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第5章 想世のケツァルコアトル
第113話:密林に吼えるは不信を募らせる獣の王
しおりを挟むそれは、異形というにはあまりにも整っていた。
頭から爪先までは2m弱──それほど大きくはない。
胴体や手足の長さの比率からすると人間、もしくは類人猿に近い。やや長めの腕からしてゴリラのように前傾姿勢で地面へ拳を付けて歩くナックルウォークになりそうだが、二足歩行も無理なくできるのだろう。
その長い腕には見事な翼が生えていた。
ハルピュイア族の翼の生え方と似ており、腕が大型の翼になっているのだ。
翼の大きさは彼女たちの比ではないが──。
その翼にはハルピュイアよりも目立つ長い指と分厚いかぎ爪が覗く。
殴るのにも引き裂くにも使い勝手がいいだろう。
胴体を覆うのは獣毛だが、手足を覆うのは羽毛だった。特に腕周りは完全に羽毛で、鳥類のように風切り羽まで備わっている。
獣毛も羽毛も根元の色は純白だが、伸びるにつれて密林の色が馴染んだかのように光沢のある薄緑に染まっていた。
光の加減によってはエメラルドの輝きを発していた。
身長を越える長い尾を持ち、途中までは獣毛で覆われている。
先端に毛はなく、硬質な鱗で覆われていた。
一部の鱗は逆鱗よろしく逆立っており、まるで鬼の金棒のようだ。
頭から背中までたてがみを蓄えており、頭部にはねじくれて幾重にも絡まった角を掲げている。鹿のようでいて、羊のようであり、牛にも似ていて、龍のようでもあり、そのすべてを兼ね備えたかのような野太い角だった。
そして──顔は厳めしい人間のもの。
この世のすべてを憎むかのような表情を浮かべており、目に入る何者をも嫌悪する視線でツバサたちを見下ろしている。
別次元からの侵略者にしてはデザインがこちら寄りだが、真なる世界やアルマゲドン由来のモンスターだとしたらお目に掛かった覚えがない。
正体不明のモンスター。
その第一印象は──密林に君臨する獣の王だ。
獣の王はこちらを一瞥し、口をすぼめて大量の空気を吸い込んだ。
それを大音量の咆哮と共に吐き出す。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
獣の王の咆哮は──肉眼で捉えることができた。
青白いガスバーナーのような光の柱。獣の王の口から解き放たれたそれは閃光となって迸り、ツバサたち目掛けて極太のレーザーとなって飛んでくる。
火炎とか電撃とかエネルギー波ではない。
あれは視覚化されるほど威力を持った特殊な音波攻撃だった。
「──リフレクトシールド!」
咄嗟にマリナが巨大な魔法陣タイプの盾型防壁を展開する。
防壁は咆哮を防いだ瞬間、粉々に砕け散った。
「そ、そんな……反射や反発、不壊まで重ね掛けしたのに!?」
まさかの破壊力にマリナもたじろぐ。
だが、盾型防壁は破壊こそされたものの咆哮を打ち消した。マリナの防御力と獣の破壊力が拮抗し、互いの力を相殺したらしい。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
間髪入れず、獣の王は轟くように叫ぶ。
今度は前よりも幅広く、扇状に広がる音波攻撃だった。
防御力には自信のあったマリナは、愛用の盾型防壁を壊されて動揺中。
すかさずツバサが前に出て、強めに叱咤した。
「マリナ、合わせるぞ!」
「は、はい、センセイ──リフレクトシールドッ!」
ツバサの声で我を取り戻したマリナは、先ほどより強固さを増した盾型防壁を展開する。それをサポートするようにツバサは大気を操作すると、仲間を守るための圧縮空気の壁を広範囲に展開させた。
盾型防壁が咆哮を受け止め、圧縮空気の壁がそれを補強する。
今度は獣の王の咆哮を防ぎきることに成功した。
「やっ……やった!」
2度目は完璧に防御できたので、マリナに安堵の表情が浮かぶ。
ツバサもホッとするが、今の広範囲攻撃には別の意図が感じられた。
こちらを攻撃したのではなく、もっと別の狙いが──。
ミシリ、と耳障りな軋む音によって気付かされる。
「しまった……狙いはこっちか!?」
ツバサたちのいる小高い丘が崩れ始めた。
1度目の咆哮で丘が揺らいでいたところに、獣の王はわざと広範囲を震わす咆哮を広範囲に放って足場の崩壊を企んでいたのだ。
しかし、ツバサたちは全員神族。
足場が壊れた瞬間にちょっとは驚くが、飛行系技能で宙に浮かべばいい。
なので、足場を壊すメリットがあるとは思えない。
あるとすれば──瞬間的な隙か?
