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第10章 天梯の方舟と未完の巨神
第231話:娘2人と息子1人が増えました
しおりを挟む「そんなわけで──みんなに集まってもらったのは他でもない」
地下洞窟での騒動も一段落してハトホルの谷へ帰ってきたツバサは、家族全員を我が家のリビングルームに集めた。
今回同行したドンカイとセイメイ──助っ人で招いたフミカ。
長女を自称するミロを筆頭に、腹筋系アイドルなトモエ、王女様スタイルなのに控え目なマリナ、幼女転生した忍者ジャジャ。
娘たちは大きなソファでリラックスして座っており、トモエはマリナやジャジャとじゃれ合っていた。ミロは珍しく混ざっていない。
起源龍の化身にして2m越え美少女──ジョカフギス。
彼女がソファに座ると場所を取ってしまうので、気を遣って宙にプカプカと浮いていた。漂わないようセイメイの首に抱きついている。
ツバサのLカップと並び立つ爆乳を押し当てられ、潰されるようにへちゃむくれな顔のセイメイだが、嫁のおっぱいには頬が緩みまりだ。
名工作者のデキる息子ダインは距離を置いて座っている。
最近ツバサが“息子”として公然と愛でるようになったため、隙あらば抱き寄せて撫でるのが気恥ずかしいのか近寄ってこないのだ。
代わりに、嫁のフミカが独り占めして喜んでいる。
今もダインにピッタリ寄り添っていた。
そして、ハトホル一家の問題児にして万能メイド。
クロコ・バックマウンドはソファの近くに控えており、いかなる時でも娘たちのお世話をできるように待機していた。涎があふれそうな唇が「美少女ハアハア……幼女ハアハア……」と動いているのは見なかったことにしたい。
全員揃ったところで、ツバサは家族の注目が集まる位置に立つ。
みんなに向き直ると──ミロの姿が消えていた。
どこ行った? と探すまでもない。
胸元にポフン! と何者かが頭が埋める感触がすると、乳房の谷間に熱い吐息を送り込むべく深呼吸を繰り返すアホがいた。
ミロの深呼吸で汗ばむ谷間が気持ち悪い。
なのに、愛娘に抱きつかれて愛撫される感覚が心地良い。
相反する感覚にどっちつかずの表情で顔を歪めながら、ツバサは腰に手を当てるとおっぱいをミロの好きにさせ、青筋を立てた顔で歯噛みして凄む。
「……何をしてるんだ、ミロ?」
「んんーっ? なんかすっごい久々にツバサさんと会えた気がするから、ハトホルミルクの香りをしっかり嗅いでおこうと……クンカクンカ♪」
ミロは両腕どころか両足まで駆使して、コアラみたいにツバサにしがみつくと、その美少女な顔を乳房の谷間の奥深くに沈めてきた。
顔をグリグリ動かして、深呼吸を繰り返す。
ここまでされると汗ばむ気持ち悪さより、おっぱいの女性的性感が上回ってゾクゾクする。だが、家族の手前もあって喘ぎ声を上げられない。
歯を食いしばって顔を赤らめ、震える声でミロに反論する。
「すっごい久々って……んッ! 半日だけだろうが」
今朝、ツバサは還らずの都再建の視察に出掛けた。
お昼頃にセイメイの「子供欲しくない?」発言で呼び出されて合流。
ドンカイたちと共にヴァトやイヒコと出会う。
子供たちの頼みを聞いて、行方知れずとなったプトラを探した。
そこで例の地下洞窟を発見する。
オリベ率いる三将と戦い、彼らの姫君であるイヨから事情を聞いた。
「……そして、彼らの件を片付けて帰ってきたのがさっきだぞ? 朝に出掛けて夜に帰ってきたんだ。寂しがることなんてこれっぽちもないだろ?」
「寂しかったよ! 体感的には1ヶ月と半振りぐらいだったよ!」
ミロは大声で抗議しながら、顔をグリグリ振り回すだけでは飽き足らず、ジャケット越しに乳房を甘噛みしてきた。それも敏感すぎる頂点にだ。
変な声が漏れそうになるのを、ツバサは懸命の努力で飲み込む。
「……ッ!? な、なんだ体感的って!? 意味わからんぞ?」
「一日千秋とか言うでしょ! そんな感じだよ! アタシ、メインヒロインなのに出番なかった! 穀潰しの用心棒とかアゴキバの関取ばっか活躍してさぁ!」
「「──本人前にしてディすんな」」
冷めた面相でドンカイとセイメイがボソリと言った。
彼らの意見を聞き流して、ミロの恨み言は鳴り止まない。
「1ヶ月半……実質2ヶ月放置されてたんじゃね!? ヒロインにあるまじき不遇の扱いすぎね!? そりゃあアタシにゃあ『ウザい』とか『うるさい』とかの苦情があちこちから届いてるけどさ! アタシが主人公でツバサさんがヒロイン、そう考えればみんなも納得でしょ!? ねえ、そこんとこどうよ!?」
「カメラ目線で読者に主張してるんだおまえは?」
誰もいないはずのあらぬ方向を指差して、いまいち意味が掴めない文句をミロは喚いていた。ジンやクロコが言う“第四の壁”か?
