想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第7章 還らずの都と灰色の乙女

第159話:大陸中央への旅立ち~混成部隊?

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「ド、ドンジューロウさんが、られた……」

 長い沈黙を破り、プレイヤーの誰かがそう漏らした。

 セイメイの奥義によって過大能力オーバードゥーイングごと一刀両断にされたドンジューロウは、左右に別れて倒れ込む。その肉体から血も肉も臓物すらこぼれ落ちない。

 セイメイの過大能力オーバードゥーイング──【遍く万物オールシングを斬り・スレイ・絶つ一太刀】デストロイヤー

 これにより斬られた者はちりも残さず消えていく。

 たとえかすり傷であろうとも、そこから瞬く間に肉体の組織が崩壊していき、どんな猛毒よりも素早く死に至らしめる。後には何ひとつ残さない。

 治癒や回復、物体を復元する修復魔法も受け付けない。

 解毒げどく解呪かいじゅも通用しない、万物を葬り去る恐るべき一太刀なのだ。

 正中線せいちゅうせんから全身を左右に切り分けられる一刀両断。脳味噌まで半分にされては、ろくに足掻あがくことも藻掻もがくこともできまい。

 破滅の斬撃を受けたドンジューロウは塵と化していく。

「ド、ドンジューロウさんが、られた……」

 同じ台詞を呟いたのは、別のプレイヤーだったかも知れない。

 ジャリ、と小石混じりの土を踏む足音がする。

 誰かがづくように後退あとずさったのだ。

 その足音を皮切りに、プレイヤーたちは次から次へと動き出す。セイメイが背に守るハトホルの谷とは逆方向へ、脅えながら逃げていく。

「う、うわぁ……うわあーっ! なんだよぉあいつはぁ!?」
「LV900超えのドンジューロウさんを殺すなんて何者だよぉ!?」
「おれたちが敵うわけねぇ! に、逃げろぉぉぉッ!!」

 来る者は拒まず叩き斬るが、去る者は追ってまで斬りはしない。

 そんなムラッ気・・・・がセイメイにはあった。

 無駄な殺生はしない──とでも宣うつもりか?

 セイメイに仏心があるなら尊重してもいいが、このドンジューロウというGMについてきたプレイヤーたちを見逃すわけにはいかない。

「悪いが──1人たりとも逃がしはしない」

 凍てつけ・・・・、と森羅万象を司る女神は呟いた。

 自然を制する大地母神の命を受け、極寒の冷気が走る。

 冷気は逃げるプレイヤーたちの足を掴むと、その身体を登って血肉どころか骨の髄まで痺れる冷気で捕らえ、凍てついた氷像に変えてしまう。

 やがて、万年かけても溶けない氷柱ができあがる。

 プレイヤーは一人残らず氷柱の中に閉じ込められ、声なき叫びを上げたまま硬直していた。意識まで凍り付かせたのは、せめてもの情けである。

 瓢箪ひょうたんの酒を飲みながら、セイメイは後ろに振り返った。

「なんでぇ……雇い主が出張でばってこなくてもいいだろ」

 ハトホルの谷、そのふもとには森が広がっている。

 その森の奥にわだかまる闇から、ツバサが浮かぶように姿を現した。

「あれ、もしかして、ずっとスタンバってました?」
「いいや、最初から見ていただけさ」

 セイメイに訊かれたので、ツバサは普通にそう返した。

 実を言えば──ずっと傍観ぼうかんしていたのだ。

 ドンジューロウの一団がハトホルの谷に近付いていることを、ツバサはかなり早い段階で察知していた。具体的には昼過ぎぐらいにはわかっていた。

 ツバサの過大能力オーバードゥーイングは、自然を司る大地母神になるもの。

 この周囲一帯の自然環境はツバサの支配下にあり、得体の知れない侵入者が踏み込めば、即座に知らせてくれるのだ。ドンジューロウたちは密かに忍び寄ったつもりかも知れないが、ツバサにはバレバレだった。

