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第9章 奈落の底の迷い子たち

第222話:暗闇より這い出る百鬼夜行

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 百鬼夜行──真っ先に浮かんだ言葉だ。

 ヴァトとイヒコを抱き上げたツバサが楼閣ろうかくから飛び降りた直後、大穴のあちこちにある横穴に潜んでいた者たちが一斉に飛び出してきた。それなりの幅が確保された通路にも関わらず、押し合いへし合いして押し寄せてくる。

 通路からあふれて欄干らんかんに飛び出しても、平然と宙を飛び舞う者までいた。

 ツバサは横目ながらも瞬時にそれらの姿を確認する。

 彼らの外見には種族的な統一性がない。

 強いて言うなら“水木しげるの世界”からやってきたとしか思えないくらい、妖怪めいた風貌ふうぼうをした者だらけだった。

 五体揃った人間としての特徴を持ちながら、極端にデフォルメされた外見をした者が多く、一つ目や一本足といった身体の部位を欠損けっそんした者や、人間でありながら動物的な特徴が目立つ者もいる。

 頭も図体もでかい一つ目の大入道、鳥のような顔立ちで背中に翼を持つ烏天狗からすてんぐ、半魚人みたいな見た目の河童、鬼の頭に巨大な蜘蛛の身体を持つ牛鬼ぎゅうき

 ツバサでも知ってる妖怪はそれぐらいだ。

 他にも着物を着た毛むくじゃらの小男、はっきり老婆の顔を形作る怪火かいび、一つ目と牙の生えた口を持つ毛玉、黒くて不定型ながら獣の姿を取る者……。

 どいつもこいつも妖怪にしか見えないが、地上にいたデッサン人形もどきの門番とは違い、異質ながらも強靱きょうじんな生命力を感じる。

 外見こそおどろおどろしいが、彼らはああいった・・・・・生物だ。

 もしや魔族? とも考えたが神族に匹敵するほどの力はない。

 かといって現地種族らしくもなかった。

 彼らは同じ種族とは思えないほど個体差が激しい。先述せんじゅつした通り、統一性が全くないのだ。似てはいても同じ姿をした者は1体もいない。

 だから“妖怪”としか表現できなかった。

 妖怪たちの何体かが口から火炎を吹き、爆発する光球を放ってくる。

 それが楼閣に直撃し、大爆発を引き起こした。

「親方、セイメイ──頼む・・!」

 ヴァトとイヒコを抱えて飛び降りたツバサは、爆発にも怯むことなく迫る軍勢を迎え撃たんとする横綱と剣豪にげきを飛ばす。

 その檄には「彼らを殺すな」という意が込められていた。

 正体不明といえど、この地に住まう者には違いない。

 話し合えるなら手を取り合うべきだ、無闇な殺生は控えてくれ──そんな気持ちを込めた声で彼らに呼ばわったのだ。

 ドンカイとセイメイは欄干らんかん越しにこちらを見遣みやる。

 落ちていくツバサたちを見送る2人は、無言の笑みで親指を立て、グッドサインを送ってきた。「任せなさい」という声が聞こえてきそうだ。

 彼らなら無下むげなことはするまい。安心して任せられる。
(セイメイはちょっと不安だが……)

