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第9章 奈落の底の迷い子たち
第205話:灰色の御子転生す
しおりを挟む「なんにせよ──アタシたちの勝ちでいいよね?」
ミロは地面に刺していた大剣を抜き、軽々と肩に背負った。
剣士らしい立ち姿で振り返ってくるのだが、ツバサはその形状はおろか彩色さえも大きく変貌させた、彼女の背負う大剣に目を奪われる。
漆黒に染まるも神々しい──新たなミロの大剣。
ジンが打ち鍛えた神剣ミロスセイバー、同じくジンがおまけで造ってくれた聖剣ウィングセイバー。こちらはダインが改良を加えてある。
改良の結果、神剣と聖剣は合体する機能を追加された。
以前から神剣と聖剣を合体させた剣を奮っていたミロだが、この大剣は大幅にデザインが変わっている。ほとんどフルモデルチェンジだ。
神剣と聖剣の合体した大剣を“神聖剣”と名付けていたミロだが、「有名な作品のとカブってた!」と騒いでたので、これを機に改名したという。
「ククリちゃんのお父さんがカッコいい名前くれたしね」
ミロは大剣を掲げると、覇気まとう剣身を誇らしげに見つめていた。
覇を唱える剣──覇唱剣。
ミロの過大能力【真なる世界に覇を唱える大君】に因んだ名前であり、ミロが魂を受け継いだククリの父親が名付けてくれたらしい。
超巨大蕃神の指を切り落とす前、アドバイスを貰ったそうだ。
「つーか、あれ。俺ちゃんたちが造ったのからチューンナップされてない?」
「原型はあれど、中身は別物レベルでパワーアップしとるぜよ」
製作者のジンと改造担当のダインが、揃って腕を組んで首を傾げている。
「やっぱり製作に携わった者として複雑か?」
自分たちが丹誠を込めて造った作品を魔改造されたのだから、物作りの匠からすれば冒涜に等しい噴飯物かも知れない。
ツバサはそう思ったのだが──。
「いいえ全然。むしろ製作者の想像を超えた使い方をして、こちらの提示した機能を100%を超えて発揮してくれたことが嬉しかったりしちゃいます」
「そうじゃな。自分たちの作った武具を使いこなすだけじゃのうて、作ったわしらが気付きもしなかった機能を見出す……工作者冥利に尽きるぜよ」
まったくの真逆――以外にも高評価だった。
ジンは変態マスクの前でパタパタと手を振って、ダインは誇らしげな笑みで腕を組んだ。一流の工作者は「俺たちの作った物を魔改造した!」などと了見の狭いことを言わないようだ。意外なところで感心させられた。
工作者たちの評価を耳にしてアホの子が調子に乗る。
「そう! 戦えば戦うほど強くなるのがミロさん! そのパワーアップしたアタシのミラクルエキセントリックパワーについてこれるのがこの剣! それもこれも、作ってくれたジンちゃんと打ち直してくれたダインのおかげの賜物!」
自分がナンバーワン! と自慢しながらも、製作者であるジンとダインを持ち上げるのも忘れない。このアホ、そういう気配りはできるのだ。
「恐らく、その剣はミロに呼応しているんだ」
ツバサは感覚的にそう捉えている。
ミロが過大能力に目覚めたり、真の内在異性具現化者として成長を遂げる毎に、剣もまた影響を受けて力を増してきたのだ。
ミロから発せられる力の波動を浴びた結果なのかも知れない。
そして、今回の件でククリの父の魂も受け継いだ。
これがミロの潜在能力を大きく引き出した結果、比例する形で剣の力も引き上げたらしい。普通ならミロの力に耐えきれず壊れるところだが……。
「作った工作者たちの腕が良すぎたんだろうな」
壊れるどころかミロの成長に応えるべく、自己的に進化を果たしたらしい。
本当の意味で“神剣”に成りつつあるのだ。
「ミロの成長速度も呆れるが、ジンとダインの作った物も大概だな」
ツバサが「やれやれ……」と苦笑する。
すると、ミロとジンとダインが一斉に同じポーズでツッコんできた。
「「「いや、あんたが言うな」」」
誰よりも最前線で戦い、真っ先に強くなる御人が──。
ダインやジンからは叱られるように言われた。
連中の中では、ツバサはそういう立ち位置にいるらしい。
「そんなことよりさ! アタシたちの勝ち、でいいんだよね?」
ミロはツバサに詰め寄り、勝利について念押しする。
問い詰められたツバサは少し背を逸らした。すっかり慣れてしまった乳房の下で支えるように腕を組むと、眉を八の字にして思案する。
