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第8章 想世のタイザンフクン
第180話:追加のキョウコウ五人衆
しおりを挟む慌ただしくも──あっという間に5日が過ぎてしまった。
キサラギの里は毎日てんてこ舞いである。
5日前の夜、キョウコウの手下であるダオンの使い魔らしき蝙蝠を始末したことにより、事態は急を要すると思い知らされたからだ。
まごまごしている時間はない。
敵は帰らずの都の位置を把握した。いつでも攻め入れる。
大軍勢が押し寄せてきても応戦できるだけの準備をせねばならない。
大人たちの宴席や子供たちの交流会もそこそこに、ツバサはキサラギ族に「すぐ敵が来る」ことを伝え、対策を取るよう促した。
これを受けた族長ダルマは、里の迎撃態勢を整え始めた。
まずは兆しの谷周辺に防衛ラインを築いていく。
地の底から掘り出した大岩を積み上げた石垣や、地底のマグマを利用して固く焼き上げた煉瓦を積み上げて、即席ながらも防壁を築いていく。
地の底で採掘した鉱石を金属の柵に鍛造して、フェンスも並べていった。
兆しの谷は広いがキョウコウが攻めてくる方角は大体予想が付くので、その方面を重点的にカバーし、キサラギ族は突貫作業を続けていた。
「ツバサ様やクロウ様のおかげで、キョウコウなる悪漢がいつ動き出すかを事前に知ることができます。ですが、一刻の猶予もないつもりで事に当たってください。間に合いませんでした、なんて言い訳は許されませんよ」
防壁建設の指揮は、ヤーマが取り仕切っていた。
厳しい言葉でキサラギ族たちに檄を飛ばし、自らも率先して百人前の仕事をこなしている。細い身体なのにトラックほどの大岩を担ぎ上げる姿を見ると、天使のような美青年でも鬼の一員だというのがよくわかる。
若き族長補佐の元、若いキサラギ族は一丸となって拠点作りに励んでいた。
一分一秒を惜しむように里の守りを固めていく。
「戦える者は、わしのところへ申請を出すようにね。小さな子のいるお母さんやお年寄りは、前から言っている通り避難所へ。わしみたいに年食ってても戦うぞって意気軒昂な人は申請を出してもいいよ」
一方、族長ダルマは人員整理を担当していた。
戦えない女子供は準備しておいた避難場所に向かわせ、戦える者は年寄りだろうと駆り出し、武具の準備に取り掛かっている。
この日のために、彼らは先祖代々から備えてきたのだ。
一族総出で取り組むのは当然のことだった。
それに──今まで出会ってきたどの種族よりも強い。
プレイヤーレベルに換算すれば、平均LVが200~300を越えている。ヤーマやダルマのように平均を遙かに上回った強力な戦士も多い。
ツバサたちも戦力として頼り甲斐があった。
恐らく、キサラギ族は神族や魔族に継ぐ種族。
有り体に言えば亜神族とか準魔族とでも言うべき存在なのだろう。
一方──ツバサたちも動き始める。
ツバサは過大能力【偉大なる大自然の太母】を使い、大地を盛り上げて土塁の防壁を作った。盛り上げた土塁に、キサラギ族の積んだ石垣や煉瓦壁。
何種もの壁が複雑に並んでいた。
兆しの谷には木々を網目状に張り巡らせ、その上に固い土をかぶせて蓋をした。谷底から見上げると落とし穴のようにも見える。
「一時凌ぎにしかならないが、これでおいそれとは通り抜けられまい」
完全に塞ごうという案もあったのだが、下手をするとキサラギの里が埋まってしまうし、戦闘になれば埋め立てた土砂が邪魔になる。
最悪の場合──キョウコウ側に逆用される可能性もあった。
なので、固めの蓋をするだけに留めておいた。
各陣営からも頼りになる援軍を招く予定であり、戦争が始まる直前には兆しの谷周辺に待機してもらうよう頼んでいた。
進軍してきたキョウコウを横から襲撃する伏兵のようなものだ。
切り札である“彼ら”にも打診してある。
先述にある大蝙蝠の一件から5日過ぎたが、キョウコウたちが攻めてくる気配はまだない。ツバサたちプレイヤーを始め、キサラギ族にも焦燥感は薄い。
いずれ戦争が始まる──その覚悟は誰の胸にもある。
だからこそ防衛や迎撃の準備に余念がないのだが、キョウコウが攻めてくる“タイミング”がわかるので不意打ちされる心配はなかった。
このため、少なからず安心感があるのだ。