 ツバサは後のことは彼らに任せて先を急いだ。

 地の底に待つ強大な力の持ち主が、この迷宮ダンジョン主人あるじに違いない。

 その近くにはプトラらしき女神の気配もある。

 2人に会うことで主人とおぼしき相手を説き伏せることができれば、あの妖怪たちとの騒動も収めることができるはず。

 そう信じて、ツバサは奈落アビスの底へと落ちていった。

   ~~~~~~~~~~~~

「刃向かう奴は斬り捨て御免、ってのがポリシーなんだけどな」

 セイメイは物騒なことをぼやきながら長羽織の懐に手を突っ込み、自分の道具箱インベントリからズルリと長い得物を引きずり出した。

 それは船をかいから削り出した大振りの木剣ぼっけん

 あの宮本武蔵が巌流島の決闘にて、佐々木小次郎の操る野太刀“物干し竿”に対抗するべく櫂から作ったとされる木剣だ。

 後世、そのレプリカは剣道において素振りの練習に用いられる木刀の一種として重宝されており、スポーツ用品店などで販売されていた。

 それを懐かしく思い出したセイメイお手製の櫂木剣かいぼっけんだ。

 ただし、現れたそれは異様なまでに野太く、重さは従来の倍はある。

 おまけに“万年樫まんねんがし”というはがねより硬い木材でできていた。

雇い主ツバサちゃんの意向には逆らえん……悲しいねぇ、用心棒ってのは」

 セイメイは自嘲気味に手加減する言い訳をした。

 そのセイメイに襲いかかってくる妖怪の群れ。

 彼らは槍や斧や棍棒などの武器を握り締め、大上段に振りかぶってから力任せに振り下ろしてきた。剣術のけの字も知らない構え方だ。

 それをセイメイは──櫂の木剣で一蹴いっしゅうした。

 実際には一蹴どころではない。

 刹那せつなという短い時間の中、目にも止まらぬ速さで櫂の木剣を振り回し、妖怪たちを徹底的に叩きのめしたのだ。

 彼らにしてみれば一瞬。たった一撃でのされたように感じただろう。

 絶命には至らぬが、したたかに打ちのめして再起不能にする。

「おれに刃を向けたら死あるのみだが、今日のところはツバサちゃんのおっぱいに免じて手加減してやる。おねんねしたい奴からかかってきな」

 櫂の木剣を肩に乗せ、セイメイ不敵な笑みで手招いた。

 血の気が多いのか、この挑発に妖怪たちはおどりかかってくる。

 セイメイは向かってきた者から順に叩き伏せていった。

 その後ろでは、セイメイの背を守るようにドンカイが奮戦する。こちらもツバサの意向に従い、不殺ころさずの戦いに努めていた。

「手元を間違うて殺すでないぞ、セイメイ!」

 襲ってくる者を容赦なく叩きのめすセイメイを注意して、ドンカイ自身も気絶させることを念頭に妖怪たちへと対処する。

 雄叫びを上げて突っ込んでくる牛鬼ぎゅうき

 自分の数倍はある巨躯の突進をドンカイは片手で受け止めた。

「おまえさんなら手頃そうじゃな」

 大きさ的にも頑丈さもな、とドンカイは牛鬼の脳天を鷲掴わしづかみにする。

「ちと乱暴に扱うぞ……ぬぅん!」

 掴んだ頭を離さずに腕力だけで高々と牛鬼を持ち上げ、ボーリングでもするかのように通路へと放り投げる。牛鬼の体型が玉に近いこともあって、回転するボールみたいにゴロゴロと転がっていった。

 通路に集まっていた妖怪たちは薙ぎ倒され、立ち上がる気配もない。

「ストラ~イク! ってか」

 横目にしたセイメイに茶化され、ドンカイも苦笑する。

「仕方あるまい、迂闊うかつに張り手も打てんからな」

 ドンカイ自身が手を下した場合、手加減しても息の根を止める可能性があるので、こんな回りくどい攻撃をしたのだ。

 セイメイも櫂の木剣を使うのも同じ理由である。

 この木剣はデカくて重くてスピードが乗らないため(それでも目にも映らない神業の速さだが)、殺すのに適した威力で振るわずに済む。

 襲撃者の命に配慮しながらの戦い──。

 全力で暴れるよりも神経を使う戦闘に、剣豪と横綱はわずかに眉根を寄せる。

 だが、口元は得も言われぬ感情に緩んでいた。