技能“コメディリリーフ”を習得するとなんとなくわかるらしい。
「確かに……話数的にミロ様は15話ほど置き去りでございました」
会話が途切れたところへ、クロコが割り込む。
「クロコ、おまえまでわけのわからんこと……をををぉぉぉーッ!?」
声を掛ける途中だが、ツバサは叫んでしまった。
クロコはツバサの隙を突いて背後に回り込み、しゃがんだかと思えばお尻の割れ目に顔を突っ込んだ。紛う事なきセクハラである。
胸元のミロ同様、お尻の谷間で深呼吸を始める変態っぷりだ。
「スゥ……ハァ……スゥ……ハァ……私も15話振りの登場になりますし、最期の出演回でもまったく私らしさを披露できませんでしたので、ようやく日常回に戻りかけた今、クロコの魅力を余すところなくさらけ出そうと……」
「そんでやることがセクハラなのかおまえはッ!?」
ミロの抱擁は大目に見るが、クロコの行為は目に余る。
おっぱいへの抱きつきならば子供たちもやりたがるので良しとしよう。むしろ、神々の乳母的にはウェルカムだ。しかし、お尻はいかん。
なんというか……変態性を助長しかねない。
よって、ツバサが快感なのか寒気なのかよくわからないゾクゾクした感じに表情を引きつらせて身悶えている間にも、その鼻先どころか尖らせた唇までお尻の谷間に差し込んでこようとする変態メイドは懲罰することにした。
「こっ……子供が真似したらどうするッ!?」
振り向きざまに顎からかち上げるように蹴り飛ばした後、床に崩れ落ちた彼女が再びエロスのために動き出さぬよう踏んづける。
教育的指導を兼ねた、子供たちへの見せしめだ。
「ああ……ッ! 久し振りなツバサ様の御御足による一蹴からの足蹴……もっと激しく踏んでくださいませ! これではまだお仕置きレベルでございます! さあ、もっと肉どころか骨さえ軋む一歩手前まで! いっそ拷問レベルで!」
「……本当、お仕置きがご褒美にしかならないのは難儀だな」
クロコとのセクハラ小芝居。
アホや変態メイドの言動を真に受けたわけではないが、ツバサも久々な手応えを感じていた。クロコとこんなに絡むの数ヶ月振りの気がする。
毎日のようにセクハラされているはずなのだが──?
