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第6章 東の果てのイシュタル
第139話:イシュタルランドは王道派 ☆
しおりを挟むミサキたちが異世界に飛ばされた直後──。
ハルカともう1人のプレイヤーが現地種族を巡って揉め事を起こしており、それをミサキたちが解決。結果的に彼らを保護する形になった。
その現地種族が──数十人のエルフと思しき子供たち。
「思しき……当人たちがエルフと名乗ったわけじゃないのか?」
ツバサの問いにミサキは悲痛な面持ちになる。
「色々訊いてみたんですが……彼らは自分たちの由来を詳しく聞く前に、親世代を亡くしたらしいんです。モンスターに襲われるなどの危機的状況に陥ったら、親たちが犠牲となって子供たちを逃がしてきたそうで……」
彼らの悲しい過去を回想しているのだろう。
やはりミサキは優しい子だ。
「うぉぉぉぉーん! 俺ちゃん、何度聞いても聞いても涙ちょちょ切れちゃうんですけどぉー!? うぉぉぉぉぉーん!」
「わしもじゃ、ダチ公! こがい切ない話聞いちゃ涙が止まらんぜよ!」
ジンとダインが肩を組んで大泣きしていた。
こいつらも優しくて涙もろくて──あと、うるさい。
共感性の高さは褒めてやりたいが、いちいち大声で騒ぐのは矯正してやらないといけないかも知れない。アホの子とは別件で教育が必要そうだ。
「放っておけなくて……それで彼らの面倒を見ようと思ったんです」
エルフの子供たちを助けたミサキは見捨てることもできず保護することになり、一緒に村を作って暮らしていくことを決めたという。
これが──ミサキたちの村作りの始まりだ。
それから数ヶ月後、今度はプレイヤーの一団と遭遇したが、彼らは現地種族の子供たちを奴隷にしており、重労働を課していたという。
これがミサキとハルカの逆鱗に触れた。
2人はそのプレイヤー集団を一蹴、現地種族の子供たちを保護。
どうやら彼らはドワーフらしき種族だという。
「彼らも自分たちの来歴を……?」
「はい、知りませんでした」
ミサキたちはドワーフの子供たちも分け隔てなく保護した。
「あ、ちょっと待ったッス」
ここでミサキの説明にフミカが待ったをかける。
「エルフとドワーフは種族的に相性が悪くて仲が良くない、って設定が多いッスよ? ここでは問題ないんスか? 仲良く喧嘩しな、みたいなことは?」
「ああ、大して問題になりませんでした」
フミカの質問にミサキは前述を交えて説明する。
「さっき『彼らは自分たちの由来を知らない』と言いましたよね。そのおかげなのか、種族的な対立なども伝わってないようです」
今のところ目立った問題は起きていないという。
それからしばらくして──レオナルドが攻めてきた(!?)。
レオナルドはオークらしき種族を従えると、彼らを率いてツバサたちの集落に攻め入ってきたのだ。ツバサたちはこれを迎え撃ったという。
「何やってんの、レオナルドさんとやらは……」
ツバサは正体の知れぬGMの行動に、眉をしかめて頭を押さえた。
「どうも、ミサキを試すため仕掛けてきたみたいです。レオさんはオレをこの世界の指導者的な立場に据えたいらしくて……その資質を確かめたかったと」
「それで、自分は腹心ポジションで軍師気取りか?」
「レオ様は最初からそういうつもりでございましたからね」
クロコは当然のように言った。
そういえば、いつぞやクロコが話していたことを思い出す。
『GMとして破格の才を持ちながら、異世界転移後は自らがその地の王になることを望まず、神々の指導者となる資質を備えた内在異性具現化者を見出して、彼を王として転移した先の異世界を人類移住の地とする』
それがレオナルドの理想──と聞いた覚えがある。
だとすれば、レオナルドが見出した神々の指導者となるべき人物はミサキということになる。まだ少年だが、その資質はあるとツバサも同意できた。
俺の愛弟子ならイケる! 俺の愛弟子チョーカワイイ!
