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第8章 想世のタイザンフクン
第181話:極都、大地に立つ
しおりを挟むツバサたちによる極都の盗撮&盗聴は続く──。
キョウコウ五人衆が集まる現場を覗いていたら、思い掛けず五人衆の一人が反旗を翻すシーンに出会した。これは見物だ。
それは躍りかかったと言うべきだろう。
ブライは玉座にいるキョウコウよりも高く跳び上がり、上空から距離を狭めていくと、振り上げた拳から超高速の連撃を放った。
神族が発する一撃百殺の拳による乱射。
神速の連打──並々ならぬ修練を積んできたのが窺える。
五月雨のように降り注ぐ拳にキョウコウは右手だけを持ち上げた。爆撃のような神の拳の連打を防ぐためとは思えない、とても無造作な動きだった。
その鎧われた右腕が一瞬にして何十本にも増える。
枝葉が芽吹くように、持ち上げた右腕から生えてきたのだ。
物理的に増えた腕も鎧をまとっており、ブライが放ってきた拳の豪雨をひとつ残らず受け止めた。ブライはそれを無感動に受け入れる。
周囲は無感動どころでは済まない。
両者の掌と拳がぶつかり合う度、大規模な爆発が起こるのだ。
六歌仙や五人衆は鬱陶しそうに顔をしかめるも大して効いてないが、低LVプレイヤーたちは爆風に翻弄されている。
キョウコウの手はすべて実体だが、ブライの拳は速さによる残像だ。
つまり、どんなに早く動かしても拳は2つしかない。
キョウコウの無数の手はブライの手を捕らえると、合気の技を用いて床へ叩きつけるように投げ飛ばした。
ブライはされるがままに投げ飛ばされる。
抵抗せずに投げられたブライは床にぶつかる直前、身を翻して見事に着地。両手両足を屈めて四つん這いになると、全身をバネのように縮めた。そこからたわめた両脚を胴体へ押しつけるように折りたたみ、両腕の筋力を爆発させた。
腕力を駆使してスプリングみたいに跳ね上がるブライ。
そこから両脚を突き出し、キョウコウにドロップキックをぶちかます。
初速で音速の壁を突き破って円錐雲を発生させ、気圧との摩擦により足先が真っ赤に燃える。戦闘系神族による全力の蹴りはミサイル級の威力となるだろう。
キョウコウは無数の腕で防ごうとする。
だがブライのドロップキックの威力は凄まじく、無数の腕による防御を易々と突破し、淡い金色のオーラを放ちながらキョウコウに迫った。
それでもキョウコウに動揺はない。
無数の腕の中から、1本の野太い足が飛び出す。
巨人サイズの大きな足もしっかり具足を身に付けていた。
それは迎撃ミサイルとして射出され、ブライのドロップキックと激突する。
インパクトの瞬間、極都を震撼させる衝撃が発せられた。
巨大高層建築物を根幹から揺るがすほどだ。
その衝撃は凄まじく、低LVプレイヤーは何十人も吹き飛ばされ、場合によっては気迫負けしたのか失神した者も少なくない。
強者たちの競り合う覇気に当てられてしまったのだろう。
キョウコウはビクともせず玉座に座したまま。
一方のブライは押し負けたのか、蹴り飛ばされていた。
玉座の間の上空を吹っ飛び、ホールの壁に叩きつけられるかと思いきや、途中で猫のように回転することで姿勢を制御した。
体勢を立て直したブライは、そのまま床に降りる。
奇しくもなのか狙ったものなのか、そこはブライが立っていた場所。
つまり、マリラとイケヤの間に戻ってきて、何事もなかったかのように立ち尽くしていた。だが、先ほどまでと決定的に違う点がひとつある。
ブライは──男臭い顔で嬉しそうに笑った。
「……衰えていないようですね」
ブライの仏頂面にやや愛想が表れ、キョウコウへの態度にもそこはかとない敬意が含まれる。そして、ファイティングポーズを解いた。
「貴様もな、ブライ……以前より技にキレがある……」
キョウコウは無数の腕や大きな足を引き戻す。鎧を帯びた1本の腕に戻して、動作確認するようにカシャリと鳴らした。
その腕が肘掛けに戻ったところで、ブライもキョウコウに傅いた。
「拳闘士──ブライ・ナックル」
御前に馳せ参じました、とブライは改めて名乗り上げた。
キョウコウに対するブライの蛮行。
これに六歌仙は何も言うことはなく、うるさいミラでさえ「やれやれ、またかい」と呆れた気味にため息をついていた。
キョウコウへの挑戦──これはブライの決まり事なのだ。
しかし、イケヤやマリラといった同僚は一言物申す。