「勝ち……うーん、勝利宣言していいものやら……どうなのかな?」
確かに勝利の余韻はあるが、完全勝利とは言い難い。
キョウコウ一派に勝ったのは事実だが、キョウコウの真意を知った今、「これからに向けて共闘する道もあったのでは」とか「蕃神たちに対する貴重な追加戦力を自分たちの手で潰したのでは?」などと悔やむばかりだ。
巨大蕃神こそ撃退できたが、トドメを刺したわけではない。
きっと力を蓄えて、また侵攻してくるだろう。
しかし──ツバサたちは勝った。
キョウコウ軍を蹴散らし、巨大蕃神も追い払い、勝利したのは事実。
彼らは敗走したのだから我々の勝利でいいはずだ。
思い残すことは多々あれど──。
「うーん…………まあ、勝ったと見ていいんじゃないかな」
ツバサがひとまずの答えを口にしたところ、ミロは「待ってました!」と言わんばかりに仲間たちへ振り返り、覇唱剣を掲げて叫んだ。
「よっしゃーッ! アタシたちの勝ちだぁぁぁーッ!!」
えいえいおーッ! とミロは勝ち鬨を上げる。
ノリの良い連中がミロに続いて勝ち鬨を上げ、他の者にも伝播し、結局はツバサを除く全員がミロに付き合って勝ち鬨を大声で上げていた。
「……なるほど、これがやりたかっただけか」
ミロが勝ちにこだわった理由を知り、ツバサは疲れた顔で微笑んだ。
ちゃんとツバサに了解を取る辺り、まだまだ可愛いものだ。
そう、ミロは可愛い、可愛くて仕方ない。
「あ、あれ……ツバサさん、これ、ひょっとして無意識でやってる?」
「ん? 何がだ……って、え? あれ?」
気付けばツバサは覇唱剣を片手に勝ち鬨を上げるミロを背後から抱き締めて、ありったけの愛情を込めて抱擁しつつ撫で回していた。
ミロの指摘した通り──無意識にだ。
思った以上に母親の本能が加速している。
ミロが可愛い、ツバサの夫にして娘で、この世界でだれよりも愛していると少しでも脳裏を過ぎった時には、もう彼女に抱きついて愛でていたらしい。
これは──恥ずかしい。
人前でも息子を可愛がることが平気になったツバサでも、無意識でこういうことをやってしまう不用心さに、恥ずかしさを覚えてならなかった。
顔の温度が上昇して真っ赤になっていくのがわかる。
一方、ミロは嬉しそうにニマニマ笑っている。
このまま放置すれば「ツバサさんは本当にオカンなんだから~♪」とか囃し立ててくるに決まっている。その前に先手を打たねば──!
「あー……コホン、勝ちに浮かれるのは後回しだ。こんなに騒げるくらい元気なら、とりあえずの後始末はできるだろ!」
ツバサはミロを引っぺがすと、その場にいる全員に号令を飛ばした。年若い者ほど「ええ~?」とうんざり声を漏らしている。
この時ばかりはミサキもジンみたいに嫌そうな顔をした。
ハルカまで一緒の表情なのが面白い。
あまりにも三人が似ていたので吹き出しそうになる。
良くも悪くも悪友同士、こういうところは息がピッタリだった。
そんな若輩組を叱咤するべくツバサは言葉を続ける。
「疲れているだろうが文句を言うな。最低限、あの溶けた巨人の死骸くらい片付けておかないと、ここいら一帯の自然が汚染されかねないんだ。みんな疲れているのはわかっているが、もう一踏ん張りだと思って頑張ってくれ」
ツバサが後始末の重要性をしっかり説けば、ウノンやサノンのようなお子様でもちゃんと聞き分けてくれた。素直ないい子ばかりで助かる。
みんなで手分けすれば、日暮れまでには終わらせられるだろう。
「この戦争はひとまず俺たちの勝ちだ。勝った者にも責任は付きまとうもの、そう思ってちゃっちゃと後始末を終わらせてくれ。終わったら美味しい御飯とたっぷりの休息を約束するから……じゃあみんな、取り掛かってくれ」
ツバサはパンパンと手を叩いて、全員に素早く仕事に取り掛かるよう発破を掛けていく。これを受けて皆、三々五々に散っていた。
こうして──還らずの都を巡る戦いは幕を閉じたのだった。
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灰色の御子たちは地球へと渡った。
地球で誕生した人類──そのアストラル体を真なる世界へ連れてくるためだ。
しかし、地球での活動は過酷を極めた。
人類が精神的に未発達すぎて、新たな神族や魔族になれるとは到底思えず、また地球から真なる世界へ渡る技術を生み出すだけの文明的な素養さえなかったため、そこも指導していく必要があったからだ。