キョウコウが戦争を仕掛けてくる“タイミング”。
何故それがわかるのかと言えば──。
「……ハルカ、様子はどうだ?」
クロウたちの拠点である洋館──応接室。
防衛準備が一段落したツバサは応接室に戻ってくると、ここで自分の仕事に従事しているハルカに訊いてみた。
この部屋は模様替えして、作戦本部に仕立ててある。
室内には大小いくつものモニターが設置され、夕食に使われたテーブルは作戦会議のテーブルとして使われ、様々な報告書が積まれていた。
その報告書の上で、ハルカの人形たちが忙しなく動き回っていた。
ハルカの過大能力──【破滅の奈落より来たれ軍勢】。
彼女自身をデフォルメしたかのような人形を無数に召喚することができ、それらを操ることで様々なことができる、汎用性の高い能力だ。
ハルカの知覚は人形たちとリンクしており、彼らが見たり聞いたりしたものは全てハルカに伝えられるようになっているそうだ(ただし、痛覚はその限りではなく、人形たちが100体くらい潰されてもダメージはない)。
その人形たちを操って、ハルカはある調査を進めていた。
「はい、まだ動く気配はなさそうですね」
応接室に設置されたモニターには極都の内部が映されていた。
「先日、女騎士さんを助けるためツバサさんが恥ずかし……可憐なコスプレをして、キョウコウと一戦交えたことがありましたよね」
「今、恥ずかしいって言いかけたな?」
ハルカはやっぱりツバサの羞恥心を楽しんでいた。
ミロといいハルカといい、ツバサとミサキの恋女房は旦那や彼氏を辱めて楽しむことに味を占めてしまったらしい。困ったものだ。
「それはさておき。あのどさくさに紛れて、私の人形たちを極都に潜入させておきました。数は52体。諜報活動には十分でしょう」
潜入させた忍び装束の人形たちは、ジン謹製の小型カメラを持たされているので、こうして映像を届けてくれるとのことだ。
ハルカは人形たちに命じて、極都内部にある重要そうな場所を監視させている。
キョウコウの玉座がある大広間を重点的に見張っていた。
ついでに──盗聴もさせている。
「彼らの話を聞いてるとですね、どうも援軍が来るのを待っているみたいなんですよ……今日明日には到着する、みたいなことをあの真ん丸な執事が言ってました。ナントカ五人衆がどうとかって……」
この報告を聞いたツバサは、面倒くさそうに眉をしかめた。
「ナントカ五人衆……キョウコウ五人衆とかか?」
「そうそう、そんな名前でしたね」
キョウコウ六歌仙は聞いていたが、更に五人も追加されるのか?
キョウコウについて──レオナルドはこう話していた。
『キョウコウ六歌仙はジェネシス社内でも知れ渡っていたが……キョウコウさんのことだから、更に腹心を増やしているかも知れない」
なんて推測をしていたが、その予言が当たったらしい。
「五人衆なんて肩書が付いてる以上、そいつらもGMかレベルの高いプレイヤーで、幹部級なんだろうか……顔を見ておきたいな」
できれば素性や能力も調べておきたいが、それは高望みというものだ。
外見だけでも確認できればベストだろう。
「この人とこの人は接触禁止ですよ、ってキサラギ族の人たちに伝えておくだけでも、こちらの有利になりますからね」
「そういうことだ、わかってるじゃないか」
ツバサが頭を撫でると、ハルカは照れ臭そうにはにかんだ。
既にキョウコウと部下である六歌仙の似顔絵は、クロウ陣営やキサラギ族に手配書みたいな形で回してある。
キサラギ族には「こいつらには手を出すな。見掛けたら逃げろ」と言い付けてあるし、プレイヤーには「見付けたら真っ先に潰すこと。基本は無力化して生け捕り、最悪の場合は……」と確認を取っている。
そのキョウコウ五人衆とやらも、要注意人物として同じように対処しておくべきだろう。ハルカの人形たちに是非とも撮影してもらわねば──。
「それと、キョウコウとエメスというお坊さんみたいな人の話も聞いたんですが、五人衆が集まった時点で、還らずの都に向かうとのことでした」
あちらもあちらで準備が整うのを待っていたらしい。
だから還らずの都を見つけても、すぐに襲撃してこなかったわけだ。
こちらも防衛を厚くする時間が取れたので御の字である。
「ますます、そいつらの顔を拝む必要が出てきたな」
キョウコウ五人衆が集まれば──キョウコウの軍勢は動き出す。