 近付いているが、すぐに手を出してくる様子はない。

 剣呑けんのんな気配を感じたツバサは、事が起こるまで目を光らせていた。

 そして今夜──突如ドンジューロウたちは殺気をみなぎらせた。

 寝床についていたツバサは、慌てて飛び起きるとドンジューロウたちを迎え撃とうとしたが……そこには既に用心棒の姿があった。

 セイメイもドンジューロウの気配に気付いていたのだ。

 こちらも相手の出方を待っていたら、こんな夜更けになってしまったらしい。

「用心棒がちゃんと働いてるか、雇用主としてチェックしに来たのさ」
「ちぇっ、信用ねぇなぁ……穀潰しニートだってたまには働くぜ?」

 自嘲じちょうの笑みを浮かべたまま、セイメイは瓢箪の酒を舐める。

 ジョカから貰った『永遠に尽きない美酒で満たされた瓢箪』を、大切にしているらしい。宝石で作られたようにしか見えない豪華な瓢箪だ。

 瓢箪の酒を煽り、セイメイは自嘲を続ける。

昼行灯ひるあんどんで家でも職場でも役立たずな下級役人が、夜な夜な必殺仕事人として悪を斬るのはお約束だろ? おれもそういうポジションを目指してんのよ」

「どこの中村なかむら主水もんどだ、おまえは──」

 今時の世代には絶対に通じないネタだぞ、これ。

 昼は奉行所勤めの三流同心、夜は悪人を斬る凄腕の暗殺者。

 それが中村主水である。

 必殺仕事人シリーズという人気時代劇の主役だ。

 ツバサが知っているのは、そういう昭和に流行った時代劇マニアの自称仙人のせいである。居候中、あのジジイは映像配信サービスを観まくっていたのだ。

「しっかし、こりゃまた寒そうな格好で来たな……お母さん・・・・?」

 セイメイは自嘲をやめて、こちらの格好をからかってきた。

 寝間着代わりの艶やかな赤襦袢あかじゅばん

 合わせ目から覗く艶やかな太ももや、はだける胸元から覗く胸の谷間を横目にしては「ヒュ~ッ♪」と冷やかしの口笛を吹いていた。

 寝床から抜けてきたばかりの美貌の母──。

 だが、セイメイが強調した“お母さん”はそこではない。

「誰がお母さんだ」

 決め台詞を返しつつ、ツバサは娘たちを抱き直す。

 今日、寝床にはミロとマリナが同衾どうきんしていた。

 ツバサは2人を置いて飛び出すつもりだったのだが、ミロとマリナはツバサにしがみついて離れなかった。何をどうやっても離れなかったのだ。

 まるでスッポン──雷を鳴らしても離してくれない。

 仕方なく2人をおんぶしてきた。

 ミロを背中におんぶして、マリナを胸に抱っこして、万が一にも落とさないようにと自分の長い髪を操って抱っこ紐代わりにし、娘2人を背負っている。

 この状態でも、まだ眠っているミロとマリナ。

 どれだけ眠りが深いのだろうか?

