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第9章 奈落の底の迷い子たち
第211話:ククルカンの森の休日 後編
しおりを挟む「なるほどねー。陣営を率いる大将ともなれば、休みの日でも色んなことを考えてたりするもんなんだねー……愛しい女房を抱きながらも」
バリーが冷やかし気味に言うと、その頭がポカッと小突かれる。
「アハウさんのお休みを邪魔した張本人が言うんじゃないの! すいません、ウチの宿六が本当にもう……気が利かないったらないんだから、このバカ!」
口の減らないバリーを叱ったのはケイラだった。
拳銃使い──バリー・ポイント。
偵察猟兵──ケイラ・セントールァ。
最近、アハウたちに加わった新しい仲間である。
バリーは日本人とは思えぬほど彫りの深い顔をした、キザっぽい伊達男を気取っている二枚目半。その相棒にして自身もバリーも認める“恋女房”のケイラは、気の強そうな褐色美女。肉体的な種族はケンタウロスに属する。
――還らずの都を巡るキョウコウ一派との戦争。
その発端となった情報は、彼らからもたらされたものだ。
この世界の大陸中央に大勢いたというプレイヤーの大量失踪事件に不穏なものを感じて、ククルカンの森まで避難してきた彼らから話を聞いたアハウが、ツバサ君に相談したことに端を発していた。
その後キョウコウの魔の手はハトホルの谷にまで届き、そこから先の戦争へと発展していったわけだ。一段落した今ではホッと胸を撫で下ろしている。
「休みだからといって何も考えずに過ごせるものでもないだろう……人間とは生きてる限り、何某かのことに思考を巡らせているものだ」
そこに高尚も低俗もない。
どれだけ疲れていても、人間の思いや考えは電気信号となってシナプスを渡り、脳内のニューロンを駆け巡るものだ。
「そうかい? オレなんか現実じゃあ休みをもらったら何も考えずにボケーッとしてたもんだが……いや、何かしら考えることは考えてたかもな」
アハウの言葉を受けて、バリーも納得するように頷く。
「そうだろう? 人間は“考える葦”だとはよく言ったものだな」
「うんうん、どんだけバカでもアホでも、疲れ果てた休みの日でも考えてたわ……綺麗なおねーちゃんのおっぱいとかお尻とかバストとかヒップとか……」
「女の体のことばっかりじゃないッ!?」
ケイラがツッコミを入れつつ、バリーの脳天に拳骨を落とした。
頭にマンガみたいなたんこぶをこさえても、バリーは怒ることさえなく歯を剥いて“ウシシ”と楽しげに笑うばかりだ。
「健全な男の子の頭の中っててそういうもんなのよ、マイハニー?」
「だからって人前でホイホイ言わないの、まったく……」
良くも悪くも──2人の仲は良好のようだ。
これだけポカスカ殴られたのなら、短慮な男はすぐに女性へやり返すし、平気で手を上げるはずだ。しかし、バリーはやられっぱなしである。
むしろ、ケイラの制裁を待っている節さえあった。
芸人的に言えば「ツッコミ待ち」である。
セクハラめいた下品さはあるものの、バリーは“いい奴”なのだ。
見た目は悪くないのだから襟を立たせばイケメンで通用するのに、バリーはわざと三枚目を演じているらしい。
だからこそ親しみを覚え、好感が持てるのだろう。
アルマゲドン時代、一時期だがパーティーを組んでいたアハウはバリーの人柄を知っていたので、彼とケイラを快く仲間に迎え入れた。
でなければ、ナアクという狂科学者に騙されて仲間を失い、他人を信じられなくるほどの自己嫌悪に陥りかけていたアハウが、新しく仲間を迎え入れることなどありえない。今もマヤムだけを頼りに生きていたはずだ。
これも彼らのおかげだろう。
ツバサ君とミロちゃん──あの2人に感謝せねばなるまい。
あの2人がククルカンの森を尋ねてきて、心を閉ざしたアハウに活を入れてくれなければ、知った仲のバリーでさえも拒絶していたか知れない。
もっとも、ツバサ君には殺されかけたのだが……。
いやいや、あれは勘違いから襲いかかったアハウが悪いのだ。非はこちらにあるのだから、ツバサ君への批判は間違いである。
既にあの一件では両者の誤解も解けて手打ちとなっているが、アハウはツバサ君への礼が足りない気分だった。罪悪感が残っているのかも知れない。
時期を見計らい、お中元かお歳暮でも送っておこうか?
