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第9章 奈落の底の迷い子たち
第214話:教えてレオナルド先生~工作の時間
しおりを挟む「いや、申し訳ない。お手間を取らせてしまって……」
感動の涙を流すクロウだが、ようやく治まってきた。
まだ髑髏の眼窩から壊れた蛇口に負けないくらい涙をこぼしているが、叫ぶことはなくなったし嗚咽も止まろうとしていた。
あれ? 涙腺なくなったのでは? とツッコミを入れるのは野暮だろう。
なんかの拍子に復活したのかも知れないし、技能でコッソリ習得したのかも知れない。感情の起伏に合わせて泣けるようになったのはいいことだ。
「おじさま大変、お召し物が……」
寄り添うククリは自分のハンカチで拭おうとする。
しかし、涙が多すぎてハンカチの吸水量が間に合ってない状態だ。
「──どうぞお使いくださいませ」
すかさずクロコが洗面器とタオル数枚を用意した。
タオルは念のためバスタオルサイズだ。
「ありがとうございます、メイドさん。さ、クロウおじさま……」
感謝を述べて受け取ったククリは、まだ泣いているクロウの顔を磨くように涙を拭っていく。まだマリナくらいしかない幼い身体を精一杯に背伸びさせて、長身なクロウの顔を拭いてあげようとしていた。
甲斐甲斐しくも健気で微笑ましい光景なのだが……。
「……小学生がガイコツの標本を掃除してるようにしか見えないよね」
「──シッ、黙らっしゃい」
台無しな感想を小声で伝えてきたミロは小突いておいた。
「でもさ、涙はともかくその青い炎はなんだろうね?」
何かの技能なの? とミロは小突かれた頭を撫でながら訊いた。
クロウの過大能力は地獄を顕現させるもの。
彼の心象世界とも言うべき、自らを責め苛む呵責の業火や地獄の責め苦を実体化させるのだ。あの炎は感情の揺らぎとともそれが漏れ出したものでは?
ツバサはそんな見当をつけたが、どうもに違うらしい。
涙は止まらないが炎は鎮まったクロウが答える。
「ああ、先ほどの炎ですか──あれは課金エフェクトです」
「「「「課金エフェクトッッッ!?」」」」
ツバサ、ミロ、ミサキ、アハウの4人が揃って驚きの声を上げた。
「ほぼ課金できないアルマゲドンで課金したんですか!?」
「ちょびっと課金できるもんあったけど誰もしなかったのに!?」
「“する意味なし”とまで言われたのに!?」
「しかも意外と高額で無視されていたじゃありませんか!?」
口々に批判的意見が飛び出した。
これだけでアルマゲドンの課金が如何なるものか窺い知れるだろう。
「いやぁ~、想像以上にウケがよろしい。結構結構」
一斉に疑問を叩きつけられるも、クロウは嬉しそうにカラカラと笑う。
流れる涙が笑い涙に変わりそうなくらい上機嫌だ。
「現実にいた頃、所用でネットマネーを使いましてね。そうしたら使い切れずに余ってしまったんですよ。どうしようかと思っていたら、アルマゲドンでこれを見つけたんです──スケルトンの眼を燃やすエフェクトを」
クロウが眼窩を指差せば、また炎を燃え上がる。
しかし、青白くない。赤と黄が入り交じった、普通の炎だ。
「これ、あくまでも効果エフェクトなので燃えもしないし攻撃力もありません。私の場合、その気になれば眼からも業火を噴かせられますしね」
「ますます意味ないじゃん!? 無駄ファイヤーじゃん!」
ミロのツッコミが冴え、クロウが楽しげに笑う。
「そうそう、子供たちのそういう反応が見たくて、ジョークグッズのつもりで買ったんです。最初の頃はウノンやサノンに大受けでしたね」
今じゃ飽きられましたが、とクロウは残念そうに頬骨を掻いた。
眼窩から燃え上がる炎は七色に変化を遂げていく。
カラーリング調節機能もあるらしい。
「本人の意志で自由に燃やせるんですが、どうもこちらの世界に来てからは感情とリンクしているみたいで、興奮すると勝手に出てしまうですよ」
「ああ、それで……合点が行きました」
クロウの感動に効果エフェクトが連動したらしい。
課金についてGMたちが何を思うかと横目にすれば──。
「いやー、意外と売れてたんスね、あのおバカな課金エフェクト」
「小銭稼ぎが趣味のGMの発案でしたよね」
アキがケタケタと笑い、クロコが相槌を打っていた。
ついでだからレオナルドに尋ねてみる。
「レオ、課金を導入したっていうGMとは?」
「クロコが言ったとおりだ。小銭を稼ぐのが大好きな守銭奴がいたんだよ」
一攫千金ではなく、硬貨をチマチマ集めるのが好きな性分らしい。
「殺しても死ぬタマじゃないから、いずれ会えるだろう」
「この世界じゃ小銭どころじゃないけどな。第一、金銭ってものがない」
お金が好きな人はこの世界で何に楽しみを見出すのだろう?
