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第10章 天梯の方舟と未完の巨神
第228話:時空の迷い子たち
しおりを挟む「邪馬台国の壱与……殿と仰いましたか?」
ツバサは驚きを隠せなかったが、慌てて敬語を用いた。
こちらが上位種の神族であろうと礼儀を欠かしたくはない。
「ねえねえ、オカンさんオカンさん」
「誰がオカンさんだ……って、どうしたプトラちゃん?」
ツバサに変な愛称をつけたコギャルのプトラは、子供たちと一緒に後ろに座っていたが、イヨが名乗るなり目を輝かせて興奮冷めやらぬ様子だった。
ツバサのジャケットの裾を引っ張って確認を求めてくる。
「イヨちゃんってあれだよね? あのヤマタイ国のヒミコの後継者だよね!?」
「へえ、コギャルがよく知ってるな」
コギャル関係ないし! とプトラは膨れっ面で返してきた。
「あたい、こう見えて読書家で博識なんだし。友達からは“学者”って尊敬されたぐらいなんだし、ヤマタイ国のイヨぐらい知ってて当然だし」
確かに、コギャルにしては物知りだ。
「卑弥呼と比べると知名度は今ひとつだからな」
邪馬台国の卑弥呼──日本でも屈指の知名度を誇る偉人。
天皇によって日本が統一されるより昔、日本の何処かにあったとされる国。
その国が邪馬台国だとされている。
この名前は『魏志倭人伝』という中国の古い書物にも記されており、その国家が存在したこと、古代の日本と大陸の間で国交があった証拠ともなっている。
この邪馬台国を治めたのが──女王・卑弥呼。
彼女は女王にして巫女であり、鬼道という秘術で国の趨勢を占い、邪馬台国の政治を司ったとされる。鬼道に関しては諸説あるが不明。
(※当時の日本は複数の国を何人もの王が収めていたのだが騒乱が絶えず、巫女である卑弥呼がシンボリックな女王として祭り上げられ、邪馬台国という連合国家を樹立することで安定した……との説もある)
「そのヒミコの跡を継いだのが、イヨって巫女さんのはずだし」
「正確には間にもう1人──男の王がいるけどな」
卑弥呼が逝去した後、邪馬台国は新たに男の王が治めた。
その後すぐに邪馬台国は乱れに乱れて統治もままならなくなり、「やっぱり巫女の女王様じゃなきゃダメ」という意見が国内の有力者から持ち上がった。
(※卑弥呼の死は暗殺ともされている。皆既日食という天変地異イベントが起き、それを「老いた彼女の神秘性に陰りが見えた」と考えた有力者たちに殺されたという説である。その後、男王が跡を継ぐと1年足らずでまた皆既日食が起きたので、天の怒りと思い込んだ人々は新たな巫女の女王を推挙したという)
そこで──うら若き巫女が卑弥呼の後継者として選ばれた。
彼女の名こそが壱与であり、弱冠13歳の少女だったという。
「へー、オカンさんも物知りだね」
イヨたちに内緒で邪馬台国にまつわるコソコソ話をしていたら、妙にプトラから感心されてしまった。尊敬の眼差しが何ともくすぐったい。
呆れたように眉尻を下げ、ツバサは物知りの理由を明かした。
「大学時代の友人が蘊蓄たればっかりでね。暇さえあれば話に付き合ってたから、なんとはなしに覚えてしまったんだ。大まかにだけどね」
レオナルドに限った話ではない。
現実でもツバサの周囲には、各方面の有識者みたいな顔をする蘊蓄たれな友達がわんさかいたのだ。みんな喋らせると止まらないのが難点だった。
押し付けがましい知識だが、なんとはなしに覚えてしまったものもある。
なので詳細までは知らず、最新の研究などにも疎い。
卑弥呼や邪馬台国についても新事実が発見されたとかどうとか聞いた覚えもあるのだが、そこら辺はうろ覚えで思い出せなかった。
アクの強い友人たちの顔を思い出して、ツバサは半笑いで嘆息する。
今頃アイツらはどうしているのだろうか? 何人かはアルマゲドンをやっていたはずだし、こちらでも無事だといいのだが……。
「やはり……卑弥呼様をご存知なのですね?」