 この状態を指して、セイメイは“お母さん”と茶化してきたのだ。

「……じゃりん子どもは置いてきて良かったんじゃね?」

 セイメイが酔った半眼で正論を説いてくる。

 無論、ドンジューロウとの戦闘を可能性として考慮した場合、寝ぼけ眼の娘たちを連れてくるなんて言語道断である。

 今回ばかりは──仕方なかったのだ。

「しょうがないだろ、離してくれないんだから……」

「まるっきし子連れ狼……いや、子連れ獅子(♀)ってところか?」
「誰が子連れ獅子(♀)だ」

 子連れ狼もこれまた古い時代劇だ。

 原作のマンガは、師匠の影響で読んだ覚えがある。結構エロい。

 しかも、獅子だとレオナルドとキャラが被るのでやめてほしい。

 そのことを反論しようとした時──。

「ムニャムニャ……ツバサさぁん……おっぱいぃ……」

 ミロが寝ぼけたまま、手を伸ばしてツバサの乳房をまさぐってきた。

「あっ! やっ……こら、ミロ! そこダメだっ…ひゃん! いや、そんな摘まんだら出……や、やめろって! おっぱい揉むなぁぁぁーッ!」

 ミロの愛撫に抵抗していると、マリナまで寝ぼけたまましがみついてきた。無意識に赤襦袢の胸元をはだけようとする。

「セェンセェ……おっぱいぃ……飲みたいですぅ、あむあむ……」
「あっ、こらマリナ……ひっ!?」

 マリナはレム睡眠状態で、ツバサの右乳房を丸出しにしてしまった。

 幸いにもマリナの頭部が陰となってセイメイには見えないはずだが、ツバサとしては男の前で乳房を放り出すのは抵抗があった。

 恥ずかしさのあまり我を忘れて、一瞬だが硬直してしまう。

 その隙を突いて、マリナは半分寝たままツバサの乳首に吸い付いてきた。

「おっぱい、おっぱい、ママ、ママ……まむまむぅ……」
「マリナ……あっ、んんっ……ち、乳首吸うなぁこんなところで!」

 後ろからはミロのテクニシャンな指使いで乳房をもてあそばれ、前からはマリナがダイレクトにハトホルミルクを飲もうと吸い付いてくる。

 ただでさえ、女神化したツバサのおっぱいは性感帯のかたまりだ。

 セイメイの前だと言うことも忘れかけ、ツバサは身悶えてしまった。

「あのぉー……お乳の時間にしろ、女の子同士で乳繰ちちくり合うにしろ、寝床に帰ってからやってくれませんかね? オッサンにゃ目の毒です」

 とうとうセイメイから駄目出しまで食らってしまった。

 しかし、駄目出しする人間の態度ではない。

「こっちをガン見したまま、スマホのカメラモードで連写しながら言う台詞じゃねえだ……ろぁん!? 待っ……マリナ、ホント、勘弁して……ひぃん!」

 ミロの愛撫くらいならまだ我慢できるが(最近、ようやく女性の快感への耐性がついてきた。それくらい快感を味あわされたのだが……)、マリナがガチでおっぱいを飲もうとしているので母性本能が逆らいがたかった。

 セイメイの前で、ハトホルミルクをあふれさせたくはない……ッ!

「いい……いい……いいかげんにしろ、悪ガキ共!」

 お母さん本気で怒るぞ! とツバサは寝ぼける2人を叱りつけた。

 ビクッ! と震えた後、2人はツバサの胸から離れた。

 ミロは手を引いていびきをかいて深い眠りに落ち、マリナも乳首からその蕾みたいな唇を離すと、スヤスヤと寝息を立てている。

 2人を抱え直してから、ツバサはもう一度辺りを見回した。

 ドンジューロウが率いた一団は、万年まんねん氷牙ひょうがで氷詰めにされている。

「こいつら、逃がしても良かったんじゃねえか?」

 本当に仏心でも出たのか、セイメイは氷漬けのプレイヤーを哀れんでいた。

 セイメイ・テンマ──彼もまた変わり始めている。

 まさか、現地種族たちをさらわれることに、あそこまで怒りをむき出しにするとは思いも寄らなかった。創世の龍であるジョカをめとったことで、何らかの心境の変化があったのやも知れない。

 家族や仲間を守る──用心棒という自覚。

 だが、その自覚の強さゆえなのか──。

 現実でも人斬りの覚悟を極めたセイメイには、敵対するプレイヤーを斬ることに動揺などない。良心の呵責に責められることも、もっと人間を斬りたいという加虐的な欲求に突き動かされることもない。

 人を斬り殺した──厳然げんぜんたる事実を受け止めるのみ。

 用心棒としては頼もしい限りだが、殺人に抵抗のある仲間たちにはどんな色眼鏡で見られるだろうか? 仲間や他陣営との軋轢あつれきを生むのではないか?

