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第7章 還らずの都と灰色の乙女
第172話:キサラギ族の族長親子 ヤーマとダルマ
しおりを挟むキサラギ族の里──ホウト。
洞窟、岩山、崖、谷……そういった岩壁をくりぬいたり、壁面に寄り添うように建物を密集させている街というのは、現実世界にもある。
その手の景観は珍しがられ、絵はがきや風景画にされたり、PCやスマホの画面などに採用されることが多かった。
しかし、このホウトという街の景観は想像を絶する。
奇勝、異観、大観……大地にひび割れた谷の底にして、ろくに光も届かぬ地の底の深い奈落の底にある、山のような鍾乳洞が林立する洞窟。
それだけでも十分すぎるほどの景勝地だというのに、その外観を損なうどころか活かすようにして、芸術的な建築物がひしめき合っているのだ。
圧巻──その一言に尽きる。
どうやらホウトは谷底の中心にあるようで、ひび割れに沿って生えた巨大な鍾乳石を柱へと改造し、その周辺に家屋を積み重ねているらしい。
岩盤を掘って住居スペースを設け、石を積み上げて建築物とする。
乾くと硬化する体液を持つモンスターがいるので、それらの素材をセメントや接着剤の代わりに使っているようだ。柱の補強材にも同じものが使われていた。
景観を損なわないよう意識しているのかも知れない。
おかげで息を呑むほどのインパクトをしっかり保てていた。
キサラギ族は夜目や暗視が効くようだが、それでも照明がないと困るのかあちらこちらに篝火だったり提灯のようなものが灯っている。
また、どこからか溶岩の川まで引き込んでた。
汲み上げられた溶岩は冷やされながら加工され、町を作る建材として用いられていた。溶岩はそのまま赤く燃え上がる照明にもなっていた。
こうしたものが明かりとなり、地下深い街を照らし出している。
「わーっ! スッゲーッ! 写真写真! マリナちゃんやジャジャちゃんに見せてあげないと! えーっと、どうやってSNSにUPするんだっけ?」
「んな、ミロミロ、ここをこうやってこうして……」
ミロとトモエは大はしゃぎでスマホを取り出しと、写真を撮りまくってSNSに上げていた。マリナたちからの返信を待っているようだ。
「……ジンくんに送ったら喜ぶかしら」
普段、虐げているように思えるが、ハルカもなかなか仲間思いだ。
工作者のジンが喜びそうな建築物を撮影している。
女子たちは現実世界でもスマホでインスタ映えしそうな風景をパシャパシャやっていたが……異世界でもスマホを手にしたことで復活したらしい。
街は円形に広がり、中央は広場になっていた。
先ほど族長の息子であるヤーマが倒したアンデッド化した大砂竜。キサラギ族たちは広場まで引きずってくると、解体を始めていた。
腐っても鯛ではないがモンスターである。
肉や臓器は腐るが、骨や鱗や牙などの素材には使い道があった。
「モンスターを倒したら剥ぎ取りは基本だよな」
同感するようにツバサが頷けば、ミロが背中から追い被さってくると興味なさそうな声で言った。
「ツバサさんとかジンちゃんはそういうとこうるさいよね」
「当たり前だ、使えるものは骨の髄まで剥ぎ取るぞ」
生産系技能を持つ者と持たざる者──そこに意識の差があった。
幸いなことに次期族長とされるヤーマを筆頭に、キサラギ族のめぼしい者は広場に集まっていた。その広場へクロウたちが降りていく。
ツバサたちはあくまでお客さんなので、後から付いていくことにした。
クロウたちが空から降りてくると、キサラギ族たちから歓声が上がる。
諸手を挙げて受け入れる者までいるくらいだ。
その声を聞いて、ヤーマもこちらに視線を向けた。
クロウを見つけて安心するものの、ツバサたちに気付くと表情が強張った。見慣れぬ者を警戒するのは正しい反応だ。
「クロウ様、お帰りなさ……おや、そちらの方々は?」
