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第6章 東の果てのイシュタル

第148話:ツバサ・ハトホル(L)VSミサキ・イシュタル(H) ☆

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 神族同士が本気で激突すれば──天が破れて地が割れる。

 腕試しとはいえ、現地種族が暮らすハトホルの谷近くで地母神ツバサ戦女神ミサキが全力でぶつかり合えば、天変地異で済むはずがない。

 間違いなく被害は甚大となろう。

 そこで人里から離れた場所でやることに決まった。

 まか間違まちがって天変地異レベルの災害を引き起こしたとしても、ツバサの森羅万象を操る過大能力オーバードゥーイングでなんとか元通りにできるはずだ。そのためにものままの自然が生きている広大なフィールドがいい。

 候補はいくつか浮かんだが、最終的にひとつへ絞られた。

 以前、夏に海で遊んだことがある。

 その浜辺から沖合に10㎞くらい飛んだ海上に、ジンとダインが特設闘技場を造ってくれた。特別なセメントにミスリルやオリハルコンやアダマントの端材はざいを混ぜ込んだものなので、滅多なことでは壊れないらしい。

 広さは野球場ほど、神族といえど人間大の身体なら十分な広さだ。

 闘技場には既にツバサとミサキが立っている。



 ミサキは屈伸くっしんをしたり手足を伸ばしたり、時たま関節を鳴らしている。

 彼なりに準備運動をしているのだろう。

 ツバサは腕をむちのようにしなやかに振るうイメージで、ひゅんひゅんと風を切りながら振り回す。これもツバサなりのウォーミングアップだ。

 闘技場から離れた上空には、宙に浮く観客席が設けられていた。

 ミロやハルカたちはそこから観戦する。

 観客席とは別に、もうひとつの宙に浮く机があった。

 こちらは実況席のようだ。

「さあ、やって参りました! 天空の大母神と讃えられたツバサお姉さまと、紫禁の戦女神と謳われた我らがミサキちゃん! 一度は山ひとつ消し飛ばすほどの激戦を繰り広げた末、ツバサお姉さまの貫禄勝ちと相成りました!」

 実況役はジンだ。冗舌じょうぜつなあの男らしい。

此度こたび、ここに執り行われるはミサキちゃんにすれば王者に再び挑戦するリベンジマッチ! ツバサお姉さまからすれば愛する生徒への謂わば試練にしてテスト! さあさあ、どのような結末を迎えますことでしょうか!?」

 マイク片手に熱弁を奮うアメコミ調マスクマン。

 実況席には3つの椅子が用意されており、残り2つは解説者とゲストのためのものだ。ジンはそちらに振り向いて、彼らを紹介する。

「実況はわたくし、両親より“口先だけで産まれてきた男”と絶賛された、冗舌な工作者クラフター・ジン・グランドラック。解説は元横綱・呑海関どんかいぜきこと大海洋親方、ドンカイ・ソウカイさん、そして、ゲストにはミサキちゃん大好きゲームマスター、レオナルド・ワイズマン氏でお送りいたします」

