想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第6章 東の果てのイシュタル

第134話:おいでよ ハトホルの谷(開拓中)

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 ヒレ族──セルキーたちの暮らす村。

 普段は小柄ながら美しい人間の姿だが、アザラシの皮をまとえば本物のアザラシになって悠々と水中を泳ぐことができる種族だ。

 彼らはハトホルの谷の東を流れる、ツバサとドンカイが協力して作った川の河原に村を構えていた。陸上でも暮らせるのだが、“アザラシになれる”という能力があるためか、水辺での生活を好むらしい。

「本当だ、セイメイさんの言ってた通りです」

 小高い丘の上から河原を眺めてマリナが声を上げた。

「こちらの村も一変しているでござるな」

 ジャジャも一緒に村を眺めてマリナに同意する。

 河原に作られたヒレ族の村もまた発展を遂げていた。

 ダインが作った仮設住宅も残されているが、ヒレ族が自分たちで作ったと思しき岩を積んで作られた家屋がいくつも並んでいる。

 頑丈な木を支柱にして石垣の壁を組み、粘土で固めて補強していた。

「フミカさんが言ってました。ヒレ族は元々、海底の洞窟で暮らしていたって……だから、ああいう石造りの家が落ち着くのかも知れないですね」

「言われてみれば洞窟っぽいでゴザルな」

 石が足りないところは、ネコ族の村で見た煉瓦レンガを使っている。

 最近、ネコ族とヒレ族とハルピュイア族は独自に物々交換をしており、自分たちでは採れないもの、作れないもの、狩れないものを交換しているそうだ。

 そういう関係が築けるほど交流は良好らしい。

「あ、村の真ん中にハトホルセンセイの像があります」
「さっき、ネコ族の人が彫ってたのと似てるでゴザルな」

 まだまだ荒削りだが、長い髪と豊かな胸を持った木製の女神像だ。

 それだけでツバサをかたどったものだとわかる。

 あれも物々交換したものか、はたまた寄贈されたものか──。

 他にも河原の村周辺がキチンと整地されて雑草などが刈り取られていたり、家の他にも集会所や子供の遊び場らしきものも作られていたりと、ネコ族の村のように整えられている場所がいっぱいある。

 何より──大きく変わった場所・・・・・・・・・に注目してしまう。

 ジャジャとマリナは、しばらくヒレ族の村を眺めていた。

 ジャジャはマリナの前にいるのだが、背中から抱き締められるみたいにハグされている。彼女なりのスキンシップ──妹を可愛がっているのだろう。

 しかし、ハグされているジャジャは照れ臭い。

 それどころかマリナを意識して、ドギマギさせられてしまう。

 少年だった頃は女の子の友達こそいたが、ここまで肌と肌を密着させるような仲になったガールフレンド、つまり恋人なんていなかった。

 いくら義理の姉妹とはいえ、しかも15歳だった少年だった頃からすれば眼中にない年下の小学生の女の子であろうと、こうもフレンドリィに抱き締められるのは気恥ずかしい。背中には膨らみかけの胸が当たっている。

 考えてみれば、7歳になったジャジャにしてみれば、マリナは年上の女の子になるわけだ。しかも、今では自分の方が小さな女児である。

 女の子同士で意識するのはおかしいのか?

 それとも、自分が元は男だから意識しているだけなのか?