「……いや、それはそれでアカンやろ」
思わず関西弁で自分にツッコんでしまった。
クロコを踏んづけて折檻している間も、ミロはツバサの胸にひっつき虫よろしくしがみついて離れない。それを見ていたた子供たちが俄に騒ぎ始めた。
「ミロさんばっかりズルいです! ワタシもセンセイに抱きつきたいです!」
「んな、ミロとマリナがやるならトモエもやるー」
「このビッグウェーブに乗じて甘えるなら今でゴザルッ!」
「なになに、お母さんにみんなで甘えるの?」
マリナがソファから飛び出してツバサの首に抱きついてくると、それにトモエが続いてジャジャまで倣い、ついでとばかりにジョカまでしがみついてきた。
ツバサは愛する娘たちに集られる。
ジョカなどツバサより20㎝以上も大きいので包み込まれそうだ。
子供たちに甘えられるのは昔より素直に喜べるようになったが、こうも群がられると暑苦しくて堪らない。何より、話がまったく前へと進まなかった。
「えぇぇぇい! 離れなさい! 甘えたいなら時と場所を選ぶことを覚えろ! 特にアホ! じゃなかったミロ! おまえが最たる例だ!」
子供たちをベリベリ引っ剥がして、ソファに投げ戻す。
マリナにトモエにジャジャも心得たもので、投げられても猫の子よろしく空中でクルリと回転し、ポスゥン……とソファに座る形で着地する。
ジョカはちゃんと弁えており、おふざけが終わると離れていった。
彼女がセイメイの元へ戻ったところで本題に入る。
ミロは意地でも離れなかったので諦めた。
アホの子を胸にしがみつかせたままツバサは話を切り出す。
最初から仕切り直す形でだ。
「みんなに集まってもらった理由は他でもない。新しい仲間が加わることになったので紹介したかったからだ。何人かは紹介済みだが、せっかくだから改めて彼らに自己紹介してもらおう」
この台詞──転校生を担当クラスに紹介する先生の心持ちだ。
「それじゃあ……3人とも入ってきなさい」
この呼び掛けもまんまではないか? などと思いながらも奇を衒ったことをしても滑りそうなので、廊下の奥で待たせていた3人に声を掛ける。
ずっとスタンバってました! とばかりに入室する3人。
道化師役も兼ねる音楽家めいた格好のイヒコが最初に入ってきて、次に野生児なスタイルのヴァトが緊張した態度でぎこちなく続く。イヒコは脳天気な性格のためか堂々としているが、ヴァトは恥ずかしそうな素振りを見せる。
こういう局面では、人に慣れているか否かが出る。
最期に、コギャルのプトラが笑顔で小さく手を振りながら入ってきた。
プトラに応えたのは、手を振り返すフミカだった。
あれ? 女子高生2人──いつの間に仲良くなった?
些細なことに気を取られかけたツバサだが、3人が入室してきて横に並んだのを見計らい、自己紹介するよう促した。
「イヒコ・シストラムです! 今日からツバサさんの娘になりました!」
どうぞよろしく! とイヒコは賑やかな笑顔で手を挙げる。
開口一番、ツバサの娘になったことを主張する辺り、やっぱり彼女の神経は図太いと思う。家族の面々も感心するように拍手していた。
「ヴァト・アヌビスです。ツバサさんの……で、弟子にしてもらいました」
宜しくお願いします、とヴァトは礼儀正しくお辞儀する。
イヒコのように「息子になる」とは、恥ずかしくて主張できなかったらしい。
それでも弟子と言い張るところに、男の子のいじましさを感じる。
「プトラ・チャンドゥーラだし。あたいもオカンさんの娘ってことで」
ひとつよろしく♪ とプトラはウインクしながら決めポーズ。
まさかのコギャル発言に、ツバサも目をパチクリさせてしまった。
「ちょ、ちょっと待て! プトラちゃん、なんで君まで!?」
イヒコとヴァトには「母親になる」こと「娘と息子になる」ことを了承済みだが、プトラは親子の縁を結ぶのではなく仲間になるだけと思っていた。
ドンカイやセイメイ、それにクロコと同じ枠である。
まさかの不意打ちを食らわされた気分でいると、プトラは嬉々としてツバサの娘になる理由を語り出した。
「だってさ、イヒコやヴァトがなるんならあたいだけ仲間はずれっておかしいし。あたいも動画のファンで、オカンさんのファンだったんだよ?」