「こうしてっと“アシュラ”を思い出すぜ。なぁ、オヤカタ」

 セイメイの呼び掛けに、ドンカイは背中合わせのまま答える。

「そうさのぅ……こんなことは日常茶飯事じゃったな」

 2人の口元を緩ませるのは、懐かしい日々を思い出したゆえだ。

 VR格闘ゲームの最高峰さいこうほう──アシュラ・ストリート。

 ツバサもそうだが、ドンカイやセイメイはそこで不動のベスト8だったため、畏敬いけいを込めて“アシュラ八部衆”と恐れられていた。

「ワシら八部衆を上位ランカーから蹴落けおとすべく、下位ランカーが徒党を組んで、数で押し潰そうとする……ま、オンラインゲームではよくあることじゃ」

「数が数だからピンじゃキツいんで、おれらも共闘したっけな」

 あの頃を思い出せば──自然と笑みがこぼれてくる。

 ツバサもそうだが、セイメイもドンカイも武道家だ。

 やっぱり戦うことが心底好きなのだろう。根っからの戦闘民族である。

 5分も経たぬ内に戦況が変わってきた。

 セイメイやドンカイの尋常ではない強さを学習した妖怪たちが、迂闊うかつに手を出さぬよう警戒し始めたのだ。近寄ろうとすらしなくなった。

 最初に仕掛けてきたように、火炎を吹きつけ光球を投げつけ、それができぬ者は弓矢を射かけてきたり、石まで投げてくる。

 遠距離攻撃による戦い方へとシフトしたらしい。

 セイメイとドンカイは飛んでくる攻撃を適当にあしらう。

 そもそも神族の2人には、この程度の攻撃では蚊に刺されたほどにも感じない。どれもこれも「こそばゆい」で済んでいる。

「へぇ、そこら辺のチンピラより知能指数高そうだぜ、こいつら」
「ワシらが格上だとわかってくれたようじゃな」

 イジメずに済みそうじゃ、とドンカイは胸を撫で下ろす。

「しかし……こやつらは何者なのかのぅ。やはり現地種族なのか?」
「種族だとしたら規格がバラバラだけどな」

 ネコ族、ヒレ族、ハルピュイア族──ハトホルの谷の住人たち。

 ミサキの庇護下にあるエルフ族、ドワーフ族、オーク族、マーメイド族、アハウが養っているヴァナラ族、クロウと共に暮らしているキサラギ族。

 これらの現地種族は、それぞれ種族的特徴がちゃんとある。

 しかし、セイメイたちを取り囲む妖怪たちには、そういった種族を表現するような共通点がまったく見られない。精々、みんな異形ということだけだ。

「本当に妖怪だったりして……」
真なる世界ファンタジアならいてもおかしくはないのぅ……」
 
 セイメイが冗談交じりに呟くが、ドンカイは否定できなかった。

 そのうち妖怪の群れに変化があった。

 セイメイ側の通路にいた妖怪の群れが2つに割れると、その割れた道を悠然と歩いてくる者がいた。セイメイはそいつに目をすがめる。

 着流しの素浪人すろうにん──そうとしか見えない。

 末広がりの深編笠ふかあみがさを被って素顔を隠しており、身にまとう着物は男物のデザインなのに女物のようにきらびやかなにしきで飾られている。龍だの虎だの鳳凰ほうおうだの、霊験あらたかな幻獣が鮮やかに描かれていた。

 腰に帯びる刀は、セイメイと同じく大小二本差し。

 ただ、セイメイのように長さも厚みも常識はずれな剛刀ではなく、標準的な日本刀の大刀と小刀を帯びていた。

 こいつ──さっき感じた幹部級の気配、その1人だ。

「おいおい、ここはいつから日光江戸村になったんだ?」
「そこは京都太秦うずまさ映画村じゃろ」

 セイメイのボケにドンカイがツッコミを入れている最中、素浪人は何の反応も示さない。時代劇チックな装いにしては無反応とは意外だ。

 この素浪人、妖怪たちとは一線いっせんかくしている。

 気配から感じられる強さもさることながら、妖怪たちのように人間離れした姿ではない。まあ、顔は深編笠のせいでわからないが……。

 余裕な態度をぶっこいていると、深編笠の素浪人は兆しすら見抜かせない玄人くろうとの動きで一気にセイメイとの間合いを詰めてくる。

 こちらの間合いへ踏み込み、居合の如く刀を抜き放った。

 セイメイは櫂の木剣を使うことなく背をらして躱す。

