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第5章 想世のケツァルコアトル
第121話:補給タイム~奈落の底へ
しおりを挟む気で象られた龍が──魔神の大穴に張られた結界を食い破った。
その直後、ツバサたちは大穴への突入を敢行。
倒れ伏すジャジャを発見したミロは、彼女に手を伸ばそうとする見るからに怪しいアルカイックスマイルの不審者を発見。有無を言わさぬ流星の如きドロップキックを放つと、顔面を陥没させる威力で蹴り飛ばすとこれを撃退した。
あの男が──ナアク・ミラビリス。
アハウから聞いた外見と一致する。「煙のような“雲塊”に気をつけろ」というアドバイス通り、周囲に濃厚な白煙を漂わせている。
物質的な存在感さえ孕むそれは、まさしく“雲塊”と呼ぶべきものだった。
その頭上に舞い降りたツバサは溜め込んだ怒りを炸裂させた。
「俺の娘が大変世話になった……失せろ! そして死ね!」
まず雲塊ごと圧縮空気の壁で作った球状の結界へ閉じ込める。
それを汚らわしいものでも捨てるように大穴の中心まで吹き飛ばし、そこで徐々に結界を縮め、その内部で大自然の猛威を暴れさせた。
圧縮を超える爆縮で際限なく圧力を掛けていく。
おなじみの轟雷や爆炎は元より、過大能力【偉大なる大自然の太母】が使えうる攻撃的な手段を叩き込み、縮んでいく結界内で荒れ狂わせる。やがてそれは全てが限界突破して、超高温かつ超高密度の極限状態へと達する。
それは──恒星に宿るプラズマに等しい。
結界の圧縮も限界に達し、大爆発を引き起こしたのだ。
アハウによれば「この程度のダメージでは殺せない」とのことだが、とりあえず腹いせは済んだ。そこそこダメージを与えていれば良い。
効いていなければ、別の手段を講じるまでだ。
不審者の相手よりも、今は最優先ですべきことがある。
ツバサは大爆発を起こすナアクに背を向け、ほとんど天井が吹き飛んだ研究施設らしき跡地へと降り立った。
そこにはミロに抱かれたジャジャがいる。
ジャジャは呆然としながらも、ツバサの顔を見ると安堵してくれた。
「ツバサさ……母上……助けに、来てくれたのですね……」
嬉しいです、とジャジャは疲れた顔を綻ばせた。
幸い怪我はしてないようだが、この研究施設の破壊具合や、魔神の大穴の結界を破ったのはジャジャの功績だろう。
どれほどの死闘を潜り抜けたのか──聞くまでもない。
ミロに抱かれた小さな身体は疲れ果てている。
極度の過労から、今すぐ卒倒してもおかしくはないはずだ。
それでもツバサやミロと再会できたことを喜び、気を失わずに笑顔で迎えてくれる健気さに涙腺が燃えそうなくらい熱くなる。
男らしく毅然とした態度で「よく頑張ったな」と一言だけ告げて、頭でも撫でてやればダンディに決められる……なんて考えてたツバサが浅はかだった。
今の今までツバサのオカン魂が心配に心配を重ねてきたのだ。
神々の乳母が暴走する──5秒前。
口を真一文字に結んで我慢するが、今にも泣き叫びそうな唇は固く結ばれたまま震え、瞬きもせず見開いた瞳は潤んで今にも涙がこぼれそうだ。
叫び出したい気持ちを押さえ込んだ頬まで膨れ上がる。
ツバサの心情を察したミロは、ジャジャの両脇に手を差し込んでその幼女の身体を持ち上げると、笑顔でツバサに差し出してきた。
「はい、ツバサさん。可愛い愛娘の無事を祝ってや……」
「ジャジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァーーーッッッ!」