 なんかもう──ジャジャの心はメチャクチャだった。

 ふと視線を感じた方に目を向けてみれば、カメラを片手にクロコが「尊い……」と木陰で感涙していた。彼女もジャジャの視線に気付いたようだ。

 ジャジャの困惑を見て取ったのか、クロコはほくそ笑む。

「ジャジャ様の百合のつぼみ……順調に育まれているようですわね」

 聞き取れる距離ではないし、クロコは小声で呟いていたが、ジャジャの読唇術どくしんじゅつがクロコの唇の動きを読み取っていた。

 このまま百合に目覚めるのも悪くない──とは思う。

 だけど、あの駄メイドの思惑通りというのは気に食わない。

「さあ、姉上! ドンカイ殿たちがお弁当を待ちかねているでゴザルよ!」

 ジャジャはマリナの手をほどくと、その手を取って今度は自分が彼女の手を引いて先導する。お姉ちゃんを急がせる妹らしく振る舞ってみた。

 照れ隠しの行動、と言われればそれまでである。

「あ、待ってジャジャちゃん! そんな急ぐと……んにゃっ!?」

 そして、また仲良くスッ転んでしまった。

「再びハプニング発生! マリナお嬢様のおパンツが……!」
「姉上のパンチラを重点的にフォーカスするんじゃないでゴザル!」

 すぐさまジャジャが「見せられないでゴザル!」のフリップを持ってカバーしたのだが、数枚撮影されてしまったのは不徳のいたすところだ。

 後ほど母上ツバサさんに報告して没収してもらおう。

   ~~~~~~~~~~~~

 ヒレ族の村で一番改築されたところへ向かう。

 いや、これは改築というのだろうか? 地形を一変させているのだから土木事業と言うべきではないだろうか? あるいは河川工事?

「おお、マリナ君にジャジャ君。どうしたんじゃ?」

 川遊びに来たのか? とドンカイが穏やかな笑顔で迎えてくれた。

 戦闘用のコスチュームもド派手な着物姿だが、彼は相撲取りらしく普段着は浴衣で通している。今日も浴衣姿だが袖をまくって剛腕を剥き出しにしていた。

 袖が邪魔にならないように、ちゃんとたすきも掛けていた

 海へと続く川──ヒレ族はソウカイ川と呼んでいる。

 その手前の河原にはヒレ族が村を作っており、粗末ながらも対岸に渡る橋が架けられている。その対岸には大きな池らしきものが掘られていた。

 ドンカイは池のほとりに立ち、周りにはヒレ族たちが集まっている。

 よく見れば池の中にはアザラシに変化したヒレ族も泳いでおり、畔に立つヒレ族やドンカイと何やら相談しているようだった。

 ドンカイの側に来たジャジャたちは用件を伝える。

「こんにちは、ドンカイ殿。自分たちは……」
「お使いでお弁当を届けに来たです!」

 今度はマリナが発言するべきところで言葉を止めておいた。

 できる妹はさりげなく姉のカバーを務めるものだ。

「おお、もうそんな刻限になるか。すまんのぅ」

 ドンカイとトモエ。大食いコンビのお弁当が詰められたバスケットは、他の3倍はあろうかという大きさと重さを誇る。

 マリナの小さな身体では持て余し気味だ。

 バスケットの大きさによろけるマリナだが、そこはジャジャが死角になるところからソッと手を添えて支えてあげる。ニンジャですから──。

 そんな2人を微笑ましそうにドンカイは見守っていた。

「では、ありがたくいただこうかのう」

 バスケットを預かったドンカイは、池で働いていたヒレ族の者たちにも「お昼休みにしよう」と声をかけた。

