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第10章 天梯の方舟と未完の巨神
第226話:その異能は過大能力に非ず
しおりを挟む「――悪いが人形相手では話にならない」
ツバサはキッパリ言い捨て、圧倒するべく動き出した。
ヴァトやイヒコは「消えたッ!?」と目を丸くして驚いている。
神族となった彼らの動体視力でも追いつけぬ速度。
神速の領域をも越えた速度で風圧さえ起こすことえなく、大気をすり抜けるような隠密性を兼ね備えた歩法で進む。
魂のない人形が追いつけるはずもない。
それでも鎧武者たちは仮面の奥で眼光をぎらつかせ、大振りな刀で斬り掛かり、十文字槍で傷を負わせるべく突き込んでくる。
砲身こそ大きいが、古臭い火縄銃で狙ってくる者もいた。
彼らの攻撃はどれも鬼気迫り、人形らしからぬ生々しい殺気があった。
本物の戦場を駆けた武将の如き迫力。
死闘を勝ち抜いてきたツバサでも身震いを覚えるほどだ。
だが人形は人形──本物には及ばない。
ツバサは迫り来る剣林弾雨を潜り抜け、鎧武者たちの懐へ滑り込み、武具を振るうために力が込められた四肢にそっと手を添える。
彼ら自身の力を逆転させて自らを壊すように仕向けつつ、ツバサの膂力も上乗せして投げ飛ばす。ついでに武器も破壊しておく。
武器は合気の投げではさすがに壊せないので、指先にだけ殺戮の女神の力を発現させると、二度と使えぬよう砕いておいた。
刀も、槍も、弓も矢も、大砲のような火縄銃も──全部だ。
ツバサが触れた鎧武者たちは全身をあらぬ方向へねじ曲げられ、関節から壊されていき、陶器が割れる音をさせて砕かれる。
宙に舞った彼らの破片がバラバラと雨のように降ってきた。
「地面の下で傘が必要な天気ってレアだよねー」
イヒコは道具箱から傘を出して、降り注ぐ破片をやり過ごしていた。この子はやっぱり神経が図太い。リアクションは大きいが、大抵のことでは動じない。
脳天気なミロと気が合いそうな子だ。
「地面の下で天気っていうのもなんだけどね……それよりも」
スゴいッ! とヴァトは息を呑んでいた。
ヴァトは興奮のまま道具箱に手を突っ込む。取り出したのはイヒコのような傘ではなく、付箋紙だらけの1冊の手帳だった。
一緒に取り出したシャーペンを、カチカチカチと何度も鳴らす。
「動画とは凄味が違う……これが間近で見る、ツバサさんの強さ……スゴい、勉強になるッ! さっきの動きも要チェックだ……ッ!」
降ってくる破片など気にもせず、ヴァトはツバサの戦いを熱心に観察しながら、参考にすべきことを猛烈な勢いで手帳に記していく。
ツバサと手帳を交互に見るヴァトの顔が残像になるくらいだ。
ヴァトは本当にツバサをリスペクトしてくれている。
ミサキもそうだが、純粋な眼差しで尊敬されるというのは照れ臭いけれど、悪い気はしない。胸の奥から充足した高揚感も沸き上がってくる。
なんだか背筋までゾクゾクしてくるようだ。
そして、男の子を「可愛い」と思ったのはツバサも初体験だった。
ヴァトは絶対弟子にする──我が子として引き取る。
その決意を固めたツバサであった。
ツバサは鎧武者たちを鎧袖一触で蹴散らしながらも、自分を尊敬の眼差しで見つめてくるヴァトやイヒコが気になり、つい聞き耳を立ててしまう。
ファンの視線は慣れないが──こういうのは平気らしい。
「あっ、今の投げ方も……んっ!? うわっ、今の武器破壊技も……スゴい! あの相手を出し抜くような踏み込み方も……ぜんぶ要チェックだ!」
「出た、ヴァトのツバサさん要チェック~♪」
イヒコは丸眼鏡の奥で半眼になり、ヴァトを茶化していた。
「動画がアップされる度、ツバサさんの戦闘シーンだけ何百回も見て、リアルでもゲーム内でも、ぶっ倒れるまで同じ動きを繰り返すんだもんね~」
度が過ぎたため──祖母に叱られたこともあるらしい。
孫がぶっ倒れるまで運動を続けたら、それは心配されるだろう。
「だって、ツバサさんみたいに強くなりたかったし……」
動画で見取り稽古を続け、あそこまで精進を積み重ねてきたのか。
その研鑽振りは賞賛に値する。
これからは手取り足取り教えてあげよう。
「そして、戦っているツバサさんのダイナミックに揺れるおっぱいやお尻にも目がいっちゃって、お勉強どころじゃないくらい悶々しちゃうと……」
からかうイヒコの言葉にヴァトはウンウンと頷いた。
「そう、ツバサさんのおっぱいに目がいって……何言わせるのイヒコッ!?」
「はい、認めちゃった~♪ ヴァトたらやらし~♪」
顔を真っ赤にしてムキになるヴァトと、彼をオモチャにして弄ぶイヒコ。
本当に兄妹みたいだ。あるいは姉弟か?
