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第9章 奈落の底の迷い子たち

第203話:ひとまずの決着~互いの無事は祝着至極

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 還らずの都最深部──龍宝石ドラゴンティアの間。

 巨大蕃神ばんしんとの戦いにツバサたちが飛び発てば、そこにはククリ1人だけ。

 彼女の両親の魂を受け継いだ2人はそれが忍びなく、ツバサは召喚系技能を使い、信頼できる人物を招いてククリを任せた。

 世界に還る英雄たちとキョウコウの働きによって、空を覆い隠す次元の裂け目は封じられた。空が元通りになったのを見届けて、ツバサとミロは龍宝石の間へ取って返す。ひとまず表のことはミサキとアハウに任せてきた。

 クロウは──また倒れてしまったのだ。

 ツバサのキス目当てでスケベ根性を出して一時的に回復したものの、やっぱり力を使い果たしていたため、白骨死体に戻って寝込んだままだ。

 なかなかどうして、クロウもエロ親父である。

 紛れもなく紳士だが、その前に1人の男でもあるということだ。

 完璧に高潔こうけつな人間なんていない。ツバサ自身、女神となっても欲に負けることはよくあることだし、他人を責められるほど清らかではない。

 ──なんてことを考えながら、龍宝石の間へ降りていく。

 最深部に戻るツバサにミロも付いてくる。

 どちらもククリの両親から魂を受け継いだ直後はパワーアップの影響か、彼らの衣装のようなものをまとっていたが、力を使い切った今はいつもの赤いジャケットや青いドレスに戻っていた。

 キョウコウを倒した太陽球の通り道。これが直通の抜け道になっていた。
 そこをまっしぐらに降りていく、ツバサとミロ。

「アタシらが通り抜けるのはいいけど、別次元のバケモノ共に逆利用されちゃったのはいただけなかったねー、ツバサさん?」

 詫び案件・・・・だよねこれ、とミロはいやらしい笑顔で責めてくる。

 大方、これをネタにツバサの責任感を揺さぶって、家に帰ってエロいことを要求するつもりだろうが……今回ばかりは本当にツバサのミスだった。

 謝罪するわけではないが、自戒じかいも込めてミロの言う詫び案件とやらの好きにさせるつもりである。どうせミロにひたすらエロいことをされるだけだ。

「……わかってるよ、好きにしろ」

 降りていく途中、ツバサはミロを後ろから抱き締めた。

 自慢(したくはないが、その圧倒的な存在感は無視できない)の爆乳をサービスのつもりで押し当て、彼女の小さな顔を挟み込んでやる。

 ツバサから甘やかしてきたので、ミロは意外そうな声を上げた。

「おろろ、今日のツバサさんはなんだかとっても積極的?」

 ミロはツバサに頭を預けると両腕を力瘤ちからこぶでも作るみたいに持ち上げて、二の腕でツバサの特大おっぱい支えてくれた。飛行系技能で直通路ちょくつうろを降りている途中だが、重力が掛かっていたので楽になる。

 その体勢から指で乳房の肌をさわさわ愛撫あいぶしてくるのはお約束だが、これくらいならツバサも甘い声を漏らさなくなった。

 どうやらツバサも(嫌だけど女性として)成長しているらしい。

「やっぱりククリちゃんのママのせい? アタシのパパとかれ合ってる?」

 グリン、とミロは顔をらせる。

 ククリの両親の魂を受け継いだツバサとミロ。

 おかげで神族として破格のパワーアップができたのはいいのだが、副作用というか恩恵おんけいというか、2人の関係性まで引き継いでしまった。

 つまり──夫婦仲が一層強まり、更なる相思相愛になったのだ。

 ミロは満面の笑顔でそれを実感しているが、ツバサはまだ面と向かって肯定するのが照れ臭かった。ミロをもっと力強く抱きしめて誤魔化ごまかす。

「疲れてるだけだ……ちょっと寄りかからせろ」

「えー? いいけど、ククリちゃんとこ行くまでイタズラ・・・・しちゃうよ?」

 言うが早いか、ミロはツバサに正面から向き直って抱きついてくると、本格的にツバサの敏感な部分をまさぐり始めた。こいつ、手加減なしか!?