 池で泳いでいたアザラシたちも這い上がり、皮を脱いで人の姿に戻る。

 そうした光景を横目にしてジャジャは尋ねた。

「ドンカイ殿、これは池……というより生け簀いけすでゴザルか?」

「そうじゃな。池というなら養殖池ようしょくいけかのう」

 川の対岸に作られた、ヒレ族の村で一番大きな変化。

 それは大きな生け簀──もしくは養殖池だった。

 ちょうど川の流れに沿う格好で、長方形に掘られた大きな池だ。

 池の両端には小川程度の溝が掘られており、川の水が上流から流れ込み、下流へと抜けていく仕組みになっている。どちらも細かい網で仕切られていた。

 それぞれの溝には木材で作られた水門が建設中であり、いずれは池の水量を管理するように持っていくつもりらしい。

 養殖池を覗き込めば、大小様々な魚が泳いでいる。

「あ、仙王鯉せんおうりもいます。あれ強化バフがつくし美味しいんですよね」
「知恵の鮭とか帝王ていおううなぎはいないんでゴザルか?」

 ジャジャたちはよく食卓に上る、神族向けの強化がつきやすい魚について訊いてみた。ツバサが「そろそろ食材が尽きる」とぼやいていたからだ。

「帝王鰻ならおるぞ。多分、池の底に隠れておるんじゃろう。知恵の鮭は……言うても回遊魚じゃからな。養殖は難しいだろうて。代わりと言ってはなんだが、力の強化がつく覇鱒はますや敏捷性の上がる速鮎はやあゆはおるぞ」

 それだけでも充分だ。料理番の母上ツバサも喜ぶだろう。

「これ、ドンカイさんとトモエさんが作ったんですか?」

 マリナの疑問にドンカイはヒレ族を見つめながら答える。

「いいや、ワシらはちょいと手伝っただけじゃ。池を掘り、溝を作り、川の流れに合わせて……こうした工夫は皆、彼らの努力の賜物じゃな」

 最初──ヒレ族の子供が川遊びを始めたらしい。

 川辺の浅瀬を石で囲み、そこで小魚を飼い始めたのだ。

 それを見ていた大人のヒレ族が発案し、ドンカイたちに協力を求めてきたので、このような大きな養殖池を作る運びとなったらしい。

「ちなみに、アドバイザーはダイン君とフミカ君じゃ」

「もう生産系に関しては、あの二人に全部任せるべきでゴザルな」

 遙か未来、夫婦の文明神として奉られるに違いない。

「……あれ? そういえばトモエさんはどこですか?」

 ドンカイと一緒にいると聞いたが見当たらない。

 お昼休みに入ったヒレ族に混じっているのかと探してみたが、こちらにもトモエの姿はなかった。彼女の筋肉質な細身は目立つものだ。

「ああ、トモエ君なら…………」

 ドンカイが言いかけた瞬間、川上の方で水柱が上がる。

 その水柱の向こうから、激しい戦闘音が轟いてきた。

「……うむ、あそこにおるな」

 水柱の中──ブルマ姿のトモエがそこにいた。

 運動着を着てブルマをはいたトモエは、神族らしく技能を駆使して水面を走っている。それに追いすがるのは、怪獣みたいなサンショウウオだ。

 1人と1匹は水面から跳び上がり、水上で激しく交錯した。

「あれ……ギガンテス・オオサンショウウオですね」

「養殖池を作ってからというもの、ここに餌があると嗅ぎつけたモンスターが多くてのう。ああしてちょっかいを出してくるんじゃ」

 それを撃退するのがトモエの仕事である。

「んんんーーーッ! んなんなんなんなんなんなんなんなんなんなーッ!!」
「ショオオオーッ! しょしょしょしょしょしょしょしょしょしょーッ!!」

