甲を剥がされたピンクの甲殻類は、どこに声帯があるのかわからないが奇声を上げると、そのまま地面へと落ちていった。
落ちる途中、蒸発するように泡となって消えていく。
消滅を見届けたバリーとレオナルドは、お互い感想を述べる。
「つまりあれか、ダイン君の発言から戦闘機というか攻撃機というか爆撃機というか、そういうもんを連想してたけど……」
「アレは彼らにしてみればパワードスーツであり──」
──こちらの世界で活動するための防護服だったわけだ。
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