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第9章 奈落の底の迷い子たち
第204話:クロウとククリ~母としての成長
しおりを挟む「あの……ツバサ様、重くないですか?」
「全然、気にもならないさ。もう少しこうしてるといい」
ククリはツバサに抱き上げられている。
還らずの都から出てきても、ずっと抱き上げられたままだ。
ようやく落ち着いたククリだが、まだ喉の奥で小さくしゃくり上げる時があるので、ツバサは用心のために抱き上げていた。しゃくり上げる度、母親が赤子をあやすように、「よしよし」と宥めている。
いつもならここで「誰が母親だ!」と自分の独白にツッコむところなのだが、今日は何故か出てこない。黙って飲み込むことができた。
ククリの母の魂の影響か? 母親という自覚が強まったか?
いいや、変に大声を出して、まだ情緒不安定なククリを驚かせないための配慮だと考えておこう。そういう思いやりも母親らしいと思いながら……。
「ツバサさん、そうやってると本当にお母さんみたいだよ~?」
「言ってろアホ、わかってるよそんなこと」
ミロが茶々を入れてきても聞き流せた。
母であることに違和感がなくなってきた──のかも知れない。
女神化しても180㎝という長身は変わらないツバサは、ミロやマリナから「ダブルの意味でモデル体型だ」とよくからかわれていた。
グラマラスな肢体で雑誌の巻頭などを飾るグラビアモデル。
そして、長身を活かしたファッションモデル。
この二つを兼ね備えたモデル体型と囃し立てているのだろう。
だが、こうして子供を抱きかかえる面では重宝している。
ツバサの左腕にククリの小さなお尻を座らせて、ククリはツバサの柔らかい胸にもたれかかり、両腕を首へと回してしがみついている。
ふと、ククリの視線がクロウを捉えた。
「ツバサ様、あの……」
言わずともククリの気持ちがわかったので、ツバサは小さく頷いた。
クロウを見つめたままモゾモゾと身動ぎするククリに、ツバサは骸骨紳士に近付いていくと、少し離れたところで降ろしてやる。
地面に降りたククリは、可愛い足音をさせて小走りで駆け出す。
「クロウおじさま……ッ!」
そして、クロウの胸に飛びついた。
どちらかと言えば頭からヘッドバッド風に突っ込んだ。
ホクトのベアハッグ……もとい、互いの無事を祝した抱擁から解放されて、立ち直ったばかりのクロウだが、多少よろめくもククリを受け止める。
ククリはクロウの胸に縋りつく。カシャン、とあばら骨の鳴る音がして、彼女はスーツの下にある骨を掴もうとして指を動かす。
しばらく、スーツ越しにクロウの骨を掴んで震えていたククリだが、小さな拳を握り締めると、クロウの胸を両手で交互に叩き始めた。
小さな子がよくやる──駄々っ子パンチというやつだ。
ククリは顔を俯かせて、クロウの空っぽな腹部に顔を埋めたまま、ポカポカと駄々っ子パンチを続けている。非力な幼女のパンチなので高が知れており、クロウのあばら骨がカシャカシャとリズミカルに鳴るだけだった。
クロウは何も言わず、黙って受け止めている。
「バカ……バカバカバカバカバカッ……クロウおじさまの大馬鹿者ッ!!」
ククリは悲しげな涙声で罵った。
あれだけ涙を流したのに、泣き足りないと言わんばかりだ。
既にクロウのスーツはしとどに濡れており、彼を見上げるために上げたククリの顔は涙まみれで、見ていて辛くなるほど悲哀の表情に歪んでいる。
しかし、その泣き声はかつてない怒気を孕んでいた。
「どうして……あんな真似をしたんですか! ミサキ様やアハウ様が……皆さんが駆けつけてくれなかったら、今頃……おじさまは本当に燃え尽きてたかも知れないんですよ!? そんな風になってまで助けられても……ッ!」
