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第10章 天梯の方舟と未完の巨神
第230話:帰れる者と帰れぬ者
しおりを挟む地脈を操作して──地下洞窟に流れ込む“気”を調整する。
これで澱む“気”の根本的問題は解決できた。
それを終えたツバサたちは地上へ降り、どこぞの剣豪バカが派手にぶった斬ってしまった入り口から洞窟の底へと戻っていく。
途中、ドンカイとセイメイには地上に残ってもらった。
この指示に二人は怪訝な顔をする。
「なんじゃ、やっぱウドの大木なボディーガードは鬱陶しかったか?」
「ウドの大木はオヤカタだけだろ。おれはスマートじゃん」
なんだと無精髭ニート! やんのかアゴキバ親父! と軽口から子供じみた喧嘩始める横綱と剣豪。これでも我が家の戦力ツートップである。
本気で戦らないのが唯一の救いだ。
「2人に残ってもらうのは他でもない──地上で仕事があるからです」
仕事? と両者とも首を傾げて振り返る。
取っ組み合ったままセイメイはドンカイの牙を掴んで引っ張り、ドンカイはドンカイでセイメイの鼻に太い指を突っ込んでいた。本当に子供の喧嘩か。
世話の焼ける大の男たちにツバサは言い付ける。
「ええ、些細な悪口から取っ組み合いで喧嘩するくらい元気がありあまってるんでしょう? そんな2人にピッタリのお仕事ですよ」
言い回しまでオカンめいてきたな、と思いながらツバサは続ける。
「──あいつらの始末を頼みます」
ツバサが親指で示した背後、森の彼方からおぞましい気配が近付いてくる。
セイメイとドンカイもその気配を察知したのか、すぐさま喧嘩をやめると飛び退くように離れて、それぞれの戦闘スタイルで身構える。
ドンカイは相撲取りというよりも、空手家などの拳打主体の構え。セイメイは腰の刀に手を添え、いつでも抜刀できる態勢だ。
2人が身構えてすぐ──気配が群れとなって現れる。
「ティンドラスか……犬らしく鼻が利くことで」
現れた蕃神の眷族を目にして、ツバサは呆れ気味に眼を眇めた。
背中に生えた触手の翼からドラゴンを連想させるフォルムなのに、どことなく犬のような身体構造をしており、頭部はヘルメットを被ったようにつるんとしていて、粘液を垂らす大きな口からは蛭を思わせる長い舌を伸ばしている。
蕃神──ティンドラス。
この竜のようで犬にも似た異形は、ある一定の“角度”さえあればそこに自力で次元を越えるための穴をこじ開けられるのだ。
それゆえフミカは「クトゥルフ神話のティンダラスの猟犬みたいで、ドラゴンっぽいからティンドラス」と命名していた。
この世界の生命を貪る魂魄食らいという系統の怪物だ。
「どうも蕃神は真なる世界を見張っている節がある」
こちらの世界で力の変動がある度、狙い澄ましたかのように出現する。
例えばツバサとミサキの練習試合の時や、還らずの都を巡る大戦争で神族たちが戦った際にも、引き寄せられたみたいに現れた。
特に眷族は先触れとしてやってくる。
蕃神の大型個体“王”が出向く前の先遣隊といったところか。