鎧武者たちもツバサには容赦なく武器を振り翳してくるが、子供たちには一切手を出さない。彼らに割ける人数がいるにも関わらずだ。
チラッ、とオリベに視線をやる。
ツバサの視線を汲んだのか、オリベの仮面がわずかに前へと傾いだ。
『安心めされい──子らに手を出すほど落ちぶれておらぬ』
そんなオリベの意志が垣間見えた。
ならば、心置きなく暴れられる。
「ツバサさーんすごーいッ! 動画以上のドッカンバトルだーッ!!」
「スゴい……本当にスゴいッ! か、感動だぁ……ッ!!」
襲い来る屈強な武者軍団を寄せつけず、一騎当千どころではない戦い振りを披露するツバサに、子供たちはやんややんやと拍手喝采を送る。
子供たちの声援を強化に変え、神々の乳母はいつになく張り切った。
その数50は下らなかった鎧武者たち。
オリベの合図により逐次戦力が追加され、最終的に300を越える軍勢になったようだったが、構うことなくツバサは片付けてしまった。
所要時間は数分といったところだろう。
すべて投げ飛ばして、木っ端微塵に砕いて再起不能に陥れる。
「──こいつで最期だな」
業火や稲妻といった魔法系技能を使うまでもない。
ツバサは最期の鎧武者を投げ飛ばせば、彼の五体もバラバラに砕け散る。
無傷で落ちてきた兜をツバサはヒョイッと手に取った。
「ぬぅ……天晴れ!」
オリベは“パァン!”と膝を打ち鳴らした。
快哉とばかりに上げた声は賞賛を込めたもので、自らの配下を全て倒された将とは思えない。怒りや憎しみは一切なかった。
「ツバサ殿、と申したか……女性の身でありながら恐るべき手練れよ。自らを神と豪語するだけはある。摩利支天も鬼子母神もそなたには謙ろう」
その強さと美しさに──オリベはツバサを女性として褒め称える。
「お褒めに預かり恐悦至極、とだけ答えておきましょう」
ツバサは目礼すると手にした兜を眺めた。
「悪いが──この鎧武者たちについて調べさせていただいた」
それを踏まえて聞きたい、とツバサは告げる。
戦闘中、ツバサはずっと分析の技能を働かせていた。
フミカなら微に入り細に入り調査できたかも知れないが、ツバサの技能で判明したのは、以下のことぐらいのものだった。
「どういう理屈なのかは不明な点も多いが……これらの人形は内に込められた魔力で擬似的な生命体として成り立っている」
そういった点ではクロコが率いる自動人形のメイドに近い。
要するに「魔力で動く人形」なのだ。
「材質は陶器……強化セラミックみたいなものか? 生中な攻撃では傷もつかないだろうが……問題はそこじゃない。こいつらの動く原理だ」
ツバサは手にした兜を掲げる。
真っ黒な兜──“無”を崩した一字を象った金色の前立て。
ツバサの記憶が確かなら、かつては“愚将”と誹られたが、近年その生き様を再評価された武将が身に付けたとされる兜だ。
センゴクゴンベエ……いや、秀久だったか?
