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第10章 天梯の方舟と未完の巨神
第235話:方舟は突然やってくる
しおりを挟むハトホルの谷から西北西──地下洞掘のある大森林。
オリベ一行は古巣とも言える洞窟に戻ってきた。
入り口がある地上には女王にして巫女であるイヨがおり、彼女の補佐役を務めるオリベがその横に並んでいる。その後ろにウネメ、オサフネ、ケハヤの三将が警護役として控えていた。
三将はただ突っ立っているわけではなく、いつ危険なモンスターが襲ってきても対応できるように、ちゃんと意識を張り巡らせている。
オリベは連れてきた男衆の指揮を執っていた。
妖怪化した人々の中でも力自慢の者ばかり。
かつて人足や馬喰などの力仕事で腕を鳴らした屈強な者たちだ。
彼らは地下洞窟に潜り、次から次へと荷物を運び上げてくる。
「家具や道具の大物はそちらのこんてなへ入れてくれ。茶器はそちらのこんてなへ……これ、保護のために布で包むのを疎かにするでないぞ」
オリベは指揮官の技能を持っているので、彼が采配を振るうと男衆の動きが途端に良くなる。荷運びもスムーズに行われていた。
ダインから支給されたコンテナに、運んで来た品々を詰め込んでいく。
イヨは汗を流して働く男衆を淑やかに見守っている。
その慈しみを宿した眼差しには、母心に通じる優しさがあった。
そして、彼らの作業を眺めるウネメはヘソを曲げていた。
ウネメだけではない。オサフネも声には出さないものの、団子鼻に届くほど口を尖らせていた。ケハヤだけが居たたまれない顔で立ち尽くしている。
「なんだよ、紛らわしい……戻るってこういうことかよ」
ウネメは冗談好きな大将に文句を叩きつける。
「ツバサ様が地下洞窟を封印するから、その前に使える物資を取りに戻るので同行しろ……って、はっきり言えよな」
地下洞窟は封印する──それがツバサの下した決定だ。
またイヨたちのように、過去の日本から時空間を超えて飛ばされてくる漂流者がいないとも限らない。それを防ぐためにも“気”を整え、二度と澱んだり暴発したりしないよう管理下に置くことにした。
そのことをイヨに伝えると──。
『こちらに越してきてから皆の衆にも請われていたのですが……あの地下洞窟には、まだ使える家具や道具……それに保存した食料などの物資が残されているというのです。封印する前に、それらを取りに戻ってもよろしいでしょうか?』
──こんな具合に頼まれたのだ。
そうと決まれば話は早い。
ツバサたちも地下洞窟の封印に出向くので、イヨたちも一緒に連れていくことになった。こうなればものはついでだ。
現地まではダインに飛行母艦ハトホルフリートを出してもらって、用事が終わるまで上空に待機させてある。
コンテナに荷物を詰め込んだら、イヨたちと共に回収すればいい。
戻れば荷下ろしの作業があるけど、それはそれ。
実質的に作業に当たるオリベや男衆、それと警護役の三将も「行って帰ってくる危険な行程がないだけで大助かりだー!」と喜んでくれた。
それでも──ウネメはヘソを曲げていた。
「……オリベの大将の言い方だと、せっかく安全なハトホルの谷へ引っ越したってのに、またぞろ此処へ戻ってくるように聞こえたぜ」
ウネメは冗談好きな大将の背中に文句をぶつける。
「普通に言ったのでは面白味がなかろう」
オリベは仮面をずらし、意地悪な笑みを湛えた口元を覗かせた。
「そなたたちの魂消た声、改心の響きだったぞえ?」