……とか、愛弟子可愛さからの贔屓ではなく、アルマゲドンで修行をつけていた頃から、彼には“人々を率いていく才能”があると思っていた。
有り体に言えば──カリスマ。
人を惹きつけ、人を動かし、組織を率いていく才能だ。
「あれッスね。覇王色の覇気ッスよ」
「それは違……いや、いいんだっけ? そういうのだっけあれ?」
結果──レオナルドはミサキにボッコボコにされた。
これもあってレオナルドはミサキにすべての事情を打ち明け(ミサキを王にするという目論見や、ジェネシスの仕業も込みで)、ミサキの部下として臣従することを誓ったという。本当に軍師気取りらしい。
そして、彼の率いたオークらしき種族も仲間に加わった。
「オークらしき、ということは彼らもやっぱり?」
「ええ、エルフやオーク同様、親世代を失って放浪していた若い子供ばかりです。まあ、彼らは発育が良いので子供というより青少年っぽいですが」
逆にエルフやドワーフたちは老化しにくい種族ということもあってか、子供寄りの年齢が多いらしい。エルフの中には乳飲み子さえいるという。
こうして──エルフ、ドワーフ、オークの3種族が揃った。
「いいなー! ファンタジーの王道な種族そろってんじゃーん!」
話を聞いていたミロが羨ましがる。
「ウチもネコちゃんとアザラシちゃんとハーピーズがいるけど、やっぱファンタジーっていったらエルフとかドワーフとかオークだよね!」
「え、ネコとアザラシと……ハーピー?」
よくわからずにハルカが困っていると、フミカが耳打ちする。
「ネコみたいなケット・シーって種族と、アザラシになれるセルキーって種族、ハーピーってのはハルピュイアって鳥人間のことッス」
ミサキたちの元にいる種族と比べると、ツバサたちが保護した種族はファンタジー作品に登場するとしても、ややマニアックな感がある。
「あ、あと川辺の小さな村にマーメイドたちもいます」
「人魚もいんの!? やっぱり有名どころじゃん!」
本当にファンタジーの王道派が揃っている。
クジ運というか種族の引きが強いな──ミサキ君は。
レオナルドとの戦いの後、ミサキたちはこの近辺の地理を把握しつつ、現地種族に色んな技術を教え込みながら、危険なモンスターを討伐して、現地種族のために過ごしやすい土地を広げていったという。
その過程で、先に出会ったエルフたちのように放浪している各種族の集団を発見することが多く、見つける度に保護していったそうだ。
「そんなこんなで──気付けば4種族500人ぐらいになりました」
エルフ族とドワーフ族がそれぞれ125人ほど。
オーク族はちょっと多くて150人ぐらい。
人魚のマーメイド族は100人ぐらい集まったそうだ。
~~~~~~~~~~~
町の手前で飛行船を下ろした。
停泊させることもなく、ダインが過大能力【幾度でも再起せよ不滅要塞】でハトホルフリートを格納すると、ジンが羨望の眼差しを向けていた。
「ダインくん、自分専用の工場持ってんの!? いいなー! ミサキちゃんミサキちゃん、俺ちゃんもあんなの欲しいーの♪」
「自分で造れよ馬鹿野郎、オレにすがることじゃねえだろ……ドサクサに紛れて乳を揉むな! ぶっ殺されるぞ──ハルカに!」
「またまた♪ ミサキちゃんのおっぱい触ったぐら……でぶぉ!?」
ハルカがノーモーションで後ろからジンの股ぐらを蹴り上げた。
「人の彼氏に何してんのかしらね……この変態は」
ジンが股間を押さえて悶絶している隙に、ハルカはミサキの前に回り込むと身長差を利用して、自分の顔をミサキの胸の谷間へとめり込ませた。
「ミサキくんのおっぱいは私のなんだからね!」
「……オレの胸はオレのもんだよ」
ミサキは顔を赤らめたまま取り澄ましていた
相変わらずの迷コンビに、ハルカが加わって一層賑やかだ。
そんなミサキたちの案内で町へと入っていく。
町の入口には『イシュタルランド』という金属製のしっかりした看板が立てられていた。その頑丈な作りから見て、ジンが製作したものだろう。
それを眺めていると、ツバサが照れ臭そうに言う。
「……いや、村名みたいなものを付けたいってエルフたちが言い出しまして、オレの名前をつけたいとかっていうから、仕方なく……」
「いいさ、わかってるよ」
わざわざ『村に自分の名前をつけろ!』なんて承認欲求を、礼儀を弁えたミサキがするはずもない。現地種族たちに請われたのは明白だ。
イシュタルランドの看板を横目に町へと入っていく。
まずはきっちり石畳で整えられた大通りが眼に入った。
かなり整えられているが、未舗装の部分もあちこちに見受けられる。
そういう未舗装な場所には、まだヒゲも生えていない若いドワーフたちがおり、石切の道具を使って舗装用の石を切り出しては、しっかりはめ込んでいた。
早い話──道路工事中である。
子供みたいな彼らだが、石工の腕前は確かなものだ。
「ジン、君がドワーフたちに石工の技能を教えたのか?」
股間を押さえてトントンと跳ねているジンにツバサは尋ねてみた。
「い、いいえん……俺ちゃんも指導しますたけぇんど……ドワーフちゃんたちは、ヴァルハイムとかいうクソ野郎プレイヤーにコキ使われてた時に、連中の城を直すのに、無理やり教え込まれたとかで……元からある程度は……」
「最初は強制的に覚えさせられたのか……ん?」
ヴァルハイム? はて、どこかで聞いたような名前だが……どこでだろう?
