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第8章 想世のタイザンフクン

第194話:カズトラ・グンシーンVSブライ・ナックル

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「……ん? トモエが荒ぶってるな」

 還らずの都のかなり奥まで進んだツバサは、トモエの生命力が喜びと達成感から沸き立っているのを感じた。

 疲労感も強いが、それに勝る感動に打ち震えているようだ。

 親友の名前を耳にして、鋼板の絵を眺めていたミロが振り返る。

「トモちゃんが? それって……怒ってるの? それとも……」
「いや、これは歓喜だ。きっと勝ったんだろう」

 キョウコウ五人衆の1人──“貴光子”イケヤ・セイヤソイヤ。

 あの光の速さで走れる三流ホストを抑え込んだらしい。

「おおぉーッ! さっすがトモちゃん! ウチの斬り込み隊長!」

 ミロはパチパチと惜しみない賛辞さんじの拍手を送る。

「斬り込み隊長とは言い得て妙だな」

 アホの子が珍しく的確に表現したのでツバサも褒めるように賛同した。

 彼女の能力は戦場で最前線を突っ走る先駆さきがけに向く。

 トモエはツバサが鍛え上げた結果、過大能力オーバードゥーイングによる【加速】アクセルを限界以上に使えるようになり、瞬間的ならば光に近い速さで動けるようになっていた。

 だが──イケヤの速さには1歩劣る。

 本音を申せば不安なところもあったのだが……母親の心配を乗り越えて、娘はその1歩を乗り越えてくれたらしい。お母さん、感無量かんむりょうである。

「誰が母親でお母さんだ!」
「アタシ言ってない! それツバサさんの独白じゃね!?」

 廊下に鳴り響くほどの大声を出して、ミロに怒鳴り返されてしまった。

 しかも、今回はミロの方が正論だ。

「あ、う……す、すまん。どうも癖になってるみたいで……」
「もうツバサさんの決め台詞だよね、それ」

 ──誰がお母さんだ。

 決め台詞というより、もはや口癖になっていた。

 心の中で無意識に自分のことを“お母さん”と評定してしまった時でさえ、反射的に口をついて出てしまう。条件反射みたいなものである。

「俺の男心の儚くも虚しい、最後の抵抗なんだろうな……」

 ツバサは乳房の下で腕を組み、目を閉じてしみじみと訴える。

 胸の大きい女性特有の腕組みしかできない時点で、男として終わっていると思わなくもないが、なけなしの男心はその現実から目を背けていた。

「儚くて虚しくて最後なら──もう終わってる・・・・・んじゃない?」

 ミロの的確なツッコミが、瀕死な男心に突き刺さる。

 零距離から捕鯨用ほげいようもりを打ち込まれた気分だ。自身の発言を採用されているから、自分で男として終了していることを認めたような敗北感まであった。

 よろめきかけたツバサだが、ここは我慢のしどころと踏み止まった。

 この話題について言及げんきゅうするとミロが──。

『ツバサさんは男の子・・・なのに往生際が悪い! こうなったらアタシがツバサさんはもう女の子・・・だって思い知らせてあげよう! 本当のママにしてやるーッ!』

 ──とか暴走して襲ってきかねない。

 普段は美少女(自称)なミロだが、どうも男の娘・・・になれるようになった頃から、男性的な性欲に突き動かされる時もあるらしい。

 有り体ありていに言えば──溜まっている・・・・・・のだろう。

 さっきのセクハラみたいな絡みも、ミロの中の男の娘がツバサを女として求めてきたに違いない。同じ男として理解できなくはないが、女性であり母親である肉体となったツバサの気持ちは、あらゆる意味で複雑怪奇なものだった。

