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第8章 想世のタイザンフクン
第189話:共工・炎帝・蚩尤
しおりを挟むツバサとキョウコウの戦い──そこには破滅が渦巻いていた。
それは決して交わらない水と油のような、相反する超エネルギーのぶつかり合いだった。2人の激突は衝撃波となって拡散、周辺一帯を破壊するだけに留まらず吹き荒ぶ大嵐を巻き起こしていた。
嵐そのものが高密度のエネルギーを備えており、プラズマや電磁波をまき散らす太陽嵐の如き災害となって、大地を焼き焦がしながら剥いでいく。
災害は嵐ばかりではない。
ツバサが大地を駆け、キョウコウが地面を踏みしめる度、マグニチュード7.0はあろうかという震動が走るのだ。
最初の踏み込みで作られたクレーターなど跡形もない。
それよりも深く大きい、直径5㎞に達するクレーターに上書きされていた。
ツバサとキョウコウの激闘によって凄まじく大地が踏み荒らされるため、そのクレーターは現在進行形でエリアを拡大中だ。そして、クレーター上に破壊力を濃密に溜め込んだ嵐が広がっていく。
天災のすべてをそこに凝らしたかのようだった。
LV999に達して尚、精進を忘れない2人の求道者。
地母神となった青年と破壊神と化した壮年の戦いは、天地を揺るがすどころか破壊し尽くさんとする勢いだった。
しかもこれ──戦いの波及でしかない。
大嵐の中心で戦う彼らは、これを上回る破壊力を発揮しているのだ。
一挙手一頭足が世界を震撼させ、拳を交わせば次元が破裂しそうになる。
ミロは“ツバサVSミサキ戦”を思い返している頃だろう。
モンスター兵は大嵐の近くに来ただけで肉体が爆散、低LVプレイヤーでも10秒も保てばマシな方だ。11秒後には木っ端微塵である。
余波でさえ絶命級の力を発揮する嵐の中心。
「雄ぉぉぉぉぉぉおお雄ぉぉぉぉぉおおおぉぉぉおおおーッ!!」
「覇ッ……覇ははははははははは覇はははははははーッ!!」
咆哮にしか聞こえない叫声を上げ、壮絶な戦いを繰り広げる超越者2人。
大嵐の中にいるのは、ツバサとキョウコウ。
そして、それぞれのサポーターともいうべきミロとネルネの4人。
ミロは嵐の中でもケロッとしているが、ツバサのケンカを邪魔せぬように遠巻きに見守っている。一方、ネルネはこの状況でもキョウコウにおんぶされたままだった。呆れるくらい、ぐっすり眠りこけている。
……熟睡しすぎではなかろうか?
ネルネの存在が気に掛かるも、それどころではない。
キョウコウとの戦いに専念しなければ──。
「フゥゥゥゥゥゥゥ……」
仙道や気功で行われる──特殊な呼吸法。
ツバサは現実でも師匠から学んでいたが、アルマゲドンでも習得したその呼吸法で身体能力を向上させ、両腕の動きを加速させていく。
人間は脆弱だ。その肉体能力を高めるために呼吸法は用いられる。
仙道や気功に限った話ではない。激しい運動性能を求められる武道や格闘技、スポーツでは効率的な呼吸というものが重要視されてきた。
神族や魔族の肉体とて例外ではない。
実像がぼやけるようにブレた両腕は、瞬時に巨大な翼となる。
秘技──大鵬翼。
巨鳥の翼を前にして、キョウコウは懐かしそうに眼を細めた。
「ほぉ……“翼嵐”か」
「……なんだと?」
知らなんだか、とキョウコウは得意気に言う。
「斗来坊の数ある秘技のひとつよ……奴に学んだのではないのか?」
「…………そうか」
ツバサは微かに動揺するも素っ気なく返した。
確かに──この技の原点はあのインチキ仙人な師匠だ。
さわりだけだが一度だけ師匠が披露してくれたので、ツバサなりに編み出したのがこの大鵬翼である。やっぱり完成形はこうなるらしい。
どうしても師匠の影響は拭えないようだ。
そして、キョウコウはツバサよりも師匠をよく知っている。
そこに嫉妬めいた気持ちを抱くのは何故だ?