しかし、ツバサは2秒後には忘れてしまっていた。
そんなことより──イシュタルランドの賑わいに目を奪われる。
町に立ち並ぶ家屋はログハウスめいた小屋ではなく、しっかりと建てられたものばかりだ。石積みの土台で固めた頑丈そうなものや、釘などの金具を使って強度を増した建築技術も見受けられる。
遠くからは鎚を打って金属を鍛える音も聞こえる。
鍛冶技術も教え込まれているようだ。
馬や牛などの家畜を飼うことも覚えたらしい。
街の中心を貫いている大通りには、牛や馬が引いた荷車が通っていく。詰まれているのは木材や畑で穫れた農作物などだ。
町の周囲にある畑も後で見せてもらおう。
上空から見た限りでは、かなりの土地面積を耕作していた。
「俺たちの村でも農作物の育て方を徐々に教え始めているが……こちらは本格的にやっているみたいだな。やはり、人数が多い関係からかな?」
ツバサたちの村ではフミカの『人数が増えてきたら食料自給が追いつかなくなるから、そうしたら教えてあげればいいッス』という提案されていた。
それまでは採取と狩猟で間に合わせるつもりだった。
……ところが、ケット・シーたちが自発的に家庭菜園らしきものを造り始めたので、ゆっくりと農作物の栽培も教えるようになっていた。
もうじきハルピュイア族が拾ってきた穀物の畑を作る予定である。
ミサキたちの町は人口の多さゆえに農耕を始めたのだろう。
と予想したのだが──。
「いえ、ジンの奴が『いっぱい食べられた方がみんな幸せだよね♪』って、村作りを始めた当初から穀物やら野菜の作り方を教えてたんですけど……」
予想は見事に外れてしまう。もっと単純な理由だった。
深読みしすぎるのもよくないな、と反省しよう。
「……まあ、それもありだよな」
この世界の現地種族は、かつての文明や文化を破壊されていた。
そのため文明的な技術の伝達が成されぬまま途方に暮れていただけなので、教えてやればすぐ身につけるのだ。
遅かれ早かれ──ってだけである。
ミサキの先導で、町の大通りを進んでいく。
ミサキたちの姿を見るなりエルフもドワーフもオークも、笑顔で頭を下げたり、手を振って挨拶したり、収穫したばかりの果物を差し出す者もいる。
いかにミサキたちが慕われているかがよくわかる。
同行しているツバサたちも、ミサキたちと似たり寄ったりの格好をしているので、初対面でも“神様だ”とわかるのか、敬意を持って接してくれた。
エルフやドワーフに混じって──見慣れぬ種族がいる。
耳の代わりに魚のヒレらしきものを生やし、手足にうっすら碧い鱗を生やしている美形な人々だ。恐らく彼らがマーメイド族という人魚なのだろう。
首元にはエラもあるので、間違いあるまい。
「あの魚っぽい人たちがマーメイド? 下半身お魚じゃないの?」
ミロの疑問にハルカが答えてくれた。
「そうよ、彼らがマーメイド族なの。水中に戻ると下半身が魚になるけど、陸上では人間みたいに二足歩行になれるんだって」
その変身に上手い下手はあれど、水陸両生な種族らしい。
そういうところはヒレ族のセルキーとよく似ている。
セルキー族は自分の身体に合ったアザラシの皮を持っており、それを身にまとえばアザラシとなって海を泳ぎ、脱げば金髪碧眼の人間に姿を変えるのだ。
マーメイド族の変身はもっとお手軽らしい。
町の景観に目移りしながら大通りを歩いて行く。
大通りの両脇に居並ぶのは、住むための家というよりも商店のようなものが多いのか、広い間口に品々を並べた軒先が屋台みたいになっている。
