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第5章 想世のケツァルコアトル

第118話:ジャジャの奇妙な冒険

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 ヴァナラ族──インド神話に登場する種族である。

 ヴァナラとはインドの言語であるヒンドゥー語で「猿の人」を意味し、言葉通りに猿の亜人種として言い伝えられている。

 類人猿の背筋を正して外見を人間に近付けたような姿で、背丈は人間よりもやや小柄。全身が薄茶色の体毛に覆われ、長い猿の尾を生やしている。

 性格は陽気で活発ながらも正直で親切。

 基本的に善良な種族なのだが、猿という本質ゆえか好奇心旺盛でワガママなところがあり、短気で怒りっぽく子供みたいな気質でもある。

 インド神話の中でも人気のあるラーマーヤナで準主役級の活躍を見せ、西遊記の孫悟空のモデルになったという説もある猿の神“ハヌマーン”

 彼はこのヴァナラ族の出身である。

(※父親は風神ヴァーユ、母親がヴァナラ族出身の天女アンジャナー)

   ~~~~~~~~~~~~

「……って、この本には書いてあるよ」

 ミロは手にした【魔導書】グリモワールを読み上げて、パタンと閉じた。

 アハウたちに案内された──密林の隠れ里。

 出迎えてくれた猿に似た現地種族についての知りたかったので、フミカにスマホで教えてもらおうと思えば圏外だった。

 ダインの通信衛星も、この辺りまではカバーできていないらしい。

 仕方ない、とツバサが諦めたところでミロが道具箱インベントリからフミカから借りたという【魔導書】を引っ張り出してきたのだ。

 これにはアルマゲドンでフミカが調べ上げた亜人種や異種族、果てはモンスターについて網羅されているという。「スマホが繋がらなかった時に」とフミカがミロに貸してくれたらしい。

「どうして俺に渡さなかったんだ?」

「ツバサさん、出発前は準備で忙しそうだったからね」

 だから、暇していたミロに渡したそうだ。

「アタシに小難しい本を渡すなんて、豚に小判で猫に真珠だよねー」

 ミロは自嘲気味に半笑いで肩をすくめた。

「そうだな、ことわざも満足に言えないアホに渡すべきじゃないな」

 正しくは、豚に真珠で猫に小判──逆だよ逆。

 ヴァナラの項目を一字一句間違えずに読めたのは奇跡に近い。

「そうか……彼らはそのような種族だったのか」

 先を行くアハウも、興味深げにミロの解説に耳を傾けていた。

 学術的な興味が湧くような口振りだった。

 ツバサたちは今、アハウとマヤムの案内で隠れ里の中でも一番背の高い巨木を中心にして建てられた積層建築の中にいた。

 これは小屋というよりも砦──あるいは木製のお城だ。

 日本のお城のように土台となる階層ほど広く、上の階に行けば行くほど狭くなる。最上階は天守閣のような見張り台になっているのだろう。

 アハウはツバサたちをその最上階に連れて行くつもりらしい。

 見せたいものがある、と言っていたが……?

 アハウは建物の窓から外を眺める。

 隠れ里で暮らすヴァナラたちを認めて表情を柔らかくした。

「確かに少々子供っぽくて世話の焼ける者も多いが、みんな気のいい連中だ。来る者拒まず去る者追わず、おれたちもすんなり受け入れてくれたしな」

「アタシらも歓迎されたしね~。バナナ美味しいッ!」

 ミロはヴァナラ族から歓迎でもらったバナナを頬張っていた。

「こら、歩きながら食べるな。お行儀の悪い……、」

 ツバサやマリナもヴァナラたちからいくつかの果物を貰ったが、きちんと道具箱インベントリにしまっている。いや、マリナは桃を1個だけ手にしていた。

 それは仙桃せんとう──食べると強化バフのつくレア食材だ。

 マリナは今すぐ食べたそうにマジマジ見つめている。

「この辺は仙桃が実る樹もあるんですね。ちょっと羨ましいです……」

 マリナの好物は桃──アルマゲドンの仙桃など大好物だ。

 しかし、ツバサたちが暮らす谷周辺には仙桃の生える木がなく、ツバサが在庫で持っているのを小出しでおやつにするくらい。

 帰りに苗木を貰っていってやるか、とツバサはマリナの頭を撫でてやる。

「……1個だけだからな」
「あ……はい! ありがとうございます、センセイ!」

 ツバサはマリナから桃を受け取り、手早く剥いて渡してやった。

 美味しそうに齧りつく娘の笑顔にツバサの頬も綻ぶ。

 そっとこちらを振り返るアハウも微笑ましそうに見守っていた。

 彼の微笑みには羨望せんぼうが垣間見える。

「君たちは……本当に家族なのだな……」

 先ほどは済まないことをした、とアハウは改めて詫びた。

 傍らにいるマヤムも「……すいません」と小声で謝ってくる。

「その行方が知れないという2人も気掛かりだろうが……あの騒ぎでも顔を出さないことから考えるに……ナアクに攫われた可能性も否定できない」

 平気で他人を実験台にする男──ナアク・ミラビリス。

 そんな外道に可愛い娘が捕まったかと思うと、ツバサは気が気ではない。