「呼びもしないのに現れましたね……招かざる客人たちよ」
その隙を突くかのように、背後から少女の声が聞こえてくる。
振り向いた先にのは──銀髪の少女。
ボブカットなのかおかっぱなのか判別のつきにくい髪型で、感情の薄そうな表情をした美少女だ。クロコの無表情と似たり寄ったりである。
だが、こちらは幸薄そうなイメージがつきまとっていた。
コートめいた衣装に外套を重ね着して、呪文が記されていると思しき巻物を何本も周囲に取り巻かせている。
明らかにプレイヤー、それも魔法系特化だ。
「我らが王と共に歓迎いたしましょう……1人ずつ、じっくりとね」
巻物が魔力を帯びて発光する。
違う、魔法の発動じゃない──これは過大能力の発動だ。
過大能力──【換われ替われよ空間水晶の立方体】
この少女の過大能力にツバサは忌避感を覚えた。
何を仕掛けてくるか予測できないが、きっと嫌なものだと──。
反射的にミロ、マリナ、ジャジャを抱き寄せようとする。
(クロコはどうでもいい)
過大能力【万能にして全能なる玉体】で髪を伸ばしてまで、愛する娘たちを離さずに繋ぎ止めようとする。
なのに、ツバサの手も指も、そして髪さえも弾かれた。
彼女たちを捕らえるのは──不可視の立方体。
ミロとマリナ、ジャジャとクロコ。
それぞれ透明な立方体の枠内に閉じ込められ、その立方体は空間ごとスライドしていき、彼女たちを何処かへ消し去ってしまったのだ。
銀髪の少女は自らも立方体で囲い、滑るように虚空へと消えていく。
大切な家族を──愛する娘を目の前で奪われた。
ツバサの胸の内に、かつて心を打ち砕いた精神的外傷が蘇る。
身じろぎひとつできぬほど茫然としてしまう。手も指も髪も、彼女たちへ伸ばしたまま固まって微動だにしなかった。
それでも無意識に状況把握へ努め、銀髪少女について考察する。
あの過大能力は恐らく、空間を操作するものだ。
空間をズラして対象を転移させただけ、ミロたちは無事だろう。
銀髪少女の「1人ずつ……」という台詞から、こちらを1人ずつ孤立させた上で獣の王が各個撃破するつもりらしい。
理性はそこまでを理解するが、感情が受け入れない。
家族を奪われた──かつての羽鳥翼が嘆き悲しんだように。
最悪の精神的外傷を思い出したツバサの胸に絶望がわだかまる。その絶望は子供を奪われた鬼女の如き猛々しい悲哀へと変わっていく。
追い縋ろうにも、彼女たちが何処へ行ったかさえわからない。
1人取り残されたツバサは地面へと着地する。
崩れ落ちた丘が、硬い土塊が広がるフィールドを作る。
そこに降り立ったツバサを追って、獣の王も舞い降りてきた。
両腕を地面について、想像通りゴリラに似た歩調で近付いてくる。ツバサが茫然としているのをいいことに、ほとんど警戒していない。
「とうとう来たか……“あの男”の信奉者め……」
忌々しげに呟き、獣の王は不審の眼差しをこちらへと向ける。
何も信じられない──誰も信じたくない。
猜疑心に満ちた眼を憎しみで滾らせ、擦過音の酷い声で喋る。
「貴様らがこの大地で何を企んでいるかは知らぬが……これ以上の狼藉は決して許さんぞ……おまえらを“あの男”とは合流させぬ……ここから立ち去れ」
さもなくば──容赦はしない。
「この大地の王……アハウ・ククルカンがな!」
アハウと名乗った獣の王──その顔面が陥没する。
ツバサがおもいっきり殴ったからだ。
一切の加減を忘れた全力、その頭蓋を叩き壊すつもりだった。
仲間を奪われてショックを受けている。
ツバサの茫然自失振りを見れば、誰の目にも明らかだろう。
だからと言って無防備だ、油断が過ぎる。
「ぐっぎっ……こ、このぉ……るばぐぅあぎがびゃぶぅああああっ!?」
一発殴って終わり、と判断するのも甘い。
ツバサはアハウに踏み込み、瞬時に何百発もの拳打を浴びせた。
それこそ「オラオラ」とか「無駄無駄」とか聞こえてきそうな連打。拳の残像が多すぎて千手観音もかくやという有り様になっている。
獣の王の身体中にボコボコと拳型の凹みが増えていった。
アハウの身体が仰け反り、人間に近い体幹が揺らぐ。
フラフラになったところで腕を取り、受け身が取りにくいように背後へ投げ飛ばす。いいや、硬そうな岩に目掛けて叩きつけてやった。
その威力は通常の投げ技に留まらない。