ミロが言い終わるよりも早く、感極まったツバサはジャジャを奪い取るように抱き上げると、感情を大爆発させて泣き叫びながら抱き締めた。
アハウの慟哭に負けず劣らずの号泣である。
「良かったぁ! おまえが無事で……生きててくれて良かったぁ! ありがとう、生きててくれて……おまえに何かあったらお母さん、どうしたらいいかと……ずっと生きた心地がしなかったんだからああああああっ! うわあああああああっ! ああああああああああああああん!」
「ちょ、母上……落ち着いてくだされ……喜んでくれるのは嬉しいでゴザルが……自分、すっごい疲れてて……うおっ!? おっぱいに沈む!? いっ!? 痛い痛い痛いッ!? 全力すぎるでゴザルよ!? せ、背骨がヤバいぃぃぃ!?」
ジャジャの言葉すら耳に届いていない。
力いっぱい抱き締めて、ツバサの涙でビチョビチョになるまで頬ずりして、頭がおかしくなったのではと思われるくらいキスをして、胸の谷間に幼女の身体を挟み込んで押し潰す勢いで抱き締めて……。
ジャジャという存在を母親の五体で味わい尽くす。
衰弱していたジャジャが、白眼を剥いてグッタリするまで愛でていた。
「すん、くすん……よく、頑張ったな……」
ようやく落ち着いたツバサは、用意していた台詞をやっと言えた。
「は、はい……自分なりに頑張った……でゴザル……」
ジャジャは過剰すぎる母からの愛情にちょっと辟易した感はあるものの、苦笑で答えてくれた。そんな愛娘をもう一度ギューッと抱き締める。
「センセイ、次ワタシですワタシ! お姉ちゃんとして!」
「……ん、マリナか。わかった、お姉ちゃんだもんな」
ツバサの感激が終わるまで、ずっと背中で待っていたマリナはヒョコッと顔を出すと、自分もジャジャの無事を祝おうと彼女を抱き締めた。
「良かったぁ……ワタシも心配したんだからね、ジャジャちゃん」
「ご心配かけて申し訳ないでゴザル、姉上……」
今ではマリナの方がお姉ちゃんで大きい。
ツバサに愛され尽くしてヘトヘトなジャジャは、本当なら年下なはずのマリナに姉として優しくされ、心中複雑そうな表情を浮かべていた。
そこへ──舞台裏から大きな扉が開いた。
先ほどチラリと視認した時、例の雲塊で固められていたようだが、それが消えたので開いたのだろう。扉からはクロコと少年と幼女が出てきた。
少年と幼女は──もしやアハウの仲間か?
扉から出てきたクロコはツバサとミロに跪いた。
すぐさま謝罪の弁を述べてくる。
「ツバサ様、ミロ様、誠に申し訳ありません……ワタシがついていながら、ジャジャ様を危険に晒してしまい、あまつさえ主人であるお二人の手を煩わせてしまったこの為体。どのようにして償えばいいか……」
こういうところは責任感もある──おまけに殊勝だ。
エロスに全振りな思考さえ目を瞑れば、本当にできた女である。
「いや、いい……おまえも尽力してくれたのはわかるさ。ジャジャ一人でこの難局を乗り切れたとは思えない。おまえの力あったればこそだ」
ありがとう、とツバサは素直に礼を述べた。
これにはクロコも瞳を涙に潤ませる。
「勿体なきお言葉……ありがたき幸せにございます!」
「まあ、それはそれとして──」
次いでツバサは跪くクロコをジト目で睨む。
「おまえの不手際でジャジャを危険な目に遭わせたのは事実だから、その責はちゃんと負ってもらおう……帰ったらお仕置きだ」
「お仕置き……拷問ですね!? ありがとうございますッ!」
褒めた時よりも大喜びなのは気のせいじゃない。
本当、この駄メイドの精神構造だけは未だに理解できなかった
まさか……本当にお仕置きが目当てじゃないかろうな?
