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第7章 還らずの都と灰色の乙女

第155話:風来坊がもたらす悪い風の噂

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「ようっ! 賑やかじゃねえの──オレたちも混ぜてくんな!」

 アハウたちの暮らすマヤ風建築のピラミッド。

 その中に造られた応接間にズカズカと我が家のように乗り込んできたのは、一見するとカウボーイ、それと馬に乗った女性のように思えた。

 しかし、よくよく見ると違う──カウボーイとケンタウロス・・・・・・の女性だ。

 カウボーイは長身で痩せ型、年の頃なら20代半ば。

 日本人らしからぬ彫りの深い顔立ち、鼻も伸びるように高い。長い茶髪はボサボサと伸び放題、無精ヒゲもちらほら目立つ。歯を剥いて気障きざに笑うのが板に付いているが、目元が優しいためか不思議と嫌味はない。

 西部劇のガンマンよろしくテンガロンハットを目深に被り、赤茶けた防塵ぼうじんマントを羽織っている。その下はやっぱり開拓時代を偲ばせるカウボーイ風の衣装だ。

 腰の左右には大口径の銃が二丁、見え隠れしている。

 そんなガンマンに付き添うのは馬に乗った女性。

 ではなくて――ケンタウロスの女性が後ろに控えている。

 馬の胴体は栗毛くりげでしっかりした体格。

 サラブレッドなどの競走馬ではなく、どちらかといえば長距離を走破できる耐久性を備えた軍馬に近い。スピードとパワーを兼ね備えたフォルムだ。

 馬の首部分から伸びている女性は、気の強そうな美人である。

 褐色の肌に長い黒髪。その髪をしっかりと結い上げ、切れ長な瞳がツバサたちを見据えている。しかし、敵意は感じられない。

 初対面だから注意深く観察している──といった感じだ。

 レンジャー風の皮を主体とした装備を身に付け、弓矢やボウガンなどの飛び道具系の武具を携えている。いかにもケンタウロスらしい出で立ちだ。

 馬の巨体と釣り合わせるためなのか、胸が目立つほど大きい。

 ツバサの爆乳に負けず劣らずといったサイズだ。

 このケンタウロスの女性に見覚えはない。

 しかし、ガンマンの方にツバサは見覚えがあった。

「もしかして……バリー・ポイントか?」

 イエス・アイアム! と名前を呼ばれたガンマンはハキハキと答えた。下手くそなダンスみたいな身振り手振りを付け加えたオーバーリアクションでだ。

「懐かしいなウィング! またおっぱいデカくなったんじゃねえ?」

 うるさいよ、とツバサは悪態をつきながら笑い返す。

 こういう軽い下ネタが好きなのだ──この男は。

 ツバサとバリーが久し振りの対面に喜び、固い握手を交わしているとミロがクイクイッ、とツバサのジャケットを引っ張って気を引いた。

「ツバサさん、この荒野のガンマンと知り合いなん?」

「そういえば……こいつとアルマゲドンで再会した時、おまえとマリナはたまたま近くにいなかったな。会ったのも2、3回ぐらいだし」

「話は聞いてるぜ、ミロ嬢ちゃん。そんなわけでウィング改めツバサちゃん、オレの紹介よろしく。自分ですんの面倒くせえし照れくせえからよ」

 バリーは人差し指でテンガロンハットを突き上げ、自分の顔をよく見せた。

 拳銃使いガンスリンガー──バリー・ポイント。

 格闘ゲームの最高峰、アシュラ・ストリート。

 ツバサやミサキたちはその頂点に君臨した“アシュラ八部衆”だが、そこに加われなかったものの、好成績を収めたプレイヤーはたくさんいる。

 それが──アシュラ・ベスト16。

 以前、幽冥街ゆうめいがいで激闘を繰り広げたジャガナート、ハスラー・キュー、百足むかで卍郎まんじろうなどと並ぶ強さを誇った1人が、このバリー・ポイントである。

「アシュラで拳銃使い? アリなのそれ?」

 格闘ゲームで火器の使い手はおかしい、とミロは言いたいらしい。

 ヒュゥッ、と口笛を吹いてバリーは肩をすくめた。

「おいおい、ミロ嬢ちゃん。その考え方はナンセンスだぜ? ボクサーの拳だって人を殺せる凶器、剣術家の振るう太刀だって凶器、ツバサの姉御が使う合気の技だってやりようによっちゃ人なんてあっさり殺せるんだぜ?」