 理由はどうあれ、愛するミロに求められるのは嬉しい。

 だが、女として求められるのは相反する気持ちに苦しめられるのだ。

 精神面でも神々の乳母ハトホルかたよった部分は喜んで受け入れるのだが、やはり羽鳥はとりつばさという青年の部分は「違う! こうじゃない!」と拒んでしまう。

 最近、精神面でも神々の乳母ハトホルが勢力を拡大しているのが悩ましい……。

「そ、その話はさておき……今は先を急ごう」

 ツバサはこの件に触れず、適当に流しておいた。

 還らずの都の後始末、キョウコウとの対決、世界を揺るがした鐘の音……これだけの案件が控えているのに、ツバサの性自認を掘り下げている場合ではない。

 早急に対処すべき問題が山積みなのだ。

 こんなことでテンションを乱している場合ではない。

 やり過ぎればツバサの動揺に繋がり、キョウコウとのラスボスバトルにでも発展した場合、奴に心理を読まれて足下を掬われかねないからだ。

 咳払いで喉を整え、ツバサは真剣な口調で告げる。

「キョウコウは気配を消しているが、間違いなくこの都へ侵入しているはずだ。奴も中心部にある巨大なエネルギーを目指しているに違いない」

 ツバサの真剣さがちゃんと伝わったのか、ミロもツバサの女性化について茶化すことはなく、真面目な顔で前を向いて歩き始めた。

「そこがラストバトルの舞台になるかもねー……んんんっ!?」

 歩き出したはずのミロはすぐに足を止め、廊下の壁に掛けられている遺影の1枚を食い入るように見つめていた。驚きを隠せないようだ。

「なにこれ!? なんで!? この絵・・・がこっちの世界にあんの!?」

 ツバサもその遺影に目を遣れば、思わず「へ?」と声が漏れる。

「な……なんだこれは?」

 ツバサの口から漏れる声が震えていた。

 この遺影には驚愕させれられる。他人の空似では済まされないからだ。

 そこには──現実リアルで誰もが知る人気キャラクターが描かれていた。

 顔がパンになっているヒーローだ。

 それも日本発祥、あんこ・・・が詰まったアンパンである。

 お腹を空かせた人にそのパンを分け与え、頭のパンが減ったり汚れれば弱くなってしまうが、顔のパンが万全であればどんな強敵もワンパンで倒してしまう。

 そっくりさん──というには共通点が多すぎる。

 遺影に刻まれた名前はキャラクターその物ではなく、同じく遺影に刻まれた本人の概要情報によれば、彼の頭もパンでもない。

 だが彼の持ちうる能力は、あの人気キャラクターと似通うものだった。

「へぇ……真なる世界ファンタジアだとアン○ンマ○って神族なんだ」
「そんなとこに感心してどうする……ん?」

 ふと気になったツバサが廊下の反対側に目をやれば、そこに飾られた対となる遺影はこのキャラクターのライバルである悪役そっくりだった。

 バイ菌をモデルとした、どこか憎めない敵役である。

「こっちは……やっぱり魔族か」

 ミロではないが、ツバサも思わず呟いてしまった。

 これをきっかけにツバサとミロは先を急ぎながらも、廊下に飾られた無数の遺影を欠かさずチェックするようになった。

 すると──この2枚だけではなかったのだ。

 他の遺影にも、現実世界の漫画、アニメ、小説、映画、特撮、ドラマ……何らかの物語に描かれたキャラクターを模した絵姿が確認できた。

 ひょっとするとツバサやミロが知らないだけで、今まで流し見してきた遺影の人物たちも何某なにがしかの作品の登場人物に似ていたのかも知れない。

「これは……どういうことだ?」

 ツバサもミロも困惑せざるを得なかった。

 蕃神ばんしんとの戦いで命を落とした──真なる世界ファンタジアの英雄たち。

 その遺影には現実世界でよく知られるキャラクターが描かれていることに、ツバサとミロは頭を悩ませるばかりだった。

   ~~~~~~~~~~~~

 還らずの都──第139階層目の回廊。