 そういった懸念けねんは付きまとう。

「用心棒ってのは、人斬り稼業だぜ」

 斬られたプレイヤーの死骸を見つめるツバサに、セイメイは言った。

 こちらを見据えたまま、目を逸らさずにはっきりとだ。

「“おまえらを守るために斬ってやったんだからな”なんて恩着せがましいことは言わねえし、こういう汚れ仕事はおれに向いてる。ただ……」

 できれば──チビッコたちには内緒にしてくれ。

 セイメイは、寂しげにそう呟いた。

 この時ばかりは明後日の方を向いて、懇願するように言ってきた。

 この男なりの感傷かんしょうなのだろう。

「別に言い触らしはしないさ。こいつらも寝てるしな」

 しっかり熟睡している。

 ミロなどたんこぶができるほどデコピンしたのに起きやしない。

ちりになったドンジューロウってのはともかく、おまえが斬った者は俺が過大能力オーバードゥーイングで自然に返しておく……それに関して言うことはない」

 言っている間にも、斬られたプレイヤーの死骸はツバサの操る土によって地中に沈んでいき、土中の細菌によって高速で分解されていた。

「それでだ──氷漬けにした奴らを逃がすわけにはいかない」

 奴らが口々に名前を挙げていたキョウコウ。

 そのキョウコウの許へ1人でも逃げ帰れば、ドンジューロウが倒されたことや、ハトホルの谷の位置が知られてしまう。それは頂けない。

「おまえ、剣の腕は一流だが……そういうとこは抜けてるよな」
「俺に大将たいしょうの才能はないよ。精々が斬り込み隊長さ」

 自分の役割をよくわかっている。

 セイメイは統率者に向いていない。完全に戦士、良くて兵を率いる武将だ。政治をやらせたら国が3日で傾くこと請け合いである。

「逃がすわけにもいかないし、口封じのために殺すのも性に合わん……ドンジューロウみたいな奴の手下になるような性根の持ち主たちだ。ちょっと氷の中で反省してもらおう……改心したら溶けるようにしておくさ」

 氷柱たちも地中に沈んでいく。

 改心すれば氷が溶けて、地上に這い出してくるはずだ。

「ま、早くて100年後かな」
「ちょっとした終身刑だな。人間なら死んでるぜ」

 LVこそ低いが、曲がりなりにも神族だからできる荒療治あらりょうじだった。

「しかし、なんだな。ドンジューロウも言ってたし、ツバサちゃんから聞いたばかりだが……その、キョウコウだっけ? かなり無茶苦茶するな」

 キョウコウについては拡散済みである。

 ハトホル一家ファミリーだけではなく、ミサキやアハウの陣営にも──。

 当然、飲んだくれの穀潰しニートでも耳にしているはずだ。

「ああ、配下にしたプレイヤーたちに現地種族たちを攫わせて、一体どうするっていうんだ? 奴隷にでもするつもりだっていうのか……?」

「取って食うような言い方だったけどな」

 それはないだろ、とツバサはセイメイの言葉を否定した。

「いくら人間と少し違って動物みたいだからって……亜人あじんとでも言えばいいのか? そういう種族の彼らを、まさか食べはしないと思うが……」

 ツバサはレオナルドとの会話を思い返す。

『キョウコウさんは話のわかる人だ──しかし、理想は相容あいいれない』

 理知的な人間ではあるが野心の塊だという。

『前にも言ったが、キョウコウさんの目標はこの世界の王になることだ。絶対的な権力を得て、独裁政治を布くつもりだろう。平和的な解決を求めて話し合いを持ち掛けても、彼がそこを譲ることはあるまい』

 この世界の王・・・・・・になる──この一点は譲らない。

『おまけに、彼は一本気で頑固だ。自分が『こうだ!』と決めたら、決して曲げはしない。だから、話し合いを持ち掛けて応じただけでも奇跡。もし譲歩を引き出すことができたなら……驚天動地の出来事だな』

 キョウコウの説得は不可能だという。

 考え方や理想においては、歩み寄りも期待できない。

『ミサキ君、ツバサ君、アハウさん……これらの陣営は神族となった我々プレイヤーの身の振り方、現地種族への庇護ひご、いずれ来る人類への救済措置。こういった面での理念を共有できている』

 だが、キョウコウとはわかり合えない。

 もしもキョウコウの陣営と出会すことになれば──。

『……全面戦争は避けられないだろうな』

「全面戦争は避けられないかもな……」

 レオナルドの言葉を、ツバサは自らの口で反芻はんすうした。

 いずれ起こるかも知れない戦争。

 その先手を取られないためにも、キョウコウの息が掛かったプレイヤーたちを返すわけにはいかず、こうして氷詰めにしたのだ。

「レオが一目いちもく置くほどの男だ。自分の側近が兵を率いて、現地種族狩りに旅立ったのは把握しているだろう。だが、この途方もない大きさの大陸だ、1日2日で帰ってくるとは思うまい……少しは時間があると見ていいだろう」