ちっとも嬉しくありません! とククリは絶叫する。
巨大蕃神の進撃を止めるため、クロウは力の限りを尽くしてくれた。
それこそ魂の力を搾り尽くす勢いで戦ってくれたのだ。あの自己犠牲の精神は敬うべきものだし、おかげでツバサたちも迎撃態勢を整えられた。
この世界の危機を救った、最大の功労者と言っても過言ではない。
だが、ククリにしてみれば無謀な自殺行為。
大好きなおじさまを失うなんて、想像したくもないのだろう。
「誰かを失うのは、もう嫌なんです……そのおかげで、この世界が救われ、多くの命が助かったとしても……こんな悲しい思いを何度も何度も……お願いですから、遺される者の想いを、考えてください……」
もう──置いていかないで。
それは還らずの都に自らを封じた両親への言葉なのか、それとも次元の裂け目を塞ぐために自身を擲った許嫁のキョウコウに向けた言葉なのか。
今は──目の前にいるクロウに手向けた言葉だった。
ククリは駄々っ子パンチを止め、クロウから離れる。
骸骨紳士の前に立った少女は、着物の袖をガサゴソ探ると見覚えのある帽子を取り出した。実用的ではない、ファッション性の高いシルクハット。
クロウが形見のようにククリへと被らせた──あのシルクハットだ。
ククリは悲しみに震える手で、そっと帽子を差し出した。
「私のためを思ってくれるのなら、どうか……ほんの少しでいいんです、遺される苦しさを……この悲しみを、酌んでほしいんです……」
お願いですから……ククリはシルクハットを差し出したまま頭を下げる。
これを受けて、クロウは神妙な面持ちになった。
1週間ばかりの付き合いだが、骸骨の表情が読めるようになってきた。
「私としたことが……思慮が足りませんでしたね」
困ったようにクロウは自嘲の笑みを浮かべつつ、思い当たる節でもあるみたいに肩を落とす。その勢いでククリの前にしゃがみ込んで頭を下げた。
「遺される者の苦悩……誰よりも味わったと思い込んでいたのに、それを幼気な君に味わわせてしまうとは……浅慮だったと反省するより他ありません。咄嗟の判断とはいえ、浅はかなことをしたと恥じ入るばかりです……」
申し訳ありません──ククリさん。
「もう二度と、あなたを置いていかないことをここに誓いましょう……ですから、このような老骨しか残されていない醜い私が……」
これからもお側にいて構いませんか? とクロウは伺いを立てる。
ククリは息が詰まったように一度だけしゃくり上げる。
すぐに着物の袖で涙に濡れた顔をゴシゴシと乱暴に拭き、満開と評すべき笑顔を無理やりにでも作ると、両手でシルクハットを持ち直した。
「もちろんです、クロウおじさま!」
そして、クロウの頭に愛用のシルクハットを被せてあげた。
「私にとってクロウおじさまはお祖父さまも同然なんです。これからもククリのことを見守っててくださいね」
クロウの別れ際の台詞を思い出させる言葉だった。
これはククリなりのお返しだろう。
幸せそうに微笑むククリと、頬骨を緩ませるクロウ。
灰色の髪をした少女と骸骨紳士の組み合わせは奇妙に思えるかも知れないが、本当の祖父と孫娘のように見えてきたのだからおかしなものだ。
2人のやり取りを見守っていたミロが訊いてきた。
「ねえねえツバサさん、あれってプロポー……」
「そう見えなくもないな……」
だとしたら年の差婚が過ぎる。
ただし、実年齢はククリの方が何百歳も年上なのだが──。
「ツバサ君、ミロさん……あなたたちにもお礼を言わなければなりませんね」
ありがとうございます、とクロウは立ち上がってククリと手を繋ぎ、ツバサたちに深々と頭を下げた。ククリも祖父に倣うようにペコリと礼をする。
「今更ですよ、クロウさん。困った時はお互い様です。それに……巨大蕃神はこの地に生きる全ての者が無視できない脅威だったんですから」