「だが──師匠の技だとこうはならないだろう?」
地母神となったツバサは大鵬翼にアレンジを加える。
大きな鳥の翼と見間違える素早さで繰り出される無数の腕は、そのすべてがキョウコウへと向かっていく。それらの腕には骨まで痺れる稲妻が、肉を灰にする業炎が、血も凍るほどの氷嵐が、すべてを切り裂く旋風が……。
大鵬翼には、あらゆる自然の猛威が乗せられていた。
魔法を司る女神でもある──神々の乳母。
ツバサ自身、武道家としての基礎能力を駆使して肉弾戦を好むが、極限まで磨き上げた魔法系技能を使いこなすこともできる。
それらの魔法を掌に宿して、直接キョウコウに叩きつけたのだ。
鎧をまとった両腕で武術家らしく防ぎ、受け、流し……どうにか捌こうとするのだが、大鵬翼の圧倒的な手数には追いつけていない。
なのに──キョウコウはお構いなしだ。
稲妻や旋風で鎧を弾き飛ばされ、業炎や氷嵐で血肉を損なわれようとも、目の色ひとつ変えず淡々と捌いている。
だが、攻撃を受けた箇所に異変が起こる。
鎧が弾けて肉が破れた部分から、新たに手が生えてきた。
手はすぐに太い腕へ成長すると、気功系技能で気のパワーを宿す。
オーラをまとった太い腕は、ツバサの魔法を帯びた大鵬翼を迎撃するように伸びてくる。こちらが攻撃する毎にその数を増していった。しかも今までの腕にまとっていた鎧より分厚く、攻撃的な外装に改めた鎧の腕で襲ってきた。
壊された部分を学習して、以前より強度を増した装甲をまとうらしい。
ツバサの魔力とキョウコウの気功──。
これらがかち合うことで衝撃波が拡大し、嵐が酷くなるばかりだ。
また、キョウコウの外見も比例して悪化する。
彼はあっという間に武装した千手観音みたいな有り様となった。
──これがキョウコウの能力。
変化と強化を兼ね備えた技能、もしくは過大能力らしい。
ツバサが感知系技能でキョウコウを調べてみると、奴の体内にはひとつの生態系が宿っているように見える。実際、どんな神族でもここまで膨大な生命力を宿した者はいない。一際高いのは獣王神のアハウぐらいのもの。
アハウは獣王神という名前の通り、百どころか千を超えて万の獣の能力をその身に宿した万獣の王たる生命力を持っている。
そのアハウと比べても段違い──なにせ“ひとつの生態系”だ。
キョウコウの中に別世界が広がっているも同然。
途方もない底無しに感じるそれは、異次元といっても過言ではない。
腕を増やすぐらいなど朝飯前。その気になれば自分からもう1人のキョウコウを増やすことさえ造作もないはずだ。
肉体の形状変化、細胞分裂の速度調整、変異する方向の操作。
未だ掴みきれていないキョウコウの能力。その底力を垣間見たくなったツバサは、大鵬翼の回転数を上げた。攻撃の密度も速度も跳ね上げる。
鎧を壊して肉体を破る、程度では済まさない。
新しく生えてきた腕も根刮ぎ吹き飛ばし、キョウコウその物を消し飛ばすつもりで雷や炎を浴びせる。今まで通りの処理では追いつけまい。
やはり──キョウコウも対応を変えてきた。
損傷を受けた部分から血潮が噴き出す前に腕が生えていたのだが、今度は腕が生えることはなく、血が噴き出したままだ。
血は流れ出すのではなく、噴水のように噴き上がっている。
血煙となったそれはキョウコウの周りにわだかまり、やがてゼリー状のスライムみたいなものになると、彼を守るように取り巻いた。
なんとなくだが、ナアクの能力である“雲塊”を思い出す。
そのスライムのような血煙にツバサの攻撃は無効化されてしまった。
大鵬翼による殴打はゴムでも殴っているかのように手応えがなく、火、雷、風、氷といった攻撃魔法は吸い込まれるかのように消えていった。
いや、まさか──ある懸念がツバサの脳裏を過ぎる。
すぐさま大鵬翼を止めたツバサは、同時に全身を発光させるとあらん限りの稲妻を生み出し、キョウコウへ満遍なく叩きつけた。
「──落ちよ轟雷ッ!」