しかし、ヤーマはすぐに警戒を緩めた。
どうやらツバサたちをクロウと同じ神族だと察したらしい。おまけにクロウはツバサたちに敬意を持って接しているのがわかったのだろう。
ヤーマもまた、敬意の眼差しを送ってくる。
目端が利くのもさることながら、観察眼なども優れている。
次期族長と慕われるだけはあるようだ。
「ただいま戻りました。ヤーマ君、こちらの方々は……」
クロウが説明するよりも早く、ヤーマは姿勢を正して答える。
「はい、クロウ様と同じ“新たな神族”の方々ですね」
「ええ、その通りです。以前、この里を荒らした輩とは違います。彼らは信頼できる御仁です。カンナ君も危ないところを助けていただきましたしね」
「そうでしたか……ありがとうございます」
ヤーマは礼儀正しくお辞儀する。
間近で見ても──美青年だ。
鬼にしておくには惜しい、天使のように整った面立ち。
長い黒髪を肩まで伸ばして、白と黒が複雑に入り交じった着物のような装束を着ており、その上に毛皮でできた長い羽織をまとっている。
手にした六角棒は鋼鉄製。まさに鬼に金棒だ。
「カンナ様には我らの民も幾度となく助けられております。そのカンナ様の危急を救ってくださり、族長に代わってお礼申し上げます」
言葉遣いこそ丁寧だが、ヤーマは愛想笑いさえ浮かべなかった。
その表情は硬く引き締まったままだ。視線も険しく鋭さを緩めない。
「キサラギの里へようこそお越しくださいました。私はヤーマ・ホウトと申します。若輩ながら族長補佐を務めさせていただいております」
以後よしなに、とヤーマは深々と頭を下げる。
折り目正しい挨拶。慇懃ではあるが無礼さはなく、話す声にも嫌みはない。なのに、ヤーマの表情はほとんど変わらなかった。
あまり感情豊かではないらしい。
酷い言い方をすれば──無愛想なのだ。
ツバサも「うん?」と訝しむほどの鉄面皮なので、ミロやトモエ、ドンカイたちまで眉をしかめかけていた。
こちらの表情を読んで、すぐにクロウがフォローする。
「大丈夫です。彼は別に人見知りではありませんし、あなた方を敬遠しているわけでもありません……少々、表情に乏しいだけです」
「申し訳ありません。よく父上にも叱られるのですが……」
私は表情筋が少ないみたいです、とヤーマは律儀に謝ってきた。
声も穏やかだし、物腰も柔らか。こうして挨拶されても嫌な感じはしないのだが、やはり表情はほとんど動かない。
もはや体質なのでは?
「いや、気にすることはないよ。俺……じゃなかった、私はツバサ・ハトホル。共にいるのは眷属たちだ。こちらこそ、よろしく頼む」
ツバサも礼節を弁えた挨拶をしておいた。
「そして! ワタシがツバサさんの夫で長女で王様なミミミミミミミッ!?」
「ウチの長女でミロという。こいつもよろしく」
ミロの頭を掴んで礼をさせつつ(余計なことをしないように、握力を込めて封じておく)、ドンカイたちも挨拶を交わした。
顔合わせが済んだところで、クロウが話を切り出す。
「さっそくですがヤーマ君、ダルマさんはどちらにおいでですか? ツバサ君たちがもたらしてくれた情報について相談したいのですが……」
「父上ならば、そろそろ降りてくる頃だと思いますが……」
ヤーマは頭上を見上げた。
その視線を追うようにツバサも洞窟の天井を見上げると、そこから巨大な何かが降ってくる。最初、落石かと思ったが違うようだ。
巨大な落下物は姿勢を整えながら、広場の誰もいない場所に落ちてくる。
というか、キサラギ族たちが自主的に退いていた。
地響きを立てて着地したのは──3mはある巨漢の鬼だった。
脂肪と筋肉がはち切れんばかりに詰め込まれた相撲取りみたいな体型を、赤と黒のコントラストが際立つ着物に詰め込んでおり、巨大な獣の毛皮をマントみたいに羽織っている。