 素浪人は返す刀で切り上げてきて、流れるような軌道で切っ先を踊らせると息つく暇もなく斬り掛かってくる。セイメイはそれをことごとく回避した。

 お返しだ、とセイメイは櫂の木剣を振るう。

 刹那で数十にも及ぶ斬撃──それを素浪人は避けきった。

 しかも手にした刀で防ぐことなく、巧みな身のこなしですべてを躱したのだ。人間の動体視力では不可能だし、妖怪たちの反応速度を越えている。

 妖怪どもと一線を画すどころではない。数段は格上だ。

「……こいつ、プレイヤーか?」

 それにしてはセイメイの時代劇にまつわるボケにピクリとも反応しなかったのが気にかかる。日本人なら反応しそうな題材なのにだ。

 セイメイと素浪人──互いに目にも止まらぬ応酬おうしゅうは続く。

 どちらも必殺の斬撃を繰り出すも相手の身体にかすりもせず、また派手に剣を打ち合わせて火花を散らすこともない。まるで刀を用いた演舞のように立ち回り、広い通路で競うように剣劇の舞踊ぶようを繰り広げていた。

 洞穴どうけつに橋渡された通路、その左右を庇う欄干らんかん、途中に点在する楼閣ろうかく

 互いの剣劇は縦横無尽に飛び交うも、周囲を刻む斬撃はひとつもなかった。

 しかし、両者ともに常人の領域を越えた剣技。

 空振りであろうと身をさいなむほどの切れる剣風を巻き起こすので、妖怪たちはその剣風から逃げ惑うのに必死だった。

「ウネメさまぁぁぁ~ッ! こっち来んのやめてぇぇぇ~!」
「やべぇ! こんな狭いとこでおっぱじめんなや!」
「さっさとそのお侍を連れて“道場”へ行ってくだせぇよ!」

 口々に叫ぶ妖怪たちに、ウネメと呼ばれた素浪人が笑い声で返す。

 少年のような少女のような、やけに中性的な声だ。

「悪ぃ悪ぃ、この黒いの・・・が思った以上にやるんでな! つい辛抱たまらなくなっちまったよ……さあさあ、道を開けな! こいつを追い込んでくぜぇ!」

 ──素浪人の太刀筋が変わる。

 セイメイを追い詰めるような動きになり、大穴に張り巡らされた通路の枝道へと誘導させられた。セイメイは逆らわず乗ってみることにした。

「一方、その頃オヤカタは……?」

 仲間の様子に目を向ければ、セイメイが素浪人の相手取るのと同じくドンカイにも幹部級が割り当てられたらしい。

「キョッホゥォォォォォォォォオオオオオオオオオォォォォォォーーーッ!!」 

 怪鳥かいちょうが鳴くような奇声を上げる野人やじんが宙を舞っていた。

 筋肉質な長い手足が特徴的な、ドンカイに勝るとも劣らない巨躯の野人だ。

 他の妖怪たちよりも人間に近い容姿をしているが、たてがみのような乱れ髪を振り乱して、全身に獣毛をなびかせる姿は野人というより他なかった。

 あれは「体毛が濃いんです」で済まされる毛深さではない。

 そして間違いない──この野人も幹部級の1人だ。

 深編笠の素浪人に毛むくじゃらの野人、これで幹部級が2人。

 3人目はまだどこかに潜んでいる。気配こそ感じるのだが、上手いこと隠れているのかセイメイやドンカイでも探り当てられない。

「シャアアアオゥ! ヒヤッ! ハヤアアアアアアッ!!」

 腰蓑こしみののようなものしか身に付けていない原始人スタイルの野人は、耳を塞ぎたくなる奇声を連呼させ、矢継ぎ早に蹴りを放ってくる。

 野人は長い手足を駆使して身軽な蜘蛛くものように跳び回り、空中からの跳び蹴りでドンカイに襲いかかっていた。

「むぅぅ……こりゃあなどれんのぅ」

 ドンカイは唸るもどこか楽しげで、本来なら避けられる蹴りもわざと受け止めており、野人の力量を試しているご様子だ。野人もドンカイをどこかへ誘導するつもりなのか、別の通路へ押し込むように攻め立てていた。

「オヤカタもお楽しみだねぇ。なら、心配することはねぇか」

 セイメイもこの素浪人に付き合ってみることにした。

 久し振りにチャンバラごっこ・・・・・・・・も悪くない──遊び心が騒いだ。

 剣豪と横綱は、対戦相手と共に戦場へと赴いていく。

   ~~~~~~~~~~~~