 ようやくマリナを降ろして、ミロとも手を繋がなくとも理性を保てるまで回復したのに、また母心が動揺してしまいそうだった。

 ミロとマリナが「落ち着いて」と支えてくれなければ危ないところだ。

「……だが、ナアクに捕らわれたと仮定するなら、良くも悪くもしばらく身の安全は保証されるだろう……猶予期間ゆうよきかんは無事なはずだ」

 アハウもまた、ジャジャの無事を臭わせるようなことを言う。

「どういう意味ですか、それは……?」

「奴は捕らえた人物をじっくり観察する。観察を終えたところで、その人物に相応しい実験を執り行うようだ……それまでは手出しをしない」

 研究対象を調べ上げた末──実験材料にする。

 その実験体に相応しい、最適の実験方法を見定めるらしい。

「奴が現れたのは2ヶ月前。おれの仲間たちを実験材料にしたのが、およそ1ヶ月前……実験対象の研究と観察に、最低でも3週間は見積もるのだろう」

「それがデッドライン、というわけですか……」

 皮肉なものだ、とアハウは苦々しく呟いた。

「この世で最も信頼したくないやからだというのに……短いとはいえ1ヶ月の付き合いで、それぐらいはわかりあえるような間柄になってしまった……」

 忌々しい! とアハウは隠さずに舌打ちする。

 やがて階段を上りきると建物の最上階に出た。

 そこは巨木のこずえでもあり、地平線の彼方まで見渡すことができた。

「すっごーい! どこまでも広がるの海だーッ!」

 このジャングルを初めて訪れた時も壮観な眺めだったが、更に密林へと分け入ったところにある、この隠れ里の上空からの景色はもっと圧巻だった。

 ミロの言ったとおり──大地を覆い尽くす樹の海だ。

 地球ではこれほどの景色を求めるとしたら、アマゾン辺りにでも赴かねばならないだろう。そして、ここ真なる世界ファンタジアは地球よりも遙かに規模が大きい。

 この密林は──どこまで広がっているか見当もつかない。

 この世界に来て様々なものと出会してきたツバサでさえ、言葉を忘れるほど見とれてしまう景色だった。

「感動しているところ悪いが……あれを見てほしい」

 アハウは翼の腕を持ち上げ、かぎ爪の目立つ指で東を指差した。

 密林のあまり起伏の激しくない平野になっているが、所々にツバサたちが降り立ったような丘や崖が見受けられる。しかし、そこは明らかに違った。

 そこだけ台地のように盛り上がっている。

 そして、台地の中央には大きな穴が穿うがたれていた。

「大昔からある穴らしい……ヴァナラたちは“魔神の大穴”と呼んで、恐れて近寄ろうとしない。いわゆる禁足地きんそくちのようなものだな」

 ナアク・ミラビリス──奴の逃亡先は彼処あそこだという。

「逃げた先がわかってんなら追っかけりゃいいじゃん」

 至極当然のことをミロは言う。

 しかし、アハウは思慮深く目を閉じて頭を左右に振った。

「おれたちも来た当初、あの穴が気になったので調べようとしたが……駄目なんだ、強力な結界が張られている……おれでもマヤムでも破れなかった。ヴァナラたちが言うには『ずっと昔の神様が封印した』とのことだが……」

「ずっと昔の神様……?」

 かつての神族が封じたということだろうか?

 ツバサは下手に口を挟まず、アハウに話を進めてもらった。

「ヴァナラたちも恐れて近付かず、結界のせいで探ることもできない……ああ、覗いた限りでは穴の途中、内壁に遺跡らしきものは確認できたが……それだけだ。触らぬ神に何とやら、おれたちは放置していたんだが……」

 ナアクはいたく興味をそそられたらしい。

「おれたちの目を盗んで密かに穴を調査し、どうにかして結界を潜り抜ける手段を見つけたらしい……奴はあそこに逃げ込んだ。それは間違いない」

 アハウたちはナアクを追い、結界を破ろうと試みた。

 しかし、やはり大穴を封じる結界は強固で破れなかったそうだ。

 ナアクが逃げ込んで以来──新たなる異変も起き始めた。

「あの巨大な蝙蝠こうもりのような怪物ですか?」

「そうだ……穴の底から定期的に現れては、結界を素通りしてヴァナラや大型モンスターを狙って襲い、また大穴へと戻る……被害も馬鹿にならん……」

 出現する度にアハウが退治しており、余裕があれば固い樹木で穴を覆い、出てくるのを未然に防いでるそうだ。

 それでも先日、隙を突かれて1匹取り逃してしまったという。

 それがハルピュイア族を追い回したらしい。

「まさか君たちの里にまで迷惑をかけたとはな……本当に申し訳ない」

「いえ、それは済んだことです。気にしないでください」

 アハウの説明を受け、実際に大穴も見せられた。

 どうやら巨大蝙蝠シャゴスの出現は、ナアクとかいう男の非人道的な活動に関係があるらしい。タイミングが一致している。

 そして、未だに姿を見せないジャジャ(ついでにクロコ)も、その男に囚われているのかと思うと、一瞬で血が沸き立つほどの焦燥感に嘖まれる。

 逸る気持ちを抑え込み、ツバサは件の大穴を見据えた。

「あの穴の底で何が起きているのか……」

   ~~~~~~~~~~~~

