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第8章 想世のタイザンフクン
第187話:瀟洒なメイドにご用心
しおりを挟む戦いの火蓋を落としたのは、高LV神族たちに限らない。
キョウコウの軍勢を壊滅に追い込みはしたが、全滅させたわけではない。低LVプレイヤーやモンスター兵の生き残りは少なからずいた。
モンスター兵の残存兵力は、おおよそ800体弱。
低LVプレイヤーは50人ほど残っていた。
当初の40万と600人に比べたら微々たるものだが、100人程度の兵力しか持たないキサラギ族から見れば、まだまだ多勢に無勢である。
それでも──キサラギ族は臆さない。
「皆さん、用意は良いですね? 作戦通りに行きますよ!」
族長補佐のヤーマの号令を受け、キサラギ族の戦士たちが雄叫びを上げながら武器を構えていく。ただし、それらは近接武器ではない。
ある者は鉄製の強弓を引き絞って、迫り来るモンスター兵を射る。
またある者は、投げやすく加工した鉄造りの槍を投げる。
またまたある者は、堅くて手頃そうな石を剛速球で放り投げる。
実際、戦国時代にも投石兵という者がいたらしい。
弓矢、投げ槍、投石──。
火薬を使わない武器だと侮るなかれ。
怪力自慢が多いキサラギ族がやれば大砲を超える威力だ。
こうした投擲を主体とする武器で遠距離攻撃をすることで、軍勢を兆しの谷へ近付けさせない。これがツバサとクロウの発案した作戦だった。
投擲武器による弾幕で敵軍の接近を阻止する。
キョウコウ軍を近寄らせないのを第一義としているが、2人の本音は『なるべくキサラギ族に被害が出ぬようにしたい』というものだ。
接近戦は最期の手段、とキサラギ族にはきつく言い渡してある。
これでモンスター兵の足止めも適うはずだ。
ついでにキサラギ族に被害者を出すことも極力減らせる。
しかし、プレイヤーの侵攻は抑えられそうにない。
LVが200~300帯の低LVプレイヤーと言えど、神族や魔族になっているだけでモンスターや現地住民とは一線を画した存在である。
腐っても鯛という言葉通りだ。
「腐った鯛なんて野良猫だって見向きもしないけどね」
「おまえ、たまに良いこと言うな」
ミロは核心を突くのが上手い。
腐った鯛など誰も食わないが、そこは言葉の綾だ。
LVが低くても神族や魔族──侮るのは禁物という意味である。
しかも、ツバサたちの全体攻撃を耐え凌いだ者たち。
そこそこの地力はあると見積もっていい。
いくらキサラギ族が強くても、戦わせるわけにはいかなかった。
「ヒャッハー! なんか知らねぇが競争相手が減ったぜーッ!」
先陣を切って走る男が奇声を上げた。
中途半端にいい肉体、モヒカンヘッドにやたら尖ったサングラス、上半身は半裸で下半身はボロボロの革ズボン、肩にはトゲ付きのショルダーアーマー。
右手に斧を掲げ、左手には火炎放射器を構えている。
その男を見るなり、防壁の上のツバサとミロは目が点になった。
「絵に描いたようなザコっぽい人だ! 世紀末にヒャッハーしてる人だ!」
「あんな身なりで神族なのか……魔族じゃないんだ……」
おかしいだろ、とツバサは半笑いになる。
そもそも、この世界に飛ばされてきたプレイヤーたちは個性の赴くままにキャラメイクをしてきたはずだ。つまり、あれが彼の個性なのだろう。
モヒカン頭を先駆けに、プレイヤーは我先にと兆しの谷を目指す。
ガラの悪そうなのが、モヒカン頭の下に集まっていた。
世が世なら世紀末で幅を聞かせていそうな、“このイカレた時代へようこそ!”を合い言葉に活躍しているであろう一団だ。
彼らはモンスター兵と異なり、キサラギ族の放つ投げ槍や鉄弓の矢による攻撃をものともしない。
低LVとはいえ神族や魔族、技能で切り抜けていた。
一心不乱に目指すのは兆しの谷──その奥底に眠る還らずの都。
『まずは還らずの都に入れ──話はそれからだ』
キョウコウがそう命じたことを、ツバサたちはハルカの人形たちを通じて情報を入手済みだ。首尾良く還らずの都に辿り着いた者には褒美を取らせ、キョウコウがこの世界の王になった時の地位も約束されていた。
