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第5章 想世のケツァルコアトル
第123話:魂の自由と解放のために
しおりを挟む灰色の御方──灰色の御子のことだろう。
ナアクの行動に理由を求めると、どうしても背後に何者かの存在が見え隠れするので、アルマゲドンの制作陣くらいは出てくるかと思えば……。
よりにもよって最悪の名前が出てきた。
ナアクが灰色の御子の息がかかった人間だと!?
よくもまあこんな腐れ外道にろくでもない助言しやがったな!
などと江戸っ子らしくツバサの脳内では暴言の嵐が吹き荒れたが、0.5秒で思考を整理すると『あり得なくはないか』と納得できてしまった。
灰色の御子は、ジェネシスの創設者と目されている。
彼らは真なる世界を脅かす別次元の異形と戦うための新戦力として、かつて神族と魔族が創った人類を採用すると決めたらしい。
アルマゲドンを初めとしたVRMMOを模したシステムを利用して、人間の魂をVRゲームという形で遊ばせながら神族や魔族へレベルアップさせる。
こうして本物の神族や魔族と化したプレイヤーを、ろくに検証や報告もせぬまま真なる世界へ半ば強制的に転移させたのだ。
これ──実験台にされてるよな?
地球では巨大隕石が落ちるという黙示録状態。
真なる世界も別次元の異形による侵略が継続中で切羽詰まっている。
事態は急を要するとはいえ、人間たちへ断りも無しにやりたい放題だったことは否めない。無断で実験材料にされたも同然である。
そんな灰色の御子なら、こういう狂的な科学者の1人や2人に入れ知恵してこの世界に送り込むのでは? と結論を出したのだ。
ナアクは度が過ぎているが──。
これらの考察を0.5秒で終えたツバサは、色んな言葉が喉元まで出掛かったがどうにか飲み込むことができた。
しかし、少なからず表情に出てしまったらしい。
些細な表情の変化をナアクに見抜かれた。
そうでなくとも、ミロは驚いて叫ぼうとしたのを自分の両手で塞いで間抜け面をさらしているし、マリナとジャジャも驚いて何か言おうとした口を互いの小さな手で押さえ込んでいた。
これはもうバレバレだろう。
顔色を変えないのは、素で表情が乏しいクロコくらいのものだ。
それでも僅かに見開かれた目は泳いでいる。
ナアクの観察力なら見抜くはずだ。
「おやおや……あなた方も灰色の御方と接点があるようですね」
途端に──ナアクの機嫌が悪くなった。
アルカイックスマイルこそ変わらないが、音程にドスが利いている。
自分こそが特別と思い込んで優越感に浸っていたのだろうが、ツバサたちも灰色の御方と通じていると知って気分を害したようだ。
ツバサは名前を知っているだけで面識はない。
だが、灰色の御子に関しては多方面から情報を得ている。
「なんだ……おまえもあの人たちから話を聞いたクチなのか?」
ツバサたちも灰色の御子と通じている。
そんな風に装ってみた。
どうやらナアクはそこを読み違えているようなので、ツバサはカマをかけるように「俺も会っているぞ」と演じてみたのだ。
ちなみに、あの人たちと複数形にしたのはわざとである。
これもかけたカマのひとつだ。
これに──ナアクは引っ掛かってくれた。
「あなた方のように穏健で共感性に優れた、いわゆる人間らしい感性を持った方々まで灰色の御方と繋がりがあるとは……でも、当然やも知れませんね。灰色の御方も、私が師事するあの方だけとは限らない……」
灰色の御方は1人ではないし──1枚岩でもない。
彼らは複数人おり、その思想に多少なりとも差違があるようだ。
「私が師事するあの御方のように、エキセントリックな思想を抱く方のみならず、調和を重んじる方々もいれば、今回のプレイヤーたちで実験するかのような性急な取り組みに遺憾の意を表明する方々もいると聞きますし……」
あなた方の御方はそのような方ですか? とナアクは伺ってくる。
