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第9章 奈落の底の迷い子たち

第216話:還らずの都再建~空飛ぶ方舟を探せ

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 数日後──還らずの都。

 ダインとジン、2人の工作者クラフターはその再建に着工した。

 蛮カラサイボーグ番長と、変態アメコミヒーロー風マスクマン。

 かけ離れた個性が光る2人が並んでいると「どーいう取り合わせ?」と首を傾げたくなるが、物作りが趣味という共通点のおかげで仲は良い。

 お互いを「兄弟!」と呼び合うほど意気投合する始末である。

 晴れ渡る空の下──見渡す限りの平原が広がる大陸中央。

 その中心にそびえ立つ、天に突かんばかりの威容を誇る鋼の巨山。

 遠くからの眺めは富士山の見栄えするシルエットとよく似ていた。山頂から麓、そこから裾野すそのに至るまでなだらかな放射状に広がっていた。

 間近で見なければ──これが建造物だと思いも寄らない。

 円盤状に造られた石造りの城塞。

 外壁には等間隔で大きな門が据え付けられている。

 それが1段、2段、3段……といった具合に、円盤状の城塞が重なるように建てられている。上層になるに連れて円周は小さくなる設計だ。

 山と見紛みまがうまで積み重ねられた城塞じょうさい──これが還らずの都。

 ここでツバサとキョウコウが激戦を繰り広げ、かなり壊してしまった。

 その後出現した巨大蕃神が「これは危険だ」と判断したのか、眷族による総攻撃を仕掛けたので、更に半壊寸前へと追い込まれてしまったのだ。

「まあ、一番難儀なぶっ壊れ方をしとんのは、都ん中央の一番奥にある制御室コントロールルームからてっぺんまでぶち抜いちょる風穴じゃけどな」

 ダインは頭に被った“安全バカ”と記されたヘルメットをクイッとつまんで、そろそろ太陽が掛かりそうな都の頂点を見上げた。

 その隣に並んだジンは“安全マゾ”と似たようなロゴのヘルメットを被っており、同じような視線で還らずの都を見つめている。

 ――なんだそのフザケたヘルメット?

 なんてツッコミを入れる余裕が今のツバサにはない。

「うんうん、溶かされたり壊されたりした外壁やら内装やらは大したことないから3日もあれば直せそうだけど……あの風穴のせいで俺ちゃんたちでも工期が1週間以上遅れるのは確定的に明らかだからねぇ」

 誰かツバサさんのせいで──とはどちらも口にしない。

 ただ、ひたすら「大変じゃなあ」「大変だねぇ」と繰り返しながら、修復にどれだけの時間と手間暇が掛かるかを具体的に並べていた。

「…………本当に申し訳ない」

 いっそ真正面から責められた方がマシだと思ったが、会わせる顔がないツバサは両手で顔を覆って長男ダイン舎弟ジンに謝るしかなかった。

 いっそ子供みたいにしゃがんで身を縮めたいくらい恥ずかしい。

 しかし、超爆乳が邪魔して上手くしゃがめないので立ち尽くしていた。

 キョウコウにトドメを刺す際──ツバサは大技を使った。

 その威力もあってキョウコウは倒せたのだが、それは還らずの都を貫通するほどの大穴を開けてしまったのだ。これが工期の伸びる原因だという。

 ダインとジンはこちらに振り返り、顔の前でパタパタと手を振る。

「いやいや、別にツバサの兄貴を責めちょらんよ? 敵さん最強ちゅうラスボスを仕留めたんじゃ、こんぐらいの被害は許容範囲じゃきに」

「そうそう、ツバサお姉さまは悪くありませんよ~? 悪いのは都の最深部にまで乗り込んできて、そこでバトり始めたラスボスですからねぇ」

 一応「キョウコウが悪い」という前提で話を進める2人だが──。

「「直すのは大変だけどねぇ……」」

 ツバサを横目にこれ見よがしなため息をついた。

 遠回しな2人の口撃こうげきに、ツバサの堪忍袋の緒が切れる。

「…………あーもうッ! ストレートに俺が悪いって言えよ! ちゃんと何度も謝ったし、手間を掛けさせる分だけご褒美もやるって言ってんだろ! それをここぞとばかりにネチネチネチネチ……おまえら、そんな陰湿な子じゃないだろ!」

