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第8章 想世のタイザンフクン
第195話:カンナ・ブラダマンテVSミラ・セッシュウ
しおりを挟む還らずの都──麓付近。
その出現に気付いて一足早く避難した面々は、狂気じみた大きさの山脈みたいな都の浮上に巻き込まれることなく、麓まで逃げ切っていた。
還らずの都は山ではないため、その周辺を“麓”と呼ぶのはおかしいのだが、富士山に似たその形状から、どうしても山扱いしたくなる。
この麓でも還らずの都への侵入を企てるキョウコウの息がかかった者たちと、それを阻止するツバサ&クロウの仲間たちとの戦いが続いていた。
ただし、そろそろ終わりそうだ。
キョウコウ五人衆が1人──“嗜虐姫”マリラ・ブラディローズ。
唇の厚さがやや目立つ、ショートボブの妖艶な美女。
スマートな体型が際立つボディコンシャスなチャイナドレスを身にまとい、生足を惜しげもなく晒している。そこだけ肉付きのいい腰回りには、ベルトの代わりに武器である鞭を何本も巻き付けていた。
そのうちの1本を手に取り、苛立たしげに振り回している。
「何故、何故なの……どうしてなの!?」
彼女は眼前に広がる光景が信じられず、白目を皿のように広げて黒目を点のように小さくし、愕然としたまま鞭を振るって地面を叩いた。
苛立つままに地面を鞭打ち、震える声を絞り出していく。
「たった1人……援護している者は数人いるけど……前に出て戦っているのは、実質1人なのよ? なのに、何故……ッ!」
──あたしが力を与えた従僕たちが負けるの!?
マリラの過大能力──【女王の鞭が目覚めさせる新しい貴方】。
鞭打った対象の生命力を極限以上に引き出し、その命を絞り出すことで、本人への負担を顧みることのない多大な強化を与える過大能力だ。
強くなった分、当人の寿命は削られていく。
マリラはこの過大能力で、キョウコウの家来である低LVプレイヤーたちの生き残りを手当たり次第に強化し、還らずの都に突貫させていた。
筋力全振りの超人ハルクみたいな外見になった低LVプレイヤーたちは、理性をも奪われたのか、雄叫びを上げながら野獣のように突っ込んでいく。
しかし、ことごとくホクトに阻まれた。
瀟洒と筋肉を併せ持つメイド長──ホクト・ゴックイーン。
度重なる強化されたプレイヤーたちの侵攻を阻止したが、自前の戦闘用メイド服はズタボロだ。スカートは引き裂かれ、上半身はスポブラのみ。
これが普通の女性なら臆するところだが、自身の鍛え上げた肉体に誇りを持っている彼女は、胸筋を張り詰めさせて堂々としたものだ。
つまり──そこに色気なんてものはない。
あるのは逞しい肉体美と、弾ける汗に輝いた筋肉の躍動のみ。
女体化したツバサも普通の女性より筋肉質なのは自覚しているが、ホクトには全面的に降伏できる自信があった。
現実にいた頃のツバサより確実に雄々しく逞しい。
「何故……わからないのですか、あなたは?」
超人ハルクと化したプレイヤーたちを確実に仕留めていき、誰1人として還らずの都に立ち入らせない。今もまた、ホクトのチョップが敵を沈めた。
向かってくる敵がいないのを確認してから、ホクトは挑発するかのようにマリラを指差した。そこには隠しようもない軽蔑が見て取れた。
マリラの浅慮を糾弾するようにホクトは告げる。
「所詮、あなたのなさっていることは付け焼き刃に過ぎないのです」
「付け焼き刃ですって……女王たるあたしの能力が!?」
その通りです、とホクトは怒りを露わにするマリラに説いた。
「強さとは培うもの、力とは積み上げるもの……小石を積み重ねて山を成すが如く、弛まぬ鍛錬の果てに身につけるものが実力なのです。本当の強さを手に入れたくば、努力を続けて己を養わなければいけないのです」