「やかましい、この数寄者ジジイが!」
「……大将、お戯れも程々にしてください」
ウネメが怒鳴るのに便乗して、オサフネも苦言を呈した。
オリベはますます楽しそうに笑うばかり。人々に笑いを誘うことが好きな翁は、自分が面白おかしく笑うことも大好きなのだろう。
「オリベ様のあの言い方では誤解されるのも仕方なきこと……ウネメ様もオサフネ様も、理不尽なことを言い出した父親に食ってかかるようでしたからね」
釣られてイヨまでおかしそうに笑っている。
「ユーモアのセンスは買ってあげたいですが、真面目な部下をからかうのはどうかと思いますよ? 冗談は通じる相手を選ばないと……」
苦言ではないがツバサも一言添えておいた。
上空のハトホルフリートから、ミロと共に飛行系技能で降りてくる。
それに気付いたイヨとオリベがすかさず跪いた。
2人に倣って三将も傅き、働いていた男衆も手を止めて平伏する。
女神様の降臨に──誰もがひれ伏す。
こうなると作業の邪魔をしているようで気が咎めるため、ツバサはすぐに「面を上げなさい」と女神らしく振る舞いながらジェスチャーで送った。
神様らしい心配りにも慣れないと……気疲れしそうだ。
「これはツバサ殿、そちらの作業は順調ですかな?」
立ち上がったオリベの質問に、ツバサは着地してから答える。
「俺のやることは先日の時点で終わっているのでね。子供たちに手間を掛けさせています。まだ、ちょっと時間が掛かるかな」
なので──荷物の積み込みも慌てることはない。
働く男衆にそう促して、安全な作業に努めてもらう。
前述の通り、この地下洞掘を封印するためツバサはやってきた。
ツバサがやるべきことは「“気”が溜まりやすい地脈の制御」だが、それは先日の時点で終わっている。今日やることは監督役だ。
マリナ、フミカ、ダイン──彼らに一仕事してもらっている。
マリナには地下洞窟のあるこの一帯に近付けぬよう強力な結界を張ってもらい、現地種族やモンスターが近付けないようにしておく。
フミカにはマリナの手伝いを頼み、特殊な術式を仕込んだ【魔導書】を配置してもらう。具体的には結界の自動修復術式や、結界に近付く者を遠ざける幻惑術式。更には地下洞窟の“気”を暴発させない調整術式などなど……。
こういった細工を任せられるのはフミカしかいない。
マリナの結界と相乗効果を持たせれば、半永久的に結界を維持できるはずだ。
ダインにもいくつかの機器を設置を任せている。
役割分担的にはフミカと近いだろう。
非殺傷タイプのトラップを仕掛けて生物が寄りつかないようにし、洞窟内に異変を感じると作動する監視装置。その他諸々……。
「この洞窟、どうしても“気”が溜まるからな」
もう澱むことはない。だが、溜まった“気”が濃縮して暴発し、またイヨたちのように転移させられる日本人がいないとも限らない。
それを未然に防ぎ──再度起きた時に備える。
これらのため、子供たちに骨を折ってもらっていた。
「なので3人は跳び回っているわけだが……」
「アタシはツバサさんのおっぱい支え係として来ましたー♪」
母艦から降りてくる時もツバサに抱きついていたミロは、そこから前に回ると胸の谷間に頭をめり込ませ、両肩でツバサの爆乳を支えていた。
ミロのやることはないが勝手に付いてきたのだ。
古い時代に生きたオリベたちは、ミロの奇行に当初「ハレンチでござる~!」と目を白黒させたが、この2週間ですっかり見慣れたらしい。
ツバサへのセクハラ行為を、未来的スキンシップと捉えたようだ。
……それはそれでどうなんだろうか?