お目当ての“還らずの都”の場所が判明したのだ。
総出撃で奪いに来るつもりだろう。
キョウコウにとって、その五人衆も幹部扱いらしい。
確実な王手を打つため、使える“駒”が揃うのを待っているのだ。
「例の軍門に降った600人強のプレイヤーたちが、将棋でいうところの歩だとすれば、六歌仙と五人衆は残りの主要な駒に当たるんだろう」
「金将、銀将、飛車、角行、桂馬、香車……でしたっけ?」
そうだ、とツバサはハルカに頷いた。
「オールスター勢揃い、ってとこだろうな……ハルカ、その五人衆とやらが集まったら俺に知らせてくれ。プレイヤー全員が目にしておく必要が…………?」
言葉を続けようとしたツバサの胸に、気持ちいい違和感が生じた。
性感帯な乳房の肌を滑るように、小さくて可愛い小動物のようなものが胸の上を這い回っている感じがしたのだ。思わず背筋が震えてしまう。
「はぁ……んん、くぅ……ッ!」
漏れそうな声を、喉の奥で呻くだけで我慢する。
ツバサの敏感な乳房、その谷間から顔を出したのは──。
「プハッ……了解です。人形たちで報告しますね」
ハルカの人形たち、その1体だった。
「いや、スマホ使えよ!? まだ棲んでたのか俺の胸に!?」
気付かないツバサにも問題があるかも知れない。
ここ数日いつでも子供でも抱いているような安心感があったのだが、どうやらハルカの人形たちが谷間に居着いていたようだ。
そうか、人形たちを胸の谷間に入れておけば、神々の乳母の母性本能をそこそこ抑制する効果があったりするのか。今後の対策として……。
「……いやいやいや、そんなことどうでもいい! とにかく、俺の胸から出なさい! そんで連絡はスマホを使うように!」
ツバサが叱りつけていると、また胸に違和感を覚えた。
「プハッ……わかりました、スマホで連絡しますね」
もう1匹、ツバサの乳房の肉の間から人形たちが顔を出した。2体目の人形たちは、こともあろうにミニチュアサイズのスマホを持っている。
「だーかーら! 俺のおっぱいに棲み着く……なぁんっ!?」
またしても乳房に違和感。今までよりちょっと激しい。
変な声が漏れるのを止められずにいると、3体目の人形たちが顔を出した。
「大変です! そんなことしている間に、噂のキョウコウ五人衆が集まっちゃったみたいです! 今、極都で迎える準備をしています!」
いきなり緊急事態だが、ツバサもそれどころではない。
自分の胸の谷間に棲み着いた3体の人形たちを引っこ抜こうとするのだが、小さな彼女たちはツバサの谷間の奥へ逃げ込んだり、ジャケットの内側から胸の下へ潜り込んだり……やりたい放題なのだ。
ツバサは自分でも持て余す爆乳と格闘する形で、ハルカの人形たちを追いかけるのだが、段々ヤバイ気持ちになってきた。
「人形たちで報告するな! 目の前にいる当人が言え! あ、ちょ、やめ……小っちゃい手でコチョコチョするな! お、おっぱいが……あああっ!?」
「オホホホ~♪ ツバサさ~ん、こっちこっち~♪」
「鬼さんこちら、手のなる方へ~♪」
「ツバサさんのおっぱい、大きすぎるから隠れるとこいっぱいですね~♪」
あろうことか、人形たちで茶化してくる。
「もうっ……俺のおっぱいで遊ぶなぁぁぁーーーッ!?」
結局、ハルカからの報告(やっぱり人形たち経由)で、クロウやミロが作戦本部に駆けつけるまで、ツバサと人形たちの攻防は続けられた。
ツバサは自分の乳房を揉みしだいているような場面を目撃されてしまい、半泣きで顔を真っ赤にして泣き叫んだのは割愛させてもらう。
~~~~~~~~~~~~
極都──キョウコウの御座す玉座の間。
数万人は詰め込めそうなホール内には、キョウコウに忠誠を誓うことになった低レベルプレイヤー約600名が集められていた。
彼らはおよそ300人ずつに分けられており、玉座の間の扉からキョウコウの玉座まで何者かを迎えるような花道を作っていた。
ホールの奥、玉座の辺りは数段高く壇上のようになっている。
そこにはキョウコウがおり、取り巻くように幹部の六歌仙が居並んでいた。
キョウコウは泰然と玉座に座っている。
その左を固めるは、キョウコウの竹馬の友だという美貌の僧侶。
ゲームマスター№33──エメス・サイギョウ。
その右を固めるは、キョウコウの懐刀を気取るデブ執事。