「………………なっ、君もなのか!?」
現実においてミロが配信していたゲーム実況動画──。
イヒコやヴァトが大ファンなのは当人たちから熱く聞かされたが、よもやプトラまでもがお仲間だったとは予想外である。
しかし、これで合点がいった。
小学生と高校生、年齢が離れている割に仲がいい理由。
「そうか……だから君たちは意気投合したんだな?」
「「「そういうことでーす♪」」」
プトラは真ん中に立つと、まだ小さいイヒコとヴァトの肩を抱き寄せて仲良しをアピールした。道理で2人もプトラを見捨てなかったわけだ。
同じものが好きな仲間──助けたがるのも道理である。
そして、動画の大ファンだったイヒコが、ツバサにしがみついたミロを指差して声を荒らげた。鼻息もフハッ! と荒々しく大興奮のようだ。
「あああっ! ミロさんだ! ミロさんの本物がおる! スゲぇ! 動画みたいにツバサさんにセクハラめいたイチャイチャしてる! ヴァト、見て見て! 生ミロさんが生ツバサさんと百合百合してるよーッ!?」
「……そんな興奮することなのか?」
視聴者の喜ぶポイントがいまいちわからない。
動画のファン、と聞いてミロはようやく胸の谷間から顔を上げた。
「んー? もしかして、動画を見ててくれた子?」
「はい! イヒコ・シストラムです! 動画も同じハンドルネームで見てました! “投げ銭”もお年玉でいっぱいしました! 握手してください! サインしてください! 一緒に写真撮ってください! きゃあああああああっ!!」
テンション最高潮のイヒコは止まらない。
これに対してミロは、まずツバサの胸から離れると──。
「はい握手! はいサイン! はいチーズ!」
「おまえ凄いなッ!?」
イヒコの要望にミロは一瞬の躊躇もなく対応し、固い握手を交わしてブンブンと手を振り、どこからともなく色紙を取り出してサインを書いて渡し、最期にイヒコと肩を組んで自分のスマホで一緒に写真を撮っていた。
ミロとイヒコの連携が早すぎて、ヴァトなどツッコミが間に合わない。
何も言えず、池の鯉みたいに口をパクパクさせている。
ミロのサインを貰えたイヒコはホクホク顔だった。
「ありがとうございます! 一生の記念に炭素凍結しておきます!」
イヒコは上体の前屈みたいなお辞儀をする。
丁寧にやっているつもりなのだろうが、勢い余って大きな帽子は吹っ飛んでミロの顔面にぶち当たっているし、長い金髪も振り乱していた。
だが、自分の視聴者なのでミロは大らかに許した。
「うむ、苦しゅうない。家宝にするがよいぞ」
「だからハン○ソロみたいに記念品を保存するのやめなさい」
ミロが鷹揚に答える一方、ツバサはイヒコの保存方法を注意しておいた。
イヒコは──大切なものを炭素凍結したがるらしい。
ミロから貰った色紙を大切に道具箱へ仕舞ったイヒコは、次の標的を見つけるとソファへ駆け寄った。新たな標的はマリナである。
「わはーッ! マリナちゃんだ! ツバサさんとミロさんの百合夫婦の娘になれたあたしたちの憧れの的! 握手してサインして写真撮ってーッ!」
「えええーッ!? ワタシも有名人なんですか!?」
ミロほどの応用力のないマリナは大いに戸惑っていた。
「んな! 動画出てないけどトモエもツバサさんの娘! サイン下手だからしないけど握手と写真撮る! トモエも混ざる!」
「じ、自分だって母上とママ上……ツバサさんとミロさんの動画のファンです! それも最初期からの! 自分の方が先輩のはずでゴザル!」
トモエとジャジャが無理やりな主張で割り込んでいき、4人の娘は組んずほぐれつじゃれ合っていた。そこにイヒコも違和感なく混ざり込んでいる。
あの娘の適応力なら問題あるまい。
癖が強い面子に囲まれても、上手いことやれそうだ。
反面、近頃の男子にしては純情すぎるヴァトが、個性の強い娘たちに圧倒されて肩身が狭そうに思えたのだが──。
「よう来た兄弟ッ! 歓迎しちゃるぞ義弟よッ!」
ダインが大喜びで近付くと、ヴァトの小さな肩を機械の手で遠慮なくバンバンと叩いて、次に両手を使ってしっかり握手を交わした。