「まあな。おまえにアドバイスした奴よりは仏心があったぜ」
ツバサは適当に嘘八百を並べておいた。
こいつ、口数が多くて助かる。
ちょっと話を振れば、当人にとってさして重要ではないが、こちらが求めるような情報をベラベラと喋ってくれるのだ。
灰色の御子にもまともな者はいるらしい。
ツバサたちプレイヤーに無理強いしていることを心苦しいと感じるぐらいの神経は持ち合わせているようだ。その人は味方に引き込みたい。
だとすると、ナアクの師事する灰色の御子は危険だ。
「ナアク──おまえの目的はなんだ?」
ツバサは単刀直入に聞いてみた。
「おまえとツーカーの灰色の御方は、どういう意図を持っておまえみたいなマッドサイエンティストにあることないこと吹き込みやがったんだ? この遺跡や封印された怪物にしろ、アハウさんたちにやらかしたことにしろ……」
おまえには──明確な目的がある。
問い質されたナアクは、いつもの決めポーズを取った。
すべてを受け入れるように両手を広げて、強めのアルカイックスマイル。
「私の目的ですか? 突き詰めれば、たったひとつに絞られます」
ナアクは自らの行動原理を宣言する。
それは──アハウから聞いた口癖のような台詞だった。
~~~~~~~~~~~~
「──魂の自由と解放のためにですよ」
ナアクはたゆたう雲塊を変形させると、何百という悪魔の手に変えて突きだしてくるが、アハウは遺跡の残骸を無数の錐のような棘に変えて迎え撃った。
瞬間、激しい火花が飛び散る。
どちらにも硬質の金属成分が含まれているらしい。
「おまえの妄言は聞き飽きた! その台詞は最たるものだ!」
悪魔の手と錐の棘、それぞれの群れがぶつかり合う中をアハウは突っ切る。
ナアクに肉薄すると翼の腕で殴りかかった。
既にアハウの体高は5mを越えている。巨人めいた図体で一般人の体格なままのナアクを殴るが、その拳に手応えはまるでなかった。
殴った瞬間──ナアクはその身を雲塊に変えて散らす。
「ちぃぃぃぃっ!」
アハウは大きく口を開けると火炎を噴き出して雲塊を焼き払う。
雲塊は舞い上がる火の粉のようにボッと火がつくのだが、それよりも火勢に乗って宙へと逃れる量の方が多い。奴には微々たるダメージも与えられない。
「くそッ……“雲塊”とはよく言ったものだな」
アハウが苦虫を噛み潰したような顔をすると、ナアクは「おやおや」と呟きながら散った雲塊を集めて、研究者なスタイルを再構築させていた。
「ようやく理解してくれましたか──私の過大能力について」
ナアクの本体は──雲塊にあるのだ。
あの雲塊は文字通りクラウドコンピューティングであり、ナアク本人のデータが保存されているのだろう。目の前にいるナアク自身も雲塊で構成されており、本体がダメージを負っても雲塊がすぐに補填する。
致命的なダメージを負わされる状況に陥っても、今のように自身を雲塊に変えてダメージを回避してしまうのだ。
このため、物理的な攻撃はほぼ効果がない。
炎や雷で燃やすのが確実なのだが、ナアクはそれらの攻撃を先読みすると雲塊を散らして、その熱で煽られるように逃れてしまう。
かと思えば雲塊を集めて硬質化させ、様々な攻撃を仕掛けてくる。
硬軟自由で変幻自在──雲のように掴み所がない。
ナアクという男の本質を表した能力だ。
「しかし……その雲塊の量にも限界があるはずだ!」
アハウは叫びながらナアクに詰め寄り、炎を吐き散らして雲塊を焼こうとする。同時に翼に隠れた手にかぎ爪を尖らせていた。
炎の熱波で雲塊が舞い上がる。
熱によって発生した上昇気流に乗って逃れるつもりだ。
その炎を目眩ましにしてナアクと間合いを詰めると、そのかぎ爪で引き裂いた。また物理攻撃と高を括っていたナアクは少しだけ目を見張る。
「ほぉ……高熱を帯びた爪ですか」
アハウのかぎ爪は真っ赤に焼けており、それで引っ掻かれたナアクの肩には黒い焦げが3列並んでいた。焼け焦げた跡は修復が目に見えて遅い。
「タネがバレると対策されやすいですね」