 ここでもまた、ツバサの仲間とキョウコウの臣下が熾烈しれつな戦いを繰り広げていた。だがしかし、その力量差はあまりにも歴然で優劣も明白。

 もうじき勝負がつきそうだった。

「しぶとさは認めてやる……だが、それだけだな」

 キョウコウ五人衆の1人──“拳闘士けんとうし”ブライ・ナックル。

 蓬髪の痩せた男は、ファイティングポーズを解いて立ち尽くす。

 素肌を晒した上半身は破れかけのロングベストを羽織るのみで、薄汚れたレザーパンツとブーツを履いている。貧相な盗賊みたいな風体だった。

 風貌ふうぼうに反して──内に秘めた闘志は強者きょうしゃのもの。

 研ぎ澄まされた筋肉は細くも鋭く、剛柔を兼ね備えた鋼鉄の繊維を束ねて練り上げたかのようだ。ボディスタイルはボクサーに近い。

 戦い方は手も足も使う打撃系で、ムエタイかキックボクサーだ。

 彼は回廊に立ち、還らずの都へ入る門のひとつを見据みすえている。

 その門には──カズトラが立ちはだかっていた。

 カズトラ・グンシーン──獣王神アハウの懐刀ふところがたなだ。

 第一印象は、誰に聞いても“痩せた狼”と言われる

 妹分のミコから「やぶにらみだー」と笑われるほど目付きは険悪。髪型は適当でいいのだが、母親代わりのマヤムから「これが似合ってる」と説得され、いつもウルフカットに整えさせられていた。

 身体にピッタリとした黒のシャツとズボン、頑丈そうなブーツを履き、金属片をあしらった丈の短いジャケットを羽織っている。

 ジャケットは右袖だけ引き千切っており、剥き出しにされた右腕は機械と宝石を練り合わせたような、不思議な義手になっていた。

 この義手は──姉貴分と兄貴分の形見だ。

 今回、アハウ陣営の代表として旅に同行したカズトラだが、当人としては武者修行のつもりでいた。

 強くなりたい──二度と仲間を失わないために。

 ナアクみたいなクソ野郎に煮え湯を飲まされることもなく、一撃でぶちのめせるようになるため、今の自分を越える力が欲しかった。

 自主トレーニングも、アハウさんとの模擬戦もぎせんも、近隣のモンスターとのバトルも、寝る間も惜しんで血反吐ちへどが出るほどやってきた。

 LVも上げに上げまくって、ようやく710を越えたところだ。

 でも──決定的な険しさ・・・が足りない。

 それは「自分を上回る強敵」であり、その敵が「本気で殺しに来る」という状況だと気付いたのは、つい最近のことだった。

 アハウさんだけじゃない、ツバサの姉御とかに稽古を付けてもらうことも考えなくはなかったが、彼らは手加減してくれる。

 どんなに厳しくても、そこには決して殺意が伴わないのだ。

 自分を本気で殺そうとしてくれる強敵との死闘。

 決死の修羅場を潜り抜けられれば、自分はもっと強くなれる。

 その機会を求めて──カズトラはこの旅についてきた。

「勝てねえ強敵……こういうのを、待ってた……」

 ブライ・ナックル──これほどの好敵手こうてきしゅと出会えたのは僥倖ぎょうこうだ。

 せっかくマヤムがコーディネイトしてくれた衣装も、ブライの猛攻によってボロボロだ。ヴァナラの森に帰ったら謝らなくちゃいけない。

 あるいは、ホクトの姐さんやハルカさんに直してもらうか?

 一流の服飾師ドレスメイカーと聞いたから、カズトラの服を直すぐらい朝飯前だろう。

 色んな考えが頭を巡り、口中で小さな独り言になった。

「ま、後回しだな……ペッ」

 鉄の味がする口の中をモゴモゴさせて、真っ赤に染まった唾を吐き捨てる。

 ――キョウコウに還らずの都を渡してはならない。

 ツバサの姉御はそう言っていた。

 しかし、還らずの都が出現した状況から察するに、キョウコウは都の中へ侵入している頃だろう。ツバサたちはそれを追いかけているはずだ。

 ならば──カズトラのやることはひとつ。

 カズトラは門のひとつの前に陣取り、ブライの行く手を遮る。

 決して還らずの都へ入れまいと奮闘していた。

「こっから先は通さねえ……オレっちは……アンタを倒す!」