 さすがにやりすぎたか、と2人は顔を見合わせる。

「「イエッサーマムッッッ!!」」

 ツバサの方に向き直り、ダインとジンは敬礼してきた。

「やかましい! 誰がマムだ、このボンクラーズ!」

 この一喝いっかつで「ツバサさんが壊した」だの「直すの面倒」だの鬱陶うっとうしいやり取りは終いとする。もしもぶり返したら2人まとめて折檻だ。

「直す手間もそうじゃけど、材料調達にちくっと時間かかりそうじゃな」

 ダインは視線を横へずらすと、ちょうどその材料が運ばれてきた。

 真なる世界ファンタジアにおいて最硬を誇るアダマント鉱石──。

 それを大きなブロック状に切り出したものだ。

 見上げるほど大きな石塊いしくれがツバサたちの目の前に運ばれてくる。

「アダマント鉱石は真なる世界でも希少金属レアメタル……還らずの都はそれをふんだんに使って造られているからな。材料集めるでも一苦労か」

 工作者たちがツバサに難癖つけるのも仕方ない。

「と言ってもこれ──金属に精練したもんじゃないんですよねー」

 ジンは運ばれてきたアダマントのブロックをペシペシ叩いた。

 石造りの城塞を築くために切り出された長方形のブロック。

 ただし、アダマントの原石であるため青味の強い紫色の輝きを放っている。

 これだけで神族が奮う強力な武器がいくつ作れることか……。

 そう考えると、シンプルな外観なのに豪華だな──還らずの都。

「そうじゃな。削り出した鉱石を無垢むくのまんま……いや、何らかの手は加えちょるみたいじゃけどな。どうも最深部にある制御室と都全体を繋げるネットワークみたいなもんを走らせちょる感じなんじゃ」

 ダインが機械の手で器用に指を鳴らす。

 神族の力を少しだけ周囲に反響させて、大気中の“気”を振るわせる。すると、アダマントのブロックに幾何学的な光の線がいくつも走った。

「なるほど、“気”マナの通り道が組み込まれているのか」

 人間でいうところの血液が流れる血管。

 あるいは気が流れるという経絡けいらくみたいなものなのかも知れない。大量の“気”を集めて英霊を復活させる還らずの都には必要不可欠な機能だろう。

「材料集めもさることながら、こういった一手間に時間を取られがちなんじゃ……それでも半月以内にゃ元通りにしてみせるんで待っちょってくれ」

 ダインの言葉にジンも続く。

「言うても俺ちゃんたち、物作るの大好き人間ですから。都の構造を完璧に把握できましたし、ちゃんと元通りにしてみせますよーん」

 ──工作者クラフターの誇りに懸けて!