「そのでっけえ蝙蝠みてぇのなら何度かお目に掛かったぜ」

「本当でゴザルか?」

「ああ、牢屋からでもチラッと穴の様子は見えたんでな。怪獣みたいにでけぇのが出口に向かって飛んでくのを何度か見てる。あれもナアクの野郎が悪さしてんだろうなぁ……ったく、むかつくぜ! あの万年笑い顔野郎が!」

 毒突きながらも、カズトラの片腕は止まらない。

 クロコが用意したお弁当を次から次へと頬張っていた。

 大穴の中──途中にある内壁にへばりついた遺跡内。

 ナアクの独房から逃れたクロコとジャジャは、逃走中に出会したカズトラという少年とともに舞台裏バックヤードへ避難していた。

 彼も神族化したプレイヤーとのことだが、1ヶ月も食うや食わずの監禁生活を強いられた挙げ句、右腕を失う大怪我を負ってヘトヘトだった。

「その割には大暴れだったでゴザルな」

「ありゃあ火事場のクソ力よ。逃げるにゃ千載一遇のチャンスだったしな」

 カズトラは「食い物あったら恵んでくれ」とストレートにお願いしてきたので、無下にすることもできずクロコが食料を提供してあげたのだ。

「ツバサ様に習い、余分に用意しておいて正解でしたね」

 ツバサも道具箱に人数分よりも多めのお弁当を用意しているのだが、念のためにとクロコにも持たせておいたらしい。更にミロを筆頭にマリナやジャジャにも自前でひとつずつ持たせているという念の入りようだ。