マリラの能力は──それを軽視するものだ。
厳然と事実を告げたホクトは厳格な表情を険しくする。
「努力も鍛錬もなしに手に入れた力など……恐るるに足りませんわ」
ゆったりした動きなのに、残像を伴う不思議な構え。
マリラによってパワーアップさせられたプレイヤーをほぼ退治したホクトだが、数人でも残っている限り、決して気を抜こうとはしなかった。
マリラは鞭を噛んで悔しがる。
「くぅぅぅ……マッチョ女風情が、ケン○ロウみたいな顔で綺麗事をぬかしてくれちゃって……そこまで言うなら、あなたが証明してみなさいな!」
ズパァン! と切り裂くような破裂音が響き渡る。
マリラが一番長い鞭を腰からほどいて振り回したのだ。
たった一振りで、生き残った低LVプレイヤー9人を一度に打ち据える。
「この女王の権力に! 積み上げた力とやらで打ち勝ってみるがいいわ!」
彼らは既に強化済みなので、超人ハルク顔負けの肉体だ。
「「「おっ……おおああああっ……ごあああああああッ!!」」」
それを更に鞭打った結果、肉体はより肥大化し、理性を野生に変換しつつ、人間性さえも代償にして獣性を引き上げられたようだ。
体毛が恐ろしい勢いで生え、あっという間に毛むくじゃらとなる。
顔もやや鼻面が伸びて獣らしさが増す。
9人のプレイヤーは巨大な類人猿に変わり果ててしまった。
空を仰いで咆哮を轟かせ、厚い胸板を叩いてドラミングを奏でている。
後方からホクトを援護していた幼女姉妹も魂消ていた。
「ウッソ-ッ!? 人間からゴリラになっちゃった!?」
「ハルクが大猿に退化……いえ、これはパワーアップ?」
進化なの退化なの? とウノンとサノンは小さな頭を悩ませていた。
「さあ、命と引き替えに原初の野生を取り戻した猿王たち!」
女王様の命令よ──マリラはコングの群れを強かに鞭打つ。
「その生意気な口を利くメイドを叩き潰しておやりなさい!」
鞭を据えられて歓喜の咆哮を上げるコングの群れは、女王の命令に従ってホクトへ襲いかかる。巨大な拳を握り締め、一斉に殴りかかったのだ。
これをホクトは──避けない。
躱すどころがその場から動こうともせず、構えたままコングたちを迎え撃つ。
ホクトの身体さえ片手で掴めそうな手で叩かれても、硬く握った拳で叩かれても、巨大な手刀を落とされても、すべて防いでいく。
家屋をも一撃で叩き潰す巨腕を、ホクトは両腕で捌いていた。
猿王の攻撃を受ける度、ホクトの内に力が溜まる。
ホクトの過大能力──【報復を旨とする攻撃的反撃】。
受けた攻撃をパワーとして溜め込み、攻撃してきた対象に数倍にしてはね返すという、肉弾盾に相応しい反撃に特化した過大能力だ。
ホクトの過大能力はマリラも了解済み。しかし──。
「攻撃よ! 攻撃を続けなさい! いくら過大能力と言えど、いずれ限界が来る! あなたたちの力を受け切るなんてできないはずよ!」
膨らみすぎた風船が破裂するように、力を溜める能力にも限界が来る。
マリラはそう推測したらしい。
これにホクトは──うっすら微笑む。
「浅はかですわね……あなたは本当に鍛えた者の胆力を知らない」
コングたちの総攻撃をホクトは受け続ける。
疾うの昔に限界を越えているはず、とマリラは思っているだろう。
しかし、ホクトが膝を折ることはなかった。
9頭のコングの攻撃を受け止め、それを自身の力へと変換していく。
筋肉が膨張するのみに留まらず、ホクトが習得した気功系技能によって気の力にも昇華していき、彼女の全身からあふれてくる。
それは目に見える闘気となって、ホクトの総身から立ち上っていた。
「ホクトさんが……超サ○ヤ人みたいになっちゃった!?」
「北斗○拳なのにドラ○ンボールとは、これいかに……です!」
ウノン&サノンのツッコミはさておき──。