「そうそう、いいってことよ。巨大蕃神ばっかりは、みんなで追っ払うしかなかったんだし、結果的に何とかなったんだからいいじゃない」
終わりよければ全て良しってね、とミロは後頭部に手を回してお気楽極楽そうに「ニシシッ♪」と笑っている。あの6本指の指をほとんど斬り落とすような大活躍をしたというのに、鼻にかけるどころか自慢さえしない。
……こいつもちょっとは成長したのか? とツバサは密かに期待した。
「ま、アタシの覇唱剣がトドメみたいなもんだったんだけどね!」
ミロさん大活躍! と大威張りのVサインで締めた。
「……三つ子の魂百までも、か」
少しは大人になったかと思えば、やっぱりアホガールだった。
変わらぬアホ娘でいてくれたことが嬉しいような、真面目な大人になってほしいのに成長が見られなくて悲しいような……母親の気持ちは複雑だった。
ツバサがこっそり嘆息していると、遠くから声が掛かった。
声は駐車してあるダインローラーから聞こえてくる。
「さっすがアニキじゃ! あがいなバケモンを一蹴たぁ思わんかったぜよ!」
「バサ兄~! お疲れさまッス~!」
ハトホル一家の次女──フミカ・ライブラトート。
ハトホル一家の長男──ダイン・ダイダボット。
サイボーグ化した蛮カラ番長みたいなダインと、褐色肌に露出度全開の踊り子風の衣装を身につけたフミカ。なんともミスマッチな2人がダインローラーから、手を振ってこちらに駆けてくる。
「ダイン、フミカ、おまえたちも大変だったな」
来てくれてありがとう、とツバサは家族であろうと礼を述べた。
「なぁに、家長たるツバサの役に立つんは、わしら子の務めじゃき、礼には及ばんぜよ。フォートレスの試運転もできたし万々歳じゃ」
ダインは機械の指で鼻の下をこすり、照れ臭そうに言った。
「そうッスよ。ウチらバサ兄の娘で息子なんスから、もっと気安く扱ってくれなきゃ畏まっちゃうッス。それに今回の戦闘、ダイちゃんなんて“好敵手現る!”って感じでノリノリに楽しんでたんスから」
フミカも右手をパタパタ振って、『気にしないで』と強調する。
「そうか、でも……ありがとな」
長男と次女の気遣いに、ツバサは改めて感謝した。
真面目に返すツバサに気が引けたのか、2人は照れながらも苦笑いしつつ、場を和まそうと甲高い声でこの戦いの感想を並べ始めた。
「いやー、それにしても凄かったッスね、バサ兄の最後の大技! とうとうブラックホールまで生成するとは……オカンパワーますます増大ッスね!」
「わしら、ようやっと想世武装とか造って“追いつけたかなー?”って思うちょったんに……すぐ突き放されたぜよ、さすがわしらのビッグマム!」
これは──ツバサの決め台詞によるツッコミ待ちだ。
さすがにこれはスルーできない。ツバサはわざとらしい笑顔を浮かべると、取りあえず手近にいたフミカを抱き寄せ、思いっきり爆乳で押し潰した。
「こら、誰がオカンでビッグマムだ!」
「バサ兄チョークチョーク! ビッグマムなおっぱいで潰れちゃうッス!」
ツバサは本気で怒鳴っておらず、フミカも口で言うほど嫌がってない。
そもそも、2人とも朗らかに笑い合っているのだ。
勝利の余韻からか、無邪気に戯れる気持ちになれた。
何だかんだ言ってもフミカも娘の1人。こうして母として愛でることに神々の乳母は喜びを感じてしまう。
だが──どうにも物足りない。
ひとしきりフミカを愛でたツバサは、物足りなさの原因に気付いて、彼女の頭を小脇に抱えたまま、もう1人の子供をチョイチョイと手招いた。
「へ? わしに御用なんか?」
まさか手招かれるとは思わず、予想外すぎて自分を指差すダイン。
そんな困惑気味の長男をツバサはしつこく呼んだ。
ダインはおっかなびっくり近寄ってくる。