回想に耽りかけたところ、イヨの凜とした声で引き戻される。
「ぷとら様から少々伺いました」
少女にしては張りのある大人びた美声だ。
「あなたたちは神の力を持つ者ではありますが、かつては我らのように日の本……いえ、日本から来たと……それも、わたしたちの世より遙か未来から……」
イヨの暴露を聞いて、妖怪たちに衝撃が走った。
特にオリベやウネメなどは、興味深げに身を乗り出してくる。
「なんと……そなたたたちも人間、しかも日本の民だったと仰るのか!? それが何故この地で……いや、それがしたちも人のことを言えぬか……」
もしや似たような境遇では? とオリベは察してくれる。
ツバサとイヨの会談を妨げぬよう、ここでは質問を控えてくれる様子だ。
さすがは年の功、帥を務めた武将だけはある。
「先の世って……徳川より先の世か? 幕府まだ続いてんの?」
「ああ、とっくの昔に潰れちまったぜ」
一方、ウネメの問い掛けにセイメイがいらんことを答えていた。
これを聞いたウネメは金髪を掻いて動揺する。
「嘘だろ!? 幕府が終わったら旗本……武家はどうなったんだよ!?」
「武士なんてお役御免よ。廃刀令で刀を差して往来を歩けなくなって、親方の幕府が消えたから俸禄もなし。てめえで稼がなきゃ路頭に迷ってたぜ」
「な、なんで幕府がなくなんだよ!? じゃあ日本は誰がまとめてんだよ!?」
「だいたい薩長のせいだ。んで、政は朝廷に返された」
「薩長ってなにッ!?」
食い気味なウネメに、セイメイはニヤリと微笑んで教えてやる。
「薩摩と長州だ。奴らが手を組んで幕府をぶっ潰したのさ」
「薩摩!? やっぱ島津はおっかねえなッ!」
薩摩の名前を聞いたウネメは、自分の肩を抱いて震え上がっていた。
島津って──江戸の頃からそういう認識なのか?
戦国時代から数々の武勇伝で鳴らしてきた名家なので、江戸の頃には戦闘民族のような扱いを受けていたのだろう。
数千の寡兵で数十万の大軍を打ち破る勝利を収めれば当然か。
「セイメイ、話を混ぜっ返すな」
「ウネメ、私語を慎め。姫様とツバサ殿が会談中ぞ」
ツバサとオリベが各々の配下を窘める。
場が落ち着きを取り戻す前に、ツバサはプトラにこっそり問い質した。
「イヨさんにプレイヤーのことを話したのか?」
「うん、話したし。隠したっていつかバレると思ったし」
プトラは屈託なく頷いた。
そういえば彼女は“万里眼”という視ることに長けた能力を持っている。話を聞くにミサキの陣営にいるGMのアキにも似た能力であれば、ツバサたちの正体も遠からずバレると見ていいだろう。
プトラの言う通り、遅かれ早かれバレるに違いない。
「えっと……ぶっちゃけたらヤバかったし?」
ツバサの沈黙を“怒っている”と取り違えたのか、プトラは母親のご機嫌を窺うような顔色で、おっかなびっくり小首を傾げていた。
「いや、君の言う通りだ──プトラちゃん」
ツバサは眼を閉じて微笑むと、わかるように首を左右へ振った。
「俺たちが日本人だってことは、いずれ勘付かれる。セイメイみたいに口の軽い奴もいれば、日本を懐かしんで話し込む奴だっているだろう……それに、親方のことを“力士”と認識しているみたいだしな」
そういう日本人特有の共感できることから、お互い「アンタもワタシも日本人」と理解するのは時間の問題だ。
それを無視してこちらの素性を隠せば、やがて軋轢となりかねない。
ならば時代は違えど日本人同士、腹を割って話した方がいい。
同郷とわかれば胸襟の開き方も違うだろう。
「プトラちゃんの件についても、大儀とやらにしても、頑なに打ち明けるつもりのなかった連中が、こうして話してくれる気になったんだ。こちらもオープンじゃなきゃフェアじゃない……君がぶっちゃけても全然ヤバくないよ」
良かったし……プトラは胸を撫で下ろした。
彼女の安堵した表情を見届けてから、ツバサは前に振り返る。
中断しかけたイヨとの会談を続けるために──。