このため、灰色の御子たちは人間社会に溶け込み、人類を新たなステージへ押し上げるべく教化していくことを決めた。
そのためには──どうしても受肉する必要があった。
神族と魔族、あるいは地球でいうところの妖精などの力を受け継いだ灰色の御子たちは、地球に渡っても超常的な能力を使うことができた。
だが、アストラル体とは霊体のようなもの。
物質的な有り様が異なる地球において、アストラル体は実体を伴わず、あやふやな霊体としてしか認識されないため、灰色の御子は人間たちの目に映らず、声さえ届かないこともままあった。
これではコミュニケーションが取れない。
アストラル体では活動しにくいことが問題となった。
教化するにしろ指導するにしろ、人類との対話は必要不可欠。
アストラル体のままでは困難だと思い知らされる。
そこで灰色の御子たちは、人間に取り憑いたり、あるいは人間の胎を借りることで受肉し、人間としての肉体を得るようになった。
こうした人間に紛れ込んだ灰色の御子は、時に英雄として、時に偉大な王として、あるいは世界を変える発見をした学者として名を馳せていった。
彼らは人類の知性を高め、世界を変え、時代の流れを推し進めた。
人類を新たなステージへ押し上げるため、灰色の御子たちは人類史の背後で暗躍してきた。やがて、できるだけ多くの人間を真なる世界へと渡らせるための大規模な組織が必要となり、世界的ネットワークを構築する。
時代を超える毎にその名称は変わってきたが、人間社会でも一般的に認知される頃には、“ジェネシス”という名前に落ち着いた。
ジェネシスが軌道に乗り始めた頃──新たなる問題が発生した。
人間として活動するため、定期的に転生を繰り返していた灰色の御子たちの能力に陰りが見え始めたのだ。
ある者は極端に能力が低下し、ある者は肉体の老いに合わせてアストラル体が老化し、とうとう人間としての死と同時に、アストラル体まで死滅させるものまで現れてしまい、灰色の御子たちは騒然となった。
かつて神族や魔族は、何度か地球を訪れている。
そのまま地球で活動していた者もいたが、灰色の御子たちのように数百年もの間、地球に留まった者がいなかったので前例がなかった。
どうやら人間の肉体は──重すぎるのだ。
この重すぎる肉体を着込むように活動を続けていた灰色の御子が、その重さゆえにアストラル体の疲弊を強いられ、神族や魔族の力を受け継ぎながらも、人間と同じように老病死苦に悩まされるようになったらしい。
「……キョウコウ様は、それを嫌いましたからね」
エメスはキョウコウが消えた空の彼方を見上げていた。
「だからこそ、彼は悪鬼外道の誹りを受けようとも、他者の魂を喰らうことでアストラル体の保全に努め、更なる力を求めて万物を取り込んでおりました……」
キョウコウと同じ手段を選んだ灰色の御子は他にもいる。
だが、そうした者は取り込んだ魂の不純物に犯されたのか、精神的な安定を保てなくなった。獣のように荒れ狂ったり、殺人や破壊の衝動に駆られて暴れたため、仲間である灰色の御子たちが始末することが多かった。
途方もない殺人鬼、常軌を逸した暴君、畏怖された狂乱の魔術師……。
そうやって悪名を轟かせた者は発狂した灰色の御子の場合が多い。
「正気を保てたのはキョウコウ様ぐらい……真なる世界で果たした偉業もそうですが、やはり貴方は一廉ならぬ大人物だったのですね……」
我が友よ……エメスは寂しげに呟いた。
「結局、今日まで息を繋いだ灰色の御子は数えるほど……」
エメスの後ろから、声と共に足音が近付いてくる。
振り返らずとも、この重そうな足音は肥満体の彼しかいない。
太っちょの執事──ダオンがエメスの横に並んだ。
エメスの独白を引き継ぐように語り出す。
「人間として受肉することで、摩耗するように力を失っていった灰色の御子たちは、様々な方法を模索し、自分たちの力を存続させることを図りましたね」
そのひとつが──アストラル体の子孫を作ること。
人間として伴侶を得、生まれてくる子供に灰色の御子としての能力や記憶を譲り渡すことで、自分が消滅しても子孫に力を託そうとしたのだ。
「その結果──私たちが生まれたわけですからね」
エメス、ネルネ、ダオン、ニャル、ミラ、ドンジューロウ。
キョウコウ六歌仙は全員、灰色の御子の子孫だ。