 それがオレっちの役目だ! と胸を張って宣言する。

「威勢が良いのも認めてやる……だが」

 ブライの姿がぼやける。それが残像だと気付いた時には遅い。

 空間を飛び越えるような歩法で、ブライはカズトラの間合いに踏み込んでいた。たわめた両手から繰り出されるジャブの連発。

「実力が伴わなければ戯言たわごとだ」

 ジャブの一発一発が、榴弾りゅうだんみたいな威力を発揮してカズトラの頬や顎に叩き込まれる。いくら神族だろうと頭蓋骨がイカれてしまいそうだ。

 本当に榴弾の威力があるのでインパクトの瞬間に爆裂し、燃えるように熱い。

 継続スリップダメージが骨まで焦がす。

 ブライの過大能力──【我がマイ・総身これフォル全て兵ボディ器であるべし】・ウェポンズ

 肉体に兵器の力を投影できる能力らしい。

 だから、ブライのパンチは榴弾にも砲弾にもミサイルにもなる。その気になれば電磁誘導砲レールガンの力を乗せたキックも放てるはずだ。

 マシンガンみたいなジャブのラッシュ──威力は榴弾の連発。

 そんなものをさっきから浴び続けているので、カズトラはもうボロボロだった。自己回復系の技能スキルがなければ終わっていただろう。

「おらぁっ……ぐぶっ!?」 

 何発もジャブを食らいながら、カズトラは体勢を立て直して両腕を上げてガードすると、鋼鉄と宝石で編まれた義手『ガンマレイアームズ』を振るう。

「……遅い!」

 ガンマレイアームズは変形して、パンチのインパクトと同時に爆発するギミックを仕掛けていたのだが、避けられて空振りでは意味がない。

 逆に、ブライのカウンターパンチがカズトラの頬に突き刺さる。

 このパンチは榴弾ではなく砲弾だった。

 突き飛ばされるような威力を発揮して、カズトラは顔から後方へと吹っ飛ばされてしまう。意識が飛びかけるも、必死で気持ちを奮い立たせる。

「がはぁ……こ、こなくそっ!」

 吹き飛ばされながらも猫のように空中で何回転もすると、両手両足を使って踏み止まる。床に両手をついたタイミングで、カズトラは過大能力を発動させた。

 カズトラの過大能力──【我が掌中にあるもウェイクアップ須く武器と成るべし】・アームズ

 手で触れたものが何であれ、それを武器にできる能力だ。

 カズトラの触れた還らずの都の床は、見る間に盛り上がるとバルカン砲や大砲に変わり、ブライへと発射される。それだけではなく、床が盛り上がってブライの足下まで届き、無数の槍となって突き上がった。

 悔しいが──今のカズトラではブライに素手喧嘩ステゴロを挑めない。

 近距離戦インファイトなんて以ての外だ。

 格闘技術に関しては、ブライに一日の長があると思い知らされた。接近戦に持ち込まれたら、兵器の力が宿るパンチとキックでフルボッコにされる。

 遠距離から過大能力オーバードゥーイングを使い、“面”の攻撃で押し潰す。

 これが今現在、カズトラがブライに取れる最善の戦法だ。

「おい餓鬼ガキ──ひとつ、教えてやろう」

 ブライはその呟きだけを残して、姿を掻き消した。

 残像さえ置いてけぼりを喰らうフットワークは、殺到する武器を容易たやすく避け、またしてもカズトラの間合いまで踏み込んできた。

「おまえは三拍子だ」

 もはやジャブではない、力任せのタコ殴りだ。

 一発一発が零距離ぜろきょり榴弾りゅうだんやバズーカ砲を炸裂した威力を発生させる。

 しかし、ブライとの戦いで一方的に殴られてばかりのカズトラには、もう満足に避けるだけの反射神経が残されていなかった。

 ガードもろくにできないカズトラを殴りつつ、ブライは語り出す。

「おまえの能力……オレとよく似ているが、決定的に違うのはこの差だ」

 カズトラの場合──三拍子必要となる。

 1,武器化させるため物体に手で触る。
 2,能力が発動して物体が武器に変形する。
 3,その武器で攻撃する。

ひるがえって──オレは一拍子だ」

 ブライの場合、攻撃その物が兵器の威力を有している。