 だが、こういう時は役に立つ。

 それを見越した上でのツバサの判断は素晴らしいと思う。

 カズトラに食事をさせながらも、ジャジャとクロコは彼からこの施設の情報を聞き出そうとした。無論、こちらも素性や動機はそれなりに明かしている。

 カズトラは目付きも悪くて言動もチンピラっぽいが、良い意味で裏表のない少年だった。自分の知っていることを包み隠さず話してくれた。

 このジャングル一帯は“アハウ・ククルカン”というプレイヤーが率いるパーティーが治めており、現地種族たちと平和な暮らしを営んでいた。

「アンタたちを襲った獣ってのは、きっとウチのアハウさんだ」

 ナアクの手下と勘違いしたんだろう、とカズトラは事も無げだ。

「なぁに、アハウさんは見た目は獣だがパーティー随一の理性的な大人だ。ちゃんと話し合えばアンタらのお袋さん? ともわかり合えるはずさ」

「だといいのでゴザルが……」

 クロコの話では最後に2人を目撃した際、「怪獣大決戦を繰り広げていました」とのことだから、天変地異レベルの激闘をやっているに違いない。

 誤解が解けていることを願うばかりである。

「んで、諸悪の根源が──そのナアクって野郎よ」

 そこに“ナアク・ミラビリス”というマッド・サイエンティストの男がやってきて、何食わぬ顔で仲間になったかと思いきや、パーティーメンバーや現地種族を実験と称して怪物どころかただの肉塊に変えてしまった。

「……情けねぇ話、オレっちと何人かの仲間は奴のホムンクルス兵に隙を突かれて捕まっちまってな。この魔神の大穴へ引きずり込まれちまったのさ」

「あの無個性な兵隊、そんなに強いのでゴザルか?」

 敵兵の強さを尋ねると、カズトラは「うんにゃ」と首を横へ振った。

一体ピンなら大したことはねえ。だが、数を頼みにされると厄介だ。それにナアクが変な能力を使うんだよ。よくわかんないうちにやり込められちまった」

 ナアクの過大能力オーバードゥーイングには気をつけな、と注意を促される。

「雲つうか煙つうか……そんなのに巻かれると手も足も出なくなる」

「まさしく煙に巻かれる、ですわね」

 上手いこと言ったクロコは顔を上げ、穴の開口部を見上げる。

「そして、ここには不可侵の結界が張られていると……」

 出入りできるのは──ナアクとホムンクルス兵のみ。

「それと、あのでかい蝙蝠みてぇなのな……アハウさんやマヤムねえが何をどうやっても破れなかった結界だが、あいつらは素通りできるんだよ」

「結界の構成さえ把握できれば可能ですからね」

 ナアクという男は、その不可侵の結界を解析したのだろう。

「なんにせよ、油断ならねぇ悪党だぜ、あいつぁ……あぁ~~~んぐっ!」

 カズトラはおにぎりやらサンドイッチやら唐揚げやら、テーブルの上に並べられたお弁当を片っ端から口に放り込み、牛乳で一気に流し込んだ。

「ぷっはー! 食った食った、ごちそうさーん! いやー、こんな美味い飯食ったの久々だぜ。あんたらのお袋さん料理上手だなーッ!」

 このミルクもスゲー美味いし、とカズトラは空のミルク瓶を振った。

「クロコさん、あのミルク・・・・・まさか……」
「弱っている御様子でしたし、この程度のほどしはツバサ様もなさるでしょう」

 恥じらうかも知れませんが──クロコはほくそ笑む。

 このメイド、主人であるツバサが「本当は男なのに女性的に扱われて恥じらうところが最高にそそる!」という趣旨の喜びを見出しているらしい。

 メイドとしての忠誠心は確かなのだが……人格に難ありだ。

「さてと──美味い飯おごってもらった上に、こんな不躾ぶしつけな頼みをするのも気が退けるんだが……メイドさんと忍者っ娘ちゃん」

 手ぇ貸してくんねぇか? とカズトラは頼み込んできた。

 それも彼らしくない真面目な面持ちでだ。

 クロコが用意した椅子とテーブルで食事をしていた彼だが、椅子から降りてその場に正座をする。これは土下座をするつもりのようだ。

「オレッチの他にも3人……ミコ、ガンズさん、マレイさんって仲間が捕まってるはずなんだ。オレっちも実験台にされたんだから、頃合いからして3人もやるかやられるかってところだ……その前に助けてやりてぇんだ……頼む!」