だからこそジェネシスに加わり、先行して真なる世界に渡れる特権を持つGMという職に就けた。経験者の血筋ということもあって優遇されたわけだ。
ちなみに──キョウコウ五人衆はこの限りではない。
彼らは「人間の中でも才能に秀でた者」をキョウコウが選抜した集団だ。限定的ながら六歌仙を上回る者さえいる。
「こう言ってはなんですが……所詮、私たちは失敗作ですからね」
ダオンは憎たらしい顔で自認した。
「灰色の御子の血筋に生まれたのに、能力どころか記憶さえまともに受け継げず、ほぼ普通の人間として生まれてきた出来損ないです」
実際には──完全な失敗作ではない。
ダオンを初め、六歌仙の誰もが物心ついた頃から多少なりとも不思議な力を持っていたし、親や祖父に当たる灰色の御子の記憶もあった。
しかし、能力に関してはスプーン曲げに毛が生えた程度の超能力に留まり、記憶もぼんやりしたものでしかない。これでは先代たちが望んだ“自分たちの生き写しのような生まれ変わり”には成り得ないのだ。
「成功したのはエメス様ぐらいのものです」
「こんな時まで幇間持ちしなくてもいいですよ、ダオン君」
キョウコウ軍№2を持ち上げるダオンを、エメスはそっと窘めた。
「確かに、私はキョウコウこと戦の申し子と謳われたシュウの竹馬の友……エメスの記憶を引き継いでおりますし、能力もそこそこ自信はあります」
だが、それでも記憶の引き継ぎは不完全だし、能力も全盛期には及ばない。
あの“天を塞ぐ絶望”に関する記憶などまったく継承されていなかった。
「せめて、あの脅威と絶望を覚えていれば、シュウと……キョウコウ様と苦悩を分かち合えたかも知れないのに……残念でなりませんよ」
エメスは無念そうに頭を振った。
それから横目で意味ありげにダオンをチラリと見遣る。
「それに……記憶はほとんどないそうですが、先代の能力をかなり引き継げたのは他でもない、君ではありませんか……ねえ、ダオン君?」
キョウコウ軍の中で随一の実力者──暗にそう仄めかす。
「君が本気を出せば、あの爆乳小僧の愛称でキョウコウ様が親しんでいたツバサ君とやらは別として……彼の仲間の2、3人は倒せたのではありませんか?」
エメスは細めた横目でジッとダオンを凝視する。
この青年、見た目もさることながら中身もタヌキなのだ。
実力だけならばキョウコウに次ぐ実力者なのに、それを誇示しようとせず外見通りに“嫌味なデブ”を演じて、他人には嫌悪感から催される過小評価を促す。
能ある鷹は爪を隠す、この格言を嫌われ者として実演しているのだ。
いいかげん──人を化かす真似はおよしなさい。
エメスは言外でそう伝えるのだが、タヌキは素知らぬ振りをする。
「ご冗談を……私など、あの幼女姉妹にも負かされてしまいますよ。ツバサさんにも卑怯な不意打ちを掛けて、太陽で焼かれた過去がありますしね」
「では──真正面から正々堂々と戦いを挑んだらどうなります?」
「さて──それはやってみないとわかりませんな」
勝負は時の運と言いますし、とダオンはのらりくらり回答を躱す。
幼女に負ける、不意打ちで負けた、などと自己評価を下げておきながら、真面目に戦えば“何とかなりそうかも?”と臭わせる。
結構な付き合いになるが、未だにダオンの腹の内は読めない。
本心をどこに置いているかさえ読み切れなかった。
キョウコウへの忠義心は揺るぎないのだが、どうにもダオンは本気で取り合おうとしない。物事へ真剣に取り組もうとしないのだ。
そこだけは得体が知れないダオンにエメスは眉をひそめた。
戦い疲れたエメスの小言も歯切れが悪くなるばかりだ。
仕方ない、とエメスは嘆息する。
「……今日のところは、このぐらいで勘弁してあげましょう」
「ありがとうございます、エメス様」
ダオンは慇懃に頭を下げ、別のことを謝罪してきた。
「むしろ、今回の戦争にまったく参戦できなかったことを恥じ入るばかりです」
「それは……キョウコウ様の命ですからね」
ダオンが戦わなかった理由──それはネルネにある。
「キョウコウ様の命により、『ダオンは決して自分から戦うな。ネルネの護衛に集中せよ。ネルネが襲われた時だけ戦うことを許可する』と……」
申し付けられてましたからね、とエメスは回想する。
そう、キョウコウは「ネルネを守れ」とダオンにしつこく命じていた。
キョウコウの口が酸っぱくなり、ダオンの耳にタコができるほどだ。