ツバサが疑心暗鬼に陥っていると、一緒についてきたマヤムが舞台裏から出てきた少年と幼女を見て、驚きと歓喜の声を上げていた。
「……カズトラ君ッ!? ミコちゃんッ!?」
片腕をサイボーグ化したような目付きの悪い少年と巫女装束の青い髪をした幼女は、家族と再会できた面持ちでマヤムに駆け寄っていった。
「マヤム姉ッ! ああっ、マヤム姉だッ!」
「マヤムお姉ちゃんッ!」
3人はひっしと抱き合う。
というより、マヤムが少年と幼女をその包容力で受け止めていた。
ツバサがミロたちの母親なように、アハウたちのパーティーにおいては彼女が母親代わりを務めていたのだろう。その仲睦まじさは見ればわかる。
アハウが父親で──彼女が母親か。
どこのプレイヤーパーティーも、こうして擬似的な家族になっているのかも知れないと思うと、不思議な感慨深さがツバサの胸にこみ上げてくる。
「おやおや、夜も明けきらぬというのに……千客万来ですね」
感慨深さを汚す声が聞こえた。
大穴の内壁を取り囲むような不可思議な遺跡群。
そこを土台に改築したらしい研究施設は見る影もなく、大穴の向こう側まで覗けるほど開放感のあるぶっ壊れ具合を示していた。
そこから大穴の中心を見ると──雲塊が漂っている。
それは極小の粉塵が寄せ集まっているものらしいが、少しずつ密集していくと口や指などを形作っていき、身体の端から人体を再構成していく。
……やはり仕留められなかったか。
ただの雲でないのは一目瞭然、なんなんだアレは?
雲全体にぼんやりとした気配、生命力のようなものを感じ取れる。それがナアクを構成する要素であり、あの男の不死性の謎を内包しているらしい。
すっかり元通りに復元した、ナアク・ミラビリス。
随分と前に流行したという某寿司チェーン店の社長のような、両腕を広げて客を出迎えるポーズで大穴の中心にフワフワと浮いていた。
その痩身には羽衣のように雲塊をまとわせている。
「ジャジャちゃんの龍脈が結界を破ったことは気付いていましたが、いくら減ったとはいえ私の領域内をろくに感知もさせないスピードで、この大穴に侵入してくるとは……待ち構えていたのですかね? まあ、いいでしょう」
お初にお目に掛かります、とナアクは仰々しく挨拶をする。
「私の名はナアク・ミラビリス。近しい人は開闢の使徒と……」
「ああ、名乗りも口上もいらん。おまえについてはよーく知っている」
ずっと聞いてたからな、とツバサはナアクの話を手で制した。
「それでな、俺たちの相手をしている暇なんかないぞ」
おまえにご執心の方が──もう来ている。
その言葉の真意を見抜いたのか、ナアクは身を強張らせた。
ほぼ同時にあの慟哭が聞こえてくる。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
以前よりも声量が増した、今まで以上に激しい感情の込められた獣王の慟哭は、大穴の中でわんわんと反響して鳴り響いている。
それは降り注ぐように落ちてきて、ナアクの細い肩を震わせた。
「ナァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアクゥゥゥッ!」
アハウ・ククルカンは高速で落下してくる。
海鳥が海中の魚を狙うように翼を畳んだ身体を弾丸の如くすぼめて、ナアク目掛けてまっしぐらに突っ込んでいく。
その頭部に飾られた角がベキベキと硬い音をさせて変形する。
角はいくつにも枝分かれしつつ先を尖らせて、ナアクの全身を刺し貫きながら絡め取った。そこで初めて、アハウは翼を広げて一瞬だけ滞空する。
全身を刺されて血反吐を吐いているというのに、ナアクはアルカイックスマイルを崩すことなくアハウと挨拶を交わそうとする。
「これはこれはアハウさん、お久しぶりです」
