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第7章 還らずの都と灰色の乙女
第166話:撤退戦~逃がしてくれるとは言ってない
しおりを挟む「覆面ヒロインだぁ……嘘ぉつきやがれぇい!」
ツバサの名乗りに食いついたのはミラだった。
「そんなホルスタインみてぇにデケェ乳したヒロインがいるかってんだ!」
「誰がホルスタインだ!?」
怒鳴り返した拍子にツバサの胸が“ユサァ……”と波打った。
大きいのは認めるが、酪農牛呼ばわりは許せない。今では本当に乳牛顔負けのお乳を出せることは口が裂けても言えない秘密だった。
「乳のデカさなら人のこと言えんだろ!」
ツバサはミラの胸元を指差す。彼女も小柄なのに立派な物をお持ちだ。
これに対してミラは勝ち誇ったような笑みで腰を逸らすと、着物の合わせ目からこぼれ落ちそうなバストを見せびらかした。
「アタイは美乳だからいいんだよ。そんなはしたない乳牛みたいな爆乳じゃねえからな。アンタは乳も尻もデカすぎんだよ、この牛女!」
「だ、誰が……乳牛みたいなおっぱいの牛女だあああああーーーッ!」
ツバサは煽り文句に乗せられて激怒するフリをした。
怒っているのは本気だが──。
地母神の怒りは自然とリンクし、周囲一帯に嵐を巻き起こした。
暴風と落雷をめったやたらに撒き散らす。
そう見せかけて、ちゃんとコントロールしているのだが。
乱入の時に放った轟雷よりも広範囲に落ちる稲妻と、宙にある者は吹き飛ばされそうな突風により、キョウコウ一派の動きはわずかに鈍る。
彼らの動きを牽制する──そのための嵐だ。
この機に乗じて、新たな乱入者が2人。
ツバサと同じように変装したドンカイとカズトラが、稲妻のカーテンをかいくぐって飛び込んでくる。打ち合わせ通りだ。
勢いに乗った2人は、ニャルが従えていた仮面の3怪人を撃退する。
どの怪人も仮面を叩き割ると音もなく消えた。
一時的に従者を作製する技能──もしくは過大能力だろうか?
そして、ドンカイとカズトラはツバサの前に立つ。
女ボスを守る2人の子分、といった雰囲気を醸し出している。2人の変装コスチュームもツバサに合わせていた。三人トリオでセットのコスプレみたいだ。
「――セキトリー推参!」
青をメインとした戦闘員みたいなコスチュームに覆面を付けたドンカイ。ご丁寧にブタだかカバだかみたいな付け鼻までしている。
ズボンの穿き方も独特で、わざと短足に見せていた。
「――チンピラー参上!」
カズトラは緑色の戦闘員服。デザインはドンカイのものと同じだ。
こちらの付け鼻はでかいというか長い。鼻の下には長く細く上向きに整えた髭を付けていた。サルバドール・ダリみたいなカイゼル髭というやつだ。
あとオマージュ元にこだわっているのか、丈の短い戦闘員の上着はしっかりヘソだしルックになっていた。こだわりすぎだろ、ハルカ。
……そして、この2人はどうしてノリノリなんだ?