 カズトラの頭を掴んで固定し、防御もできずがら空きになったボディに膝蹴りをかち上げる。それは巡航ミサイルの力を宿していた。

 頭を掴まれているから、吹き飛んで威力を減衰げんすいさせることもできない。

 土手っ腹でミサイルを爆破されたようなものだ。

 カズトラの意識は本当に飛びかけた。

 辛うじて気絶しなかったが、意識は朦朧として視界がぼやけてくる。

「あ、ぐぅあ……だから、どうしたぁ……?」

 自分の意識を保つため、カズトラは回らぬ頭で悪態あくたいをついた。

「戦いに置いて、この二拍子の差は歴然な差となって表れる。おまえの攻撃がオレにまったく通じていないのが……その証拠だ」

 ブライはカズトラの右手を一瞥いちべつする。

「そして、おまえの右手……虚仮威こけおどしだ」

 この発言にはカチンと来るものがあり、カズトラの怒りに火を付けた。

 姉貴分のマレイと兄貴分のガンズ。

 2人が死の間際に託してくれた形見を──虚仮威しだと?

「……んだとぉ、てめえっ! もういっぺん言ってみろ!」

 怒りが意識のもやを払い、カズトラは気勢を上げる。

 それも負け犬の遠吠えぐらいにしか聞こえていないのか、ブライは「フン」とくだらなそうに鼻を鳴らして、言いたいことだけを言った。

「おまえはその腕を使うことに躊躇ちゅうちょがある」

 それを読むのは容易い、とブライは冷徹れいてつに告げてきた。

 この一言にカズトラの怒りは急速にしぼんでいった。図星と言われても仕方ない。カズトラ自身、嫌というほど心当たりがあった。


 同じことを──ドンカイにも指摘されたからだ。

 この大陸中央にまでくる道中で、カズトラはドンカイからいくらか戦いの手解てほきを受けたのだが、似たような注意をされていた。

『おまえさん、その右腕を使うことに遠慮があるようじゃな』
『相手が手練てだれであればあるほど、その遠慮は読み取られるぞ』
『その腕について話は聞いておる』
『大切にしたい気持ちはわかるが……その腕を授けてくれた仲間は、そんなことを望んでおらんと思うぞ』

 稽古けいこが終わった後、ドンカイは穏やかに諭してくれた。

『その腕はおまえさんのものじゃ。ちゃんと使いこなしてやりなさい』

 正直──気が引けていたところはある。

 兄のように慕ったガンズさんと、姉のように甘えたマレイさん。

 狂った科学者ナアクの人体実験により、二目と見られぬ姿に変えられた果てに命を落とすも、右腕を失ったカズトラに力を残してくれた。

 ドンカイの言う通りだ。

 カズトラが託された力を、万全に使いこなせるようにするのは義務であり責任でもある。だけど、どうしても気が引けてしまう。

 あの2人の最後を思い出して──助けられなかった自分の無力さを。

躊躇ためらいなら……あるさ」

 カズトラはブライの言葉を認めると、左腕をがむしゃらに振るってブライの拘束を振りほどいた。よろける足取りで遠ざかり、距離を取る。

「オレっちは許せねぇ……ナアクでも誰でもねぇ……アハウさんの足を引っ張り、あの2人を、仲間を……助けられなかった自分が許せねぇんだ」

 それが躊躇の正体──わかっている、そんなことは。

「そいつがオレっちの隙になって、アンタに弱点と見られてるなら……」

 こう・・すりゃいいんだろ、とカズトラは構えた。

 左腕だけ持ち上げて拳を握り──右腕はダラリとぶら下げる。

 右腕の攻撃が読まれるというのなら、使わなければいい。

 カズトラはやる気を見せるため、左腕だけでシャドーボクシングをしながら威嚇いかくするのだが、ブライは呆れるようにため息を漏らす。

「そういうのをな……浅知恵というんだ!」

「浅知恵だろうが悪知恵だろうが知恵は知恵だコンチクショウッ!」

 ブライの姿が消えるよりも速く、カズトラは床に左腕を叩きつけた。

 過大能力──【我が掌中にあるもウェイクアップ須く武器と成るべし】・アームズ

