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第5章 想世のケツァルコアトル

第109話:ジャングルに誘うは奈落へ通じる穴

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 ハルピュイア──もしくはハーピー。

 顔から胸部までは人間の女性だが、その腕は翼となっていて下半身も鳥という半人半鳥の姿をした存在。近年ではよくモンスター扱いされている。

 だが、その出自しゅつじを辿れば神の末席まっせきに連なる者だ。

 ギリシア神話の大地母神ガイアの息子である神タマウスと、海神オケアノスの娘である女神エレクトラ。

 その2柱の間に生まれたのがアエロ、オキュペテ、ケライノ、ポダルゲ。

 この4柱を総称してハルピュイアと呼ぶ。

 虹の女神イーリスは彼女たちの姉に当たる。

 本来、神々の一員として彼らと共に天を舞い飛ぶ神鳥の如き存在だったはずなのだが、いつの頃からか怪物としての役回りを押しつけられるようになり、ついには悪魔の一員にまで貶められてしまった。

 怪物として認知された頃から、食欲旺盛で意地汚く何でも貪り食うだとか、食い散らかした残飯に汚物をまき散らして去って行くとか、地獄で自殺者が変化した木をついばんで罰を与えるとか、ろくなイメージを与えられていない。

 かつてのハルピュイアたちは風の精霊として崇められ、姉である女神イーリスと同じく翼の生えた天使のように美しい姿で描かれた時代もあったという。

   ~~~~~~~~~~~~

 以上──応接間に呼んだフミカの蘊蓄うんちくである。

「古代ギリシアは女性じょせい蔑視べっしなところがあったみたいで、怪物っていうと女性と動物を合体させた半獣人が流行ってたんスよね。ラミア然り、スフィンクス然り、スキュラ然り、エキドナ然り、ゴルゴーン然り、キマイラ然り……」

 フミカは指折り数えて名前を並べていく。

「そして、ハルピュイア然りか……ん、キマイラ?」

 あれは獅子やら羊やらを合体させた怪獣で、女性的要素は皆無では?

「キマイラって色んな生物の合成獣じゃないのか?」

「実はキマイラって“彼女”なんすよ。意外と知られてない事実」

 ゼウスを追い詰めた怪物テュポーンの“娘”だという。

「古代ギリシャの女性観はさておき、ハルピュイアっていうのは神族の一員もしくは末席だったのは本当みたいだな」

 話を聞き終えたツバサはソファにもたれかかる。

 肘掛けを使って頬杖をつくツバサに、相変わらずシーツ1枚なミロが膝の上に乗って寛いでいる。ツバサが彼女を侍らしているようにしか見えない。

 向かいのソファに座るフミカは、こちらの格好やら仲睦まじい様子に物申したそうだが、生暖かい視線で見守っていた。

 あるいは、ちょっと羨ましそうだ。

 自分もダインとあんな風にイチャイチャしたいと思っているのだろう。 

真なる世界ファンタジアの歴史と現実世界の神話に、どの程度の相似性があるかはまだ掴めてないッスけど、ヒレ族の伝承もセルキーと似通っていたところがあるし、相通ずるものはあると見て間違いないと思うッス」

「セルキーは堕天使の仲間──ってやつか」

 こちらの世界のヒレ族も、かつては魔族に仕えていたというから堕天使の仲間だという説と通じるものがある。魔族=悪魔=堕天使という構図だ。

「よし、ハルピュイアについてはなんとなくわかった」

 いつもありがとうな、とフミカに礼を述べる。

 フミカは「とんでもない」と手を振ると、まだ蘊蓄を喋り足らなそうにハルピュイアについて補足説明を付け足してくる。

「本来はああいった種族というより、女神の1グループだったんスよね。それが後年どんどん怪物にされていった不遇ふぐうの女神様という……」

 ゴルゴーンやメドゥーサもその部類に入るらしい。

 悪魔のほとんどがそうだが、本来は天使や地方で祀られていた神という例が多いそうだ。それが宗教の台頭により、零落れいらく余儀よぎなくされたという。

 生まれついての悪魔というのはなかなかいない。

 悪神や魔神として人々に恐れられる神もいるが、それは「必要悪」を担っている場合が多いようだ。謂わば神話という舞台に用意された悪役である。

 彼女ハルピュイアたちは悪役側に引き落とされた、といった感じだろう。

「それにしてもあの子たち、伝承のハルピュイアよりずっと人間の部分が多いッスね。頭から膝くらいまでほぼ人間だし、翼の中に手もあるみたいだし……オリジナルより人間っぽく進化したんスかね?」

 彼女たちを分析アナライズしたいのだろう、フミカはウズウズしていた。

「うん、それもあるんだが……あれ、どうしようか?」

 ツバサは「どうしたらいい?」という相談の意味を込めて指差した。

 指差す先は応接間に続いた我が家の縁側。

 そこに座るドンカイは──ハルピュイアの少女たちに群がられていた。