「指摘された通り、またプトラ嬢がイヨ殿に明かした通り、俺たちはあなたたちが生きた時代よりも遙か未来における、日本に生きた者です」
ツバサがはっきり公言すると、更なるどよめきが起こる。
彼らの動揺は手に取るようにわかった。
同時に──ツバサたちへの不信感も感じ取れた。
「後の世……未来からやって来たと言われても、あなた方には信じがたいだろう。だが、我々からしてみれば、あなた方の存在こそが信じがたい」
オリベのように戦国期を生き抜いたとしか思えない武将や、ウネメのように江戸時代に生きたことを仄めかす侍、それに刀剣の鍛造に秀でたオサフネ。
ケハヤとは、神話の時代に生きた豪傑だとドンカイより聞かされた。
そこに来て──邪馬台国の女王・壱与である。
ここに居並ぶ妖怪たちは、誰も彼もが過去の日本に生きた人々。
それが真なる世界で今も生きている理由がわからない。
だからこそ聞きたい、とツバサは強要するように問う。
「あなたたちはどの時代からこの世界へ来たのか? そして、この世界に来てからどのくらい過ごしたのか……お聴かせ願えないだろうか?」
できれば行き来の仕方や飛ばされた理由も尋ねたいところだが、オリベやウネメの発言、それにイヨの態度からして把握していない様子だった。
恐らく、何らかの原因によって無理やり転移させられたのだ。
あの幽冥街のように……。
~~~~~~~~~~~~
「先ほどのお話から、ぷとら様もツバサ様も、わたしこと壱与の来歴はご存知の様子……邪馬台国についても知っておられますよね?」
「ええ、俺たちの時代にも邪馬台国のことは伝わっております」
「あった場所は未だにわかんないけどね」
プトラが余計なことを付け足したが聞き流しておく。
「なら、この場は詳しいお話を差し控えさせていただきましょう……わたしはその邪馬台国からこの地へ飛ばされ、早100年が経ちました」
「邪馬台国から転移させられて……100年?」
ツバサが訝しげに繰り返すと、イヨは額にある宝石の眼を細めた。
「信じられませぬか? 鬼道を修めたとはいえ、人間の身で100年も生き存えたことが……しかし、この地に満ちた気の影響か、見目はこの通り……」
イヨは小さな手で、自らの少女のような身体を仰いだ。
塞がれた両眼、額を縦に割って覗く宝石の瞳、流れ動く水銀の髪──。
「年老いた身体は幼子のように若返り、眼も髪も人のものではない異なるものへと変わってしまいました……もはや人間とは言い難いでしょう」
包帯で覆われた目元を手で覆い、イヨは恥じらうように俯いた。
かつての両眼を懐かしんでいるようにも見受けられる。
彼女もまた妖怪に変わった1人だという。
しかし、イヨには悪いが──ツバサが訝しんだ点はそこではない。
「いえ、人間の身で100年も生きたことや、外見について疑ったのではなく……邪馬台国からこの世界に来て、まだ100年なのですね?」
その100年はどのように計ったのだろう?
ツバサが質問を重ねる前にオリベが手で制してきた。
「時間の問題に関しては、それがしも頭を悩ませておった次第……時の計算もそれがしがしておりましたので、説明させていただこう」
イヨに代わり、オリベが疑問点を話してくれた。
「ツバサ殿も日本人ならば春夏秋冬、四季の移り変わりにて1年の推移を推し量れたであろう……この地はな、日本とは似ても似つかぬ魔境なれど、四季のうつろいがあり、季節が一巡りする日数がおおよそ1年に値するのだ」
無論、一昼夜が経過する時間も日本と大差ない。
「それらを計算した結果、姫様は100年ほどはこの地で過ごしている計算になるというわけでござる……ちなみに、それがしは95年になる」
オリベは仮面に手を滑らせ、髭を撫でつけるような仕種をした。
人に七癖、身体が陶器になる前は髭があったらしい。
「日本にて果てた年を加えれば、160歳を越える老いぼれよ」
自嘲の笑みを浮かべるオリベにツバサは眉を寄せる。
オリベが──果てた? 死んだということか?
