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第7章 還らずの都と灰色の乙女

第157話:セイメイ・テンマは働かない

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 セイメイ・テンマ──ハトホル一家ファミリーの用心棒。

 漢字で書くと凄鳴せいめい天魔てんま、正しくは天魔てんま凄鳴せいめいと読むらしい。

 セイメイの現実での本名は久世くぜ慎之介しんのすけという。

 ツバサやミロにマリナといった“現実世界での本名”を交えたハンドルネーム勢とは異なり、まるっきり別の名前を付けている。

 この仰々しい名前は、彼の厨二病がほとばしったものなのか?

 マリナやトモエが好奇心の赴くままに尋ねたところ、セイメイは嘘か本当か定かではない、彼の一族にまつわる昔話をした。

『天魔凄鳴ってのはな、久世一族……つまり、おれの御先祖様の忌み名よ。天魔ってのは天を脅かすほどの強大な魔、その天魔にさえ凄まじい悲鳴を上げさせるほどの腕を誇る剣豪って意味さ。そこにあやかったのよ』

 その血と心と技を受け継ぐのが久世慎之介。

 始祖から数えて何代目になるかわからないが、天魔凄鳴を継承する者だ。

 ちなみに先代の天魔凄鳴はセイメイの伯父だという。

 継承がやや変則的なのだ。

 最初は一族の長兄だった伯父が継いだのだが、伯父は遠い国の名家に婿入りしてしまい、そちらの系統に入ってしまったらしい。

 このため、伯父の妹であるセイメイの母が一時的に継承。

 そこから息子セイメイに受け継がれたそうだ。

 しかし、当代のセイメイ・テンマは穀潰しニートだった。

 現実リアルでは何をして糊口ここうを凌いでいたのか知らないが、少なくともツバサのように大学生ではなかった。定職に就いていた節もない。

 金回りには恵まれていたので、何らかの仕事はしていたようだ。

 あまり表沙汰おもてざたにできないものだったらしいが……。

 真なる世界ファンタジアに転移してからは穀潰しに拍車が掛かっていた。

 ツバサの口車に乗せられてハトホル一家の用心棒という立場に落ち着いたのはいいものの、ツバサたちを脅かすような強敵と戦う事態が早々起きるはずもない。普段は退屈を持て余して我が家の離れでゴロゴロしていた。

