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第5章 想世のケツァルコアトル
第115話:獣の王が慟哭する理由
しおりを挟む「──アハウさんッ!」
ツバサがミロたちとの再会に号泣する間、銀髪の少女は地に伏したアハウへと駆け寄った。彼の巨体に縋りつき、すぐに回復魔法を使う。
アハウの自己回復力は尋常ではない。
即死する致命傷を与えて、ようやく通常ダメージだ。
中途半端な攻撃をしても即座に回復、傷も瞬く間に修復してしまう。
それを見越したツバサが回復力を上回るダメージを与えたので、まだ身を起こす力も戻っていない。少女の回復魔法の世話になっている。
頬骨が復元したアハウは喋れるようになった。
「マ、マヤム……どうして、あの者たちを……解放した?」
訝しげに眉をひそめて問うアハウに、マヤムと呼ばれた少女は言い聞かせるように弁解する。どちらかと言えば説得に聞こえた。
「彼女は……彼女たちは違うんです。“あの男”の仲間なんかじゃない……僕たちは勘違いしてたんです、いえ、させられたんですよッ!」
あの男に……ッ! とマヤムは悔しそうに言った。
マヤムは熱の籠もった声で訴える。
しかし、アハウは素直に聞き入れようとしない。
「勘違い……いや、おれは信じぬぞ……もう、騙されん……ッ!」
炭化した肉がこぼれ、その下から新しい肉が盛り上がる。
そこに獣毛と羽毛が生え揃い、肉体の大半を復元し終えたアハウは立ち上がったかと思えば、威嚇のために喉を鳴らして動き出す。
まだ戦うつもりなのだ。
不審と不信を重ねた双眸は、憎しみに濁っていた。
「善人ぶった面をして……甘言を弄してすり寄り……おれたちを踏み躙っていった、あの男の仲間が……すぐ来ると、言ってたではないか……」
奴らがそれだ──アハウは敵視を止めない。
ツバサはミロたちとの再会に滝のような涙を流して歓喜しつつも、アハウの動向には注意を払っていた。また襲ってきても返り討ちにするだけだ。
今度はちゃんと手加減する。
無闇矢鱈に殺生をするつもりはない、そう自分にブレーキをかけた。
それにアハウから聞き出せそうな話が山ほどありそうだ。
度々言及される“あの男”──その正体が気に掛かる。
四つ足でツバサに近寄ろうとするアハウ。二足歩行する体力も気力も戻っていないが、一刻も早く敵を排除しようと気持ちが急いて仕方ないようだ。
その太い首にマヤムがしがみついて懸命に制する。
「その思い込みがいけないんです! あの男の思う壺です!」
見てください! とマヤムはアハウの顔をツバサたちに向ける。
ツバサは──ミロとマリナを抱いたまま泣いていた。
右胸にマリナを、左胸にミロを、乳房が潰れそうになるまで愛しい娘たちを抱き寄せて、喉が張り裂けんばかりの大声を上げて号泣する。
ミロとマリナはちょっと苦しそうに、それでも笑顔で抱きついてくれた。
母と娘が感動の再会を果たした──としか映らないだろう。
「あの男の仲間が……あんなに泣くまで誰かを心配すると思いますか?」
「…………むぅ……」
アハウが呻いて歩調が鈍くなると、マヤムは言葉を畳み掛ける。
「それに僕があの娘たちを攫った後、あの胸の大きい女は……彼女たちのお母さんは、アハウさんに怒り狂ってたじゃないですか……そんな家族思いな人が、あの男の仲間になると思いますか? ねえ、アハウさん!?」
マヤムの説得が功を奏したのか、ついにアハウの前脚が止まる。
しかし、苦汁を飲んだかのようなしかめっ面だ。
「……っだが、しかし……あの男が……仲間が来ると……ッ!」
「それそこあの男の策だったんですよ! わざとらしく言い残して僕たちの猜疑心を高ぶらせ、ここに来る人たちを遠ざけさせてたんです!」
利用されたんですよ僕らは! とマヤムは半泣きで叫んだ。