「誰が姉御・・だコラ」

 長台詞の合間で女性扱いされたのをツバサは聞き逃さない。

 しかも姉御って……バリーの方が年上だ。

「だから、拳銃使いがいてもおかしくはないと?」

 首を傾げるミロにバリーは大仰に頷く。

「そーいうこった。実際、アシュラにゃ結構いたんだぜ──銃を使う連中」

 まだ納得いかないミロにツバサは掻い摘んで教える。

「アシュラでは刀や槍や棍棒といった武器の使用が認められていたのは勿論、一部の火器も使えたんだ。まあ、拳銃ぐらいのものだったけどな」

 直撃すれば人間など跡形も残らないような強力な火器は、当然だが使用が認められない以前にゲーム内に存在しなかった。

 ただ、少量の火薬を使った武器は認められていた。

 それこそ片手でも扱えるハンドガン、つまり拳銃がいいところだ。

「ま、拳銃を使ってランキング上位に食い込めたのは、オレとガンゴッド・・・・・のジェイク・ルーグ・ルーの兄貴ぐらいのもんだったけどね」

「ガンゴッドか……あいつもアルマゲドンをやっていたのか?」

「まあね、ジェイクの兄貴ならアルマゲドン時代に会ってるから、きっとこっちに来てるはずだ……オレぁまだ再会できてねえけどな」

 バリーはちょっと寂しげに、ハットを目深に被り直していた。

 銃神ガンゴッド──ジェイク・ルーグ・ルー。

 アシュラ八部衆であるジェイクは、数少ない拳銃使いということでバリーとは意気投合していた。格上のガンゴッドが兄貴分である。

 ……ああ、ツバサも格上だから姉御・・と呼ばれたのか?

「まあ、バリーおまえ真なる世界ファンタジアに来ているとは思っていたが……ところで、そちらの方は? おまえの仲間のようだけれど……」

 ツバサは後ろにいるケンタウロスの女性について尋ねる。

 目があった彼女はこちらに目礼しつつ、自己紹介をしてくれた。

「お初にお目に掛かります、わたしはケイラ・セントールァ。故あってバリーと共に旅をしておりました。まあ、腐れ縁のコンビみたいなものです」

「早い話、オレの連れ合い・・・・さ」

 バリーは何気なく言うが、ツバサはつい言葉尻を捉えてしまう。

 その言い方・・・・・は間違った使い方をされやすいから尚更だ。

「おい、連れ合いっていうのは旦那が奥さんに、奥さんが旦那に……夫婦が自分の相手を指すときに使う言葉だぞ。彼女は、その……違うんじゃないか?」

「あ、そうなの? じゃあオレのコレ・・だと言い直しておく?」

 ツバサの指摘にバリーは小指を立てた。

 これにケイラは反論するかと思えば、頬を桃色に染めて恥ずかしそうに俯いてしまった。両手をモジモジさせている。とっても乙女チックな反応だった。

 これはつまり──そういうことか?

「えっ……本当に連れ合いなのか!?」

 失礼ながらも驚くツバサに、バリーは気にせず大笑いする。

「そこまで驚くことはねぇだろ。オレだって女房やカミさんの1人や2人くらい、ちゃんと養えるってことさ。ま、見ての通りのウェイト差だから、尻に敷かれたらペシャンコにされちまうけどな」

「もうっ、そういうこと人前で言わないの!」

 ケイラは顔を真っ赤にして、帽子を被ったバリーの頭を引っ叩いた。

 ああ、この2人──本当にそういう関係らしい。

 関係については生真面目なケイラが解説してくれた。

「あの、その……バリーとは、内縁の妻というかその、あの……こんな世界ですし、式とか届とか意味ないですけど、夫婦みたいな家族みたいな……ッ!」

「えっと、大丈夫です。大体わかりましたから」

 恥ずかしさのあまり早口で捲し立てるケイラをなだめる。

 ケイラは少し落ち着きを取り戻すものの、本当に俯いてしまった。

 代わりとばかりに、バリーがペラペラと喋り出す。

「……ま、男女の仲になったのは本当だし、オレも男として責任は取るつもりさ。そんなわけでオレの恋女房、ケイラだ。よろしくな」

 バリーとケイラの自己紹介が済んだところで、ツバサは振り返る。

 振り返った先には、専用の大型ソファに座るアハウが微笑んでいた。

「サプライズな再会でも狙いましたか?」

 ツバサが皮肉っぽく尋ねると、アハウは弁解するように答えた。

 イタズラが成功した少年のような顔でだ。

「そこまで大層な狙いはなかったのだが……バリーとはアルマゲドンでも知り合いだったし、人柄もよく知っていた。君の知人とも聞いていたからね……新たにウチへ迎え入れた仲間だよ。今日、紹介するつもりではいたんだ」