 ジンは力瘤ちからこぶを盛り上げた二の腕を叩き、ダインも腕を組んで歯を剥くと頼もしい笑顔を浮かべる。どちらもやる気は十二分に感じられる。

 この場は頼もしい工作者クラフターたちに任せよう。

 建築関係ともなればツバサは門外漢もんがいかん。専門家に口出しできない。

「そうか……じゃあ、頼んだぞ2人とも」

 つい口をついて「すまない」と言いかけたツバサだが、もう散々なくらい謝ったので、ここはすっきり言い終えておくことにした。

 しかし、なんとなく物足りないので──。

「え、ちょ、待っ……ツバサの兄貴ぃ!? いや母ちゃんッッッ!?」
「誰が母ちゃんだ──って、こんなことするの母親ぐらいか」

 いつもの決め台詞に自分でツッコんでしまった。

 ツバサはダインを抱き寄せ──おもいっきり抱擁ハグしてやったのだ。

 自分より上背のあるダインの顔を掴まえてしゃがみ込ませるようにして、胸元へ抱き寄せ、ヘルメットを外してから逆立ったほうきみたいな頭を撫でる。

 一昔前のツバサなら、フミカにはしてもダインには絶対やらなかった愛情表現だ。

 ジンがいる前でやっても照れもしなければ恥ずかしくもない。

「う~ん、やっぱり神々の乳母ハトホルとしての格が上がったかな?」

 子供を慈しむ母心が明らかに増強されていた。

 ククリの母親の魂を受け継いだ影響としか思えない。

 それ以外に原因が見当たらない反面、先日のミロたちの暴挙による一件で男心も復活しており、ツバサは精神的な男女比がほぼ同等に戻っていた。

 初心忘れるべからずとはいうが、女性化や母親化が進んだかと思えば原点に立ち返ったり、男に戻りたい気持ちが戻ってきたかと思えば、また女性的な快楽に翻弄ほんろうされたり……我ながら行ったり来たりしている。

 頭の中ではククリの母──マムリ・オウセンが微笑んでいる気がした。

『こんな頼り甲斐のある息子も欲しかったんですよねぇ♪』

 そんな囁き声が聞こえてきそうだ。

 あと、色んなことに耐性が付いたように思う。

真なる世界ファンタジアに来て色々ありすぎたからなぁ……ダインを本当の息子として愛でるくらい造作もなくなったんだろう。というわけで喜べ、我が息子マイ・サン

「よ、喜べっかーッ!? 離せぇぇぇ母ちゃぁぁぁーーーんッ!?」

 ダインは全力で逃げようとするが、ツバサは余裕でホールドする。

 母親に抱擁ハグされたら年頃の息子は恥ずかしがるもの。

 あまつさえ、その豊満なおっぱいに顔をサンドされたまま「よしよし」と頭を撫でられるなんて拷問以外の何でもあるまい。

 母親にしてみればスキンシップなのだが──。

「ああーっ! ダイン君いいなー! ツバサお姉様、俺ちゃんにもハグとなでなでのご褒美プリーズッ! 工作者クラフターには平等に接するべきだと思いまーす!」

 ダインが母の愛情にオーバーヒートを起こしかけた頃、ジンが「自分にも!」とおねだりしてきた。ちょうどいい、余所よそのウチの子でも試してみよう。

「よし、じゃあジンにもやってみてやろう」

本気マジですか!? やったー! ダメ元で言ってみてラッキー♪ いやー、ツバサお姉様も大胆になったもんですなー……んじゃ、お願いしまーす!」

 ダインを解放して、ジンに抱擁ハグをしてやる。

 次の瞬間、ジンは両足をジタバタさせて藻掻もがき苦しんだ。

「ちょ、待ってツバサさ……こ、これ……スリーパーホールドッ!? いや、チョークホールド!? どっち、これ……く、苦し…………ッ!?」

「ん? 間違ったかな……」

 どういう具合か、ジンには無意識に裸絞はだかじめを仕掛けていた。

「あ、しかもこれ、気管を潰しながら頸動脈けいどうみゃくも止めるやつだわ」

「ままま、マジモンで殺しに来てるぅーッ!? ああ……でもでも、後頭部に当たる女神さまなおっぱいの感触が……しかも、死に直結する苦痛が俺ちゃんのマゾ心を程良く刺激して、血の気が引いていく快感ががが……ガクッ!」