ハリネズミみたいな刺々しい黒髪は荒れ狂うように乱れ、もみあげから顎髭まで生い茂り、針みたいな髪の中に野太い造形の顔がはめ込まれていた。
眼、鼻、口──あらゆる顔のパーツが太い。
そんな大柄な体型に対して、額から生える2本の角はささやかなもので、ヤーマの角とそっくりだった。角だけは瓜二つである。
それ以外は同じ種族とは思えないほどデザインが異なるけれど──。
「おお、ダルマさん。上階で作業中でしたか」
「父上、柱の修繕作業お疲れさまです」
この人物こそがダルマ・ホウト──キサラギ族の族長。
そして、ヤーマの父親である。
どうやら洞窟の天井付近で、このキサラギ族の里を支える鍾乳石の柱を補修していたらしい。族長自ら率先してやるところに好感が持てた。
ミロとトモエは、ヤーマとダルマを交互に見て叫ぶ。
「「親子だ! そっくり(角限定)!」」
これを聞いたダルマは相好を崩した。
恵比寿というか大黒というか、とても福々しい笑顔だ。
「そうですか? いや~、よく言われるんですよぉ」
ダルマは誇らしげに胸を張って嬉しそうに微笑みながら、照れ臭そうに頭を掻いていた。自慢の息子と“そっくり”と言われて喜んでいるのだろう。
「まあ、私は父上と母上のいいとこ取りですからね」
それとなく『角以外は母上似です』とヤーマは主張していた。
しかし、ダルマはヤーマとは打って変わって表情豊かだ。
口調も年相応の壮年な男性のものながら、人当たりが良い。族長だというが威張りもしなければ、傲慢さも感じられなかった。
気さくなオッサン──そんな雰囲気を醸し出している。
ドンカイを上回る3mもの巨体なのに、まるで威圧感を感じられない。親しみやすい笑顔でツバサたちを迎え入れてくれているのも大きい。
ツバサたちの正体を尋ねることもなく、迎え入れてくれた。
「皆さんは……クロウ様と同じ“新たな神族”ですな? ようこそキサラギの里へ。ワシは族長のダルマ・ホウト、キサラギ族を代表して歓迎いたしますぞ」
ヤーマとクロウが受け入れ、みんなと談笑している。
それを遠くから見ていたのだろう。敢えて問い質さずとも、ツバサたちを『歓迎するべきお客様だ』とわかってくれたらしい。
ついでにいえば──“新たな神族”だと理解していた。
ヤーマも同じ単語を口にしていたが、どうやらキサラギ族はアルマゲドンのプレイヤーを、神族になった存在だと認知しているようだ。
おまけに“新たな”と枕詞で用いている。
つまり、先代とも言える古代神族を知っているのだ。
ネコ族も『遠い世界から新しい神族がやってくるだろう』という予言を、騎士の神様から聞いていた。キサラギ族も誰かに聞いたのかも知れない。
ただ──それだけとは思えない。
神族ほどではないにしろ高LVであり、文明的にも衰退しておらず、大昔から“還らずの都”を守ることを使命としてきた現地種族。
ツバサたちも知らない、重要な情報を持っている可能性が高そうだ。
「はじめまして──ツバサ・ハトホルと申します」
ツバサも営業スマイルで手を差し出し、ダルマと固い握手を交わす。
握手した手を軽く振って、ダルマは満足げに微笑んだ。
「どうやら、この方々はあの連中とは違うようですな」
「はい父上──先日、我が里に殴り込みをかけてきて、女子供を攫おうとした連中とは違います。この方々からはクロウ様とよく似た波動がします」
「うむ、ヤーマほどではないが、わしとて手を交わせば感じられる……こちらの地母神様は、大空を行く心地よい風のような爽やかな心と、すべてを受け入れる大地のような度量を持っておられる……」
誰が地母神だ──とはさすがに言い返せない。
しかし、クロウとよく似た波動だと?
ツバサたちの何かを感じ取ったということだろうか?
おまけにダルマは握手を交わすことで、こちらの性質というか気質というか……心の有り様を読んだようなことまで口にした。
心を読む、というより精神性などを感知できるのだろうか?