 トモエが鉄拳の連打を繰り出せば、オオサンショウウオも生意気に前足の連打で応戦してくる。連打ラッシュの強さ比べになるかと思いきや──。

「あ、オオサンショウウオが吹っ飛んだでゴザル」
「そりゃあトモエ君にそこらのモンスターが敵うわけないからのぅ」

 サンショウウオはトモエの連打を浴びてボッコボコにされると、川面に叩きつけられた。激しい水柱が立ち上がるほどの衝撃だ。

 殴り勝ったトモエはこちら側の岸へと舞い降りる。

「んなっ! トモエの勝ち!」

 トモエは勝利のVサインを送ってくる。

 その背後では、川からオオサンショウウオが這い上がっている。

 どう見てもトモエの隙を狙っていた。

「「トモエさん! 後ろ後ろー!?」」
「懐かしのコント集団みたいなリアクションじゃのう」

 ジャジャとマリナは慌てるが、ドンカイはのんきに笑っていた。

 助けに行かなきゃ! と駆け出した矢先、トモエの状況が一転したのでジャジャとマリナはつんのめり、またしても前のめりに転んでしまった。

 いや、これは“ずっこけた”と評するべきか?

 川から上がってきたサンショウウオはトモエの前に来ると、口が聞けたら「参りました!」と言わんばかりに頭を下げたのだ。

 元々四つ足の生物だが、ちゃんと土下座をしている。

 振り返ったトモエは、そんなサンショウウオの頭を撫でていた。

「よーしよしよし……お手! おすわり! ちんちん!」

 オオサンショウウオは飼い慣らされた名犬の如く、トモエの指示通りのポーズをやって見せた。さっきの連打で調教したのだろうか?

 トモエは従順になったオオサンショウウオに言い付ける。

「んな、今日からおまえはトモエの子分! 親分のトモエが命じる!」

 川辺で暮らすヒレ族に迷惑を掛けるな。
 ヒレ族の養殖池の魚介類に手を出すな。
 トモエが呼んだらすぐ来い。何かあったら手伝うこと。

「……ん、後は自由! 行ってよし!」

 オオサンショウウオはまさかの敬礼をすると、ペコリと人間みたいにお辞儀をしてから何事もなかったように川を遡上そじょうしていった。

 トモエは手を振って見送っているが──。

「……あ、もしかして“獣使い”ビーストテイマーですか?」

 トモエの一連の行動を見て、マリナがそれに気付いたらしい。

「マリナ君は勘がいいのう。その通りじゃ」

 トモエは自分なりに現地種族を守るために何かできないかと、なけなしの知恵を振り絞った結果、あの“獣使い”の技能スキルを得たらしい。

 倒したモンスターを支配下に置ける技能スキルで、頑張って溜めたSPを惜しげもなく費やしたそうだ。熟練度もかなり上がっているという。

「今ではこの近辺の大型モンスターは、ほぼトモエ君の指揮下に入っとる。彼女が一声呼び掛ければ、モンスターの大行進が起きるぞ」

「まるで女ターザンでゴザルな」

 呆れた台詞だが、ジャジャは素直に感心していた。

 アルマゲドン時代と違い、真なる世界ファンタジアでは魂の経験値であるSPの上昇値が鈍化しているのだ。ツバサのように4京超えなんて桁違いのSPを保有してない限り、考えなしに使えるものではない。

 技能習得もLV上げも難しくなっているのに……。

 みんな頑張っているのでゴザルな、と感銘まで受けてしまう。

「んなっ! マリナとジャジャ来てた!」

 もしかしてお昼かー!? とトモエが飛びながら戻ってくる。

 それをジャジャとマリナは、笑顔で手を振って迎えた。

   ~~~~~~~~~~~~

