上 下
212 / 536
第9章 奈落の底の迷い子たち

第212話:四神同盟による会議

しおりを挟む



「ん~っ……清々しい朝ですね」

 日の出と共に目覚めたクロウは、寝間着のままテラスに出た。

 還らずの都を巡る戦争が集結して──今日で1週間。

 ここはクロウたちの新しい拠点。

 周囲にある石造りや煉瓦れんが積みの建物はキサラギ族たちの新しい家屋だ。既に何軒もの家々がのきを連ねており、立派に街並みを作り上げつつあった。

 場所は還らずの都から北東──岩山に囲まれた盆地。

 剣山のように尖った岩山が群がっているため、外から一瞥いちべつしただけでは中心に村があるとはわからない。ちょっとした隠れ里である。

 キサラギ族たちは周囲に立ち並ぶ岩山から、その怪力で家屋の素材になる鉱石や石を採取して、建築資材を得ていた。まだ建築途中のものも多い。

 ここは予め用意されていたキサラギ族の避難地。

 同時にキサラギ族の新たな里でもある。

 いずれ還らずの都が浮上することを想定して、キサラギ族族長補佐であるヤーマが「引っ越し先を用意しておきましょう」と提案したのは大分前になる。

 ツバサたちが訪ねてくる数ヶ月前だったはずだ。

 かつて還らずの都が地下深くに埋まっていた大地の上、ひび割れるように生じた“兆しの谷”の底にキサラギ族たちの里はあった。

 クロウたちの拠点もそこにもうけられていた。

 しかし、徐々に広がる兆しの谷に還らずの都の復活を予感したヤーマは、クロウたちの来訪らいほうを“予兆”と受け取り、引っ越しを決意したらしい。

 ヤーマの主導により若いキサラギ族たちが動員され、まず避難地であるこの岩山を発見。すぐに永住もかなう街の建設に取り掛かったという。

 この作業にはヨイチも協力していた。「念のため僕たちの拠点も用意しておきます」とヤーマの提案に乗る形で、この新しい拠点も建てておいてくれたのだ。

 前の拠点と寸分違わぬ、瓜二つのそっくりな拠点である。

 違いといえば窓の外から見える風景くらい。

「以前の拠点と同じ規模で同じ間取り。家財道具一式も運び込んでおいてくれるとは……至れり尽くせりで嬉しい限りですね」

 おかげで違和感も少なく、この休暇中ものんびり過ごすことができた。

 神族や魔族は睡眠や飲食に頼る必要が少ない。

 それでも極度の疲労を感じれば眠気に襲われ、エネルギーを消費した肉体が栄養を欲しがるように空腹を感じる。恐らく、人間の感覚が残っているのだろう。

 クロウは肉体的にはスケルトンに属する。

 神族としては冥府神めいふしんという死を司る神族なのだが、骨だけの身体は他の神族以上に眠りや食事に頼らなくて済む。

 血肉はおろか神経や臓器もない、文字通り“死んで骨だけ”なのだから。

 それでもこの1週間はよく食べてよく寝たものだ。

 質のいい寝食は人間のストレスを改善する。

 どこかの空を飛ぶカッコいい豚は「徹夜はするな。睡眠不足はいい仕事の敵だ」という名言を残しているし、どこかの漫画家アシスタントは「欲望のままに作った料理レシピは我々のMPやる気を回復する」との提言を発している。

 いいものを食べてしっかり眠れば、人間なんとかなるものだ。

 それができない現代社会はどこかおかしかったのだろう。

「便利になった分、見えないストレスも増えていたのかも知れませんね……」

 現実リアルでは1日3食の適切な食事と十分な睡眠をむねとしたクロウだが、この世界に飛ばされて骨の身体になってもそれを順守じゅんしゅしていた。

「しかし、この1週間は……んんん~ッ! 学生時代の夏休みを思い出して、怠惰たいだな日々を過ごしてしまいましたね……今日から改めねば」

 朝日を浴びながら両腕を上げて、大きく背伸びをする。

 骨の身体に伸びるような筋肉のコリもないのだが、人間だった時のくせでやってしまう。全裸でいても骨だけなので問題なさそうだが、やっぱり人間のくせは脱けきらないらしい。ちゃんと寝間着まで着ていた。