 今日はよろしくお願いします、とジンはお辞儀をする。

 それに鷹揚おうように頷くドンカイとレオナルド。

「うむ、昔取った杵柄きねづかじゃ。大相撲での解説も請け負ったことあるしのぅ」

「……俺の紹介に悪意が感じられるのは気のせいかな?」

 変なとこで凝っているジンもジンだが、それに付き合う大人2人もどうかと思うのはツバサだけ……ではなくミサキも苦い顔で呆れていた。

 片手で覆った顔を苦虫を噛み潰したようにしかめている。

「ジンはともかく、レオさんやドンカイさんまで何やってんですか……」
「まったくだ、まあ暇を持て余した大人の遊びだな」

 2人は適当な間合いを計りつつ、まだ始めようとはしない。

 そこへジンがマイク越しに声を掛けてくる。

「えー、こちらからは試合開始のゴングとか鳴らさないので、おふたりの気分で始めちゃってくださーい。あ、そうそう、仕合前にこれ言っとかないと」

 ジンは手を振って観客席に合図を送る。

 それに気付いたのはミロだった。ジンの送ってくるジェスチャーに対して、ミロも何やら手旗信号で返すと、互いにグッドサインを送り合った。

 そして──やおら叫ぶ。

「アタシのツバサさんはパワーアップしてLカップの超爆乳ッ!!」
「ウチのミサキちゃんはパワーアップしてHカップの爆乳ッ!!」

 ミロがガッツポーズで吠え、ジンが四つん這いになって嘆く。

「よっしゃぁぁぁっ! またまたツバサさんの勝ちぃ!」
「うわぁぁぁぁんっ! やっぱりミサキちゃんの負けかぁ!」

「「なんの勝負しとるかそこぉ!?」」

 いつぞやの再現になるが、異口同音で自分たちの相棒にツッコんだ。

 おっぱいのサイズなんて一目瞭然だろうが!?

 自慢するわけではないが、ツバサの方がミサキよりも背が高いし、見るからに胸だって大きいのだ。もはや比べるまでもない歴然とした差があった。

 それにしても──ミサキの胸も大きくなっていたのか。

 以前よりスタイルが良くなった気がするのは間違いじゃなかった。ツバサのように女性ホルモンが活性化することでもあったのだろうか?