「プトラの『ランドルフの銀鍵』に引き寄せられたという話も聞いていたが、地脈をいじったら案の定現れやがった……そんなわけで」
荒事担当のお二人──後はよろしく。
突如として現れた別次元の怪物に恐れ戦くイヨたちを、地下洞窟へ押し込むように避難させ、ツバサはティンドラスたちの始末を彼らに任せた。
「そういうことなら任せてもらおうかの」
ドンカイは着物の袖を捲って、露わにした豪腕を筋張らせる。
「女ボスの後ろに立ってるだけより働いてる感あるよな」
セイメイは愛刀を抜き、ぶっきらぼうに構えた。
ツバサがイヨたちの背を押して地下洞窟へ降りた頃──。
地上からはティンドラスたちの断末魔が絶え間なく響いてきた。
~~~~~~~~~~~~
これで蕃神対策は問題ない。
平行して地の底でも準備は進められていた。
3人の助っ人も到着済みである。
ツバサとオリベが戦った──地の底の日本庭園。
その中央にはイヨが鎮座しており、彼女の後ろにはコギャルなプトラが『ランドルフの銀鍵』を胸に抱いて立っている。
招かれた3人の助っ人は、彼女たちを守るような位置についていた。
ちょうど三角形の頂点に立つフォーメーションだ。
イヨとプトラ──それを囲む3人の陣形。
この5人を取り巻くように、幼い子供たちが円を描く形で並んでいた。
妖怪たちの女房衆に諭されているが、何が起きるかわからず不安そうにオドオドしている。それを妖怪たちが遠巻きに見守っていた。
これで──子供たちを故郷に帰す準備は整った。
トライアングルの先端に立つのは、ダンディなスーツ姿の骸骨。
クロウ・タイザン──タイザンフクン陣営を率いる長だ。
ツバサ同様“内在異性具現化者”のため、現実世界とは異なるアバターとなってしまい、スケルトンみたいな動く骸骨の肉体となっている。
神族としての種別は死を司る冥府神。
オートクチュールのビシッとした紳士服を着込み、裏地が真っ赤というレトロなヒーローを思い起こさせる黒いマントを羽織り、その襟を高々と立てている。
むき出しの髑髏な頭は、シルクハットで飾られていた。
眼窩の奥で燃える青白い炎から「ただ者ならぬ雰囲気」を醸し出しているせいか、元人間の妖怪たちも一目置く眼差しで見つめている。
……あの炎自体、課金アイテムで何の効果もないのだが。
それがなくとも、ツバサと同じ内在異性具現化者。
ただそこにいるだけで超越者の威圧感を発することだろう。
「すいませんクロウさん、いきなりお呼びだてしてしまって……」
急な呼び出しをツバサは詫びた。
なんのなんの、とクロウは眼窩を緩ませて明るい声で返す。
「君たちにしていただいた恩義からすれば、この程度お安い御用ですよ。しかも、年端もいかぬ子供たちを親元に帰すともなれば尚のこと」
元教師として──手助けせぬ道理はありません。
カタカタと顎の骨を鳴らして微笑むクロウに、ツバサは目礼で感謝する。
ツバサが母性本能に突き動かされるように、クロウも教師生活25年を勤め上げたためか、子供のためならば他を排してでも尽力してくれる。
なので、今回の要請には押っ取り刀で駆けつけてくれた。
そういえば──イヨやオリベの動機は何なのだろうか?