そういえば、民俗学専攻の友人が「天邪鬼という鬼は人の心を読むことができるとされる。サトリという妖怪と混同されることもあるけどね」なんて話を聞いたことがあるが……彼らの能力はそれに近いのかも知れない。
キサラギ族──今までの現地種族とは一味違うらしい。
ダルマの話を聞いて、ヤーマは静かに頷いた。
「父上も同意見ならば問題もありませんね」
「うむ、クロウ様たちに引き続き、この真なる世界に相応しい神々の到来だ。これは喜ばしいことだよ。ククリ様もさぞかし喜んで……あいたっ!?」
突然、ヤーマは手にした六角棒でダルマの顔面を叩いた。
父親に手を上げた、というよりは口を滑らせた族長の失言を族長補佐が無理やり封じた、といった感じだ。ドメスティックバイオレンスかと思った。
無愛想に険を募らせて、ヤーマがダルマに詰め寄る。
「……不用意な発言はお控えください、父上」
「ご、ごめん、つい……でも、ほら、この方たちなら多分平気……」
「その気の緩みが我が一族を! 引いては還らずの都やあの方を脅かすかも知れないのです! もっと気を引き締めてください!」
顔に叩きつけたままの六角棒を、グリグリとダルマの鼻っ柱に突っ込む。
「ごめんよぉ! 許してぇヤーマぁ!」
ダルマは半泣きで謝っていた。鬼の目にも涙だ。
「なんというか……よくできた息子さんじゃのぉ」
「大らかな族長に、厳しい族長補佐……ちょうどいいのかも知れませんね」
ドンカイの感想にツバサも同意するしかなかった。
ツバサが話していると、ミロも加わってきた。
「……っていうかさ、キョウコウのパシリ。こっちでもそんな悪いことしてたの? ウチからも現地種族を攫おうとしてたけど……やりたい放題だなー」
これを聞いたダルマの表情が一変する。
優しげな恵比寿顔が、鍾馗のように恐ろしげになったのだ。
「なんと、あなた方が守護する土地でもそのような狼藉を……!」
「神族の風上にも置けぬ連中ですね」
ダルマに続いて、ヤーマも表情を険しくした。
無表情さに怒りが加わると、より一層きつくなる。美青年が台無しだ。
「その件も含めて、ツバサ君は遙々この地を訪ねてくれたそうです」
ツバサたちとキサラギ族。
双方が“キョウコウ”という人物によって迷惑を被っているという情報を共有できたところで、クロウは話をまとめるべく会話に入ってきた。
「どうやら、キョウコウなる人物が大々的に活動を始めており、この真なる世界に生きる者たちを迫害しているようなのです。そして、あの“還らずの都”を手中に収めんと企んでいることも、ツバサ君よりもたらされました」
ザワッ……キサラギ族から漂う空気が変わる。
一瞬で戦闘態勢に切り替わり──誰もが殺気立っていた。
「“還らずの都”が目的ですと……?」
特にダルマの変貌振りは顕著だった。先ほどまでの鍾馗の厳つさが、今では明らかに怒っており、地獄の閻魔も顔負けの迫力っぷりだ。
彼らにとって“還らずの都”とは、絶対的な禁忌なのだろう。
ツバサたちも再びキョウコウと対峙することを想定して、キサラギ族やクロウの陣営とは協力体制を結んでおきたい。
「それがどんなものかは俺たちも知りませんが、キョウコウのような力に餓え、他者を虐げることに何の感慨も抱かない男の手に渡れば、よくないことになるのは容易に想像がつきます」
できるならば──未然に食い止めたい。
「一度、手合わせしてきましたが……あの男は危険過ぎます」
早急に対策を、とツバサは相談を持ち掛ける。
「ふむ……わかりました。まずは詳しい話を聞かせてください」
真摯な態度で訴えたのが功を奏したのか、ダルマは太い腕を組んで一度だけ大きく深呼吸をすると、すぐ話し合いに応じてくれた。
「あなた方ならばクロウ様同様、お伝えするべきでしょう」
キサラギ族が――還らずの都と“何を”守ってきたかを。
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