想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第5章 想世のケツァルコアトル

第103話:浮遊要塞の事後処理

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 終焉龍エンドとのタワーディフェンスから数日。

 ツバサたちは浮遊する山の内部へと足を踏み入れた。

「──本当に貰ってもいいのか?」

 起源龍オリジンたちが出入りする通路。眼が眩むほど高い天井を見上げてツバサが尋ねると、ジョカフギスは屈託のない笑顔で「うん」と頷いた。

「僕は使わないからね。ツバサさんたちにあげるよ」

 相変わらず遊女みたいな着物姿。今にもおっぱいがこぼれそうだ。

 ツバサがたけを合わせた衣類を用意したのだが──。

『セイメイが着てるのも着物なんだよね? じゃあ、僕も同じの着るよ。これも着物なんだよね? え、ちょっと違う?』

 ジョカフギスはこの衣装がお気に入りのご様子だ。

『これ着てるとセイメイが嬉しそうだからね♪』
『そりゃあ嬉しいだろうな。嫁がこんなエロい格好してりゃあ……』

 当人たちが幸せなら口を出すまい。

「まあ、ウチにはいつでも踊り子な次女むすめもいるし……別にいいか」
「しれっとウチのことディスんないでほしいッス、ママン・・・

 誰がママンだ、とツバサも言い返す。

 一緒についてきたフミカはふて腐れていた。

 隙あらばダインに腕を絡ませようと試みるのだが、一向に成功しないので苛立いらだっているのだ。ダインは初めて見る浮遊する山の内部に興味津々で、フミカが何をしているかなど眼中に入っていない。

 ダインは忙しなく動き回って通路の内装などをチェックしており、腕を組もうとするフミカの動きは哀しいくらいスルーされていた。

 見るに見かねたミロがアドバイスする。

「フミちゃん、もっとガアーッ! って行かなきゃダメだってば! フットワークが大事なんだよ。こう、アタシがツバサさんを押し倒すみたい!」

「俺を引き合いに出すな」

 説明しながらミサイルみたいな勢いで抱きついてきたミロを、ツバサは振り向きもせずに受け止める。はいどうどう、と背中を撫でて落ち着かせた。

 油断していると本当に吹っ飛ばされるので腰の入れ方が大切だ。

 これを見て、フミカまで真似して身構える。

 本当にダインに突っ込むつもりだ。

「OK、こっちから押し倒すつもりで行くッス……!」

 意を決して肉食獣みたいに飛び掛かるフミカ。

「おおっ! この小さい玉っころも龍宝石ドラゴンティアじゃなかか!?」

 しかし、ダインは気付かない内に躱してのける。フミカはズザーッ! と砂煙が出る勢いで床を滑っていき、そのまま突っ伏して泣いてしまった。

「フミちゃんドンマイ! 諦めちゃダメだってば!」
「ウウッ……も、もう心が折れそうッス……」

 なんだろう。そういうコントに見えてきて、笑っちゃかわいそうなのに噴き出しそうで困る。“笑ってはいけない何とか”みたいだ。

 そのダインだが──こちらは物作り魂に火を点けていた。

「いやー、龍の住み家だけあってスケールが段違いじゃのう! 浮かんじょる仕組みはあっちこっちにある龍宝石みたいじゃが、こんだけどでかい山を浮かすんにはどれだけの龍宝石を使うちょるんじゃ? これを改築できるたぁ……」