子供たちを故郷に帰すための活動を“大儀”と称するくらい、子供たちのために働いているのはわかる。だが、彼らを突き動かす心境をよく知らない。
熱意は伝わるが、その原動力を伝え聞いてないのだ。
いずれ訪ねてみたい、とツバサが考えていると──。
「ではツバサ君──始めても宜しいですか?」
「あ、はい、お願いします」
クロウに伺いを立てられたツバサは、我に返って頷いた。
同時に──喧しい声も聞こえてくる。
「おおお……ッ! なんと“甲”……それでいて“乙”なお召し物かッ!?」
オリベがクロウの衣装に感動する声だった。
「袖や袴と違って、腕や足の線に“シェビッ”と沿った細さ。着物が波だとすれば、まさに線のような仕上がり……体型を如実に示すも、どこか鎧めいた硬さが生地にあり、“ガッキャアン!”と引き締まった造形が実に見事……」
オリベの感動は冷めやらず、無意識にクロウのいる方を歩き出した。
「それに……その漆黒のマント! 信長様のビロードマントを思い出させる、赤と黒の色彩……ああ、素晴らしい……ッ!」
さらに近付こうとするオリベを──三将が食い止めた。
「オリベの大将! 儀式の最中だって! 姫さんの邪魔すんなや!?」
「……足でも斬って動けなくするか? どうせ大将なら陶器で生え替わる」
「ケシャア、ベシャアアアッ?」
ケハヤが羽交い締めにし、ウネメが「どうどう」と両手で身体を押し止め、オサフネが刀を首根っこに押し当てていた。
あまりの騒々しさに、クロウも気を取られている。
「えーっと……あちらのご老体らしき方は?」
被っている頭巾と独特な声色から、クロウは年上と察したらしい。
「どうも織田、豊臣、徳川と三代に渡って仕えた武将……口振りからするに大名の方らしいんですが、美術に関して一家言あるらしくて……」
ツバサの格好も「破廉恥でござる!」と指摘されていた。
「ああ、電話で言っていた“時を超えた方々”ですか……しかし、あの三代に仕えた大名とは……実に興味深い」
元教師として好奇心がそそられるようだ。
「彼らのことは大儀が終わってからにしましょう」
まずは子供たちの帰還を、とツバサの中の神々の乳母が優先する。
こちらの了承を得たクロウも頭蓋骨を前へと傾かせて頷き返すと、バサリ! とマントを大仰にはためかせて、空を支えるように両腕を広げた。
顎の骨を限界まで開き、クロウは過大能力を発動させる。
過大能力──『不浄は輪廻転生を経て浄化されよ』。
地下洞窟内に垂れ込めていた澱んだ“気”が、クロウの口中へと一気に吸い込まれていく。まるでサイクロンのように吸引する力が渦巻いていた。
あらゆる不浄を取り込み、浄化して純度100%の“気”に変換する。
別次元の蕃神がもたらす、この世界を蝕むほど強烈な瘴気さえも浄化することができる究極の清浄能力。それがクロウの第二の過大能力だった。
蕃神由来の劣悪な瘴気すら浄める能力。
それは濁った“気”など造作もなく吸い込み──。
「──喝ッ!」
すべての澱んだ“気”を飲み込んだクロウが、一喝と共に胸の前で両手を合掌させると、彼の全身から燐光となって澄み切った“気”が発散される。
瞬く間に地下洞窟内に満たされていく“気”。
ツバサが整えた地脈の流れも手伝って、地下洞窟内は清められた“気”によってあふれそうになっていた。地下だから暗いのかと思えば、澱んだ“気”を清めたら視界までクリアになってきた。
「澱んだ気が清められていきます……これなら!」
イヨは水銀のように流れる髪を伸ばすと、いくつかの円盤状の鏡を周囲に浮かび上がらせた。そこには日本の原風景が浮かび上がる。
さっきまでぼやけていた風景が──驚くほど鮮明になっていた。
この地下洞窟の“力”と“場”が整ったことで、イヨの能力である“万里眼”がかつてない精度を出せるようになったのだ。
「あ……オカンさん見て見て! あたいの『銀鍵』も……ほら!」