 だが、もはや慣れっこ──時に望んでいる自分がいた。

「……好きにしろ」

 頬を紅潮させたまま、ツバサはそっぽを向いた。

 それを肯定と受け取ったミロはこちらの乳房の谷間に顔を埋めて深呼吸をし、本当に好きにしてきた。おかげでツバサは、人前では決して発せられないような声を幾度となくあげさせられる羽目になる。

 なのに──ミロを振りほどけない。

 ククリの両親から魂を受け継いだせいか、ミロを伴侶はんりょとして意識する感情が強まっており、女性として求められる嫌悪感が薄れていた。

 いいや、これも神々の乳母ハトホルとなった肉体がいやらしすぎるのが悪い。

 娘にして息子であるミロが可愛すぎるのもいけないのだ。

 だから、ミロの言うことならどんなアホな願いでも叶えてしまうし、無理無茶無謀の三拍子揃った頼みでも聞いてしまう。

 そう、すべては神々の乳母ハトホルが子供に甘いせいなのだ。

 決してツバサが女性の快楽に負けているとか、愛して已まないミロにいやらしいことをされるならご褒美だとか……。

 そんなこと絶対に思っていない、はずだ。

 全部、神々の乳母ハトホルな肉体が悪い──ツバサは自分の意志薄弱な弱さを神々の乳母ハトホルのせいにしていた。そうやって罪を擦り付けて自己防衛しなければ、微かに残っている男心がやり切れなかったのだ。

 あと、ミロのせいにもしておく。そうだ、ミロが全部悪い。

 龍宝石ドラゴンティアの間に降りるまで数分だが、気付けば降下速度をゆるめており、10分近くもかかってしまった。無論、到着前に身だしなみは整えておく。

「ツバサさん、ミロちゃん、おかえり──終わったんだね」

 出迎えてくれたのはジョカだった。

 身長2mを超えるのに可愛い、破格な逸材の美少女。

 真なる世界ファンタジア創世に携わった創世神の一柱ひとはしらでもある“起源龍オリジン”だというのに、何の因果かツバサの娘になった1人だ。おまけに既婚者で人妻でもある。

 旦那は酔いどれ剣豪のセイメイ・テンマ。

 ドラゴンスレイヤーの剣客と龍族の原種という異色のカップルだ。

 ツバサたちと暮らすようになってからは人間の姿で過ごすようになり、今も和風の着物みたいな衣装を着込んでいる。いつも肩ははだけており、ツバサに負けずとも劣らないおっぱいの北半球はほとんど丸出しだった。

 その谷間に──ククリが顔を埋めてしがみついていた。

 時折小さく肩を揺すっては嗚咽おえつを漏らしているので、世界中に届いたであろうキョウコウの最期の声が届いて泣き喚いていたらしい。

 やはり、1人にさせないで良かった。

 ハトホルの谷の守りが不安になるとはいえ、この世界出身でもあるジョカを召喚して彼女の面倒を任せたのは正解だった。

「すまないな、ジョカ。いきなりび出して……」

 龍宝石の間に降りたツバサは、まずジョカを労うように謝った。

 ジョカは安らいだ笑顔で首を左右に振る。

「ううん、こんなのお安い御用だよ。本来なら、僕が出張でばらなきゃいけないぐらいなのに……子守しかできなくてゴメンね」

 ジョカは泣き喚くククリを宥めていてくれたのだろう。

 胸に抱いた彼女の小さな背中に手を添えて、優しく頭を撫でてくれている。そのおかげで彼女も大分落ち着いた様子だ。

「ほら、ツバサさんたちが戻ってきてくれたよ。もう泣き止まないと……強くなるんでしょう? ずっと、そのこと・・・・ばかり繰り返していたもんね」

 ジョカはツバサたちが戻ってきたことを告げ、ククリに泣き止むよう促す。

 ククリは「ヒック、ヒック……」と喉がしゃくり上げるのを止められないが、涙を拭いて立ち上がる。そして、ジョカに「ありがとうございました、創世の龍様」とちゃんと礼を述べた後、ツバサたちの前に小走りでやってくる。