死んだ人間がどうして此処に? という新たな疑惑が生じる。それでも話の腰を折らず、ツバサは別のことを尋ねた。
「オリベ殿、あなたはいつの時代からこちらの世界へ来られたのだ?」
襟を正して問い掛けるとオリベは神妙な顔になる。
果てた、という発言と何らかの関わりがあるようだ。
オリベは咳払いをひとつしてから話し始める。
「大御所様……違うな、徳川家康殿はご存知であろうか?」
「ええ、よく存じ上げております」
ツバサたちの時代では「徳川幕府を打ち立てた功労者」であり「戦国時代を終わらせた覇者」であることを簡単に説明した。
オリベは黙って耳を傾ける。
聞き終えた後──オリベは何とも言えない笑みを浮かべた。
「……ほうほう、後の世ではそう伝えられているのですか……秀忠様の影が薄いとは……いや、話を聞くに三代の家光様がやり過ぎたゆえか……まさか諸外国との交流を断つとは……愚行と言わざるを得んな……」
言いたいことは星の数ほどありそうだが、オリベの呟きはそこで止まる。
そして、改めて自身の来歴を打ち明けてくれた。
「そこまで伝え聞いているのなら、こう話せばおわかりいただけましょう……それがしが参ったのは戦国乱世の末。かの大御所様が太閤殿下の一粒種、豊臣秀頼公を大阪城ごと滅ぼした戦より数日後のことにございます」
徳川によって豊臣家が滅ぼされた戦──大坂の陣だ。
滅ぼされた、と明言するからには大坂夏の陣のことに違いない。
「大阪夏の陣から約95年か……」
やはりだ──これも時間が合わない。
真なる世界と地球の時間の流れは一緒のはずだ。
どちらの世界が誕生した瞬間も、神族や魔族が地球に手を加えた時期も、ちゃんと時系列の流れが一致している。500年前に灰色の御子が真なる世界から旅立ち、彼らが地球で活動を始めたのも500年前だ。
こうした時間の符号はほぼ合致していた。
地球から肉体を有する人間を真なる世界へ送ろうとすると、体感時間こそ0だが数年から数十年かかるという時間差はあるものの、時系列に狂いはない。
だからこそ──彼らの証言は異常とも受け取れた。
イヨが生きていたのは邪馬台国が現存した時代。
西暦にすれば200年代だ。
その頃に真なる世界へと飛ばされてまだ100年。時間の流れが正しければ、西暦300年代となってしまう。
続いてオリベが果てたのが大阪夏の陣の直後。
西暦に直せば1615年になる。
そこから95年だから、時間の流れが正しいなら1710年頃になる。
どちらも時間の計算が合っていない。
ウネメの話はまだ聞いてないが、彼(女?)の口振りから察するに、江戸幕府が健在だった頃からやってきた武家にまつわる者のようだ。
おまけにセイメイからの又聞きによれば「他の妖怪連中と違って、こちらに来て日が浅いから変わりきってねえんだと」とのことだ。
だとすれば、長くても数十年ってとこだろう。
きっと年数を計算しても、明治維新にすら突入していないはずだ。
イヨやオリベを初めとして、彼らが嘘をついているとは思えない。
ツバサは現実主義者ではあるが、イヨたちが「真実を明かしている」という前提で、ちょっとだけSFチックな思考回路を働かせてみた。
「我々は──時間と空間を飛び越えてしまったようです」
ツバサが口にするまでもなく、イヨが胸に湧いた仮説を明かしてくれた。
そうなのだ、そう考えないと辻褄が合わない。
告白通りなら、イヨはツバサたちよりもずっと年上だ。
女王を務めた聡明な女性は、今日までのことを振り返る。
「この洞窟に降り立った時、わたしは1人でした……やがて、オリベ様やケハヤ様が現れ、次々と日本より人々が飛ばされてきたのです……ですが……」
時代が合いませんでした、とイヨは不思議そうに呟いた。
「誰もが日本という島国から来たのですが、わたしのように日本という名が定まらなかった古い時代から来た者もいれば、それより少し後、大和朝廷ができた頃より参られたケハヤ殿もおり、もっと後の世から来たオリベ様やオサフネ様、わたしでは思いも寄らない、幕府というものが支配する時代から来たウネメ様……」
いくつもの時代が──入り乱れている。
イヨの言葉が途切れたところで、オリベが口を挟んできた。
「あそこに控えた者たちも千差万別よ……応仁の乱に加わった者もいるし、元寇に駆り出された武者もおる。それがし同様、大坂の陣に参戦した足軽もな」
オリベは後ろにいる護衛役の妖怪たちを一瞥する。
室町、鎌倉、安土桃山、確かに時代がバラバラだ。
「なるほど……原因こそわからないが、あなたたちは日本の様々な時代から、この世界のこの時間へ飛ばされてきたわけか」
単純に──そう解釈するより他にない。
幽冥街(第三章参照)が真なる世界へ飛ばされてきた時も、フミカが「時系列がおかしいッス」と報告していたが、後にクロコから「真なる世界に物質的なものを送ると時差が生じます」という話を聞いたので納得できた。
それと比べても、イヨたちのケースは特殊すぎる。
しかし、ツバサには原因に心当たりがあった。
この大樹の跡地に生じたと思われる──広大な地下洞窟だ。
ここには純粋なエネルギーである“気”が溜め込まれている。
それも自然界にはありえないほど、まるで人為的に誰かがここへ注ぎ込んだかのように莫大な量の“気”が溜まっていた。
あまりに詰め込みすぎて濃縮され、ツバサのように自然を司る地母神の感覚からすれば、濁っているように感じられるくらいだ。
この尋常ならざる“気”が──時間の流れをも乱したのではないか?