 ツバサは正直、デカすぎる超爆乳を持て余し気味である。

「だが──それがいい」

 ミロが観客席でドヤ顔でツバサの胸が大きいのを誇っていた。

 ツバサは反射的に怒鳴り返す。

「やかましい! そりゃ遊ぶだけのおまえにして見れば最高のオモチャだろうが、ぶら下げているこっちの身にもなれってんだ!」

「神族だから肩こりとかありませんけど、戦う時は邪魔ですよね……」

 ミサキも胸の下で腕を組んで、ウンウンと頷いていた。

 乳房の存在感がありすぎるのと、肩こりせずとも重力に引っ張られる感じがするので、腕の組み方は自然とこうなってしまう。巨乳あるあるだ。

「正直、おっぱいはない方が楽よね……」

 そうは言いつつもねたみを漂わせてハルカが呟いた。

 服飾師ドレスメーカーの彼女から見ればツバサやミサキは最高のモデルらしいが、本人も慎ましやかな貧乳には少なからず思うところがあるらしい。

 ツバサは口元を手で隠すとミサキにヒソヒソ話し掛ける。

「ハルカ、やっぱり気にしてるのか? あの貧乳ムネのこと……?」
「ツバサさん、シッ! ハルカの耳に入ったら大事ですよ……ッ!」

「聞こえてるわよ──元オトコノコ・・・・・のくせして爆乳ども」

 ツバサとミサキの内緒話は、ハルカの地獄耳に筒抜けだった。

 やはり、その大平原の小さな胸ともいうべき真っ平らな胸は、女性としてコンプレックスを抱いていたらしい。

「そうだ、いいこと思いついたわ」

 かと思えば一転、ツバサやミサキの肉体美を爪先から髪の一筋まで鑑定するような視線で嘗め回して、ニヤリとほくそ笑んだ。

「この仕合、敗者には罰ゲームとして、私が超エロい勝負下着を作ってあげる♪ エッチすぎて街中の女性下着売り場に並べられないようなやつよ」

「ハルカちゃん、それ……グッドアイデア!」

「「やめてやめてやめて! 超やめてーッ!?」」

 ハルカの提案にミロが太鼓判を押して、ツバサとミサキが嘆く。

「ちなみに──勝者にはご褒美として、私やミロちゃんとふたりっきりの時に着てくれたら、私たちが喜びそうなセクシーな勝負下着をプレゼント♪」

「ハルカちゃん、それ……ナイスアイデア!」

「「勝っても負けても同じじゃねーかッ!?」」

 ツバサとミサキは再び、声を揃えて悲痛な叫びを上げた。

「「「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーッ!!」」」

 そして、観客席からは歓声が沸き起こる。

「どうして、今のでギャラリーが沸騰するんだよ!?」

「あの、ツバサさんのお子さんたちが大興奮なんですけど……?」 

 ミサキから困惑の指摘を受けた。本当にごめんなさい。

 この仕合が終わったらお説教だ、心のメモに書き留めておこう。

 恋人たちからのいらぬ茶々が入り、仕合前にテンションが駄々下がりだ。

「いかんいかん、こんなことで気を削がれては……よし、そろそろ始めよう」

 ツバサは気持ちを静めると、揺らぎかけた闘志を高めていく。

「は、はい……全力で挑ませてもらいます」

 ミサキは声こそ緊張しているものの呼吸はとても落ち着いており、ツバサの動き出す“機”を見逃すまいと五感を研ぎ澄ませていた。

 それに加えて──神族には第六感まで働いている。

 霊的なもの、世界を満たす気、運命的なもの……人間では超越者にでもならない限り、感知し得ないものまで感じ取ろうとしているのだ。

 それはツバサも同じこと──。

「あ、こりゃアカン」

 ミロが直感&直観を発動させ、ミロスセイバーを抜いた直後のこと。



 世界が──真っ二つに割れた・・・・・・・・



 ツバサとミサキが初手しょてで激突した瞬間、爆発どころではない。次元をも歪ませる衝撃が発生し、2人の間に空間を断絶する層ができたのだ。

 まるでブラックホールの中心から渦を巻くように形成される『降着円盤』こうちゃくえんばんにも似たその空間断絶層は、あらゆるものを押し潰しながら消滅させいく。

「わしらの造った特設闘技場がーーーッ!?」
「開始0.0001秒で粉砕されちゃいましたぁーーーん!?」

 ダインとジンの絶叫すらもかき消える。

 ツバサとミサキの足場に、もう闘技場は存在していない。

 発生した空間断絶層に闘技場は粉砕され、海も真っ二つに割れると海底が露出し、空を覆っていた雲も地平線の果てまで斬り裂かれている。

 その余波は──世界に及ぼす波及はきゅうも災害レベルである。

 観客席と実況席にはマリナ、フミカ、ジョカ、カミュラの4人がかりで何重もの防御結界を張っていたのだが、それさえも一瞬で破壊されてしまった。

「この真なる世界を統べる大君が勅命ちょくめいする!」

 咄嗟とっさにミロが過大能力オーバードゥーイングを発動させる。

「アタシらに被害が及ぶことあたわず! これ絶対!」

 ミロが機転を利かせたことにより、観客席と実況席は絶対的な結界に守護され、間一髪ことなきを得ていた。

「ふぃ~……見る方も命懸けって昔のプロレスみたいだよね」
「ミロちゃん、古臭いこと知ってんなぁ~」

 一仕事やり遂げたミロに、セイメイが寝そべりながら感心する。

 ギャラリーがあたふたする間にも、ツバサとミサキによる限界も臨界も超えた頂上決戦ならぬ超常決戦はヒートアップしている最中だった。

 空間断絶層の中央──。

 大量の海水も寄りつかない海底が露呈した場所。

 そこで宙に浮いたまま、2人の女神が激しく交錯していた。

 ギャオン! ズドォン! バオッ! グボァ! ギャギャギャ!

 ……およそ人間同士の格闘戦では聞くことのない、異常な効果音が割れた海の上で鳴り響いた。その異音の発信源で2人は激突している。

 辛うじて、そこに2人がいることは確認できる。

 ただし、その動きは速すぎて神族となった者の動体視力でも追えず、セイメイ、ドンカイ、レオナルドぐらいの達人でなければ、どんな戦いを繰り広げているのか正確に把握できなかった。

 それ以外の者には、ツバサとミサキの手足が凄まじい勢いでブレて見え、それこそ千手観音同士が殴り合っているような残像にしか見えない。

 もしくは、2人の周囲に小型の竜巻がいくつも取り巻いているように見えることだろう。いや、ツバサやミサキの手足がハリケーンのように荒ぶり、空間を引き裂いているように目に映るかも知れない。