髪を逆立たせるほどの勢いで立ち上るホクトの気は燃え盛る烈火の如く、今にも弾け飛びそうな段階にまで膨れ上がっていた。
時は来た、とばかりにホクトは幼女姉妹に声を飛ばして願い出る。
「今です! ウノンさんサノンさん! 私に力を──ッ!!」
ホクトの考えを察した幼女姉妹は互いに顔を見合わせると頷き合い、ホクトの背中へと駆け寄った。そして、各々の過大能力を発動させる。
ウノンの過大能力──『軽くも重くも気分次第の粉砂糖』。
サノンの過大能力──『弾けて痺れる刺激的な香辛料』。
ウノンの手から粉砂糖、サノンの手から香辛料──。
今までは敵を重くしたり痺れさせたりと、弱体化させるために使っていたが、これを反転させてホクトを強化させるために使う。
粉砂糖を受ければ身体が軽くなり、香辛料を浴びれば肉体が活性化する。
「正しい意味での強化とは、鍛えられた肉体をより飛躍させるためにあります……それは“ここぞ!”という時に発揮されるべきなのです……」
ホクトの闘気は立ち上るというより、噴き上がるレベルに達した。
噴火寸前の活火山のように──。
「そう、まさに……ここぞ! という時にッ!!」
ホクトの両腕がコングたちの攻撃を弾き飛ばし、その反発力に彼らが背を仰け反るほど驚いた一瞬、僅かな隙が生じた。
しかし、コングはなんだかんだで9頭もいる。
多少の隙を作っても、それを埋めるように他のコングが攻撃してきた。
それを──後方にいるヨイチが的確な援護狙撃で牽制する。
コングたちの急所を貫き、ホクトの隙が持続する時間を作ってくれた。
「さっすがヨイチ! ウチの頼れる狙撃手ッ!」
「ナイスアシスト……です!」
グッドサインを送る姉妹をヨイチはスコープで確認する。
ヨイチもこれに親指を立ててグッドサインを返した。
何はともあれ──コングの群れに大きな隙が生じた。
この瞬間にホクトは両腕を引くと、掌の付け根を合わせるような形で一斉に前へと突き出して、溜まりに溜まった闘気を放出する。
キングコングたちの攻撃を溜め込んだ力+ホクト自身が全力を込めた気功の力+ウノンとサノンによる強化の力+α。
それを力の塊としていっぺんに解き放ったのだ。
「気功──波動掌ッッッ!!」
「「かめ○め波だこれーーーッッッ!?」」
ウノンとサノンのツッコミが的確だが、どちらかと言えばとある宇宙戦艦の船首から放たれる波動砲ぐらいの出力はありそうだ。
ホクトから放たれた闘気は巨大な渦を巻いて、横向きになった竜巻のように大地を抉り、9頭のコングに致命的なダメージを負わせて吹き飛ばす。
一塊となったコングたちは巨大な砲弾のように飛んでいく。
「えっ、ちょ、嘘……こ、こっち来ないでイヤアアアアアァァァーッ!?」
彼らを指揮していたマリラも巻き込まれ、防御系の魔法を唱える暇もなく、まずは吹っ飛ばされた猿王たちに押し潰され、次にホクトの気功波によって大ダメージを負わされ、みんな一緒くたに押し流されていく。
還らずの都の出現により隆起した岩山──。
そこに激突して大爆発を起こし、立ち上がる者は1人もいない。爆発後に天を衝く勢いで立ち上るキノコ雲を、ホクトは遠い眼差しで見送った。
「日々精進──この四文字から学ぶべきでしたわね」
ホクトは分厚い胸の前で掌に拳を押し当て一礼する。
それは武人として最低限の礼儀だった。
番外戦 ホクト・ゴックイーン○ ── マリラ・ブラディローズ●
~~~~~~~~~~~~
一方──還らずの都上空。
還らずの都の登場には少なからず泡を食ったものの、空を飛びながら槍を交えていたこの2人は、構うことなく天翔ながら雌雄を決するべく競っていた。
「競うまでもなく、あたいらどっちも雌だけどな!」
キョウコウ六歌仙が1人──ミラ・セッシュウ。