叩きつけた岩を砕いて、その下の地面を割り、地盤をも揺るがして、密林を地の底から震わせる地震を引き起こす。
アハウを震源地として大地は陥没し、大きなクレーターとなる。
「ぐぼぉぉあっ……ッ!?」
アハウは羽毛と獣毛をまき散らして、叩きつけられた背中から大量の血を滲ませ、苦悶の表情で開いた口からも大量に吐血した。
一瞬で大ダメージを負わされたアハウは、起き上がることもできない。
ここまでの暴力を費やして、ツバサはようやく落ち着いた。
落ち着いた分、憎悪と激怒によって膨れ上がる激情。
その形相は怒り狂った鬼子母神の如く、歯を噛んだ口元からは赤く燃える吐息を漏らしている。その眼も髪も真紅に染まり、顔に赤い隈取りが浮かぶ。
ツバサは──殺戮の女神になっていた。
「…………返せ、ケダモノ」
ズシン! と地響きをさせる威力でアハウを踏み潰す。
それも1度ではない。またもや残像が見えるほどの連続でだ。
俗に言うヤクザキック、プロレス技でいうところのスタンピング。一撃でも地震が起きる威力でアハウを幾度となく踏みつける。
「俺の娘たちを返せッ……返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せぇぇぇーーーッ!!」
「るぅぉぉぉぉああああぁぐぐあぐぐぁぁぁぁぁッ!?」
陥没したクレーターの中心から縦横無尽に亀裂が走り、踏みつけられることで肉も骨も潰されながら、アハウは地面の奥底へと沈んでいく。
殺戮の女神の狂乱っぷりは留まるところを知らない。
この時──ツバサは錯乱状態にあった。
目の前で娘を攫われたことにより神々の乳母としての母性本能が悲しみのあまり発狂し、そこへ「家族を失う」という精神的外傷による追い打ちで羽鳥翼の触れてはいけない記憶を刺激してしまったのだ。
そんなツバサの前に現れた元凶──アハウ・ククルカン。
ありったけの殺意を込めてぶちのめすのは必然だった。
「こ、この……魔女め、よくもぉ……やってくれたな!」
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
ツバサのスタンピングを受け続けるも、アハウは喉を袋みたいに膨らませて咆哮を上げる。どうやらこの雄叫び、何らかの力があるらしい。
突然──ツバサの足下の地面が隆起する。
それはアハウとツバサの間で“壁”となった。この隙にアハウは寝返りを打つように転がりながら飛び退きつつ、体勢を立て直そうとする。
そんな時間はやらん、とツバサは地面を蹴る。
だが──前に進まない。
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地面といい植物といい、これがアハウの能力なのだろう。
「──小賢しいッ!」
殺戮の女神と化したツバサは眼光を燃やすと、全身から発散する赤い闘気が本物の炎へと変わる。動きを封じていた植物は瞬く間に炭化した。
ツバサの怒声までもが業火となる。
ジェット噴射の如き業火は、ツバサとアハウの間に生じた土塊の壁を吹き飛ばすためのものだが、その向こうにアハウの姿はなかった。
壁ごと業火でアハウを焼こうとしたが、敵もそこまで油断すまい。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
聞き覚えのある慟哭にも似た雄叫び。
ツバサは振り向かずに裏拳を放つと、節くれ立った拳とかち合う。
土塊の壁でこちらの視界を遮り、その隙を利用して背後に回り込んだアハウ。
その翼が生えた腕で殴りかかってきたのだ。
「不意打ち前に遠吠え……素人かてめぇはッ!」
ツバサは軸足を独楽のように回転させ、強烈な後ろ回し蹴りをお見舞いした。
脚が空を薙ぐだけで木々が倒れていくほどの威力。
そんな自然破壊レベルのキックを──アハウは受け止めた。
思えば、裏拳からして違和感があった。
アハウの体格なら地の果てまで転がす威力で放ったはずなのに、彼は殴りかかった拳で打ち合ってきた。そして、この蹴りさえも止めた。
その理由を、ツバサは目視で確認する。
筋力が増して──いや、肉体その物が膨張しているのだ。
当初、アハウの体格は2m前後だった。
長い尻尾を含めても4mあるかないかだったはずだ。
だが今は──体格なら3mを越えている。