直撃すれば神族だろうと骨の髄まで黒焦げになるはずだが、キョウコウはそれさえもスライムみたいな血煙で無力化してしまった。
轟雷を受けると同時に、キョウコウの力が回復したのを感じる。
間違いない。キョウコウは──。
「俺の轟雷……喰ったな?」
返答の代わりに、キョウコウの目元が歪んだ。
兜と頬当てで顔を隠しているくせに、表情が豊かな男である。
食べられたのは轟雷だけではない。
先ほどの大鵬翼に乗せていたあらゆる魔法系技能のエネルギーも、事あるごとに喰らうが如く吸収して自分の力に変換していた。
攻撃による運動エネルギーすら糧にしているかも知れない。
技能で補える範疇ではない──これも過大能力によるものだ。
「どうにも儂は燃費が悪くてな……腹が減って仕方ない……」
キョウコウは何本かの腕を伸ばす。その長さはもはや触手だ。
触手よろしく伸びた腕は、大嵐を突き破って外に出て行くもすぐに引き戻されると、それぞれの手に半死半生のモンスター兵を捕まえていた。
捕らえた腕の先端が──鋭い牙を揃えた獣の顎に変わる。
獣の顎はモンスター兵を噛み殺し、ムシャムシャ咀嚼して飲み下した。
ツバサでさえ瞠目し、ミロの喉から嫌な声が漏れる。
そして、キョウコウの力がまた上昇する。
兜の頬当てがなければ、舌舐めずりでもしていただろう。
獣の顎にゲップをさせてから、キョウコウは感想らしきものを漏らす。
「ふむ、エメスたちが創った兵も悪くないが……いかんせん、促成栽培が過ぎる……熟成されておらぬから、経験という旨味がない……」
やはり現地種族の方が美味い──確かにキョウコウはそう言った。
ようやく確信を得られた。
キョウコウが部下たちに現地種族を集めさせていた理由。
ドンジューロウが“献上”と宣った意味。
また、バリーとケイラの話も蒸し返すように連想してしまう。
『大陸中央にいたプレイヤーたちが消えていく』。
「現地種族も、プレイヤーも……みんな……おまえが喰ったのか……」
ミロは顔を俯かせて、呻き声を絞り出した。
直観と直感という類い希な技能がミロに訴えているはずだ。
犯人はキョウコウだ──と。
「おまえがッ! みんなを喰ったんだなッッッ!?」
ミロは奥歯から音が鳴るほど歯を食い縛り、女子とは思えない怒号で吠える。
あまりの迫力にツバサでも総毛立つほどだった。
ビリビリと鎧を振るわせる怒号を浴びるも、キョウコウは動じない。
「そうだ──儂が喰った」
ただ厳然たる事実を答えとしてミロに返した。
キョウコウは淡々と持論を述べる。
「弱い者を糧として……何が悪い? 弱肉強食は世の常……弱者は強者に食われるぐらいしか存在価値がない……弱いとは、それだけで罪だ……強き者の力がため、強き者に食われる……それが弱者の存在理由だ……」
「弱い奴には……何したっていいのか!?」
「そうだ──強さこそが絶対だ」
これを聞いたミロは鬼神も噛み殺す形相になる。
刹那が過ぎた後、神剣を手にしたミロがキョウコウに斬り掛かる様をツバサは容易に想像できた。ミロは性格上、キョウコウのように強権を欲しいままに振るう者を決して許さない。大嫌いな父親をダブらせるのだろう。
だが、そんなことはさせない。
刹那よりも短い──キョウコウでさえ知覚できない速度。
瞬間移動ではと錯覚される速さで間合いに踏み込んだツバサは、キョウコウの喉元に手刀を刺し込んだ。首を覆う鎧をも突き破ってだ。
「ぐはっ! こ、小僧……まだまだ、速く、動けるではないか……」
見誤ったわ、とキョウコウは穿たれた喉で言った。
ツバサはキョウコウに返事をせず、後ろで神剣を抜きかけていたミロを一瞥した。割り込もうとして止まった彼女に言い付ける。
「ミロ、おまえは手を出すな」
キョウコウの相手はツバサだ、とはっきり宣言する。
「キョウコウ、アンタは師匠と知り合いらしいが……水と油だな」
道理で俺とも反りが合わないわけだ──ツバサは得心する。
「弱さを認められない強者は“本物”になれないぜ?」