ゲームマスター№21──ダオン・タオシー。
更にその左右にも立ち並ぶ魔人が2人。
エメスの隣に立つのは、花魁めいたファッションの江戸風美人。
ゲームマスター№52──ミラ・セッシュウ。
ダオンの隣に立つのは、無貌なのに無数の仮面を身にまとう異人。
ゲームマスター№45──ニャル・ウーイェン。
キョウコウを首魁と仰ぐ“キョウコウ六歌仙”の4人である。
そして、“キョウコウ六歌仙”の5人目。
ゲームマスター№34──ネルネ・スプリングヘル。
キョウコウの玉座。その肘掛けに小さなお尻を乗せた少女のようなネルネは、彼の巨体にしなだれかかって微睡んでいる。
彼女は幹部というより、愛妾みたいな立場らしい。
ハルカの人形たちから送られてくる映像。
モニターに映されたネルネを初めて見たツバサたちは目を疑った。
彼女は──ククリとそっくりなのだ。
ククリは灰色の髪でネルネは桃色の髪、大きな違いはその程度しかない。
あと、ネルネの方が大人びている。
かつて彼女もアルマゲドンでGMを務めていたはずだから、少なくとも成人しているはずだ。しかし、高校生……下手をすれば中学生に見える。
ククリはもっと幼く、小学校低学年くらい。
もしもククリとネルネが並んだら、姉妹と間違えられること請け合いだ。
ツバサたちは少なからず驚かされるが、ククリ本人に動揺はない。
自分と似た女性がいても、気にする素振りさえなかった。
むしろ──モニターに映るキョウコウを凝視していた。
その穏和そうで柔らかい眉をキリッと釣り上げて、どちらかと言えば垂れ目な顔を引き締めている。唇も噛んでいるのか、口元が歪んでいた。
「………………………………しゅう」
ククリは口の中で押し殺すように何かを呟いたが、ツバサの耳を以てしても聞き取れたのは、その3文字の語尾だけだった。
壇上に居並ぶキョウコウ六歌仙──しかし、1人足りない。
もう1人、ドンジューロウ・ロックルックという男がいたのだが、彼はハトホルの谷に手を出そうとして、ウチの用心棒に倒されていた。
その結果、ツバサとキョウコウを引き合わせたのだ。
あの一件がなくとも、いずれ2人が邂逅したことは想像に難くない。それは運命とでもいうべきか、あの男の存在が大きく関わっている。
斗来坊撲伝──ツバサを鍛え上げた、自称“インチキ仙人”。
キョウコウは師匠の名を知っていた。
その師匠が、ツバサとキョウコウを巡り合わせた気がする。遅かれ早かれ、ツバサはキョウコウと出会うよう仕組まれていたのかも知れない。
師匠なら──そういうことをする。
自称仙人は伊達じゃなく、未来予知みたいなことができるのだ。人と人との運命を絡ませるように、巡り合わせも仕組んだりする。
ツバサも気付けば、ククリを習うようにキョウコウを睨んでいた。
憎しみを込めるのではなく、倒すべき好敵手として──。
やがて──玉座の間の大扉が開かれる。
扉が完全に開くと、キョウコウの脇に控えていたダオンが声を上げる。
傘下のプレイヤー集団に呼び掛けたようだ。
「では、ご紹介しましょう──彼らがキョウコウ五人衆です!」
大扉の向こうから、カツン……カツン……とハイヒールの音がする。
最初に現れたのは──艶麗なる美女だった。
ヘルメットのように整えられたショートボブ。
少し厚めの唇は情熱的で、不敵な笑みを湛えている。モデルのようにスマートな体付きをしており、ツバサみたいなグラマラスとは対極に位置している。
その細くしなやかな身体のラインに、ぴっちりと寄り添うチャイナドレスにも似た衣装を身にまとい、腰には大小様々な鞭を巻いていた。
鞭の柄は腰に立てて、まるで何本もの刀を腰に差しているかのようだ。
ボブな髪も、情熱的な唇も、衣装も鞭も──すべて赤一色。
何もかもが紅で染め上げられた美女だ。
彼女はおもむろに柄を握り、無造作に鞭を振り回した。
鞭の先端は3人の低LVプレイヤーを叩きのめして、彼らに悲鳴を上げさせるのだが、その悲鳴はどこか喜びを含むものだった。
そして──叩かれたプレイヤーに変化が起こる。
特徴のない体型をした、どういう職能なのかもわからない、普通すぎるプレイヤーだったのだが、彼女の鞭で叩かれるなり肉体が膨張を始めたのだ。
それは──はち切れそうなほどの筋肉。