「待ちきれなくてな、こっちから顔を出したって寸法よ」

 ツバサたちがミサキたちとどんちゃん騒ぎをしている間に、アハウもバリーたちを仲間に迎え入れていたそうだ。

 ナアクの件もあり──アハウは仲間選びに慎重なはずだ。

 バリーとは気心も知れているようだし、ツバサも『軽薄だけど悪い奴じゃない』と知っているので、まずは一安心だろう。

 何より、それぞれの陣営に戦力が増えるのは好ましい。

「しかし、放浪者ヴァガボンドを気取っていたおまえが、アハウさんのパーティーに加わるとは思わなかったな。いつも言ってただろ、『オレは根無し草だ』って」

 ツバサが冷やかし気味に言うと、バリーは気まずそうだった。

「そいつを言われると立つ瀬がねえんだが……オレたちにも色々あってな。いつでも帰る場所と、身を落ち着けるひさしが欲しかったんだよ」

 それだけではない──奇妙な緊張感さえ漂わせている。

 隠しきれない緊迫した表情を、バリーはテンガロンハットで隠した。

「──何かあったのか?」

 ツバサも態度を改め、気を引き締めた声で問い質す。

 すると、話しづらそうなバリーたちに代わり、まずはアハウが事の次第に初めについて、触れるように話してくれた。

「彼らとは数日前、森のはずれでばったり出会してな。聞けばこの大陸の中央方面から逃げてきたという……私が聞いた限りの事情では、どうにも不穏なものが感じられるのでな。ツバサ君、君にも聞いてもらいたい」