恩師の『天下無敵の大学教授』と『地上最強の民俗学者』と呼ばれた2人にも、毎年お中元やお歳暮を欠かさなかった現実世界での恒例行事を思い出す。
そういえば――あの2人にはお孫さんと娘さんがいたな。
クロウも何度か顔を合わせていた。
ご多分に漏れず、VRゲームにハマっているなんて愚痴を聞いた覚えがあるのだが、もしかするとVRMMORPGをプレイしていたのではなかろうか?
もしかすると――真なる世界で再会する可能性もある。
「……むぅ、やはり考えることは山積するものだな」
アハウは渋い笑顔で頬杖をついた。
多少くだらないことを考える時もあるが、思考を続けるのは大切なことだ。それが新たなアイデアを芽生えさせる閃きにならないとも限らないのだから。
~~~~~~~~~~~~
ここはククルカン陣営の拠点──皆で寛げるリビングルーム。
アハウとマヤムの密やかな時はバリーの乱入によって台無しにされ、それを叱りつけにケイラまで飛んできた。みんな集まったので書斎にいるのもなんだからと、リビングで談笑しようかということになった。
アハウは専用の大型ソファに座り、マヤムはその隣に据えられた小さなソファに腰を下ろす。並べられたソファを見てカズトラなどは『王と王妃の玉座』と真顔で言い切ったものだ。
バリーはロングソファにだらしなく寝そべり、ケイラはその傍らに馬体の下半身を器用に座らせていた。直に床に座るのではなく、ちゃんと専用のクッションを使っている。こういうところは女性ならではの細やかさだ。
アハウたちがそうであるように、彼らも休日仕様だ。
野外に出掛ける装備ではなく、マヤム作の普段着で過ごしている。
元からコスプレ衣装などを自作することもあったマヤムは、こちらの世界に来てからはフミカちゃんやハルカちゃんといった裁縫上手な友人も増え、彼女たちに習うことで技能を習得したそうだ。
バリーはスマートな体型に合わせた、柄物のワイシャツにジーンズというラフな格好だ。ケイラは休日でも気を抜かないのか、バリッと糊の利いたブラウスに馬の下半身を覆い隠すカーテンみたいなスカートで過ごしている。
……あのスカートの下には、馬体に合わせた下着を穿いているのだろうか?
それもマヤムが作ったのか? サイズを測って?
ガラにもなく思春期の少年みたいなことを想像してしまった。
「しっかし、アハウの大将もマメだねぇ」
マヤムの煎れたお茶を啜り、バリーはぼやくように感心した。
「この世界にいる種族が現実でいうところの妖精だからって、その情報を予習しておこうだなんてさ……傾向と対策でも練っとくの?」
「あながち間違いじゃないな」
バリーからの指摘を、アハウはあっさり肯定した。
獣人の巨体に合わせたソファに背を預け、アハウは予習の意味を語る。
「妖精にしろ妖魔にしろ妖怪にしろ、処変われば品が変わるように、地域や年代によって差違がある。または、モデルとなった存在から後世になるにつれて変形していった者も多い……そうした“傾向”は知っておいて損はない」
変遷した理由などを把握できていれば尚のこと良い。
友好的であれ敵対的であれ、妖精たちのファーストコンタクトで氏素性を知っているというのは、それだけで優位性となる。
「彼らの好物、望み、好きなこと、されたいこと、欲しい物……そういったものがわかれば、それをあげることで最初から交渉しやすくなるし、もしも敵対的な態度を取るならば、弱みを突いて追い払うなり服従させればいい」
できれば使いたくない手段だがな、とアハウは本心を付け加えておく。
バリーは得心したように鼻を鳴らす
「ふ~ん、昔あった悪魔と交渉するゲームみたいな感じかい?」
「仲魔にする『コンゴトモヨロシク』……というやつだな。私も遊んだよ」
まさか例に挙げられるとは思わずアハウは苦笑した。
交渉を前提とするのは大切なことだ。
「ツバサ君たちとの同盟もあるが、おれ個人の意見としても、現地種族にはなるべく手厚い保護を考えている。新たな種族に出会えたら、初期接近遭遇から手探りで互いを理解していくのもアリだが……こちらに予備知識があれば、よりスムーズな関係構築を進められるはずだ」
そのための“読書とお勉強”である。