プトラが胸に押し当てていた──『ランドルフの銀鍵』。
その頭に飾られた虹色の龍宝石も、満たされた“気”を吸い上げて力を増大させている。あれなら時空間を越える門をいくつも開けられるだろう。
イヨとプトラ、2人の顔に明るい喜びが灯る。
希望を得た彼女たちの笑顔に、ツバサは満足げに微笑んだ。
「これで“力”と“場”が整った──そして、もう一手間」
大儀の成功率を高めるため、この姉妹に助っ人をお願いしたのだ。
「はいはーい♪ 頼まれればちゃんとお仕事するッスよ~♪」
「ちゃんとした社会人は、頼まれなくとも自発的に仕事するもんスよ……」
姉妹揃って似たような声質なのに、同じような舎弟口調で喋るもんだから、同時に口を開かれるとどちらが喋っているのかわかりにくい。
アキ・ビブリオマニア──イシュタル陣営のGMの1人。
ボリュームある銀髪をたっぷりと棚引かせて、柔和な微笑みを絶やさない美貌。地母神に匹敵する美しくも豊かな女神的ボディラインを、胸ぐりが露骨なくらい開いた水着にしか見えないボディースーツを身にまとっている。
一応、天女の羽衣のようにフワフワと舞う薄手のケープを羽織っているが、これはスケスケなので身体の露出度を下げる効果はない。
こうして外見的特徴を羅列すると、グラマラススタイルな銀色の女神という感じなのだが、それを台無しにするほど彼女はだらしなくて締まりがない。
妹からして「ダメ人間の引き籠もりニート」の烙印を押すほどだ。
助っ人として駆けつけてくれたが、梳らない銀髪はボサボサ、自分の周囲に浮かび上がらせたスクリーンを操作する顔は眠たげだ。
ちゃんと仕事はするが、自堕落でマイペースだった。
「まったく……今回のヘルプはウチよりお姉の過大能力が頼りなんスからね? ちゃんと真面目にやってくんないと困るッスよ」
自堕落な姉に苦言を呈するのは賢い妹。
フミカ・ライブラトート──ツバサの仲間の1人だ。
現実ではアキが姉でフミカが妹、血の繋がった姉妹でもある。
インドアな姉と違ってどちらかと言えばアウトドア派(でも文系)なフミカは、積極的に外へ出ていたためか健康的な小麦色の肌をしている。
やや褐色めいた肌は、南方の海で生まれた母親譲りらしい。
一方のアキは父親譲りの色白なんだとか。
長い黒髪は癖のないストレートヘア。それを姫カットに切り揃え、文学少女らしく眼鏡をかけている。
姉のアキに負けず劣らずの女神に相応しいワガママボディには、彼氏の気を引きたい一心で着たというアラビアンな踊り子衣装で着飾っていた。もう彼氏のハートは射止めたのだが、気に入って愛用しているらしい。
そんな妹の苦言をアキは鼻で笑う。
「へいへいへい、お手伝いしかできない妹は黙ってるがいいッス。こういう時こそできる姉の出番なんスよ。姉より優れた妹など存在しないッス」
姉の心ないの一言にフミカは“カチン!”と来たようだ。
「こんな時でもなきゃ見せ場もない行き遅れが……黙って働くッス」
「なんか言ったッスか、姉より先に彼氏とゴールインした幸せ者が」
「いいえ、何も……意中の彼氏に振り向いてさえもらえないお姉さま~♪」
「ムッキーッ! レオ先輩のこと悪く言うなッス!」
「別にレオさんのこと罵ってないッスよ! そのレオさんを落とすことができないお姉の女子力0%なダメさ加減を詰ってるんス!」
「自分だって本の虫でろくに化粧もできないくせにほざくな小娘ッスーッ!?」
「定職にありつくまでブラさえ自分で買わなかったダメ姉が何言うかーッ!?」
「やめやめーッ! 姉妹ゲンカすんな!」
互いの悪口を言い出したら収拾が付かなくなったのだろう。アキもフミカも持ち場を離れて、女の子らしい喧嘩を始めたのだ。
キャットファイトになる寸前、ツバサが審判代わりとなってブレイクを申し付けると、それぞれの耳元でこっそり耳打ちする。
「……アキさん、この仕事が首尾良く終わったら俺がレオナルドにナシつけてやるから、ふたりっきりで半日は過ごせるよう手配してやる」