「母様! 父様! あ、いえ……ツバサ様! ミロ様!」

 私は強くなります! とククリは震える声ではっきり宣言した。

「もう誰かに守られているばかりじゃ駄目なんです! シュウに甘ったれと言われて、私は何も言い返せなかった……それじゃいけないんです! 私、強くならないと……もう、シュウお兄ちゃんに叱られたりしないようにならないと……」

 瞳を涙で潤ませて、しゃくり上げる喉を詰まらせるも、ククリは必死に言葉をまくし立てる。どうやらキョウコウの最期の言葉が効いているらしい。

「シュウお兄ちゃんが……キョウコウが、身体を張って守ってくれたこの世界を……今度は私が守らなきゃ! 父様や母様、キサラギ族……それに、かつての英霊たちに頼っているようじゃ駄目なんですッ!」

 強くならないといけない──泣き虫で弱虫じゃいられない。

「子供のまま……弱いままじゃいけないんです! 私、早く大人になって、強くなって……ツバサ様やミロ様みたいな強い神になるんです! そしたら、父様も母様も……シュウお兄ちゃんだって…………ッ!?」

 尚も言い募るククリを、ツバサは何も言わずに抱き締めた。

 小柄な彼女に合わせてしゃがみ、そっと胸にかきいだく。

「そんなに急いで大人にならなくてもいい」

 彼女の背中に両手を回してしっかり抱き締めたツバサは、ククリの横顔に頬を寄せて囁くように言った。

「強くなること……それを決意しただけでも良い心掛けだ。だけど、急ぎすぎてはいけない。焦りは迷いを生む、迷いは過ちへと繋がる……どんなことでも着実に、一歩ずつ確かめるように進んでいけばいい」

 そうして成長する子供を見守るのが──両親の役目。

子供きみの成長を見守るために──母親おれ父親ミロがいる」

 ククリの両親の想いは、ツバサとミロの中に息づいているのだ。

「君が強くなる日まで、俺たちがちゃんと見届けてあげるから……だから、そんなに焦ることはない。キョウコウも……シュウお兄ちゃんも、そう言うはずだ」

 生き急ぐことはない──“儂”おれのようになるな。

「強くなる、その決意を忘れないでいればいい。だから、今は泣いてもいい……この世界を守ってくれた、お兄ちゃんを想って……」

 泣いていいんだよ、とツバサはククリを慰める。

 ククリは小さな身体を重ねるようにすがりつき、細い両腕でツバサの首を離さないように掴むと、ツバサの肩に顔を埋めてあらん限りの大声で泣いた。

 両親との再会に涙して、かつての許嫁いいなずけとの別れに嘆き、そして真なる世界ファンタジアを守るため身を捧げた、キョウコウを想って泣いているのだ。

 この涙は──きっとククリを強くする。

 シュウという灰色の御子がどのような経緯けいいを辿り、キョウコウという力の信奉者になったのかはまだよくわからない。だが、ここへ戻る前に息も絶え絶えなクロウからまんで話は聞いているので、なんとなく察しはついた。

 彼と敵対したことも辛かっただろうが、こうして死に別れることもまた、ククリにしてみれば身を引き裂かれる思いだったはずだ。

 許嫁を解消しようとも──兄としたった人なのだから。

 還らずの都建設の際、両親に別れを告げられたことで数百年も眠り込むほど脆弱だったククリだが、キョウコウの死には奮起させられたらしい。

 今回の騒動では様々な出来事が起きたので、多少なりともククリの精神を上向きに成長させたようだ。ツバサとミロがどういう形であれ、彼女の両親を受け継いだのも一因になったのかも知れない。