何らかの作用を起こして空間の壁をこじ開けたのみならず、時間の流れさえも曲げてしまい、イヨたちを真なる世界へ招いてしまったのではないか?
そんな憶測がツバサの脳内で芽生えかけた。
「あなた方は……やはり、日本へ帰りたいのか?」
ツバサは言葉を選んだが、結局は単調な問い掛けに留まった。
それが彼女たちという“大儀”だと当たりを付けたのだが……。
「いえ──わたくしたちは疾うの昔に諦めております」
イヨの返事は予想外のものだった。
まさかの答えにツバサは眼を皿のようになるまで剥きかけたが、改めて彼女たちの姿を見つめていると、帰りたくない理由に思い至った。
「この洞穴は多大な気が満ちております……が、酷く澱んでおります」
イヨはツバサの心中を読むように言った。
「その気が獰猛な怪物たちを寄せつけないため、わたくしたちはその庇護に預かるように洞穴で暮らしてきましたが……御覧の通りです」
澱んだ“気”は──彼らを変質させた。
水銀のように流れる髪を蠢動させ、宝石のような瞳を瞬かせ、イヨは“人間ではないもの”となったことを強調する。
「わたくしどもに身体はもはや人間ではありません。姿形もさることながら、既に100年近くを生き存えて、老いもせず衰えもしない……」
「まさに化物──このような姿でどうして故郷へ帰れましょうか?」
イヨの言葉をオリベが継いだ。
そして、もうひとつの事実を明かす。
「ましてや、我らのように化生へと墜ちた者は、日本において何らかの形で最期を迎えた者ばかり……死者が現世へ帰るなど世に混乱を招くのみ」
なればこそ──我らは帰ることを諦め申した。
話し終えたオリベは頭を垂れる。
諦めてはいるのだろうが、日本に思い馳せることもあるのだろう。
「果てた、とはそういう意味だったんですね……」
ツバサはオリベの身分を察して、その最期に思い寄せて儚んだ。
──大阪夏の陣から数日後に果てた。
一軍を率いたこともある武将が、あの戦争から程なくしてこの世を去ったということは、そういうことなのだろうと想像に難くない。
「では、あなた方の仰る大儀とは一体……?」
オリベの無念さに共感しつつ、ツバサはようやく本題に切り込んだ。
イヨたちもその件でツバサに「ご助力願う」と訴え出たためか、表情を固くして打ち明けようとする。万が一にも、力を貸してくれるツバサの機嫌を損ねぬよう、恭しくも真剣な面持ちで申し出てくる。
「オリベ様が申し上げた通り、わたくしたちはもはや邪馬台国へ……いいえ、日本という大地へ帰るに値しない身でございます。されど…………」
言葉に詰まるイヨ、そこへオリベが両手を高々と上げる。
手袋をはめたとはいえ陶器の手。カシャン! と人間らしからぬ拍手が響く。
すると、背後の妖怪たちが動き出した。
彼らは立ち上がって左右に割れ、イヨたちの背後にある襖を開いた。
その向こう側にいたのは──。
「なっ…………子供ッ!? それも……人間のッ!?」
襖の向こう──奥座敷にいたのは紛れもなく人間の子供だった。
大きくても7歳前後、小さければ首も据わらず足も立たない乳幼児まで、みんな年端もいかない幼児ばかりだ。まだ物心さえついてないだろう。
首が異様に長く伸びる女性や、下半身は大蛇になっている女性、顔に目鼻口などのパーツがない女性……妖怪の女房衆が子供らの世話をしている。
大勢の子供を目にして、ツバサの中で神々の乳母がざわついた。
そんなツバサの気を引くべく、イヨが前に出て頭を下げた。
巫女は畳にぴったりと額ずいて地母神に懇願する。
イヨだけではなく──オリベも倣うように頭を下げてきた。
ケハヤも不器用ながら土下座し、ウネメは武士らしく拳をついて頭を下げ、オサフネは刃を伏せて礼とし、妖怪たちもツバサに平伏する。
彼らの願いはひとつ──あの子供たちに関するものだ。
「何もわからぬまま、親元から拐かされるように、この地へと飛ばされてきたあの子らは……あまりに不憫でなりません。ですから、どうか……ッ!」
あの子らを日本に返す“大儀”に──ご助力くださいませ!!
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