 腕が鳴るのぉ! と機械の腕を叩いていた。

 終焉龍ムイスラーショカ──その浮遊要塞。

 かつては起源龍の兄弟が住まいとした、空に浮く巨大な山。

 ムイスラーショカ亡き後、北東の空に浮いていたのを「あれどうするんだ?」とジョカフギスに尋ねたところ、「あげる」と答えられたのだ。

『僕もツバサさんたちと一緒に、この姿で暮らしたいんだ。それに……あそこにいると色んなことを思い出しちゃうから……』

 兄ムイスラーショカとの過ごした日々を回想するのだろう。
 それはまだジョカフギスには辛いはずだ。

『元々あの山は僕たちの物じゃなくて、古い神族からもらったものなんだ。君たちにあげたって問題ないと思うよ』

『古き神族から龍へ、龍から新しき神族へ……ってことだな』

 本来は創世神である起源龍を祀る祭祀場として、ジョカフギスたちを崇拝する神族や、その力を借りたいと願った魔族が献上したものだという。

 建築されてから改築、増築、魔改造を延々と繰り返されたらしい。

 それにしては建築様式が統一されていた。

『起源龍さまがお住まいになる場所はこうでなくちゃ!』

 もしかすると、そんなフォーマットがあったのかも知れない。

 起源龍の兄妹は棲むところにはこだわらなかった。

 なので「貰えるものは貰っておこう」と素直に使っていたらしい。

 せっかくだからいただこう、とツバサたちの意見も一致した。

 以前、ツバサとダインが冗談めかして「空の果てに島でも作って隠居しよう」と話していたが、その足がかりになりそうな代物でもある。

 頂戴するに当たって──まずは下見である。

 引っ越し先の物件を内見する気持ちでジョカフギスに案内を頼んで、浮遊する山の状態を調べに来たのだ。

 案内役のジョカフギスに、改築担当のダイン、みんなのお母さんリーダーであるツバサと、そのツバサを追っかけてきたミロ。

 そして、ダインにくっついてきたフミカの5人である。

 先日、ツバサたちが突貫した巨大通路。

 起源龍たちにとっては廊下みたいなそこを、ツバサたちは調べたり見渡したりしながら進んでいく。先を行くジョカフギスはフヨフヨと浮いていた。

 龍だけあって、歩くより飛ぶのが楽らしい。

 セイメイと一緒にいる時はいつも彼の周囲に浮いており、その首に抱きついたりしている。本当によく懐いたものだ。

 そのセイメイは「興味ねぇ」と拠点の縁側で昼寝中だった。

「しかし、あちこち破損しとるのぉ。穴ぼこだらけじゃし……」
「ムイスラーショカの木偶でくと触手の名残だな」

 先の戦闘でムイスラーショカはこの山を操るために、自身から生える触手を山中に毛細血管みたいに張り巡らせていた。それが消えたことにより、アリの巣みたいな穴だらけになっているのだ。

 盛大に壊れているのは、ツバサが終焉龍エンドの分身である山から作られた木偶人形と戦った結果だ。山の一部を変化させていた木偶を壊したせいだろう。

 先を行くジョカフギスにダインが質問する。

「なぁなぁジョカちゃん、メインシステム……違うか、こん山の中枢っちゅうか、動かすための大元みたいんはないんかのぅ?」

 いつの間にか、ジョカフギスの呼び方は「ジョカ」と縮められていた。
 ジョカフギスだと長いので、自然とこの呼び方が定着したのだ。

 問われたジョカは人差し指を下唇に当てて考える。

「んーとね、どっかにあったような……あ、あったあった! 拝謁の間の下にそれらしいのがあったと思うよ。起源龍ぼくたちには動かせなかったけど、古い神族はそこに力を込めてこの山を動かしてたって聞いた覚えがある」