悔しさが限界を超えたマヤムは閉じた瞳からポロポロと大粒の涙をこぼし、それはアハウの体毛に吸い込まれていく。
怒りに逆立っていた体毛が、ゆっくりと萎んでいく。
アハウは疲労感の濃いため息を長く吐いた。
「……そうか、わかった……もういい、マヤム……もういいんだ……」
おれも落ち着いた、とアハウは冷静な声で返す。
「怒りに目が眩んだおれが…………愚かだったんだな……」
マヤムの声を聞き届けたアハウは、その場に腰を下ろした。
伏せた顔では表情を窺い知れないが、さっきまでの漲る殺意を失せている。こちらに突き刺さっていた敵意もさっぱり消えていた。
ようやくツバサも泣き終え、ミロやマリナといくつか言葉を交わす。
「そうか……ミロ、おまえの過大能力で脱出を……そして、彼女を説き伏せて……じゃあ、ジャジャとクロコは……」
「うん、マヤムちゃんの話だと解放されてるはずなんだけど……」
「ここに来るまで探しましたけど、どこにも……」
話を聞いたツバサは頷いて立ち上がる。
ミロとマリナを後ろに庇いながらアハウに近付く。
敵意こそ鎮まったようだが、また暴れられても敵わない。細心の注意を払いながら用心深く接近する。危険物に近寄る気分だ。
適切な間合いを計り、そこから穏便な口調で話しかける。
「やりすぎたことは詫びよう。しかし、先に仕掛けてきたのは……」
「……わかっている。非はこちらにある」
まずは謝らせてくれ、とアハウは前脚をついて頭を下げてきた。
存外──礼儀を心得た御仁のようだ。
獣の王という外見に反して理性的な人物らしい。
そんな彼を不信に狂わせるくらい“あの男”は何かをやらかした挙げ句、いらんことを言い残して彼の猜疑心を煽ったに違いない。
その結果──ツバサたちは襲われた。
「てっきり“あの男”の仲間が来たと思い込み、話も聞かずに襲いかかったことは申し開きもできない……許してくれと言うのも烏滸がましいが……」
すまぬ、とアハウは地面に額ずいて謝罪する。
ツバサはよく律儀と言われるが、この人はどちらかと言えば実直だ。
本来、生真面目で温厚な人格者なのだろう。
だからこそ──怒りに駆られた時の反動が凄まじい。
温厚な人物ほど堪忍袋の緒の許容量も大きく、その緒も長いことだろう。反面、袋が破裂して緒が切れた時の爆発力は想像を絶するはずだ。
ツバサも同類なところがあるので、共感できる部分があった。
とにかく、これで話し合いに応じてくれそうだ。
ツバサは浅くため息をつくと、少しだけ頬を緩めて話を切り出す。
「まずは自己紹介からしよう──俺はツバサ・ハトホル」
~~~~~~~~~~~~
ツバサとアハウが激戦を繰り広げた地。
あちこち焼け焦げたクレーターの中心で話し合う双方。
まずツバサ、ミロ、マリナがそれぞれ自己紹介する。
今は所在不明なジャジャとクロコについても説明しておいた。
そして、自分たちもアハウたちと同様にアルマゲドンのプレイヤーだったことを明かすと、この世界に来て仲間たちと共に暮らしていることや、現地種族を助けて神様の真似事をしていることなども話した。
アルマゲドンの真相──真なる世界を取り巻く現状。
それと別次元からの侵略者については話が長くなるので割愛させてもらった
ツバサの話を聞いたアハウは驚いていた。
大きく見開かれた眼には驚きだけではなく、先ほどまでとは打って変わって親近感が宿っている。仄かな尊敬の念まで感じることができた。
隣に控えるマヤムという少女も同様である。
「おれたちの他にも……いたのか……」
アハウは涙ぐみながら眼を閉じて、グッと奥歯を噛み締めている。その獣毛に覆われた獣のような巨体を感動に打ち振るわせていた。
「僕たちと同じことをしてる人たちが……いてくれたんだ……」
アハウに寄り添ったマヤムも喜びの声で告げる。