案外、現地種族に通貨の概念を教え、自分が大銀行や経済省のような立場に就き、お金のやりくりを楽しんでいそうな気がする。
そういう陣営と出会ったら──交流が面倒くさそうだ。
「真実を知った今となっては、アルマゲドンで課金なんておかしな話だと思っていたけど……そうか、GMが小遣い稼ぎのつもりでやってたのか」
そもそも──アルマゲドンに課金要素は無かった。
すべてを自力で手に入れ、すべてを自前で賄う。
道具や武具に防具に衣装は元より、それらを作るための素材や、アルマゲドン内で使える通貨、何よりアバターの育成に必要不可欠なSP。
こういったものは他のVRMMORPGなら課金できる。
だが、アルマゲドンは一切できなかった。
「重度の課金兵だった友人がよく愚痴ってましたけど、今にして思えば当然なんですよね。この世界に来る準備だと思えば……」
現実世界の友人を思い出したのか、ミサキはしみじみ呟いた。
VRMMORPGアルマゲドンとは世を忍ぶ仮の姿──。
その実体は、真なる世界に人間の魂を転移させる特殊プログラムであり、擬似的に真なる世界を体験させ、魂をレベルアップさせるトレーニングシステム。
アルマゲドン内で様々な経験をすることで蓄積されるSP。
これは文字通り、魂の経験値だ。
いくら金を積んだところで購えるわけがない。
真なる世界に転移させられるための準備だと知った今では理解できるが、一部のファンには不評だった(特に課金無双したいユーザーには)。
その不評に答えたわけではなかろうが、しばらくしてアルマゲドンでも課金制が導入されたのだが、クロウが入手した課金エフェクトが精々である。
「課金厨からは『舐めんな!』って酷評されたよな」
「それでも一定の売上は出せたから、そのGMの社内評価は上々だったがね」
売れたんだ……という感想しか出てこない。
お金に余裕があればクロウのようにジョークグッズ感覚で買う人もいないではなかったろうから、本当に小遣い稼ぎだったのだろう。
~~~~~~~~~~~~
無駄話で時間を潰せたおかげで、そろそろクロウも落ち着きそうだ。
会議を続けようとしたところで──。
「いい機会だ、質問しておきたいことがある」
タイミングを見計らったのか、アハウが手を上げて発言を求めたのだが……それを見たミロ、ミサキ、アキらが笑いを堪えていた。
今日のアハウはインディアンの酋長みたいな格好だ。
それだけでも面白いのだろうが、片手を上げたポーズを取ったらますますらしく見えたので、噴き出してしまいそうなのだ。しかし、コーディネイトしたはずのマヤムまで笑いそうなのは如何なものか?