「よっしゃ、そこに案内しちょうよ」

 ダインに促されたジョカは「こっちだよ」と案内する。

 ジョカが速度を上げたので、ツバサたちも飛行系技能で追う。

 前回の戦闘でもそうだが、この山は広すぎるので歩いていたら日が暮れる。

 移動する際にはこうして飛んだ方が早かった。

 ツバサが太陽球で破った門を通り過ぎると、ムイスラーショカがいた拝謁の間へとやってくる。ここまで来るとジョカの表情が曇ってきた。

「ジョカ、大丈夫か? 無理しなくていいぞ」

 ツバサが気遣うとジョカは浮かない顔のまま微笑んだ。

「うん、平気……兄さんとは別れを済ませたし……兄さんは起源龍オリジンとして、この世界を愛して逝ったんだ……悲しんでたら……怒られるよ……」

 気丈に振る舞うが、声は震えていた。

 ツバサはジョカの横に並び、よしよしと頭を撫でてやった。

 それだけでも気持ちが和らいだのか、ジョカの顔色はマシになる。

「…………ありがとう、ツバサさん」

 やっぱりお母さんだね、とジョカは甘える声で呟いた。

 この雰囲気では「誰がお母さんだ」とは言い出しにくい。

 ミロがニヤニヤしながら見守っているだろうな、と思って振り返ればさにあらず。彼女はまったくの別方向に注意を向けていた。

 拝謁の間の中央──かつてムイスラーショカがいた場所だ。

 ツバサとミロの一撃で“門”ごと消滅した終焉龍、その波及により様々なものが破壊されて瓦礫がれきに埋もれていた。

 その瓦礫を、いきなりミロは掘り返しはじめた。

「おいミロ、何をしてるんだ?」

「んー、なんかね、この下から声が聞こえる気がして……いた・・!」

 ミロが瓦礫を退かすと、そこから七色の光が立ち上った。

 突然の発光に怖じ気づくこともなく、ミロは何気ない手付きで手を突っ込み、光の原因らしきものを無造作に取り出した。

 それは──金色に輝く光の玉。

「玉じゃない……それ、卵ッスよ」

 ミロの手にあるのはソフトボール大の楕円形の玉。

 フミカが言う通り、玉というよりは卵みたいな形をしている。何より分析能力に長けた彼女が卵と判定したのだ、本当に卵なのだろう。

 金色に輝く卵など見たことも聞いたこともないが──。

 この卵を見て目の色を変えたのは、他ならぬジョカだった。

「それッ! に……兄さんの波動ッ!?」

 ジョカはミロの元に駆け寄ると、彼女が両手で持っている卵に見入った。ミロが差し出すと、両手を戦慄わななかせてしっかりと受け取る。

 ジョカに手渡された瞬間、卵は強烈な閃光を発した。

 それはすぐに鎮まり、卵がわずかな光を帯びる程度に落ち着いた。そして、鼓動のように周期的に穏やかな明滅を繰り返していた。

 ジョカは鼓動する卵を愛おしそうに抱いた。

「間違いない、これ……兄さんだ、兄さんの力を感じる……ッ!」

 ジョカは感無量、閉じた瞳から嬉し涙をこぼす。

 フミカとダインは不思議そうに見守っている。

「どういうことッスかね、お兄さんが最後の力で産み落としていたとか?」
「もしくは、滅ぼされてすぐに転生したじゃろか?」

 転生、と聞いてツバサはすぐに思い至った。

「そういやさ、アタシとツバサさんで“門”を閉じた時、ジョカちゃんのお兄さんが早く転生して良い来世が待ってますようにって願ったよね」

ミロおまえ過大能力オーバードゥーイングでそれをやったら……」

 ──【真なる世界にファンタジア覇を唱える大君・オーバーロード】。

 ミロの命じたままに世界を改変する究極の過大能力だ。

 その力は世界を変えるに留まらず、そこに生きる種族さえも自由自在に変えられるはずだ。神族だろうが魔族だろうが──それこそ起源龍でさえも。

「じゃ、じゃあ! この卵は……ッ!?」

ジョカおまえが兄の力を感じるなら──そういうことなんだろうな」

 こんなに早く効果が現れるとは予想だにしなかったが、ミロのせっかちな性格を鑑みれば、この即効性は当たり前と言える。

 ジョカは金色の卵を我が子のように抱き上げると、涙に濡れた頬を寄せて愛おしそうに撫でていた。時には耳に押し当て、その鼓動に聞き入っている。

「兄さん……兄さんが、ちゃんとここにいる……ありがとう、ツバサさん! ミロちゃん! 2人には……なんてお礼を言ったらいいか……」

 ジョカが卵を抱いたまま感涙をふりまいて何度も頭を下げるが、ミロはぞんざいに手を振って「大したことない」と微笑むだけだ。

「いいっていいって、アタシらがそうしたかっただけなんだし……まさか、こんなに早く戻ってくるとは思わなかったけどね」

 アタシの過大能力スゲー! とミロは自画自賛した。

「それと大地母神たるツバサさんのパワーもあったからね。きっとその卵も、ツバサさんのオカン系女神パワーで生まれたんだよ」

 だから、その子もツバサさんの子ね? とミロはジョカに念を押す。

 ジョカは喜んで受け入れた。

「うん! 僕も兄さんも生まれ変わってツバサさんの娘になるよ!」
「乱暴すぎるだろその展開!?」

 ムイスラーショカの意見も尊重してやれよ!? と引き合いに出しておく。

 そもそも彼はジョカと違って精神的には男性性が強かったと感じる。もしも生まれ変われたとしても、娘になるのは拒否するのではなかろうか?

