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第8章 想世のタイザンフクン

第192話:還らずの都へ

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 ククリの叫びに応え、大地の奥底から頭をもたげるもの。

 ツバサは大自然を司る神々の乳母ハトホルであるため、その途方もない存在感が地中深くで動き出したのを否応なしに感じてしまう。

 地鳴りは激しくなり、谷底の洞窟が鳴動して崩落を始める。

 現実ならば激甚げきじん災害クラスを越える大地震。

 大陸ならば粉々に砕き割れ、列島ならば沈没しかねない大震災だった。

 おまけに地下洞窟にいることもあって、巻き込まれたら命はない。神族化していなければ死を覚悟したかも知れない。

 今なら乗り越えることもやり過ごすことも可能だった。

 しかし、誰もが地震の揺れに翻弄ほんろうされていた。

 世界を揺らす鐘の音は、神族となったツバサたちにも強烈な弱体化デバフを及ぼした。キョウコウほどの猛者もさでも立っているのがやっとのようだ。

 いや、それにしてもキョウコウは他と比べて動揺が少ない。

 まるで経験済み・・・・かのようだ。

 頭の芯でグワングワンと梵鐘ぼんしょうを叩かれているような頭痛が鳴り止まない。

 三半さんはん規管きかんも上下左右に振り回されて酷い船酔いみたいな気持ち悪さに見舞われる。食道や胃腸も煽りを喰らい、血反吐にも勝る凄まじい嘔吐感おうとかんが続く。

 五感はおろか第六感まで支離滅裂にされる感覚が止まらない。

 ククリの叫びは止まらず、還らずの都も上昇を続けている。

 もうじき都が顔を見せるはずだ。

 そうなれば大混乱は必至、仲間とはぐれるのは得策じゃない。

「ミロ……俺に掴まれ……ッ!」
「言われなくとも、いつでもどこでも抱っこちゃん!」

 頭を押さえて呻きながらツバサが命じると、ミロも大嫌いな青汁を一気飲みしたような顔で、ツバサの腰をへし折る勢いで抱きついてきた。

 ……この非常時でも、抱きついたツバサの尻の谷間に顔を埋めて深呼吸をするのを忘れない。余計に息苦しそうなんだが?

 ツバサは肉体を操る過大能力オーバードゥーイングで自分の髪を伸ばしてミロにくくりつける。

 命綱の代わりだ。これではぐれることはない。

 もっと髪の量を増やして束ね、クロウとククリにも命綱として巻き付けるために伸ばしたのだが、横槍に伸びてきた白い髪の束にさえぎられる。

 キョウコウだ──同じことを考えたらしい。

 奴もまた鐘の音で弱体化デバフしたのか、兜の奥にある両眼を険しそうにしかめているが、ツバサと同じように兜の飾り毛を歌舞伎の連獅子みたいに伸ばして、ネルネやダオンを絡め取っていた。

 その毛を一房だけ伸ばして、ククリに向けて触手のように放ったのだ。

 キョウコウの伸びる飾り毛はツバサが伸ばした髪を弾き、ククリを捕らえるべく襲いかかる。いち早く気付いたクロウがマントで彼女を庇った。

 だが、キョウコウの飾り毛は勢いを止めない。

 わずかに触手の軌道を変えると、ククリの柔らかそうな頬をかすめて血が滲む程度のかすり傷を負わせた。

 ククリの頬に一筋の赤い線が浮かび、血の玉がフツフツと生じる。

 そして──白い飾り毛の先は赤く染まった。

 キョウコウはそのしゅを認めるや否や、「してやったり」と言わんばかりに目尻を下げたのだ。その表情をツバサは見逃さない。

 ククリを奪うのが目的じゃない? 傷を負わせるのが本命?

 あの鎧オヤジ、何がしたかったんだ?

 まだ鐘の音で頭がグラグラしており、考えをまとめられない。

 キョウコウのククリに対する一手が気になるが、それどころではない急展開が足下まで迫っていた。地面が急速に盛り上がっている。

 地の底を突き破り、とうとう都の先端が現れた。

 4本の支柱を繋げるように同じ形で積み上げられた鉱石、それを規則正しく積み上げて建てられた円筒型の建築物だ。4本の支柱の間にひとつづつ、合計四箇所の扉がある。想像していたよりもシンプルな造りである。

 ただし──でかい。

 これだけでも姫路城の石垣から天守閣までがすっぽり収納できそうな大きさだ。概算がいさんでも50m以上あるのではなかろうか?