 今日も今日とて、離れの縁側で寝転がっている。

 我が家の離れはダインが趣味と暇潰しを兼ねて増築を繰り返した結果、現在5つもあるのだが、その内ひとつは純和風の建築となっていた。

 その縁側で正座をするジョカ。

 彼女の太股を膝枕にして、セイメイは気持ち良さげにうたた寝をしている。

「こういう時、人間の女の人は耳掻きをしてあげるんだっけ?」

 身長2m超えの美少女という規格外の逸材であるジョカは、その本性は起源龍オリジンという原初の龍だ。人間の文化や風習にはまだ疎い。

 それでも耳年増なところがあり、変なことをよく知っていた。

「つっても……俺も神族になってあかなんか出なくなったしな」

 神族の肉体はほとんど老化しない。

 排泄の必要もほぼなく、垢を始めとした老廃物などもあまり出ない。

 なので耳垢も溜まらず、耳掻きをする情緒もなかった。

 時折、ツバサが子供たちの体調管理の一貫として耳掻きをしているので、ジョカも真似してやってみたいようだが……。

「それにおまえ……前回、おれの鼓膜破りかけただろ?」

 ジョカは耳掻きの加減を間違えたのだ。

 慌ててマリナに回復系魔法をかけてもらったからいいもの、かなり痛かった。もうジョカの耳掻きは懲り懲りだ。

「あはは、あの時は手元が狂っちゃってさ……次はちゃんとやるよ」

「いいや、次はねえ。この膝枕だけで十分さ」

 そういってセイメイは、ジョカの太股を愛おしげに撫でた。

 最初は左手で太股を撫でるだけで満足していたのだが、次第にその行動はエスカレートしていき、右手を背後から忍ばせてジョカの尻を撫で始めた。

 ジョカは少しだけ身を震わせ、浅い息を吐く。

 人間の姿をした彼女は、その肉体の感覚も人間のものになっている。

 性感帯なども人間の女性に準じたものだった。

 ジョカが何も言わずに目を閉じて頬を桃色に染めると、太股を擦り合わせてモジモジする。それを見上げながらセイメイは頬を釣り上げた。

「もう、まだ日が高いのに……こういうことするのは夜でしょ?」

「神族になっても人間の本能は残ってるみてえでよ。人間ってのは1年365日、ずっと発情してんのさ。だから……」

「「ジョーカちゃん! あーそーぼッ!」」でゴザル」

 いい雰囲気になったところで、明るい子供たちの声に邪魔された。

 近付いてきているのは気配でわかっていたが、まさかこの離れが目当てでジョカを誘いに来たとは思わなかった。セイメイも意表を突かれる。

 視線を向ければ、庭先にチビッコが3人並んでいる。

 マリナとジャジャは見慣れたが、もう1人の白いマントを羽織った生意気そうなお嬢さんは確か、ミサキのところにいるカミュラとかいうチビッコだ。

 空間転移施設──あれで遊びに来たのだろう。

 以前はここにトモエも加わっていたのだが、彼女は大人びてきたのか、ドンカイやミロ、それにダイン夫婦といることが多い。

 代わりにカミュラが加わり、ジョカを誘いに来たようだ。

 誰よりも大人な体型をしているが、こう見えてジョカの精神年齢はまだ幼い。数十億年前に生まれても、その大半を寝て過ごしたから心が未成熟なのだ。

 遊び相手はマリナたちがちょうどいいくらいである。

「ジョカちゃん、一緒に遊ぶです」
「ジン兄が新しいオモチャを作ってくれたのじゃ、これで遊ぼう!」

 マリナやカミュラは“ホッピング”を持っていた。

 取っ手と足場の付いた棒、底に強力なバネが仕込んである。あれに乗ってピョンピョンと跳びはねる遊具だったはずだ。

 ジョカがやったら乳や尻がえらいことになりそうだが。

「へぇ、ジン坊も懐かしいもん作るじゃねえの」

 行ってきな、とセイメイはジョカの膝枕から頭を上げた。

「え、セイメイ……いいの? だって膝枕は……」

「誘われたのに断ることはねぇだろ。穀潰しニートの相手より友達と遊んできた方がおめぇにとっても有意義だ。ほら、遠慮せず行ってきな」

「そうです、穀潰しなんか自分の腕枕で寝かせとけばいいです」
「そうじゃそうじゃ、働かない奴に優しくすることなんかないのじゃ」

 マリナとカミュラはセイメイを穀潰しだとからかう。

「あの、姉上たち……そういう言い方はあんまりしない方が……」

 しかし、ジャジャは2人をなだめた。

 見た目は最年少の7歳幼女でも、中身は高校生に上がる寸前だった少年である。マリナやカミュラより精神年齢がちゃんと高いのだ。

 そして、ジョカも表情を引き締めて告げる。

「マリナちゃん、カミュラちゃん──そんなこと言っちゃダメ」

 ジョカにピシャリと言われ、幼女2人も敏感に察する。

 自分たちは悪いことをしているのだ──と。