「おいおい☆ ブライ君も懲りないねぇ☆ 社長には何遍やったって敵わないってまだわからないのかい? ボクらとは次元が違うんだよぉー☆」
「本当、男ってバカねぇ……でも、嫌いじゃないわよ。そういう諦めの悪さって、ある意味マゾに通ずるものがあるから」
跪いたまま左右から中央へ向けられる視線と忠告。
ブライはそれらを完全に聞き流し、自分よりも強者であるキョウコウに深く頭を垂れたまま、ただ床を見つめるばかりだった。
その眼に秘めるは──歓喜と憤怒。
強者へ挑める喜びと、強者に屈する苛立ち。
この葛藤がブライの強さへの欲求を滾らせているようだ。
「黙れ、ピカピカ男にビシバシ女。これはキョウコウ様との約束だ」
ブライは──自分より弱い奴の下につく気はない。
「オレはいつ如何なる時でも、キョウコウ様に挑む権利がある。オレが勝ったらオレの好きにさせてもらう……それまでは、どんな命令であろうとキョウコウ様に従う。そういう約束でオレは家来になったんだからな」
ブライの言葉は真剣そのものだった。
これにイケヤは澄ました顔で肩をすくめ、マリラは粋がる子供を鼻で笑うように小さく頭を振った。呆れているけど嫌いになれない、そんな感じだ。
どうやら五人衆の仲は悪くないらしい。
少なくとも友達付き合いができる情はあると見た。
連携を取られたら厄介かもな……とモニターの映像を見ながらツバサは注意するよう心の片隅に留めておいた。
それに──まだ2人いる。
ブライの戦闘能力の高さもさることながら、マリラの不可思議な……あれは強化の一種だろうか? あれでキョウコウ軍の兵士すべての能力を底上げされたらと思うと背筋が寒くなる。
素質、とマリラは言っていたから条件があるようだが──。
イケヤに関してはよくわからない。しかし、ブライやマリラと肩を並べているのだから、匹敵する強さか特殊能力を持っているのだろう。
この3人だけでも厄介そうなのに、まだ増えるのだ。
六歌仙(-1)に五人衆をプラスして──合計10人の幹部。
残りの2人を確認しようと、ツバサたちは人形たちが送信してくれる映像を食い入るように見つめたが、その2人がなかなか現れない。
いいや──待てど暮らせど出てこなかった。
痺れを切らしたキョウコウがダオンに問う。
「おい、ダオン……ヴァルハイムとナアクはどうした?」
はいぃぃぃっ!? とツバサとハルカは素っ頓狂な声を上げた。
その名前には嫌というほど心当たりがあるからだ。
聖騎士王──ヴァルハイム・ギラディーン。
驚異博士──ナアク・ミラビリス。
ミサキとハルカは、聖騎士王を名乗るヴァルハイムと現地住民のドワーフの保護を巡って一戦交えたことがある。その後、どこぞに封印したそうだ。
改心したら復活するそうだが、いつになることか……。
ツバサとミロも、アハウ陣営と出会った時に彼らや現地住民を使って非道な実験を行っていた狂的科学者のナアクと遭遇した。
その後ナアクは、ツバサ、ミロ、アハウの3人掛かりで倒している。
こちらは後腐れなく完璧に抹殺しておいた。
ダオンとキョウコウの話を聞いている限り、ツバサやハルカが出会した悪徳プレイヤーが、キョウコウ五人衆の一員だったらしい。
現れないヴァルハイムとナアク。
これについてダオンは弁明するように解説する。
「ドンジューロウさんが戻らないのを懸念した頃から、念のためにと五人衆を招集するべく私の使い魔を派遣しておりました。こちらの3人は発見できましたので、連絡を取って呼び寄せたのですが、あの2人は……」
「なんだい、音沙汰無しだってのかい」
短気なミラが訊くと、ダオンは残念そうに太い首を左右へ振った。
「ええ、まったくの音信不通です。彼らの臭いを覚えさせた私の使い魔も見付けられませんでした。考えられる可能性は多くもなく……」
「2人とも殺られたか……野にはまだ豪の者がいるようだな」
あの爆乳小僧然り、とキョウコウは眼を細める。
ツバサやミサキの取った行動が、事前にキョウコウの戦力を削ることに繋がっていたらしい。備えあれば憂い無しといった気分である。
それに──ある納得がいった。
ヴァルハイムやナアクは、LVこそ高かったが一介のプレイヤーだ。
にもかかわらず、彼らは真なる世界について知っていた。
ヴァルハイムは「とある御方」と情報源を濁していたそうだが、ナアクは「灰色の御方」だと言質を取っている。即ち、灰色の御子から聞いたのだ。
キョウコウが灰色の御子なのだろうか?