 氷柱に氷漬けにしたプレイヤーたち。

 ツバサはいくつかの技能スキルを用いて、彼らの脳内から情報を吸い上げた。

 彼らはいわゆる下っ端、大した情報は持っていなかった。
 
 キョウコウの姿形、彼の側近とも言うべきキョウコウ六歌仙の容姿、彼らが根城とする大陸中央に建てられた『極都ごくと』、その形状と大体の位置。

 そして、ハトホルの谷までの道のりと行程。

 あと──“還らずの都”という謎のキーワードが出てきた。

 これに関しては単語ばかりが出てきて、どれだけ情報を吸い上げても詳細が出てこないので、考えるのは後回しにすることにした。

 後でレオナルドに訊いてみよう──何か知っているかも。

 その上で、今迫る危機に考えを巡らせる。

「こいつらが技能スキルなどを使って、この谷に来るまで費やしたのは1週間……連中を根城へ帰さず、キョウコウが不審に思って捜索のために新たな兵を派遣するとしたら…………20日くらいの猶予はあるかもな」

「そんな早くに第2弾が来るもんかね?」

 セイメイに問われて、ツバサはもう少し深く再考する。

「……この谷の場所まではわからないだろうから、捜索する手間を考えると一ヶ月ぐらいか? まあ、甘めに見積もった試算だからな。ここは危機管理能力を働かせて厳しく見積もると、次の襲撃まで20日もないと考えた方がいい」