古い言葉ならトランジスタグラマー、最近の言葉に直せばロリ巨乳とでも言えばいいのか、小柄なくせに女性的メリハリの利いたボディラインを誇る。
そんな肢体に着飾るのは花魁風のド派手な着物。
あくまでも“風”なので、胸元は谷間を見せびらかすほどはだけているわ、着物の裾から太股が覗けるわで、かなりセクシー路線を走っている。
昇天ペガサス盛りとまでは言わないまでも、長い髪を豪勢に盛り上げて、簪や櫛をこれでもかと飾っていた。
そんな着物や髪を風になびかせて、自分が描くことで創り出した龍の背に乗り、筆を象った大槍を振るっている。
大筆の槍は戦う時こそ筆先を硬質化させて槍となるが、それ以外では筆として機能し、七色に変わる墨を筆先にたっぷり含んでいた。
そんな筆型の大槍と──長大な馬上槍が斬り結ぶ。
「拙者は子供の頃から大きかったので“男女”とからかわれたわ!」
ミラと相対するは──カンナ・ブラダマンテ。
レオナルドの幼馴染みで仕事の上では同僚。
クロコやアキと共に、巨大企業ジェネシスにおいては“レオナルド爆乳特戦隊”の1人に数えられていたGMだ。
アルマゲドンに飛ばされてからは、監視役を任された内在異性具現化者の1人であるクロウ・タイザンの仲間となり、彼の補佐的な役割を務める。
「ハン、女にしちゃ随分でけぇもんな!」
身長いくつよ? とミラはからかい口調で尋ねてくる。
「175㎝だ、文句あるか!」
売り言葉に買い言葉、カンナは気にしている背の高さを明かした。
今でこそ乳尻太股が必要以上に発育したので女性と認められるが、幼い頃は身長ばかり高くて、本当に男子と間違われることが多かった。
そんな長身に白銀の鎧を着込み、自動で我が身を守る砲塔仕込みの大盾と、機銃仕込みの馬上槍で武装し、飛行バイク“ロシナンテ”で空を駆ける。
全体的に硬派な女騎士らしい装いなのだが──。
「そんな女騎士のおめぇさんが……なんでツインテールなんだよ!?」
似合ってねえぞ! とミラは野次を飛ばした。
この野次を受けたカンナはギリッ、と歯ぎしりがするほど奥歯を噛み締め、ミラ目掛けて突っ込んでいく。怒りのまま動いたかのように見える。
今まで何度も互いのバイクと龍を走らせ、空中ですれ違い様に交錯しながら戦っていたが、今回はカンナから突っ込んで鍔迫り合いとなった。
「似合ってないだと……先刻承知だそんなことは!」
ツインテールを振り乱して、カンナは馬上槍を押し込んでいく。
「こ、このッ……だったら、ポニテにでもすりゃあいいじゃねえか!」
力負けしているのを自覚するもミラは罵声で返した。
「だけど、レオ殿が……しし君が“可愛い”って認めてくれたのだ!」
学生時代──最初は冗談半分で、たとえ笑われても彼の気を引きたくて、友達に手伝ってもらってツインテールにしてみた。
これにレオナルドは生真面目な笑顔で──。
『普段からおまえは硬すぎる。それくらいした方が可愛らしい』
その笑顔は、今でもカンナの瞼に焼き付いている。
「誰に笑われたっていい……レオ殿が“いい”と言ってくれたから、拙者はこの髪型を貫くと決めたのだ……でもな……それでもな……」
カンナは鍔迫り合い状態から馬上槍を押し込んでいく。
「他人にとやかく言われると腹が立つのだッ!」
身体の大きさを活かして腕のリーチを伸ばしていき、馬上槍をミラの顔面に近付けていくと、機銃の他に仕込んでおいた機能を発動させる。
「熱ぃッ!? なんだこの槍……ヒートランスってやつかい!?」
陽炎を揺らめかせる熱気は、灼熱の炎を噴き上げるまでに高められ、間近にまで近付けられたミラの顔面を焦がすように炙る。
「ヒートで済めば良いがな……燃え落ちろ、あばずれ!」
真っ赤に焼けた馬上槍は、ミラの持つ大筆の槍まで溶かし始めた。
溶岩を固定化させたような馬上槍がジリジリとミラに迫る。
──これ以上の接戦はまずい!