ちなみに、ツバサもこの変装に合わせた偽名を付けられていた。
「ご無事ですかい、“ママンジョ様”」
「ブッコミならオレっちたちに任せてくだせえ、“ママンジョ様”!」
「誰がママン……はぁ、もういいや、それで」
ツバサは諦めのため息をついた。
肩を落とすと爆乳の重みがズシッ……と両肩にのし掛かる。この母性本能がフルスロットルな乳房を抱えていては、ママンの三文字も説得力ありすぎだ。
むしろ、否定した方が変に思われるかも知れない。
どうせ正体がばれないための演技だ。恥ずかしいけどこれで通そう。
ツバサたちはカンナを庇うように空を舞い、キョウコウ一派は不意の襲撃を受けたためか自然と極都を背にして集まった。
「あ、あの……あなた方は一体……?」
闖入者であるツバサたちに、カンナは訝しげに問うてくる。
だが、「助けられた」という自覚はあるのだろう。
不審なものを拭いきれないままだが、ツバサたちが漠然と“味方だ”というのは感じているのか敵意はなかった。
ツバサは横顔を見せるように振り向いて、小声で囁く
「大丈夫、味方です……レオナルドの知り合い、と言えば通じますか?」
「レオ殿の……ッ! ならば信じます!」
名前を出しただけで、カンナから不信感が吹っ飛んでしまった。
効力ありすぎだろ──獅子翁の名前。
どうやら彼女にとってもレオナルドは特別な存在らしい。
これでカンナの信頼も得られた。
ここから先、逃げるために立ち回りやすくなる。
「……連中が逃がしてくれれば、だけどな」
キョウコウ一派は、極都を背にしたままこちらを睨める。
両陣営が対峙したところで、ニャルが口のない顔で呟いた。
「あたしのペルソナマンが瞬殺……腕は確かなようねぇん」
カッコはふざけてるけど、とニャルは付け加える。
「さてはて、空飛ぶ女騎士に続き、今度はどこかで見たことのあるようなコスプレをした三悪役っぽい方々……よろしければ名前を頂戴したいですね」
美貌の僧、エメスがこちらの名前を求めてきた。
ツバサは上擦った声でどもりつつ、ハルカ考案のチーム名を名乗る。
女ボス──ママンジョ。
力自慢の戦闘員その1──セキトリー。
技自慢の戦闘員その2──チンピラー。
3人揃って──。
「通りすがりの義賊……ド、ドカンボーだッ!」
「やっぱりパクリじゃねーか!」
「パクリじゃない! これは……そう、オマージュだ!」
ミラのツッコミにツバサはそう返した。
「ケッ! この御時世にタ○ムボカンだかヤッ○ーマンだか忘れたけど……レトロアニメのコスプレたぁ酔狂だねぇ! 年がバレるってもんだぜ!」
「そういうミラさんもよく知ってますね」
威勢のいいミラの啖呵へダオンが野暮にツッコむ。
無言の後ろ回し蹴りがダオンの腹にめり込んだのは言うまでもない。
ダオンはまともに鳩尾にくらい、白眼を剥いて卒倒する。
よし、労せずしてあちらの戦力が削れた。おまけに唯一ツバサと面識のあるダオンが気絶したので誤魔化しも効くだろう。
「ど、どちらの作品も……何回もリメイクされてるから……自分たちの世代でも知ってる者は多いかと…………ガフッ!」
義務的な説明ゼリフを吐いてから、ダオンは落ちた。
ハルカも「小さい頃に再放送を見てハマった」とか言っていたので、かなり根強い人気があるらしい……ツバサも知っているくらいだ。
部下たちのじゃれ合いを横目に、キョウコウは話し掛けてくる。
「今日は客人の多い日だ……しかし、歓迎しよう」
キョウコウは両腕を広げ、余裕たっぷりにツバサたちを迎えた。
次の瞬間──凄絶なプレッシャーが解放される。
断崖絶壁を叩きつけられたと勘違いするほど、物理的な衝撃まである威圧感。さっきまでの物足りなさが嘘のようだった。
ツバサやドンカイは目を見張る程度で済んだ。
しかし、カズトラやカンナは数m後退るほどの威力がある。
やっぱり……猫被ってやがったか。
ツバサは肌を焼きそうな威圧感に思わず頬が引きつった。
この頬の引きつりは──狂喜から来るものだ。
これほどの強者と戦える……いや、是非とも戦いたい!