笑いの意味を悟るアハウだが、ちょっと眉をしかめるだけだった。
軽い咳払いをしてからレオナルドに顔を向ける。
「真なる世界にはどれくらいプレイヤーが転移させられてきているのだろう。上位GMだったレオナルド君ならわかるんじゃないか?」
「今現在この世界にいるプレイヤーの総数──ということですか?」
アハウの質問を精査するようにレオナルドは問い返す。
これにアハウは羽根飾りを揺らして首肯する。
「ああ、正確な人数とは言わない。大凡でいいんだ。安心材料……まあ不安材料にもなりかねんが、同じ境遇にある人がどれくらいいるか知りたくてな」
「どちらにせよ、知っておきたい情報ですね」
アハウの質問にツバサも賛同する。
ツバサはテーブルに両肘をついて手を組み、そこに顎を乗せた。
ちょっと楽な姿勢になってから自分の意見を述べようとしたのだが、少し身を乗り出しただけで自前の爆乳までテーブルに乗ってしまう。
楽だからいいか、と諦め気分でそのままにしておいた。
「おっ! ツバサさんの乗せ乳……いったーいっ!?」
おっぱいがテーブルに乗ったことに気付いたミロは、すぐさま人差し指で突いてきたが、卓の下で足を踏んで大人しくさせた。
それから──自分の意見をゆっくり述べる。
「他のプレイヤーたちが俺たちみたいに手を取り合えるか、ナアクやヴァルハイムみたいに敵対するか……それは出会ってからのお楽しみとして、神族や魔族になったプレイヤーの総数くらいは把握しておきたいですよね」
というわけでだ──ツバサもレオナルドに振り向く。
「レオ、ちゃっちゃっと吐け」
「どうして俺には辛辣かな……まるで自白の強要だ」
まあいい、と親友同士のノリなのでレオナルドは気にも留めない。
解説役として、その辺りの事情を詳らかにしてくれた。
アハウやクロウにも向けた、丁寧な言葉でレオナルドは語る。
「公式に発表された登録ユーザーは30万人ですが、実際のプレイヤー人口は40万人弱というのが真実です。およそ10万人の開きがあります」
「10万人……なんでそんなに差があるんですか?」
ミサキは師匠であるレオナルドを訝しげな瞳で見つめた。
この世界で再会した時、ミサキはレオナルドに(弟子のためを思ってやったことだが)騙された経緯があるので、その一件が凝りになっているのだろう。
申し訳ないという気持ちはあるのか、レオナルドはミサキへの受け答えがしどろもどろになる。この師匠は愛弟子に嫌われるのが何より怖いのだ。
「いや、これは俺の仕業ではなくて運営が……ウォホン! と、とにかく、運営はわざとサバを読んでいた。普通、大人気を装ってユーザー数には下駄を履かせるものだが、アルマゲドンでは低い下駄を履かせていたんです」
この10万人──謂わば実験台だったらしい。
「恐らく、真なる世界へ飛ばすプレイヤーを水増ししておきたい、あるいは有能な人材を派遣しておきたい……なんて思惑があったんでしょう。各分野のプロフェッショナルや著名人、技術職の専門家などに、なんだかんだと理由をこじつけてアルマゲドンのソフトを送りつけ、半ば強制的にプレイさせていたそうです」
本当に強制された者もいるとかいないとか──。
「その人たちも含めれば40万人? でもさ、ゲームなんて無理やりやらせるもんじゃないし、そういう人たちはきっとすぐ飽きちゃうよ」
ミロは卓に両手を伸ばして、だらけた姿勢のまま言った。
そんなミロの意見をアハウが拾う。
「飽きた人間はログインすることもない……ユーザー数やプレイヤー人口はそれでいいとして、大切なのはアクティブユーザーの人数だ」
アクティブユーザーとは、登録制のオンラインサービスにおいて利用頻度が高い会員のことを指す。このユーザー数が人気のバロメーターとなるのだ。
アハウは酋長みたいな服の胸に手を当てて続ける。
「おれたちのようなアクティブユーザーこそが、この世界へ転移させられていると考えれば……そこから大まかな人数が見積もれるはずだ」
「そうですね──概算で10万+αといったところでしょうか」