その後どうですか? とのんきに世間話まで振ってきた。
まるで久し振りに再会した友人だ。
アハウは激怒のまま雄叫びを上げてナアクに組み付いていく。
「ナァァァアアアクッ! ここで会ったが百年目! 今度こそ……今日こそ決着をつけてやるッ! 仲間たちの仇、おまえの魂で購ってもらうぞ!」
そのままアハウは大きくツバサを羽ばたかせると、ツバサたちのいる研究施設跡とは反対側へ、まだ手つかずの遺跡群へ飛び込んでいった。
無論、角で貫いたナアクを連れてだ。
ナアクには百回地獄に叩き落としても足らない怒りがあるツバサだが、それを上回る復讐心に駆られたアハウにここは譲るとしよう。
~~~~~~~~~~~~~
15分後──ツバサとジャジャは舞台裏から出てきた。
「自分……復活でゴザル!」
15分前とは打って変わって元気を取り戻したジャジャは、活き活きとした笑顔で両腕に力こぶを作るポーズで回復振りをアピールした。
先ほどまでの衰弱っぷりはどこへやら──。
元気を取り戻しただけではなく、顔色や血色までベストコンディションに回復しており、肌艶の良さも幼女本来のプニプニツヤツヤモチモチになっていた。
「はぁ……なんか俺もスッキリした」
一緒に出てきたツバサはちょっとやつれた感はあるものの、とある理由から晴れ晴れした笑顔で舞台裏から出てきた。
具体的に言えば、溜め込んでいたものを出し切ったのだ。
おかげでスッキリしてさわやかな気分である。
そしてクロコは──。
「しゅ、出血多量で死ぬかと思いました……」
鼻血の出し過ぎで貧血になりかかった青白い顔で、自分の舞台裏から這うように出てきた。なのに、その顔は幸福の絶頂を味わったかのようだ。
三者三様の幸福感にマリナが疑問を抱く。
「あの……舞台裏で何してきたんですか?」
マリナの問いにジャジャが明け透けなく答えようとする。
「はい、母上からハトホルミルクを……むきゅ!?」
「いつもの活力付与でジャジャを回復させてやっただけだよ!」
なあジャジャ? とツバサは凄んでジャジャの口を封じる。
ジャジャは母の威厳に口を塞がれたまま頷いた。
しかし、もっと口の軽い人間への対応が疎かだった。
「はい──ツバサ様には舞台裏を授乳室として使っていただき、ジャジャお嬢様を回復させるためのハトホルミルクの授乳と、ジャジャお嬢様を心配するあまり母性本能が天元突破したために過剰増産気味になっていたハトホルミルクの搾乳作業を行っておりました」
「おまっ……バラしてんじゃねーよ!?」
思わずツッコみながらクロコをひっぱたくツバサ。
それでもクロコの口に戸は立てられず、駄メイドは感涙と鼻血と涎を垂れ流しながら両手を組んで、女神を拝むように回想して楽しんでいた。
「ああっ……それはそれは、とても素晴らしい光景でございました……聖母のようなツバサ様が両胸を露わにして、小さくて愛らしいジャジャ様を抱き上げ授乳する姿は……まさに母性は原初のエロス! どちらも中身が中身だけに恥じらいながらも、ツバサ様は自らの母性本能に抗えず、ジャジャお嬢様は娘ゆえの母親への慕情に従い、授乳する側とされる側の喜びと恥じらいを分かち合うという、この百合ともおねロリともBLとも言いがたい、私にお得なシチエーション!!」
「もういいッ! おまえちょっと黙れ!」
「あはぁん♪ もっとぶって! もっと嬲ってくださいませ!」
メイドカチューシャに拳骨を落としても効かない。
戯言を垂れ流すクロコの滑舌は空回りする一方だった。
「しかし、母性がオーバーチャージ気味だったツバサ様は、ジャジャ様に授乳したぐらいでは乳腺の張りが取れず……仕方なく私謹製の搾乳機で更に搾られるという事態に! しかも私のみならずジャジャ様の目の前で身悶えるという羞恥心MAXなこの状況に! 私は……わたくしはぁ…………おっほぅ♪」