 まるで戦車や重機が至近距離でぶつかり合い、もしくは戦艦や戦闘機がゼロ距離で爆撃しているような轟音が鳴り響いている。

「もう人間同士の戦いじゃないです……」
「んなぁ……マリナマリナ、トモエたち、みんな神族」

 マリナの呻きにトモエがツッコんだ。

「たとえ神族だとしても、ここまでの高出力なパワーを出せる者はなかなかおらんのぅ……LV999を超えた内在異性具現化者アニマ・アニムス同士ゆえと言ったところか」

 ドンカイの呟きにレオナルドが首肯しゅこうする。

「ええ、特にあの2人は、アルマゲドン運営でも要注意としてマークされていた力の持ち主……むしろ、この程度で済んでいるのがおかしいですね」

「おやおや、レオさん。ではまだ2人は本気ではないと?」

 ジンの質問にレオナルドは「当然だ」と返す。

「本気でないどころか──これは序の口に過ぎない」

 レオナルドが口にした瞬間、ミサキからの攻撃が苛烈になった。

 ツバサに向けられた無数の徒手空拳が、硬質な気を鎧のようにまとうと螺旋状に形を整え、高速回転しながら突き出されてきたのだ。

 螺旋突ドリル・ブロウ──ツバサがヒントを与え、ミサキが編み出した固有技能スキル

 アダマントをも削り穿つ威力にまで高められたドリルは、以前なら片腕にひとつのドリルをまとわせるのが精々だったが、今のミサキは片腕からいくつも枝分かれした気のドリルで突きかかってくる。

 時には一斉に──時には時間差や高低差をつけて。

 おかげで避けづらくなり、何度かまともに喰らいそうになった。

「最期に別れた時、一度の突きでこうはならなかったな……」

 ツバサが感心すると、ミサキは嬉しそうだった。

「あれから工夫しましたからね……こんな風に!」

 しなやかな蹴りが繰り出されたかと思えば、その脚にもドリルをまとわせていた。蹴った脚だけではなく、軸足にまでドリルが回転している。

 軸足のドリルを回すことで、独楽コマのように高速回転するミサキ。

 その状態でツバサに無数のドリルを浴びせかけてくる。

 攻撃力の高さもさることながら、ドリルを応用した高速回転による連続攻撃にはさしものツバサも手足がやや追いつかなくなり、少しだけ後退あとずさる。

「なるほど、硬質化させた気のドリルの硬度も上がっているし、独楽コマ状態での攻撃も馴れたものだ。ほとんど手が出せない……」

 並みの武道家ならお手上げだろう──並みならば・・・・・

 ツバサは片腕だけを超速で動かして、一瞬に何十何百何千何万という手数を繰り出すことで、大きな翼を幻視げんしさせるような技を繰り出した。

「出た──ツバサ君の十八番おはこ大鵬翼たいほうよく!」

 名付け親のドンカイが喜々とする。

 大鵬の翼は回転するミサキに覆い被さり、ドリルも独楽の回転も強制的に止めてしまうと、一瞬だがミサキの動きを完全に停止させる。

 その隙に──ツバサはもう片方の手でトドメを刺しに掛かった。

 だがミサキは慌てず首を大きく回して頭を回転させると、その長い紫の髪を歌舞伎役者よろしく振り回す。

 その髪の束になった先端には──。

「髪で螺旋突ドリル・ブロウか──!?」

 トドメを刺しに掛かったツバサはミサキの反撃に狼狽うろたえることなく、自分も長い黒髪を振り乱すと、無数の刃物に変えて迎撃する。

 硬質化した髪をお互いに操り、チャンバラめいた剣戟音が鳴り響く。

 のみならず、そのぶつかり合いで発生した衝撃波が、四方八方に飛び散り、雲を貫いたり、海を斬り裂いたり、観客席の結界に叩きつけられたりしていた。

「ひぇぇぇ……ミ、ミロさんの結界でもブルブル震えてますぅ!」

「怖いのじゃあ……ミサ兄も怖いけど、マリちゃんのお母さんもめちゃんこ怖いのじゃぁ……母は強しっていうよりこわしなのじゃあ!」

 マリナとカミュラは抱き合って脅えていた。

「あ、昔の妖怪バトル漫画で似たようなシーン見たッス」

 アキの言葉に、同僚のクロコが反応する。

「私も見覚えが……あの主人公の妖怪、能力的には何でもありでしたからね」

 まるでツバサ様みたい──クロコは悪気なく言う。

「誰が妖怪だ……って、前にも言われたなそれ!」

 戦いながらもツバサはいつものツッコミを入れてしまった。

 しかし──ミサキも髪などを強化できるらしい。

 ここまでやるとなれば、技能スキルだけでは追いつかないはずだ。もしかするとツバサのように肉体能力を強化する過大能力オーバードゥーイングを持っているのか?