ミロと目が合ったオリベは独特な行動に出る。
恭しい足取りでミロの前に立つと、演技過剰な礼を始めたのだ。
神への拝謁だとしても──やり過ぎなくらいに。
「これはこれは信長様……ご機嫌は如何にござりましょう?」
「うむ、苦しゅうない。良きにはからえ」
オリベの三文芝居にミロも付き合い、偉そうにふんぞり返ると日の丸扇子を取り出してお大尽よろしくパタパタ仰いでいた。
ミロが織田信長と呼ばれるには理由があった。
~~~~~~~~~~~~
イヨたちをハトホルの谷に連れてきた日──。
ミロが「大昔の人たちに会ってみたい!」としゃしゃり出てきたのだが、彼女を一目見るなりオリベが跪いたのだ。
『──信長様ッ!?』
さすがのミロも目を皿のようにして硬直した。
オリベも仮面越しにマジマジとミロを見つめ、見間違いだったと気付いたらしく「……失礼いたした」と仮面を汗まみれにして謝った。
虚を突かれたミロは不思議そうに首を傾げた。
『仮面のおじいちゃん……アタシ、ノブナガ様に似てるの?』
オリベは「ハッ!」と畏まり、恐る恐る顔を持ち上げてミロの容貌を改めて凝視すると「恐れながら……」と前置きして、弁明めいた言葉を連ねる。
『信長様も大層な美男子であらせられた……なにせ、あの当代随一の美女と謳われたお市様の兄君ですからな……ミロ様も美しい娘御と、見目麗しき小姓の凜々しさを併せ持っておられるが……うむ、信長様とは似ておりませんな……』
織田信長が女性的だった──という説がなくはない。
津島でお祭りがあった際、信長は天女に扮して舞い踊り、その美しさと舞の見事さに祭りは大いに盛り上がったという。
また、当時の武将たちは衆道(男同士の性行為のこと)を嗜む者が多く、信長もその例に漏れなかった。だが、当人が美形で細身だったのに対して、相手に選んだのが巨漢で逞しい者ばかり……。
おかげで後年「女役?」と邪推されている。
だからといって、ツバサが愛して已まない美少女なミロと間違えるのは、さすがに無理がある。信長もそこまで女性的ではあるまい。
フィクションで女体化されまくっているが、それはまた別の話。
では、どうしてミロと信長を見間違えたのか?
『佇まい……風格とでも申しましょうか、そこが似ておられるますな』
戦国の覇者──織田信長の風格。
オリベの眼は、それに酷似したものをミロに見出したらしい。
ミロは時折、世界を塗り替えるほどの覇気を発する。
ドンカイさえもたじろがせたことがある覇気は、『主神の王権』を得てからより顕著となり、英雄神に相応しい気迫を醸し出すようになった。
その覇気が、織田信長と相通じるのかも知れない。
この一件がきっかけで、ミロとオリベはすっかり意気投合。
オリベは会う度にミロを「信長様」と冗談混じりに敬い、ミロもオリベのことを「オリベのじいちゃん」と呼んで懐くようになったのだ。
~~~~~~~~~~~~
「尾張のうつけとウチのアホが似ているとはな……」
久し振りに会った孫と祖父みたいなノリで会話を弾ませるミロとオリベを見守りながら、ツバサは誰にも聞かれぬよう小声でぼやいた。
2人のバカ話を適当に聞き流す。
「……では、お世継ぎの予定はまだ見通しが立たぬと?」
聞き逃せない発言にツバサの耳は反応した。
ミロは相変わらずツバサの胸の谷間に頭を埋めていたのだが、お世継ぎという言葉が出ると、両手をお手上げポーズにするとツバサのおっぱいを下から持ち上げるようにポヨポヨと持ち上げて弄ぶ。
「そうなのよー。アタシとしてはツバサさんにはダース単位で子供を産んでもらって、名実ともに“ビッグ・マム”になってほしいんだけど、ツバサさんってばどうしても男の子の気持ちを捨てきれないらしくって……パイアタックッ!?」
「……おい、黙って聞いてれば何の話をしてやがる?」
聞き捨てならない台詞をベラベラと喋るミロ。
ツバサは両腕で自分の乳房を左右から力いっぱい押して、その谷間でアホの頭を挟んでやった。ご褒美のようなお仕置きだ。
「だ、だってぇ~……ツバサさんも赤ちゃん欲しいって言ったじゃ~ん」
「それは公言するなと言ったろうが!」
ミロの子供が欲しい──そう本心を打ち明けたことはある。