 サラリーマンのお父さんが着ていそうな白地に青い縞模様しまもようの寝間着姿で、クロウは新築されて間もない洋館のテラスで朝日を浴びていると──。

「おはようございます、クロウ様」

 声に振り返れば──ホクトがそこにいた。

 彼女にとって正装と言えるメイド服に着替えており、手には洗い終えたばかりの洗濯物を入れたカゴを持っている。あれを干しに来たようだ。

「おはようございます、ホクト君。朝早くからありがとうございます」

 この女性らしからぬ屈強な肉体美を誇るかつての教え子は、クロウを恩師として敬い、あまつさえ「クロウ様に多大な恩がある」と公言して憚らず、こうして奉仕することで恩返ししてくれていた。

 彼女が望む進路へ推薦したのは、教師としての当然こと。

 学校の風潮や職員会議で揉めたのは些細なこと。そこまで恩義を感じるものではないし、ファッションデザイナーとして成功したのは彼女の実力だ。

 メイドになって奉仕するほどではないと思うのだが……などと思いつも、仲間が増えた今では彼女の恩義おんぎに甘えていた。特に家事方面で頼っている。

「今日も天気がよろしくて何よりですわ」

 お洗濯物がよく乾きます、とホクトは下ろした洗濯カゴから濡れた衣類を取り出すと、物干し竿やロープにテキパキと干していく。

 その家庭的な姿を穏やかな眼差しでクロウは見守る。

 妻と娘を失って寡夫やもめ暮らしが長いクロウにしてみれば、心が温まる懐かしい風景だった。見守りたくなるのも当然だろう。

 ふと視線を横にズラせば、気にせずにはいられない巨大な影が朝日に照らし出されていた。何も知らなければ山脈だと勘違いするだろう。

 それは──還らずの都だった。

 新しいキサラギの里は浮上した還らずの都から相当離れているのだが、それでも目を背けることはできない存在感があった。

 その形状もあって大きな山にしか見えない。

 クロウが見た山で最も大きいのは富士山くらいだが、比較するのも烏滸おこがましい巨大さを誇っている。直に見たことはないが、エベレストやチョモランマをも凌駕する大きさだろう。人知の及ばないサイズの建築物である。

 近い内にツバサ君たちの力を借りて、修復するなり再び地下に隠すなりをしなければ……と思って眺めていれば、還らずの都を捉えた視界がどうにもかすむ。

 還らずの都はうっすらと朝靄あさもやに包まれていた。

 しかし朝靄にしては薄暗く、黒っぽい灰色の霧にも見える。重苦しささえ感じるそれは、大陸中央を覆い尽くすように漂っていた。

「あれは瘴気しょうき──まだ取り除けていませんでしたか」

 先日の戦いで別次元から現れた巨大な蕃神ばんしん

 還らずの都ですらコインを摘まむような巨体を持つ怪物であり、その身から発散させる禍々まがまがしい瘴気は、この世界を毒するほど濃厚だった。

 また、蕃神の巨体から滴り落ちる粘液より生まれた眷族。溶けかけた巨人たちも同様に瘴気を撒き散らし、真なる世界ファンタジアの空気を汚そうとしていた。

 1週間前、ツバサ君たちの助けを借りて洗浄したはずだ。

 汚染源である巨人たちの残骸も処理し、空気も可能な限り綺麗にした。

「それでも、まだけがれを拭いきれてないとは……別次元の侵略者というのは襲ってくるのも怖ろしいですけど、置き土産も厄介なものですね」

 朝食前に片付けておこう──クロウはテラスのへりに寄った。

 そこで両手を広げると骸骨がいこつあごを限界まで開き、大きく息を吸うような体勢から第2の過大能力オーバードゥーイングを発動させる。

 発動と同時に──クロウの骸骨な口に強烈な吸引力が発生する。

 それはあらゆるものを巻き込む竜巻となって、瘴気どころか大気まで吸い尽くすような威力を発揮する。実際、突風こそ起こっているものの気圧の変動はそれほどでもなく、クロウが吸い込んでいるのは瘴気のみだ。