 なんにせよ、良い傾向だと褒めてやりたかった。

 からに閉じこもりがちで、親に甘えることしかできなかった気弱な少女が、自分の足で歩き出そうとしているのだ。彼女の親代わりとして見届けてやろう。

 首にしがみついた少女の両足を片腕ですくい上げ、そのまま抱き上げたツバサは泣き止まない彼女の背中を赤ちゃんにするようにポンポンと柔らかく叩いてやる。

 彼女の涙が止まるまで──いつまでも付き合ってやった。

   ~~~~~~~~~~~~

 人前に出しても支障がないくらいククリが落ち着くのを待ってから、ツバサたちは還らずの都を出ることにした。

 ツバサはククリを赤ん坊でも抱き上げるかのように片腕に乗せ、ミロは「疲れた~乗せて~」とジョカにおんぶされて、今度は直通路ちょくつうろを昇っていく。

 外に出ると、還らずの都のふもとにみんな集まっていた。

 フォートレスダイダラスは格納したのか、ダインの操るダインローラーが駐車されているのを確認すると、そこに全員が勢揃いしていた。

 恐らく、ダインがみんなをダインローラーで拾ってくれたのだろう。

 ハトホル一家の長男は、気配りが足りているオトコなのだ。

 そのダインローラーから、二つの影が弾丸よろしく飛び出してきた。

「ミサキくぅーーーんッッッ!!」
「ミサキちゃーーーんッッッ!!」

 ハルカ・ハルニルバルと、ジン・グランドラック。

 イシュタル陣営の生産系を支える、屋台骨な2人である。

 どちらも涙の筋を引きながら、両手をバンザイのように上げて走っており、最愛の彼氏(♀)にして最高の親友であるミサキにハグを求めていた。

 ハルカもジンも、ミサキの女神な胸元に目掛けて抱きついていく。

 ミサキはハルカこそ優しく抱き留めてやるものの、おっぱいへのダイブを狙っていたジンは拳骨で叩きのめして、足下にめり込ませた。

 そのままミサキとハルカの2人掛かりで足蹴にする。

 これにジンは悲鳴を上げるどころか、恍惚こうこつの絶叫で喜んでいた。

「ああぁ~ん♪ これこれ! 美少女にダブルで踏み潰される、このマゾには2倍ご褒美なこの嗜虐感しぎゃくかん! ハルカちゃん出張中だったから久々だわぁ~ん♪ 最近、ミサキちゃんのヒールにこめかみを踏み抜かれるだけじゃ物足りないの~ッ!」

「おまえ、工作者クラフターの腕どころかマゾヒストにも磨きがかかってない?」

 親友の顔面を踏みつけてミサキはドン引きである。

 ハルカはジンを踏みつけつつ、ミサキの豊満なおっぱいに抱きつき、泣きべそをかきながら謝罪を兼ねた報告をしていた。

「ミサキ君ごめんなさい! 私、肝心な時に何にも役に立てなくて……ツバサさんやみんなのために何もできなくて、結局ミサキ君に頼っちゃって……」

 ごめんなさい! とハルカは謝り続ける。

 涙目で謝る彼女の頭を、ミサキは愛おしげに撫でる。

 その表情から少年らしい凛々しさが消え、慈しむ女神のものになっていた。

「何を言うんだ、ハルカ……おまえは頑張ってくれたじゃないか。人形たちレギオンで情報をオレやみんなに伝達してくれてなかったら、今頃どうなっていたことか」

「ミサキ君の言う通りだ、ハルカ──おまえはよくやってくれた」

 ククリを抱きかかえたツバサが、ミロとジョカを連れて戻ってきた。

 ミサキたちの側に降りたツバサはハルカへの賛辞さんじを続ける。

「それに、ハルカの人形たちはキサラギ族の負傷者を避難所まで誘導したり、動けない重傷者は人海戦術で運んでくれたじゃないか。正直、今回の俺たちはそこまで手も気も回す余裕がなかったからな……助かったよ、ハルカ」

 ありがとう、とツバサは惜しみない感謝を述べる。

 ハルカは泣き顔のまま明かりを灯すように笑顔を綻ばせたのだが、笑顔の裏にそこはかとない欲求が見え隠れしていた。

「じゃ、じゃあ……ご褒美ほうびねだってもいいですか!?」
「へ? ご、ご褒美……?」

 いきなりの申し出に、ツバサは嫌な予感を覚えてたじろぐ。