しかし、まだ男としての気持ちを失っていないツバサは、女性としての最終段階でもある妊娠や出産を経験することには及び腰だった。
女としての覚悟が足りず──煮え切らない。
そんなツバサに呆れるみたいに、ミロはこれ見よがしのため息をついた。
「毎朝欠かさずホルスタインみたいにリットル単位でお乳搾られないと居ても立ってもいられなくなるほどのおっぱい持ってて、毎晩のようにアタシの男の子を喜んで受け入れてくれてるのにねぇ……パイ万力ッ!?」
「だから……そういうこと言うなッ!」
いらんことを口走るミロの頭を、爆乳で押し潰す。
万力よろしくギリギリとミロの頭を割るつもりで潰していると、オリベが年寄りらしくカラカラと笑った。兄妹喧嘩でも眺めているつもりなのだろう。
「アッアッアッ、喧嘩するほど仲が良いとは正にこのこと。夫婦仲が睦まじいのはよろしいことですな。それがしも奥方を思い出して切のうなりますぞ」
それはともかく、とオリベは笑顔のまま声を正した。
「お世継ぎの件で茶化すつもりはござらん。たとえ神族といえども早めにこさえておくべきですぞ……それで苦労された殿上人がおりますでな」
奏上するようなオリベの言葉は真に迫っていた。
彼が言及しているのは他でもない──太閤・豊臣秀吉のことだ。
秀吉は正妻である高台院(北政所、寧々)の他にも、淀殿(茶々)を初めとした多くの側室を抱え、数多の美姫に手をつけたとされる希代の女好きだ。
しかし──子宝に恵まれなかった。
記録では正統後継者となった豊臣秀頼を含め、4人の子供が生まれている。
しかし、秀頼を除いて10歳にもならない内に夭折。
(※豊臣秀頼とその前に生まれた鶴松のみが、秀吉の直系とされている。残りの2人は資料などによっては養子だったという説もある。そもそも、秀頼や鶴松の出生にも怪しい噂やそれを裏付ける資料が多いのだが……)
豊臣政権が短命で終わったのも、後継者に恵まれなかったのが一因だ。
その秀吉に仕えた武将が物申すのだから説得力がある。
オリベが意見する気持ちも心配から生じたもの。その気遣いはわかるし有り難いのだが、男であるツバサは心中複雑でやるかたない。
ツバサは苦虫を噛み潰した顔で言い返す。
「言いたいことはわかりますけど……オリベさんたちには明かしたでしょう? 俺はその……本当は男だって…………」
イヨ、オリベ、それと三将には大まかな事情を説明済みだ。
ツバサたちが未来から来た日本人で、色々あって神様になったこと──。
この世界は伝説の息づく神々の世界であること──。
ツバサたちの時代には、もう日本どころか地球も崩壊していること──。
まったく違う異世界から侵略されていること──。
そして、ツバサが本当は男だということも──。
最初はやんわり誤魔化すつもりだった。
しかし、最初にイヨたちと接触したコギャルのプトラが、プレイヤーたちの実情をそこそこ喋ってしまったので、誤魔化すのが難しくなっていた。
おまけにイヨは全てを見通す“万里眼”の持ち主。
下手な嘘で言いくるめても、こちらの心情から見抜いてしまう。
トドメに──ミロが全部バラしてしまったのだ。
妖怪化した人々のトップである5人を招いた事情説明会で、ハトホル一家の代表として参加させたら、ものの見事に全てをぶちまけた。
これでもう詳らかにするしかなくなった。
大地母神であるツバサも「本当は20歳の男の子」とバレてしまったのだ。
ツバサの苦い返事にオリベも顎に手を当てて考え込む。
「ツバサ殿が倅ぐらいの青年と知った時には、驚天動地の心持ちでござったが……まあ、言動を振り返ってみれば男子らしいところがありましたな」
なればこそ、とオリベははっきり言い聞かせてくる。
「日本男子らしく覚悟を決め、お世継ぎを懐妊すべきではござらんか?」
「……日本語が矛盾していることに気付いてます?」
日本男子が妊娠できるわけないだろうが! と声を大にしてツッコみたい。
こういう場面でミロの自由にさせれば、「そんじゃ早速!」とばかりにツバサへセクハラしながら押し倒して事に及びかねない。
させるかよ、とツバサはおっぱい固めでミロを拘束した。
小鳥みたいに囀る軽口も、ありあまる乳肉を噛ませて黙らせておく。