 さすがに何度もぶん殴られれば、警戒心を働かせて機先きせんを取るぐらいはできる。ありったけの武器を用意して、迫るブライを迎え撃つ。

「おまえのはそれ以下……猿知恵だ!」

 ブライは影すら置き去りにする神速のフットワークで、カズトラの放つ攻撃を余裕で回避する。これまで通り間合いを詰め、カズトラの懐へ……。

 入る寸前──“バチィン!”と横っ面を張り飛ばされた。

「今のは……散弾か?」

 ショットガンを間近で受けたような衝撃だった。しかし、弾丸はおろか銃さえ見当たらない。なのに、攻撃された感触は間違いなくあった。

 これを見たカズトラは“ニヤリ”とほくそ笑む。

 嫌なものを感じたブライはひとまず後退したのだが、その横腹に無数の刃物を突き立てられたような痛みが走った。

 防刃や防弾のための常時発動型技能パッシブスキルがあるので効きはしないが、相応の激痛に唇を噛み締める。不測の事態だが、まだ脅威とは言えなかった。

 カズトラの仕業──それは間違いない。

「オラオラオラァー! どうしたボクサー気取りッ! オレっちに偉そうなこと言ってたくせに、2、3発やられたくらいで逃げんのかオラァーッ!」

 回廊の床に手を当ててアダマント鉱石を武器に変えたカズトラは、それで猛反撃してくる。しかし、目に見える攻撃ならばブライは軽々と避けられた。

 しかし、見えない攻撃にはちと手を焼かされる。

 ダメージも馬鹿にならず、急いで対策を取る必要があった。

餓鬼がき過大能力オーバードゥーイングは……手で触れたものしか武器化できないはず……右手は床に当てられて能力を発動し、左手は……宙ぶらりんのままだ」

 何にも触れてはいない。ブラブラと空に揺れている。

 空に・・──これでブライはピンと来た。

「そうか、これは……空気かッ!?」

 ブライは耳を澄まし、風を切って飛んでくる物体に気付いた。

 不可視の攻撃を避けるのは困難と判断し、勘を頼りに拳を振るって迎撃することに成功したが、完璧とはいかずに何発か喰らってしまう。

「ふっ……咄嗟とっさの割には考えたな、餓鬼」

「悪ぃけどオレっちのオリジナルじゃねえ。横綱さんのアドバイスよ」

 これはドンカイに授けられた秘策だった。

『おまえさんの能力なら、こういうこともできるんじゃないのか? 以前、ツバサ君が圧縮空気をこんな具合に使っててな……』

 この話をヒントにして、カズトラなりにアレンジした次第である。

「なるほど……おまえ、戦いながら強くなるタイプか……」

 ブライはフットワークを速め、再びカズトラに詰めてきた。

 近付けさせまいとカズトラは目に見える攻撃をブラフに、空気に能力で働きかけて武器化させた、透明な圧縮空気でブライを攻める。

 しかし、ブライは構わず突っ込んできた。

「おまえみたいなタイプを放置しておくほど……オレは怠慢たいまんじゃない」

 目に見えない圧縮空気の武器は聴覚に頼りながら勘で捌いて、多少の攻撃を受けても顧みず、真っ直ぐにカズトラ目掛けて突っ込んでくる。

「速攻で片付けさせてもらう!」

 そして、拳の届く間合いに入ると同時に、全力を込めたボディブローをカズトラの土手っ腹に打ち込んできた。これをカズトラは躱せなかった。

「──地中貫バンカーバ通爆弾撃スターブロー!!」

 拳を受けた瞬間、カズトラは内側から爆ぜた。

 ブライの言った通り、固く閉ざされた地下シェルターにまで届いて地中から爆破するバンカーバスターの威力が込められたボディブローだ。

「がはぁ…………ッ!?」

 口からは黒煙を吐き出して白目を剥いて血の涙を流し、散々殴られた体中のあざから血飛沫ちしぶきを噴き上げ、カズトラは気絶してしまった。

 辛うじて立ってはいるが、それはブライの腕が支えているだけ。

 ブライの拳が離れれば、カズトラは呆気なく倒れる。

これ・・でバラバラにならなかったのは……おまえが2人目だ」

 ブライなりの武骨ぶこつ賛辞さんじが送られる。

 もういいだろう、とブライはカズトラに叩き込んだ拳を引こうとした。