そこで店番をしているエルフたちは野菜や穀物、もしくは狩猟で得た動物の肉を並べている。やはり、店舗のようなものらしい。
ドワーフたちは自分たちが作った金属製の武器や道具、オークたちはモンスターの肉や皮、道具に加工できそうな素材を店先に並べていた。
「あれはもしかして……商店なのか?」
「いえ、交換所ですね。この大通りは市場になっています」
まだ貨幣による流通という文化は教えてないので、現地種族たちは欲しい品物を物々交換で手に入れているらしい。
もしくは「この品物が欲しいなら俺たちの仕事を手伝ってくれ」とか「この仕事をやるからこの農作物をくれないか?」とか「この材料を多めに持ってきてくれたら君の分も作ってあげよう」などの交渉も流行っているようだ。
まだまだ原始的ながら経済の萌芽が芽生えつつあった。
こういうところはハトホルの谷と似通っている。
「しかし、貨幣という概念を教えるかは迷うよな」
ツバサがぼやくように言うと、横にいるミサキも腕を組んで頷いた。
「そこなんですよね……オレたちもここまで村が発展してくると、流通面のことを考えてお金というものを教えた方がいいような気もするんですけど……そのお金が原因でイザコザが起きるような気もして……」
「現実でもお金関係ではろくなことが起きなかったからな……」
今からマネーゲームによる戦争などの心配をするのは早計かも知れないが、金銭が絡むと人間は変わるものだ。現実世界で嫌というほど見せられてきた。
純朴な現地種族がどうなるか──ツバサはそれを危惧している。
お金という概念を教えたばかりに、内紛でも起こされたら目も当てられない。
ミサキも同じ考えのようなので、ちょっと安心した。
「オレたちはいずれ、エルフ、ドワーフ、オーク、マーメイドの代表たちを集めて、その辺りをどうするか話し合っていこうかと考えてます」
「ああ、やはりどの種族にもまとめ役がいるんだな」
そうですね、とミサキが同意しかけた時だ。
「ミサキ様ー、ハルカ様ー、こちらにジン様はいらっしゃいますかー?」
1人のエルフの少女がこちらに駆け寄ってきた。
金髪の髪を揺らしてくるのは、利発そうな面立ちの美少女だ。
村で見掛けた子供なエルフたちよりも少しお姉さんらしく、ウチのマリナより少し年上くらいに見える。中学生くらいだろうか?
素朴な村娘っぽい服装の上に、ほんの少しだけ豪華なローブというかマントみたいなものを羽織っている。あれは役職を示すもののようだ。
「噂をすれば何とやらです。あの娘がエルフたちの代表で──」
「アリアルちゃーーーん! 俺ちゃんはここよー♪」
ジンが大声で手を振って、そのエルフの美少女の名前を呼ばわった。
ジンの声を聞いて、彼の姿を認めた途端──彼女の顔が豹変する。
恋する乙女に早変わりしたのだ。
アリアルは乙女の笑顔のままこちらに向けて走ってくると、迷わずジンの胸元へ飛び込んでいき、「大好きです♪」とばかりに抱きついたのだ。
身長190㎝はあるマスクの変態と、10代にしか見えないエルフの美少女。
この取り合わせは絵面的に犯罪臭がプンプンする。
次の瞬間──ミロとクロコがジンの両腕を捕まえた。
そして、ダインが羽交い締めにする。
「「「はい、青少年保護育成条例違反でアウトー!」」」
「ホワッツハプン!? ノーノー! 俺ちゃん、ノットギルティ!?」
抵抗も虚しく、ジンは少女愛好者として拘束されてしまった。
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