 はたからは『クロウが黒い竜巻を吸い込んでいる』ように見えるだろう。

 この黒い竜巻は、還らずの都のある大陸中央に漂う瘴気。

 瘴気のみを過大能力オーバードゥーイングで引き寄せつつ、クロウは体内(骨だけの身で体内というのも変だが、本人の感覚的には体内だ)に取り込んでいく。

 やがてクロウは黒い竜巻を飲み干した。

 ゴクン、と鳴るはずのない喉を鳴らして瘴気の渦を飲み下したクロウは、開いていた両腕を閉じていき、胸の前で両手を合わせて合掌がっしょうする。

 すると、彼の身体からキラキラとした光の粒子が放出された。

 それは──純度の高い“気”マナだ。

 純然たる“気”は新しいキサラギ族の里へと降り注ぐ。

 土地に染みこめば土壌を豊かにして豊穣ほうじょうを約束し、生命に降り注げば活力を与えて無病息災を約束する。純粋な“気”ゆえにプラスのみ働くのだ。

 この“気”は、瘴気から生み出したもの。

 正確に言えば瘴気を転化することで“気”に変えていた。

 クロウの第2の過大能力──『不浄は輪廻転生リンカネーションを経て浄・クリーン化されよ』・フィルター

 これはあらゆるけがれを洗い清める過大能力オーバードゥーイング

 クロウはあらゆる不浄を取り込んでもその身を蝕まれることはなく、体内で浄化して真っ新まっさらな“気”に変えることができるのだ。自身を濾過器フィルターの代わりにしている気がしないでもないが、体内に不浄を溜め込むことはない。

 しんば溜め込んでいたとしても、もうひとつの冥神に相応しい過大能力である“地獄そのものとなる能力”で焼き尽くすまでだ。

 降り注ぐ清らかな“気”マナを見上げてホクトは感歎の声を上げた。

「いつ見ても神々しい能力ですが……クロウ様のお身体は大丈夫なのですか?」

 クロウが瘴気を吸い込む度、ホクトは心配そうな表情をする。

「問題ありませんよ。これが私の神としての特性なのでしょう」

 骸骨しゃれこうべながらもクロウは笑顔で振り返った。

 この過大能力は本来、死穢しえを浄化する能力なのだろう。

 死とはけがれ──そう忌避きひする文化は少なくない。

 実際、死体や死骸を適切に処理しなければ、その腐敗した肉を温床として毒や病が発生することがわかっている。死は捨て置けば新たな死を招くのだ。

 それゆえ古代人は死を不浄なるものと遠ざけてきた。

 だがしかし、生物が死んで大地へ還り、その死が新たな生命を育む原動力となるのもまた事実。自然とは生と死を循環するからこそ成り立つものだ。

 冥府の神として覚醒したクロウは死を司り、不浄として忌避される死を取り込むことで、そこから生の活力にあふれた“気”を生み出せるようになった。

「あらゆる不浄を飲み込んでも毒されることなく、穢れもまとめて浄化することで新たな生命力へと転生させる……死を司る神に然るべき能力なのでしょう。別次元の瘴気さえ清められるのはおまけ・・・みたいなものですね」