 そんなツバサの狼狽ろうばいなど気にもせず、ハルカは矢継ぎ早に喋り出した。

「ミサキ君とツバサさんに、私の新作コスのモデルをやってほしいんです! あと、R18ギリギリの下着とか、身体のラインが浮き彫りになるピチピチスーツとか、アニメヒロインのコスプレとか……いいですよね、ご褒美ってことで!」

 喜々としてご褒美を求めるハルカに、ツバサは返答にきゅうした。

 彼氏(♀)であるミサキも宥めようとする。

「えっ、ちょ……ハルカ、ちょい待ち!?」
「いや、俺もミサキ君もモデルってガラじゃないんだが……!?」

 ミサキもツバサも思いっきり難色を示させてもらう。

 しかし、どこぞのアホは清々しい笑顔でグッドサインで許可を出す。

「いいよ! ウチのツバサさん丸1日モデルとして貸してあげる!」
ミロおまえ亭主面ていしゅづらで決めんじゃねーよ!?」

 ツバサの承諾を得ずに、ミロはハルカと商談を進めていく。

「ただし、衣装を着せたツバサさんの写真とデータは全部貰うし、アタシが欲しいって頼んだ下着や衣装はこっちに頂戴ね。複製品でも可!」

 結構な無茶ぶりだが、ハルカは笑顔でOKサインをジェスチャーした。

「オッケー♪ おまけにミサキ君の艶姿あですがた写真集もつけてあげるわ!」
「ちょっとハルカさん!? オレを安売りしないで!?」

内面ないめんオトコ外面がいめんプレイメイトな2人の撮影は俺ちゃんに……おまがぶっ!?」
「「おまえはすっこんでろ変態マスクマンッ!!」」

 ジンがバズーカ砲みたいなカメラを手に、一流カメラマンっぽいコスプレ姿で立ち直ってきたが、すかさずツバサとミサキが踏み潰して地面に沈めた。

「撃ち抜きたいのにーッ! お見舞いしたいのに―ッ!」

 アフロヘアみたいなかつらのジンはよくわからないことをわめいていた。

 おおよそ1週間振りになるが、イシュタルの仲間たちはいつも通り和気藹々わきあいあいと仲良くしており、知らず知らずにツバサたちも巻き込まれていた。

 一方、クロウも立てるぐらいには体調が戻ったらしい。

 アハウに肩を借りていたが、フラフラと1人で立ち直ろうとすると、彼の生徒のような子供たちのような、若い仲間たちが駆け寄っていく。

「クロウ様! ご無事でしたか……良かった、本当に良うございました!」
「クロウさん! 良かったぁ……僕たち、心配で……!」
「「クロウ先生ーッ!!」」

 ホクトが、ヨイチが、ウノン&サノンが、クロウに抱きついていく。

 ヨイチや幼女姉妹を抱き留める力も残っていないようだが、20代の女子とは思えないホクトが、その逞しすぎる大胸筋で全員まとめて抱き締めてくれた。

「皆さん、無事で何より……まさに祝着至極しゅうちゃくしごくですね……」

 ヨイチやウノンにサノンは多少くたびれた感はあるものの、大した怪我も負っておらず、クロウのあばら骨にしがみついて、クロウの無事に安堵していた。

 皆、涙が止まらないのかヒンヒン泣いている。

 ホクトは声こそ上げないが、静かに号泣していた。男泣きである。

 クロウたちをまとめて抱き締める轟腕にも力がこもるのか、メキメキミシミシと嫌な音を立てている。全員、顔が青ざめてきているのは気のせいか?

「ちょ……ホクトさん、潰れる潰れる!?」
「あたしら繊細なんだからもっと優しくホールドミー!?」
「筋肉が……ヤバイ、です……ッ!?」

「教え子の胸で果てるなら……これもまた、一興いっきょう……ガフッ!」
「「「クロウ先生ぇーーーッッッ!?」」」

 クロウは髑髏どくろから泡を吹き、またしても卒倒してしまった。

 ところで──ホクトはクラシカルなメイド服がビリビリに破けており、耐久性のありそうなスポーツブラと揃いのショーツだけだった。

 あれ、恥ずかしくないのだろうか? まあ下着のデザインからして、陸上系アスリートのスポーツウェアに見えなくもないのだが……鍛え上げられた肉体美が眩しすぎて、色気というものがまったくないのが救いかも知れない。