「キョウコウ様にとって、ネルネ様は幹部の1人である前に、大切な身であらせられるお后様ですからな。戦場に連れ出さなければいけないとはいえ、その身を守るために臣下である私に命じられるのは至極当然かと存じます」
「彼女の能力は兵員輸送と傷兵保護の観点から見れば、この上なく有能ですからね……見渡せる範囲にしか効果がない、という欠点はありますが」
今回の戦場が見晴らしのいい荒野で助かった面もある。
大極都神からならば、どこまでも遠くまで見渡せるからだ。
「その大極都神も破壊され、あれだけ創造したモンスターの兵も失い、回収できた低LVプレイヤーも50人ほど……惨憺たる結果ですね」
低LVプレイヤーの何人かはこの戦争に恐れを成したか嫌気が差したか、戦場から逃亡したようだ。ネルネの【牢獄】で回収できていない。
「多分、あの溶けた巨人にやられてしまったでしょうねぇ。逃げずに大人しくネルネ様の【牢獄】に匿われていればいいものを……」
ダオンは他人事みたいに感想を述べる。
「負け戦に最期まで付き合う兵など、そうそうおりませんよ……」
自分で言っておきながらエメスは嘆息した。
そう、負け戦だ──認めるしかあるまい。
キョウコウの消えた空の彼方への名残は尽きないが、エメスは振り切るように目を伏せると、眼下を見下ろした。
高い崖の上からは、真なる世界を見渡せそうだ。
大極都神が敗北した後──。
エメスはキョウコウを追うダオンやネルネと合流したのだが、キョウコウは彼らを振り切って、帰ってきた英雄たちと共に逝ってしまった。
真なる世界を救うため──この世界に還ってしまったのだ。
その後、ツバサたちの陣営と出会すのを避けたエメスたちは、還らずの都からできるだけ遠ざかり、この崖まで退いてきた。
あれほど巨大な還らずの都も、ここからは遠く小さく目に映る。キョウコウが率いる軍勢と相対した、ツバサたちはまだあの近くにいるはずだ。
彼らには怨みはないし、もはや敵意も湧いてこない。
あるとすれば自分たちでは成し遂げられなかった快挙を果たしてくれた感謝の意と、キョウコウの抱えていた積年の苦悩を晴らしてくれた恩ぐらい。
「フッ……拙僧がお人好しなだけかも知れませんね……」
エメスの仲間たちが、彼らをどう思っているかまでは把握していない。
のらりくらりとしたニャルはともかく、勝ち気なミラやキョウコウの愛人であるネルネなどは、多かれ少なかれ腹を立てていることだろう。
そんな六歌仙(内2人)と五人衆(内3人)だが、エメスたちの後ろに適当に横たえられていた。
全員、ネルネが【牢獄】で回収してくれたのだ。
先ほど【牢獄】から彼らだけを出して、ダオンが回復系技能で応急処置をしていたので、そろそろ気がつく頃合いだろう。
「うっ、痛てて……どこだい、ここぁ……?」
噂をすれば何とやら、まずミラが目を覚ましたらしい。
頭を押さえながら上半身を起こすミラの横では、ノソノソとニャルが起き上がろうとしていた。アクセサリー代わりの仮面はほぼ砕けている。
「あぁん……酷い目に遭ったわぁん……あらやだ、化粧崩れちゃってない?」
「のっぺらぼうのどこに化粧すんだよ、このタコ……痛たた……」
2人は目覚めて早々、いつも通りのボケツッコミをかましている。
その後ろでは、五人衆の3人も起き上がろうとしていた。
「ううぅ~ん☆ レディの頭突きやらドロップキックやら、しこたまやられたって感じだねぇ~……うわっ☆ ブライ君、それ平気なの!?」
イケヤはヘアメイクを整えつつ仲間の無事を確認していたら、左上半身を失っているブライに気付いて声を上げていた。
そのブライは平然としており、傷口の塞がった部分を撫でている。
「……ああ、血は止まったし傷も癒えた。だが、失った部分を再生するような技能はなくてな……エメス様、義手などを頼んでもいいですか?」
「それは構いませんが……よろしいのですか?」
ホムンクルスなどを利用した移植再生は言うに及ばず、エメスならば再生医療系の技能を用いて、完全に復元することもできる。
「リハビリは必要かも知れませんが、ちゃんと元通りの五体に治せます。別に義手を選ぶ必要はないのですから……」
「いや、このままがいいんです……この傷は、俺の未熟さが招いたもの。忘れずにいるためにも、失ったままのがいいんです……お願いします」
あの自尊心が高いブライが敬意を払って頭を下げたので、エメスも追求するのはやめた。彼なりに思うところがあるのだろう。
敢えて不自由さを求める辺り──ブライらしい。