アハウの質問にレオナルドは即答した。
だが、その回答にアハウは片方の眉を釣り上げる。
「10万というのはわかるが……+α、というのは何だね?」
「順を追って説明しましょう──まず、アルマゲドンのアクティブユーザー数ですが、6万から10万の間を推移していました。昨今では希有な難易度を誇ったVRMMORPGとしては、申し分ない人気振りでしょう」
レオナルドはプロジェクターの画像を切り替える。
こういう質問が来るのを想定したのか、アルマゲドンのユーザー数に関する資料まで用意していたらしい。スクリーンに投射された映像には、円グラフを中心としたアクティブユーザー数の推移が書かれていた。
会社のプレゼンみたいな調子で、レオナルドはつらつら語る。
「我々が真なる世界へ転移する直前、アルマゲドンは名実ともにVRMMO界隈を席巻する人気作品となりました。おかげでアクティブユーザーは連日10万超えが続く日々……しかし、運営はこれでも“足りない”と懸念したんです」
運営はGMたちに「もっと増やせ」と焚きつけたそうだ。
「俺のような事情を知る上位GMは仕方なく、他のGMは『アクティブユーザーが増えたら臨時ボーナス』という目の前のニンジンに釣られて……あの手この手でユーザーにログインするよう裏工作を仕掛けたものです」
どういう裏工作を用いたかについては──。
「そこは……そこだけは……ノーコメントにさせてほしい」
本音は「トップシークレット」なのだろう。
察するにえげつないこともやっただろうし、人に言えないような、それこそ法に触れるような手段を使ったのかも知れない。様々な憶測ができる。
この場で明かしても今更なのだが、レオナルドはそれを知ったミサキに嫌われるのを恐れているのだ。ミサキ君は正義感の強い子だから──。
レオナルドを見つめるミサキの瞳は現在進行形で冷たい。
悪役面だが小心者なレオナルドは、針の筵に寝転がる心地だろう。
「GMも苦労したのだな……」
アハウは同情を寄せる視線でレオナルドを見つめた後、後ろに控えている相棒のマヤムに視線を送った。彼女も苦笑いぐらいしかできないようだ。
「……おまえも何かしらやったのか?」
倣ったわけではないが、ミサキは背後のクロコを一瞥した。
「ええ、やりました──やらかしましたとも」
「サムズアップで返すな」
ウチの駄メイドことクロコはキメ顔で親指を立てた。
「アキさんも……ですよね、やっぱり」
ミサキはレオナルドから反対側へのアキへと視線を移す。
「そりゃあもう、ウチなんか昔取った杵柄ッスからね」
黙っていれば美人なアキだが、喋れば残念系女子なのがバレる。
彼女は引き籠もりニートだった時代、趣味でハッカーの真似事をしていたらしい。その腕前を買われてジェネシスに拾われたそうだ。
アキは肩をすくめてお手上げのポーズを取った。
「昨今成立したネット関係の取締法にどんだけ触れたことか……親方ジェネシスの後ろ盾がなかったら終身刑待ったなしだったッスよ」
「いったい何をやったんだか……」
「そんなわけで──10万+αというわけです」
それぞれサポート役のGMから言質が取れたところで、レオナルドが締めるように言った。しかし、まだ言い足りないことがあるようだ。
「そして、最後にいくつかの小細工を少々──」
まずゲーム内でアバターのメニュー画面に表示される時刻。
これを1時間ほど早めておいたらしい。
「プレイヤーに怪しまれないよう、ログインしてから数分単位で小刻みに早めておきました……こちらへの転移はシステムの都合上、メンテナンスに入らないと発動させられなかったから、多くのプレイヤーを確保するための策ですね」
「なにそれ、めんどくさい」
ミロは遠慮することなくシステムの不備を揶揄した。
「そんな面倒なことしなくたって、プレイヤーがいっぱいいる時間を見計らって有無を言わさずポーン! と飛ばしちゃえば良かったのに」
ミロの言うことがもっともすぎて異論が挟めない。