備えあれば憂いなし、とはまさにこのことだ。
「こうした傾向は勿論、ヴァナラたちのように共に暮らす種族には、“かつて彼らはこのよう能力を備えていた”という情報がを得られれば、彼らの成長を効率的に促す指導をすることもできるわけだ……これは“対策”だな」
「なるほど、準備万端ってわけね」
バリーはテーブルに手を伸ばし、お茶請けに用意された煎餅を3枚まとめて取ると重ねてバリバリと食べ始めた。お行儀が悪いとケイラに怒られている。
バリーへの説教を終えたケイラは、アハウに振り向いた。
「でも、現実の書物に記されたそういうファンタジーな生物と、この世界に生きる種族たちって、どのくらい似通っているものなんでしょうか?」
期待と興味を織り交ぜた口調のケイラが尋ねられる。
アハウは顎髭みたいな獣毛を撫でて答えた。
「うむ、まだちゃんと調査したわけではないから断言はできないが……ツバサ君やミサキ君の拠点で暮らす種族に関しては事細かに聞いておいた」
というか──フミカちゃんが教えてくれた。
アハウが好奇心から尋ねたら話し込んでしまい、「活字中毒のお仲間っスね!」と同類認定されてしまったのだ。
「まだ高校生くらいだと聞いたが博識な子でね……頼まずとも各種族に関するデータを論文形式にまとめてくれたんだ。おかげで役立っているよ」
オリエンタルな踊り子風の外見とのギャップに戸惑ったものだ。
しかし、ミサキ君の陣営にいるアキさん(いつも水着みたいな格好で過ごす自堕落ニートな美女)と姉妹だと知って、納得してしまった。
あの2人――似たもの姉妹だ。
当人たちは互いに認めないだろうが、血縁の濃さを感じる。
口調とか雰囲気が似ているのではない。アプローチこそ異なるものの、未知の情報を求めようとする情熱が本質的に同じなのだ。
指摘しても姉妹喧嘩の元になりそうなので、口は噤んでおこう。
「それはさておき……貰ったデータと、現実の書籍を照らし合わせてみたところ、大凡だが70~80%の類似性が見られた。なので、アキさんから入手した現実の書籍を参照しても、この世界の種族との大きな隔たりはないだろう」
特にエルフに関しては、最新の書籍ほど類似性が高い。
『金髪で背が高くて美形。特徴的な耳を持つ。森での暮らしを好む妖精の種族で、弓術もしくは魔術に長けている。そして、人類より遙かに長生き』
こうしたエルフの特徴は、現代になって定着したものだ。
エルフの原典はヨーロッパ各地の神話や妖精伝承に基づいており、地域や国によって容姿や能力に差がある。場合によっては完全に別物だ。
しかし、『妖精である』『長生きする』『魔術が使える』などの要点を引き継いでおり、どこかしらに似通うものがあったりする。
そして、真なる世界のエルフは──。
「ほぼ現代の創作物に登場するようなエルフだったからな。作品内容により多少の違いはあるものの、この世界のエルフはほぼ前述した通りのエルフだ」
つまり、アルマゲドンなどのゲームを楽しんでいたプレイヤーが、違和感を抱くことなく受け入れられる、今では一般化したエルフ像だった。
「なんとなく腑に落ちませんよね」
そんな疑問を呈したのは、アハウの隣に座るマヤムだった。
「腑に落ちないってのは何のことよ、マヤムちゃん?」
アハウが尋ねる前にバリーが訊いてくれた。
マヤムは軽く頷き返してから、疑問点を上げていく。
彼女もアハウと同じように物事を理路整然と考えるところがあり、アルマゲドン時代からGMとして携わってきたので思うことも多いようだ。
「だって……この真なる世界は地球の人類を創った神様や魔王のいる世界で、その歴史も地球より古いわけでしょう? この世界にいた神、悪魔、妖精などが地球に関わることで言い伝えられるようになったと……」
「ああ、ジョカさんからはそう聞いたが……」
ツバサ君の陣営には生き証人がいる。
起源龍──ジョカフギス。
この真なる世界を創り上げた創世の龍であり、神と魔が地球の人類誕生に深く関わったことを証言した当人だ。ただし、彼女自身は冬眠のようなものを繰り返していたので、ほとんどが神族や魔族からの又聞きらしい。