その他の鎧武者もどこかで目にした造形が多い。
六文銭をあしらった兜や、大鹿角という鹿の王のような角を掲げた兜、愛の一字を象った前立てもある。ツバサでも知っているのはそれぐらいか。
「オリベ殿……これらの鎧武者は、あなたの記憶にある武将たちの生き様を映したものではないのか? それを陶製の人形に宿させたのか?」
いいや──少し違うな。
「人は誰しも心の内に他人を住まわせている」
親兄弟といった家族、知人や友人といった仲間、自分を害する者や悪意ある敵であろうとも、その性格や人となりを把握しているものだ。
その当人の本質を捉えたものではなく──自己流の解釈でだ。
「なんであれ、人間はその心の内に多くの面影を宿しているもの……あなたはその内にいる他者の人格をこれらの鎧武者に写し与えて、その人物が如く振る舞わせていた。オリベ殿。これらを動かしていたのはあなた自身」
謂わば──オリベの記憶から分かれた分身だ。
オリベの記憶にある人々の人格をコピーして、簡単ながらも性格付けをして独自に動くよう魔力的なシステムを搭載させた自動人形である。
オリベからの返答はない。
奥の間へ続く襖を警護するべく呼び出した武者軍団を全滅させられても、泰然とした態度を崩すことなく、最初の位置に座したままだ。
その沈黙を「是」と捉えたツバサは、一歩前に出る。
「地上にいた兵士といい、今倒した武将といい、陶器で作られた身体に魔力と記憶を込めて分身とする技といい……俺たちの過大能力と似て非なる能力」
どうやって手に入れた? とツバサは詰問する。
問い詰められたオリベは目を閉じると、仮面の奥で小さく息をついた
「それがしは代償と思うております──化生に墜ちた対価ですな」
ほれ御覧の通り、とオリベは右手を持ち上げた。
手を覆っていた和製の手袋を外して、こちらに見せるよう掲げる。
オリベの手は──陶器でできていた。
陶器製の鎧武者と同様、指先から掌、腕に至るまでの陶製のパーツで形作られていた。関節は球体人形と同じ仕組みになっている。
彼は人間ではない──しかし、神族でも魔族でも現地種族でもない。
かといって蕃神ともかけ離れている。
オリベを筆頭に、この地に住まう者たちは得体が知れないのだ。
フミカの精度を上げた分析系技能なら何かわかるかも知れないが、それより数段劣るツバサの分析ではオリベの正体が見抜けなかった。
ただ、人間に近いというか──人間臭い。
民俗学専攻の友人が「人間よりも人間臭いのが妖怪だ」と嘯いたものだが、そんな彼の言葉がふと脳裏を過ぎった。
「我らが何者なのか? どうしてこのような姿になったのか?」
それは──この穴蔵にいるすべての者が欲する答え。
「ツバサ殿、そなたがもし本当にこの地の女神だと仰るのなら、慈愛の心を持って我らにご教授願いたい……此処は何処なのだ? 我らは何故このような化生へ堕とされたのだ? そして…………」
オリベは悲痛にして懇願するように訴えてくる。
「我らが故国──日の本に帰る術はないのかッ!?」
その言葉にツバサは面食らい、ヴァトとイヒコは唖然となる。
日の本とは、日本という国名の古い呼び方だ。
大八島国、葦原中国、扶桑、大和国、倭国、瀛洲、東瀛……。
大日本帝国と呼ばれた時代もある。
そして、日の本という呼び方は今でも通じる日本の呼び方だ。
この地下洞窟にいる者たちは日本から来た?
しかし、口振りから察するにツバサたちのようなプレイヤーではないし、様々な面において時代がかったものがあった。
ジェネレーションギャップどころではない、時代の格差を感じる。
また、外見が妖怪じみたことを「化生に墜ちた」と嘆いていた。
化生とは昔の言葉で妖怪と似たような意味合いだ。
となると──彼らは元々人間だった?