「否定はしないよ、俺たちGMでさえ面倒だと思ったんだから」
「なんというか……苦肉の策だな」
味方するわけではないが、ツバサはレオナルドの味方をしてやった。
「それと……あれはわざとですよね?」
レオナルドへ確認するように尋ねたのはミサキだった。
愛弟子の試すような視線から師匠は目を背けない。
許しを請う声音でレオナルドは答える。
「ああ、その通りだミサキ君……転移の直前、君の前に姿を現したのはわざとだよ。優秀な内在異性具現化者を置いてけぼりにするわけにはいかなくてね」
このやり取りを聞いたツバサもピンと来た。
ツバサは身体ごと後ろへ振り返り、クロコをきつい眼で見据える。
「そうか……あの日、クロコが俺の前に現れたのも……」
内在異性具現化者であるツバサを確保するため──。
しかし、クロコは力強く首を左右に振った。
トレードマークのポニーテールを振り回した全力の否定である。
「いいえ、地母神となったツバサ様の超爆乳を拝むためです」
「それはそれで最悪の理由だなぁ!?」
「ついでに乳母の技能を手に入れたツバサ様のミルキュ……」
「シャラァァァァァーーーッッップ!」
余計なことを口走ろうとしたクロコの顎を木っ端微塵するつもりで、ツバサは全力の掌底を叩き込んで黙らせた。しかし、このメイドはビクともしない。
「ツバサさんのミル……なんですか?」
「な、なんでもない! なんでもないよミサキ君ッ!!」
興味を持った愛弟子をツバサはあらん限りの愛想笑いで誤魔化した。
でも、ミサキ君になら教えてもいいし、何なら直に授乳しても構わない……とか神々の乳母が騒ぎ出したが、男心と理性がそれを押し止めた。
事情を知るアハウだけが同情の眼差しを向けてくる。
「それよりレオ! 俺たちはクロコ以前にダオンとかいうGMから聞いたぞ! 転移の日には『最後までログインしているのがオススメ』……って!」
──掌底からのアイアンクロー。
これでクロコを黙らせたまま、話題を変えるというより本筋に戻すべくツバサは話を振った。長い舌でツバサの指を舐ってくるクロコは無視しておく。
ダオン、という名前にレオナルドは反応する。
「ああ……君たちは“潜伏組”が故意に流した噂も耳にしたのか」
「潜伏組? プレイヤーに混ざってたことか?」
ご名答、とレオナルドは認めた。
「GMを務めるもアルマゲドン内に一般ユーザーの振りをして潜り込み、運営からの密命で動いていたのが“潜伏組”だ。ダオン君……彼は出来る男だぞ」
ゲームマスター№21──ダオン・タオシー。
相撲取りみたいな筋肉の上に脂肪をまとわせたあんこ体型。太めな楕円形の顔にいつも胡散臭い笑みを浮かべ、似合わないワンレンのロングヘア。
キョウコウ一派では腹心的な立場にあったようだが……。
「あの恵体デブのお笑い芸人みたいな奴、そんなスゴいの?」
ミロが口にしたダオンの的確な外見にレオナルドは同感の微笑みを浮かべると、次いで真顔になって忠告してきた。
「見てくれで惑わされてはいけないよ──酷い目に遭わされる」
レオナルドが注意を促すとなれば相当なものだ。
ツバサも手合わせこそまだだが、何度か顔を合わせているので「デキる奴」だということは勘付いていた。初対面ではツバサたちに不意打ちを仕掛けてボロ負けしたが、今にして思えばあの不意打ちはバレバレすぎた。
あれは恐らく──わざと負けたのだ。
ツバサたちに華を持たせ、必要以上に怪しまれまいと務めたらしい。
発言内容が怪しさ満点だったから気を遣ったようだ。
「潜伏組に限らず、GMたちもそれとなく転移の日には『最後までログインしていたらいいことあるかも』とか『実は重大発表が……』などとユーザーを煽動していたものでね。これも+αに働きかけているだろう」
「なんだかんだで暗躍しまくっていたわけだな」
ツバサがジト眼を送れば、レオナルドもその意図を察したらしい。
「今となってはプレイヤーにしてユーザーだった皆さんには、事後承諾を求める形になってしまうが……GMを代表して謝らせていただきます」