「いい機会だ──御二人には聞いておきたいことがあったんだ」
ツバサは話題を変えてみる。
本当ならハトホルの谷で聞いておこうとしたのだが、オリベの正体にインパクトありすぎて話が流れてしまい、ここまで持ち越しとなってしまった。
おっぱいホールドで落ちたミロは、そこらに転がしておく。
ツバサは真面目な面持ちで問い掛けた。
「イヨさんやオリベさんは──子供たちに特別な思い入れがあるんですか?」
困っている弱者に一も二もなく救いの手を差し伸べ、子供が泣いていたら是が非でもなく原因を根絶するツバサが問い質せた義理ではない。
義理ではないが──尋ねてみたくて仕方なかった。
「御二人は曲がりなりにもかつては為政者。その統治に悪政を敷いたという話は聞いたことがないから、民衆を慮る気持ちがあったのは窺える……だが、子供たちを案じる気持ちには並々ならぬ熱意を感じられた」
理由があるなら伺いたい、とツバサは問い質す。
イヨとオリベは神妙な表情を浮かべると、わずかに目配せをする。
どちらも小さな吐息を漏らした後、イヨから口を開いた。
「わたくしの生きた時代……子供は宝でした」
お産とは──女性の身体に凄まじい負担を強いる。
医学が発達した現代においてさえ、女性にとっての一大事だ。
医療技術などほとんどなく、薬さえままならない古代においては安産であろうと産後のケアは大変だったろうし、難産であれば母子の命すら危ぶまれる。
無事に生まれてきた子供は何よりの宝だろう。
「そうして生まれてきた子らも……一人前に育つまで気が気ではありません。物心つく前に、幼くしてこの世を去る子は珍しくありませんでした……」
7歳までは神のうち──昔の言葉だ。
子供は7歳まで人間ではない。神のように常世にある者。
もし死んでしまったら、それは常世に帰っただけ。
これは子供を育てられない貧しい親たちが子供を間引きするための言い訳という説もあれば、幼くして子供を失った親を慰める言葉でもあるという。
こんな言葉が広まるほど、かつては幼児の死亡率が高かった。
「わたくしは鬼道を修めた巫女だったため、先代の卑弥呼様と同じく婚姻はいたせませんでした……なので、お腹を痛めた我が子こそおりませんでしたが……親族に子が産まれれば、それはもう可愛くて……」
民に子が産まれれば、女王として大いに祝ったという。
「そもそも、わたくしほど長生きした女から見れば、あそこで熱心に働いてくれている彼らだって息子のようなもの……皆、愛しい子に変わりありません」
イヨは荷運びをする男衆を愛おしげに眺める。
母親のように慈愛に満ちた眼差しは間違いではなかった。
忘れがちだが──イヨはこの場で最年長と呼べるくらい生きている。
実年齢だけなら、ツバサの祖母よりも遙かに年上だ。
「つまり、ロリババア……あべしっ!?」
這い蹲ったまま失礼なことを言おうとしたミロを黙らせる。
「わたくしにとって国とは家族……そこに生きる者は等しく我が子なのです」
我が子の未来を憂うのは当然です──とイヨは締めた。
さすがは一国を治めた女王。スケールが違う。
ツバサがマリナたちを“我が子”と認めて家族となったのと同じく、イヨの家族とはひとつの国に値する。家族の概念が途方もなく大きいのだ。
イヨが子供たちに親身な理由、そこに地母神は共感することができた。
一方オリベは──そこはかとなく言い辛そうだった。
「それがしは罪滅ぼし、でござろうな……」
仮面の奥で眼を細めたオリベは、ツバサから視線を逸らした。
懺悔するために目線を合わせたくないらしい。
「古田織部の末路はご存知の通りでござる」
大阪夏の陣において──豊臣方に通じているという謀反の疑い。
あろうことか徳川陣営に放火を仕掛けるとか、家康と秀忠の暗殺を計画しているとか、とにかく反逆者であるという疑惑をかけられてしまった。
これに激怒した徳川家康は切腹を申し付けた。
古田織部は一切の申し開きをせず、潔く切腹を遂げたという。
「それがし1人が責めを負うのは良い……業深き人生を送ってきたけじめとして、自刃を受け入れる覚悟はありもうした……しかし……」
息子らを巻き添えにしたことだけは──後悔しても余りあるッ!