 気道を圧迫されていた割には、流暢りゅうちょうにレポートしたものである。

 ジンはマスクから大量の泡を吹いて落ちた。

「きょ、兄弟ーーーッ!? しっかりせえ、そん傷は致命傷じゃぞ!」
「殺すな殺すな、落としただけだ」

 そして、我が子じゃない男子を愛でるのは無理と判明した。

 ジンの場合、変態というのもマイナスポイントだ。

「ジンは実験による貴い犠牲となったのだ……」
「手に掛けた当人が他人事みたいん言うなーッ! 兄弟、兄弟ーーーッ!?」

 お遊びはこのくらいにして──。

 ジンが目覚めるのを待ち、工作者2人が気を取り直したのを確認すると、ツバサはパンパンと手を叩いて喜劇めいた遊びは終わりだと告げた。

「そんなわけで、還らずの都の修復しっかり頼むぞ。次に使う時が来るのは俺たちさえいなくなった遙か遠い未来だとしても、俺たちの意思を受け継いだ後裔こうえいたちの助けになるはずだからな」

 もしかすると──自分たちが英霊として呼び出されるかも知れない。

「その時のためにも……完璧に仕上げといてくれ、いいな?」

「「イエッサーマム!!」」
「だから……誰がマムだ! もっと気の利いた返事はできないのか?」

「「アラホラサッサー!!」」
「それこの間の女幹部のコスプレ思い出すからやめろ!」

 いらつく返事をする工作バカたちを怒鳴りつける。

「ところで兄貴、話は変わって提案しちょうことがあるんじゃが──」
「そうそう、俺ちゃんたちからいくつか進言したいことがありまして──」

 突然、ダインとジンは息を揃えて申し出てきた。

 嫌な予感がしても「却下」と切り捨てることはできない。

 彼らは建築物に関して専門家、その意見をなるべく採用したかった。

「なんだ、言ってみろ」

「今回の蕃神連中にやられっぱなしなのを反省点として、都に防衛機能を付けるんはどうじゃろ? 例えば近接格闘機腕グラップラーアームを取り付けるとか……」

「──却下だバカ野郎」

「じゃあじゃあ、何者も寄せつけないように全方位に向けて発射できる波動砲はどうほうとかいかがざんしょ? そりゃもう外壁を埋め尽くすほどの砲門を……」

「──不許可だバカ野郎」

 こいつらに任せたら魔改造しかねない。

「敵襲に対する備えとしての防衛云々ってのは良いアイデアだが、あんまり外観を損ねるようなのはダメだろ。それに……都の管理者でもあるククリちゃんの許しも得ないといけないからな。間違っても勝手に改造するんじゃないぞ」