「マジッスか!? やる気2000%ッス!」
「……フミカ、帰ったら俺がダインを泣くほど愛でてやる。そうしたら奴は脅えておまえに助けを求めるはずだ。後は……好きにしろ」
「ダイちゃんをウチの好きに!? はい、お姉のサポートするッス!」
姉妹はそっくりな笑顔でニンマリと幸せそうな笑みを浮かべると、ガッツポーズから仲直りの握手をして、それぞれの持ち場に戻ってくれた。
まったく世話の焼ける──手の掛かる姉妹を持った母親の気分だ。
一方、あちらのご老人も世話が焼けるようだった。
「はっ……破廉恥の極みに御座候ぉぉぉーッ!」
アキとフミカの水着か下着にしか見えない格好に、オリベがますますヒートアップしていた。人間だったら脳の血管が10本は切れてる興奮っぷりだ。
「腰巻どころの話ではない! 乳、尻、太股! あますところなく“ドパシャ!”とおっぴろげではないか! それが神の衣装なのでござるか? それとも未来の女子は皆そのようなはしたない装いなのか!? えぇい、けしからんのに羨ましい限りぞ! それがしも現世に置いてきた奥方に同じものを……」
暴走気味のオリベは、アキたちにも近寄ろうとする。
「だぁーかぁーらぁー! 大儀の邪魔すんなって、このひょうげもんが!」
「……面倒くさい、大儀が終わるまでバラバラに刻んでおこうぜ?」
「ゲシャゲシャ、ベシャアアアアア…………」
それを三将が必死に押し止めていた。
「あれま、あちらのお爺ちゃんにはウチらが魅力的すぎたッスかね?」
「どっちかといえば過激的かな」
戦国時代を生きた人間に、アキやフミカの衣装は裸同然といっても過言ではあるまい。出雲の阿国もここまで肌色ではなかっただろう。
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「あのお爺さん、戦国の三大英雄に仕えた武将なんスよね? ああっ……当時の話や信長公とかの生の逸話を聞けたら最高ッスね~♪」
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フミカの頭は、歴史の生き証人から当時の話を聞くことでいっぱいだった。
気を引き締めるため、ツバサはパンパンと手を叩く。
「はいはい、彼らの話は追い追いな……今は頼んだ仕事に集中してくれ。2人にはイヨさんの能力を底上げしてもらいたいんだ」
「りょーかいッス、ウチの過大能力と似てるからやりやすいッスよ」
アキの過大能力──【真実を暴露する者】。
あらゆる事象を調べられる調査ネットワークを、どこまでも際限なく広げることができる。これは比喩ではなく、次元を越えて現実世界にまで調査の枝葉を伸ばすことができると確認されていた。
アキの周囲には無数のスクリーンが浮かび、情報をピックアップ。
手元にあるキーボード型スクリーンでそれを操作していた。
「しかし、イヨちゃんの能力はウチとはちょーっと違うッスね」
「え……そうなんですか?」
勝手にアキの過大能力の劣化版だと評していたツバサは、失礼なことをしてしまったと内心すまない気持ちになった。
「うん、イヨちゃんの能力も次元を越えて地球にまで届いてるッスけど、ウチほど調査能力に優れてないッス。大まかにはわかるけど、細かいところがぼやけちゃう感じッスかね……でも、時間の流れを遡ることができるんスよ」
アキの過大能力は──時を超えられない。
この点に限ればイヨはアキを凌駕しているという。
「多分ッスけど、イヨちゃんは真なる世界へ次元どころか時間も飛び越えてきてるッスよね? その経験があるからこそ、時間をも越える遠隔視の能力が手に入れられたんじゃないッスかね」
当てずっぽうッスけどねー、とアキは憶測をつらつら並べた。
これを聞いたイヨは恐縮する。