「あ、あの……あなたもツバサさんの息子に?」
控え目に尋ねるヴァトに、ダインは顔を近付けて新しい兄弟を歓迎する。
「応、わしゃダイン・ダイダボットじゃ! よろしゅうな! 何の因果かツバサの兄貴の長男にされちょるきに、今日からおまんは次男じゃな!」
そんなわけで──ダインは両手をヴァトの両脇に差し込む。
「次男は次男らしく長男んためになれえーッ!」
小柄なヴァトを持ち上げたダインは、おもむろにツバサへと渡してきた。
「え? な? はい? うっ……わああああああっ!?」
途端、ヴァトは顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。
反射的かつ無意識にヴァトを受け取ったツバサは、幼い男の子を愛おしく乳房へ埋めるように抱き締め、髪の毛を毟るスピードで撫で回した。
「うわああっあうぅああっ! ちょ、ツバサさぁーん!?」
ヴァトは顔から蒸気を上げるくらい顔を真っ赤にして恥ずかしがるが、ツバサは決して逃がさない。ここぞとばかりに愛でまくる。
やっぱり──神々の乳母としての意識が増大しつつあるようだ。
「遠慮するな、今日からおまえも息子なんだから」
たっぷり可愛がってやる、とツバサはヴァトをもみくちゃにした。
抱き寄せておっぱいの感触をこれでもかと堪能させ、顔を寄せてフレンチキス寸前の頬擦りをしたり、全身を隈なく撫で回したり……。
愛情表現としては行き過ぎなスキンシップが続いた。
「よっしゃ! 母ちゃんの抱擁から逃れる生け贄ゲットじゃ!」
ダインはガッツポーズで勝ち誇っていた。
男兄弟は仲良くなるとかどうとか以前に、兄弟間のヒエラルキーをはっきりさせる。ミロの2人の兄がそうだったので、ツバサもよく知っていた。
兄弟と姉妹がそれぞれ親睦を深めている最中──。
「……W.H.ホジスン、いいッスよね」
「……いいし、最高だし」
「……アルジャーノン・ブラックウッド、いいし」
「……いいッスね、最高ッス」
現実では同い年の女子高生な2人──フミカとプトラ。
こちらは「プロ同士は多くを語らない」を地で行く会話で、しみじみ語り合っていた。どうも地下洞窟での初対面で何かあったらしい。
~~~~~~~~~~~~
数時間前──イヨたちの隠れ家でもある地下洞窟。
助っ人で呼ばれたフミカはプトラと出会い、その名前に反応した。
「プトラ・チャンドゥーラ……チャンドラプトラ師?」
フミカがその名を口にした瞬間、プトラは目を見張った。
「……わかるし? ランドルフ・カーターも?」
「『銀の鍵の門を越えて』ッスよね。勿論、読んでるッスよ」
一拍の間を置いた2人は精神的に身構える。
戦いを始める前の牽制にも似た外圧的な目付きで睨み合い、互いの腹を探るような面持ちで相手の出方を窺う。喧嘩をするつもりでもないのにだ。
先に動いたのは──プトラだった。
「……好きなストーリーは何? あたいは『宇宙からの色』と『マーティンズ・ビーチの惨劇』だし。『イグの呪い』も捨てがたいし」
「ウチはオーソドックスに『ダンウィッチの怪』……と言いたいところッスけど、『潜み棲む恐怖』が一押しッスね。『故アーサー・ジャーミンとその家系に関する事実』なんかもいいし、『冷気』もオススメッス』
次の瞬間──プトラは甲高い喜びの声を張り上げた。
「──YHAAAHッッッ!!」
歓声を張り上げるプトラに、フミカは両手を上に向けて持ち上げると、すかさずプトラがそれを両手でタッチ。今度は逆にフミカがプトラの両手をタッチ。
互いの左手で情熱的な握手を交わしつつ、右腕を交えるように2回押しつけ合うと、握り締めた左手同士を交互にタッチさせていく。
最期に両腕をL字にして、熱烈なるグータッチをしてフィニッシュ。
ピシガシグッグッ──なんて擬音が聞こえてきそうだった。
~~~~~~~~~~~~
「というわけで──ウチ此処に終生の友を得たりッス!」
フミカとプトラは仲良しこよしに肩を組んでいた。
「いや、何が『というわけで』なのかわからん」
あの長たらしくもハイテンションなハンドタッチは何だったんだ?