まあ想定の範囲内ですが、とナアクの余裕は崩れない。
焼け焦げた肩の傷も修復スピードが見る間に上がっていった。
恐らく、火に弱いのはナアク本人も理解している。
使われたら使われたで、そのための対応策も編み出しているのだろう。
この男は計算高い。腹が立つくらいに抜け目がない。
「くっ、貴様は……一体なんなんだぁぁぁーッ!?」
吼えるアハウの角が逆立つのように成長し、無数の槍となってナアクに襲いかかっていく。槍となった角は高熱により真っ赤に燃えていた。
「何度も言っているでしょう──私の名はナアク・ミラビリス」
──近しい者は開闢の使徒と呼びます。
そう答えるナアクの目の前で雲塊がわだかまり、いくつもの小さな盾になるとアハウの伸ばした角の槍を防いでいた。
槍の穂先で貫けないし、帯びた高熱で溶かすこともできない。
耐熱コーティングか──アハウはすぐに察した。
それでも構うことなく力任せの攻撃を続ける。
連打をすることで雲塊の盾は崩せたが、新たな盾を次々と作られる。負けじとこちらも軍勢が押し寄せるように角の槍を矢継ぎ早に繰り出していく。
まだ手数が足りない。
そう感じたアハウは更なる変形を肉体に強いる。
翼の両腕が肩甲骨からゴキリと骨格ごと形を変えて持ち上がると、背中へ回ってバサリと羽ばたく。翼の中にはまだちゃんと掌もある。
翼の腕とは別に──かぎ爪が目立つ野太い獣のような腕が一対。
以前よりも翼らしくなった腕と、人とも獣とも見分けられぬ豪腕。
合計4本の腕にかぎ爪を尖らせて、ナアクへがむしゃらに振るっていく。
雲塊の盾の向こう側、ナアクはそれを微笑ましそうに眺めていた。
まるで自分の研究が実りつつあるように──。
膠着状態になりつつある中、ナアクが話し掛けてきた。
「ああ、素敵ですよ、アハウさん……あなたの魂は着々と解放されつつあり、自由を目指して邁進している……カズトラ君も部分的にですが魂の解放を遂げておりましたが……やっぱり、内在異性具現化者の方がいい」
あなたの魂は──肉体という檻に囚われていない。
「肉体……檻……どういう意味だ?」
攻撃の手を休めずにアハウは問う。
ナアクは教え子に説く教授のように解説を始める。
「かつて──地球という現実に籍を置いていた我ら人類は、肉体という名の牢獄に囚われた虜囚だったのですよ」
心も意識も魂も──肉の器から外へ出ることはない。
生まれて死ぬまで、人間の本質は肉体に閉じ込められたままだ。
「私はそれを何とかしたかった……」
ナアクは初めて、憂いを帯びた表情で呟いた。
「人間とはもっと自由なはずです。肉体に縛られてはいけない。そこから解放されて、ありのままの自分をさらけ出せば……人間は更なる高みを望めるはず! 私はその研究に励みました……そして、あの御方に巡り会ったのです!」
幻想世界、神族と魔族──アルマゲドンという実験場。
「アルマゲドンも、この幻想世界も……私にとって最高のフィールドワークとなりました。肉体という名の牢獄から解き放たれ、魂のみの存在であるアストラル体へ昇華した人々……これ以上の研究対象がありましょうか!」
だが、ナアクには不満があった。
「誰もが純粋な魂だけの存在となれたのに……肉体という牢獄に閉じ込められた頃に取り憑かれ、現実と同じような姿をしているのですからね!」
「当然だ! 内在異性具現者のように在りし日の姿と懸け離れた肉体に変わり果てる方がおかしいじゃないか!?」
「──おかしいのは内在異性具現化者ではない!」
突如ナアクは激昂し、巨大な雲塊の盾で殴り返してきた。
5mもある獣王の巨体さえ怯む威力と、ナアクの並々ならぬ気迫。
「肉体から解放されたのに変われない──凡夫どもがおかしいのです!」
さしものアハウも些か驚かされる。
覚えている限り、ナアクがここまで感情を発露させたのは初めてだ。
「内在異性具現化者とは……魂の自由と解放をもっとも体現した存在なのです! 私の追い求める完全なる魂、魂のあるべき理想象……」