それともキョウコウの背後に灰色の御子がいるのか?
その辺りはまだ情報が少ないため軽率には断定できない。
「もしそうならば……いない者は呼び寄せようがありませんよね」
ダオンはお手上げのポーズで肩をすくめる。
「せめて死体があれば、わたしの仮面でペルソナマンとして再利用することもできたし、ミラちゃんに描き足してもらってアンデッドって手もあったけど……音沙汰無しで行方知れずじゃ手の打ちようがないわぁ」
ニャルも頬に手を当て、困ったように腰をくねらせていた。
「いない者は捨て置け。殺られた者が悪いのだ」
キョウコウは言い捨てると、肘掛けを握って腰を持ち上げる。
玉座から立ったキョウコウが顎をしゃくると、許しが出た五人衆は立ち上がって壇上に昇る。そして、六歌仙と同じように並んだ。
六歌仙(-1)の5人と、五人衆(-2)の3人。
合計8人の幹部が居並ぶ。
彼らを引き従えたキョウコウは、玉座の間に集まった600人のプレイヤーに向けて、覇気を込めた号令を発した。
「良いか、我らが掲げる理念はただひとつ──力だ」
全てを圧倒する強き力、何者にも屈さぬ力、絶望を打ち砕く力。
「力を求めよ、高みへ臨め、敗者に語る弁は無し。弱き者は死ぬ……そこに同情の余地はない。死んだ者は弱く、負けた者は死ぬのだ。それが嫌ならば精進せよ……力の求道者キョウコウの臣下に弱卒はいらぬ」
キョウコウは両腕を広げ、幹部である8人を誇るように示した。
「この壇上に並びたくば力を示せ! 武功を上げよ! その機会はこれからいくらでも訪れる! 自信ある者は先のブライが如く儂に挑むが良い! 儂はいついかなる時でも挑戦を受ける! そなたらの向上心を買ってやろう!」
覇王の風格も十分にキョウコウは断言した。
先のブライとの手合わせは、良い意味でデモンストレーションになったようだが、あれを見てキョウコウに挑む命知らずも少なそうだ。
圧倒的な力を見せつけたことで、畏怖による忠誠心の向上は望めるだろう。
あるいは、それを意図してのパフォーマンスだったのかも知れない。
「さあ……まずは最強最高の力を手に入れるぞ!」
そのための戦を始める! とキョウコウは宣言する。
「これより──“還らずの都”を奪りに往く!!」
低LVプレイヤーたちは腕を突き上げ、鬨の声を上げて応じた。
~~~~~~~~~~~~
極都前の広場には、今回の戦で動員される兵が整列していた。
キョウコウと六歌仙と五人衆。
そして、傘下の600人のプレイヤーが彼らと向かい合う。
圧巻──というより他ない。
大地を埋め尽くすような大軍勢。1万や2万では済むまい。
少なく見積もっても10万はいるのではないか?
兵士たちは主にモンスターだが、3系統に区分できるようだ。
エメスが錬金術系の技能で造り上げた兵士たち。
ホムンクルス兵、ゴーレム兵、自動人形兵……どこか無機質な兵団だ。
ちゃんと装備も調えられている。こちらはダオンが手配したらしく、雑務の処理は彼が一手に引き受けているらしい。見掛けによらず有能だ。
ミラが描いた絵を実体化させることで作ったモンスター兵。
コボルト、ゴブリン、オーガ、人間に敵対するような亜人種を始め、ドラゴンのようなボスが務まるほどの巨大かつ強力なモンスターも数多い。
飛竜のワイバーン、一角獣ユニコーン、二角獣バイコーン、鷲の頭と翼を持つグリフォン、そのグリフォンと馬の間に生まれるヒポグリフ。
ミラはそういった騎乗できるモンスターも数多く描いており、それらはエメスやニャルが作った人型モンスターの乗り物として利用されていた。
そして、ニャルが仮面から生み出したペルソナマンの兵団。
これは……分類がよくわからない。
従者作製の技能だと思うのだが、ツバサは初めて目にするものだ。
仮面はそれぞれ有名な神、悪魔、精霊を元にデザインされており、その仮面から身体が生えるように作られたペルソナマンたちは、デザイン元に準じた肉体とコスチュームを与えられていた。
この分だと能力も似通っているのではないだろうか?