「確かにセイメイは働いてないように見えることが多いし今までそうだったけど、そのことばっかりネチネチ責めるのは良くないよ」

 他人の欠点ばかりあげつらう・・・・・のはいけないこと。それは相手ではなく、自分を貶めることだとジョカはマリナたちに言い聞かせた。

 さすがは精神年齢が低くても、創世の頃より生きてきた起源龍オリジン

 発言する内容にも自然と重みが加わっていた。

「それに最近のセイメイはちゃんと働いているんだから──」

 ジョカがそう言いかけた時だった。



「「「「「「セイメイ先生、今日も御指南ごしなんよろしくお願いします!」」」」」」



 マリナたちの後ろから元気な声が響いてきた。

 振り返ると──現地種族たちが並んでいる。

 ネコ族が10人ほど、ヒレ族は5人、ハルピュイア族からは3人、みんな手に手に木刀を携えており、セイメイに向けてちゃんと礼をしていた。

「おう、来たか。いつもの広場で待ってな。すぐ行く」

 現地種族たちが「はい!」と元気よく返事をすると、広場の方へ小走りで向かっていった。そちらが練習場になっているのだ。

 セイメイも立ち上がると、部屋の奥から自分用の木刀を持ってきて、縁側から降りると草履を履いて外に出てくる。

「……もしかして、剣術指南役でゴザルか?」

 ジャジャが訊くとセイメイはおかしそうにカラカラと笑った。

「剣術指南とは恐れ入ったね。そんな大層なもんじゃねえさ。剣術を学びたいって奴らに、ちょいとイロハを手解きしてるだけよ」

 ただの先生さ──そういってセイメイは木刀で肩を叩いた。

 現地種族の中には、狩りに出る者も多い。

 普通の動物を狩るだけでも危険だが、こちらを見つければ襲ってくる攻撃的なモンスターも少なくない。そうなると必要になるのは自衛の手段だ。

 ツバサやドンカイのように徒手空拳で戦える。

 そこまでの猛者もさは、まだ現地種族にいない。

 そうなると槍や剣などの武器に頼らざるを得ず、その手の武器術に精通しているのはセイメイのみ。自然と先生の役目が回ってきた。

「今日は剣術だけどな、時にゃあ弓矢とかも教えてんだぜ」

 照れ臭そうに鼻先を掻いてセイメイは明かす。

 セイメイは素浪人だが、曲がりなりにも武士系統の技能スキルを修めている。

 実は剣術以外の武器を操る技能、弓矢などもお手の物なのだ。

 本来、武士のたしなみは剣道よりも弓道が重視されてきた。

 剣道が主流となったのは、かなり後世(江戸時代頃)である。それまでは「弓矢を扱えてこそ一人前の武士!」という風潮が強かった。

 このため、セイメイも弓兵アーチャーとして卓越した技量を有していた。

 ただし、この旗本退屈男は「ぶった斬った方が早い」と滅多に使わない。

「誰かをブン殴ってナンボの商売だからな」

 物騒こんなことしか教えてやれんのよ、とセイメイは恥ずかしげに苦笑した。

 マリナとカミュラは俯き、バツが悪そうにしている。

 穀潰しだと思いきや一転、現地種族から“先生”と呼ばれて尊敬の念を集めており、ちゃんとした剣道の先生になっていたのだ。

「あの、セイメイさん……ごめんなさいです」
「……ごめんなさいなのじゃ」

 ちゃんと謝る幼女2人の頭を、セイメイはポンポンと撫でた。

「いいっていいって……気にすんなよ。穀潰しニートなのは本当なんだからさ。おまけに昼間から大酒かっくらってる呑兵衛のんべえだしな」

 剣を教えるぐらいしか能がない、とセイメイは自嘲気味に笑った。

「おチビちゃんたちに侮られるぐらい・・・・・・・がちょうどいいのよ」

 ──おれ・・みたいな人間はな。

 そう言い残してセイメイは背中を向けると、現地種族の生徒たちが待っているであろう広場へ向けて歩き出す。

 だが、ふとセイメイが足を止めた。

 その瞬間──ジャジャが痙攣けいれんするみたいに震え上がった。

「ジャジャちゃん、どうかしたんですか?」

 凄まじい悪寒に襲われたジャジャは心配するマリナに即答できず、歯の根が合わぬほどガタガタ震えながら自分の両肩を抱いていた。

「な、なんだか今……恐ろしい殺気を感じたような……」

 気のせいでゴザルか? とジャジャは自問する。

 しかし、気のせいでここまで震え上がることはあるまい。

 マリナたちは静かに固唾を呑んでいた。

   ~~~~~~~~~~~~

 その夜──草木も眠る丑三つ時。

 ハトホルの谷に忍び寄る一団があり、彼らは谷をふもとから一望できる場所に集まると、静かに様子を伺っていた。

 その数は20人ほど、全員プレイヤーで構成されている。

「ドンジューロウさん、あそこの谷です」

 黒ずくめの忍装束を着た男が、一団のリーダーに声を掛ける。