「……わかりました、最高のものを用意させていただきましょう」
「感謝します、エメス様……」
地面に正座したブライが片手をついてもう一度頭を下げたところで、最も耐久力のなさそうなマリラが気がついた。頭を振って起き上がる。
「あうぅぅ……酷い目に遭いました。おのれぇ、あの筋肉メイドめぇ……!」
今度会ったらただじゃおかないわ! とマリラは再戦に燃える。
両手に鞭を持って左右に引っ張ってはパンパァン! と鳴らしながら、悔しそうに鞭に齧り付いている。彼女は敗北を根に持つタイプのようだ。
彼女が強化を施した低LVプレイヤーも回収しているが、強化が切れたのか効果が終わったのか、みんな過労死寸前で痩せ細っていた。
命を削っての超強化だが──永続的な効果は望めないらしい。
「今度、ね……次がありゃあの話だけどさ」
憤慨するマリラの言葉を受けて、地面にあぐらをかいて頬杖を突くミラが気の抜けた声で言った。すべてが終わってしまったような言い方だ。
「あたいらは連中にコテンパンに負けたんだ……喧嘩に負けたからもう1回、なんてみっともねえ真似できるかよ。もう一度、戦る理由でもありゃ別だが……」
「無理して戦争する理由もないしねぇん……この状況から察するに、みんな終わっちゃったんでしょん? “天を塞ぐ絶望も”……?」
ニャルも記憶の継承は不完全ながら、事情をいくらか知っている。
なので、エメスは頷くに留めておいた。
「キョウコウ様は…………亡くなったのか?」
ブライは間を置くも、それを問い質さずにはいられなかったらしい。
エメスやダオンが答えに詰まっていると、イケヤも反応する。
「やっぱり……夢現だったけど、キョウコウ社長がみんなに別れを告げるような声を聴いたんですが……あれ、リアルにあったお別れだったんだね?」
ミラやマリラもキョウコウの声を聞いたのだろう。ブライの質問やイケヤの言葉を聞いて、彼女たちは意気消沈して項垂れる。
「そうか……あたいらの大将は逝っちまったのか……」
「キョウコウ様……お労しや……」
力のみを信奉する男──キョウコウ・エンテイ。
暴君のきらいはあるものの、このように慕う者が多く、力や強さに魅せられた者たちを引き寄せるカリスマがあったのは間違いない。
エメスやダオンは古い付き合いなので、カリスマ以外の理由で彼の下に就くことを良しとしているが、このように忠義を覚える部下も少なくないのだ。
それゆえに──キョウコウ陣営は脆い。
キョウコウという統率者を失えば、何をすればいいかわからないのだ。
本来ならば№2のエメスが引き継ぐべきなのだが、還らずの都の一件が片付き、天を塞ぐ絶望も退散させた今、これからの方針さえ決められなかった。
それでも仲間をまとめるべく、エメスは話し掛けようとした。戦争に負けて、大将を失い、路頭に迷う若者たちを勇気付ける言葉を選ぶ。
「確かに──キョウコウは死んだ」
エメスの発言に先手を打って、彼女が凛とした言葉を発した。
ネルネ──ネルネ・スプリングヘルだ。
エメスたちがいる崖の上。その切っ先。
ネルネはその切り立った先端に立ち尽くしたまま、キョウコウの消えた空の彼方をずっと見つめていた。偲ぶ想いが断ち切れないのだろう。
彼女はキョウコウに愛された女で──キョウコウを愛した女だ。
キョウコウの死を誰よりも悲しんでいると思い、そっとしてやろうと慮っていたのだが、どうにも様子がおかしい。
崖の先端に立つ彼女の背中が、とても大きく見えた。
頼もしい、と言い換えてもいい。風にはためく褞袍も王者の衣のようだ。
「だが、こうしてネルネが生きており……おまえたちも負けたり欠けたりはしたが、まだ健在だ……生きているならば……いくらでも、やり直しが利く」
声はネルネの幼女みたいな声なのに、口調がまるで別人だった。
違和感を覚えるどころではない。
この口調はまるで──。
「我らは敗北を喫した、キョウコウは死んだ、これは……事実だ、悔しくとも受け入れろ……だが、それで……我らの有り様を否定することはない」
再起が叶う──また戦えるのだ。
部下を鼓舞するような物言いに、エメスは「もしや……」と問い質す。
「キョウコウ様……キョウコウ様なのですか?」
まさかネルネさんを乗っ取って……エメスは訝しんだ。
キョウコウの能力の一端である“混沌”を使えば、他人に取り憑いて自分の分身にすることも容易かろう。それで愛妾の肉体を乗っ取ったのか?