 そんな巨大な円柱が、地中から一気にせり上がってきた。

 速度もさることながら、還らずの都はとてつもなく大きい。それだけの巨大な質量が動くことにより発生するエネルギーは生半可ではない。

 先端でしかない円筒形の建物が現れただけで、凄まじい衝撃と震動が谷底の洞窟を崩壊させた。洞窟を支えていた巨大な鍾乳石の柱はへし折れ、岩盤を削って作られた天井は崩れ落ち、瞬く間に土砂によって埋まっていく。

 それらを押しのけて、還らずの都は上昇を続ける。

 この大混乱に、誰もが己の身を守るので精一杯だった。

 ツバサはミロを抱きつかせたまま自然を司る過大能力オーバードゥーイングで土砂を押しのけ、還らずの都から逃れるように地上を目指す。クロウはククリをマントに抱えたまま地獄の業火で土を焼き切り、地表へ昇っていく。

 なるべく崩落の少ないところへ、土砂の勢いが弱いところへ──。

 そうやって動いている内に、ツバサとクロウはそれぞれ反対側に向かっていた。

 ちょうど還らずの都の先端を中心にしてだ。

 キョウコウは何処どこに? ツバサは抜け目なく居場所を確認する。

 いた──悪いことにクロウ側だ。

 キョウコウもまたネルネを優しく抱きかかえてダオンは適当に引っ張り、全身からドリル状の掘削機らしきものを具現化させている。

 そのドリルで土中を掘り進み、地上へ向かっていた。

 ツバサもクロウやキョウコウの方へ行こうとしたが、想像よりも還らずの都の上昇速度が速く、反対側へ向かう間に巻き込まれる恐れがあった。

 ツバサが1人なら無理をしても良かったが、ミロも一緒にいるので危ない橋を渡りたくはない。おまけに還らずの都の移動によって地盤がシッチャカメッチャカになっているので、自然を操れるツバサでも手に負えない状況だった。

 ここで終止符を打つのは無理、誰しもが地上に出るのが先決。

 それこそ──還らずの都で決着をつけるしかない。

 ツバサは腰に抱きついたミロを決して離さぬよう抱き上げ、スピードを上げて地上に向かう。どんな状況にも即座に対応できるようにするためだ。

 しかし、またしても予想を上回る出来事が起きた。

 還らずの都の浮上する速度が急速に跳ね上がり、ツバサたちどころかクロウやキョウコウまで巻き込まれたのだ。

 どこの部分かわからないが、ツバサは還らずの都に叩きつけられる。

 ミロを胸に抱いて、自分から背中で受け身を取る形でぶつかったのでダメージはさほどではないが、そのまま地上へ昇る還らずの都にへばりつく感じだ。

 加速度的に上がる重量の負荷で身動きが取りづらい。

 気付けばツバサたちは──地表へと押し上げられていた。

   ~~~~~~~~~~~~

 ツバサ&クロウ陣営VSキョウコウ軍団。

 その戦いは兆しの谷を中心とした、大陸中央の荒野で行われていたのだが、その荒野が大地震に見舞われていた。

 戦っていた者たちも手を止め、浮き足立っている。

 中には戦闘に夢中の者もいるが──そこはそれ、個人差だ。

 しかし、戦うことに熱中する者たちですらも無視できない異変が起こる。それは兆しの谷を突き破り、地表に現れた還らずの都の先端部分だった。

 前述の通りの形状をした、円筒型の建物が地を裂いて出現する。

 その下には──同じデザインの土台が広がっていた。

 高さも同じ50m程度、支柱は8本に増えて、扉の数も八枚。壁を作る石組みの青みがかった鉱石は、どうやらアダマント鋼を含有しているらしい。

 巨大な門扉もアダマント製なので、頑丈さだけならば鉄壁を上回る堅牢さだ。

 更にその下に──同じデザインの土台がある。

 高さこそ同じだが、今度の支柱は16本、扉は16枚。

 その下には32本の支柱に、32枚の扉が、その下には64本の支柱に、64枚の扉が、その下には128本の支柱に、128枚の扉が……。

 どうやら還らずの都とは、積層型になっているらしい。

 頂点の円筒型の建物の下に、面積を広げた同じデザインの円筒形の建築物が重なっていた。支柱と門扉の数は4の倍数で統一されているようだ。

 地中からどんどんせり上がってくる還らずの都。

 その全体像は、富士山のような扁平に近い円錐状だ。

 頂点が空へ上がっていくほど、裾野が広がるように全体が現れてくる。その規模たるや現実では比較できる建築物はおろか自然物すらない。

 小さな島国なら余裕で収められる面積を有していた。

 高さ……というより山に準えて標高と呼びたくなるが、その標高も富士山を通り越して、ヒマラヤやチョモランマですら追い抜いている。

 もはや下層を支える支柱や門扉は、4の倍数の如何いかほどに達しているか想像もつかない。それでも、まだ地下から下層部分がせり上がってくる。

 地上で戦っていた者は、この還らずの都の出現に例外なく巻き込まれた。

 かつて大陸中央にそびえたとされる──天をくほどの大山脈。

 還らずの都はそれを再現したかの如く、その頂きを天の彼方へ突き立て、その裾野は大陸中央を埋め尽くしかねない規模だった。

 途方もない巨大さを誇る、還らずの都。

 その全貌は明らかになるも、あまりにも大きすぎて近くにいる者たちはその全貌がどのようなものか推し量ることさえできなかった。

   ~~~~~~~~~~~~