間合いに入ると同時に抱き寄せ、乳房の谷間に埋めるようにして情熱的な抱擁をかましてやった。瞬間、ダインは顔を真っ赤にして耳から蒸気が噴き出す。
……こういうところはレトロなロボットみたいだな。
「ちょ、ちょちょちょ……アニキぃッ!? いやさ、母ちゃん!?」
「うん、やっぱり普通に可愛がれるな」
焦りまくるダインとは裏腹に、ツバサは平然としたものだった。
やはりククリの母の魂を受け継いだ影響だ。
以前ならダインのような息子を、公衆の面前で抱擁したり撫でたり褒めたりすることに恥ずかしさを覚えたものだが、今では平気になっていた。
むしろ、娘と同じように愛してやらないと気が済まない。
これはもう間違いない──ククリの母の魂を受け継いだ結果である。
母親としての度量が広がり、子供を愛する感情が強くなっていた。こんな具合におっぱいを触らせるなど息子とはいえ死んでもゴメンだったのに、自発的にやれるのが何よりの証拠だった。
娘も息子も──甘やかしたくて仕方ない。
普段なら男心がギャーギャー騒ぐところだが、母心が勝っているのか、それとも先の戦いで疲弊したからか、あまり気にならなかった。
「──というわけで、今後は人前でも容赦なく甘やかしてやろう」
「良かったッスね、ダイちゃん! ウチらと平等ッスよ!」
良いわけあるかぁ! とダインは乳房の谷間で吠える。
「お、男の子はなぁ……他人の前で母ちゃんにこがい甘やかされるんが、いっちゃん恥ずかしいもんなんじゃあ! それにフミぃ! いいんかおまえは!? わしがこの……他のおっぱいにかまけてても許せるんかぁ!?」
ダインが他の女に色目を使うと、フミカは嫉妬心からヤンデレとなる。
だが、今日のフミカは落ち着いたものだった。
「それが不思議なんスけどね、バサ兄だとジェラシーが沸き立たないんスよ。やっぱ“みんなのオカン”って認識してるみたいッスね」
「なんじゃそらぁーッ!? うおぉぉぉ! ち、乳の圧力がぁ……ッ!」
ダインは為す術なく乳房の谷間に埋もれていく。
ここぞとばかりにフミカも自前の巨乳を押し当てているので、ダインの脳内回路はショート寸前。そろそろ機体がオーバーヒートしそうだ。
そこへ──聞き覚えのあるバイクの駆動音が聞こえてきた。
「ドンカイ殿ー、ただいま戻りましたー」
ツインテールを靡かせて天翔るバイクを駆る、純白の女騎士。
カンナ・ブラダマンテ──GMの1人だ。
レオナルドが面倒を見ていた、爆乳特戦隊の1人でもある。
現在、彼女はクロウ陣営の一員だ。
クロウと仲間たちが互いの無事に涙していたシーンにはいなかったので奇妙に思っていたのだが、どうやら席を外していたらしい。
愛用の空飛ぶバイク“ロシナンテ”は交通事故にでも遭ったみたいに、痛々しいほど壊れていたが、空を走る機能はまだ生きているようだ。
不規則なエンジン音を轟かせ、ツバサたちの許へ戻ってくる。
「そういやクロウのオッチャンたちの感動シーンの時、ハブにされてるなー、とは思ってたんだけど……どっか行ってたんだね」
ミロは額に手を当てて戻ってくるカンナを出迎えながら、何気に酷いことを言っていた。不在に気付いたことは褒めてもいい。
「ワシが頼んでおいたんじゃ、周囲一帯の見廻りをな」
「親方が……? もしかして、さっきの話と関係があるんですか?」
ツバサはダインを解放してからドンカイへと振り返る。
そんなダインをフミカが回収して、無抵抗なのをいいことに自前の褐色おっぱいの谷間で顔をパフパフしてやっていたら、ボン! と小規模な爆発音がした。
「うきゃーっ! ダイちゃんがブッ壊れたッスーッ!?」
「斜め45度から叩けば直るんじゃない?」
「再起動! 再起動ボタンはどこッスかーッ!?」
「いや、PCでもスマホでもないんだから……え、本当にあるの?」