ツバサが初手で与えた深手もほぼ癒えて、新しい獣毛や羽毛まで生えている。それどころか体格の膨張に合わせて毛まで増量していた。
コキン、と骨密度が上がる音。メキメキ、と筋繊維が増える音。
ベキベキ、とかぎ爪の厚みが増す音、ギシギシ、と牙が伸びる音。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
獣の王は慟哭を上げる度、その肉体を増強させているのだ。
「“あの男”の仲間なぞ……この大地に踏み入れさせるものかぁ!!」
その“あの男”が何者かは知らないが、アハウは心底恨んでいるようだった。
おかげで人間不信なのか、こちらと対話する気がない。
「うるせえ! 俺の家族を……娘たちを返せ! ミロを返せ! マリナを返せ! ジャジャを返せ! クロコ…………もついでに返せッ!」
一方、ツバサも娘たちを攫われて怒髪天を衝いている。
こちらも話し合う気は微塵もない。
「ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁーーーッ!!」
「いちいち吼えるな、この毛玉野郎がああああああぁぁぁーーーッ!!」
獣の王とツバサは感情に突き動かされるまま激突する。
~~~~~~~~~~~~
「う~む──ヤバいかも知んない」
水晶のような物質で形作られた立方体。
その内部に閉じ込められたミロは、この内部へ隔離される寸前に抱き寄せたマリナを抱えたまま眉をしかめていた。
「ヤ、ヤバいって……ここから出られないとかですか?」
ミロに抱き締められ、こちらの胸に顔を預けているマリナが心配そうに問い掛けてきた。そのおでこには赤い痣が残っている。
ミロが抱き締めた瞬間「……物足りない」とかぬかしたので、ちょっと強めのデコピンでお仕置きしてやったのだ。
お母さんの大艦爆乳主義に敵うわけないじゃない。
……これでもDカップだからある方なのにね。
お仕置きの続行として、そのDカップを押しつけてやる。
「いや、ここから出るのは簡単だよ。すぐ抜け出せる」
水晶の立方体は、ミロたちを閉じ込めるものだけではない。
その周囲にも同じサイズの透明な立方体がきっちり隙間なく詰め込まれており、中を覗くと空の風景や密林の一部が見え隠れしていた。
どうやらこれ──空間を切り取ったものらしい。
それを道具箱みたいな亜空間に格納しているようなのだが、どういうわけか常に動いていた。それも一定の法則に従って動いている。
まるで正方形を目まぐるしく入れ替えるパズルみたいだ。
「多分、ジャジャちゃんやクロコさんも、この中のどっかに閉じ込められてると思うから……みんな一緒に脱出するのはチョー簡単、ミロさんなら余裕余裕♪」
ヤバいのは──ツバサさんだ。
「アタシらが目の前で拉致られたんだ……きっと今頃、キレてる」
「あっ……」
ミロの宣う“ヤバい”の意味を、マリナも察したらしい。
「ツバサさんは家族第一主義の男子。そして、母性ホルモン出っぱなしのフルタイムオカン。そんなツバサさんから娘たちを奪うような真似をすれば……」
「やった人、即死ですよね!?」
即死で終わればいいけどねー、とミロは他人事だ。
「過大能力を使ってるところを見ると、少なくとも神族か魔族にはなってるだろうからねー……ハンパにしぶとい分、なかなか死ねないと思うよー?」
「……嬲り殺されるんですね、わかります」
たとえ死んでも原型が残っていれば御の字だと思う。
ついでに──この一帯が焦土と化す。
怒りが頂点に達したツバサは、ミロたちの無事が確認できてその胸に抱き締めるまでの間、怒りに駆られるまま破壊活動を続けるだろう。
後に残るのはぺんぺん草も生えない焼け野原だ。
「アタシらを拉致った犯人もろともに、シャゴスの親玉がいるはずの大穴も、それにジャングルまで……みーんな太陽で焼き滅ぼすだろうねー」
ツバサさんの十八番──太陽でみんな焼き殺す。
太陽神を産んだとされる神々の乳母だからできる究極必殺技だ。
「そ、そんなの……地母神じゃなくて破壊神じゃないですか!?」
「ツバサさん、そこら辺は表裏一体っぽいからね」
フミカ曰く──ツバサは神々の乳母にして殺戮の女神だ、とのこと。
アホなので意味はよくわからなかったが、「オカンを怒らしたらアカンってことッス」というフミカのアドバイスのおかげで理解できた。