「痛つつつ……ミロ、無事か?」

 身体にのし掛かった土砂を押しのけ、ツバサは身を起こした。

 還らずの都──上層から数えて4階層目。

 都の上昇に巻き込まれたツバサはこの付近にいた。

 地上へ出てきた還らずの都はもはや巨大な“山”だ。それも現実世界ではありえない超ビッグサイズ、全高を計るのも烏滸おこがましい。

 天を衝く剣峰──そんな高く尖った山を表現する言葉がある。

 だが、還らずの都の先端は天を衝くどころか刺し貫いており、その頂上は天を超える位置にあった。成層圏に届いているのではなかろうか?

 その4階層目ともなれば頂上に近く、極寒の冷気が吹き荒んでいる。

 空気も薄い。というか、ほとんど酸素がない。

 生身の人間なら身体がイカれているだろう。寒さで凍え死んでいるか、酸素欠乏症で失神したまま死ぬか……どちらが早いかの二択だったはずだ。 

 こんな時ばかりは神族になっていて良かった、と安堵する。

 急上昇に巻き込まれて重量に押し潰されたせいか、少し身体がだるい。すぐ立ち上がる気にもならず、ツバサは座り込んだままだった。

 無意識に女の子座りになる。この身体だとこちらのが楽だ。

 やはり骨盤が男性とは違うからだろうか?

 肉厚になった巨尻と太ももを意識してしまうから控えているのだが……。

 ツバサは一緒にいたはずのミロを探すが、彼女の姿はどこにも見当たらない。急に心細くなったツバサは、キョトキョト辺りを見回した。

「ミロ……どこだ、ミロ……おい、ミロ?」

 まさか──はぐれたのか!?

 ドッ、と冷や汗が滝のように流れ出すのを感じる。

 先刻の世界を揺らす鐘の音も比較にならないほど息が詰まり、心臓が鼓動するどころか1回停止したのがわかった。少しくらいの気怠けだるさも吹っ飛ぶ。

 母性本能ハトホルが早鐘みたいな警鐘を鳴らしてきた。

「ミロォッ! どこだミロ、どこにいるんだミロォッ!」

 我を忘れかけたツバサは、泣き叫ぶような声でミロを探し求めた。

 伸ばした髪の命綱を辿たどることさえ忘れている。

「こ、ここだよぉ……ちゃんといるから、安心してぇ……」

 ツバサの我が子を失った母の悲鳴じみた声を察したのか、慰めるようなミロの声が聞こえてきた。ホッと一安心するも、ミロの声は異常に弱々しい。

 だが間近にいる──声はすぐ近くで聞こえた。

「まったくツバサさんったらぁ……アタシの姿が見えなくなると、すぅーぐ情緒不安定になるんだからぁ……ホント、子離れできないお母さんみたいぃ……」

「だっ、誰がお母さんだッ!?」

 図星を突かれたので、焦りながら決め台詞で返す。

「っていうか、おまえどこにいるんだ!? 声はするけど姿が見えないぞ!?」
「ほんにアタシは屁のような……そんなわけでお尻にいるのぉ……」

「……へ? お尻?」

 意味がわからないミロの返事。そして、ツバサは臀部でんぶにむず痒さを感じる。

「そう……ツバサさんのでっかいお尻に敷かれてんのぉ……」
「うわあああああっ! ミ、ミロォ!?」

 慌てて飛び退けば、本当にツバサがお尻に敷いていた。

 ちょうど顔の部分を潰すように敷いていたらしく、心なしか顔がぺっちゃんこになっているような気がした。そんなに重いのか、ツバサおれの尻は!?