「ふん……若造が……師匠と同じ文言を繰り返しおって……ッ!?」
そして、キョウコウの喉元に突き刺さったままの手刀から、ツバサはありったけの轟雷を注ぎ込んだ。体内に直接送り込まれては、防ぎようがあるまい。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!?」
全身をスパークさせてキョウコウが絶叫する。
効果のほどは確証されてないが、効いているのは間違いない。
今度は轟雷が喰われている様子もなかった。
どうやら自身の力に変換するには、相応のプロセスが必要なようだ。そんな暇を与えず体内に直接注入されては、劇薬を注射されるも同然だろう。
「見境ない悪食の貴様も……こいつは防げないみたいだな!」
ツバサは轟雷だけではなく、ついでとばかりに業火も送り込んだ
キョウコウは全身から放電するだけに留まらず、鎧の隙間からブスブスと黒煙を吹き上げたかと思えば、すぐさま燃え上がって炎上する。
クロウの如く──その身の内にもう一つの世界を宿す過大能力。
キョウコウの過大能力はそういう類のものだとツバサは推測したが、その世界ごと焼き尽くすつもりで轟雷や業火を叩き込む。
「トドメだ! 太陽に…………ッ!?」
極大魔法である太陽創成の魔法で、完膚無きまでに焼却してやろうとした瞬間のことだ。ツバサはおぞましい事実に気付いてしまった。
ネルネがまったく動揺していない。
キョウコウの背中におぶさって熟睡しているが、彼の身体から漏れ出る稲妻や炎を浴びても平然と眠っているのだ。それどころか微笑んでいるように見えた。
その笑みは──老獪さを湛えた微笑。
ツバサは背筋に氷柱を刺し込まれたような悪寒を覚え、左手の手刀はキョウコウの喉元に刺したまま、右手も手刀にするとネルネに突き込んでやる。
ネルネはキョウコウの背中を蹴って逃げた。
寝起きとは思えない動きだ。身のこなしも彼女らしくない。
狸寝入り──とはまた違う。
ハルカの人形たちでキョウコウの幹部も監視していたが、彼女がここまで機敏に動いたところなど初お目見えだ。しかも、この動きには覚えがある。
ネルネの動きにミロが即応する。
抜きかけた神剣を抜き放ち、一気呵成にネルネへ斬り掛かった。
しかし、ネルネはミロの神剣を両腕で捌いている。
見れば彼女の両腕からは、真っ白い刃が飛び出していた。それでミロの神剣を受け流している。恐らく、あれは腕の骨を変型させたものだ。
幾度か斬り結んだミロは、力任せの斬撃をネルネに叩きつけた。
どちらかというと打撃に近いそれを受け止めたネルネは、吹き飛ばされそうになるも踏ん張り、地面に跡を残しながら後ろに下がっていく。
ミロの斬撃を受け止めるため、顔の前で交差した両腕。
その両腕の奥では、今まで以上に老獪な笑みを濃くしていた。
「こいつ……あの居眠りっ娘ちゃんじゃない!」
ミロの直感がそう囁いているようだ。
ツバサも同感、彼女はネルネ・スプリングヘルではない。
「…………おい、見破られてしまったぞ……儂よ」
ネルネの声だが限りなく低音。口調も脳天気な彼女のものではない。
紛れもなくキョウコウの喋り方だった。
「遅かれ早かれだと思ったが……もう少し保たせたかったな、儂よ」
ネルネの姿をした何者かはキョウコウに呼び掛け、キョウコウも呼応するように答える。どちらも相手のことを“儂”と自称で呼んでいた。
あれはネルネではない──キョウコウが過大能力で作った分身だ。
中身もキョウコウ自身らしい。
自分と同じ存在を複製させることもできるのでは? と踏んでいたが、他人の姿を模したコピー作製もできるらしい。こうなるとなんでもありだ。
なんでもあり……その言葉にツバサは猛烈な嫌気を覚える。
嫌気は連想となって様々な考えを繋げていく。
ダオンだけではなく、ネルネの行方も確認できていない。
いつもキョウコウの傍に仕える執事と、常にキョウコウにまとわりつく愛妾の姿が見えないのだ。あの2人だけで動くことがあるのだろうか?