 獣王神アハウのかたわらには、いつの間にかカズトラが立っていた。

 カズトラは仲間から授かった右腕の義手を、大切そうに胸へと抱えている。

 それを目にしたアハウは察したようだ。

「カズトラ、おまえの元にはガンズとマレイが訪れたのだな……?」

押忍おす……あの時、言えなかった想い、伝えられなかった言葉……この機にありったけ吐かせてもらいました……そして、お二人の気持ちも……しっかり、この胸に刻むことができました……それだけで……」

 どれほど救われたか……カズトラは涙ぐみ、左腕で目元を覆った。

「そうか……おれもだ。おれのところには、あの7人・・・・が来てくれた」

 おれも救われた気分だよ、と獣王の涙腺も潤んでいく。

 アハウは獣王の大きな手でカズトラの義手を包み込むように握り、カズトラもアハウの大型類人猿のような手をしっかり握り返す。

 そうして──互いに託された想いを分かち合っていた。

 やはりツバサの予想した通り、真なる世界ファンタジアで命を落としたプレイヤーもまた還らずの都に遺影を刻み、仲間のために帰ってきていたようだ。

 だとすれば、ウチの三女の友人も──。

「ツバサ君、ようやったな! あの怪物相手に……大金星じゃな!」
「親方、あなたも無事で何よりです」

 声のする方に振り向けば──ドンカイがそこにいた。

 力士らしい装束が戦塵せんじんで汚れているが、手傷を負った様子はない。彼ほどの強者ならば心配とは無縁だ。むしろ、心配など失礼である。

 彼の逞しい腕にはトモエが抱き上げられていた。

 子猫のように丸まってピクリとも動かないので「まさか!?」とツバサの母心は慌てたが、スゥスゥと安らかな寝息を立てているので胸を撫で下ろした。

「トモちゃん、どうしたの? すっごい泣いたみたいだけど……」

 ミロも心配になってジョカの背中から飛び降りると、ドンカイの腕で眠るトモエを覗き込んだ。その目元は真っ赤で、泣き腫らしたようにしか見えない。

「うむ、実はな。例のシズカちゃんが…………」

 ドンカイはトモエに起きた顛末を話してくれた。

 キョウコウ一派の幹部を1人倒したこと──。
 その後ドンカイと合流したこと──。
 巨大蕃神から生まれた溶けた巨人たちに追い回されたこと──。

「そして、帰ってきたシズカ・・・ちゃんに救われた……ということですね?」

 うむ、とドンカイは眼を閉じて頷いた。

「あの一件、トモエちゃんの中で区切りが付いたと思うとったが……その親友が甦ってまで自分を助けたことを、まだ許容できんかったんじゃろう」

 自分が殺した──親友であるシズカを殺した。

 なのにシズカは――トモエを助けにきてくれた。

「そう連呼して泣き喚きおってな……戦闘での疲れもあったのか、泣き疲れて眠ってしまいおった……これが尾を引かねばいいのだがのぅ」

「その点は心配いらないと思いますよ」

 ツバサはドンカイの腕の中で眠るトモエを起こさぬように手を伸ばし、まだ目元を濡らしている涙を労るように拭ってやった。

俺の娘・・・に弱い子はいません──ちゃんと立ち直ってくれますよ」
「うむ……うむ、そうじゃな。うむ、そうじゃのう……」

 ドンカイはトモエとシズカの一件に立ち会い、その最期を見届けている。

 つまり、そこから立ち直ったトモエを見てきているのだ。

 だからこそ、トモエの心の強さを保証するツバサの言葉を、しっかり飲み込んだ上で理解してくれたのだろう。太い首で何度も頷いていた。

 頷き終えたドンカイは、ふと思い出したように告げてくる。

「それとな、これはまったく別件なんじゃが……まあ、これだけの大事件が終わった直後じゃから、すぐにどうこうはならんと思うんじゃが……ツバサ君の耳には入れとくべきじゃと思うてのう」

 ドンカイは前置きしてから、ある心配事をツバサの耳元で囁いた。



「──キョウコウ一派が姿を消した?」


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