仮面の考察はさておき──少なくとも10万は下らない軍勢。
「……動員兵力数はどれくらいになる?」
キョウコウは軍勢を見回してからダオンに尋ねる。
「騎馬として使われているモンスターも頭数に入れますと、総数はちょうど15万となります。騎兵として数えた場合、いくらか減ってしまいますがね」
ふむ……と、キョウコウは顎を掴んで思案顔だ。
しばらく考え込むと、傍らに寄り添うネルネを覗き込んだ。
「ネルネ──預けておいた兵を出せ」
うたた寝していたネルネは、寝ぼけ眼で鼻提灯を膨らませたまま縋りついている腕を伝ってキョウコウを見上げる。
「zzz……ふぇ? いいの?」
「構わん。“還らずの都”さえ掌中に収めてしまえば、これほどの大戦をすることもあるまい……これを機に我が戦力のすべてを動員するとしよう」
「オーライ、わかった。そんじゃあ出しちゃうね」
ネルネは子供みたいな仕種でキョウコウの前で小躍りすると、褞袍みたいな上着の袖をブラブラ揺らして、即興で踊りを始めた。
「ひらけ~ゴマ! アタシだけの夢見る世界!」
ネルネは創作ダンスめいた踊りを続ける。
これが彼女の過大能力を発動させる条件なのだろうか?
過大能力──【夢見るままに待ちいたる牢獄】。
やがて彼女の左右に、一対の巨大な門が出現する。
鋼鉄で造られたようにしか見えない堅牢な門は、規模こそ大きいものの仰々しさはなく、どことなくファンシーな雰囲気さえ漂わせていた。
ファンシーな夢の世界へと続く扉──そんな風情がある。
「ニャハハハハハハ~、寝れば寝るほど広がるアタシのドリームランド♪ 入ればみーんなおねんねして、冷凍睡眠よろしく保存できちゃう優れもの~♪」
「ネルネ……あまり自分の能力を自慢するな」
キョウコウは自分の能力をネタバレするネルネを窘めた。
しかし、ネルネに反省する様子はない。
「いいじゃん別にさ~♪ アタシの能力は知られたところで大して影響ないよ~。だって要するにいっくらでも拡張できる貯蔵庫ってだけだからね~♪」
確かに──彼女の能力はそれだけしかなさそうだ。
恐らく、自身の道具箱を拡張するタイプの過大能力だろう。
ツバサたちの仲間でもダインやクロコ、それにアハウの奥さんでもあるマヤムの過大能力が似ているが、彼らの能力はあれこれ応用が利く。
対してネルネは──“無制限に拡張できる”だけのようだ。
……案外、末恐ろしい能力じゃないかこれ?
ネルネ曰く“夢の国”に続くとされる2つの巨大な門は忽然と現れ、こちら側に観音開きの扉を開いた。
門の向こうから現れたのは──軍勢を越える大軍勢。
モンスターの種類は最初からいる軍勢と大差ない。
しかし、その数が桁違いに多いのだ。
これらの兵士たちは命じずとも独りでに動き、整然と列を崩さぬまま団体行動をしており、極都前に並んだ軍勢に加わっていく。
すべての軍勢を吐き出すと、ネルネの出現させた門は音もなく消える。
そして、キョウコウの軍勢は倍以上に膨れ上がった。
既に大地を埋め尽くすほどいた軍勢は、普通の人間の視野ならば地平線まで覆い隠すほどの大軍勢になっていた。
キョウコウは「うむ」と一度だけ頷いた。
彼に付き従う六歌仙──。
その中でも兵力の増員を担当した者たちは誇らしげである。
「いやぁー、コツコツ造ってきた甲斐がありましたねぇ」
エメスは美貌の相好を崩していた。
「アルマゲドンの頃から、同僚どもの目を盗んで発注にないモンスターをチマチマ造っといて、ネルネに預けて来たんだからねぇ……いやぁ、感慨深いよ!」
ミラも達成感に打ち震えている
「うんうん、積み重ねって大事よねぇ」
小さなことからコツコツと、とニャルも今までの日々を振り返った。
どこからともなく算盤を取り出したダオンは、パチパチと軽快な音をさせながら算盤玉を弾いて、概算ながらも現時点の動員兵力数を弾き出す。
「真なる世界で皆さんが創り出したモンスター兵が15万……アルマゲドン時代に運営に内緒で皆さんが創ったへそくりモンスター兵が25万……合計40万になりますね。騎乗系モンスターも頭数に数えたらですが」