「ミロ、しっかりしろミロォ!?」

 ミロを起こして揺さぶると、まだ呆けているものの顔の形は戻った。

「いやぁ~……夫たる者、奥さんの尻に敷かれるのも悪くないかなぁ~……とか思ってたんだけど……物理的にこの巨デカ尻はしんどいわ」

「誰がおまえの奥さんだ! そんで、誰が巨デカ尻だこの野郎!?」

 恥ずかしさと照れ隠しから、ミロの首根っこを引っ掴むとガクンガクン揺らしてやった。これが効いたのか、ミロはゆっくりとだが我に返る。

「あぁー……眼が覚めた! まあ、アタシ個人の意見としましては、尻に敷かれて圧死するより、ツバサさんのおっぱいに顔を埋めながら死にたいけどね!」

「言った側から顔を埋めるな……ぁん♪」

 ミロは真正面から抱きついてくると、ツバサのおっぱいの谷間に顔を埋め、両腕で下から胸を支えるようにしつつ、細い指を備えた手で優しく揉んできた。

 いきなり愛撫あいぶされたようなものだ。

 女性以上に発達した性感帯でもある乳房にそんなことをされたら、いくら我慢強いツバサでも甘い声が漏れ出る。誰かの眼があれば必死で堪えようとするが、辺りに他人の気配がなかったので、つい漏れてしまった。

「こ、こら! ミロ、やめな……くぅ! あぁ……っひあっ!?」

「あ~……ツバサさんのおっぱいに気兼ねなく甘えるの、なんか超久し振りな気がするぅ~……ここがアタシの還る場所ぉ~……んふふ♪」

 ミロも他人の眼がないのをいいことに調子に乗ってきた。

 衣服越しに乳房を揉んでいたのだが物足りなくなったのか、そっとジャケットの合わせ目からしなやかな手を忍び込ませると、ブラジャーの中にまで指を差し込んできたのだ。

 そして、指先で一番敏感な部分をソフトタッチで刺激してくる。

 世界を揺らす鐘の音の影響で頭痛が抜けきらない頭に、今度は性的な刺激による快感が湧き起こる。男のそれよりも強烈な多幸感たこうかんで満たされていくのだ。

「ミロォ……こんなところで……駄目、だっ……て、あぁ……♪」

 抵抗する声も切なく、女らしいものに変わっていく。

 ミロを見失いかけて動揺したことも手伝っているのか、彼女の抱擁を兼ねた愛撫が気持ち良くて仕方ない。

 ツバサ本人がミロの温もりを感じたいと願い、母として女としての感覚が、ミロを娘として、あるいは伴侶はんりょとして求めて已まないのだ。

 その証拠に──ツバサは上も下も・・・・やばいことになりかけていた。

「ああぁ……くぅぅぅぅぅ…………駄目だって言ってんだろコラッ!」
「あべしっ!?」

 なけなしの理性を振り絞って奥歯を噛み締めると、どうにか拳骨をミロの頭に叩き落とした。聞いたことのある悲鳴を上げてミロは離れる。

 あ、危なかった……間一髪だ。

 もう少しで女の快感に流されるところだった。

 快感を堪えた反動なのか、肩で息を繰り返すツバサは両腕では隠しきれない特大の胸を庇う。上下の下着の中がしっとり・・・・しているのは気のせいではない。

 恥ずかしさを覚えるも、照れ隠しに怒鳴り声を上げる。

「お、おまえはぁ……時と場合ってものを考えろ! 今! ここで! エロいことやってる場合か!? さっさとこの事態を収めるのが先だろうがッ!」

 かく言う自分も、その気になり掛けていたのは棚上げしておく。

 ツバサに拳骨を落とされたミロは頭から湯気を立ち上らせ、還らずの都の床に突っ伏していた。頭をさすりながら起き上がる。

「……だってぇ、なんかもうずーっと真面目な展開やらバトル展開やら戦争ばっかで、エロいこと全然やってない気がしたからさぁ……ちょいテコ入れ?」

「テコ入れって何だよ!?」

 ミロの意味不明な提言は聞かなかったことにする。

「ったく……クロウさんやククリちゃんとはぐれて、キョウコウもどこ行ったのかわからないんだぞ? どちらかを見つけないといけないって時に……」

 おっぱいを支えるよう胸の下で腕を組んだツバサは、ミロからやや眼を背けて、ブチブチと小言みたいな文句を言い続けた。ミロの愛撫と誘惑に負けかけた手前、あまり強く叱りつけることもできないのだ。