「アハウさん、この人たちならきっと……ッ!」
「ああ、わかっている……皆まで言うな……わかっているとも……」
寄り添うマヤムに、アハウは愛おしげに頬を寄せる。
この2人は疑うまでもなく、そういう間柄らしい。
美女と野獣──言葉通りの組み合わせだ。
居住まいを正したアハウは、その場に座り直す。ちょうどツバサの目線に合う高さだ。傍らには秘書のようにマヤムが控えていた。
「改めて名乗ろう──おれはアハウ・ククルカン」
「僕は──マヤム・トルティカナと言います」
アハウはプレイヤーだが、聞けばマヤムはGMの1人だという。
「君がGM? なら、クロコやゼガイのお仲間か?」
これにはツバサも些か驚かされた。
№28──マヤム・トルティカナ。
GMは№が若いほど高い権限を有しており、取り分け№22以上は別格とされている。惜しくもそこから漏れているが、64人中28番とはなかなかだ。
「……そして、何故かクロコが№19だというこの事実」
「クロコさん、優秀だから仕方ないねー」
ミロはクロコの肩を持つが、ツバサは認めたくない。
仕事をやらせれば優秀なのは認めるが、マイナス点がでかすぎる。
そのクロコに聞いた話では、アルマゲドンのGMは全員ジェネシスの社員。そのため成人しかおらず、未成年のバイトなど1人としていないという。
然るにこのマヤム──少女にしか見えない。
てっきり年下かと思って、「君」と読んだことを詫びたくらいだ。
年の頃はクロコと同い年くらいのようだが、小柄で童顔というのも手伝ってミロと同年代の女の子にしか見えなかった。
渋めの声で話すアハウも30代だというが、同年代かそれより下だと思っていたマヤムまで年上とは恐れ入った。ツバサは2人への態度を改める。
これを遠慮せず告げると彼女は苦笑して──。
「アハハ、他のGMにもよく言われました。年相応に見えないって……」
SPで外見を操作したんじゃない? なんて疑惑までかけられたらしい。
「まあ、本当にちょっといじっているんですが……」
マヤムは影のある顔で俯いた。
「やったんだ……ちょっとってどこを?」
「その……表面上ではわかりにくい、見えないところをちょこっと……」
外套を重ね着したような衣装。
その体型のわかりにくい服の下を何やら変更したようだ。
アハウはそんな彼女を庇うように口添えする。
「実際、彼女は優秀だ……アルマゲドン時代もよく世話になったが、こちらの世界へ飛ばされてからも、おれたちは何かと彼女に助けられた」
もっとも──アハウは皮肉っぽく微笑む。
「彼女は内在異性具現化者であるおれを監視していたんだがな」
「アハウさん、それはもう許してください……」
ちゃんと白状して謝ったんだから、とマヤムは申し訳なさそうだった。
その単語が出た瞬間、ツバサは食いつかざるを得ない。
「あっ……あなたも内在異性具現化者なのか!?」
「あなた、も……だと? まさか……君もそうなのか!?」
互いに現実とは異なる肉体と化した姿を指差す。
マヤムも口を手で押さえて驚愕していた。
「もしかしたらと思っていたら……道理でアハウさんが手こずるわけです。あなたも内在異性具現化者だったなんて……強いわけですよ、そりゃ……」
クロコにも聞いたが──内在異性具現化者は特別らしい。
従来のプレイヤーとは一線を画する力を備えた存在となるも、その肉体は現実と大きく異なる姿になってしまう。
ツバサやアハウのように──。
「でもさ、獣王のオッチャンは女の子になってないよね?」
「ミロ……人前でこういうことはやめなさい……」
ミロはツバサの背後に回ると、両手を前に回してツバサのおっぱいをポヨポヨと持ち上げて遊ぶ。ツバサは赤面したまま背中のミロを叱った。
アハウが目を丸くして魅入るのは男として理解できるが、どういうわけかマヤムまで凝視する。女性として羨ましいのか?