「わたくし自身には、時を超えたという実感はありませんでした……が、オリベ様たちと出会ってお話を聞いて、“時代が違う”と認識するに至ったので……」
「そういった自覚が能力に影響を及ぼしたんスかね? ま、お手伝いしながらコツはわかってきたんで、全力でサポートさせてもらうッスよ!」
アキの周囲に浮かぶスクリーンが倍増する。
キーボードを叩く速度も鬼気迫るほど速くなり、いかにもプロフェッショナルという気迫を発していた。本気で取り組んでくれているのがわかる。
「んで──ウチはお姉とイヨさんの後方支援ッス」
フミカの過大能力──【知恵を蓄えし999の魔導書】。
フミカが分析系技能によって得た知識は、彼女の【魔導書】という本の中に自動的に記されていき、彼女はそれを再現することができるのだ。生物などの情報だった場合、必要な素材と生命力を付与すれば復元することも可能である。
フミカはこの過大能力で、アキとイヨの能力を複製。
彼女たちが能力を発動させる際、上掛けすることで強化効果をもたらす。
フミカもアキのように、キーボード型スクリーンをカタカタと打ち鳴らして情報を操作していた。ただし、彼女の周囲に浮かぶのは無数の【魔導書】だ。
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「プトラ様、お願いしますッ!」
イヨの指示を受けたプトラが、待ってましたとばかりに『ランドルフの銀鍵』を頭上に掲げる。自分の盛り上げたコギャルヘアよりも高くにだ。
ガシャン! と鍵穴に鍵を差し込んだ音がする。
プトラの掲げた銀色の鍵が、何もないはずの空間に差し込まれていた。
「扉よ開け──ヨグ=ソトホートッッッ!!」
それが『ランドルフの銀鍵』を発動させる呪文なのか、プトラは唱えるとともに鍵を半回転だけ回す。そして、巨大な門を開く大音響が木霊した。
同時に──子供たちの前に浮かぶ水銀の鏡に異変が起きる。
門を開く音に合わせて、力強い光を発するようになったのだ。
ここまでのことが起きれば、門外漢のツバサにもわかる。
イヨが“万里眼”で見つけた子供たちの時代と故郷。
そこまでの続く門をプトラの『ランドルフの銀鍵』が開いたに違いない。
「さあ御子たち、目の前に開いた故郷へ帰る時です!」
「さっさと行くし! お父さんとお母さんがお家でみんなを待ってるし!」
イヨの号令を受けて、プトラの言葉に背中を押され、戸惑いながらも子供たちは動き出した。目の前に現れた故郷を映す鏡へ飛び込んでいく。
そして、地下洞窟は目も眩む光に包まれ──。
~~~~~~~~~~~~
光が落ち着いた時──子供たちの姿は消えていた。
無事に故郷へ帰れたはずだ。
アキの過大能力に狂いはないし、フミカのサポートで万全。イヨとプトラの能力を十全に引き出せた。子供たちを無事に故郷へ送り届けたはずだ。
ただし──半分だけだった。
「そ、そなたたち……どうしたというのだ!?」
何故帰らぬ? とオリベはまだ残っている子供たちに問い掛けた。
イヨの作り出した故郷を映し出す水銀の鏡は、プトラの“鍵”によってまだ故郷と繋がっている。なのに、残った子供たちはそこに飛び込もうとしない。
不思議がるオリベに、1人の少年がポツリと答えた。
「帰っても……おまんま食えね」
その言葉を浴びたオリベは、雷に打たれたように身震いする。
イヨも宝石の瞳を剥き出して愕然とした。
ウネメたちも冷水を浴びせかけられたように身体を震わせ、少年の発した言葉の重みに押し潰されるように暗い表情となった。
少年の言葉を皮切りに、口が利ける子供たちが次々と意見を述べる。
「帰ったら……また、お父とお母に首さ締められる」
「もう、帰る家がねえ……いくさで焼けちまった……」
「帰るとこない……オラ、捨てられただ」
もうやめて! ツバサの中で神々の乳母が悲鳴を上げた。
そうだ──失念していた。
現代社会に生きたツバサたちだけではない。