まるで超人ハルクのように筋肉の巨人となった3人のプレイヤーは雄叫びを上げると、鞭を振るった美女の許に駆けつけ、彼女の前に跪いた。
「素質がありそうな者を下僕として見繕わせていただきましたわ」
構いませんわよね? と美女はキョウコウに確かめる。
事後報告だというのに悪びれた素振りもない。
キョウコウもまた、さして咎めもせず鷹揚に頷くのみだ。
「構わん……おまえの下僕ならば、儂の臣下であることに変わりない」
お許しが出た美女は厚い唇をサディスティックに微笑ませる。
マッチョマンと化したプレイヤーたちをまた鞭で叩いてやると、彼らは筋肉を軋ませて官能的な悲鳴を上げつつ、彼女へ甘えるように傅いた。
彼らを従えた美女は、キョウコウに跪いて名乗りを上げる。
「嗜虐姫──マリラ・ブラッディローズ」
御前に罷り越しました、とマリラは一礼をした。
次いで──2人目が入室してきた。
まるでタップダンスでも踊るかのような、軽妙な足取りでその男はやってくる。彼が動く度に“キラキラ”という変な音が聞こえてきた。
「いやー、どうもどうも、遅れちゃってゴメンねー☆ 速さがボクの売りだっていうのに、社長の招集に一番乗りできなかったとはねー☆」
軽妙かつ軽薄な口調は、語尾のアクセントがどこか妙だった。
現れたのは──不自然な輝きを放つ美青年だった。
発光ダイオードでも仕込んでいるのか、光り輝くホスト風の金髪。
長すぎる睫毛と尖りすぎた顎や鼻がちょっと残念だが、総体的に見れば美青年で通るイケメンだ。微笑む口元から覗く白い歯まで光り輝いている。
シャツもワイシャツも着ずに、素肌に羽織っているスーツもパンツも輝くほどに真っ白。ホワイトウェディングでもあるまいに……。
履いている革靴まで白──これもやっぱり煌めいている。
特殊エフェクトでも使っているのか、この美青年が少しでも動けば“キラキラ”という音と共に光の粒子が振りまかれていた。
彼を一目見た低LVプレイヤーの女性から、少なくない黄色い声が上がる。
あんな“キャラ作りに失敗したホスト”がいいのか?
黄色い声へ美青年がウィンクすると、一際大きな光の粒子が飛び散る。
やっぱり、そういう特殊エフェクトのようだ。
もしかすると、異性を魅了する常時発動型技能なのかも知れない。
美青年はキョウコウの前に来ると、大袈裟にお辞儀をする。
「あーっ☆ お久し振りです、キョウコウ社長☆ ご機嫌いかがですか? ボクは御覧の通り絶好調☆ いつも今までもこれからも煌めいておりますよ☆」
「相変わらずだな……おまえの鬱陶しさは目に来る」
キョウコウは眩しそうに目を細める。
そう──この美青年は目が痛いくらい眩しいのだ。
「ほあっはッー☆ ボクにとっては褒め言葉ですね! 光り、輝き、瞬き、煌めく! それこそがボクの存在理由ですから!」
美青年は奇声を上げて喜び、その場で一回転してから右手を胸に当てて今度は礼を弁えたお辞儀をする。その際、大量の光が撒き散らされた。
「輝光子──イケヤ・セイヤソイヤ」
お呼びにより光の速さで即参上! とイケヤはその場に平伏した。
マリラとイケヤが、キョウコウの前に並ぶ。
ちょうど2人の間に来るように、3人目がホール内に入ってきた。
その男は足音をさせず、無音で入室してくる。
「拳闘士──ブライ・ナックル……」
そう名乗る男は、見るからに無頼漢だった。
180㎝はあるであろう上背。
思ったよりも痩せているように見えるが、実用的な筋肉しかまとっていないためそう見えるだけ。限界まで絞り込んであるボクサーのような肉体だ。
薄汚れたレザーパンツ、柔らかい皮で作られたブーツ。
上半身は半裸で、破れかけた中途半端に長い丈のベストを羽織るのみ。
癖の強い天然パーマは伸ばし放題。
無愛想な仏頂面で、その瞳は異様なくらい据わっている。主であるはずのキョウコウにすら藪睨みだ。愛想笑いも浮かべない。
ブライと名乗る男は、入室するなり両手を持ち上げた。
それはファイティングスタイルだった。流儀はボクシングだろうか?
いや、違う──足の立て方から見て、ムエタイかキックボクシングだ。
その瞬発力に長けた脚力を攻撃に回せるスタイルである。
「…………推して参る」
言うが早いかブライは跳び──キョウコウに殴り掛かった。
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