様々な憶測が一瞬でツバサの脳裏を駆け巡り、できることなら彼らに協力したいという気持ちが湧いてくるも、この場には優先するべきことがあった。
ツバサは表情を取り繕い、動揺を隠して申し出る。
「オリベ殿、あなた方も日本……んんっ! あなた方が本当に日の本という国から来たのなら、多少なりとも心当たりがある。帰れるか否かはさておき、協力するのも吝かではない……ただし、こちらの用件が先だ」
プトラ嬢を引き渡せ──話はそれからだ。
この要求を突きつけられたオリベから「フッ」と吐息が漏れる。
仮面の奥、鼻で笑ったように感じられた。
「協力の申し出は有り難いが……ぷとら殿を渡すわけにはいかぬ」
オリベは頑として譲らなかった。
だが、少しだけ譲歩したのか、彼らの事情に触れてくれた。
「彼女は我らが姫様がその“万里眼”にて見つけ出した、日の本への道を繋ぐやも知れぬ一縷の望み……いくらこの地の女神様とて『心得た!』と潔く渡すわけには参りませぬな。それに……姫様はこうも仰っておりました」
この一日両日が──千載一遇の好機だと。
「悲願成就のための機会、逃すわけには行かぬぞえ……?」
衣擦れの音さえ立てずにオリベは立ち上がる。
あくまでもツバサの行く手を阻み、プトラを渡すつもりがないらしい。
日本に帰れる、というオリベの台詞にピンと来た。
「…………彼女の“鍵”か」
次元の壁を越える彼女の“鍵”があれば、使い方次第では日本に帰れる可能性はなくもない。そこはツバサならずとも誰もが思いつくはずだ。
かつては灰色の御子も、次元を越えて地球に渡っている。
この地下洞を見つける原因となった“天梯の方舟”も、話を聞く限りでは次元を越えて別の世界へ渡るためのシステムだと推測されている。
「ほう、さすが女神殿。知っておられたか」
ツバサの呟きを拾ったオリベは、もう片方の手を隠す手袋も脱いだ。
陶器でできた両腕を晒し、5本の指を広げて前へと突き出す。
「姫様の“万里眼”がぷとら殿を見出しましてな。その御力を見込んで助力を請うたまで……お二人が大義を成すまで、何人たりとも邪魔はさせぬ」
オリベの陶器の手から、泥があふれ出す。
泥はボタボタと地面に落ちると意志を持って動き出し、瞬く間に広がっていったかと思えば、ツバサが投げ壊した鎧武者の破片にまとわりついた。
破片を泥で継ぎ合わせ、鎧武者たちを修復していく。
継ぎ目の泥はすぐに硬化、強化セラミックに匹敵する硬度となる。
300を越える鎧武者が、再びツバサを取り囲んだ。
破壊された武器まで泥で継ぎ合わせている。こちらは継ぎ目がくっきり出てしまうので少々みすぼらしい。だが強度は申し分なさそうだった。
「おおッ! あれってドロドロの実の能力者ってやつじゃない!?」
「イヒコ、それ作品違う!?」
泥によって復活した鎧武者の群れに、イヒコとヴァトが騒いでいた。
イヒコの言う通り、そんな風に呼びたくなる能力だ。
取り囲まれたツバサは慌てることなく、オリベの能力を推察した。
「意のままになる泥……正しくは粘土かな? を操る能力か」
粘土は融通性と可塑性に富み、オリベの意志で自由に動くだけではなく、陶器を焼成させるように固めれば鋼より硬くなる。
地上のデッサン人形な兵士は元より、ツバサに襲いかかる鎧武者たちも、地下洞に張り巡らされた通路や建造物も、オリベが造り出したのだ。
オリベは懐から銀色に輝く扇子を取り出す。
広げた扇子を振り仰いで、オリベは鎧武者たちの指揮を執っている。現代風にいうなら野球で使われるサインみたいなものだ。
軍配代わりの扇子を仰いでオリベは語る。
「ツバサ殿、始めに申し開きをさせていただこうか」
それがしはな──武芸に秀でておらぬ。
まさかのへっぽこ発言にツバサは眉をひそめ、唇をひん曲げる。
だが、仮面から覗くオリベの瞳はほくそ笑んでいた。
「先にそなたたちの許へ出向いた我が三将……ウネメのように剣術に長けておるでもなく、ケハヤのように体術に優れたわけでもなく、オサフネのように刀の扱いに長けているわけでもない……だが、彼らはそれがしに従ってくれる」
何故かわかるかな? とオリベは謎かけをしてきた。
オリベの操る扇子を見つめ、ツバサは答える。
「あなたが一軍を率いた……帥の経験を持つ武将だから」
御名答! オリベは開いていた扇子を“パチン!”と閉じた。
扇子の先端はツバサを指し、包囲していた鎧武者が一斉に襲いかかる。ツバサは慌てず騒がず、予想通りの展開に対処していく。
先ほどと同じように鎧武者を投げ壊そうとしたのだが──。