 ちなみに、お互いの過大能力についてはまだ内緒にしてある。

 戦いながら相手の能力を洞察するのが面白い。という理由から、ツバサもミサキも同意の上で明かしていない。これが終わったら披露し合うつもりだ。

「過大能力で競うのも楽しそうだが……まずは技で競おうか」

 ツバサは大きく飛び退き、自然体のまま宙に浮いた。

 特に構えもせず、両手をだらりと下げたまま立ち尽くすだけだ。

 ミサキは警戒して追ってこない。一見、無防備に見えるこのツバサへ迂闊に飛び込めば、とんでもないしっぺ返しを喰らうと読んだのだろう。

 その上でツバサは──微笑みながら顎をしゃくった。

 ツバサが「掛かってこい」と無言で合図を送ると、ミサキは男の子らしく「受けて立ちます!」と、真正面から挑んできた。

「それでいい──それでこそ男の子だ!」

 挑戦してくるミサキに、ツバサは編み出したばかりの新技で迎え撃つ。

 剣山みたいな螺旋突を両手から繰り出す。おまけに連続して何十も撃ってくるので、山脈をも穿ちそうなドリルの群れがツバサへと殺到する。

 そのドリルの群れが──ツバサに届かない。

 ドリルはツバサへ近付くにつれ、先端から“ぬるり”と滑るように消える。

 ミサキの手は素の状態へ戻っていった。

 次の瞬間──ツバサの周囲から無数のドリルが吐き出される。

 ドリルは乱射されたミサイルの如く、あらぬ方向へと飛びまくった。

 海に渦潮ができたり、剥き出しのままの海底に大穴が開いたり、空中に解き放たれたドリルは竜巻となって海上を滑っていく。

「なっ……こ、攻撃を全部…………呑まれた・・・・ッ!?」

 ミサキ自身、何が起きたかよくわかっていない。

 ギャラリーも『ミサキのドリルがツバサに届く寸前に消えたかと思えば、空間を湾曲わんきょくしたようにあらぬ方向から飛び出した』としか見えないはずだ。

「力が受け流されて……違う、オレ自身、何もされた感覚がないのに……力だけを奪われ……って、えええええええ~~~っ!?」

 ドリルを撒き散らしたミサキに──ツバサが詰め寄る。

 ミサキは体勢を立て直すも一足遅い。

 ツバサが間合いに踏み込んだ瞬間、ミサキはジャイロボールみたいに前後左右グルグル転がし回され、そのまま海へと叩き落とされてしまった。

 この間──ツバサは手も足もまったく動かしていない。

 ただ、ミサキの前に立っただけだ。

 ドンカイやレオナルドが五感の全てを凝らしても、時折だがうっすらツバサの手が透明に見えかける程度のものだ。

 唯一、セイメイだけが“なんとなく”わかるようだが──。

「いけねぇ……あれ・・、おれの眼でも読み切れねぇや」
 
 セイメイの頬から冷や汗がこぼれ落ちる。

 すぐさま海水を吹き飛ばして空中に戻ってくるミサキだが、もうツバサの間合いに不用意に踏み込もうとはしない。

 何をされたのかわからない──どう対処すればいいかわからない。

 不気味すぎて対策を練るのもままならないのだろう。

「おおーっと、ただいまの摩訶不思議まかふしぎな現象は……誰かわかります?」

 ドンカイ、レオナルドは、共に腕を組んで唸っていた。

「今のは恐らく……合気の流儀、じゃな」

 ドンカイは恐る恐る、自分のわかる範疇で解説していく。

「原理は大鵬翼と同じく、わしらの目にも止まらぬスピードで……あるいは、瞬きした文字通りの一瞬や、視点を逸らした一時を逃さず利用して、誰の目にも映らぬように動きつつ、ミサキ君のドリルを受け流したんじゃろう」