 すると、ミロが軽く手を振った。

「いやいや、そこは重要じゃないの。ツバサさんの子供になるのが重要なの」
「誰が子持ちのお母さんだ!?」

 ツバサは異を唱えるも説得力はないに等しい。

 ムイスラーショカの転生体と思しき卵が生じた理由が、ミロの過大能力にツバサの地母神としての過大能力が働きかけたのは間違いない。

 望む望まないに関わらず、ツバサの力は増大の一途を辿っている。

 女神、地母神──グレートマザーたる母性の権化として。

 その事実をツバサの中で肥大化しつつある“母心”は狂喜して受け入れるが、退化を余儀なくされている“男心”は絶叫を上げている。

 それはもはや──断末魔の如く。

   ~~~~~~~~~~~~

 嬉しいアクシデントを経てから、浮遊する山の中枢へと向かう。

 兄の復活を卵という形で手に入れたジョカはご機嫌で、鼻歌を歌いながらツバサたちを導いてくれる。

 ちなみに、卵がジョカの胸の谷間で温められていた。

「この辺りに古い神族が出入りしていたところが……ほら、あった」

 ジョカの案内で拝謁の間の片隅にやって来ると、床に目立たない形で跳ね上げ式の扉があり、その下に地下へと続く階段があった。

 階段の角度はかなり急勾配だが、一段の大きさがかなりある。

「古き神族ってのは大柄だったみたいだな」

 階段を降りながらツバサが感想を述べると、ジョカが教えてくれる。

「そうだね、少なくとも今の僕くらい……もしくはドンカイさんくらいの大きさだったと思うよ。もっと大きい人もいたし、巨神と呼ばれた人もね」

 巨人か巨神か、どちらの意味でも大差あるまい。

 長い階段を下ると、ちょうど拝謁の間の中央真下に来るようだ。

 拝謁の間より狭いが、それでも東京ドームのグラウンドくらいはありそうな地下室の真ん中に、この山の中枢と見られる装置が据えられていた。

 これに目を見張ったのがダインである。

「こりゃあ……龍宝石ドラゴンティアか!? しかし、このサイズはぁ……」
「段違いで桁違いじゃないッスか……ッ!?」

 ダインは驚きのあまり硬直する。

 この隙に乗じてフミカは一緒に驚きながらも、ダインの腕に組み付いて満面の笑顔だった。ミロとグッドサインを送り合っている。

 そして、ツバサも少なからず驚かされた。

「これは……でかいな」

 地下室中央に鎮座するのは、あまりにも巨大な龍宝石だった。

 龍宝石は龍の脳内からしか取れないため、その大きさは必然的に限られてくる。

 掌にちょこんと乗るビー玉大がよくある大きさだが、これでもアルマゲドンでは超レアアイテムとして滅多にお目にかかれないお宝だった。

 これが水晶玉大ともなれば伝説級の代物となる。古代龍エンシェントから極まれにドロップできるため、一時は廃プレイヤーたちが古代龍狩りに勤しんでいた。

 ダインはロボやメカの動力源とするため、龍宝石を集めていた。

 中にはバレーボール大の龍宝石もあり、それらはグレートダイダラスやハトホルフリートのメインエンジンとして活躍している。

 然るに、目の前にある巨大龍宝石は──。

「でっかいなー! 家の1つや2つは丸ごと入りそう!」

 ミロの感想はいつも子供目線だが、だからこそわかりやすい。