 この通りだ! カズトラは予想通り土下座をしてきた。

 粗暴な喋り方こそ変わらないものの、熱い誠意は伝わってくる。

 仲間を助けたい──その一心なのだ。

「こんな目に遭うのは……オレっち1人で十分だ!」

 床についていた左手で、今はもう無い右腕の根元を撫でる。

「その腕、もしかして……ナアクの実験で?」

「そうさ……妙ちきりんな注射を打たれてな……右腕が自分のもんじゃねえみてえになりそうだったから……胴体に届く前に引き千切ったんだ」

 自分でな──とカズトラは傷口を押さえた。

 神族化したとはいえ、四肢を失えばその激痛は計り知れない。

 このカズトラという少年、見掛けによらずかなりの胆力の持ち主だ。

「オレっちより侠気おとこぎあるガンズさんはともかく……ミコはまだ毛も生えてねぇようなガキだし、マレイさんは線の細いひとなんだ! あんなわけのわからん薬を打たれて耐えられるわけがねぇ! 頼む……力を貸してくれ!」

 カズトラは何度も伏しては頼んでくる。

「もしナアクに見つかったら、オレっちを見捨てて先にトンズラこいても構やしねえ……だから、せめてメイドさん! アンタの能力で、みんなが捕まってるところまで連れてってくれねえか!?」

 それだけでもいいんだ! とカズトラは必死で懇願する。

「助けてもらっといて飯までたかっといて、これ以上の厄介になるのは義理に反するかも知れねぇが……ここじゃあぶん殴るしか能がねぇオレっちより、アンタたちの能力ちからのが強ぇ! 頼む、どうか……この通りだッ!」

 カズトラの願いを一通り聞き終えたジャジャとクロコ。

 ジャジャはそっとクロコと目線を合わせようとしたが──やめた。

 その代わり、自分の決心をこの場で告げる。

「わかりました──自分たちで良ければご助力いたすでゴザル」

「……本当か!? 忍者っ娘ちゃん!?」

 ジャジャ・マルでゴザル、と名前を訂正してから続ける。

「義を見てせざるは勇無きなり……きっとツバサさんははうえミロさんままうえなら、一も二もなくこの方たちの力になると思います。そして、自分は……」

 お二人の娘・・・・・として──新たに生を受けたのだから

「ここであなたを見捨てたりしたら、母上とママ上の顔に泥を塗るも同然でゴザル。自分たちでよろしければ力を貸しましょう」

 クロコ殿もよろしいでゴザルな? と事後確認をする。

 しかし、必要ないだろう。

「勿論でございます──ジャジャお嬢様」

 クロコはあっさり同意してくれた。

「私はツバサ様とミロ様の忠実な肉奴隷にして愛の下僕。その血を受け継ぎしジャジャお嬢様の命に従うのは、下僕として当然の責務にございますれば──」

 やっぱりだ、思ったとおりである。

 彼女は(態度はともかく)ツバサとミロを崇拝するかの如く忠誠を誓っており、2人の生き様や信念に心酔しているところがあった。

 それは──ジャジャも同じだ。

 だから、ここでツバサとミロが選ぶべき選択を取れば、彼女は二つ返事で同意してくれると踏んでいた。

 もしかするとクロコに試された・・・・・・・・のかも知れない。

「ジャジャ、ちゃん……メイド、いや、クロコさん……一生恩に着るッ!」

 生涯かけて償うッ! とカズトラは男泣きに泣いた。

 片腕だけで滝のような涙を拭うカズトラを「よしよし」と宥めながら、ジャジャはひとまず思いついた算段をクロコに相談してみた。

 神族の忍者だからこそできる、チート級にズルい裏技を駆使するのだ。

「…………って具合に、まずは探索してみるのは?」

「ふむ、良い案かと思います。これならリスクも回避しやすいですしね」

 ですが、とクロコは注意を促してくる。

「分身とはいえ活動しているところを目撃されれば、ナアクに不信感を抱かせてしまいす。それはこちらに不都合と成り得ること……ジャジャお嬢様、用心を怠ってはなりませんよ」