熱暴走で倒れたダインを囲んで、フミカとミロが大騒ぎしていた。いや、あれは曲がりなりにも介抱しているのか? しばらく放っておこう。
泣き疲れて猫のように丸くなって眠るトモエを抱えたまま、ドンカイはツバサの横までやってきた。彼と並んで帰ってきたカンナを迎え入れる。
「哨戒任務より帰還いたしました」
騎士らしく敬礼を添えて、カンナは帰ってきたことを報告した。
「うむ、すまんのぉ。おまえさんも疲れておるだろうに……」
ドンカイが労いの言葉を掛けると、カンナは快活に答えた。
「いえ、拙者はこの中でも比較的軽傷でしたし、天翔るバイクのおかげで機動力もありますからね。こうした任務に打って付けです。それでですね……」
カンナは還らずの都周辺の状況を、具に偵察してきてくれた。
先刻、ドンカイがツバサに耳打ちした“気になること”も含めて、戦場となった大陸中央の様子が、カンナの口から語られる。
「まず……次元の裂け目は完全に閉じておりました。あの巨大な蕃神は元より、その眷族と思われる溶けた巨人などの再侵入も確認されませんでした。また、その眷族たちも、あの霊体で復活した英雄たちにほぼ討伐されたようです」
カンナが見てきた限りでは、活動する個体はなかったという。
ただし、その死骸が本当に溶けて、一部はもう腐敗を始めており、それがこの世のものとは思えない悪臭を放っているのを問題視していた。
「……早急な対策が求められると思われます」
「よし、それは内在異性具現化者が回復次第、すぐに手を打つとしよう。別次元の物質でこの世界を汚染でもされたら堪らないからな」
お願いします、とカンナは一礼する。
猪武者かと思いきや、こうした仕事ぶりは一流の雰囲気がある。
レオナルドも「仕事をやらせればできるんだ」と評価していたのを思い出す。「ただ……どうにも頭に血が上りやい気質でな。そうなると猪突猛進しかできないんだよ」と致命的な欠点にも言及していた。
『幼馴染みで古い付き合いなんだろ? 直してやれなかったのか?』
『……俺が取り組まなかったと思うのかね?』
レオナルドが苦々しい笑顔で返してきたのが印象的だった。
軍師を気取る男――試みたに違いない。
だが、現在のカンナの為人を見るに成果は芳しくないようだ。三つ子の魂百までとは昔の人もよく言ったものである。
それから彼女はドンカイに頼まれた本題に入った。
「そして、ドンカイ殿が懸念されていた件なのですが……」
キョウコウ一派が──行方を眩ませていた。
トモエの倒した五人衆の一人、イケヤ・セイヤソイヤ。
撃破した後、完全に伸びていたイケヤをトモエは「んな、ほっとけない」と引き摺り回していたところ、同じく幹部に勝利したドンカイと合流したそうだ。
ドンカイが倒したのは六歌仙の一人、ニャル・ウーイェン。
ドンカイもまた、トモエと同じような理由で倒したニャルを担いでいたので、ついでだからとイケヤを引き受けたそうだ。
その後──天を塞ぐ絶望が出現する。
この時、巨大蕃神の眷族である溶けかけた巨人たちに追い回され、それを帰ってきたトモエの親友、シズカが一蹴してくれたりと、かなりゴタゴタしていた。
「その騒動に気取られている内に連中は消えていた……と」
確かに気になる話だ。ツバサも少し考え込む
「面目ない……疲れていた上に、あれこれショッキングなことが多かったものでな……背中が軽くなったのぅ、と思ったら消えとったわ」
ドンカイは申し訳なさそうに釈明する。
あれだけの乱戦だ。どうしても注意力は散漫になるのは致し方ない。別段、彼らを捕虜にするつもりもなかったので、これは失態でも何でもない。
ドンカイたちはただ、倒した相手を見捨てておけなかっただけなのだ。
「報告ついでに補足させていただければ……」
話の流れで、カンナも伝えておきたいことがあるらしい。