「だとしたら、豪勢なおまけ・・・ですわね」

 おかげで皆が助かっております、とホクトはクロウを讃えてくれた。

 遠くに見える還らずの都もクリアに映り、先刻よりも清々しさが増した空の下、ホクトは軽やかな手付きで洗濯物を干していく。

 ホクトは家事の手を休めず、クロウへ声を掛けてきた。

「これが終わりましたら朝餉あさげの用意をいたします。お手数ですがクロウ様、お子様たちがお目覚めになっているか、見てきてはくださりませんか?」

「ええ、お安い御用ですよ」

 子供たちを起こしてくる用を請け負ったクロウは、軽く首の骨をコキコキ鳴らしてからテラスを後にした。その前に顔を洗って歯を磨いてこよう。

 神族になっても骨だけになっても、生活習慣は変えないクロウだった。

「ああ、それとクロウ様──」

 テラスを立ち去る前、ホクトが注意を促してくる。

「朝食後、ドレッシングルームへいらしてください。午後から赴かれる会議のための衣装をあつらえましたので、試着を兼ねた最終調整を致します」

「わかりました。よろしくお願いします、ホクト君」

 これも了承したクロウは、ククリやウノンとサノンの姉妹、それにヨイチの寝室へと向かう。ついでにカンナも起こしてやろう。

 彼女はいい大人のくせして、割と子供ぐらい世話が焼けるのだ。

 廊下を歩きながら考えるのは、ホクトも口にした会議のこと。 

 午後からの会議──4陣営の同盟会議についてだ。

 ツバサ君が「1週間後の休暇明けにやりましょう」と提案し、ミサキ君、アハウ君らとともにクロウも約束した。今日の午後、ハトホルの谷で執り行われる。

 同盟自体はすんなり結べるだろう。

 戦争の後片付けの最中、3人から掻い摘まんで聞いた限りでは、クロウから異論を挟む点は見当たらなかった。是非とも参加させてもらいたいくらいだ。

 その上で──提案したいことや話し合いたいことがあった。

「私自身、カンナ君以外のGMに問い質してみたいことがありますし、ククリさんが教えてくれたこと・・・・・・・・も皆さんに伝えなければ……」

 場合によっては、この報告が波乱を呼ぶかも知れないが──。

   ~~~~~~~~~~~~

 1週間なんてあっという間だ。

 仕事や勉強に追われていればすぐに週末がやってくるし、休日として消費すれば振り返る間もなく7日目を迎えているだろう。

 ツバサたちも1週間の休日という充電期間を終え、動き出そうとしていた。

 まず手始めに取り組むのは──同盟の締結ていけつだ。

 ミサキの率いるイシュタル陣営、アハウの率いるククルカン陣営、そしてツバサがまとめるハトホル陣営。この3陣営では既に同盟が結ばれている。

 ハトホルイシュタルケツァルコアトル同盟……だと長すぎる。

 なので、3人の神が結んだ同盟だから“三神同盟さんしんどうめい”と名付けていた。

 陣営の数が増えたら数字を増やせばいい。

 クロウ率いるタイザンフクン陣営が正式に加わることが決まれば、“四神同盟よんしんどうめい”と改めることになるだろう。

 同盟の趣旨しゅしや方針については、あらかじめクロウに伝えておいた。

 これにクロウからは「是非加えさせていただきたい」と色好いろよい返事を貰っているので、同盟締結は滞りなく進められるはずだ。

 1週間の休暇を終えて──8日目の今日。

 それぞれの陣営代表がハトホルの谷で一同に会し、新たに同盟を締結することになっていた。そろそろ予定の時刻に差し掛かろうとしている。

 ハトホルの谷──ツバサたちの我が家マイホーム

 先日、不慮の事故により半壊してしまったが、優秀な長男のおかげで半日と掛からずに建て直されていた。場所によっては増築されている。

 ダインには「もう家を大きくするな!」と説教してきたが、今回は自分の暴走で壊した手前、むしろ感謝するしかなかった。

『……というわけでダイン、ご褒美をやろう。さあ!』
『両腕広げてそんデカパイを誇ってもわしゃ飛び込まんぜよ!?』

 ご褒美におもいっきり抱擁して「よしよし」と撫でてやろうとしたのだが、全力で拒まれてしまった。にじり寄ったら脱兎だっとの如く逃げてしまい、そのままフミカの背中に隠れてしまった。

『ダイちゃんは母よりも妻を選ぶタイプだったんスね……良かったー♪』

 ダインに頼られたフミカはご満悦だったので、それはそれで喜ばしいことなのだが……ツバサの中の神々の乳母ハトホルは寂しさで切なそうだった。

『うーむ、男の子は扱いが難しいな……ま、いいか』