「……あの、姉上。さすがにこれは恥ずかしいでゴザル」
「いいんです。妹を抱っこするのはお姉ちゃんの特権なんですから」

 マリナはジャジャをお人形さんみたいに胸に抱くと、飛行系技能でハルピュイア族の村へと向かっていた。

 鳥の翼と脚を持つ女性だけの種族──ハルピュイア。

 彼女たちの村は近隣にある小高い山のてっぺんを平らに整地して、彼女たちが空へ飛び立ちやすいように造形した場所にある。

 普通に山登りしてもいいのだが、神族であるハトホルファミリーは誰もが飛行系技能で赴くようにしていた。神様なりのアピールである。

「自分も飛行系技能ぐらいあるでゴザルが……」
「いいんです! 妹を運んであげるのもお姉ちゃんのお仕事なんです!」

 そういってマリナはジャジャを抱えて離そうとしない。

 トホホ、とジャジャは打ちひしがれるしかない。

 そうこうしている内に──ハルピュイア族の村に辿り着いた。

 山の頂上を切り開いて作られた村には、ネコ族やヒレ族の物よりも大きめの家が建ち並んでいた。彼女たちは背丈も人間並みだし、翼を広げればかなり大きいからだろう。家の造りも大きめだった。

 土台は煉瓦や石垣を組んでおり、その上に頑丈そうな木製のログハウスが建てられている。鳥に近い種族だけあってか、木製の方が安心するのかも知れない。

 土台が頑丈なのは山の上で風が強いからだろう。

 数戸ある家を彼女たちはシェアして暮らしている。

 女性だけの種族──家族の概念が他種族とは少し違うらしい。

「あ、ここにもハトホルセンセイの像が村の中央にありますね」
「心なしか、こっちのが出来がいいでゴザルな……もしかして新作?」

 ヒレ族の村にあるのは少し前のもので、ハルピュイア族の村に据えられたものが准新作。最新作は先ほど作っている最中だったのだろう。

 なんにせよ──ツバサが敬われているのがよくわかる。

 しかし、ハルピュイア族の村にやってきたジャジャとマリナが一番最初に目を奪われたのは、村のはずれに立てられたひとつの建造物だった。

「あれ、風車小屋ですよね?」
「そうでゴザル。自分、修学旅行のハウス○ンボスで見たでゴザルよ」

 村のはずれに建っていたのは、正しく風車小屋だった。

 風を受けて風車を回す風車小屋だが、今はメンテナンスでもしているのは、工具を持ったハルピュイアたちがあちこちに取りついている。

 その風車小屋の前──ダインとフミカの姿があった。

「よーし、いい感じじゃ。整備の腕もメキメキ上達しちょうがじゃ」

 ダインは機械化した両腕は剥き出しのままだが、機械工みたいな作業着を着込んでいた。トレードマークのサングラスも忘れていない。

「一番の羽根をちょっと内側に……そうそう、そんな感じッス。んで、三番は内側に傾けすぎだから戻して、四番が……あ、二番は修理もう少しッスね」

 フミカの普段着は“文学少女”という感じで落ち着いたものだが、今日はいくつもの【魔道書】グリモワールを展開しており、手にした【魔道書】と風車小屋を見比べつつ、ハルピュイアたちに指示を出している。

 建設現場の主任と、視察に来たOLみたいな2人だ。

「ダイン殿ー、フミカ殿ー」
「お使いでお昼のお弁当を届けに来たです!」

 マリナはジャジャを抱えたまま、2人の近くまで飛んでいく。

 手前まで着たところで村に降りると、ようやくジャジャを解放してくれた。

 道具箱からお弁当を詰めたバスケットを取り出すと、フミカは【魔道書】を持っていたので、手ブラだったダインへと手渡した。

「そか、もう昼飯時か。すまんのぅ、マリナちゃん、ジャジャ」

 ダインはジャジャのことを“中身は年の近い男じゃろ?”と後輩に接する感覚で呼び捨てにしてくれる。

 ジャジャを男子だと認めてくれる、数少ない人物なのだ。

 おかげでジャジャも学校の先輩くらいの気安さで付き合えていた。

「あちゃー、時間を忘れて作業してたッスね。お昼には一度、我が家マイ・ホームに戻ろうとか考えてたのに……でも、わざわざありがとうッス。マリナちゃん」

 ジャジャちゃん──フミカには女児扱いされる

 おまけにマリナと揃って頭を撫でられるのだ。

 こういうのは嬉しくもあり、気恥ずかしくもなる一時だった。

「ところで……これ、風車小屋でゴザルよね?」

「そうじゃな。まあ、ワシらがよく見た風力発電の風車と違うて、電気は起こせんけどな。もっと古き良き時代の風車じゃきに」

「オランダとチューリンプ畑のイメージが強いッスよね」

 それは──まんまハウス○ンボスのイメージだ。

「でも、どうしてハルピュイアさんたちの村に作ったんですか?」

 マリナの質問にフミカが得意げに答える。

「ふふーん、いい質問ッスねー♪ その答えは……これッス!」

 フミカがパチン! と指を鳴らす。

「「「はーい、フミカ様! 準備万端OKでーす!」」」

 テンションの高いハルピュイアたちが、胸に何かを抱えて持ってきた。

 彼女たちの手には植物の束──それには見覚えがある。

「あ、それ……まさか麦でゴザルか?」

 小麦か、大麦か、ライ麦か──。

 学のないジャジャには見分けがつかないが、彼女たちが持っている植物の束は、明らかに麦の束だった。どれもしっかり実っている。

「実は、ハルピュイアちゃんたちは結構グルメなんスよ。放浪の途中、こうして野生化した麦を見つけては、石なんかで磨り潰して脱穀して、そこから取れた粉を水で練って、焼いた石の上で食べたりしてたそうッス」