血眼になって突撃してくるのは当然だろう。
向かってくる荒くれ者集団、その前に立ちはだかる1人の巨漢。
いや、違う──あれはメイドだ。
はち切れんばかりに鍛え上げられた筋肉と、大の男のつむじも覗き込める長身巨躯を、可憐なメイド服(自作)に詰め込んだ瀟洒な漢女。
タイザン一家のメイド長──ホクト・ゴックイーンである。
「ここより先、一歩たりとも通ること罷り成りませんわ」
立ち塞がるホクト、それを嘲笑うモヒカン頭一同。
「ヒャッハー! 筋肉モリモリマッチョマンなメイドがいるぞぉーッ!」
「てめぇみてえなメイドがいるかってんだぁ!」
「そこぉ退きやがれマッチョメイドぉ! さもなきゃ殺しちまうぞぉ!」
悪漢たちは口々に罵声を浴びせかける。
しかしホクトは顔色ひとつ変えず、その場から立ち退くこともない。
「それはこちらの台詞でございます」
ホクトはゆっくり動いているのに、何故が残像が浮かぶモーションで独特な構えを取った。中国武術、もしくはある種の拳法のようだ。
ご忠告いたします──ホクトは落ち着いた声で告げる。
「ここより先はキサラギ族の里、我らが主クロウ様が守護ると宣言された土地でございます。そこへ乱暴狼藉を目的として踏み込むならば……」
お覚悟なさいませ、とホクトの双眸が剃刀のように鋭くなる。
すぐさま莫大な気迫が膨れ上がった。
真っ当な達人なら、この気迫でホクトの力量を察して迂闊には踏み込まない。少なくともツバサは彼女の間合いへ安易に立ち入りたくはなかった。
恐らく、彼女の流儀は“受け”を先鋭化させた後の先。
天嶮の山脈の如き不動の構えは、何人にも崩せない自信に満ちていた。
だが、悪漢どもが気付く様子がない。
極端な力の差があれば本能的に恐れて近寄れないはずだが、どうも半端に腕が立つため自身の力を過信しているらしい。ホクトとの間に開いた実力差を正しく推し量れないのだ。数を頼みに攻め立てれば勝てる、とでも踏んでいるのだろう。
――その見積もりは甘すぎる。
「ヒャッハー! 邪魔するってなら仕方ねぇ!」
おっ死ねデカメイド! とモヒカン頭たちがホクトに襲いかかる。
それぞれの得物を手にホクトへ攻撃を仕掛けるが、彼女はそれらを真正面から受け止めた。丸太のように太い腕で斧や剣の攻撃を防ぎ、長柄武器で叩かれ、それこそ槍で腹を刺されたりもしている。
しかし──どの攻撃も通っていない。
「刃が……刺さらねぇ!?」
「あ、こいつ……肉弾盾だ! 防刃系や防弾系を揃えてっぞ!」
MMORPGではおなじみ、戦闘における役割分担。
前衛に立つことで敵対キャラの注意(ヘイト)を一身に集め、攻撃の一切を後衛の仲間に届けさせず、余すところなく受け止めることで肉の壁となる。
それが肉弾盾と呼ばれる役回りだ。
肉弾盾の役目を務める者は基本「防御力や耐久力が非常に高く、すぐさま反撃できるように攻撃力にも優れている」「敵役の注意を引きつける技能を持つ」「自己回復能力もあればベスト」とされている。
ホクトは見るからに肉弾盾に相応しい存在だ。
彼女が獲得した過大能力の助けもあるが、ホクト自身が獲得してきた肉弾盾としての技能が物を言っている。
モヒカン頭たちの攻撃では、ホクトの筋肉どころか皮さえ破れない。
精々、めり込む程度で終わっていた。
「忠告いたしましたわよね……?」
ホクトの筋肉がギチギチと剛柔を兼ね備えた音をさせながら、ウォーミングアップを終わらせていく。鋼鉄の如き筋肉は硬質ゴムよりも優れた弾力を備えており、モヒカン頭たちの武器を物ともしていない。
「では、お覚悟を…………ホォアチャアッ!」
怪鳥の鳴き声にも似た気合いを上げ、ホクトは彼らの攻撃をはね返す。
そこから自身の過大能力を発動させた。
ホクトの過大能力──『報復を旨とする攻撃的反撃』。
ホクトは自分が受けたダメージを自身の内側に溜め込み、それを相手に数倍から数十倍の威力で叩き返すことができるのだ。勿論、自分の放つ攻撃に上乗せできるので、相乗効果により瞬間的な攻撃力は何百倍にも膨れ上がる。
ただし──そのダメージを与えた当人にしか返せない。