「う、うむ……おれは最初からこんな姿だったからな」
咳払いをしたアハウは鳥獣の王のような姿を誇った。
これにマヤムが補足する。
「アハウさんはアルマゲドンを始めた時から獣めいた姿だったんです……そこからLV上げや種族変更を行って、最終的には獣王神に落ち着きました」
ドンカイやクロコから聞いた覚えがある。
内在異性具現化者のケースは──性別が入れ替わるだけではない。
獣や骸骨など、モンスターのような姿に変わった例もあるという。アハウはその獣みたいな姿になった内在異性具現化者なのだろう。
「他のゲームでも獣人やライカンスロープばかり選んでいたからな。苦にもならなかったし、最初からならちょうどいいと思ってたんだが……」
まさか本当の獣になるとはなぁ、とアハウは嘆息した。
それからアハウは、ツバサの身体を下から上へとじっくり見定める
「見たところ……君は男性から女性に変わったタイプか」
「その通りです。おかげで難儀していますが……もう慣れましたよ」
見ればわかる、とアハウは微笑ましそうに口角を緩めた。
ミロはおっぱいで遊ぶのこそやめたが、ツバサの脇腹に抱きつくと右胸に頬ずりしてハトホルファミリーの親密さをアピールしていた。これに負けじとマリナまで左側から抱きつき、ツバサの左胸に頬ずりしている。
ツバサは嬉しいやら悲しいやら、半笑いで肩をすくめる。
「俺、本当は男なのに……何の因果かこいつらのお母さんやらされてます」
「お互い難儀だな、内在異性具現化者というのは……」
アハウも獣の姿で苦労することが多いのだろう。ツバサの苦労をなんとなく察してくれたようだ。2人は似たような苦笑いで笑い合った。
一通りの自己紹介も終わり、軽い雑談も済ませた。
本題に入ろう──ツバサとアハウは笑みを消し、固い口調で話し合う。
「俺たちに襲いかかった件、先ほどからの口振りでいくらかは推察させてもらいました……“あの男”という輩となにかあったんですか?」
ツバサが単刀直入に尋ねた途端、アハウは眉間が凝った。
険しい表情になったアハウは、辛そうな口調で吐き出すように語る。
「おれたちもな……君たちと同じだったんだ……」
この世界に飛ばされた時は、右も左もわからなかった。
当て所なくただ彷徨い歩くだけの毎日が続いたが、やがて他のプレイヤーと出会い、意気投合して行動を共にするようになった。
「そうしていく内に仲間は増え、辿り着いたこの地で細々と暮らす現地の種族を見つけ、おれたちは彼らを助けながら共に暮らすようになった……」
ツバサたちもそうだがアハウたちも神族。
その仲間も全員神族で、生産系技能が得意な者もいたという。
「森を切り開いて、モンスターを追い払い、粗末ながらも小屋を造り、文明を忘れた彼らに道具の作り方などを教えて……この地に村を作った」
アハウはリーダーに選ばれ、現地種族はアハウたちを神と崇めた。
「ここがどんな世界はわからないが、幸いなことにおれたちにはアルマゲドンからの能力が身についている。ここで神様ごっこも悪くない……みんなで協力して、何とかやっていこうじゃないか……そんなことを言ってたんだ……」
気のいい奴らだった……アハウは表情を緩めて懐かしむ。
それは憧憬を思い出すような儚い微笑みだった。
「だが、すべてあの男に……蹂躙された……」
2ヶ月ほど前──その男は弱り切った姿で現れたという。
やはりプレイヤーの1人で、この世界に飛ばされてからずっと放浪してきたが、彼は戦闘系に秀でたキャラではなく、随分と苦労してきたらしい。
当初、アハウたちは男を快く迎え入れたという。
「あの男は……何食わぬ顔で僕たちの仲間になったんです……」
マヤムも忌々しそうにあの男について語る。
「あの男は戦闘系は苦手だが生産系は得意だという触れ込みで、薬品を主体としたアイテム作りの名人でした。それに僕たちは心を許してしまい……」
錬金術系の技能に秀でた男を、みんな頼りにしたという。
「それが間違いだった……何故、どうして、気付けなかったんだ……」
あの男の本性に! とアハウは悔しげに牙を噛む。
アハウはとうとう翼の掌で顔を追って苦しそうに呻き出した。
分厚い鉤爪が額に食い込み、血が滲んでいく。
これは──余程のことがあったに違いない。