クロコは派手に痙攣した後、白目を剥いて卒倒した。
その横では、ジャジャが両手で股間を押さえてモジモジしている。
「いや、噂には聞いていたでゴザルが……あれは凄かったでゴザル」
「ジャジャ……さっきのは忘れろ、いいな?」
頬を染めて息の荒いジャジャに、ツバサも赤面したまま命じる。
そんなやり取りを見ていたミロとマリナは──。
ミロは両手を頭の後ろに回して残念そうだった。
「なーんだ、そんな楽しいことやってたんならアタシも参加すりゃ良かった」
「おまえが混ざると15分じゃ終わらんだろ……」
ツバサも快楽に負けて、最低でも3時間は費やしてしまう。
ミロに鳴かされて啼かされた挙げ句、本当に泣かされるまで快楽堕ちさせられてしまうのがオチだ。そんなことされたら、この後に支障が出る。
マリナは照れながら、ツバサにそっと耳打ちする。
「あのセンセ……いえ、お母さん。帰ったらワタシも、その……」
「……おまえは本当にマザコンだなぁ」
ジャジャと同じことをしてくれ、とマリナは暗に要求してきた。
ハトホルミルクの件は──女性陣全員にバレている。
ミロとトモエには隙あらば飲まれていたが、ここにマリナとジャジャとジョカが加わったのだ。おかげでツバサの母性本能はうなぎ登り状態である。
「さすがにフミカ様は求めてきませんか──授乳」
卒倒から復活したクロコに質問される。
「当たり前だッ! クロコとフミカは乳離れがどうとか以前の年齢だろうがッ! いや、それを言ったらミロやトモエもおかしいんだが……」
フミカは授乳こそ求めてこないが、「バサ兄の搾乳シーン興味あるッス」とかイジワルな顔で笑っていた。アイツ、意外とSの気があるのだ。
家族の視線がツバサの豊満なLカップに注がれる。
あれだけ話題にされたのだ。注目するなというのが無理だろう。
このせいでツバサは必要以上に胸を意識させられてしまい、せっかく張り詰めたものが取れたというのに、また胸の奥が疼くような気がした。
胸の下で腕を組んで紛らわせると、ツバサは大きな声を出した。
「さあ、一休みは終わりだ──俺たちも用件を果たしに行くぞ」
アハウさんやマヤムさんたちは? と外で待っていた2人に確認する。
「センセイの言い付け通り、マヤムさんには仲間を連れて隠れ里に戻っていただきました。万が一の場合、隠れ里のお猿さんたちを避難させるために……」
マリナは指先を頭上に向けて報告する。
ツバサがそれに頷くと、今度はミロに振り向いた。
ミロは両手を振った先には、アハウとナアクが突っ込んだ遺跡群。
そこから爆発音と破壊音が絶え間なく響いてくる。
「我らが獣王のフレンズは──どったんばったん大騒ぎの真っ最中です」
「獣王のフレンズとか言うな」
そりゃ獣だけど──獣どころか獣王にして獣神だけど。
アハウは「勝ち目はある」と言っていたので、ナアクは任せよう。
もしもの時は助太刀するが、今は足止めを頼みたい。
「俺たちが用があるのは……この大穴の底だ」
ハルピュイアたちを襲った──巨大蝙蝠のような異形の怪物。
フミカがシャゴスと名付けた怪物の出所だ。
「自分たちが調べた限りでは、この研究施設にあの怪物を産み出すような装置の類いはなかったでゴザル……代わりに、その……」
ジャジャが言葉にしづらい部分をクロコが継ぐ。
「先ほどのお話にあったお猿さん──ヴァナラという種族の方々でしょうか、彼らを実験台にした痕跡は唸るほどございました」
「あの変顔の笑い男、マジモンのマッドサイエンティストだったんだ……」
2人の話を聞いて、さしものミロも呆れていた。
「……となると、あのシャゴスはこの底から来てるんだろうな」
また別次元への裂け目があるのか? それとも違う要因があるのか?
はたまた──あのナアクが何かをしたのか?