 最初は族長のエアロが「子種をください!」とトンデモ発言をかましただけでも噴いたものだが、シチューを食べ終えた一族の少女たちもドンカイに興味津々で応接間に上がってくると、「私にもください!」と言い出したのだ。

 ドンカイは元よりツバサも面食らった。

 ミロだけが「ひゅ~♪」と冷やかしの口笛を吹いたくらいである。

 次々と応接間に上がってくるハルピュイア族の少女たち。

 どうあしらったものかわからずあたふたするも、女の子たちに群がられて悪い気はしないであろうドンカイ。それを見ていたツバサが一言。

「……羽が……散らかる……」

 ハルピュイアにその気はないのだろうが、大きな翼と尾羽を持つ彼女たちから羽が散らかるのだ。お母さんツバサが掃除した応接間に。

 せっかく掃除したのに……とお母さんツバサが悲しむのを察したドンカイが、いち早く動いて縁側に移ると、ハルピュイア族の少女たちも大移動した。

 まるで親ガモについていく小ガモの群れだ。

「ドンカイさま! 是非わたくしにあなた様の御子を!」
「いえ、アタシにください! きっと立派に育て上げて見せますわ!」
「わたしです、わたし! お種をくださいませドンカイさま!」

 恥も外聞もないのか、それ以上に子種を授かることが重要なのか、ハルピュイアの少女たちは我先にとドンカイに子作りを強請ねだっていた。

 相談を持ち掛けられたフミカも困惑していた。

「どうしよ、って言われても……ウチもこの間までダイちゃんにあんなモーションを仕掛けてた身なんで、同類相哀れむというか何というか……」

「あ、女の子目線だとそうなのか……?」

 あるいはフミカが特殊なのか?

 ツバサはまだドンカイ目線で考えることができたので、男心が全滅したわけではないらしい。こんなことでも安心してしまう。

 しかし、いきなりハーレム状態になれば誰だって戸惑うはずだ。

 この状況を喜んで受け入れて「ハーレム王におれはなる!」なんて宣言できる度量の持ち主には早々お目にかかれまい。

 いたとしたら──どんな神経してんだよ、そいつ。

「良かったね親方のオッチャン! 念願のハーレムエンドだよ!」

 ツバサの膝の上からミロが脳天気にグッドサインを送る。

「別にハーレムなんぞ求めとらんわい! しかもエンドって何じゃ!? ワシの冒険はここで終わるんか? そりゃ男のロマンかも知れんが!」

「えー、好きなように女の子をとっかえひっかえできるんだよ?」

 嬉しくないの? とミロは小首を傾げる。

「嬉しいも何も……この人数を相手にしとったら腎虚じんきょで死ぬわ!」

「親方、今時の子に腎虚は通じませんから……」

 ツバサはそれとなくツッコんでおいた。

 ミロはアホ面で「じんきょ?」と疑問符を浮かべるが、フミカは【魔導書】グリモワールで検索して「エロいことやり過ぎて死ぬッス」とこっそり耳打ちする。

「エロすぎて死ぬならいいじゃない。腹上死は男のロマンでしょ?」
「どうしてそういう浪漫には造詣が深いんじゃ!?」

 おいツバサ君!? と監督不行き届きでお母さんツバサが怒られる。

「すいません、親方……こいつ、俺が失意のどん底にある時に、俺を元気づけようとして、そういう方面・・・・・・ばかり勉強していたことがあって……」

 ツバサが家族を失って間もない頃──。

 ミロとの約束で立ち直りはしたものの、まだまだ生気がない状態だったのを心配したミロが「男の人ならエロいことをすれば元気になるよね」という短絡的発想から、そっち方面ばかり自己流で調べていたのだ。

「おかげさまで、こんな立派に育ちました♪」

 シーツ1枚のハレンチな格好で真紅の襦袢を着たツバサにまとわりつく、その姿は淫靡いんびとしか言い様がない。クロコの大好きな百合の世界だ。

「……希代のエロ娘が仕上がった理由がわかったわい」
「すいません、ウチのアホ娘が本当にすいません……」

 呆れるのを通り越して諦めているドンカイに、ツバサは涙ぐむ目元を抑えながら謝るより他ない。この件に関してはミロを責められないのだ。

 だって──ミロのおかげでツバサが回復したのは事実なのだから・・・・・・・

「いや、でもさ、本当によかったじゃん。親方のオッチャン」

 アタシ心配してたんだよ? とミロは言う。

「セイメイのオッチャンにはジョカちゃんって可愛いお嫁さんがいるし、ダインもフミちゃんとめでたくゴールイン! 男やもめは親方1人……そこへハーレム展開キタコレ! なわけですよ」

 これで男性陣であぶれている者は1人もいない! とミロは断言する。

「……いらん心配してくれるのぉ」

 ドンカイは忌ま忌ましさを隠さずに舌打ちした。

「ワシゃこう見えてもモテるんじゃぞ? 横綱時代なんぞ言い寄ってくる女をうっちゃっては投げ、うっちゃっては投げ……タレント時代も言わずもがなじゃ」

「じゃあさ──その状況もあっさり受け入れれば?」