「ハハハ、こりゃまたありゃまた……」

 セイメイは感心するも、呆れた笑い声を上げてしまった。

 素浪人に追い詰められるていを装って、彼の思惑に乗せられるまま別の通路へ押しやられ、そこから横穴へ入り込んだセイメイを待ち受けていたのは、少年なら誰もが心躍らされる広場だった。

「男の子が大喜びしそうなステージじゃねえの」

 大きさ的にはドーム球場ほどはある。

 固い地盤を削って作られたドーム状の広場は、あちこちに和風の灯籠とうろうが据え置かれており、照明設備もバッチリだった。

 足場は適当にならされており、戦いやすそうに整地されている。

 この広場で特筆すべきは──無数の刀剣。

 広場のあちこちに切れ味鋭そうな刀剣が突き立てられているのだ。

 足の踏み場がない、とまではいかない。適度な間隔かんかくを設けて地面に突き刺さっており、そこそこの技量があれば邪魔にもならないだろう。

「剣の墓場か、剣の丘か、はたまた無限の剣製か、あとは……卍解だっけ? 他にもいっぱいあったけど、どれもこれも男のロマンだねぇ」

 セイメイは思い出せる限りの類似したものを並べてみた。

 ここに追い込んでも素浪人は攻撃の手を緩めない。

 セイメイは斬り込んでくる刀を躱して、林立する刀剣をかいくぐるように動き回っていた。櫂の木剣はもう使わないので道具箱インベントリに仕舞ってある。

「本当にやるねぇ、黒いの・・・!」

 攻め手を緩めぬまま、ウネメと呼ばれた素浪人が声を掛けてきた。

「オレの剣をここまで避けきったのはアンタがお初だ! 褒めてやるぜ!」
「そりゃどうも。三下さんしたしか相手にしてこなかったんじゃねえの?」

 セイメイは小指で鼻をほじるという相手を舐めきった態度で避ける。

 これにウネメは怒りもせず、むしろカラカラと笑った。

「言うねぇ、黒いの! まあ、そうかも知れねえな!」

 おまえは久々の本物だ! とウネメはよくわからない褒め方をする。

「ここに潜り込んできた連中はおまえらだけじゃねえんだ。妙に南蛮かぶれな連中がだんじょん・・・・・がどうたらこうたらわめきながら潜り込んできたが……どいつもこいつもてんで話にならねえからお笑い種よ!」