「だったら、古いタイプの妖精……例えばエルフなら、原典に近いエルフがいないとおかしくありませんか? なのに、この世界に生きるエルフは、僕たちが知っている最新のものとよく似ているだなんて……」
「順番的に辻褄が合わねぇか、確かに妙な話だなそりゃ」
「ふむ……そう言われると腑に落ちないな」
バリーのみならず、アハウもマヤムの疑問に同意した。
現代の創作物に登場するエルフは、北欧神話に登場する“アールヴ”という精霊やいくつもの妖精をモデルにして、トールキンという作家がデザインしたものが土台となっており、その影響を受けた後世の創作物に反映されていった。
そもそもエルフという単語は、妖精の総称に近い意味でも使われる。
ゴブリン、ドワーフ、レプラホーン、ピクシー、フェアリー、トロール……こういった他の妖精の伝説と被ることさえままあるくらいだ。
それらが混同して魑魅魍魎めいた怪物とされる場合すらある。
妖怪漫画の第一人者として知られる水木しげる先生の描いたエルフなんて、地下暮らしの毛むくじゃらな複数の腕を持つ獣人のような見た目をしていた。
これもまたイギリスの伝説にあるエルフの姿だ。
実際、妖精は古くから半獣半人な要素が含まれると言い伝えられてきた。
「しかし、真なる世界は広い。それこそ地球の何十倍もあるという……おれたちが知るところの新しいエルフとミサキ君たちが出会えたように、いずれ原典に沿った形のエルフと巡り会う可能性も捨てきれないだろう」
「あ、まだ会ってないだけかも知れませんよね」
そういうことだ、とアハウは納得してくれたマヤムに唇の緩めた。
マヤムが腑に落ちない点は、アハウも引っ掛かっていた。
ミサキ君のイシュタルランドで暮らす種族で言えば、エルフに限らず、ドワーフやオークに人魚まで現代の創作物に準拠した姿なのだ。
人魚など『水中では下半身が魚となり、陸上では人間の脚に変化する』なんて水陸両用の能力まで持っている。
そんな設定、最近のマンガやアニメでしかお目に掛かったことがない。
少なくとも原典の人魚にはない能力だった。
だからこそお伽噺の人魚姫は、魔女に声を売り渡してでも人間の足を手に入れた。その他の伝承でも、上下問わず半身は魚のままだったはずだ。
「……とまあ、おれも悩ましくはあるんだが、まだこの世界の全貌を把握したわけではない。現時点ではたまたま出会えなかっただけ、と結論付けておこう」
いつか──原典に則した妖精種族に出会うかも知れない。
とりあえず、そう自分を納得させておいた。
「地球のオタク文化に合わせてアップデートされてたりしてな」
突然バリーが突拍子もないことを言った。
「それは…………いや、ありえんだろ」
アハウは目を丸くして言葉に詰まってしまった。
そっと視線を泳がせてみれば、マヤムやケイラまで唖然とした表情をしており、目を皿のように丸くしてバリーを見つめている。
バリーの放言はありえないことだ。理屈も理論も成り立たない。
だが──“腑に落ちる”気がしてしまった。
現実世界の人々が思い描いた幻想が、この真なる世界に何らかの形で影響を及ぼして、それが実を結ぶことにより、ああいう種族が生まれているのかも……。
「冗談だよジョーダン、真面目に受け取りなさんなって」
ふと真剣に考え込むアハウに、バリーは気まずそうな笑顔でパタパタと掌を仰いでいた。自分の与太話が聞き入られるとは思わなかったのだろう。
そうだ──時系列としてあり得ない。
真なる世界に神々や魔王や妖精といった種族が生まれ、彼らの因子を素に地球の人類が作られたという。ならば、彼らの影響が人類にあったとしても、人類の影響が彼らに変化を及ぼすことなどあろうはずがない。
考えすぎだな……アハウは頭を振って苦笑した。
「なんにせよ……おれはこの世界に生きる者の力になりたいと考えている。ヴァナラたちにも、伝説にある猿神ハヌマーンのような力を取り戻したいというのなら、惜しみない協力を約束するつもりだ」
書籍による予習も一環に過ぎない。
「それが私たちを脅かすことになっても……ですか?」
今度はケイラから疑問を投げ掛けられた。
彼女は自由気ままな風来坊のバリーとは対照的に、生真面目で心配性なところが目立つから、今のアハウの発言に不安を過ぎらせたのだろう。