「そして、プレイヤーが600人……おまえたちが8人……」
まあまあだな、とキョウコウは妥協するように言った。
「よし、では“還らずの都”へ向かうか……エメス」
「はい、なんでしょうかキョウコウ様」
名前を呼ばれたエメスは、袈裟を揺らして前へと出る。
キョウコウは目線だけで振り向くと、兜の奥に隠れた瞳を少年のように輝かせた。これを見てエメスも細い眼を見開かせる。
「もしや……動かしていいのかい、キョウちゃん?」
部下の立場を忘れ、幼馴染みとしてエメスは問い掛ける。
キョウコウはエメスの眼を見つめたまま頷いた。
「ああ、良いぞ……極都を動かせ」
全軍総出撃──そして、極都ごと攻め込む。
エメスは人の目があるためか、狂喜乱舞したいほどの感情を押し殺しているようだった。肩をワナワナと震わせているが、これは歓喜によるものだろう。
「畏まりました……キョウコウ様」
先ほどの“キョウちゃん”発言を無しにはできないが、改めて臣下としての口調で応じる。バサリ! とエメスは僧衣の裾をはためかせた。
それから僧侶らしく両手を組んで指を複雑に絡めると、密教で言うところの印を何度も結びながら、口の中でこれまた真言のようなものを唱えていた。
「……霊、宿、動! 極都よ、今こそ立ち上がる時です!」
喝ッ! とエメスが裂帛の気合を迸らせる。
次の瞬間──何も起きない。
起きているのだが、まだ凡人には知覚できなかった。
やがて地面が揺れていることに低レベルプレイヤーたちが気付き始め、その微震が震度を上げていき、ついには震度7クラスの大地震となる。
震源は極都──上下に激しく震動しているのだ。
震動を続ける極都は徐々に形を変えていく。
いつぞや女騎士の行く手を阻むために変形したのとは規模が違う。極都の城塞を成す左右が別れていき、まるで腕のように持ち上がる。
いや──それは正しく腕だった。
幾重もの建造物を練り込んで造られた豪腕。
ちゃんと五指も備わっており、握ったり開いたりしている。
腕が出来上がると胴体の部分がはっきりしてくる。
尖塔や天守閣が集まり、何本もの角が生えた頭部を形作っていた。
上半身が完全な人型になると、富士山の裾野のように広がっていた部分も動くようになり、上半身を支える腰や両足を造り上げていく。
極都の裾野部分は、両足を広げて開脚したような形になっていたのだ。
そして、極都は立ち上がる。
元より東京スカイツリーに匹敵する高さを誇る極都が、人型となって立ち上がったのだから、優に1000mを越えそうな巨人と化していた。
原初の世界──天を持ち上げたとされる大巨神。
神話を彷彿とさせる圧巻の巨体に、初めて目の当たりにした600人のプレイヤーたちは悲鳴とも歓声ともつかない声で喚いていた。
キョウコウや幹部たちは飛行系技能で空に舞い上がり、大巨神となって機動要塞となった極都に乗り移る。そこから軍勢の指揮を執るようだ。
「全軍進撃せよ! 目指すは“還らずの都”!!」
キョウコウの号令により大軍勢が動き出す。
彼らと共に600人のプレイヤーたちも飛行系技能や移動系技能を使い、我先にと還らずの都を目掛けて飛び出していった。
進軍を開始した軍勢に合わせて、極都も歩き始める。
巨人らしく緩慢ながらも鈍重な一歩だが、1000mの巨体の一歩だ。
たった一歩で軍勢の進軍速度を追い越す。
動く極都──そのテラスからキョウコウは彼方を見つめる。
その先にあるのは“還らずの都”に他ならない。
「群の力は個に勝る……しかし、これだけ揃えてもまだ足らぬ……」
キョウコウの漏らす声は苦悩に満ちていた。
「群にも軍をも凌駕する個の力……一騎当千の実力を培った個を集め、それで軍を成せば或いは……いいや、まだ足りぬやも知れぬ……力、なのだ……絶大な絶望に抗うには、どれだけ力を掻き集めても足らぬ……」
どのような力も──この世に蓋をする絶望には抗えぬのだ。
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