 連中は──すぐに剣を打ち合わせたがる。

 あざけるようなウネメの物言いに、セイメイはピンと来た。

「打ち合わせたがる……つまり、こういうことか?」

 セイメイは腰の剛刀“来業伝らいごうでん”を抜き放ち、自分に向けて振りかぶられるウネメの剣へと叩きつけた。ガギィン! と火花散らす金属音が鳴り響く。

「そうそう、これよこれ! そぉらよっ!」

 そこからウネメは、セイメイの剛刀を狙うように剣を振るってきた。

 セイメイも合わせるように、剣戟けんげきを打ち鳴らしていく。

 “キィン!”と刃先を軽く触れ合わせ、刀の中腹を重ねるように“ガキィン!” とぶつけ合い、“ギャギャン!”と連続して刀で叩き合う。

 最後に“バギン!”と力を込めて打ち合い、“ギギギィ……!”と耳障りな音をさせて鍔迫り合いへもつれ込む。

 ウネメは両手だが、セイメイは片手で鍔迫り合いを保っていた。

 耳障りな金属音に、セイメイは片耳を抑えて提案する。

「……なあ牢人さんよ、打ち合わせるの無しにしね? 剣客バトル漫画なんかじゃ定番だけど、実際にやったらあっちゅう間にが潰れてお釈迦しゃかだぜ?」

 刃とは鋭いもの――そしてもろいものだ。

 あらゆる刃物は切れ味に優れている分、その刃は非常に繊細である。固いものにぶつかれば刃先がひしゃげ、刃同士でぶつかればあっさり欠けてしまう。

 人間でも斬れば剣は曲がるし、刀ならば腰が伸びることもある。

(※腰が伸びる=日本刀は切断力を高めるため刀身が湾曲に反っているものだが、鎧を着た武者のように肉厚で固いものを斬るとこの湾曲がまっすぐになって使い物にならなくなることがある。これを腰が伸びるという)

 どんな剣の達人が振るおうとも、これは避けられない。

 ゆえに実用的な刀剣ほど手入れを欠かすことができないのだ。

「そうそう、それが真っ当まっとうサムライってもんよ!」

 セイメイの提案にウネメは嬉々として飛び下がった。

 キィン……! と鍔迫り合いを取り止め、ウネメは大きく跳び下がる。

 そこから演説みたいに持論を語り出した。

「真っ当な侍……いいや、剣を振るう者ならば、おまえみたいに“剣と剣を打ち合わせる”なんざ論外だとわかるはずだ! せっかく研いだ刃は潰れて、肝心の敵を斬る前になまくら・・・・になっちまう! なのにだ……ここに来る連中と来たら!」

 ウネメは今の叩き合いで潰れた刃をこちらに見せる。

「キンキンカンカンギンギンガンガン……バカのひとつ覚えみたいにこっちの剣と打ち合おうとして来やがる! おまえらバカか!? 剣で殴り合いする暇あったら相手の肉を斬れよ! 骨を断てよ! それでもおまえら剣客かッ!?」

「……あー、アンタの言いたいこと、すげぇよくわかるわ」

 刀を収めたセイメイは拍手で賛同した。

 これは激しく同意したい。

 現実での真剣勝負において、刃が重なることなどまれだったはずだ。

 こう見えてセイメイも現代っ子だから、真剣による本当の“命を懸けた”真剣勝負はしたことないが、真剣を振るう練習はしたのでよくわかる。

 刀は切れ味バツグンだ。それゆえに刃先はもろい。

 これは前述した通りである。

 だが、フィクションしか知らない人間はそこ・・を理解しない。

 漫画やアニメの剣士たちのように、キンキンカンカンと音が鳴るほど剣をぶつけ合っていたら、あっという間に刃がダメになる。そして、相手の身体に刃が届く頃には、鉛筆すら削れないただの鉄棒と化していることだろう。