「──ッッッ!!」

 その時、カズトラの左腕が動き、腹にめり込んだブライの腕を掴んだ。

 最後の悪あがきかと思ったが、振りほどけない。

「往生際の悪い……ッ! くっ、なんだ、この握力は……ッ!?」

 死んでこそいないものの、絶命寸前な瀕死のはずだ。

「なのに……この力はどこから出てきて…………はッ!?」

 カズトラの鋼鉄と宝石でできた右腕が、ゆっくり持ち上げられる。

 右腕が変形していき、拳に凄まじい破壊力が溜め込まれていくのがわかる。鋼鉄が装甲のように厚みを増して、宝石には魔力が充満していく。

 今までは曲がりなりにも人の腕を模した義手の形をしていたが、今では敵を殴り壊すために作られた武装籠手ガントレットのような重々しい形状に変わっていた。

 そして、ブライは見た──カズトラの背後に立つ2つの影。

 片や屈強を絵に描いたような軍人風の大男、片や美しい宝石がよく似合う気品にあふれた魔術師風の美女。そんな2人が背後霊のように佇んでいる。

 これは──カズトラガキの守護霊か何かか?

 そのカズトラの白目が一瞬、黒目に戻って我に返る。

「うぅぅぅぅぅおおおおおおおおおああらららぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 断末魔にも等しい絶叫を上げて、カズトラは右拳を放つ。

 宝石の魔力が放出され、鋼鉄の拳の威力をどこまでも増幅させる。

「貴様ッ! 1人・・じゃなかったのか!?」

 利き腕を封じられたブライも、この密着状態では左腕で対抗するしかない

 カズトラの右ストレートに、ブライは左ストレートで応じる。

 ぶつかり合う──男たちの鉄拳。

 せめぎ合うかと思いきや、カズトラの右腕が唸りを上げて爆発的な力を発揮し、ブライの左手を弾き飛ばした。

 いや、跡形もなく消し飛ばしたのだ。

 技能スキルでも過大能力オーバードゥーイングでもない。それ以上の力を引き出した──“想い”。

 その“想い”がカズトラの右腕に宿っており、そこから放たれた力は触れたものを木っ端微塵にする爆発的なエネルギーとなって、ブライの左上半身を爆散させた。

 のみならず、2人を中心に大爆発を引き起こす。

 還らずの都を揺るがし、門扉を跳ね飛ばして、硬い床の石材すらも砕く。

 そのほとんどが、アダマント鉱石でできているにも関わらずだ。

 爆発が収束しゅうそくした後──爆心地に立つ2つの影。

 カズトラは変形した右腕を突き出し、立ったまま気絶していた。

 そもそも倒れるはずがない。

 床を武器化させた時、何本ものスパイクを作って自分の足に食い込ませていたのだ。「絶対に倒れねえ!」というカズトラの根性が垣間見える。

「フン……参ったぜ」

 その前に立つブライは──左腕ごと上半身を持って行かれていた。

 餓鬼カズトラに負けたことは悔しそうだが、「完敗だ」と言いたげにやり切った微笑みを浮かべており、やがてゆっくりと前のめりに倒れていった。

「まあ……3人・・、相手に負けたんだ……言い訳も立つ、か……」

 カズトラの左腕に宿る──2つの魂。

 ブライはその存在を認め、己の敗北も受け入れて地に伏せた。



 次鋒戦  カズトラ・グンシーン○ ── ブライ・ナックル●
     (ガンズ・メイトリクス)
     (マレイ・ジュエリスタ)


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HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
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ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

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