 アハウはバリーとケイラに目配せをする。

 バリーはハットを脱いで胸に当てて一礼すると、アハウの横、ソファの脇に座り、その横の床にケイラが馬の足を折り畳んで正座のように座る。

 そうして──彼らは自分たちの体験を語り出した。

   ~~~~~~~~~~~~

 バリーは表情を曇らせると普段の飄々ひょうひょうとしたノリをかなぐり捨て、落ち着いた声でゆっくり語ってくれた。

「……オレたちはここよりずっと北東、多分、このデケェ大陸の中央辺りに飛ばされたんだ。そこにはプレイヤーが結構いたんだが……みんな、次から次へと消えていっちまうのよ。昨日会った奴が、次の日にはいなくなるんだ」

「まるで神隠しみたいでした……」

 バリーに続いて、ケイラも不安を隠さずに話してくれた。

「プレイヤーがいなくなる?」

 ツバサもいぶかしむと、ミロが当然のことを尋ねる。

「モンスターにやられたとか、タチの悪い他のプレイヤーが身ぐるみ剥いで、その人たちを殺しちゃったとか……そういうんじゃなくて?」

 ミロの問いにバリーは首を左へ右へと振った。

「違う、そういうんじゃねえ。オレもケイラもレンジャー系の技能は持ってるから、もし殺されたんであれば痕跡を見逃すわけがねぇ」

「ですが……わたしたちの技能スキルでは、何も発見できませんでした」

 ケイラも力不足を嘆くように呟いた。

 ある日、忽然とプレイヤーたちが消える。

 この異常事態にバリーとケイラが困惑していると、日を待たずして妙な連中が幅を利かすようになったという。

「その妙な連中っていうのは──何だ?」

「いや、詳しく調べる前におっかなくなって逃げちまったからな、よくわかんねえんだけど……何でも、偉いGMゲームマスターさんとかの主導で、この世界を制するための力を手に入れるとかどうとか……」

 うろ覚えなバリーの記憶を、細君であるケイラが引き継いだ。

「そのGMは、この世界に眠る“最高の軍事力”の在処ありかを知っているとかで、それを得るためには多くのプレイヤーの協力が必要とか……そして、そのGMが力を手に入れた暁には、この世界に無敵の帝国を造るとのことでした」

 協力したプレイヤーには特権階級を約束する。

 いずれはそのGMの下、未来永劫の繁栄と幸福が手に入ると……。

「なにそれ、胡散臭さ2000%じゃん」

 ミロが呆れ顔で言うと、バリーも同意を得られたように叫んだ。

「だろぉ!? だよなぁ!? 怪しさがK点超えだろぉ!? おまけに、そういった勧誘するプレイヤーが増えた途端、神隠しが収まったんだよ! バカでも因果関係があるように感じちまうよなぁ!?」

「奇妙な勧誘が現れた途端、神隠しが止まった……?」

 ツバサが独りごちると、ケイラが頷いてから仔細を教えてくれた。

「大陸の中央ではわたしたちを含め、大勢のプレイヤーがいたんです。彼らはそこかしこに仮拠点を設け、この世界に適応しようと頑張っていました」
 
 どうやら、かなりのプレイヤーがそこに偏って転移させられていたらしい。場所によっては、ちょっとした町になっていたそうだ。

 その仮拠点を残したまま──プレイヤーが消える。

 何者の仕業かわからぬまま戦々恐々としていたところへ、偉いGMの遣いだと名乗るプレイヤーたちが現れ、勧誘を始めたという。

 ツバサが顎に手を当てて考え込む。

「同時に、神隠しもピタリと止んだか……」

「勧誘に来たGMの遣いとやらは、『のGMがこの地を訪れたから、神隠しは収まったのだ』とか宣伝してたけどよぉ……信じられるか?」

「いいや、怪しさが先立って無理だ」

 ツバサが即答すると「だろぉ!?」とバリーは繰り返す。

 同意したツバサにも感謝しているようだ。

「ま、そんなわけでだ……怪しいやらおっかないやらで、オレたちみたいな賢明なプレイヤーは、さっさとトンズラこいたわけよ。だけど、異世界に飛ばされたり神隠しに脅えてたプレイヤーたちは、コロリと参っちまったわけだ」

 多くのプレイヤーは、その偉いGMとやらに賛同したらしい。

 そのまま傘下に加わってしまったそうだ。

「それを尻目に、オレたちは逃げてきた──こいつ・・・を駆ってな」

 バリーはケイラの馬のお尻をペチン、と叩いた。

 ケイラは顔を赤くしてビクリと人間の上半身を振るわせた後、馬の尻尾を怒りで大きく振るわせると、バリーの頭に拳骨を落としていた。

「……と、とにかく、わたしとバリーはひたすら南に逃げてきました」

「イテテ……んで、運良くこの森のパトロールをしていた、アハウの旦那と出会してな。事情を話して仲間に入れてもらったわけよ」

「なるほど、話はわかったよ」

 アルマゲドンの内情に詳しいGMが暴挙に出る。

 その可能性は以前から示唆されていた。

 幽冥街ゆうめいがいに巣食っていたゼガイ・インコグニートというGMは、ジェネシスの実験によりこちらの世界に飛ばされた“姉”を助けようとしていた。

 一方、姉をこんな目に遭わせたジェネシスに復讐するべく様々な調査を行い、企業としての不正も暴こうとしていたらしい。

 だが、ゼガイの姉は如何いかなる運命の悪戯か、別次元の侵略者である蕃神ばんしんと融合してしまい、それを知ったゼガイは一転、蕃神と化した姉の願いを叶えるため、この真なる世界を手に入れようと画策したのだ。

 ゼガイのようなケースは“特殊”と言い切れるだろう。

 レオナルドの行動原理はまともな部類だが、ミサキの資質を試すという理由で彼の前では悪役を演じたという。そのレオナルドからして『他のGMが何を企んでいるのか知れたものじゃない』と証言していた。

『当然、真なる世界ファンタジアでの覇権を目指す者もいたよ。上位のGMの中には“異世界を制覇して王になる”と公言するバカもいるくらいだ』

 そういう手合いのGMが、事を起こしたのではないか?

 それがプレイヤーの連続神隠し事件とどう繋がるのかまだ定かではないが、この世界に眠るという“最高の軍事力”を手に入れるとか、誇大妄想も甚だしい上に、そんな情報をどこで手に入れたというのか?

 考えられるのは──灰色の御子だ。

 アハウたちを苦しめた狂科学者ナアク・ミラビリスもまた、灰色の御子から何かしらの情報を得ていた節がある。GMが聞いていてもおかしくはない。

「どうだろう、ツバサ君……何か、思い当たる節はないかな?」

 バリーとケイラに説明を任せていたアハウだが、彼らが話し終えたところを見計らい、ツバサに意見を求めてきた。

 しかし、これだけの情報ではツバサも判断しづらい。

 ツバサは軽く唸りながら乳房の下で腕を組み、ソファに背を預けた。

「クロコ、マヤムさん、レオナルド、アキさん……GMの知り合いは増えましたけど、そんな大それたことを吐くGMについては何も聞いてないですね。マヤムさんは何か知りませ……って、なんて格好してるんですか?」

 静かだなー、思っていたら、クラシカルなメイド服に着替えたマヤムがお茶を運んで来ているところだった。クロコより清楚に感じられる。

「ちょっとクロコ先輩の真似を……う~ん、僕もGMの知り合いはそれほど多くはなくて……レオ先輩のが御存知かと思いますよ。その偉いGMの名前も聞いたんですけど、僕は心当たりないですし……」

「名前はわかるのか……で、その誇大妄想なGMゲームマスターの名前は?」

 ツバサの問い掛けに、バリーは感想を交えて答えた。

「なんつーか、日本風っていうか中華風っていうか……そっち方面にあやかって付けたようなハンドルネームだったぜ。確か……キョ、キョウコぉ……」

   ~~~~~~~~~~~~