「心得たでゴザル──冒険に危険は付き物でゴザルからな」

 ちょっとワクワクしているのは内緒だ。

 なにせ幼女の身体になって、初めての忍者らしい仕事である。

 元少年として冒険心が疼き出しているようだった。

「では……行ってらっしゃいませ」

 お目付役の許可も出たので、ジャジャはさっそく実行に移した。

   ~~~~~~~~~~~~

 忍法──分身の術。

 神族・忍神となったジャジャの分身は、ただの分身ではない。

 分身独自に動いたり考えたりでき、ジャジャ本人と五感を共有しており、まるでミラーリンクするように逐次情報を共有しつつ、致命的なダメージを負えば即座に消えるという安全装置付きなのだ。

 ジャジャはこの分身を8体用意し、舞台裏から飛び出させた。

 分身たちはナアクの研究施設内に散って、隠密行動で調査を開始。それをクロコが過大能力で追跡しつつ、舞台裏からモニタリングする。

「……カズトラ殿の仲間を発見し次第、クロコ殿の舞台裏バックヤードから出入り口を開いてもらって、救出してすぐに舞台裏へ引き込めば、ひとまず安心でゴザル」

 助けた後のことは──結構ノープランだ。

 遅かれ早かれツバサとミロが助けに来てくれると信じて、それまではクロコの舞台裏バックヤード籠城ろうじょうさない覚悟である。

 基本的に飲食不要の神族ならば兵糧攻めとも無縁だった。

 ひたすら救援を待つ、これに徹するのみ。

「おおっ! 2人を頼りにして正解だったぜ! オレっちじゃこんな器用な真似、逆立ちしたってできやしねえからな!」

 上手くいきそうな手応えを感じて、カズトラの声も明るい。

「私とジャジャお嬢様の共同作業──お嬢様との共同作業です!」
「どうして2回言うでゴザルか……」

 しかも、未だかつてない満面の笑みで──。

 クロコはともかく、ジャジャの分身たちは調査を開始する。

 ホムンクルス兵の警護をかいくぐり、怪しそうな部屋に忍び込み、そこにカズトラの仲間がいないかを確認して、また次の部屋へと忍び込む。

 鍵開けは忍者の必須技能だし、それでも無理ならクロコの舞台裏を使って中から解錠する。なんだかんだで良いコンビなのかも知れない。

「私はサポートタイプですから誰とでも相性がいいのです」

 無論ベッドの上でも! という台詞は聞き流しておくことにした。

 どれくらい探索しただろうか──。

「……うわっ、えげつない部屋を見つけたでゴザル」

 分身から送られてくる視覚情報を受け取った途端、ジャジャは吐き気を催してしまった。クロコがすかさず背中をさすってくれたのがありがたい。

 念のため、クロコがその部屋をモニタリングする。

「これは……猿を実験台にした動物実験ですか?」

「違う、こいつらは……このジャングルに住んでるヴァナラって連中だ」

 クロコの感想にカズトラは苛立ちながら訂正した。

「アハウさんが面倒見ていた、この世界の種族だよ……クソ! ナアクの野郎、こんなにたくさんさらってやがったのか……ちっきしょうッ!」

 猿のような人のような種族──しかし、生きている者は1人もいない。

 その部屋にいるのは、研究し尽くされた検体だけだった。

 無惨に解体された者、半身を違う生き物に変えられた者、頭部だけの者、雑巾みたいに搾られた者、何人もが融合した身体になった者……。

 皆、大きな試験管みたいなガラスケースに収められている。

 中には水よりも粘性の高い液体が詰められ、その中に浮いているのだ。

 早くしないと──カズトラ殿の仲間も危うい。

 ジャジャの意識が焦りを覚えた頃、分身の1体が訴えかけてきた。



「見つけた……カズトラ殿、お仲間の居場所がわかったでゴザルよ!」


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