オリベは拳を固く握り締め、泣き叫ぶように打ち明けた。
古田織部の死後──その息子たちにも切腹が申し付けられた。
家を継いだ長男は元より、直系の男子はことごとく処刑されたという。
(※数人の娘はこれを免れており、娘婿の1人が古田の名を継いでいる)
「秀忠様のお側付きとして徳川に仕えていた息子は、上手く立ち回れば助命も適うたであろうに……それがしへの疑惑を晴らすため戦働きに励み……討ち死にしたと聞かされました……」
それがしの業が──息子たちを殺してしまった。
オリベの顔が空を見上げる。いや、その目は空を見ていないはずだ。
仮面の奥に光るものが垣間見えたから──。
「イヨ様の仰るとおり、子供は可愛いもの……愛妻との間にこさえた子供らでしたから殊更に愛おしい……そんな倅たちを、それがしは…………」
だから──罪滅ぼしか。
ツバサはオリベの胸中を痛いほど察した。
「なればこそ──あのような思いは二度と御免でござる」
オリベの告白には不退転の決意が込められていた。
子供をむざむざと酷い目に遭わせたくはない。救う手立てがあるならば、八方手を尽くしてでも助けたい。それが親心というものだ。
「息子たちに何もしてやれなかった……その購いにもなりませぬがな……」
幼い子供たちに、亡くした息子たちへの想いを重ねていたのだろう。イヨの大儀を補佐して、我が身を呈そうとする心意気をようやく理解できた。
ツバサは背筋を正すと、イヨとオリベに頭を下げる。
「……すみません。無粋なことを訊きました」
ツバサが真摯に詫びると、2人は各々にリアクションを返してくる。
イヨは儚げに微笑んで首を振るのみ。
オリベの仮面の目元を指で拭うと、しっかり頷くだけだった。
後ろに控えた三将たちは目を伏せたまま微笑んでいる。
「オレは姫さんとオリベの大将に付いていくぜ……おまえらは?」
「野暮なことを聞くな……言わずもがなよ」
ウネメとオサフネの涙声がわずかに聞こえた。
ケハヤも奇声を上げて場を乱すことなく、何度も首を縦に振っていた。
~~~~~~~~~~~~
イヨとオリベの本心を聞き終えた頃──。
「センセーイ、結界の基礎石を置いてきましたー。もう動いてまーす」
子供たちがそれぞれの仕事を終えて戻ってきた。
マリナを先頭に、ダインとフミカが続く。
「こっちも諸々の術式セッティング完了ッス。ガッチリ仕掛けてきたんで、10年に1回ぐらいのメンテにも耐えられる仕様ッスよ」
「わしんとこもセット完了じゃ。メンテ回数はフミの術式に合わせちょる」
「お疲れさん──すまないな、手を煩わせて」
駆け寄ってきたマリナを抱き締め、ツバサは子供たちを労った。
家族であろうと感謝の言葉は忘れたくはない。
「いいきにいいきに、水臭いこと言いっこなしじゃ──母ちゃん」
「誰が母ちゃんだ」
ダインが珍しくツッコミ待ちな言い方をしたので、ツバサは苦笑して決め台詞で返してやった。ダインも期待通りの返事にグラサンを揺らして笑う。
「しっかし……思いも寄らない展開ッスよね」
フミカは手にした【魔導書】の記録を読み返しながらつぶやいた。
「みんなで手分けして空飛ぶ方舟を探していたら、まさか歴史上の人物がわんさかいる洞窟を発見しちゃうなんて……ホント、真なる世界は油断ならないッス」
おかげで知識欲が捗るッス! とフミカは楽しげだ。
博物学大好きな彼女にしてみれば、歴史の真実など垂涎のネタであろう。隙あらばイヨやオリベに当時の話を聞きたくてウズウズと機会を窺っていた。
そのイヨとオリベが不思議そうな顔で首を傾げている。
「空を飛ぶ舟……ですか?」
「それは取りも直さず…………あれのことではござらぬか?」
オリベが何気なく指差した空の彼方。
そこには今まさに──空を飛ぶ方舟が現れようとしていた。
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