肉体に囚われることなく、自らの魂の本質を具現化させた者。
男も女も人も獣も肉も骨も有機質も無機質も形而上も形而下もない。
ありのままの自分──真なる魂を発現させた至高の存在。
「それがあなた方…………内在異性具現化者なのです」
アハウを見つめるナアクの眼差し。
その眼底の奥で光るのは羨望の輝きに他ならなかった。
「御自分の姿をご覧なさい、アハウさん……過大能力の助けもあったかも知れませんが、そこまで自分の思うがままに肉体を変容させるなんて……」
言われてアハウは自らの姿を思い出す。
やや前傾姿勢で類人猿じみた姿勢だが、野太い轟腕を振るって頑強な二本足で立っており、ドラゴンのように太く長い尾を振っている。
背には鉤爪を備え羽毛で覆われた大きな翼を背負い、獅子よりも派手なたてがみを振り乱して、あらゆる獣の中で一番立派な角を掲げている。
──身の丈5mを超えた獣の王。
もしくは──毛むくじゃらの悪魔ではないか?
戦うために無意識で肉体を変形させていたことに、今更ながら気付かされる。確かに、他のプレイヤーはこんなことできないはずだ。
自分の変化をアハウが認めると、ナアクは祝福するように叫ぶ。
「それが! あるべき魂の姿なのです! もはや肉体などというせせこましい牢獄に囚われていないのだから自らの望むままに肉体を変えていけばいい! なのに、誰もがそれをしようとしない! 現実と同じような肉体のままでいる!」
それが私は腹立たしい! とナアクは結んだ。
「自らのあるべき姿となった内在異性具現化者はともかく、いつまでも現実と同じ姿をしている凡愚どもをどうにか啓蒙したかった……私の研究はそのためにあるのですよ! 真なる魂の自由と解放のためにね!」
ナアクの真意を知ったアハウは──吠えた。
「そんなことのために……おれの家族をあんな目に遭わせたのかッッッ!?」
「魂に自由と解放をもたらすために必要な行程だったのですよッッッ!!」
人倫? 道徳? 常識?
そんなもの──クソ喰らえです!
「私はこの幻想世界にあるすべての魂を解き放つ! そして、新たなるステージへと推し進めます! それこそが、あの御方が私に課した唯一の使命! 別次元の脅威と戦うために欠かせない要素のひとつなのですからね!!」
あらゆる魂に──至上へと登るための階梯を用意したいのです!
ナアクの熱弁は、アハウの耳に届いていなかった。
「ナァァァァァァァアアアアアアアアアアアクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
今日まで蓄積させてきた怒りというニトロを爆発させ、アハウは獣王の肉体を更に膨れ上がらせると、ナアクを噛み殺すべく襲いかかった。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
獣王の慟哭が哀切に響いた。
~~~~~~~~~~~~
ナアク・ミラビリスは調査済みだった。
アハウ・ククルカン──彼の有する過大能力についてだ。
彼はあの慟哭めいた大声を発する度、周囲の環境を自分の意のままに変えることができた。自然現象を操るだけに留まらず、超常現象さえも引き起こすことができるところを見れば、かなりの万能性を秘めているのだろう。
だが悲しいかな──致命的な欠点があった。
あの慟哭、つまり声が届く範囲でしか効果を現さないのである。
これは仲間として過ごした期間に聞き込んだ情報であり、アハウが過大能力を公使する際、側にいて分析した結果だから間違いない。
アハウは寡黙な上に口が硬く、仲間の誰にも過大能力の詳細を明かしていなかったので、確実な言質を取れなかったのは残念だが間違いない。
彼の力は世界を塗り替える──ただし、声が届く範囲までだ。
声の届かぬ場所には効果が及ばないのである。
声とは音──空気を振動させる波だ。
ナアクは周囲に雲塊を張り巡らせると、超音波さえもシャットアウトさせる臨時の結界を張った。これでアハウの慟哭も届きはしない。