「でもさ……ツバサさんもちょっと乗り気だったんじゃない?」

 ミロは指先を濡らすハトホルミルク・・・・・・・を指の腹で擦り合わせると、少しだけ粘って糸を引くそれを、ツバサの眼前で見せびらかすように伸ばした。

 たったそれだけ──ミロにしてみれば悪意のない仕種なのだろう。

 なのに、ツバサは羞恥心で顔を真っ赤にせざるを得ない。

「そ、そそそ……そんなわけないだろバカぁ!?」

 ツバサはしどろもどろに大声を張り上げて誤魔化した。

「とにかく! ひとまず! なにより! すなわち! 還らずの都がこうして出てきてしまったわけだから! えっと…………どうすればいいんだ?」

 恥ずかしさのあまり勢いで言葉を並べたものの、ここから先はノープランだったことに気付かされた。そもそも、ツバサもクロウも還らずの都を復活させない前提で動いていたので、復活後のことは完全に計画外である。

 ミロは慌てず騒がず、いつも通りマイペースに答えてくる。

「どうこうも……ここまで来たら行くしかないんじゃない?」

 ミロが指差したのは、還らずの都にいくつもある門のひとつ。

 ツバサたちの目の前にある門は──開いていた。

 見れば各階層にある無数の門扉は、ひとつ残らず開放されている。どうやら地上に出現すると同時に、あれらの門は開かれるように設定されていたらしい。

「行くって……入っていいのか、これ?」

 ツバサはおっかなびっくりに扉の中を覗き込む。

 扉の奥は長く広い廊下になっており、遠目ではわかりづらいが壁面には石版らしきものが何枚も飾られていた。それぞれ人物が描かれているらしい。

 もしや──あれが「過去の英霊を刻んだ墓標」か?

「ククリちゃん……に聞いてもせんないだろうしな」

 その辺りの話はククリに聞いても要領を得ず、還らずの都に関しては『とにかく復活させないこと』を重視していたので、なんとも心許なかった。

「でもさ、ククリちゃん──この中に行くと思うよ」

 ミロは拳を握り親指を立てたまま、何度も“クイックイッ”と還らずの都の内部へと誘う門を指差した。当人も興味をそそられるらしい。

「そりゃあ彼女の立場からすれば、こうして都が現れて門まで開いたら、行きたくなるのは当然だろう……なにせお父さんとお母さんがいるんだからな」

 彼女の両親はこの還らずの都の中にいる──生存は怪しいが。

 還らずの都を封じる際、ククリの両親は内部からの守り役として、自分たちをも都の内に封じたのだ。それをキョウコウは殉葬じゅんそうという言葉で言い表していたが……あながち、間違いではないのだろう。