「拙者が倒したミラ、という女絵師も姿を消しておりました」
彼女を撃破したカンナは、クロウたちの後を追おうとしたらしい。
その矢先、あの溶けた巨人がボトボト振ってきたので還らずの都から屋外へ避難していた途中、ミラを倒した現場に立ち寄ったそうだ。
大の字を書いて気絶していたはずの──ミラの姿はなかった。
「あ、ツバサの兄貴。敵の幹部と言えば……」
カンナに続いて、カズトラも挙手で話に割り込んできた。
「ツバサ様、私からもひとつよろしいでしょうか?」
新しいメイド服に着替えた筋肉娘のホクトも、これに加わる。
カズトラの倒した五人衆の1人、ブライ・ナックル。
ホクトが倒した五人衆の1人、マリラ・ブラッディローズ。
彼と彼女もまた、気付けば消えていたという。
特にマリラは何人もの低LVプレイヤーを下僕として率いていたが、彼らも一緒に忽然と姿を消していたそうだ。
これらの報告にツバサは大体ながら見当が付いていた。
「あのネルネって娘に回収されたんだろうな」
ゲームマスター№34──ネルネ・スプリングヘル。
社会人のはずなのにミロやトモエと同年代にしか見えない幼すぎる外見と、やっぱり子供のように舌足らずな言動。
なのに、セクシーなネグリジェ姿をしており、羽織るのはネグリジェのデザインに相反するような野暮ったい褞袍。ちぐはぐなファッションセンス。
そして、いつでもどこでもグースカピーと寝ている。
個性派揃いのキョウコウ一派の中でも、際立っている幹部だ。
彼女の過大能力──【夢見るままに待ちいたる牢獄】
眠れば眠るほど無限に広がる、彼女の夢の世界。
夢幻にして無限──ということか?
その夢の世界を亜空間として使い、ネルネの思いのままに物資や人員を出し入れすることができる能力だ。
道具箱を自分だけの特殊空間として利用するダインやクロコと近しい能力と言えるかも知れない。自動回復などの付随する効果もあるようだ。
特に人間やモンスターなどの生命体は、一度でもこの空間に“登録”しておけば彼女の意思によって出し入れ自由となるらしい。
「幹部連中も保険として、彼女の夢空間に“登録”されていたんだろう。敗北した者から順次、回収されたと見て間違いない」
ネルネは──ダオンと共にキョウコウを追っていった。
そのキョウコウの最期は、ツバサたちが見届けた。
しかし、近くに彼らの姿は見られなかった。
「……今のところ害はない、と判断してもいいんじゃないかな」
かなり楽観視した部分があるのも否めないが、ツバサはそう結論付けた。
少なくとも、今すぐ彼らが事を起こすとは思えないからだ。
「彼らはキョウコウというカリスマがあっての存在だ。そのキョウコウが世界を守るために身を挺した今、彼らだけで行動を起こすとは考えにくい」
「それは一理も二理もあるよねー」
ツバサの意見に、ミロも知ったかぶりで「うんうん」と頷いていた。
「悪の親玉がいなくなれば、幹部なんて烏合の衆になるだけだよ。それに、あいつらの中に鎧のオッサンを出し抜いて、自分がトップに立とうなんて野心のある奴はいなかったし……当分は放っておいていいんじゃない?」
直感&直観という特殊技能を持つミロの勘は、時として未来予知に匹敵する。
その彼女が無害認定しているのだから、恐らく大丈夫だろう。
当分は、という言葉が引っ掛かるが……。
「最悪、また喧嘩を吹っ掛けてきたら相手をしてやればいいだけじゃ」
ドンカイは不敵な物言いで勝ち気な笑みを浮かべた。
「そうですね……何度でも叩きのめしてやればいい」
ツバサも似たような顔で微笑みを返した。
こういうところはアシュラ・ストリートで名を馳せた格闘家同士だ。考え方が物騒というよりは、また戦えることに喜びを見出してしまうらしい。
だが、次はないとツバサは踏んでいた。