そうとも知らずにアハウは吠えるが──もう聞こえやしない。
大きく開かれた口から青白い破壊光線が放たれるが、それは視覚化するほどの力を持った咆哮でしかない。ナアクの結界は音を遮断するのだ。
「あなたの過大能力──私には通じませんよ」
アルカイックスマイルの相好を崩すほどの勝ち誇った笑みを浮かべた。
その笑顔が──すぐさま驚愕へと一変する。
アハウの破壊光線がナアクの結界を撃ち破ったのだ。
まさかそんな!? という驚きもあるが、まず自身の肉体を雲塊に変えて破壊光線をやり過ごす。そのまま離れた場所に肉体を構築する。
再構築を終えた肉体が──今度は噛みつかれた。
虚空に存在感を感じて振り向けば、いくつもの獣の顎が中空に浮かび、牙を剥いてナアクの五体に齧り付いてくる。
この時、ナアクは久し振りに激痛という感覚を味わわされた。
現れた獣の顎はナアクも雲塊もお構いなしで齧りつく。
その顎に噛みつかれた雲塊は──完全に消えてしまったのだ。
~~~~~~~~~~~~
アハウの過大能力──【色彩豊かな世界に拡大する意識】。
アハウの意識は肉体を超えて広がり、まるで世界を侵食するように拡大していくと、自らの意識が広がった世界を自由自在に操れるのだ。
これで自然を操ることもできれば、肉体を自由に改造もできる。「世界を壊す」ことを意識すれば、咆哮を破壊光線にすることも可能だった。
ただ、広げすぎると意識を管理できなくなるし、世界から入ってくる情報がアハウの意識に混ざってメチャクチャになってしまうため、あまり広範囲に意識を広げることは自粛している。
目の届く範囲──これがベストらしい。
正しくは五感。視覚、聴覚、嗅覚など広範囲に届く感覚が頼りのようだ。これらの感覚で捉えられる空間内まで能力の効果が及んでいる。
この過大能力の詳細について知るのは、アハウとマヤムだけだ。
この異世界に飛ばされた当初、2人だけで旅をしていた時にアハウは打ち明けたのだが、これを聞いたマヤムは真剣な面持ちでこう訴えてきた。
『アハウさん──この能力は隠しておきましょう』
『この先、共に生きていける仲間が増えてきたとしても、決して明かさないようにしてください……この過大能力はあなたの切り札と成り得ます』
『それほどこの過大能力は強力なものです。もしかしたら、世界の有り様さえも変えてしまうかも……その真価を悪しき者に知られれば、何をされるかわかったものじゃありませんし、彼らと戦う時には有利となります』
『敵を騙すにはまず味方から……背中を預けられる仲間ができたとしても、バラしてはいけませんよ? 人の口に鍵はかかりませんからね』
『そうですね……アハウさんの声はよく通りますから、能力を使う際には必ず吠えるようにされては? ちょっとでも賢しい奴は、そこから“吠えないと使えない。もしくは声が届く範囲にしか効果がない”と騙されるはずです』
『普段から能力を使う時も、支障がない限りではそのようにしておいた方がベストですね。もしも身内にスパイみたいな奴がいた場合、こちらの能力を調べた上で何かしてくるかも知れません……そんな時、役に立つはずです』
用心深いな、とアハウは苦笑したものだ。
だが、結果的に見ればマヤムの配慮は功を奏したと言える。
「まったく……彼、女は優秀だな」
おかげで憎きナアクにこうして報いることができた。
ちなみに──ツバサにはこの秘密が一発でバレてしまった。
『アハウさん、吠えるのと能力は関係ないでしょう? あなたの過大能力は意識を広げて世界を侵食するようなものだ。あの咆哮はブラフですか?』
何故バレた!? とアハウとマヤムは驚愕させられた。
『俺の過大能力は自然その物を司るものですからね。わかるんですよ、自分の支配下にあるはずの自然に、何者かが忍び込んできたような気がしてね』
なるほど、とツバサの説明に納得させられた。
彼女……いや、彼の横でバナナを頬張っていたミロも尋ねてくる。