 むしろ──大鵬翼たいほうよくは無駄が多すぎた。

 いくら神速で動かしているとはいえ、巨大な鳥の翼が幻影のように見えるということは、それだけ余計な動きをしていたという証拠でもある。

 今のツバサは、その無駄な動きを一切廃していた。

 正しくドンカイが解説で触れていた通り、「目に止まらぬスピード」で絶えず動き続けており、ただ立ち尽くしているように錯覚させているのだ。

 達人級な彼らの動体視力すらも誤魔化すのは、ちょっと骨が折れる。

「合気に力はいらない。そして、スピードさえも必要ない」

 レオナルドも見えた限りの感想を説明していく。

「ドンカイさんの言った通り、合気の技法によってミサキ君の攻撃を一見しただけでは“何が起きたかわからない”ように躱したのだろう……俺たちも間近で見たわけだが、まったくわけがわからなかった」

 ドンカイとレオナルドの見解は、ほぼ的を射ている。

 何があろうと──ツバサに攻撃は届かない。

 これは合気の流儀を極限まで極めて、神族化したことで得た高等技能や過大能力を加味して、ツバサなりにアレンジを加えたオリジナル技だ。

 ツバサを中心に半径10m内程度の空間内では、あらゆる力がツバサの意のままとなる。この技が発動する限り、何人なんぴともツバサを傷つけられない。

 名付けて──迦楼羅かるらよく

 あらゆる邪悪を寄せつけない金剛身を備え、衆生を惑わす三毒を吐く毒龍を食い尽くすという神鳥にあやかって名付けた。

 いまのところ絶対防御は確立しているが、これから攻撃手段を初めとした応用方法を編み出していくつもりだ。

 この技を破るのは同等以上の技法を心得るか、常識はずれの力業でこじ開けるしかない。それを今のミサキができるかどうかが勝敗の鍵を握る。

「さて、ミサキ君……これをどう破る?」

 挑発的なツバサの物言いに、ミサキは歯を剥いて不敵に笑う。

「残念ですが……その不思議な技、今のオレじゃ逆立ちしても模倣できません。大鵬翼までなら猿真似できましたけど……それは、無理です」

 わけがわからなすぎる、とミサキは断言した。

「同じタイプの技で破るのは諦めます」

 ミサキは両腕を引いて脇を締めると、その腕に再び気をまとわせる。

 硬質化させてドリル化するのは、いつもの螺旋突と同じだ。しかし、それはドリルというには先端が丸すぎた。何かを穿うがつ形をしていない。

「だから、今のオレなりに……力尽くで押し通りますッ!」

 言うなり、ミサキはまっしぐらに突っ込んできた。

 無策──なはずはない。

 先端を丸めた螺旋突ドリル・ブロウで殴りかかってくる。

 まさか……貫通力を捨てて打撃力だけを高めた螺旋突で、無理やりこの迦楼羅翼を撃ち破るつもりなのか? だとしたら、拍子抜けも甚だしい。

 その程度で撃ち破られるほど、軟弱やわに仕上げたつもりはない。

 もしミサキがその程度の考えで突っ込んできたのだとしたら、しばらく徹夜でみっちりシゴいてやるつもりだ。先生からの愛の鞭である。

 ツバサの展開する迦楼羅翼の効果範囲に、ミサキの丸い螺旋突が突き込まれてくるが、先ほどと同じように力の行く先をねじ曲げて──。

 途端──ツバサの迦楼羅翼に凄まじい負荷が掛かった。

 この螺旋突、打撃力を上げただけではない。

 触れた一瞬で何十回……いいや、何百回もの爆発的な力が注ぎ込まれる。

 これは──中国拳法でいうところの発勁はっけいか?

 しかし、発勁は一度の打撃に全身の力の流れを注ぎ込み、相手の内臓を壊すように浸透する、重苦しい攻撃を放つものだ。

 こんな連続で、しかも瞬時に何百も打ち込めるわけが……ッ!

「そのための…………螺旋突ドリル・ブロウかッ!?」

 ドリルの中に発勁を幾重にも仕込んでおいて、一撃を放つだけで何百発もの発勁を注ぎ込めるように改めたというのか!?

 発勁を打ち込みやすくするために──先端を丸めたのだ。

「今、即席で思いついた技……螺旋勁ドリル・ボールドッ!」



 ツバサの迦楼羅翼、ミサキの螺旋勁──双方の秘技がせめぎ合う。


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