そう判断したミラは溶けかけた大筆をどうにか振るい、穂先にたっぷり溜まった七色の墨を辺りにまき散らした。
それはミラには一滴もかからず、カンナにだけ浴びせかけられる。
「あたいの能力をお忘れかい!? あたいの描くものは、どんな落書きだろうと命を宿す! それは……この“虹色墨”あったればこそよ!」
カンナの白銀の鎧を七色に彩る──ミラの虹色墨。
それは鎧からしたたり落ちることはなく、まるで絵筆を引くかのように鎧の上を走り回り、ひとりでにいくつもの絵を描いていった。
「これは……うわぁあっ! え、絵が勝手に……ッ!?」
カンナの鎧に描かれたのは──異形の触手ども。
その触手はカンナの上を自由自在に動き回る。触手どもは描かれたキャンパスであるカンナを締め上げ、触手の先端が牙を剥いて噛みついてきた。
これにカンナが怯むと、ミラは彼女の腹を蹴飛ばして距離を置く。
──と同時に大筆を振り回して、これでもかとカンナに虹色の墨をぶっかけた。墨は新たな触手を描き出し、カンナを嘖んでいく。
描かれた触手はカンナの身体から伸び上がり、彼女は自身から生えた無数の触手に絡み取られたような有り様になっていた。
「くっ、このぉ……描かれた状態でも牙を剥くとは……ッ!」
「アッハッハッハッハァーッだ! 思い知ったかい、女騎士サマよぉい!」
ミラの過大能力──【生命の芸術は如何様にも華開く】。
描いたものに生命を吹き込む過大能力。
それは既存の生物に限らない。無生物だろうと命を与えられるし、どんな突拍子もない設定でも、ミラが思い描いた生態を付け加えることができる。
差し詰め、この触手は二次元と三次元を自由に行き来できるのだろう。
触手まみれなカンナを、ミラはさも愉快そうに煽る。
「見るからに“くっ殺”な女騎士サマだ! 北斎や歌麿の例に倣って、大ダコの触手責めとしゃれ込んでやったぜ! さあ、色んな意味で墜ちちまいな!」
「誰、が……墜ちる……ものか……ぐぅッ!」
強がるもののカンナは苦しげに呻き、ついにガクッと傾きかけた。
これは墜ちる間際だ、と思い込んだカンナはほくそ笑む。
次の瞬間──触手の奥底でカンナの眼が“ギラリ!”と瞬いた。
その眼光に怖じ気づいたミラは、カンナの出方に対応するのが遅れる。
カンナは触手責めされながらも天翔るバイクのエンジンをフルスロットルで吹かせると、真正面からミラに突っ込んできた。
轢き逃げアタックか!? とミラは反射的に身構える。
だが、カンナの魂胆はまったく異なっていた。
カンナはバイクを全速力で走らせるも、途中で進路を右にズラしてミラから逸らしてしまう。自分だけが馬上槍を掲げて突っ込んでいく。
「バイクを捨てた!?」
「ああ……どうせすぐに使い物にならなくなるのでな!」
再びミラの大筆の槍と斬り結び、鍔迫り合いへと持ち込むカンナ。
ここでカンナは自身の過大能力を発動させた。
過大能力──【白き部屋にて行う決闘裁判】。
発動するとカンナを中心に真っ白い空間が広がっていき、それが彼女とミラを包んでいく。カンナを中心に直径300mほどの球体空間だ。
真っ白い空間内に閉じ込められたカンナとミラに異変が起こる。
「な、なんだい、この野暮ったい白は……って、あたいの墨がッ!?」
カンナに巻きついていた触手ども。
イソギンチャクみたいになりかけていた触手はドロドロと溶けて、生命の彩りを失ったただの墨となってこぼれ落ちていく。それはミラの大筆に蓄えられた七色の墨も同様で、彼女が何を描こうとしても形を成そうとしない。
能力が発動しない異常事態から、ミラはカンナの過大能力を読み解く。
「こいつぁ……色んなもんを無効化するのかいッ!?」
ミラの推測にカンナは覚悟を決めて微笑んだ。
「その通り──ただし、無差別にな!」
まだ宙を走っていた天翔るバイクだが、カンナの白い空間が展開すると巻き添えを食ったかのようにエンジンが停止、そのまま落下していった。
カンナの燃えていた馬上槍も熱を失い、ミラが足場にしていた描かれた龍も形を崩してただの墨に戻っていく。