 やったらコロス、とツバサは言い聞かせておいた。

 はあ……とツバサはため息をついて、冗談好きな長男と舎弟に辟易する。

「ま、いいか……おまえらに基本的にふざけてるけど、仕事はコンマミクロンのズレも許さない完璧主義者だしな……んじゃ、頑張れよ」

 アラホラサッサー!! と2回目の返事をしてから、ダインとジンはそれぞれの持ち場に向かう。といっても、彼らは現場監督みたいなもの。

 現在、還らずの都を修復するのは──何百体ものロボットたちだ。

 大型のものは優に30mを越え、小型のものでも2m弱はある。

 汎用性はんようせいに優れた人型の機体もあれば、建材や機材を運ぶのに適したトレーラー型のもの、もしくは重機に徹した機体もいてバラエティーに富んでいる。

 そのほとんどはダインが建造したものだ。

 ダインから技能スキルを習ったジンが作ったロボットも混ざっている。

 彼らが方々に散ってアダマント鉱石などの素材を採取。それをここまで運搬してきて建築作業に務める。ダインとジンはその監督をしているのだ。

 以前からダインがロボットを使って素材を集めたり、自分専用の巨大メカの修理などをさせているのは知っていたが、その規模が拡張しているようだ。

 ロボットはどれも自立式であり、人工知能AIを搭載している。

「……ウ○ルトロンとかスカイ○ネットみたいにならないよな?」

 思わずぼやいてしまったツバサの声だが、ロボットに指示を出していたダインの耳に届いたらしい。彼は大声でこう返してきた。

「そんな心配は無用じゃきに。こいつらには必要最低限の知能しか与えちょらんし、自己進化するほどのシステムもない。ロボット三原則も積んどるしのぉ」

「なら大丈夫…………かな?」

 安心・安全をうたっておきながら機械が暴走するのはお約束だが、ダインはわざと機能を抑えてあるという。言うなればデチューンしてあるそうだ。

「大抵、信用ならないのは最新鋭を謳いながら制御不能に陥るパターンだしな……あんまり追及するとフラグになりそうだからやめておくか」

 ダインとジンは、本格的にロボットへの指揮に集中し始める。

 ツバサは2人の仕事ぶりを遠巻きに眺めていたが、だんだん手持ち無沙汰になってきた。どうも他人が働いているのを見ると、「俺も動かなければ」という欲求に駆られてしまう。ツバサは貧乏性なのかも知れない。

 あるいは家事に追われるオカンの気持ちで──。

「……誰がオカンだ」

 いつもの癖で自分の独白にツッコんでしまった。

 そこへ──コツコツと杖を突きながら歩く足音が聞こえてきた。

「皆さん、精が出ますな──今日もありがとうございます」

 現れたのはクロウだった。

 お供なのか執事姿のヨイチを連れている。

 バリッ! と音がしそうなほど糊の利いたダークスーツを整然と着て、磨かれた革靴にカフスやネクタイなどの小物もバッチリ決めた骸骨紳士。

 手にはステッキを携え、インバネスコートを羽織っている。

 振り向いたツバサと目が合えば、頭蓋骨に乗せたシルクハットを持ち上げて軽く一礼する。後ろについたヨイチもちゃんと頭を下げてきた。

 ツバサも挨拶を交わすと、クロウは横に並んで還らずの都を眺める。

 あちこち崩れたりして見る影もないほど荒らされていた還らずの都だが、たった数日で目を見張るほどの修復が施されていた。

 外観だけなら6割方は工事が完了しているほどだ。

 修理に一番時間を費やすのは、ツバサが貫通させた大穴だろう。

 それを思うと神族なのに胃がキリキリ痛みそうだった。

 クロウは工作者たちの手際に感心し、素直に褒め称える。

「大したものですな。本格的に生産系技能を極めると、これほどの大業が成せるとは……神族となった私たちの力は、まだまだ研鑽けんさんの余地がありそうですね」

「アイツらの場合、『好きこそものの上手なれ』ってやつですよ」

 現実にいた頃から生産系を重視したサンドボックス系のオープンゲームでばかり遊んでいたというジンと、ゲームの趣味が似通っている上に工業高校に通って真剣に物作りへ取り組んでいたダイン。

 双方とも“作る”ことへ注いだ情熱は一方ひとかたならぬものがあった。

 そうした情熱は、良い意味で共鳴することも多い。

「あ、あの……ツバサさん」

 クロウの後ろにいたヨイチが控え目な声で訊いてきた。

「どうしたヨイチくん、君も抱擁ハグされたいのか?」

 ツバサは半眼で色っぽく微笑み、からかい半分で誘ってみた。

 サービスのつもりで胸も揺らしてやる。

 変態は無理だったが、美少年ならイケる気がするのだ。

 頭の中に居座るククリの母も『この子ならOK!』とはしゃいでいた。

「え、い、いいんですか!? じゃなくて!」

 一瞬乗り気になってツバサの爆乳に目が釘付けになったヨイチだったが、クロウの仄暗ほのぐら眼窩がんかから視線を感じたのか、すぐに我に返った。

「ヨイチ君、紳士たる者……」
「わかってます、そんなハレンチな真似はしません!」

 おっぱいの魔力に屈しかけたヨイチだが、クロウの教育的指導な声を聞いた瞬間に背筋を正した。よく調教されている。

「そう、じゃなくてですね……僕もお二人の……ダインさんとジンさんのお手伝いしてもいいですか? いえ、僕なんかの持っている技能なんかじゃ足手まといになりそうなんですけど……だからこそ、二人の技能スキルを間近で勉強したくて……」