「キョウコウ様──キョウコウ・エンテイ様」

 独特の癖がある抑揚で喋る青年の声に、キョウコウは顔を持ち上げた。

「ダオンか……何用だ……見ての通り、食事中だぞ……」

 キョウコウは億劫そうに異形と化した右腕を蠢かせた。

 それは──肉の大樹たいじゅ

 いくつもの枝分かれした肉の触手が大広間に枝を張り巡らせ、逃げ惑う現地種族を捕まえては波打つ肉へと引きずり込んでいく。

 その様は底なし沼に落ち込むが如く──二度と浮かび上がってこない。

 キョウコウの凄惨な食事風景を目の当たりにしても、涼しい顔で微笑むダオンと呼ばれる肥満体の青年。

 でっぷりとした丸顔に不似合いなワンレンの長髪を少し整えると、燕尾服の執事らしい格好のままに、胸に手を当てて一礼する。

「傘下に加わったプレイヤーの集計が終わりました。総勢665名。獣の数字には惜しくも1足りないですが、兵力としてはまずまずでしょう」

 キョウコウの肥大化した肉の腕が何十人といた現地種族を飲み込むと、何事もなかったのように縮んでいく。取り込んだ数十人分の肉体はどこへ消えたのか?
 
 質量保存の法則すらも無視していた。

 肉の大樹はやがて、野太い大男の腕となる。

 その腕を覆うようにどこからともなく甲冑のパーツのようなものが現れると、一分の隙間もなく腕が鎧われていく。

 ゲームマスター№06──キョウコウ・エンテイ。

 その姿は全身を甲殻類のように一分の隙もなく甲冑で覆い隠した、鎧武者の大男だった。兜から生える豪奢な飾り毛が獅子のたてがみのようだ。

 自由に形を変える肉体を鎧の内へ収めたキョウコウは玉座から立ち上がり、大広間の中央を突っ切るように歩いて外へと向かう。

 目の前を通り過ぎるキョウコウに頭を下げたダオンは、その5歩ほど後ろについて歩き出す。執事という役目に徹しているらしい。

「……数は良い。して、そやつらのLVレベルは?」

 先を行くキョウコウの言葉に、ダオンは困った口調で報告する。

「精々が200前後……高い者でも300半ばといったところでしょうな。LVの高い者は、先の神隠し騒動や我らの言動に何かを感じ取ったらしく、夜逃げ同然にこの地を去りました」

 ダオンの報告には若干ながら苦言も含まれていた。

 それをキョウコウは咎めようとせず、甘んじて受け入れる。

「ふむ……つまみ食い・・・・・が過ぎたようだな」

「プレイヤーはこれより兵力として活用いたしますので、辛抱されていただきたいものですな……代わりに、現地で調達・・・・・できる獲物・・・・・をご用意いたします」

 我ら・・が──そうダオンが告げた瞬間だった。

 キョウコウの背後に、いくつかの影が音もなく付き従う。

 彼らはダオンを筆頭に主君であるキョウコウに臣従するが如く続き、キョウコウは主人あるじとして彼らを率いて進む。

 やがて、大広間からバルコニーらしき外へ出るキョウコウ一行。

 そこは王城のような建物の中腹に当たり、眼下に広がる広場には665名のプレイヤーたちが勢揃いして、バルコニーに現れたキョウコウに鬨の声を上げる。

 キョウコウは鷹揚に片手を上げ、彼らの声に応えた。

 王者の威厳で振る舞うキョウコウは、広場のプレイヤーたちには聞こえない程度の声で、背後に控えるダオンたちにとくと言い聞かせる。

「まずはこやつら・・・・を使い潰してでも“還らずの都”を探し出させろ。大陸の中央、この付近に必ずある……草の根分けても見付けさせるのだ」



 ダオンたちは「仰せのままに……」と跪き、その命を受諾した。


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