もしも、彼らが今もキョウコウの供をしているとしたら──。
「…………ッ!? ミロ、クロウさんの後を追え!」
速く! とツバサはミロを急き立てる。
多くを語る必要はない。言葉が少なくても大丈夫のはずだ。
彼女の直感も訴えているだろう──「ヤバい!」と。
ミロは踵を返して兆しの谷の底へ走ろうとするが、すかさずネルネの姿をしたキョウコウが回り込んで行く手を阻んだ。今度はあちらから両腕に生やした骨の刃でミロに斬りつけてきた。こうなると応戦せざるを得ない。
「行かせると思うか……?」
「ちぃぃぃっ! この居眠りっ娘ちゃん、可愛くない!」
見当違いの文句を叩きつけてミロは剣を振るう。
先を急ぎたいのだが、ネルネ(中身はキョウコウだが)が許してくれない。
「ミロッ……はっ!?」
ツバサはキョウコウの喉元に刺したままの手刀に違和感を覚えた。ミロにばかり気を取られていて、こちらにわずかな隙ができていたのだ。
キョウコウの喉、ツバサの手が刺さっていた部分に穴が開いていた。
その穴は獰猛な魚のように牙だらけの口に変わる。
キョウコウが喉元にできた口を閉じる前に、ツバサは掌中から竜巻を発生させると、その螺旋に渦巻く激風でキョウコウを吹き飛ばした。
キョウコは竜巻を噛み砕き、すぐに間合いを詰めてくる。
「気付いたようだが……時既に遅し、というやつだ……そなたたちをここに足止めする……それが儂らの役目よ……あとは……わかるな?」
「くそっ、謀られたってわけか……ッ!」
キョウコウは力にのみ固執する脳筋バカではない。
そんなこと、とっくの昔にわかっていたはずなのに──この為体だ。
目的のためならば手段を選ばない。
姑息な戦法も使うし、卑怯な手段さえ辞さない。
今頃、本当のキョウコウは──。
~~~~~~~~~~~~
──時間は少しだけ巻き戻る。
ツバサがクロウに「キサラギ族の里へ戻ってほしい」と頼んだ頃だ。
ツバサの読みは当たっていた。
こちらのLV999な4人組による特大範囲攻撃を受けたキョウコウたちは、その騒ぎに乗じて密かに暗躍をし始めていたのだ。
キョウコウは過大能力で自分の分身とネルネの分身を作り出す。
これの分身に2人の影武者を務めさせたのだ。
姿を消したダオンは、キョウコウ本人とネルネの供回りを務めていた。
ダオンは吸血鬼から引き継いだ特有技能で大量の使い魔を召喚。ネズミやモグラの大群は、堕ちた飛空城から土を掘って地下道を掘り進んでいく。
人海戦術ならぬ小動物海戦術で、兆しの谷奥深くにあるキサラギ族の里まで一気に地下道を掘り進め、そのまま忍び込んだのである。
そのキサラギ族の里でも、激しい戦闘が繰り広げられていた。
「ぬぉぉおっ! いくぞ皆の衆、ククリ様と還らずの都をお守りするのだ!」
族長ダルマの呼び声に、老兵たちは鬨の声で返してきた。
彼らは地上での戦闘に参加せず、万が一の時のためにとキサラギ族の里に残ったグループだ。主な任務はククリの身辺警護という役回りである。
族長ダルマを筆頭に、高齢のキサラギ族で構成されている。
『父上とお年を召した方は居残り組です。足を引っ張る可能性がありますから』
『ヤーマ君辛辣ぅ! わしらだってまだまだ戦えるよぉ!?』
『では言い方を変えましょう……ジジイ共が出しゃばるな、年寄りの冷や水です』
『辛辣ぶっちぎって罵詈雑言だよねそれ!?』
などという会話をしていたが、実際にはこういうことだ。
・高齢者に無茶をさせたくはない。本当は避難組に回ってほしい。
・しかし、手が足りないし、心意気は買いましょう。
・ククリ様を警護する役目も必要ですよね。
これらをヤーマが吟味して考慮した結果、ダルマを初めとした老兵たちはキサラギ族の里に残り、ククリを守るボディガードを務めていたのだ。