 手伝いというより、ダインとジンに教えを請いたいらしい。

 ヨイチの奥ゆかしさも好ましいが、褒めてあげたいのは新しいことを学ぼうとする向上心だ。ツバサは満面の笑顔でヨイチに答えてやる。

「ああ、行ってくるといい。あいつらも仲間が増えたって喜ぶし、わからないことがあった遠慮なく聞くんだ。一から十までみっちり教えてくれるぞ」

 あの2人が、ヨイチのような子を邪険にするはずがない。

 むしろ「ようこそ!」の精神で大歓迎するに決まっている。

「ほ、本当ですか!? クロウ先生、僕、ちょっと行ってきていいですか?」

 ヨイチに許可を求められたクロウも快諾する。

「ええ、行ってらっしゃい。ちょっと言わず納得できるまでね」
「あ、ありがとうございます! じゃあ……行ってきますね!」

 クロウの許しが得られたヨイチは頭を下げると、ロボット作業員たちを指揮するダインとジンの元へ駆けていった。

 すぐに打ち解けたのは、遠くから見ていても一目瞭然だった。

 それを見届けたクロウは嬉しそうに頷いた。

「良き先達せんだつに恵まれるのは幸せなことです。私は工作などは不得手でしたので……彼らのような年長者と出会えて、ヨイチ君も喜んでいることでしょう」

「技術を習うのはいいですけど、性格まで見習ってほしくはないですがね」

 ツバサはそちら方面に懸念を抱き、思わず苦笑いをこぼした。

 特に変態ジンの性癖に感化されるのはよろしくない。

 ダインもいるのでブレーキは掛かると思うのだが……心配だ。

「ところでククリさんはどちらに?」

 ツバサ君と一緒かと思ってましたが、とクロウに尋ねられる。

「ククリちゃんなら都の制御室コントロールルームにいますよ」

 還らずの都は現在、工作者たちの手により再建の真っ最中。

 再建は正しく成されているのか? 制御室から龍宝石を通じてコントロール可能なのか? ダインの言う“気”マナのネットワークも回復しているのか?