 ツバサも暴走したせいか、強まるばかりの母心に拮抗するぐらい男心が復活してきたので、そこまで母心に振り回されなくなっていた。

 1週間の休暇を経て精神的にもすっかり回復し、心身ともに万全の状態で会議に臨めそうだ。準備の手配をしつつ、来賓らいひんの到着を待っている。

 以前──ミサキやアハウと“三神同盟”を結んだ会議室。

 広い会議室の中央には、大きな円卓が据えられていた。

 上座や下座といった概念がいねんがなく、卓を囲む者すべてが対等の立場で話し合えるという理念から作られた円卓。アーサー王のキャメロット城に由来するという。

 そこに4陣営の代表者の席が設けられている。

 ただし、ツバサとクロウの陣営だけ理由わけあって2つの席が並んでいた。

 会議室の扉が開き──最初の陣営が入室してくる。

「──オレたちが一番乗りみたいですね」

「ああ、予定時刻より少し早かったみたいだな」

「もー、だから言ったんスよ。ミサキっちもレオ先輩もせかせかし過ぎだって……もうちょっとのんびりしてても間に合ったじゃないスか」

 最初に到着した陣営は──イシュタル陣営。

 代表者であるミサキを先頭に、彼の師匠でありながら副官を自認するGMのレオナルドと、彼の手筈てはずでミサキたちの仲間になったアキが同行している。

 彼女もGMゲームマスターの1人だから随伴ずいはんに選ばれたのだろう。

「ミサキ君、今日はあの派手なドレスじゃないんだな」

「そうそう、晴れの舞台なんだから正装じゃなくていいんスか? ほら、半乳ハンチチ半尻ハンケツにならざるを得ない、エロすぎる女神チックなドレスッスよ」

 冷やかし気味なレオナルドとアキに、ミサキは苦い笑顔で答える。

「いつぞやエルフたちの前で宣言した時に着てたアレ・・ですか? あれは……ハルカにそそのかされたのもありますけど、女神としての威光を示すってのが目的だったから……今日は違うでしょう?」

 今日のミサキの装いは、いつもの戦闘用スーツと大差ない。

 ただし、装飾品やスーツの生地は凝っているのか、明らかに普段使いのものより高級感を漂わせていた。スーツを飾る金具をミサキは鳴らす。

「あんまり女の子らしい格好をしていると、お仲間であるツバサさんになんて言われるか……まあ、確かにオレはコスプレ感覚で女装もできますからそこまで気にしませんけど、ほら、ツバサさんは…………ねえ?」

 ツバサはミサキよりも男であったことに固執こしつする。

 そのことを愛弟子ミサキは気遣っていてくれた。

「しかし、当のツバサ君がセクシーなドレスを着てくる可能性もあるぞ?」

 レオナルドはそんな予測を働かせていた。

「そうッスよ、クロコっちに勧められて、ミロっちにせがまれて、娘さんたちに頼まれたら……ツバサっちは断れないっしょ、ママさんだから」

 レオナルドの予想にアキも乗ってくる。

「そうなったら……感想に困りますよね」

 大人たちの憶測が有り得そうなので、ミサキも返事にきゅうしてしまった。

「なるべく女装関係に話題を振りたくなかったから、今日ばかりはハルカに『女性を意識させるコスは勘弁して!』と頼み込んだんですけど……」

「代わりとばかりに、俺たちの衣装に力を入れてくれたな」

 レオナルドやアキの衣装も、ハルカによるオートクチュールだった。

 レオナルドは相変わらずナチスの親衛隊みたいな軍服にコートといった出で立ちだが、今日は軍服のゴテゴテしさが格段にアップしている。

 アキも水着めいた半裸のスーツだが、今日は丈が伸びたマーメイドドレス風になっており、まとわせている羽衣はいつもより格段に気品があった。

 若き主神に付き従う軍神と女神──そんな風情ふぜいがある。

「なんだかんだで、ハルカちゃんが一から十までコーディネイトしてくれるから大助かりッスよね。何も考えずに袖通せばいいんスから~♪」

「おまえ……曲がりなりにも女なんだから、もうちょっと努力しろよ」

 肉体的な女子力は桁外れなのに、精神的かつ文化的には女子力皆無なアキにレオナルドは苦言を呈するも、銀縁眼鏡の奥では諦めが垣間見える。

 ミサキ一行はイシュタル陣営の席に腰を落ち着けた。

 座り心地のいいソファタイプの椅子だ。

 ──と言っても着席するのはミサキのみ。

 レオナルドとアキは補佐なので、席の後ろに立ったまま控える。

 次に現れたのは──ククルカンの陣営だった。

「なあ、マヤム君……これはやり過ぎじゃないか?」