 この巨大龍宝石、一戸建ての家くらい楽々入りそうな大きさを誇っていた。台座に据え付けられているが、グルリと回るだけでも距離がある。

「伝え聞いた話では、僕たちよりも少し前の起源龍たちが『我らは役目を終えた』と言い残して、古き神々にあげたそうだよ。何体かの起源龍の龍宝石を融合させて、この大きさにしたんだとか……」

「龍宝石ってまとめることができるんがか!?」

 物作りの天才ダインでも、龍宝石の加工は未知の技術である。

 あれは龍の脳内からしか取れず、技能で精製することはおろか加工することさえできないオーパーツみたいな特殊アイテムなのだ。

「いやぁー、そいつぁ耳寄りな特ダネぜよ! 昔ん神様ができたんなら、頑張りゃわしもできるようになるかも知れん! 燃えてきたぜよぉーッ!」

 さっそくダインは台座や巨大龍宝石を調べている。

 左腕にフミカが組み付いているのにまったく気付いていない様子だが、フミカも幸せそうだから良しとしよう。気付いた時が楽しみだ。

「フンフン、この台座から山全体にエネルギー供給のためのパイプラインみたいなもんが根を張るみたいに伸びとるんか……いや、物質的にパイプや配線があるんやのうて、いわゆる気脈……地脈とか龍脈みたいなもんじゃなこれ?」

 さすが有能な長男、もう仕組みを把握したらしい。

「しかしこれ──でかいんはがいいが中身は空っぽみたいじゃな」

 コンコン、とダインは巨大龍宝石を軽くノックした。

 ダインがジョカへ言いたげに振り向けば、その理由を語ってくれた。

「うん、僕たちが寝床にした頃にはその龍宝石、誰の力も宿ってなかったよ」

 聞けば古き神々の数人が力を込めていたそうだが、何らかの理由により枯渇してしまったらしい。そのため、彼らはこの山を放棄したそうだ。

「それを僕たちがねぐらとしてもらったわけ」

 元々は移動要塞、あるいは移動式の橋頭堡きょうとうほだったのだろう。だが、使えなくなったのか使い道がなくなったので、起源龍の祭祀場として再利用したらしい。

 ジョカの大雑把な話から、なんとなくそう読み取れた。

「そういう経緯があったのは飲み込めた……なら、この龍宝石に再び力を注ぎ込めば、この山は息を吹き返すかも知れないわけだな」

 ツバサは宙に浮かび上がると、巨大龍宝石に手を添えた。

「俺の力を込めてもいいか?」

 誰にと言うわけでもなくツバサは訊いてみた。

「そりゃあアニキしかおらんじゃろ。ウチの屋台骨で大黒柱じゃ」

「右に同じッス。この空飛ぶ山を動かすなら、バサ兄の地母神パワーしかないッス」

「僕もツバサさんがいいと思うよ。大地母神の力なら……と思うし」

 なんだかなぁ、とツバサはため息をついた。

「どいつもこいつもみんなして…………誰が大地母神だ!」

 苛立ちを怒りへと発露させ、その掛け声を気合としたツバサは、巨大龍宝石の中にありったけの力を注ぎ込んだ。

 ツバサの過大能力である【偉大なるグランド・大自然ネイチャの太母ー・マザー】の力が止め処なく放出され、巨大龍宝石へと流れ込んでいく。次第に龍宝石は輝きを取り戻し、鼓動のようにもエンジン音のようにも聞こえる不可思議な音を響かせた。

 しかし──足りない。

「いかんな、これは……俺1人の力じゃ足りないみたいだぞ」

 えええーッ!? と驚愕の声が連鎖する。

「アニキのパワーでも足りないっちゅうがか!?」