まさか、これが功を奏すとは──ツバサもヤーマも想定外だった。
「こちらも“念のため”に用意してきて正解でしたね」
キサラギ族の里に降り立ったデブ執事、ダオンが太い指をパチンと鳴らせば、彼が掘った穴の奥からゾロゾロとモンスター兵が這い出てくる。
「温存しといて正解だったねー♪ 100体くらいだっけ?」
ネルネの問い掛けにダオンは律儀に答える。
「はい、きっかり100体です。数こそ100体ですが、エメス様、ニャルさん、ミラさんが、特別強力に創り、我々が転移してから今日まで丹念に育成してきた、精鋭モンスター兵です……地上の連中とは格が違いますよ」
謂わば親衛隊といったところか──。
キサラギ族の老兵部隊は30人弱、やっぱり多勢に無勢だが歴戦の戦士ということもあり、ダルマたちは精鋭モンスター兵と対等に渡り合っていた。
里の中心にある広場で、乱戦状態にもつれ込む双方。
その中心で──彼と彼女は対面した。
キョウコウとククリだ。
和風の鎧兜で隙間なく身を包んだ鎧武者と、巫女風の装束を着た美少女が、互いの瞳の奥に隠された深淵を覗き込むように見つめ合っている。
2人の間には、それなりの距離がある。
長身巨躯のキョウコウが踏み込んで腕を伸ばしても、ククリには届かない。
そんな離れた場所からキョウコウはククリのことを郷愁を漂わせた双眸で見つめており、ククリは哀愁に目元を歪ませた瞳で見据えていた。
2人の周囲には、キサラギ族も精鋭モンスター兵も近寄らない。
正確には近付けないのだ──2人の間に張り詰めた空気が重すぎて。
結界系技能を使ったわけではない。なのに、決して邪魔をしてはいけないという、犯しがたい“何かが”が2人の周辺を取り巻いていた。
「久しいな……ククリ……」
先に口を開いたのはキョウコウだった。
その声にはククリを年下の少女と侮る気配はなく、むしろ目上の人を敬う気持ちにも似た、尊敬の念さえ感じられる。キョウコウは言葉を続けた。
「そなたは変わらない、あの頃のまま……儂らが地球へ旅立ったあの日のまま……永き眠りについたおかげも……あるのだろうな……」
ククリは瞬きひとつせず、キョウコウを一心に見据えている。
まるで“目を離したら何をするかわからない”と警戒しているようだ。
「あなたは変わってしまったわね…………シュウ」
ククリは侮蔑を含んだ哀れみを込めて、異なる名でキョウコウを呼んだ。
キョウコウも訂正を求めてくる。
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「キョウコウ……? エンテイ……?」
ククリの目元の歪みが酷くなる。怒りが込み上げてきたらしい。
「かつて悪逆非道の限りを尽くした、貴方の父方の叔父……キョウコウ。そして、善政を布いたとされる神帝、貴方の母方の先祖……エンテイ」
名前を借りたのね、とククリは納得する。
そして、悲しみに暮れた表情で訴えた。
「そんなに、あの名前が嫌いだったの……? 神族に生まれながら反逆の道を歩んだため、魔神王という誹りを受けるも、武勇の誉れ高き武神と讃えられた、貴方のお祖父さま……あなたは……その名を受け継いだじゃない…………」
灰色の御子──シュウ。
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2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
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