「なに言ってるんですかアハウさん、あなたは僕たちの陣営の代表、ククルカンの森の王なんですよ? これぐらい派手に飾り立てなくてどうするんですか」

 最初──インディアンの酋長かと思った。

 アハウは大きな猛禽類もうきんるいの羽を何十枚も使うことで作られた頭飾りを被り、全身を装う衣装も緻密な刺繍ししゅうが施された衣を幾重にも羽織っている。首飾りや頭飾りもジャラジャラと音がするほど身につけていた。

 アハウはどんなに人間形態に近寄れても獣人らしさが残るのだが、その獣臭さを覆い隠してしまうほどの装いだった。

 デザインのベースはインディアンの酋長だが、随所ずいしょにアステカ文明やマヤ文明の意匠いしょうを凝らしてある。別名の“ケツアルコアトル”を意識しているようだ。

「ほら、僕だってアハウさんに合わせてるんですよ」

 そういってマヤムは胸を張るが、アハウほどの派手さはない

 青や白を基調としたドレスを着込み、艶やかな錦糸きんしで紋様をあしらった外套がいとうを羽織っている。以前は女性らしくなった体型を隠していたが、もうその必要もないので胸元を大胆に開けたデザインになっていた。

「見知った身内のみで行う会議なんだ。これ見よがしに神として振る舞うわけでも誇示するわけでもないんだから、ここまでしなくとも……」

「いけません! こういうイベントをきっかけに、神様という意識をしっかり持たないと……ほら、レオ先輩たちだって着飾ってるじゃないですか」

 マヤムは先輩であるレオナルドやアキに会釈をする。

 レオナルドは朗らかに会釈で返すのだが、横に並んだアキが「あれマヤム君ッすか!? 本当に女の子になってるし! ウチら爆乳特戦隊の新メンバーッスか!? あ、でもおっぱいが……」と矢継ぎ早に質問していた。

 これにレオナルドは閉口し、「おっぱいが……」の下りを聞いたマヤムはアハウの腕にしがみつくと、悔しそうに啜り泣いた。

「やっぱり僕……人体改造系の技能スキルを覚えて豊胸します!」
「しなくていいから……前にも言ったろ、それがおれのベストサイズだ」

 マヤムを「よしよし」となだめながら、アハウは自分の席に着く。

 人間に近い姿になっても身の丈が2mを越えるアハウには、大型ソファを用意してある。なので、アハウも席を間違えることなく着席してくれた。

 気を取り直したマヤムが、席の後ろに控える。

「やあ、ミサキ君。しばらくぶりだな」
「アハウさんもお元気そうで何よりです」

 席に着いたアハウはミサキと目が合い、軽く頷いてから手を振った。ミサキも笑顔で応じると、同じように手を振り返す。

 無難な挨拶を交わす2人だが、ミサキの笑顔はどうしても崩れてしまう。

 崩れる理由を察したアハウは微笑むしかなかった。

「この酋長みたいな風体ふうていか? 会議が終わったら好きなだけネタにしてくれ」

 アハウが自嘲気味に言うと、ミサキも相好を崩した。

「いえ、そんなつもりは……ただ、チビッコたちに受けがいいだろうなぁ、と思って……何にせよ、会議が終わったらにしましょう」

 間もなく──タイザンフクン陣営も到着した。

 こちらの陣営もイシュタル陣営と同じく、会議に参加するのは3名。

 代表者であるクロウと、その補佐官を務めるGMのカンナ。

 そして、彼らの一員となって久しい灰色の御子──ククリも加わる。

「ここがツバサ母様とミロ父様のお家ですか……」

 初めて訪れる場所、おまけに母と父の魂を受け継いだ2人が暮らす建物と聞いてククリは興味津々のようだ。落ち着きなく辺りを見回している。

 十二単をモチーフにした巫女服が普段着の彼女だが、今日は本当に十二単みたいな着物を着込んでいる。衣装に強化バフ効果を付与しているのか、着物のすそを引きずることはなくフワフワと床から浮いていた。

「私も来るのは初めてですが、立派なものですね。ヨイチ君の作ってくれた拠点も大したものですが……ここまで豪華な御殿ごてんだとつい比べてしまいますね」

 彼女を連れて歩くクロウも、ツバサたちの我が家に感心していた。

 どうやら、その出来映えに目を奪われているようだ。

 クロウはいつも通り、骸骨紳士に相応しい出で立ちをしている。

 背の高いシルクハットを被り、欧州の香り漂う紳士服を着込み、インバネスマントを羽織っている。基調は黒で統一されていた。

 だが──まず生地のグレードが数段上がっている。

 紳士服やマントを飾る小物、ボタンやカフスに飾り紐なども金銀宝石をあしらった高級品だ。せっかくの晴れの日、ホクトが奮発したのだろう。

「…………………………じぃーっ」