「もしも……あくまでも仮定ですし、かなり先の話になると思いますが……これはヴァナラたちに限った話じゃありません」
そう前置きしてから、ケイラは芽生えた不安を打ち明ける。
「遠くない未来……文明を取り戻して、技能や魔術を身につけた現地種族たちが、私たちに牙を剥かないとも限りません。心ある者は全て……とは言いませんけど、少なからず驕る者が現れます……人間がそうだったように……」
「ふむ、その心配はよくわかる……力を得た者は変わってしまうからな」
アハウたち、アルマゲドンプレイヤーもその例に漏れない。
ミサキ君たちも“聖騎士王”と名乗る傲慢なプレイヤーに迷惑を掛けられ、アハウたちも“開闢の使徒”を自称するナアクに辛酸を嘗めさせられた。
彼らもまた、神の能力を得て驕った者たちだ。
現実にいた頃から素行が悪かったかも知れないが、過大能力などに目覚めなければ、そこまでの悪行に手を染めなかったはずである。
「現地種族にそういった者が出ないとも限らない……その危惧はもっともだが、恐れていては何も始まらない。幸いにも我々は元より、どこの陣営でも良好な関係を築けているという……今は彼らの成長を見守るだけでいいだろう」
もしも反旗を翻す者が現れたら──その時はその時だ。
「その時の状況次第で対処するしかない……オレたちが神として反逆者を処罰するか、あるいは神は不要になったと断じて距離を置くか……なに、そこまで気を病むことはないさ、ケイラ君……まだまだ遠く、未来のことだよ」
「そう、ですね……杞憂だったかも知れません」
失礼しました、とケイラは取り越し苦労なのを謝ってきた。
「いや、そうした懸念はしておくに越したことはない……が、それに囚われすぎてもいけない。遠い先の心配は、まだ心の片隅に留めておくだけでいい」
まずは真なる世界の復興と繁栄──これを優先する。
「この世界に生きる種族のため、いずれこの世界を訪れる人類のため、そして……いつか、この世界へ生まれ変わってくる仲間たちのためにもな」
あの大戦争で──アハウは得難い経験をすることができた。
還らずの都の力により、この世界へ戻ってくることができた仲間たち。
ナアクの実験台にされ命を落とした仲間に再会できたのだ。
彼らはこう言っていた──。
『来世でよろしくやるからさ、アハウの旦那が気負うことはねぇんだ』
『そうそう、私たちも神族になった端くれ。来世もまた生まれ変わってくるよ』
『この真なる世界ならそれができる。また会おうぜ、アハウさん』
別れ際の彼らのセリフが、アハウの胸に刻み込まれている。
「いつか再び……生まれてくる仲間たちのためにも、この世界をより良い世界にしておきたい。それが、今のおれが持つ数少ない指標なんだ……」
何気なく話していただけなのだが、気付けばいつの間にか所信表明演説みたいなことを口走っていて、恥ずかしさのあまり頬が赤くなりそうだった。
マヤムとケイラなんて拍手しそうになっている。余計に気恥ずかしい。
「いいね、その男意気──オレぁ一口乗っかるぜ」
こんな時、バリーの気安さには助けられる。
バリーは寝そべっていたロングソファに座り直すと、温くなったお茶を一気に煽ってからアハウの言葉に賛同を示した。
「オレぁこの通り、いいかげんな男だからよ。そういう難しいことを考えるのは性に合わねえ……だがな、アハウの大将の気持ちはよくわかるぜ」
バリーにとって大切なもの──自分、カミさん、仲間。
「その安全が保証されるってんなら、どこまでもお供するさ」
「バリーに同じく……わたしも協力させていただきます」
夫であるバリーの意見に、ケイラも同調してくれた。
「そうか……ありがとう、バリー、ケイラ君」
気安くはあるのだが、こうも男気あふれる台詞を面と向かって言われるのは照れ臭かった。素直に礼は言ったものの、恥ずかしさから小声になってしまう。
このまま両手で顔を覆い隠したくなるアハウだったが──。
「だぁーかぁーらぁ! おままごとはもういいって言ってんだろミコォ!」
「おままごとじゃないよ、ちゃんとした看病だもん」
子供たちの賑やかな声で気を紛らわせることができた。
リビングルームの扉を蹴破るように飛び込んできたのはカズトラだった。