 ミロは現状を思い出すように示唆する。

 ドンカイに群がるハルピュイア族の少女は更に増えており、食事を終えた者から順にドンカイへと走り寄ってきているのだ。

 このペースで行けば、直に種族全員がドンカイの元に集うだろう。

「いや、こ、こういうのには……慣れておらん」

 ドンカイは照れ臭そうにそっぽを向くと、言い寄ってくるハルピュイア族の少女たちをもどかしそうにあしらっていた。

 ツバサたちは遠巻きに眺めるばかりである。

「食欲旺盛って後付け設定かと思ったけど……これは性欲旺盛ッスかね?」

「遠慮がない、ってのは間違いないな」

 思い返せば族長のエアロからして、礼儀正しいかと思えば何食わぬ顔でドンカイの膝に乗っていた。図々しい気質は種族由来らしい。

 そのエアロだが──ツバサの前で平伏して平謝りしている。

「も、申し訳ありませんハトホル様! 一族の者がドンカイ様にあのような粗相を……あ、こらおまえら! ドンカイ様の子種を一番最初にいただくのは族長である私だぞ!? 順番だからな、じ・ゅ・ん・ば・ん!!」

 非礼を詫びる一方で、自分が一番という点は譲らない。

 謝罪しながらエアロは口早に語り出す。

「あのような逞しくも勇ましく、ご立派な殿方は我々も久しくお目にかかれておりませんので……それも神族の方ともなれば、我らにとって伝説も同然! ましてや私を初めとした一族の危急を救ってくださった救世主!」

 これはもう子種を頂戴するしか! とエアロは翼を硬く握った。

「そういえば……君たちの種族には男がいないな」

 これが原因らしく、ツバサの一言にエアロは即座に返してくる。

「はい──我らハルピュイア族は女しか生まれませぬ」

 このためハルピュイア族は、年頃になると多種族の男を求めるようになる。強い次代を産むため、より強い男から種を貰いたがる傾向があるという。

「……まあ、このような生態のために他の種族からは“寝取り魔”とか“娼婦鳥”しょうふちょうなどと散々に陰口を叩かれておりますが……」

 話している途中、エアロは乾いた笑顔でボソリと呟いた。

「せめてアマゾネスとかのお仲間にしてあげたいッスね」

 フミカは女だけの種族の代名詞を上げる。

 アマゾネスは女性だけの国家を打ち立てた伝説の種族だ。

 子供産む時は他国の強者から子種をもらうことで妊娠する。産まれた子が女子ならアマゾネスの一員として育てるが、男子は容赦なく殺してしまうという。

 フェミニストだとしても過激さの度が過ぎている。

 ついでとばかりにハルピュイア族の生態に踏み込んでいく。

「生まれてくる子は、やっぱりハルピュイアなんスか?」

「はい、フミカ様──我らの産む卵はほぼ例外なくハルピュイアの娘となります。まれに種をいただいた男の種族の子が生まれたり、男のハルピュイアが生まれたという話も聞きますが……噂話の域を出ておりません」

 他の種族から子種を貰わねば繁殖できない──女だけの種族。

 先祖の代には共に暮らした神族の男と巡り会えば、是が非でも一夜を共にしたいと願うだろう。彼女たちにしてみれば死活問題である。

「……そりゃあ形振なりふり構わずアプローチするわな」

 ドンカイがモテモテになった理由も納得だ。

 命の恩人、というのも強烈なセクシャルアピールになったようだ。

「ふむ、女性の遺伝子が優位なんスね……興味深い」

 フミカは【魔導書】に記していく。こうしている間にも密かにエアロたちを分析しているのだろう。ケット・シーやセルキーも分析済みだ。

 そんな中、エアロはツバサたちの表情を窺おうと必死だった。

 ここに揃ったのはツバサ、ミロ、フミカ。それと広場にいるのはクロコ、マリナ、トモエ、ジャジャ。いずれも神族の女神ばかりである。

(ツバサとジャジャは「違う!」と言いたいが、もはや言える雰囲気ではない)

 この場にいる神族の男神は──ドンカイただ1人。

 恐らく「どなたかがドンカイ様の奥様? それともドンカイ様は独り身?」などと勘ぐっているのだ。先のツバサたちの話にも聞き耳を立てていた。

 恐れながら……エアロはツバサに尋ねてくる。

「ハトホル様は地母神とのこと……その、配偶者の男神様は……」

「ハーイ、アタシだよーん! ミロ・カエサルトゥスこと、このミロさんがツバサさんの旦那様でーす! 同時に娘でもあるんだけどねー♪」

「えっ……あ、あなた様が!? ハトホル様の!?」

「そだよー。大丈夫大丈夫、こう見えて英雄神だし、ちゃんとツバサさんと愛し合う・・・・こともできる立派な“男の娘”でもあるから安心してー♪」

 どう見ても美少女なのに男の神と言い張り、ツバサの配偶者だと主張するミロにエアロは驚いていた。にわかに信じられないのだろう。

「は、はあ……承知いたしました……」

 色々と言いたいことはあるのだろうが、眷属という立場がある。反論できるわけもないので、エアロは自分の意見を飲み込んでいた。