 ただ、野性の麦がなかなか見つけられず、運良く見つけられたとしても、料理をしている余裕もないので、たまに食べられる御馳走らしい。

「それ、なんでしたっけ……そうだ、“ナン”です! インド料理の……あれ? 違うかな? 確か、インドで主食の…………」

「マリナちゃんが言いたいのは、多分“チャパティ”ッスね」

 フスマ入りの小麦粉、または全粒粉などを水で溶いて練り、発酵させずに薄く焼いて仕上げる。インドで主食として食べられる無発酵パンのことだ。

 日本だとナンの方が有名だが、現地インドでは「精製した小麦粉を使う」「卵やバターを混ぜる」「イースト菌で発酵させる」「タンドールと呼ばれる釜で焼く」などの決まり事があるため、割と高級食品にカテゴライズされている。

 このため、小麦を練ってフライパンで焼くだけのチャパティが主流とのこと。

「そう、チャパティ。ワタシ、聞いたことあります」

「マリナちゃんは物知りッスね。そうそう、ハルピュイアちゃんたちが食べてきたのも、どうやらそれに近いものらしいんスよ」

 ハルピュイアたちは「ヒラペタモッチリ」とかいう、身も蓋もない呼び方をしているらしい。後でチャパティに改名してもいいかも知れない。

「そいがアニキのおかげでな、こん近くにしこたま野性の麦が自生しとる地域を見つけたらしくての。ハルピュイアたちは大喜びじゃ」

「最初は初歩的な石臼の作り方を教えてたんスけど、彼女たちも意外と飲み込みが早くて、せっかくだから製粉機を備えた風車小屋の作り方も教えてあげようという話が決まったら、トントン拍子に……」

「そして、出来上がったのがこれでゴザルか……」

 ダインやフミカの手助けもあっただろうし、風車小屋としてはまだあちこち粗末な点があるものの、それでも大したものだと思う。

「勿論、設計はわしがしちょうが、ハルピュイアんたちにはしっかり構造を理解させた上で、自分たちで組み立てさせちょうからのぉ」

 ジャジャの考えを見透かしたように、ダインが解説してくれた。

 村を見渡してみれば、反対側の外れにもう一基の風車小屋を建設しようとしているのが窺える。あちらはハルピュイアたちが独力で建てるそうだ。

 やがて、風車小屋を整備していたハルピュイアたちが降りてくる。

「フミカ様、一番三番四番の羽根、角度変更終わりました」
「ダイン様、二番の羽根の修理もできました」

 4人が話し込んでいる間にも、ハルピュイアたちは黙々と風車小屋のメンテナンスを続けていた。それが終わったので声が掛かる。

「よっしゃ、んじゃ留め具を外して動かしてみい」

 ダインの掛け声で、止まっていた風車が動き出す。

 ここは山の上──ハルピュイアたちが飛び立ちやすいように、山の麓から峰へと向けて、ちょうどいい風が駆け上ってくる。

 その風を受けて、風車がのどかな音を響かせて回り出す。

 ハルピュイアたちからは歓声が上がり、ダインは腕を組んだまま風車を見上げると満足げに頷き、それを見つめていたフミカの顔も綻んでいた。

「これでヒラペタモッチリが三日に一度は食べられる!」
「そうだ、ネコやヒレの人たちにもお裾分けしてあげようよ!」
「これで新しい交換の品もできたわね! ネコさんたちもヒレさんたちも、煉瓦とか大きな魚とか、新しいのいっぱい持ってくるから……」
「そうそう、あたしら心苦しくてしょうがなかったわよねー♪」

 風車が動けば──麦から製粉ができる。

 その粉からパンなどの新しい食品が作れ、それをヒレ族やネコ族との交換品にできることを、ハルピュイアたちは心の底から喜んでいた。

 日干ししたものを焼いた粗末な煉瓦──。
 川沿いの土地を利用して造った簡素な養殖池──。
 野生の小麦に頼った未熟な製粉──。

 文明としてはまだまだ未発達だ

 しかし、ツバサたちの援助もあって現地種族たちの生活水準は目覚ましい速さで上がっている。半年ちょっとでこの発達振りは大したものだろう。



 ハトホルの谷は──順調に開拓が進められていた。


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