 お母さんは厳しいなー、とセイメイは他人事である。

「来たら来たで、またおれがブッタ斬ってやるよ」
「ああ、もしも俺たちが留守中に襲われたら頼むぞ──用心棒」

 ツバサの発した言葉に、セイメイは首を傾げる。

「ん、留守中・・・? ツバサちゃん、どっか出掛けんの?」
「ああ、谷の守りは用心棒おまえに任せる。俺は会いに行ってくるよ」

 そのキョウコウとやらに──。

   ~~~~~~~~~~~~

 3日後──ハトホルの谷から北北東へ数百㎞。

 どこまでも続く大草原。

 ところどころにエアーズロックのように巨大な岩山が転がっている。一見すると岩山だが、その1個1個が巨大な岩なのだ。

 この近辺は、別次元からの侵攻も鈍いらしい。

 草原は青々と下草が茂り、岩山の周囲には土壌が豊かな場所もあるのか、まばらに雑木林が広がっており、動物やモンスターの姿も確認できる。

 自然が豊かな草原──そんな風景が広がっていた。

 風情のある草原を、土煙を上げて激走する巨大な牛の群れ。

 コンボイバッファローの群れだ。

 この場合、トラックの集団コンボイを意味するのだろう。一頭が大型トレーラー並の巨体を誇る野牛たちが、何かに追われるように走っていた。

「んなんなんなんなんなんなんなぁぁぁぁーッ! 待て待て待てーッ!」
「オラオラオラオラオラオラオラぁぁぁぁーッ! 待ちやがれぁーッ!」

 実際、バッファローたちは追われていた。

 白いビキニアーマーを装備した腹筋系美少女──トモエ・バンガク

 機械と宝石を融合させた右腕を持つ狼風少年──カズトラ・グンシーン。

 2人は真っ直ぐに背を立てたまま、両腕と両足を高々と振り上げ、全力疾走でバッファローを追いかけている。その目には“肉”と書いてあった。

 あっという間に追いついた2人は、武器も使わず素手でバッファローを一頭ずつ叩きのめして仕留めてしまう。

 犠牲者が出たけれど、バッファローたちは振り返ることなく走り去る。

 トモエとカズトラ──神族の脅威を肌で感じたのだ。

 その仕留めた獲物の上で両手を振る、血の気の多そうな少女と少年。

 残りの群れには手を出さない。自分たちの食べる分だけ狩る。
 ツバサの教えたとおり、無駄な殺生をすることはなかった。

「んなーッ! ツバサ兄さん、牛肉ゲットー!」
「ツバサの兄貴ぃ! 今晩はこれですき焼き頼んまさぁ!」

 トモエたちに遅れて、ツバサたち一行もやってくる。

「そこはバーベキューだろ。野っ原で露営ですき焼きなんて、準備する側にもなってくれ……まあ、割り下も生卵も道具箱インベントリにあるけどさ」

 携帯コンロなどもダインが作ってくれたし……あれ、やろうと思えば野外ですき焼きもできるんじゃないか? とツバサは考えを改めた。

 我ながら準備が良すぎるのも考え物だ。

「ほほう、すき焼きか……あの野牛ならば食い出がありそうじゃのう」

 ツバサの後ろに立つドンカイが顎を撫でる。

 いつも我が家にいる時は浴衣姿だが、今日は旅に同行することもあって、戦闘用のコスチュームや羽織をまとっている。衣装は出会った時とデザインこそ変わってないが、材質はアダマント繊維にバージョンアップされていた。

「すき焼きは決定なんですね。じゃあ、私もお手伝いしますよ」

 手伝いを申し出てくれたのはハルカだった。

 ハルカ・ハルニルバル──ミサキの恋人で、イシュタル陣営の1人。

 若草色の長い髪を2つに分けて前へと流しており、桜色のロングカーディガンをコートのように張っている。貧乳……スレンダーな美少女だ。

 彼女もまた、今回の旅の同行者である。

「まったく……トモちゃんもカズもお子ちゃまだなー」

 最後の同行者は──ミロだ。

 ツバサとミロも、いつもの戦闘用コスチュームだ。

 ただし、ツバサの赤いジャケットも、ミロの蒼いドレスも、全てハルカによって仕立て直されている。着心地や防御力は格段に向上していた。

 ツバサと恋人らしく腕を組んだミロは、大人っぽく余裕ぶっている。

「んーなッ! トモエのウシの方が大きい! 見ろ、この肩幅!」
「いーやっ! オレっちの牛のが大きい! ほら見ろ、この角のサイズ!」

 仕留めたバッファローを『どっちが大きい?』で言い争っているトモエとカズトラを遠巻きに見つめて、2人を子供だと揶揄しているのだ。

 いつもなら、ミロもあの輪に加わっているのだが──。

「そういや、今日はおまえ、あいつらの“競走”に参加しなかったな?」
「当たり前だよツバサさん、アタシを誰だと思っているの?」

「──ウチのアホ娘」

 ツバサは即答したが、聞き流したミロは自慢げに胸を張る。

「アタシだってもう17歳だからね! いつまでも幼稚なゴッコ遊びなんかしてられないよ! トモちゃんやカズと子供っぽい遊びで盛り上がるのもお終い! 今回はツバサさんたちと一緒に冒険の旅をして、キョウコウとかいう悪の親玉をぶっ飛ばして、更なる大人の女へレベルアップを……ッ!」

 誰に聞かせるでもなく、ミロはこの旅の抱負を語っている。

 そこへ口喧嘩をやめたトモエとカズトラが血相を変えて戻ってきた。

 血相というが、喜びと興奮が冷めやらぬ様子だ。

「ミロミロミロ! あっちの小川、ホワイトザリガニいっぱい!」
「釣るまでもねえよ! 素手で掴み放題だぜ!」

 ホワイトザリガニ──文字通り、真っ白いザリガニだ。

 アルマゲドン特有の生物で、調理すると非常に甘味の強いエビとなる。

 この報告を受けたミロは表情を一変させた。

 さっきまで大人の女っぽい顔を作っていたのに、すぐさま子供っぽい少年みたいな笑顔を浮かべると、道具箱からバケツを取り出した。

「マジで!? すぐ行こうメッチャ取ろう!」

 子供3人はシャバダバダー! と草原を流れる小川へ飛び込んでいった。

 見送るツバサたちは苦笑いするしかない。

   ~~~~~~~~~~~~

 今回の旅は──3陣営から人員を出し合った混合パーティーだ。

 最多の11人が所属するハトホル陣営からは──4人。
 ツバサ・ハトホル。
 ミロ・カエサルトゥス。
 トモエ・バンガク。
 ドンカイ・ソウカイ。

 6人しかいないイシュタル陣営からは──1人。
 ハルカ・ハルニルバル。

 同じく6人に増えたククルカン陣営からも──1人。
 カズトラ・グンシーン。

 この6人で一路、大陸中央を目指す。

 まずはキョウコウ軍団が居を構える根城──極都ごくと



 そこへ向かい、様子を探ることから始めるつもりだ。


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