ツバサの中にある闘争本能──神々の乳母が備える母性本能と不思議なリンクをしている、殺戮の女神の衝動がかま首をもたげようとしていた。
それを理性で抑え込み、キョウコウの出方を待つ。
キョウコウは両腕を広げたまま、演説めいた調子で語り始めた。
「この極都の威容に恐れを成さず、この儂の気迫を浴びてたじろぎもしない猛者たちよ……その気概、その威勢、実に好ましいぞ! そなたたちの蛮勇に敬意を表して、我が居城に攻め入ったことは大目に見よう」
「極都破壊の件……拙僧は許しませんがね」
キョウコウの言葉尻を拾い、エメスがボソリと呟いた。
レオナルドからも聞いていたがこの僧侶。陣地作製やら従者作製に長けた、工作者寄りの錬金術士とのことだ。魔術師系の技能にも秀でているとか。
エメスの言葉を意に介さず、キョウコウは話を続けた。
「御主らに会えたこと、喜ばしく思う。そこでだ……」
全員──我が軍門に降れ。
その一言は簡潔にして、有無を言わさぬ迫力があった。
「素直に我が傘下に加わるならば、これまでの不作法には目を瞑ろう……力量次第では、重用することも約束しよう……」
儂は優秀な人材を求めている──とキョウコウは目を細める。
「もしも、その誘いを断ったら?」
同じような表情で目を細めて、ツバサは皮肉っぽく微笑んだ。
「言わずもがなよ……力尽くで屈服させるまでだ!」
そして、キョウコウが動いた。
巨体の鎧武者とは思えぬ初速で飛び上がり、間合いを詰めてくる。ツバサはキョウコウを迎え撃つべく、嬉々として自らも前に出た。
ズシン! と地震に似た揺らぎが空間に生じる。
ツバサの蹴りとキョウコウの拳が激突した瞬間、空間を叩くような衝撃波が発生した。ミサキと戦った時のことを思い出す。
強すぎる神族同士がぶつかると、このようなことが起きる。
空間震動とでも呼ぶべきだろうか?
二度、三度、と蹴りや拳をぶつけ合う両者。
これによりキョウコウは、ツバサの実力を推し量ったらしい。
「ほぉ……やはり、御主がこの中で一番見所がある」
「へっ、そりゃどうも!」
「是非とも我が臣下の1人に加えたい……」
「それは丁重にお断りする!」
嫁とか愛人とか后とか妾じゃないだけ、まだマシかも知れない。
このキョウコウという男──本当に有能な部下が欲しいだけらしい。
女として求められるのではなく、実力を買われて誘われるというのは悪い気はしないが……ツバサは誰かの下に付くタイプではない。
もしもツバサを従えるとしたら──ミロを置いて他にいまい。
「今……女として求められなくて安堵したな?」
キョウコウはツバサの心中を見透かしてきた。
別段、驚きはしない。
相手の心情を読み取るくらい達人なら誰でもできる。
「その、どこぞの女ボスめいた衣装……女子が着ても恥ずかしいだろうが、御主の羞恥心は女子のそれを上回る……もしや御主、中身は男子か?」
そうか──内在異性具現化者だな?
そこまで看破されれば、さすがにツバサもヒヤリとさせられる。
この男、力に執着する短絡者ではない。
読心術と見紛うばかりの洞察力。覆面をしているツバサの表情から胸中を盗み見る観察力。どちらも脳筋野郎にはできないものだ。
おまけに──。
「……喝ッ!」
「野郎…………ッッッ!」
甲冑を着けた腕で殴ってくるかと思えば、ツバサの手業に追いついてくる速さで、投げる、払う、弾く、流す……テクニカルな連撃を仕掛けてきた。
「内家拳に合気……だが、空手や外家拳も使えるか」
達者なことよ、とキョウコウは感心する。
「……………………」
ツバサは敢えて、何も言わずに沈黙を貫くことにした。
この男──想像以上に危険だ。
表情、仕種、体捌き、戦い方……そうしたものからツバサに関する情報を引き出そうとしている。いや、これは……鑑定されているかのようだ。
迂闊に口を滑らせれば──丸裸にされてしまう。
せっかく変装したのに、それでは意味がない。
これ以上の情報漏洩を避けるためにも、無駄口を叩かずに戦ってキョウコウ一派の気を逸らして、さっさとトンズラを決め込んだ方が良さそうだ。
ツバサVSキョウコウ。
この衝突を合図に──各々が動き出す
「よっしゃ! 火事と喧嘩は江戸の華ぁーッ! やっちまえーッ!」