 彼らはククリに『死者と共に眠る』と言い残していた。

 それはつまり、還らずの都に葬られた英霊たちを慰霊いれいするべく、共に墓へ入って彼らと運命を共にするという意味なのだろう。正しく殉葬だ。

「それでも……お父さんやお母さんに会いたいよね、きっと」

 ミロはククリの心情を慮り、悲しげに微笑む。

 この娘は真性のアホだが、人を思い遣る共感性だけは優れていた。

「……………………そうだな」

 ツバサはミロの意見に同意し、ククリの気持ちに同情した。

 かつてツバサも家族を失った時、幾度となく再会を願ったものだ。もしもミロが止めてくれなければ、自殺という手段を選んでいたかもしれない。

 ククリには──そんな道を選んでほしくなかった。

「どの道、入るしかなさそうだな……もう一度封印するにしろ何にしろ、その方法は都にしかなさそうだ……ククリちゃんも、やっぱり行くだろうしな」

「そうそう、本当の・・・お父さんとお母さんに会いにね」

 所詮、ツバサとミロは間に合わせの偽物。雰囲気や姿が似ているだけ。

 ミロはそれを暗に自嘲するかのように戯けた口調で言った。どこか寂しさを感じるのは気のせいではない。ククリに愛着を持ったればこそだ。

 どれだけ彼女の手助けになれるかわからないが、今は先へと進もう。

 目指すは還らず都内部──その中心部。

 そこに何らかの重要な施設か装置があるに違いない。

「よし──行くか」
「うん──行こう」

 ツバサとミロは頷き合い、還らずの都にある門を潜っていく。

   ~~~~~~~~~~~~

「では……行くのですね、ククリさん?」

 前に立つククリの小さな背中に向けてクロウは尋ねた。

 還らずの都──上層から第21階層目。

 場所的にはツバサたちがいる地点の反対側の下層だ。

「はい、クロウおじさま」

 目の前に開いた門のひとつ、その奥に広がる闇の彼方を見据えたまま、ククリはクロウの問い掛けに答える。いつもよりはっきりした口調でだ。

「私の声が、この都を呼び起こしたのは事実です。ですが、それはキョウコウに脅されたからではなく、あの“兆し”があったからなんです」

 世界を揺らすほど鳴り響いた──4度の鐘の音。

「もうすぐ、この真なる世界ファンタジアに何かが起こります。その時、この世界は還らずの都を必要とするでしょう。そのためにも……呼び起こすだけでは駄目なんです」

 ククリは還らずの都を開くための鍵だ。

 しかし、それだけではない──そんな予感が彼女の内に芽生えた。

 還らずの都が眠りから覚めたことである種の覚醒を促されたのか、ククリは自分の成すべきことを無意識に理解しつつあった。

 そして、両親から託された本当の使命も──。

「私は還らずの都を開くための……真に開放するための鍵なんです」

 還らずの都はまだ、地上に現れて門を開いただけ。

「それだけではいけないんです……本当に解放しなければ、“兆し”の後に起こる出来事に立ち向かえない。そして、開放できるのは私だけなんです」

 だから、還らずの都の中心へ行かなくては──。

 一歩踏み出そうとするククリの背中に、クロウは辛い質問を投げ掛ける。

「お父さんとお母さんに──会えるのですか?」

 踏み出しかけたククリの足がピタリ、と止まる。

 父と母は──この還らずの都にいる。

 恐らくは都の奥底、その中心にいるのだろう。そこで都に収められた英霊たちを慰めるため、永久とこしえの眠りについているはずだ。

 それは“死”と同義──ククリの両親はもう亡くなっている。

 還らずの都と共に眠る前、父と母はククリに『今生の別れ』を告げた。

 二度と会えないからこそ両親は娘との別れを惜しみ、ククリはその別れに幼い心が耐えられず、400年もの眠りについてしまったのだ。

「シュウに甘ったれ・・・・、と叱られるわけですよね……」

 情けない、ククリはそう言いたげに自嘲した。

 ククリは浮かしたまま止めていた足を下ろした。

 そして、更にもう一歩を踏み出していく。

「でも、向き合わなくちゃいけないんです……父のことにも、母のことにも」

 2人がこの世にいないことを──受け入れなければならない。

「クロウおじさまやみんなが……ダルマやヤーマ、キサラギ族のみんなが、そして、ツバサ様やミロ様が、還らずの都を守るため、一生懸命がんばってくれたのに……私は守られているばかりでした……」

 何もできないという後ろめたさにククリは悩んでいた。

「でも、これだけは私にしかできないこと……この地に残った灰色の御子として、還らずの都の守り役に選ばれた、私の役目なんです……」

 もう逃げません──ククリは覚悟を決めた。

「都の中心で、父と母がどんな姿で待っていようと……受け入れます。そして、託された役目を果たして……ちょっとだけ、胸を張りたいんです」

 あなたたちの娘はやり遂げました──と。

 それ以上は何も言わず、ククリは都の門を潜っていく。

 足取りにまだ脅えや恐れが窺えるも、一歩、また一歩と、しっかりした足取りで光りが灯されていない暗い回廊へ進んでいった。

「ならば──お供いたしましょう」

 クロウは黒いマントをバサリと翻し、愛用のシルクハットの鍔をつまんで被り直すと、淑女に付き添う従者らしい歩調でククリの後に続く。

「私如きがどれだけ力になれるかわかりもしませんが……微力ながら、お手伝いさせていただきます。そう約束いたしましたからね」

 クロウは眼窩の奥に光るものを瞬かせてウィンクをする。

 彼なら一緒に来てくれると信じていた。

 改めて言葉にして約束してもらえただけで、とても心強い。

「ありがとうございます、クロウおじさま」

 振り返って笑顔で礼を述べると、ククリは気を引き締めて前を向く。



 そしてクロウを伴い、還らずの都へと足を踏み入れた。


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