その後ろには小走りでミコがついてきている。
カズトラ・グンシーンとミコ・ヒミコミコ。
それぞれの陣営に未成年の少年少女は多いが、アハウたちの仲間ではミコが最年少の9歳、カズトラが15歳。こちらの世界に来てもう半年以上経っているので、それぞれ10歳と16歳になっている頃だろう。
「どうしたカズトラ、寝てなくて平気なのか?」
アハウは心配になったので訊いてみる。
戦争に突入する前、キョウコウ一派の様子を探るべくツバサ君たちはパーティーを組んで偵察の旅に出ていたのだが、同盟を組んだ誼でイシュタル陣営とククルカン陣営からも“戦力”として人員を派遣していた。
イシュタル側からはハルカちゃんが参戦したという。
そして、ククルカン側からはカズトラを出していたのだ。
道中の偵察でも頑張り、クロウさんのところにいるヨイチ君という少年とも親好を深め、戦争ではキョウコウの幹部を討ち取るほどの活躍をしたという。
これを聞いたアハウは、我が事のように喜んだものだ。
しかし、強敵である幹部との戦いでズタボロになったカズトラは、肉体こそ回復系技能で完治したものの、精神的疲労まで限界突破したらしく、ここ数日はろくに食事も摂らず眠り続けていたのだ。
燃え尽き症候群に近いものだったのかも知れない。
本人も「張り切りすぎた」と反省するくらいだから、気力が尽きたのだろう。
だから自室で眠っていると思いきや──。
「いや、寝たくっても落ち着いて寝られねーんだよ! ほらミコ、みんなここにいるんだから、おまえも混ざってこいよ! オレっちはまた眠るから!」
「じゃあ、一緒にお部屋行ってカズ兄の看病してあげる」
「だから看病なんざいらねぇっての! おままごとに付き合わせるな!」
親ガモの後を追いかけるみたいについてくるミコを、カズトラは邪険に追い払おうとする。普段は面倒見がいいくらいなのに珍しいこともあるものだ。
疲れのせいか? と思ったが、どうやら違うらしい。
シャツに短パンという寝間着姿のカズトラは荒ぶっている。
何やら恥ずかしがってもいるようだ。
「だいたい、その格好はなんだ!? お遊戯会のつもりか、ええ!?」
カズトラが指摘するミコの格好──それは看護師の衣装だった。
勿論、子供用に仕立てられているが本格的な出来映えだ。
おまけにカルテやら体温計やら注射器やら……小道具も充実のラインナップだ。カズトラが「おままごと」と怒鳴るのもわからなくもない。
年頃の少年が小さい女の子の「おままごと」に付き合わされる。
それは激昂しても仕方ないことかも知れない。
カズトラのように大人に憧れる年頃なら尚更だ。しかし、そこまで怒らなくてもいいと思うのだが、どうもミコの様子もおかしいように感じられた。
「もうナース服とは言わないのかねぇ……そっちのが響きがいいのに」
「場合によってはセクハラになるらしいぞ、その単語」
バリーのぼやきに、ケイラが妻として注意を促している。
「大体なぁ、看病されるほど怪我なんざ残ってねえんだよ。ツバサさんが跡形もなく治してくれたんだから……だから静かに寝かせてくれよ、な?」
怒鳴りすぎも逆効果と思ったのか、カズトラはいつもの調子で兄貴分らしくミコに言い聞かせた。ミコも素直な子なのですんなり受け入れる。
「そうなの? うーん……わかった、看病はもういいんだね」
じゃあカズ兄ちゃんと一緒にお昼寝する──ミコはそう言い出した。
はあっ!? とカズトラは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「一緒にお昼寝って……なんでそうなんだよ!? オレっちは疲れてっから寝るだけだ! ガキのお昼寝じゃねーんだよ!?」
予想外の返事に荒ぶるカズトラだが、ミコは物怖じせずカズトラの手を取ると引っ張ろうとする。部屋へ戻って寝ようと態度で示していた。
幼い妹が兄の手を引いているようで、なんとも可愛らしい仕種だった。
「いいじゃん、一緒に寝ようよ。そんな恥ずかしがらないでってば。カズ兄ちゃんはあたしのお婿さんになるんだから、そんぐらい平気でしょう?」
はあっ!? と今度はアハウたちが妙ちきりんな声を上げてしまった。
なんだそれは!? 初耳だぞおい!?