過大能力や技能で動いていたものが、次々と力を失っていった。
当然、飛行系技能も使えない。
カンナとミラは競り合ったまま落ちていく。
「ちょ……アンタ馬鹿か!? こんなところでのべつ幕なしに全能力無効化なんてかましたら、あたいもテメエも落っこちるに決まってんじゃねえか!?」
「無論、覚悟の上だ」
カンナは馬上槍と大盾を道具箱に仕舞うと、ミラから大筆の槍を取り上げて放り捨てた。ミラは為す術なく大筆を取り上げられたことで勘付く。
さっきまで張り合っていたカンナに力負けしたのだ。
密かに仕込んでおいた、継続的に身体能力を増強する強化も死んでいる。
常時発動型技能まで封じられていた。
「アンタ、まさか……これを狙って?」
「気付いたか……そう、この空間内ではその者の“地金”が問われるのだ」
カンナの過大能力──【白き部屋にて行う決闘裁判】。
ミラの推察通り、これは過大能力や技能を無効化する空間を作り出す。
それは能力者当人のカンナでさえ免れない。
強化や弱体化は勿論、常時発動型技能など言わずもがなだ。あらゆる能力がその効力を失い、本人の素を露呈させる。
この空間内で頼れるのは──純然たる肉体の強さのみ。
しかしこの能力、カンナにとっても諸刃の剣だ。
もしも相手の肉体強度がカンナを上回っていた場合、体力のみならず武術や体術で勝っていた場合、カンナの方がやり込められてしまう可能性が高い。
たとえば、ツバサやレオナルドのような達人には通用しない。
単純な肉弾戦となるため、戦士としての資質のみが問われるからだ。
ミラとは散々戦った末、どう見積もってもカンナより体力面で劣っているのがわかったので、トドメの手段として過大能力を使うことにした。
もつれ合いながら高度を失い、落ちていく女騎士と女絵師。
「もっとも、神族や魔族になったという事実は無効化されないのだ……案ずるな、今の拙者たちならばこの高さから落ちても死にはすまい」
「死にゃあしなくてもメチャクチャ痛ぇに決まってんじゃねえか!」
ギャアギャア喚くミラの襟首を逃がさぬようにギュッと掴んだカンナは、女騎士らしからぬ真っ黒な微笑みを浮かべる。
残虐、その一言で説明できる暗黒の微笑だ。
「そうか、では……痛みを感じぬようにして進ぜよう」
「え、おい、ちょっと待て……無能力状態でボコる気か、おいっ!?」
問答無用──カンナは憂さを晴らすように殴りかかる。
「女同士、気兼ねすることなく殴り合える……そうであろう?」
「ぼ、暴力反対ーッ! あたい、素はそんな強くねぇんだぞ!?」
「安心しろ。こう見えて拙者は武道家の娘でな。幼い頃から鍛えてきた!」
「なにひとつ安心できね……きゃあああああーッ!?」
落下速度も気にせず、カンナは鮮やかにカンナは中空を舞い踊る。
まるで格闘ゲームのコンボを決めるかの如く乱舞し、ミラをフルボッコに叩きのめしていく。地上に墜落する寸前には、彼女を足蹴にして下敷きにする。
還らずの都──第209階層目。
その回廊にカンナはミラを踏み潰すかのように蹴り落とす。
背景に“KO!”の文字が浮かんだのは気のせいか?
回廊を激しく揺らして、アダマント鉱石製の床がクレーター状に凹む。
その中心でミラは白目を剥き、完全に伸びていた。
ミラをクッション代わりにして落下ダメージを緩和させたとはいえ、いくら神族の肉体でも高高度からの自由落下による着地は骨身に染みる。
彼女に追わされた手傷も手伝って、なかなかの重症だった。
カンナは倒したミラを一瞥して、立ち上がらないのを確認する。
それから馬上槍を取り出すと、それを杖代わりに歩き始めた。天翔るバイクを呼び戻しているが、迎えに来る時間さえも惜しい。
「一刻も早く……クロウ殿やククリ殿の援護に向かわなくては……ッ!」
還らずの都が出現した今、それ以上の気掛かりは他になかった。
中堅戦 カンナ・ブラダマンテ○ ── ミラ・セッシュウ●
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