誠に申し訳ない──レオナルドは起立して真摯に謝罪した。
上司である彼に従うが如く、アキ、クロコ、マヤムも頭を下げる。
何を今更とツッコミたくもなるが、これも礼儀のひとつだ。
レオナルドの謝罪を4陣営の代表はそれぞれに受け入れ、この場にいるGMたちを糾弾することもなかった。水に流したのだ。
真なる世界に飛ばされて──もうじき9ヶ月になる。
ここに来てGMたちの裏工作振りが露呈したが今となっては後の祭り。転移してきたプレイヤーの総数が判明しただけである。
「でもさ──その10万人がどうなるかはわかんないよね」
ミロがやや真面目な口調で言った。
こういう時の彼女は必ずと言っていいほど核心を突いてくる。
「鎧のオッチャンとドンパチ戦った時に向こう側に600人くらいプレイヤーが敵に回ってたけど、アタシらに全然歯が立たなかったじゃん。聞けばスーパーな強化つけられた連中でさえ、ホクトさんに鼻であしらわれてたっていうし……」
使い物になんの? とミロはキツい一言で締めた。
「確かに……戦争での記録映像をハルカちゃんに見せてもらったが、彼らの実力は芳しくない。ミロちゃん風に言わせてもらえば“雑魚”や“モブ”だ」
「雑魚でモブ……そだね、アタシらと比べたら正しくそれだよね」
うんうん、とミロはレオナルドの言い分に同調する。
「10万人もいれば玉石混淆となるのは仕方ないだろ」
低LVプレイヤーの肩を持つわけではないが、強者がいれば弱者もいる事実を認めるべきだとツバサは説いた。神族や魔族といえども元は人間のプレイヤー。類い希な才能を持つ者もいれば、努力をしない凡人だっている。
ツバサやドンカイのように現実で修練を欠かさず、アルマゲドンでも弛まぬ努力を続けた者など早々いないだろう。ましてやセイメイのように生まれた時から天賦の才を持った超人など言わずもがな。
そんな達人級は現実でもほんの一握りだ。
ならば、真なる世界でも同じこと。
「ここは現実と地続きみたいなところがあるからな……神や魔王になっていようと、ただ遊んでいただけの一般人なプレイヤーには辛いかもな」
「今じゃ一般人ならぬ“一般神”ってか?」
ミロが上手いことを言ったが、大喜利ではないので聞き流す。
アルマゲドンは強くなることが現実寄りにシビアだった。
LVを上げるためにSPを集めるだけでも過酷なのに、“全パラメーターをMAXまで上げてからLVアップすると超強くなれる”なんて苦行めいた裏技まで隠されていたのだ。
無論ツバサたちはやり遂げたのだが──あれは苦行だった。
「神や魔王の如き力を手に入れて異世界チート転生できた、と思い込んでいる奴が多いだろうけど……それだけじゃあ真なる世界ではやっていけない」
別次元の侵略者──蕃神と名付けた異形の者ども。
ツバサたちのような達人でさえ判断を誤れば瞬殺されかねない力を持った、脅威的存在まで跋扈しているのだ。実際、奴らに殺されたプレイヤーもいる。
彼らだけではない──真なる世界原産のモンスターも健在だ。
蕃神たちの侵略によって現地種族もろとも相当数が滅ぼされたと推測されるが、それでもツバサたちは幾度となく遭遇している。
真なる世界のモンスターはアルマゲドンのものより数段強い。
実際に戦ってみた肌感覚が正しければ、LVが10から20くらい跳ね上がっている。とある狩猟ゲームに例えれば“G級クエスト”に匹敵する。
一般人な低LVプレイヤーでは仕留めることさえ難しいはずだ。
こういった外敵からの容赦ない攻撃に耐えながら、衣食住の保証もなければ人権を守る最低限の文化さえ存在しない世界で生きていかなければならない。
神や魔の能力を得たとしても、人間には過酷すぎる。
真なる世界に飛ばされてきたプレイヤーの総数──約10万人。
「そのうち本当の神になれるのは、果たして何人いるだろうな……」
レオナルドは遠い目で独りごちた。
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