 そんなクロウとククリの三歩後ろを歩く──カンナ・ブラダマンテ。

 彼女もいつもの女騎士然とした甲冑かっちゅうではなく、女執事の装いになっていた。

 しかし、クロウとククリの話には混じろうとせず、炯々けいけいと燃える眼光をある一点に叩きつけている。

 それはイシュタル陣営──のレオナルドに向けてだ。

 時折、横にいるアキにも向けられるが、そこには憎悪が紛れ込む。

 浅からぬ因縁のある3人。レオナルドは引きつった笑みで怖々こわごわと手を振り、アキは相変わらずの脳天気な笑顔でヘラヘラと手を振っていた。

「…………フン!」

 猪武者でもこの場の雰囲気を尊重するのか、今にも飛び掛かろうとする気迫を抑え込んだカンナは、鼻をひとつ鳴らすとそっぽを向いてしまった。

「さあククリさん、こちらの席へ……皆が揃うのを待ちましょう」
「はい、クロウおじさま」

 クロウとククリはイシュタル陣営とククルカン陣営に、それぞれ丁重にお辞儀をしてから席に着いた。タイザンフクン陣営の席は彼と彼女の2人分だ。

 補佐であるカンナは女執事らしく、2人の背後に控えている。

 そしてトリを飾るのが──ハトホル陣営。

 真打ちというわけではないが、全陣営が出揃ったところを待ち構えていたかのように最期に入室する。まずツバサの姿を目にした一同からどよめきが起きた。

 ツバサのらしからぬ格好が目を引いたのだろう。

 ダークグレーのスーツ。それもスカートではなくパンツタイプだ。

 しかもダブルの固そうなスーツでダンディにキメており、ネクタイもきっちり締めている。それでも胸元を押し上げる爆乳は隠しきれないが──。

 下もスカートではなく、やや余裕のあるスラックスタイプのパンツだ。

 肩には漆黒のロングコートをマントのように引っ掛けて、それこそレオナルドやクロウのように歩く毎にはためかせている。

 いつもに増して男らしい格好のツバサが珍しいのだろう。

 ミサキやレオナルドでさえ意表を突かれたのか唖然としており、アハウやマヤムもなんて言えばわからないらしい。クロウは年の功か「ほう……」と顎に手を当てて感心するだけに留まっているが、ククリが思いの外に好感触だった。

「ツバサ母様……カッコイイッ!」

 純粋な褒め言葉なので、ツバサは微笑みながら受け取った。

 今回の会議のお召し物に関して──。

 ミロやクロコは「ツバサさんに超エロティックなドレスを着せよう!」と画策かくさくしていたらしいが、先日ツバサの怒りが大噴火したばかりだ。

 さすがのアホガールと駄メイドのコンビも、「ここで悪ノリしたらハトホルの谷が地上から消えちゃう」と反省するしかなかったらしい。

 会議に着る衣装の話になったら──。

『どうぞツバサ様のお召しになりたい衣装を選んでくださいませ』
『うんうん、どんだけ男らしくてダンディズムでもいいからね!』

 ──珍しくツバサに譲歩じょうほしたのだ。

 さすがにご機嫌伺いをするくらいの知恵はあるらしい。

 ご機嫌斜めなツバサの気分を損なわないように必死だった。

 そんなわけで、かつてないくらい男らしさを追求した格好をしてみたのはいいのだが……これ、ほとんど“マフィアの女ボス”ではなかろうか?

 まあ、乳尻太股がはみ出すようなセクシードレスよりマシか、と自分に言い聞かせておく。幸い、男心は久し振りの充足感を味わっていた。

 ミロもツバサに配慮したのか清楚なドレス姿である。

 今回はツバサが黒なので、対となるべく白をメインとした色彩のドレスだ。

 いつもの年頃の女の子にしてはやんちゃすぎるアホさ加減さえなりを潜め、ツバサに従うように楚々そそと歩いている。らしくなさすぎて違和感があるくらいだ。

 そして、クロコは──相変わらずのメイド姿である。

 一応、新調してはいるがメイド服に変わりはない。

 そういう意味では終始一貫している。彼女なりのプライドなのだろう。

 ハトホル陣営も席は2つ、ツバサとミロの分だ。

 タイザンフクン陣営と同じく、ツートップ体勢だから代表者も2人である。

 ツバサとミロが着席し、補佐を務めるGMのクロコが脇に控える。

 ハトホル、イシュタル、ケツアルコアトル、タイザンフクン──。

 ここに4陣営の代表が一堂に会した。

「全員揃いましたね。では…………始めましょう」



 ツバサの声を合図に──四神同盟による会議が始まった。


しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...