「この人……ひょっとすると人たち、かな? が何者かは知らないけど、同じプレイヤーみたいだし、話し合う前に皆殺しってのは……ちょっとねー」
ツバサさんを止めよう、とミロは背中の神剣を抜いた。
「マリナちゃん、隠密とか隠蔽とか認識阻害だっけ? 相手に気付かれなくなる系の魔法かけてくれる? ジャジャちゃんたち……には届かないだろうけど、せめてアタシたちだけでも相手にバレたくないからさ」
この水晶の立方体から、能力者当人に気付かれぬよう抜け出す。
そして能力者を見つけ出し、無力化して抑え込む。
「そうしないと話し合いにならないと思うのよさ」
「問答無用で襲いかかってきましたもんね……ワタシもそう思います」
ミロの意見にウンウン、とマリナも賛成してくれた。
「ミロさん、珍しく冴えてますね……ぴっ!?」
「うっふっふっふーっ、珍しくはいらないでしょー? ミロさんはいつも冴えてるでしょー? 普段はツバサさんのためにアホの子全開なだけでしょー?」
いらん一言を口走るマリナに、再びデコピンをお見舞いする。
涙目でおでこを押さえつつ、マリナは複数の技能を発動させた。
「は、はい……隠密系技能OKです……」
よっしゃ! とミロはマリナを抱いたまま神剣を頭上に掲げた。
「──この世界を統べる大君が申し渡す!」
黄金色の輝きを放つ神剣を下ろして、水平の目線に切っ先を合わせる。
そして、自分たちを捕らえる水晶の立方体を指し示した。
「アタシたちをこっから出せ──!」
次の瞬間、ミロとマリナは密林の上空に浮かんでいた。
今の過大能力は「ミロ、マリナ、ジャジャ、クロコ=アタシたち」を水晶の中から出せ! という現実改変だったので、ジャジャとクロコも解放されているはずなのだが、周囲を見回した限りでは見当たらない。
もっと遠くまで飛ばされたのだろうか──それとも?
「あっ、ミロさん見てください! あれあれッ!?」
マリナが慌てた様子で下を指差す。
そこはツバサたちが降り立った丘で、謎の獣に吠え立てられて崩された場所なのだが、そこでツバサと謎の獣が大喧嘩を繰り広げていた。
「ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁーーーッ!!」
「いちいち吼えるな、この毛玉野郎がああああああぁぁぁーーーッ!!」
初めて見たときより倍くらいに巨大化している謎の獣。
そして、いつぞやのように全身を真っ赤にして激おこなツバサさん。
パンチ一発が大気を揺るがし、キック一発が大地を震わせる。
ツバサが暴れる度に竜巻みたいな激風が巻き起こり、赤い闘気は猛炎となって野を焦がし、振り乱す赤い髪は稲妻をまき散らす。
対する謎の獣は木々や大地を操っていた。
それでツバサの攻撃を防いだり、動きを封じようとしている。
両者の争いは──天変地異となっていた。
「うわっ……予感的中、ツバサさん激おこぷんぷん丸じゃん」
「ミロさん、それもう死語ですよ……?」
ミロやマリナの祖父世代で流行った言葉である。
「死語でもテコでも何でもいいよ。そんなことより、ツバサさんを止めないと……あの獣っぽい奴の他にもう1人いたよね? 銀髪おかっぱ頭」
拉致される寸前、チラリと目にした記憶がある。
「ええ、いましたね……あの人を捕まえる気ですか?」
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一見すると互角だが、ちゃんと観戦していればツバサが優勢で、謎の獣が劣勢なのがすぐにわかるはずだ。
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「あーもう、何やってんだよアハウさん……そんなウシ乳女に手こずるなんて……内在異性具現化者のあなたなら、デカ乳の1人や2人……ッ!?」
「アタシの愛妻ディスってんじゃねーぞ、おかっぱ野郎」
銀髪の少女の首筋に神剣の刃が押し当てられる。
マリナの協力を得て気配を殺したミロが忍び寄ったのだ。
「なっ……き、君たち、どうしてここに……!?」
銀髪の少女は目を点にして青ざめ、わずかな目線だけで振り返る。
それに視線を合わせたミロは悪党のように微笑んだ。
「動いてもいいよ──首が落ちても良ければね」
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