そんなエメスの危惧を笑うように、ネルネは振り返る。
寝ぼけ眼ではない、見開かれた瞳には覇気が漲っていた。
その表情も引き締まり、老獪な武将の如き笑みを湛えている。
「人聞きの悪いことを言うな、エメス……儂の所業を振り返れば無理もないが……愛した女を乗っ取るほど……落ちぶれてはない……」
ネルネは今──眠っている。
「ここにいるのは……キョウコウという男の残滓……キョウコウが世界に還ることで……あの、次元の裂け目を塞いだ後……気付けば、ここにいた……」
ネルネは、その薄い腹を下着越しに柔らかく撫でる。
「ここに……ネルネの胎内に宿る……次代の芽の……おかげかもな……」
この報告にまずエメスが色めき立ち、次いでダオン、ミラやニャルがすぐに気付いて、やがてマリラが女の勘で察すると、よくわかっていないブライとイケヤにも耳打ちして、無理やりわからせた。
驚愕のままにエメスは尋ねる。
「まさか……御目出度ですか!? キョウコウ様の御子をご懐妊ッ!?」
キョウコウはこのことを予見していた──のかも知れない。
ダオンにネルネの護衛をさせたのはこのためだ。
そういえば、ダオンもいつしかネルネの呼び方が同僚である「ネルネさん」から「ネルネ様」に変わっていた。
あれは、これを見越したものだったのか?
ネルネは──彼女の身体をお腹の子を通して一時的に借りているキョウコウは、両手で庇うようにネルネの下腹部に手を添える。
「ああ、地球にいたときではない……真なる世界に来てからの子だ……即ち、儂とネルネの力を受け継いだ子……新たなる神族となりうる御子だ……」
「「「「「いっ……よっしゃああああああああああーーーッ!!」」」」」
喝采が巻き起こり、拍手が鳴り響いた。
ネルネのお腹には──キョウコウの子が宿っている。
子供は着々と成長中であり、キョウコウの記憶や能力を完全に引き継いでいるということだ。むしろ、それを継承した上でネルネの血統から受け継いだ能力と反応しており、新たな才覚に目覚める可能性すらあるという。
ネルネ(INキョウコウ)は、愛おしげにお腹を撫で続ける。
「この子は儂のすべてを受け継ぎながら……新しい神族として生まれてくる……我が分身でありながら……我が二世となる……そういう子だ……」
これを受けて、ミラが感想を述べる。
「それって……ピ○コロ大魔王とマジュ○アみたいな感じかい?」
「今時の世代に通用するのかしらん、そのネタ?」
最初は親子だったはずなのに、話が進むにつれてピッ○ロ大魔王=マ○ュニアになっていき、それを誰もが自然に受け入れていた気がする。
ネルネ(INキョウコウ)は口元を下げつつ首を傾げる。
「生憎、そやつらに関してはよく知らないが……大差ないだろうよ……生まれてくる子は我が子であり……新たなる儂だ……」
儂もまた──やり直す機会に恵まれたらしい。
ネルネ(INキョウコウ)は歩き出す。
崖を降りて、エメスとダオンの間を抜け、ミラとニャルの横を通り過ぎ、ブライ、イケヤ、マリラの前へ来ても止まらない。歩きながら、話を続けた。
「なんにせよ、この世は結果がすべてだ……我らは負けた。それは覆らん……ミラの申した通り、理由なく再戦を挑むなど以ての外だ……」
だが、とネルネの顔がキョウコウの表情で笑う。
幼い少女の面立ちに、苦み走った微笑みはミスマッチだった。
「だが、儂の悲願であった……天を塞ぐ絶望は退けられた……それどころか、かつての英雄ができなかった……我らの誰もが成し得なかった……あのバケモノに……奴らは一矢報いるどころか……深手を負わせたのは…………」
胸がすいたぞ……ッ! そうキョウコウは快哉を叫んだ。
「それを成し遂げたのは……この世界に生きた、神族でも魔族でも……我ら灰色の御子でもない……新しい世代の……神々たちだ……」
ネルネ(INキョウコウ)は歩き続ける。
ブライたちをも通り過ぎて、誰も彼も置き去りにするように──。