「謂わば還らずの都のソフトウェア方面のチェックのため、最深部の制御室に詰めています。あそこの龍宝石ドラゴンティアを操作できるのは彼女だけですからね」

『自分のお務めをちゃんと果たして、終わったらツバサ母様にいーっぱい褒めてもらって、たーっくさん甘えるんです! そのためにも頑張ります!』

「……なんて意気込みを俺に伝えてから行きましたよ」
「フフッ、ククリさんらしいですね。彼女は父母の愛情に餓えてましたから」

 せいぜい可愛がってあげてください、とクロウにも頼まれた。

 いつもなら「誰が母親ですか」と決め台詞で返すところだがクロウには言いづらいし、ククリも無下むげにできないので飲み込むしかなかった。

「ところでククリちゃんと言えば……気になることがひとつ」

「皆まで言わずとも──例の方舟はこぶねですね?」

 ツバサが問い掛ければ、クロウは即座に反応してくれた。

 軽く頷いてからツバサは話を続ける。

   ~~~~~~~~~~~~

 ──天梯てんてい方舟はこぶね

 還らずの都のようにこの世界を守るため、或いはこの世界を維持していくため必要とされた“ある物”を収めて空を征くという方舟。

 今もこの真なる世界ファンタジアのどこかを彷徨さまよっているというが……。

「灰色の御子が守護する施設は他にもあると以前から聞いていましたが、その所在地に関してはククリちゃんもよく知らない……こうなると、それぞれの地が無事であることを願うしかありません」

 探しに行きたくても──当てがない。

 途方もない広さを誇る真なる世界では、当て所ない探索は命取りになりかねない。ツバサたちは自陣営を置いた土地を守るので手一杯だ。

「ですが、その方舟とやらは流離さすらっているという。しかもククリちゃんやキサラギ族の何人かは、この地の上空を通ったのを目撃している」

 そういう証言が得られたのだ。

 ならば、この付近を通るかも知れないという希望が持てる。

「我々のいる積層世界と、他の積層世界を繋ぐかも知れない“何か”を守るために飛んでいるという方舟……“天梯てんてい”というのがよくわかりませんが」

 天梯の方舟──ククリはそう呼んでいた。

 元教師であるクロウは顎の骨を撫でて考え込む。

 一拍の間を置いてから、クロウは年の功な見識を披露してくれた。

「天梯……日本語ではありますが、あまり使われない単語ですね。中国語として使われた言葉です。“天の梯子はしご”という意味になります」

 中国では建物の屋上へ繋げた梯子を指すこともあるらしい。

「本来ならば直訳通り、“天界へ行ける梯子”という意味なのでしょうね。神話や昔話では、それを渡って人間が天上世界に行けたとか……」

「天上世界……別の世界という意味も含まれていそうですね」

 だとすれば、ククリが聞いたという「積層世界を繋げる“何か”」を収めた移動する保管庫みたいなものなのだろうか? その“何か”が天梯という言葉で示された重要なものなのかも知れない。

「いずれにせよ、還らずの都に勝るとも劣らない重要なものなのは疑いようがないありません。この世界を守るためか、維持するためか……」

 真なる世界に必要不可欠な──掛け替えのない存在。

 でなければ、灰色の御子に守護を託すこともないだろう。わざわざ方舟に積めて居場所がわからなくなるほど流浪させることもあるまい。

「重要なものであることは間違いないでしょうからね……」

 クロウは思い詰めるような思案顔で呟いた。

 ククリが重要視していたのも手伝っているのだろう。還らずの都の力に直面した後では、真剣に案じたくなるのも当然だろう。

蕃神ばんしんたちに目を付けられる前に、是非とも保護したいですね」

「ええ、同感です。そのための手は打っていますが……」

 クロウへの返事にツバサは言葉尻を濁した。

「……現在、還らずの都の再建を進めながら、平行して周囲一帯を仲間たちに探索してもらっています。各陣営から数人ずつ、拠点を守るのに支障のない程度に人員をいてもらって……だけど、この広さですからね」

 割ける人数にしても各陣営、2名がいいところである。

 ハトホル陣営からは──セイメイとドンカイ。
 イシュタル陣営からは──レオナルドとカミュラ。
 ククルカン陣営からは──バリーとケイラ。
 タイザンフクン陣営からは──カンナとホクト。

 万が一、蕃神に出会してもこの2人なら撤退戦ができるという戦力でコンビを組ませて、還らずの都を中心に広範囲を探索してもらっていた。

 空飛ぶ方舟を見つけたら報告を──。

 現地種族、プレイヤー、この世界の遺跡……方舟に限らず、そういったたぐいの物を見つけても一報を入れてくれと頼んである。

 ただし、遠くには行かず無理をしないよう厳命しておいた。