 言い訳として「神剣だから大丈夫」とか「魔剣だから平気」とか物語上の設定で罷り通ることもあるだろうが、現実に即しているとは言えない。

 どちらにせよだ。アルマゲドンを初めとした様々なVRMMORPGにおいて、剣闘戦で剣と剣を打ち合わせたがるのは、そういった創作物からの悪影響と思えてならなかった。

 ──剣で戦う者は心得ておくべきだ。

「剣で相手の攻撃を防ぐのは最後の手段……だとな」

 躱せない、避けきれない、やり過ごせない──そんな攻撃だと判断した時のみ、刀を盾として“キン!”と打ち合わせるしかないのだ。

「そうだよ、そうそう! わかってんじゃねえか、黒いの! やっとだ! やっと久方ぶりにまともな侍に会えたぜ! いやー、長かったぁ!」

 理解者に出会えた喜びにウネメはハイテンションだった。

「上機嫌なところ悪いんだが、悲しいお知らせがある」
 
セイメイは納刀した来業伝を再び抜いた。

 ウネメに見せつけるそのほのかに薄紫色を帯びた刃先は、先ほどあれだけ打ち合ったにも関わらず、こぼれひとつなかった。

 翻ってウネメの手にした刀は、来業伝と激しく打ち合ったことにより刃先がえぐれたようなこぼれがいくつもできており、鍔迫り合いで潰れた箇所かしょもある。

「おいおい、なんだよその刀……ズルくて凄くて素敵じゃねえの」

 ウネメは無傷の来業伝らいごうでんが放つ妖しい輝きに魅入っていた。

 表情こそわからないが、ボロボロの刀を持つ手に冷や汗が浮かんでいた。

 ゴクリ、と固唾かたずを飲む音も聞こえてくる。

「悪いがこちとら剣の神様でな。振るう刀も特別製なのよ」

 工作の変態──ジン・グランドラック。

 アルマゲドン時代にふとしたことで出会い、伯父が受け継いだ先祖伝来の宝刀である“来業伝らいごうでん来応伝らいおうでん”を模した大小の剛刀を打ち鍛えてもらった。

 ミサキたちと合流できたおかげで彼とも再会でき、刀工としても腕を上げたジンに鍛え直してもらい、本物の御神刀ごしんとうになるまで仕上げてもらった。

 この来業伝がなくとも──勝負は決している。

「アンタほどの腕前なら、とっくに気付いてるんじゃないか? おれとの埋めようのない実力差、剣客としての力量ってやつをよ……」
 
 セイメイは暗に「負けを認めろ」とウネメに勧めてみた。

 セイメイはLV999の剣神──剣客としてもLV999だ。

 対してウネメの実力は、プレイヤーとしてはLV500前後。

 剣客としてならばLV600を越えていそうだ。賞賛に値する研鑽けんさん振りではあるものの、剣聖をも越えた剣神のセイメイには遠く及ばない。

「そうそう、わかるよ。オレだって一端いっぱしの剣客だ。アンタに挑むくらいなら、かの二天様にてんさまに勝負を挑んだ方がまだ勝ち目がありそうだって」

 ウネメは自分が劣っていることをあっさり認めた。

 だけどよ──ウネメは手にしたボロ刀を地面に突き刺す。

 そして、広場に突き立てられた刀を手に取り、即座に構え直した。

「男には勝ち目のねえ負け戦に挑まなきゃ行けねえ時がある……アンタならわかるだろ? 負け戦でこそ咲く男の華ってやつをよ!」

 この刀剣の群れは──ウネメにとっての武器庫。

 相手に使われようとお構いなし、敵を斬って刃が血脂ちあぶらまみれようと骨に当たって刃こぼれしようと、すぐさま新しい得物に取り替えられればいい。

 だから、これだけの数を用意しているのだ。

 政敵によって暗殺された将軍・足利あしかが義輝よしてるを思い出させる。

 屋敷を取り囲まれた義輝は、足利幕府伝来の名刀を自分の周囲に突き立て、敵を斬りまくっては新しい刀に取り替えて、最期まで抵抗したという。

 ウネメは知ってか知らずか、彼の最期にならっているのだ。

 深編笠ふかあみがさの奥──決死の眼光がこちらを見据えている。

「黒いの……おまえとあの乳のでかい姉ちゃんが、何を企んでここに来たかは知る由もねえが、オレたちの根城に土足で踏み込んだことにゃ変わりねえ」

 侵入者は敵だ──後腐れなく始末する。

「自分より強いとか関係ねぇ……要は殺せりゃいいんだからよ!」

 どんな手を使ってでも! そういってウネメはもう一本の刀を手に取った。

 両手で大刀を振るう、本式ではない二刀流だ。

 ウネメの啖呵たんかを、セイメイは高く評価してやった。

「それで? この義輝公の最期を真似したみたいなフィールドにおれを誘い込んだっていうのかい? こんな熱烈大歓迎されたのは初めてだぜ」

 いいぜ、その覚悟──受けて立ってやるよ。



 セイメイは来業伝をぶら下げたまま、ウネメとの間合いを詰めていった。


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 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
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書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

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