あまり刺激したくはないが、この質問は避けて通れない。
「その男は……あなたたちに何をしたんだ?」
ツバサは、その男がアハウたちにした所業について問い質した。
アハウは手で顔を覆ったまま打ち明ける。
「この地には、おれとマヤムを含め……13人のプレイヤーがいた……現地種族は103人……おれは皆を……家族のように思っていた……」
その家族を──奪われた。
「奴は……あの男は! 11人の仲間を! 現地種族の半分を! 『自由と解放のため』と称して……わけのわからない実験の材料にしたんだ!」
実験台にされた仲間や現地種族は──全員死んだ。
「おれが…………殺したんだ……ッ!」
血を吐くような声でアハウは告白した。
彼の慟哭にしか聞こえない咆哮の理由を──垣間見た気がする。
「実験台にされて……二目と見られぬ怪物に変えられ……生きてもおらず死んでもおらず、ただただ『殺して』と泣き叫ぶ彼らを…………ッ!」
おれが殺したんだ! とアハウは慟哭した。
その上で憎悪と怨嗟を滾らせた声で覚悟を打ち明ける。
「奴だけは……あの男だけは生かしておけん! この爪で! この牙で! 八つ裂きにして殺さねばならん! おれが……殺らねばならんのだ!」
さもなくば──彼らに顔向けできない。
アハウは誰に憚ることもなく慟哭を迸らせると、誰よりも純真な眼差しから涙を流していた。その傍らではアヤムも両手で顔を覆って泣いている。
ツバサにはアハウとアヤムの気持ちが痛切に伝わってきた。
大切な仲間と愛する家族──。
これを奪われたらツバサは正気でいられる自信がない。ミロたちが攫われただけで殺戮の女神と化して発狂するのだ。言わずもがなである。
ましてや異形に墜とされた家族を──自らの手で殺すなど。
幽冥街で親友を殺したトモエも苦悩していた。
そんな苦悩するトモエの姿が、アハウとマヤムに重なる。
彼らに力を貸す決意はツバサの中で固まり、ミロやマリナの眼を見れば彼女たちも同様だった。ツバサたちは顔を見合わせて静かに頷く。
そして、ツバサはアハウへともう一度問い質した。
これだけは──聞いておかねばならない。
「その男の名前は──?」
問われたアハウは、ありったけの怨嗟を込めて答えてくれた。
「奴の……あの男の……名前は……ッ!」
~~~~~~~~~~~~
「ナアク──ナアク・ミラビリスと申します」
どうぞお見知りおきを、と青年は折り目正しくお辞儀をした。
見知らぬ小部屋にジャジャはいつの間にか放り込まれていた。その部屋へ訪ねてきた謎の青年は自らをそう名乗ったのだ。
この男を見た瞬間──ジャジャは総毛立った。
見た感じ、ナアクは顔がいいぐらいしか特徴のない男だ。
中肉中背で一般的な成人男性の体格、戦士としての資質は感じられない。
佇まいも隙だらけで武術の心得もなさそうだ。
仕立てのいいスーツに厚めの生地で織られた白衣を羽織っている。目立たない体格と相俟って科学者のようだ。
その顔立ちは美しいとしか言いようがないのだが、こちらもまた特徴のない美貌だった。例えて言うなら人形……個性のない人形みたいな造作なのだ。
あるいは「作り物」や「人工物」と評するべきかも知れない。
そう、人間味に欠けているのだ。
男性のようだが、見ようによっては女性的でもある。
この顔のせいで年齢も判別しづらい。
長い髪は整髪料多めでオールバックに撫でつけられており、一部の乱れもない。こちらも顔と同じようにどこか作り物っぽい。
浮かべている表情は菩薩の如きアルカイックスマイル。
愛想が良くて人当たりもいい。物腰も穏やかで柔和そうな人柄が窺える。
なのに──怖気が走る。
この男はおぞましくも恐ろしい。
悪寒に震える身体を、必死で抑え込まねばならなかった。
ツバサとミロの娘として転生した際、ジャジャは2人からいくつかの技能を継承していた。ツバサからは看破、ミロからは直感、といった具合にだ。
それらの技能が訴えてくる──こいつは危険だと。
そんなジャジャの危機感など気付いていないのか、ナアクと名乗る研究者風の男は自らの肩書きみたいなものまで明かしてきた。
「近しい者には“開闢の使徒”──とも呼ばれております」
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