キョウコウは強さのみを真理とし、絶対的な力によって真なる世界の制覇を目論んだとされるが、実際にはあの“天を塞ぐ絶望”に対抗するために、強大な組織力が欲しかっただけなのだろう。
彼の目標──その根底にあったのは、この世界を守ろうとする想い。
次元の裂け目を塞いだ最期を思い返せば尚更だ。
よくよく考えてみれば、キョウコウの部下に筋金入りの悪者や、性格的に受け入れにくい者はあまりいなかった(約3名はロクデナシだったが)。
落ち着いて話し合えば、気のいい連中だったのかも知れない。
「わかり合えれば、頼もしい仲間になったかもな……」
ツバサは今になって、キョウコウという男を失ったことを惜しみ、彼と建設的な話し合いがまったくできなかったことを悔やんだ。
「…………シュウお兄ちゃん」
ククリも年上の許嫁を思い出して、また泣きそうになっている。
そこに──素っ頓狂な声が響いた。
「あの鎧のオッサン、本当にくたばったんかなぁー?」
空の彼方を見上げるミロは、訝しげに首を捻っていた。
視線の先にあるのは、キョウコウがその身を捧げて次元の裂け目を塞いだ辺りの空だった。しかし、ミロの瞳は猜疑心に満ちている。
「くたばったって……奴の散り際はちゃんと見届けただろう?」
ツバサの言葉に振り返るミロは、「本当にぃ~?」と疑り深そうな顔で半笑いを浮かべていた。彼女の直感が、何かを訴えているらしい。
「ツバサさん、忘れちゃったの? あの鎧のオッサンの能力を──」
「キョウコウの能力って…………ああッ!?」
キョウコウは──あらゆる存在を好き嫌いなく取り込んできた。
そのため、奴の体内は原初の世界のように混沌と化しており、その混沌から様々な存在を創り出して、機に臨み変に応じる使い方をするのだ。
「グニャグニャの混沌から、いっぱい創ってたじゃないのさ」
自分自身の複製品をね──ミロは意味深長に黒い笑みを浮かべる。
やっぱり、ツバサもこの戦いで疲労困憊らしい。
こんな初歩的なことを見落としていたとは、武道家失格である。
それにキョウコウは威張っていたではないか──。
『あの男なら……儂がこうすることを予見した! 儂の諦めの悪さを、しつこさを……執念深さを! 呆れるほど味わってきたからなッ!』
「まさか……キョウコウは生きてるのか!?」
「可能性は無きにしもあらず、ってとこじゃない?」
ミロの直感を以てしても、まだ計り知れないらしい。
これを聞いてククリは希望を抱くように顔を綻ばせるが、ツバサやミロ、それにクロウは引きつった笑みしか浮かべられなかった。
心情的にも、歓迎するべきなのか悪態をつくべきなのか迷う。
ツバサは心強い戦力が増えるかも知れないことを歓迎しつつ、あの力のみを至上とする面倒臭い年寄りと再び相見える未来図に頭痛を覚えてしまった。
頭を抱えて引き攣った笑みのまま、ツバサも空の彼方を見上げる。
詐欺師のペテンに騙された気分で──。
「じゃ、じゃあ……あの、『華々しく散った後、大空にキメ顔を浮かべる』みたいな大往生っぽいワンシーンはなんだったんだよ……」
もし再登場したら──指を差して笑ってやる。
可愛いククリには悪いけど、ツバサはそう誓わせてもらうことにした。
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フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
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書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
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