「どういうことだ、カズトラ……ッ!?」
「待ってアハウさん! 誤解っすよ! その獣王面マジ怖ぇ!」
「だっはっは! その年で幼妻を貰うとは……やるなカズ坊!」
「うっせえよバリーのオッサン! ケイラさんの爆乳が羨ましいわ!」
アハウの怒りを宥め、茶化すバリーを怒鳴りつけるカズトラ。
「ミコォ! おまえなぁ……なんでオレっちなんだよ!?」
カズトラがミコに詰問すると、幼女な純真な眼差しで答えた。
「だってあたし、カズ兄ちゃんのこと好きだもん」
「うっ……ぐっ……ッ!?」
真正面からはっきり言われたらぐうの音も出まい。
ミコは気後れすることなく淡々と続ける。
「そのこと相談したら『じゃあツバつけとかなきゃダメだよ』って教えてもらったから、今からみんなの前で言っとくの。カズ兄ちゃんと結婚するって」
大人しい娘かと思いきや──ミコはなかなか豪気だった。
昨今、ここまで押しの強い女の子も珍しいのではなかろうか?
「そっ……そんな入れ知恵をおまえにしたのはどこのどいつだッ!?」
カズトラの問い掛けに、ミコは暗躍した者の名を明かす。
「マリナちゃん家のミロお姉ちゃん」
「あんのアホォォォーーーッ!?」
さもありなん──彼女のイケイケな性格なら有り得ることだ。
引っ込み思案になるよりマシか……アハウは目を瞑ることにした。
カズトラは以前から言われていたのか、驚きこそしないが顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。こんなこと言われたら男の子は意固地になるものだ。
「ばっ……ッ! だから、それも前から言ってるだろ! なんでオレっちがおまえを嫁にしなきゃなんねーんだよ!? オ、オレっちはなぁ……そうだ、ツバサさんみたいに包容力のある爆乳のお姉さんと結婚するのが夢なんだよ! おまえみたいなちんちくりんでチビのペチャパイと結婚なんかするか!」
矢継ぎ早に捲し立てられる罵詈雑言。
カズトラの口の悪さはいずれ矯正せねばなるまい。
しかし、ミコは何処吹く風といった表情だ。
キョトンとしたまま悪口を聞き流して、平然と言い返しさえする。
「大丈夫。あたし、マリナちゃんのお母さんみたいにボインボインになるから」
「どこにあんだよ、そういう未来になる保証が!?」
「あ、ブルンブルンがいい? それともダプンダプンとか?」
「オッパイのオノマトペなんざどーでもいいんだよ!! ミコ、おまえがその……ツバサさんみたいなナイスバディになるって保証がどこにもねーだろ!?」
あるよ──ミコは根拠があるような強気を見せる。
「だってマリナちゃんから内緒で、おっぱいが大きくなって美人になれる“ハトホルミルク”っていう美味しい牛乳もらって、毎日ちゃんと飲んでるもん」
「なんだその出所不明の怪しさ満点ミルク!?」
「あ! あー…………あれか、ツバサ君も難儀な……」
ハトホルミルク──その出所をアハウだけは知っていた。
以前、ツバサ君と酒を酌み交わした際、「内在異性具現化者で苦労したこと」の暴露大会みたいな流れになったことがある。
そこでハトホルミルクについて打ち明けられたのだ。
「正体を知っているのはおれぐらいかと思っていたんだが……あの様子だと娘さんたちにもバレたようだな…………南無」
思わず片手で拝まずにはいられなかったアハウだった。
そして、アハウの横に座っていたマヤムはおもむろに立ち上がると、ミコの元に駆け寄って彼女の小さな肩を逃がさないようにがっちり掴んだ。
「ミコちゃん──そのお話、もっと詳しく教えてちょうだいッッッ!!」
「マヤム姉が食いつくんかい!?」
「マヤムお姉ちゃん、目が本気すぎて怖い……」
バストアップが叶うと聞いて、マヤムは目の色を変えていた。
雨の滴る午後、団欒の一時はゆっくり過ぎていった。
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その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

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※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

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☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
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