すると、不意に彼女は足を止めた。
仲間たちに背を向けたまま、ネルネ(INキョウコウ)は言い放った。
「儂は……此処から仕切り直そうと思う」
この敗北から、すべてをやり直すつもりだ。
「キョウコウとネルネの子は……新しい世代……そして、おまえたちも灰色の御子から生まれた……新しい世代……ブライ、イケヤ、マリラ……そなたたたちは、言わずもがなだ……この世界は、もう……新世代のものなのだ……」
時代は刷新されていき──次代へと受け継がれていく。
「もう、還らずの都に頼ることはできない……また、いつか、あのバケモノが来訪するやも知れぬ……頼れるのは……今、この時代に生きる者だけ……」
だから、此処からやり直すのだ。
「儂は……ネルネや、この子と共に……新しき力を手に入れる……」
ネルネ(INキョウコウ)は握った右拳を空へと突き上げた。
「あの爆乳小僧や……少年の香りのする小娘に……ツバサやミロに負けぬ……自分の力を培うつもりだ……この世界を護り、統べ、制する力をな……」
そして、王の子を宿した少女は再び歩き出した。
「儂らは行く……今はまだ、何をすべきか……心の整理はつかぬが……いずれ、奴らと再び出会う時……戦うにしろ、手を結ぶにしろ……恥ずかしくないものを手に入れておきたいと……そう、願っている……」
ついてきたい者はついてこい──キョウコウは振り返らずに告げた。
「敗戦の将たる儂と……やり直すつもりがあればだが、な……」
そう呟くネルネの声は、キョウコウをあざ笑うものだった。
だから、これはキョウコウなりの自嘲なのだろう。
何も言わず、エメスとダオンは真っ先についていった。
エメスはキョウコウと生まれ変わる前からの馴染み、ダオンは記憶こそ薄いものの、彼の祖父がキョウコウと親しく、その子孫ともあって様々な恩がある。
無言でついていくのは当然とも言えた。
次いで──ミラとニャルがすぐに腰を上げる。
「ま、祖母さんの頃からご奉公してるしねぇ……地獄の果てまで付き合うよ」
「ウチはお父さんの代からかなぁん……待ってぇ、キョウコウ様ぁん♪」
彼らもまた、先祖である灰色の御子の代から世話になった恩がある。
なんだかんだ言っても、ついてくるつもりだ。
残るは五人衆だが──。
「もっちろん☆ ボクはどこまでもお供しますよ、キョウコウ社長~☆」
キョウコウに心酔するイケヤは喜々としてついてくる。
「……わたしも行きます。活きのいい従僕を与えてもらえそうですから」
マリラは動機こそ不純だが、やはりついてきた。
そして、ブライは黙ったままついてくる。
「キョウコウ様との決着はお預けだが……そのキョウコウ様の転生体なのか、息子なのかよくわからないが……その子の成長を見届けてからでも遅くはない」
とにかく、理由を拵えてついてくる。
誰も去ることなく――全員キョウコウについていく。
キョウコウに付き従う7人。
六歌仙とか五人衆とかわけていたが、自分も含めて合計8人だ。これから幹部が増えるなり仲間が変わるなりしたら、名称を変えるべきかも知れない。
歩いていると、ネルネがおかしそうに笑う。
そのいぶし銀な笑顔から、まだ意識はキョウコウのままらしい。
「ネルネさん……いえ、キョウコウ様、何がそんなに可笑しいのですか?」
エメスが尋ねれば、キョウコウはネルネを通して答える。
「いや、なに……腹の子が生まれ、成長し……いつしか、あの爆乳小僧と再会した日には……きっと、彼奴に指を差されて笑われると……思うてな……」
「ああ……華々しい散り際をしたのに、こうして生き残ったからですか?」
それもあるがな……キョウコウは意味深長にほくそ笑む。
どうやら他にも笑われる要因があるらしい。
キョウコウはネルネの顔で微笑みながら、その理由を打ち明けてくれた。
「我が子は……新しい儂は…………“娘”なのだ……」
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