溜め込むこともできるが、やはり返せるのは当事者のみだという。
なので、ホクトは一度でも攻撃を受けてから、反撃という形でこの能力を発動させる必要がある。そう考えると使い勝手の悪いものだ。
しかし、肉弾盾の彼女ならお手の物だろう。
「ホォォォォォォォォ……」
ホクトは特殊な呼吸法で力を溜め込むような姿勢を取る。
それは彼女のただでさえ膨満気味な筋肉を更に膨れ上がらせる。メイド服はメリメリと引き裂かれる悲鳴を上げ、ビリビリに破けていった。
彼女の近くに隠れていたウノンとサノンが囃し立てる。
「わぁ! ホクトさんってば大胆! グラマラスボディがはち切れそう!」
「……まさにセクシーダイナマイト……ですね」
「ちっとも嬉しくねえサービスシーンだコンチクショウ!」
モヒカン頭が男を代表して苦情を言った。
とうとうメイド服の上半身を筋肉の膨張だけで破り捨てたホクト。しかし、その下には超伸縮性に優れたスポーツブラを装着していた。
こちらは彼女の胸がどんなに大きくなっても破けはしない。
またしてもウノンとサノンが茶化すように騒ぎ出す。
「間一髪! もうちょっとでおっぱいポロリするところだったよ!」
「……R18タグが必要になるところでしたね」
「あれもうおっぱいじゃねえだろ! たくましい胸筋だろ!?」
モヒカン頭のツッコミが正論に聞こえてきた。
などと叫んでいる暇があったら逃げればいいものを──。
受けたダメージを取り込んだホクトは、それを攻撃力に変換して反撃に出た。
モヒカン頭たちは彼女の間合いに突っ立ったままである。
「ホォォォ……アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!!」
繰り出されるは超高速の鉄拳連打。
あまりの速さにより無数の拳の残像がいつまでも残っているため、何百もの拳が放たれているようにも見える。百烈拳なんて言葉が相応しい。
押し寄せる、と形容するしかないパンチの大津波。
あまりの密度の高さに、拳で作られた壁が押し寄せるかのようだ。
「「「ひでぶあべしたわべおわたぁぁぁぁぁ~~~ッ!?」」」
モヒカン頭たちは一瞬でボコボコにされ、墜落した飛空城の壁面にめり込むほどに吹っ飛ばされた。彼らの珍妙な断末魔が重なって聞こえる。
彼らの攻撃力×過大能力で数十倍×ホクトの攻撃力。
これにより何百倍にも攻撃力が上げられた、ホクト渾身の百烈拳。
低LVながらもツバサたちの全体攻撃を潜り抜け、ここまで生き残った連中だがようやくリタイアしたらしい。立ち上がる気配はない。
仲間が瞬殺されたのを見て、他の低LVプレイヤーたちは足を止める。
「もう忠告はいたしません──警告します」
ホクトは改めて申し付ける。
バキボキとタコが目立つ拳を鳴らしてホクトは言った。
「私の背後を通りたくば、命を賭する覚悟をなさってくださいませ」
脅しでも何でもない。
モヒカン頭たちの末路を見れば一目瞭然である。
残り40人強ほどの低LVプレイヤーたちは完全に尻込みしていた。
ここで──おしゃまな幼女メイド姉妹が飛んだ。
「今よサノン! あたしらの出番がやっと来た!」
「……OKですウノン、目にもの見せてやるのです……」
ハイテンションな姉とローテンションな妹。
その割には息もピッタリ。2人はホクトが立ちはだかる場所近くの防壁に隠れていたのだが、同時に飛び出すと空高く舞い上がっていった。
そして、低LVプレイヤーたちの上空で旋回する。
彼女たちはそこで各々の過大能力を発動させた。
ウノンの過大能力──『軽くも重くも気分次第の粉砂糖』。
サノンの過大能力──『弾けて痺れる刺激的な香辛料』。
この姉妹の過大能力は、主に強化と弱体化である。
ウノンの粉砂糖は、振りかけた者を重くするのも軽くするのも自由自在。
重くすれば弱体化となる。
敏捷性がマイナスとなり、おまけに気分も落ち込んで鬱になるのだ。このため対象者はどんどん動きづらくなっていく。
逆に軽くすれば強化となる。
素早さがプラスされ、気持ちも軽やかになる。これにより対象者は俊敏に行動できるようになるそうだ。
サノンの香辛料もよく似た効果を秘めている。