「あたいもマジモンのマブダチをここにゲットだし!」
「……そういや見た目に寄らず読書家だって自慢してたもんな」
フミカと意気投合できるプトラの読書量は本物だ。
なにせ一家揃って読書中毒で書籍収集家だという家族の中でも、フミカの読書量はズバ抜けているという(実の姉であるアキの談)。そんなフミカには、それなりに知識のあるツバサでも舌を巻くことが少なくない。
「……ま、仲が良いなら結構だ」
イヒコも、ヴァトも、プトラも、ファーストコンタクトでここまで打ち解けられるなら、家族として問題なくやっていけるだろう。
出会ってからここまで半日足らずだが、彼女たちの気質を推し量れるイベントが続いたので、その心根に触れていたから不安は少なかった。
とは言っても──人付き合いは難しい。
どんな善人同士でも「反りが合わない」とか「生理的に無理」と相容れないことはある。イヒコたちもハトホル一家に馴染めないのではと、ツバサは心配だったのだが……。
「完全に杞憂で終わったな──それじゃあ歓迎会だ」
新しい仲間が増えて盛り上がる一同。
ツバサは「はいはい」と声を上げながら軽く手を叩いて静まるように促し、まだ踏んでいたクロコを「そろそろ働け」と小突いて急かす。
「7人目と8人目の娘と、2人目の息子の……11人から14人になったハトホル一家の門出だ。今日の晩飯は豪勢な宴会といこうじゃないか」
歓迎会だーッ! と子供たちは諸手を大喜びだ。
「宴会ッ!? 酒飲み放題だよなッ!?」
「ワシら良い仕事したんじゃし晩酌つけまくりじゃろ!?」
宴会と聞いて、セイメイとドンカイのオッサンコンビも色めき立つ。
どちらも大の酒好きだから始末に負えない。
「……わかった、大人勢はいつもより大目に飲んでも許しましょう。ただし、今日は子供たちがメインなんだから、大人として羽目を外さないでくださいよ」
宴会だーッ! と子供よりはしゃぐオッサン2人。
やれやれ……とツバサはため息をつくが、地下洞窟の一件では本当に働いてくれたので、認めてやるしかあるまい。今日ぐらい無礼講と行こう。
その夜は、みんなで飲んで食べて大いに騒いだ。
~~~~~~~~~~~~
「悪いな──眠いだろうに集まってもらって」
そろそろ深夜0時に差し掛かる。
宴会は10時過ぎに終わり、飲み足りない大人勢は別部屋へ追い払って、そちらの始末はクロコに押しつけ、ツバサは宴会の後片付けを終えた。
眠たげな子供たちをお風呂に入れて歯磨きさせて寝間着に着替えさせ、それぞれの寝室に放り込んだ後、ツバサは新人3人を自室に招いた。
キングサイズのベッドには──イヒコとヴァトとプトラ。
それぞれツバサの用意した寝間着に着替え、所在なげに座っている。
ツバサも寝間着代わりに赤襦袢に着替えており、3人の前に立っていた。
その悩ましげな姿にイヒコやプトラは同性ながらも凝視しており、ヴァトは頬を赤らめて胸の谷間へと視線を泳がせている。武士の情けで許してやろう。
3人を集めた理由──話しておきたいことがあるからだ。
真なる世界を取り巻く状況、アルマゲドンのプレイヤーがこの世界に飛ばされた理由、プトラが“鍵”で見た蕃神の正体、etsets……。
重苦しい現実だが、伝えておく必要がある。
今晩は触りくらいの話で留めておいて、徐々に慣らせてやるつもりだ。
何より──この事実を明かしておかねばならない。
これだけは打ち明けておく必要があった。
じゃないと、彼と彼女らに嘘をついているようで、ツバサの良心が心苦しくて仕方ないのだ。特にツバサに母親像を重ねるイヒコやヴァトに申し訳ない。
「まず……君たちにとって衝撃的であろうことを告白させてもらう」
ツバサ──本当は男なんだ。
内在異性具現化者という現象のせいで、アルマゲドンの頃からアバターの性別を男女逆転させられていたことを詳らかにする。
男なのに女だと偽って動画配信していたことを謝罪した。
「君たちを騙していたようなものだ……すまないッ!」
ツバサは真摯に頭を下げた。
ネカマどころの話ではない。「アルマゲドンのアバターはほぼ自分」という定説を(望むと望むまいと)すり抜け、姿形を偽っていたのだ。
彼らの理想を踏みにじったことを謝ったのだが……。
「あの──あたしら知ってましたよ?」
ツバサさんが本当はオカン系男子なこと──イヒコはそう言った。
「…………は?」
驚きの一言に、ツバサは頭を跳ね上げる。