 それに──エアロの表情には安堵があった。

 ドンカイがツバサの配偶者ではない、とわかったので安心したのだ。まさか庇護を授かった地母神から夫を寝取るような真似はしたくあるまい。

 種族の陰口を気にしている様子だし──。

「では、あの……ドンカイ様の奥方にあたる女神様は……?」

「いないよー。言ったじゃん、親方のオッチャンは独り身だってさ。だからエアロちゃんたちでハーレム作ってあげてもいいよー♪」

 これを聞いて──エアロの顔は眩しいくらいに華やいだ。

 ツバサの夫にして英雄神のミロからお許しが出たのだ。これはもう口約束を突破して、主人あるじからの公認を得たようなものである。

「皆の者! 英雄神ミロ様からお許しが出たぞ! 我らが救世主ドンカイ様から種を賜り、より強靱な次代のハルピュイアを産める約束を取り付けたぞーッ!」

 ハルピュイア族から甲高い歓声が巻き起こる。

 その中心で──ドンカイが喚いていた。

「こ、こらあーッ!? なんちゅう約束しくさっとんじゃミロ君!? ワシの意見も聞かんと……こらこら、年頃の娘がそんなことしちゃいかん! 待て、落ち着かんか!? あ、この娘さんの尻はなかなか……って、違ぁーーーう!!」

 なかなかどうして、ドンカイも満更ではなさそうだ。

 端から見ていると鳥の大群に貪られているように見えなくもない。

「あれって鳥葬ちょうそうッスかね?」

「結婚は人生の墓場……って格言からすると、鳥葬で間違ってないな」

 ツバサたちは他人事みたいに見守るしかなかった。

「だから早まるな者どもッ! 一番は族長の私だって……ポルナ姉! ケルノ姉! 自分たちのが年上だからって先走るのはずるいぞ!?」

 その鳥葬の群れにエアロも加わろうとしていた。

 種族繁栄のために頑張ろうとする気概は買ってやりたいが、ツバサはエアロを呼び止めた。どうしても聞きたいことがあるからだ。

「待てエアロ、もうひとつ聞かせてほしい」

 君たちを追っていた──あの巨大な蝙蝠こうもりめいた怪物はなんだ?

 ドンカイの勘が正しければ、また別次元からの侵略者だ。エアロもそう言っていたし、もしかしたら見覚えがあるのかも知れない。

 呼び止められたエアロは肩をすくめて身を震わせる。

 襲われた時のことを思い出したのだろう。悪いことをした。

「あれは……私たちにもよくわかりません……」

 見るからに異形の者──旅の途中、行く先々で出会った怪物のひとつ。

「先ほどお話しした通り、私どもはこの世界を当て所もなく流れてきました……その道中、あのような怪物どもには幾度となく襲われてきたのです……」

 溶ける身体を伸ばして襲いかかってくる異質な巨人──。

 無数の球体とそれを絡め取る粘液でできた名状しがたいもの──。

「そして、あの噛みついてくる黒い翼のもの……奴はここよりずっと南方、いくつもの川が流れ、たくさんの木々が生える湿った大地で出会でくわしました」

「川や木が多くて湿っている……?」

 熱帯雨林──もしくは密林のような地域があるのか?

「はい、ここよりずっと南の空を飛んでいると、鬱蒼とした木々が茂る森があって……そう、そこの中心に大きな黒い穴が開いておりました」

 あの巨大蝙蝠は、そこから飛び出してきたという。

「私どもを餌にしようとしたのでしょう……我らの群れを見つけるなり追いかけ回して……2日も逃げ惑い、ようやくこの地に辿り着いた次第です……」

「そしてドンカイさんに助けられた、と……」

 はい……助けられた当のエアロは頬を染めている。

 ツバサはミロをソファに残して起ち上がると、エアロの前にしゃがんだ。

 そして、彼女の額にそっと人差し指を押し当てる。

「悪いが……ちょっと記憶を覗かせてくれ」

 新たに習得した技能スキルで、エアロが見てきた風景を覗かせてもらう。

 その気になれば脳内の情報を根刮ぎ吸い上げることもできるが、そこまでプライバシーを侵害することはない。ちょっと覗くだけだ。

 ツバサの脳内に──エアロの見てきた風景が蘇る。

 視界に広がるのは一面のジャングル。イメージとしてはアマゾンなどが近いかも知れない。やや濁った川筋が編み目のように密林を走っている。

 その密林の中央に、巨大な穴が穿たれていた。

 大きな街くらいなら飲み込んでしまいそうな巨大な穴。かなり深いのか底まで光が届いておらず、地下何百mまで達しているのかわからない。

 下手をしたら地下何㎞か──まるで奈落ならくに通じる穴だ。

「ん、この穴……ちょっとおかしいな?」

 穴の周囲には植物も生い茂っているのだが、その生え方が自然ではない。

 木々は穴の中心に向かって伸びていた。太い枝は互いを折り重ねるように張り巡らされて、そこにつたかずらが何重にも絡まっている。

 まるで奈落へ通ずる穴を塞ぐかのように──。

   ~~~~~~~~~~~~