 すると、一団の中から一際目立つ大男が前に出た。

「おうおうおうおうおうッ! あっ! ここがぁニャルさん・・・・・の言ってたぁ“占い”の場所かいっ? あっ! 絶景かな絶景かなぁ~ッ!」

 現れたのは──歌舞伎役者にしか見えない伊達男だった。

 身の丈は3m超え。恐らくオーガなどから神族へ成り上がったのだろう。

 その巨体にド派手な衣装と豪華絢爛な和風の具足ぐそくを身に付け、背には交互に4本の長刀を背負い、両腰には左右に3本ずつの刀を帯び、合計10本もの刀で武装している。いや、他にもあちこちに刀や脇差しを帯びていた。

 顔は白塗りに隈取りをして歌舞伎役者そもののだし、車鬢くるまびんという左右に張り出した歌舞伎独特の髪型までしている。何から何まで大振りで派手だ。

 明らかに歌舞伎を意識したキャラ作りをしている。

 ゲームマスター№61──ドンジューロウ・ロックルック。

 キョウコウ六歌仙の1人だ。

物見ものみによりゃあ、猫と海豹あざらしと鳥の種族がぁいると聞く……そいつらぁを一網打尽にして、キョウコウ様に献上すりゃあ……あっ! おいらのぉ評価ぁ鰻登うなぎのぼりってぇわけだこりゃあ! 目出度めでてぇなぁったら目出度めでてぇなぁ~ッ!」

 見た目も派手なら声も大きい。

 今も歌舞伎の見得みたいなポージングを取りながら、大声で朗々とセリフめいた口調で喋っている。足踏みする度に地面が揺らぐほどだ。

 ぶっちゃけ──1人で騒々しい。

「シーッ! 声が大きいです、ドンジューロウさん!」
「もっとボリューム落として! こんだけ距離があっても勘付かれますって!」

 同行してきたプレイヤーたちが声のトーンを落とすよういさめる。

 忍装束のプレイヤーを筆頭に、みんな肩を落としてため息をついた。

「やべぇ……おれたち、着いていく人を間違えたかな?」

「でもこの人、こう見えてキョウコウ六歌仙の1人だし、強いのは確かだからなぁ……キョウコウ様に認められるにゃ幹部に取り入るしかねえだろ」

「現地種族を捕まえて、キョウコウ様に差し上げれば、昇級も恩賞も思いのままって言われたしなぁ……ここまで来たら、後にはひけねえよ」

「あっ! そういうっこった! なぁ~~~ッ!」

 諫められたのも忘れ、ドンジューロウは大見得を切った。

 ズン! ズン! ズン! と見得を切って四股でも踏むように地面を踏み鳴らして前へ進みつつ、両腰の刀を一振りずつ抜き払った。

「あの谷に暮らすその3種族はぁ、おいらたちみてぇなプレイヤーに飼われてると聞くが……構うこたぁねえ! おめぇら、1匹残らずかっさらいな~ッ!」

 リーダー格であるドンジューロウが抜刀したのを合図に、プレイヤーたちも次々に得物を手にする。各々が戦闘態勢を整えていく。

 これから始まる略奪行為に備えて──。

「奴らを飼ってるプレイヤーが邪魔してこようと! あっ! 知ったこっちゃねぇ~やぁ~なぁ~ッ! そいつらはおいらが! あっ! 引ぃ~きぃ~受けてやるぁなぁっ! さあっ! 野郎共……狩りの時間だぁ!」



「そいつぁ困る──みんな昼間の仕事で疲れてんだ」



 ドンジューロウが号令を発した直後、朗々とした声が響いた。

「悪いが寝かせといてやってくれねぇか?」

 どこからともなく聞こえた声にドンジューロウ率いる一団は浮き足立つ。

 周囲を見回して、声の発信源を探そうとする。

 気配探知の技能スキルを持つ者たちは技能を駆使して探そうとするが、声はすれども姿は見えず、闇に響き渡る声に翻弄されていた。

「これ以上、谷に近付いたりしたら、コワーイお母ちゃん・・・・・に気付かれかねないんでな……そっから先には進まないことをオススメするぜ」

 言外に「谷に近寄れば命の保証はない」と言っている。

「やいやいやいのやいっ! どこのどいつだい、姿ぁ見せやがれぇい!」

 ドンジューロウは声の主を捜して、その車鬢という鬱陶しい飾りの付いた頭を右へ左へと振り回して大声で叫ぶ。

 すると──彼の前にある闇がわだかまった。

「──こっちだぜ、チンドン屋」

 わだかまる闇が次第に厚みを増し、そこに最初から1人の男が佇んでいたように形作る。ドンジューロウたちには、突然現れたように見えただろう。

 真っ黒なマントにも似た長羽織をまとい、着物も袴も全て黒。

 190㎝を超える身の丈に相応しい大小の剛刀を腰に差す姿は、黒衣の剣客ともいうべきものだ。無精ヒゲの生えた顔で男臭く笑う。

 セイメイは瓢箪ひょうたんから浴びるように酒を浴びて、吐息とともに吐き捨てる。



「夜遊びの相手なら──おれがしてやるよ」


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