ナアクが魔神の大穴に潜り込んでからシャゴスは出現するようになった。
とても無関係とは思えない。
「直接行って確かめた方が早そうだな」
ツバサには──どうにも腑に落ちない点があった。
もしもナアクに尋ねて、その点を「そうです」と彼が認めさえすれば、すべて腑に落ちるのだが、それはそれで最悪のケースとも言えた。
それはナアクが──ツバサたちより“事情通”という証明になるからだ。
~~~~~~~~~~~~
深さは2000mを数えただろうか──。
ようやく地の底が見えてきた。
マリナの用意してくれた魔法の照明を頼りに、5人は用心しながら飛行系技能でゆっくり降りていく。光に反射して地の底が照り返している。
「違います……あれ、結界です」
さすが家族で誰よりも結界に通じている娘だ。
マリナは地の底を塞いでいる、もうひとつの重厚な結界に気付いた。
「大穴に結界で蓋をして、その底にもまた結界? 二重底ってやつ?」
ミロは目をすがめて結界の底を見ようとする。
「……何かいるな。随分でかそうだ」
ツバサは身体能力を強化する過大能力のおかげで夜目も利くし視力も高いので、結界の底にあるものの全容をほぼ把握していた。
以前なら驚いただろうが──そろそろ慣れてきた。
クロコも反応が薄いので気付いても「あら」ぐらいの声で済ますが、多感な年頃のミロたちはそれに気付いて髪の毛が逆立つほど驚愕する。
「「「きょ……巨神兵だああああああぁぁぁーーーッ!?」」」
「いや違うだろ。雰囲気はそれっぽいけど……」
劇場版において風の谷の地下で蘇生中のシーンをイメージしたらしいが、共通点は胎児のように丸まっているだけで姿形はまるっきり別物だ。
奈落の底に張られた結界の下に──そいつはいた。
分厚く固そうな甲殻はもはや甲羅にしか見えず、顔付きは爬虫類でも亀に近いが凶暴そうだ。蝙蝠のように皮膜を張った翼の腕を器用に畳んで丸まっている。
全長は100m近くありそうだった。
ドンカイたちが倒したのが30m前後と言っていたから、こいつは優にその3倍はある。だとすれば、こいつがシャゴスの王なのだろう。
シャゴスの王は──脈打つ卵膜の中にうずくまっている。
その卵膜は強靱そうな太い鎖で何重にも縛り上げられており、鎖の根元は奈落の底に埋め込まれていた。
強固な結界(×2)で封じた上、あの鎖でも拘束しているのだ。
「別次元への裂け目はないみたいだが……あれがシャゴスの王だとして、封印されているのか? それもかなり昔の封印みたいだが……」
ツバサはなんとなく分析の技能でシャゴスの王を調べてみた。
そこで初めて──驚愕することができた。
ハルピュイアを追いかけてきたシャゴスは、ドンカイとトモエが退治してくれたのはいいのだが、その残骸は残っていなかったのだ。
木っ端微塵に爆散してしまい、肉片は川に流されてしまったらしい。
目撃したトモエが精巧なスケッチを描いてくれたので、ツバサとフミカはその絵でしかシャゴスを確認していないのだ。フミカが名付けにいまいち乗り気じゃなかった理由は、分析するべき対象が手元になかったからである。
もし分析できていたら──その時点で新発見に喜んだはずだ。
「あれは……別次元からの侵略者じゃない」
「え? どゆこと? あいつ真なる世界産の生き物なの?」
ミロが首を傾げたが、ツバサは首を左右へと振るしかなかった。
「それも違う……真なる世界のものでもない……」
「この世界のものではなく、別次元のものでもない……じゃあ……」
あれは何なんですか? とマリナが震える声で尋ねてきた。
ツバサが分析した結果を口にするよりも先に、忌まわしい声が湧き上がる。それは奈落の底から這い上がってくるかのようだった。
「答えは簡単──この世界と別の世界の交雑種ですよ」
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