「やっぱこの大きさだけあって、許容量キャパシティもハンパないスかね?」

 そうじゃない、とツバサは呻くように言った。

「この龍宝石……特別製なんだ。どんな強大な神の力でも、1人じゃ動かないようになっている。これは、もしかすると……」

 力を注ぎ込むツバサに龍宝石からフィードバックするような感覚が伝って、それが頭の中で言葉を紡いでいく。

『汝、天と地の太母たいぼたる女神よ──対となる男神の神威しんいを示せ』

『光と影、陰と陽、裏と表──そして、男と女』

『陰陽二元が交わることで太極となる──然るに発動せん』

 龍宝石からの言葉を理解したツバサは、悔しさに唇を噛んだ。

「つまり、俺1人じゃダメなのか……もう1人の神を……」

 それも男の神を連れてこいだと──?

 ツバサの力は完全に女神のものと化している。

 認めたくはないのだが、巨大龍宝石にはそう断定されてしまった。

 この龍宝石は女神の力だけでは動かない。対となる男の神の力を一緒に注ぎ込むことで、男女の対となる力が巡るようにして初めて動き出すらしい。

 男と女の交わりが──新たなる命を産み出すように。

「男の神って……」

 この場にいるのはダインただ1人。

 チラリと目をやれば、何が起きているかわからずこちらを見守っているダインと、その左腕にまだしがみついているフミカ。

 駄目だ──2人の仲を気まずくする真似はしたくない。

 そこでふと閃いた。

 ツバサと対になる神など1人しか存在しない。

 ムイスラーショカも言っていたではないか。ツバサが男の心を持つ地母神ならば、彼女は少女でありながら少年の力を持つ英雄神だと──。

「──ミロ! 来てくれ! おまえの力も一緒に注ぐ込むんだ!」
「はい喜んでーッ!」

 ツバサの呼び掛けに、ミロは二つ返事で飛んできた。

「ツバサさんとの共同作業なら、どんなことだって喜んでやるよー♪」

 言うが早いかツバサの横に並んだミロは、同様に巨大龍宝石へ手を添えると一気に力を流し込む。世界を変えうる過大能力の力を惜しみなくだ。 

 すると、巨大龍宝石が急激に活性化を始める。

『女神と男神の神威しんいは此処に──太極は成されん』

 浮遊する山が地響き──宙に浮いているのだから地響きというのもおかしいのだが、これだけの土地が揺れているのだから地響きでも過言ではない。

 山全体を揺るがす震動が巻き起こっていた。

「こりゃあ……この山が蘇ろうとしとるがか?」

「ま、間違いないッスよダイちゃん! バサ兄とミロちゃんのダブルパワーがあの龍宝石の中でミックスされて……数百倍になろうとしてるッス!」

 2人の力は巨大龍宝石の中で混じり合って溶け合い、1つの純粋なる力へと変換されて、巨大龍宝石から空飛ぶ山の全体へ龍脈を通じて送られていく。

 力を注ぎ込んだ者への相互作用はまだあるのか、ツバサとミロにはこの山を使いこなすための「取扱説明書」的な情報が送り返されてきた。

「なるほど……空飛ぶ山の使い方は大体わかった」
「へーっ、面白いねこれ。勝手に頭に入ってくるから楽でいいや♪」

 こうすればいいんだな! とツバサとミロは更なる力を注ぎ込んだ。

 その瞬間──巨大龍宝石は爆発的な閃光を発した。

   ~~~~~~~~~~~~