「ミラちゃんは後衛、前に出るのは男の役目って決まってるんだからぁん♪」
キョウコウがツバサとの戦いに突入すると、ミラとニャルもドンカイやカズトラ、その背後に庇っているカンナを攻撃目標にして行動を開始する。
言葉通り、ニャルが前衛でミラが後衛のようだ。
ニャルは脇目も振らず、カンナへ飛んでいく。
その前に無言で立ちはだかったのは、セキトリーことドンカイだった。
「あらやだ素敵♪ マッチョの殿方ってあたし大好物よぉん♪」
「……拳を交えたくないのが来たのぅ」
ドンカイは嫌気を隠すことなく、ニャルを迎え撃つ。
ニャルも格闘家タイプで、ドンカイと拳を交えて戦うのかと思いきや、その全身に張りつけた仮面がガタガタと動き始めた。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ! 不意打ち不意打ち不意打ちよぉーん♪」
「デヘヘヘヘヘヘヘヘヘッ! あたしら、いくらでも湧いてくるわよーん♪」
ニャルの全身を覆う仮面を苗床にして、新たなペルソナマンという従者たちが這い出てくる。それが砲弾のように撃ち出された。
ドンカイは躊躇せず、仮面を叩き割って撃墜する。
しかし、ニャルの身体から這い出るように無数のペルソナマンが次から次へと飛び出してくる。数が多いのと威力があるため、ドンカイも手こずっていた。
そこへ──後衛から援護射撃が飛んでくる。
「タイガー&ドラゴン、いっちょあがりぃ!!」
ミラが叫ぶ。彼女の小さな左右の手の中で七色に輝く液体が渦を巻き、それが宙に広がって巨大な龍と虎を虚空に描く。
描かれた二次元的な龍と虎は、瞬く間に三次元的な厚みを帯びて実体化し、ペルソナマンの猛攻を受けるドンカイに追い打ちをかける。
「させっかよぉ! ガンマレイアームズ!」
龍虎の前にチンピラ──いや、カズトラが立ち塞がった。
鋼鉄と宝石が入り交じった義手を振り上げると、肩の排熱機関から蒸気を吹き上げて力を溜めつつ、義手の形を変形させて龍虎に殴りかかる。
拳部分を特大ハンマーのように膨張させる。
巨大化させた鉄拳で、飛んで来る龍と虎の横っ面をいっぺんに殴り飛ばした。
無鉄砲なカズトラらしい強引さだ。
「テメェの相手はオレっちだ、この……ふしだら半乳女!」
「だっ……誰がふしだら半乳だって! このスットコドッコイ!」
カズトラの売り言葉に、ミラは過剰反応を示して怒る。
「テメェんとこの女ボスのが、よっぽどふしだらじゃねえかよぅ!」
「サラッと俺をディスるな、江戸っ子女!」
江戸っ子女にはミラから反論がない。むしろ、喜んでいる?
ドンカイはニャル、カズトラはミラ。
それぞれ戦闘状態にもつれ込み、三者三様の戦いとなっていく。
そういえば──エメス・サイギョウ。
彼は極都の大門に佇んだまま、合掌してブツブツと何かを唱えている。
この極都を建てたり、警護用のホムンクルス兵の創造したりと、錬金術士として生産系に従事しているらしいから戦闘要員ではないのだろうか?
だとすれば──カンナの足止めをする者はいない。
幸いなことに、ダオンはまだだらしなくのびている。ミラの奴、気に食わないとはいえ、仮にも仲間をどれだけ強めに蹴ったんだが……。
ツバサはキョウコウと戦いながらカンナに目配せする。
この隙に逃げろ──と。
こちらの意図を理解してくれたカンナは軽く頷くと、即座にバイクのエンジンを吹かしてUターンの態勢に入った。このまま逃げてくれれば──。
そこへ──あの美貌の僧の言葉が聞こえる。
「霊、宿、動……極都よ、我が意に応えなさい」
エメスの言葉に応えるが如く、極都が蠢動したかと思えば建物の一部が音を立てて変形していき、まるで無数の手のように伸び上がる。
極都からのびた建物の群れが、逃げるカンナの行く手を阻む。
戦闘員でこそないものの、自分の築き上げた極都を自在に操ることで、このような後方支援に長けているということか……彼の実力を見誤っていた。
「拙僧が精魂を込めたものは──ひとつ残らず動きますぞ」
エメスは不遜な表情で微笑んだ。
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