 蕃神は特別だとしても、この世界にはまだツバサたちの把握できていないことが山ほどある。いつ何時、どんな事態に見舞われるかわからない。

 仲間に無理をさせて失ったりでもしたら、それこそ最悪の痛手だろう。

「なので、どうしても慎重ならざるを得ないんですよね……正直、もどかしいですし冒険したいって気持ちもなくはないんですが……」

 目の前でジャジャを殺された時の喪失感──。

「仲間を失うのは……もう御免です」

 あの時は泣き叫ぶミロやマリナの手前、感情的にならなかったツバサだが内心穏やかではなかった。もしもジャジャが娘として転生してなければ、未だにあの事件を引き摺り、ここまで活動的に動けていなかったかも知れない。

 苦々しく本音を吐露するツバサに、クロウは静かな口調で返してきた。

「臆病であること、慎重であること、堅実であること……無謀な勇気や挑戦ばかりが持て囃される昨今、これらのものは軽視されがちです。しかし、何かと戦う者はそれらを最も重視するべきだと、私は思います」

 家族がいるなら尚更です──クロウはそう結んだ。

 ハッとして振り向けば、クロウが骸骨の顔で微笑んでくれた。

「焦らずに行きましょう。焦りは心を惑わせるだけです。一歩ずつ足下を踏み固めるように、望んだ未来へ歩いて行けばいいのです」

「…………はい、ありがとうございます」

 こういう時、自分よりも大人(それも名教師)がいると精神的な安堵感があって助かる。年の数だけ積んできた経験があるから頼り甲斐もあった。

「しかしまあ、何ですな──」

 クロウは話を切り替えると、還らずの都から目を逸らして何処までも広がる青い空や、日本では見ることのできなかった地平線の彼方を眺める。

 まるで空を征く方舟を探すかのように──。

「ククリさんは元より、ダルマさんたちキサラギ族が方舟を見たのは、数十年から数百年前に数回……この辺を定期的に通っているという希望的観測こそできるものの、いざ探すとなるとろくに手掛かりもありませんからねぇ……」

「ええ、まさしく“雲を掴む”ような話になるわけでして……」

 あまりの当てのなさにツバサもこっそり嘆息する。

 探索に派遣した面子めんつにも「方舟を見つけたいのは山々だけど、大変そうだから他のものを見つけたらそっち最優先にしていいよ」と言付ことづけてある。

 すると──ツバサの胸が何もせずに震えた。

 その瞬間、クロウの眼窩がんかがボッと燃え上がったのを見逃さない。

 クロウさんアンタ……ヨイチに「ハレンチなのはいけません」って説教したくせに、自分だってオッパイの色気に目を奪われまくりじゃないか!?

 そう喉から出掛かったものの、この場は飲み込んでおいた。

 いつかこれをネタに糾弾してやろうと思いながら──。

 ツバサの胸は定期的な震動を続けている。

 しばらくすると乳房の谷間にモゾモゾと動くものを感じ、それがスマートフォンを抱えながら顔を出した。ハルカの人形たちレギオンズだ。

「ん~~~……プハッ、ツバサさん、お電話ですよ」
「ああ、ありがとう……って、まだ俺の胸そこに棲み着いてんのかよ!?」

 先日の戦争ではハルカから借りたこの分身人形たちに頼らせてもらったが、あれからずっとツバサの胸の谷間に棲み着いていたらしい。

 まったく忘れて気付きもしなかったツバサにも問題はあるが……。

 ハルカの人形たちレギオンズは悦楽の表情で告白する。

「はふぅ……私、ツバサさんとミサキ君のおっぱいをつい棲家すみかとします」
「女の子としてそれでいいのか、君は」

 ツバサの真っ当なツッコミも聞き入れず、「はい、お電話です」と未だに着信バイブで震えるスマートフォンをツバサに差し出すと、人形たちはおっぱいの奥へと引っ込んでしまった。引っ越するつもりはないらしい。

 まったく……と呆れながらツバサはスマホの着信ボタンを押した。

 着信画面に映し出された名前は──セイメイ・テンマ。

 ニートなので暇そうだったから、久々に仕事を与えてみたのだ。真面目に仕事をしているとしたら、この連絡は何かを発見したという吉報だろうか?

「もしもし、どうしたセイメイ──何か見つかったのか?」

 ツバサは淡い期待を込めて問い掛ける。

 通信機の向こう側からは、セイメイのお気楽な声が聞こえてきた。



「ねえねえツバサちゃん──子供、欲しくない?」


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 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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