 巨大龍宝石は完全に力を取り戻した。

 いや、手前味噌ながら全盛期以上の力を誇っているはずだ。

 地下室を出て拝謁の間を後にしたツバサたちは、通路を抜けると山の全景を確認するために外へ出て、飛行系技能で少し遠くから空飛ぶ山を眺めてみた。

 ダイン、フミカ、ジョカは眼を剥くほど驚いていた。

「こりゃ……どういうことぜよ? 前よりでっかくなってる!?」

 空に浮く山は以前よりも数倍は拡張していた。

「山の高さは変わってないッス。前より大きく感じるのは山が……いや、山ではなくて空飛ぶ“島”と見た場合、その土地面積が広がってるんスよ」

 フミカの指摘した通りである。

 山の高さはそのままに、平地部分を広げてみたのだ。

「しかも……緑が増えてる? 通路や拝謁の間もいつのまにか直ってたし……これって全部ツバサさんとミロちゃんがやったの!?」

 ジョカに尋ねられたミロが得意げに鼻の下をこすった。

「まーね♪ ツバサさんとの共同作業だけど、突貫で島を広げて自然を増やして、壊れたところも直してみたんだ」

「あの龍宝石から大概のことは操作できるみたいだな」

 操作ができるのは力を注ぎ込んだ神、ツバサとミロに限られる。

 1度でも力を注ぎ込めば、どちらか1人の力でも操作は可能らしい。

 今後はツバサが微調整をしていこう。

「一応、ここら辺で一番高い山でもある、猫族の聖地がある岩山の上に移動させておいた……あと、この空飛ぶ山は“空間の位相”をずらす・・・なんて面白いこともできるみたいでな。これで猫族やヒレ族には見えなくなるだろう」

 これで「空に山が浮かんでいる」、なんて奇天烈さに驚くこともあるまい。

 位相がずれているので、山が日陰を作る心配もなかった。

 山の扱い方は、追い追い勉強していこう。

「……と言ってもだ。改築にしろ細やかな改良にしろ、そういったところはダイン、おまえの出番だな……頼んだぞ、我が息子マイ・サン

 冗談めかすのは信頼の証、ツバサはダインに任せることにした。

 ダインは感極まったようにブルリと肩を振るわせると、機械化した左腕を持ち上げて力瘤(?)を作り、それを叩いた。

「任しちょうよ母ちゃん! すげぇーもん作っちゃるきにのぉ!」

 うん? とここでようやくフミカに気付いたらしい。

「おわぁっ!? な、なにしてるがじゃフミィ!?」
「恋人同士、腕組むぐらい当然……なに振りほどこうとしてるんスか!?」

 ダインは腕を振り回し、フミカは振り落とされまいとしがみつく。

 この2人、まったく進展していない。

 おまえら早く結婚しろ、とツバサはツッコんでおいた。

 そういう意味では、セイメイとジョカは電撃結婚が過ぎたが──。

「んふふふー♪」

 何を思ったのか、ミロはツバサの右腕にフミカよろしく組み付いてきた。どこか勝ち誇ったような彼女の微笑みに、ツバサは嫌な予感を覚える。

「あの巨大龍宝石さぁ……言ってたよね? アタシは少女でありながら少年の資質を持つ神だから、男神として認めるって……ツバサさんは類い希なる母性を秘めた女神だって……ツバサさんも聞いたでしょ?」

 やっぱり──あのフィードバックはミロにも伝わっていたのだ。

 巨大龍宝石は男だったはずのツバサを女神としか認めず、ミロの中にある少年的な何かを男神と認定したのだ。

 だからこそ、あの龍宝石は発動したわけだが……。

 それがミロを調子づかせるのではないかと危惧したのだが、こうも露骨に言い寄ってくるとは……女神認定されたことよりも気が滅入る。

 もうツバサは──本物の女神になるしかないのか?

 決心と覚悟、未練と抵抗。
 
 諦観ていかんしつつある母心と諦めたくない男心。

 様々な思いが豊かな胸の奥に去来した後、ツバサはため息交じりに呟いた。



「さて、何のことだか……俺にはわからないな」


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愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

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