「ッ! 対策を講じるのは帥として当たり前か……」
鎧武者たちの足下には、オリベから流れ出した泥の粘土が蠢いている。
泥の粘土は彼らの動きを阻害しないが、ツバサが投げようとすると鎧武者の足首を掴んで食い止めるのだ。おまけに、こちらの足捌きを邪魔してくる。
「確かに──武芸百般に通じた武将もおったものよ」
戸惑うツバサをオリベは高みの見物だ。
「殿下の子飼いにして幾度となく窮地より返り咲いた仙石秀久殿然り、戦場にて傷を負ったことがない本多忠勝殿然り、その古今無双の戦い振りから信長公より武蔵坊の名を授かった森長可殿然り……」
強さを誇った武将は数知れず──。
「されど、真に武将へ求められるは采配の才……兵を無駄死にさせず動かし、敵の軍勢を打ち破り、敵将を討ち取らせるべく導く指揮の才よ!」
鎧武者たちの包囲陣は先ほどより堅固だった。
組まれた陣形は破りづらく、ツバサを押し潰すように迫ってきた。
攻めるにしても避けるにしても、泥粘土が邪魔をする。
これで詰みぞ! とオリベの勝利を叫ぶ声が聞こえてきそうだ。
鎧武者たちの振るう刃がツバサへと迫り来る。
しかし、ツバサはゆっくり瞼を閉じると嘆息を漏らした。
「武力で挑まれたから、武力で応じたまで……」
ツバサの全身から目も眩む稲光が発せられると、吹き荒れる轟雷が鎧武者たちを薙ぎ払う。彼らが砕け散った後、腹の底を叩くような雷鳴が轟いた。
「異能で攻めてくるなら、異能で応じるまでだ」
オリベが泥粘土を使ってきたので、ツバサも遠慮することなく稲妻の嵐をぶつけてやった。300程度の兵力など一撃で始末できる。
ツバサは雷だけではなく風も操る。
突風を巻き起こし、砕いた鎧武者の破片をオリベに叩き付けた。
破片の雨を浴びるオリベはツバサの力に改めて敬服する。
「おおおっ!? 雷を操るとは……まさに神よ! そなた、女性の姿を借りた雷神様か? はたまた風神様か? いやはや、女神というより鬼神の如しぞ」
されど、とオリベは目を細めて扇子を少しだけ開いた。
それを合図にしたのか、砕かれた鎧武者たちの何体かは壊れかけた腕を泥の中へ突っ込むと、ズルリと重々しい物体を引き摺り上げた。
それは──何門もの大砲(無論、これも強化された陶器製)。
どれもこれも形は古い。戦国時代のものか?
フランキ砲とか、カルバリン砲と呼ばれていたものだ。
大砲の照準は全てツバサに向けられており、オリベの「放てぇい!」という号令で一斉に発射された。弾丸は特に硬度を上げた陶器製らしい。
無数の砲弾は過たずツバサに着弾──大爆発を引き起こす。
濛々と巻き上がる噴煙。
子供たちはツバサの安否を案じて、オリベは勝利を確信していた。
「戦場では何が飛来するかわからぬ。どこに兵が潜んでいるかも知れぬ……注意を怠ればこれこの通り、後悔する間もなく御陀仏よ」
「──人間ならな」
得意気にオリベが語った後、ツバサが一言付け加えた。
立ちこめていた噴煙が晴れると、ツバサが飛んできた砲弾をお手玉に遊んでいたのがわかるだろう。全部で30個弱あるが、普通に捌いていた。
オリベは愕然としており、仮面の奥で目を剥いていた。
ツバサは砲弾をひとつずつ泥粘土に放り捨てる。
「大砲なんぞで神を殺せる……と思い上がってないでしょう?」
なあオリベ殿? ツバサは意地悪に微笑んだ。
「うぬぅ、乳房のみならず態度まで大きいとは……そなた、一体何様ぞ!?」
「神様だと申し上げたはずだが?」
あと乳が大きいのは余計だ、とツバサは不快も露わに返した。
乳房の下りにツバサが反応したためか、オリベは食い下がってきた。
言葉で責めて精神攻撃をしてくるつもりらしい。
「我が兵たちを倒す度に“どむんどむん”とこれ見よがしに揺れ動かして、なんとはしたない……ッ! それがしの股ぐらがいきり立つではないか!」
「怒ってんのか喜んでんのかどっちだ!?」
ツバサは爆乳をユッサユッサ弾ませて怒鳴り返した。
オリベには最初に感じた脅威ゆえか、敬意を払って接したかったのだが、時たま彼の地が出るのか、好々爺な振る舞いにはツバサも素でツッコんでしまう。
そして、オリベの力説は止まらない。
陶器の拳を“ガシャン!”と力強く握って声を荒らげる。
「その大きく胸の開いた衣がいかん! その扇情的な意匠は何者の仕事ぞ!? 女御の着物はもっと見えにくくするべきなのだ! 偶発的な条件により柔肌が覗くことで男の奮起を促し、ついには閨ではだけてこそ裸体の艶やかさが引き立つもの……いずれ、それがしが仕立て直して進ぜよう!」