すると、イヒコに続いてヴァトやプトラも口々に呟いた。
「すいません、ぼくもイヒコから聞いて……知ってました」
「あたいはこの2人に聞いたし。いやー、ビックリだけど納得だし。オカンさん、誰よりもオカンだけど、COOLでダンディズムだし」
「な、な、なん……知ってるぅ!?」
思わず裏声で聞き返すツバサは拍子抜けしかけたが、「男なのに母親的な女性を演じている」のを余すところなく観られていた事実を思い出す。
恥ずかしさから両肩を戦慄かせ、一緒に爆乳もブルブルと震える。
羞恥心から顔を真っ赤にするツバサに、揺れる爆乳が気になってしょうがないであろうヴァトは、ツバサの正体を知り得た経緯を教えてくれた。
「あの……ミロさんの動画なんですけど、どうも編集し忘れて投稿していたことがあったらしくて……そういうのでわかっちゃったんです」
ツバサはアルマゲドンで「俺は男だ!」みたいな台詞をよく喚いた。
ミロは動画を投稿する際には、そういった「ツバサさんは本当は男の子」だという事実を臭わせる、一連の台詞を削除するように心掛けていた。
しかし、あの娘はアホ──度々編集をミスったらしい。
「そうやって編集ミスした動画を投稿しちゃったみたいで……それを配信と同時に観たがるイヒコみたいな人間が気付いて……なんとなく、広まりました」
気付かなかったし? とプトラは小首を傾げた。
「ミロちゃんの投稿動画のタグに、『オカン系男子』とか『性別:ツバサさん』とか『こんなに可愛いオカンが女の子のわけがない』とか……ツバサさんが男だって臭わせるタグがいっぱいあったんだけど……?」
「し、知らなかった……全然知らなかった……」
ミロの撮影した動画のチェックは怠らなかった。
動画に編集する前、ツバサのあられもない姿を撮影した場面は極力削除するように努めたが、重要な箇所を消しただけ後はミロに任せていた。
編集されたものは確認せず、投稿された動画もほとんど見たことはない。
(精々、再生数の確認ぐらいのものだ)
「だ、だって……自分の顔をした女性アバターが、乳やら尻やら太股やらをプリンプリンさせてる動画なんて……観たくなかったわけで……」
思い出し笑いならぬ──思い出し恥ずかしい。
ツバサが男だという事実は、とっくの昔に多くの視聴者にバレており、「それでもいい! ツバサさんマジオカン!」というファンが大勢いたそうだ。
これを知ったツバサの羞恥心は──大噴火を起こした。
「ミロオオオオオオーーーッ! クラアアアアーッ! ミロォォォーッ! こぉんのアホがぁぁぁーッ! おまえのせいで要らぬ恥ををを……ッ!!」
「「「ツバサさんが真っ赤に燃えたッ!?」」」
恥ずかしさのあまり殺戮の女神と化したツバサは業炎を振りまきながら、雄叫びを上げて壁を突き破り、一直線にミロの寝室へと向かっていく。
その夜──ハトホルの谷は絶え間ない鳴動に見舞われた。
おかげで、誰もが眠れぬ不眠の夜を過ごした。
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これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
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ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
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【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
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目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
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今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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