久しく現実の世界から離れて、この幻想的な世界で生きてきたオリベたちも、自分たちの生きた時代を忘れかけていたのかも知れない。
子供が健やかに成長できるようになったのは──近代に入ってからだ。
かつては食うや食わずの時代が長く続いた。
飢饉、天災、戦争……様々な理由から食糧の供給が間に合わず、場合によっては食い扶持を減らすため、「口減らし」と称して親が我が子を秘密裏に処理することさえ珍しくなかった時代もあった。
殺されないだけ御の字だが、何も食えずに過ごす子供時代も惨すぎる。
故郷に帰らないのは、そうした経験のある子供たちだった。
「しかし……此処に留まればあなたたちは、いずれわたしたちのように……」
化生になってしまう、とイヨは言葉を続けられなかった。
厳しい言葉は、男親代わりのオリベが継いだ。
「そなたたち、七つにもならぬ子供たちに変化は現れぬ。だが、八つを超えて十となり、元服を迎える頃には……それがしたちのように人間らしからぬ異形へと成り果ててしまうのだぞ? それを考えたら、やはり故郷へ……」
「そっちの方がマシだ──食えずに死ぬよりずっと良い」
さっきの少年が臆せず物申した。
「そうだ、オリベ様やイヨ様……みんなと一緒のがいい」
釣られるように、他の子供たちも声を上げる。
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「みんなの格好……怖くねえ。首締めてくるお父やお母よりマシだ」
「帰るとこねえオレにゃあ……ここがふるさとだ」
「オラ、帰りたくねぇ……ずっと、ここにいちゃダメか?」
オリベ様、イヨ様……と子供たちは縋るように2人へ身を寄せていく。
2人はそれを振り払うことができず、子供たちの境遇に思いを寄せると「お家に帰りなさい!」と叱ることもできず、項垂れるしかなかった。
「おまえたち……馬鹿者が……親不孝者が……」
オリベは縋りつく子供たちを抱き寄せて叱ろうとするが、その声は弱々しい。
抱き寄せる手には決して離さぬ力強さがあった。
「帰りたい者がいれば……帰れぬ者もいる……そういうことなのですね」
イヨもその幼い身体で子供たちを抱き寄せる。
聞けば彼女が亡くなったのは30代ぐらいとのこと。
現実でも子供がいたかどうかは定かではないが、一国の女王として未来を担う子供たちには思うところがあるのだろう。
「イヨちゃん、ごめん……もう限界だし!」
龍宝石に宿した力を使い果たしたか、プトラの翳していた『ランドルフの銀鍵』が独りでにガチャリと戻り、その効果を発揮するのをやめてしまった。
イヨの作り出した水銀の鏡も光を失い、彼女の髪へ戻っていく。
子供らの故郷へ続く道は──断たれた。
時を経れば、再び地下洞窟に“気”が溜まり、イヨの能力を増幅させ、プトラの“鍵”も使えるようになるだろう。ツバサたちも手伝えばいい。
しかし、肝心の子供たちが帰ろうとしない。
故郷に恋い焦がれた子供は、今の大儀でちゃんと帰れたはずだ。
だが、この場に残った子供たちは事情が違う。
飢餓に苦しむ者、口減らしされかけた者、戦災孤児、親に捨てられた者、人間扱いされなかった者……帰れば凄惨な運命が待っている。
「そなたらを我らのようにせぬため、現実へ帰すことに囚われておった……辛い身の上には考えも及ばずに……許せ……ッ!」
慚愧の念に堪えぬオリベは、涙ぐむ声で子供たちに許しを請うた。
イヨなど言葉もなく、ひっしと子供たちと抱き合っている。
「差し出がましいかも知れないが……ひとつ、俺から提案がある」
しばらく間を置いてから、ツバサはある話を持ち掛けた。
オリベたちと和解できたら勧めるつもりだったのだが、大勢の子供を目にしたことで切り出すタイミングを待っていたものだ。
「あなたたち全員──ハトホルの谷へ来ないか?」
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