 ──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!

 その獣は慟哭どうこくを上げていた。

 密林の中でもっとも高い木のこずえに立ち、天に向けて貫き通すような雄叫びをほとばしらせる。事実、その叫び声は極大の音波となって雲を打ち破った。

 獣の叫び声は密林の生きとし生けるものを振るわせる。

 ──密林に穿たれた巨大な穴。

 その周囲に生えた木々は獣の声に感応するが如く、ザワザワ蠢き出すと植物にあるまじき速度で成長していく。木は幹を横に伸ばしていき、枝は太く互いを支え合うように絡まっていき、蔦や葛が蔓延はびこるように覆いかぶさっていく。

 やがて──巨大な穴は植物によってふたをされた。

 その蓋を打ち破るように、あの巨大な蝙蝠が飛び出してきた。

 蝙蝠は獣の努力をあざ笑うかのように、耳障りな奇声を鳴り響かせる。 

 獣は憎悪を滾らせた瞳で空を見上げ、空に舞い上がった巨大蝙蝠に向けて跳ぶ。
 
 自身の腕にも生える翼を広げて──空を駆ける。

 そして、巨大蝙蝠を一瞬にしてほふった。

 巨大蝙蝠は何をされたかわからぬまま死んでいく。

 瞬時に全身の108箇所を食い千切られたなどとは夢にも思わぬだろう。

 巨大蝙蝠を仕留めた獣は、巨木のいただきへと戻ってくる。

 そして、また慟哭を上げようとして──。

「お待ちください、王よ──それ以上の無理はお身体に障ります」

 獣の背後に突如として出現した、1人の少女。

過大能力オーバードゥーイングの使い過ぎは禁物です……どうか、ご自愛を……」

 大降りの外套がいとうを身にまとった少女に進言されて、王と呼ばれた獣は迸らせようとしていた慟哭を飲み込んだ。しかし、苛立ちは収まらないらしい。

 喉の奥で遠雷のような音を鳴らして、獣は奈落への穴を睨む。

 慟哭こそ収めたものの、獣は人間の言葉で胸の内の怒りを吐露していく。



「許さん……決して許さんぞ、この私が……この大地の王が……ッ!」


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