香辛料の刺激を強めれば弱体化となる。
これを浴びた者は全身に細かな衝撃を受けて、それが痺れとなる。やがて全身が麻痺して、行動不能に陥るという。
香辛料の刺激を程良く調整すれば強化となる。
食べたり浴びたりすれば、あらゆるステータスを活性化させる。個人差もあるが能力を数十%も上げてくれるらしい。
それを低LVプレイヤーたちに振りかけるウノンとサノン。
効果は当然──弱体化だ。
「ぐおっ……か、身体が重い……!」
「し、しびれ……うあああああああっ……や、やば……」
「重いし痺れて……な、なにもできなくなるぅ……」
低LVプレイヤーの一団は完全に動きが止まってしまった。
「今だ! ヨイチー! いつも通りにやっちゃってー!」
「……ヨイチさんの過大能力ならフルヒット狙えます……です」
遠く離れた防壁の上、ヨイチが1人で佇んでいた。
今日は強弓を携えておらず、道具箱に仕舞っているようだ。代わりとばかりに、彼の周囲には何丁ものライフルが浮いている。
銃口を下に向け、ヨイチを取り巻くように並んでいる。
手を伸ばせば届く位置で固定されていた。
ヨイチを囲むライフルの群れ──。
そんな彼を覆うように、鏡でできたドームまで作られていた。
六角形の鏡が何枚も連なっており、それを組み合わせることでドーム型になっている。デザイン的にはハニカム構造のようだ。
その鏡の1枚1枚には低LVプレイヤーが映っていた。
しかも、彼らの死角を確実に捉えている。
ヨイチの過大能力──【死角と結びつきし幻像を結ぶ鏡面】。
対象の死角を把握し、そこと空間を越え繋がった鏡面映像を結ぶことができる過大能力。その鏡面はヨイチの周囲に展開される。
前述の通り、これらの鏡面映像は死角とリンクしている。
つまり鏡面映像に撃ち込めば、死角から撃ち込んだことになるのだ。
狙撃に特化した空間転移能力である。
「まあ、動きが鈍ってる的に当てるんだから──」
ヨイチの両手がブレる。
あまりの手業の速さに正確な映像を結べないのだ。
「──外したら狙撃手の名折れだよね」
その銃声は一発に聞こえた。
ヨイチの周囲に浮かんでいる何丁ものライフルは一丁残らず鏡面映像に向けられており、銃口からは硝煙が上がっている。
そして──低LVプレイヤーたちは続々と倒れていった。
あまりにも速い早撃ちだ。
現実世界でも回転式拳銃に装弾された弾丸を一瞬で撃ち尽くし、銃声が一発に聞こえるほどの技量を持つ人物がいたが、ヨイチのそれは比ではない。
神族となった今だからこそできるようになった神業である。
ホクト、ウノン、サノン、ヨイチ──。
彼らの活躍により、低LVプレイヤーは無力化できそうだった。
最前線の防壁の上、ミロに抱きつかれたままツバサは戦況を眺めている。
「モンスター兵の残存兵力はキサラギ族が投擲武器で抑え込み、プレイヤーの集団はホクトさんたちが足止め、五人衆の何人かはウチのケンカっぱやいのが相手を務めているから……」
残る幹部連中も──ドンカイやカンナに任せるべきだろう。
「んじゃ、アタシらはすることなし?」
ミロはツバサの細い腰に抱きついて、その脳みそが詰まっていなさそうな頭で重い乳房をポヨンポヨンと弾ませている。
ツバサもこれくらいでは動揺しなくなった。鍛えられたものだ。
「この状況下で働かないって選択肢はないだろ」
ツバサは戦場から目を離さず、ミロを胸の重さで押さえつけた。
それに──あちらさんが放っておいてくれまい。
地に落ちた飛空城。その中で唯一無傷のままなテラス。
そこに残るのはキョウコウ、ネルネ、マリラの3人のみ。
まずはマリラが動き出す。
彼女は筋肉モリモリの超人ハルクみたいな大男の肩に乗っているが、その大男を鞭で引っ叩くと、彼は良い声で鳴きながら走り始めた。
マリラを担いだままテラスから飛び降り、戦場へと駆けてくる。
どうやらマリラにとって彼は乗り物という扱いらしい。
「皆、出向いたか……では、儂も征くとするか……」
そして、ついに──キョウコウが玉座から腰を持ち上げた。
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