『そういやアハウのオッチャン──過大能力もう1個あるよね?』
どうしてバレた!? と今度こそ愕然とさせられた。
こちらもマヤムの進言で隠匿したものである。
敵対する者を退けるにはこの上ない威力を発揮する過大能力だが、日常生活ではほとんど役に立たないので隠すのは造作もない。
なのに、あのミロという少女は一目で看破したのだ。
彼女は『女の勘♪』と笑っていたが──末恐ろしい少女である。
その、もうひとつの過大能力がナアクを捕らえていた。
「おやおや、アハウさん……人が悪いですね……」
幾多の大顎に噛みつかれたナアク──。
両手両足は噛み千切られてダルマ状態であり、雲塊を集めて修復する端から待機している大顎が囓っていく。
宙を逃げ惑うように漂う雲塊も、大顎たちが吸い込んでいた。
「いつも使っていた過大能力は全然本気で使ってなかった上……このような隠し球まで用意していたなんて……私、そこまで信用されてませんでしたか?」
「別におまえへの警戒ではなかったのだがな……」
優秀な腹心のおかげ、としか言えなかった。
「おれは元来……人を信じやすく、あまり疑おうとしない……だから、泣きを見たことも1度や2度じゃない……それでもまあ、今となれば笑い話だ」
友達に数万の借金を踏み倒されたとか、その程度のものだ。
裏切った彼らをとやかく言う気持ちさえない。
「だが……おまえだけは勘弁ならん!」
角も牙も爪もベキベキと音が鳴るほど鋭く尖り、たてがみは本当に怒髪天を突く勢いで逆立ち、拡大する意識は周囲一帯を震撼させた。
「仲間だと……同士だと……家族だと……認めていた者たちを! おまえは自身の意欲を満たすためだけにあんな姿に変えたのだ……ッ!」
許せるものかよ! とアハウは鬼気迫る形相で吠えた。
これにナアクは全身を噛み千切られたまま、いつも通りのアルカイックスマイルで応じている。その表情はなんとなく満足げだった。
「これもまた……研究の一環ですよ……そして、成功です」
強烈な感情は、魂を解き放つ一助となる。
「蕃神の髄液を投与された彼らが……成功すれば良し。失敗して廃棄処分することになっても……あなたの怒りを引き出せれば……それがアハウさん、あなたの魂を自由と解放に導ければ…………それもまた、良し、なのです」
――実験は大成功ですよ。
真の獣王へと成りつつあるアハウに、ナアクはそう告げてきた。
アハウは牙が折れるほど噛み締め、かぎ爪が掌を貫くほど拳を握り締め、眼から血の涙を流して怒り狂った。
「きっ、貴様という……男はッッッ!!」
この男は──人間として根本的に誤った思考回路を持っている。
百害あって一利なし、生かしておいてはいけない。
仲間の仇を討つ以上に、これ以上の犠牲者を出してはいけないのだ。
怒り狂うアハウの逆立つたてがみからオーラのようなものが立ち上る。それはアハウの頭上で凝り固まり、巨大な顎となった。
屋敷のひとつやふたつは丸呑みにできそうな、大きすぎる顎だ。
獣の王を連想させる、勇壮な牙が居並んだ顎が開かれる。
アハウのもうひとつの過大能力──【牙を剥きて囓りつく虚無】。
この顎で噛み砕かれた存在は跡形もなく消滅する。
ただ、それだけの過大能力だ。
色即是空──空即是色。
アハウの2つの過大能力は、この言葉を思い出せるものだった。
「消えろ! この世界から跡形もなくッ!!」
巨大すぎる顎は限界以上に開かれて、雲塊ごとナアクを一飲みにする。
それをナアクは──アルカイックスマイルで受け入れた。
「ああ、素敵だ……やはり、内在異性具現化者は…………いい……」
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ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
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