「やかましい! アンタこそ何者だ! ファッションデザイナーか!?」
しかし、オリベは質問に答えない。
足下からも大量の泥粘土を湧かしたオリベは、それを自分とツバサの間に小山のように盛り上げていく。ついには地面から離れて宙に浮かぶほどだ。
それは──巨大生物の卵に思えた。
「戯れ言は終いぞ、ツバサ殿」
銀色の扇子を開いたオリベは、舞いながらそれをはためかせた。
まるで何者かを操るかの如く──。
「そなたが真に神だと申すなら、神に相応しい戦法を取るまで」
神殺しの作法──御覧に入れようぞ。
「それがしが化生に堕ちて会得した神仙術……食らうがよいッ!」
武人らしい甲の舞を披露するオリベ。手にした扇子が頭上で開かれると、泥粘土で捏ねられた卵が内側からの圧力によって破れるように孵る。
「出でよ──八岐大蛇ッッッ!!」
泥粘土の卵が割れて現れたのは、鎌首をもたげる八頭の大蛇。
その八頭の大蛇は胴体で繋がっており、泥粘土の卵から落ちると地面を揺るがせて着地する。足場を得た八岐大蛇はすぐさまツバサに襲いかかってきた。
神話の怪物を創り出したオリベは、銀の扇子でこれを操る。
「奇稲田姫の姉妹神を喰らってきたこの怪物を! そなたが真に神だというならば屠ってみせるがいい! そう、かの素戔嗚が如くな!」
人間の敵わぬ怪物を降すこと──これぞ神の存在証明。
「神の存在証明としては安っぽいけどな」
ツバサは長い黒髪を暴れさせると、その中に雷光を蓄える。
ズシン! と空間が揺れ動くほどの稲妻を発して、八岐大蛇に叩き付けた。
だが──八岐大蛇はビクともしない。
「む、さっきまでの鎧武者とは出来が違うな?」
稲妻を浴びせた感触で、ツバサは八岐大蛇の性能を測った。
これもオリベによって強化された陶器製だ。
しかし、全身を覆う鱗の強度が比ではない。真なる世界最硬のアダマントにこそ及ばないが、オリハルコンに匹敵するぐらいはありそうだ。
おまけに──絶縁体となる成分も練り込まれている。
「そなたが雷を発する能力を持つことは知れた……それがし、この地にて雷を吐く龍と対峙したことがあるものでな。封じさせてもらいましたぞ」
さて如何する? とオリベは挑発的だった。
この八岐大蛇ならば轟雷の出力を上げて破壊力重視で押し切ってもいいし、久方ぶりの怪獣王の熱線で焼き切ることもできる。なんならパンチで8つの頭を殴り壊したっていい。本気を出すまでもない。
しかし、ツバサはオリベのもてなしに付き合ってやることにした。
「素戔嗚が如く、と言いましたね?」
ツバサは右手を掲げると、その先に魔法陣が浮かび上がる。
眷族召喚のための魔法陣──そのアレンジバージョンだ。
ちょっと借りるぞ、と小声で断ってからツバサは魔法陣の中へ手を差し入れ、そこから一振りの大剣を引きずり出した。
ミロの大剣──覇唱剣オーバーワールド。
本人から許可を得ればツバサでも使える仕様になっていた。
剣術は流儀じゃないが、使えないとは言っていない。
ミロのように掛け声を上げることもなく、ツバサは無言のまま覇唱剣を頭上に向けて振り払い、津波のように押し寄せてきた八岐大蛇を薙ぎ払う。
8本の首を一度に──だ。
ガシャアアン! と分厚い陶器が割れる音をさせて八岐大蛇は砕け散る。
降り注ぐ陶片の雨に、オリベは身動ぎひとつできずにいた。
もう一度、ツバサは覇唱剣を振りかぶる。今度は真っ向から振り下ろして、八岐大蛇の残骸を真っ二つに両断した。
その向こう側にいるオリベに、ツバサは大剣の切っ先を突きつける。
「素戔嗚尊は八岐大蛇に酒を飲ませ、酔い潰れたところを斬り殺した」
八塩折酒という強い酒を飲ませたとされる。
騙し討ちも立派な兵法、素戔嗚尊の戦い方は正しいものだ。
「だが生憎、こちらには酒の持ち合わせがなかったのでね。相方から世界をも断つ神剣を借りて、素戔嗚よろしく八岐大蛇を斬り殺させてもらいました」
真正面から──正々堂々とだ。
「俺が女神であるという証──これで相成りましょうな?」
ツバサは女性らしい仕種で小首を傾げた。
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
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書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
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