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第5章 想世のケツァルコアトル

第102話:結婚してください!! ☆

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 起源龍オリジンの兄弟──そう、兄弟だ。

 ジョカフギスはムイスラーショカを兄さんと呼び、ムイスラーショカはジョカフギスを弟と呼んでいた。その兄弟愛もちゃんと目撃している。

 兄弟とは兄と弟のこと、どちらも男性のはずだ。

 これが女性なら姉妹となるし、兄1人妹1人ならば兄妹けいまいと呼ぶべきだろう。ルビを振るなら“けいまい”よりは“きょうだい”のがわかりやすいが。

「妹? とは一言も聞いてないんだが……」

 ジョカフギスの変身は続いている。

 身に帯びた光は落ち着いてきて、身体の輪郭もはっきり見て取れるのだが、誰の眼から見ても女性のボディラインにしか見えない。

 しかも──かなりの規格外。

 そもそも身の丈が大きい。ツバサが見上げるほどだから2mはある。ドンカイが見下ろしているから2m50㎝はない。

 癖がまったくない綺麗な黒髪は、まっすぐなストレートヘア。ツバサよりも長い黒髪はまるで黒い滝のようにジョカフギスの全身を流れ落ち、足下にいくつもの髪溜まりを作っていた。

 次第に顔立ちもはっきりしてくる。

 2mの長身に似合わぬ小顔、少年寄りの中性的な美形。

 長い黒髪と交われば麗しの美少女にしか見えない。長く美しい黒髪も手伝って純和風な容姿である。瞳を閉じた姿は深窓の令嬢といった風情があった。

 ただし、その体格は令嬢どころではない。

 あれからまた縮まったが、身長はツバサより大きい。

 概算がいさんでも──2mはある。

 腕も細くて撫で肩なところなど女性らしいのだが、背の高さがあるためしっかりしている。胸の大きさも半端ではない。

 身体が大きいこともあってか、ツバサと同サイズぐらいだ。

 柳腰やなぎごしと評したくなるほどの細腰は、身体をくねらせて空を飛んでいた龍の頃を忍ばせるが、その下に続く腰やお尻はどっしりした安定感がある。女性ながらこれだけの巨体を支えるのだから、人体力学に適ったものだろう。

 それだけのお尻に続く太もも、こちらもむっちりと太ましい。

 2mの長身──恵まれたスタイルを誇る黒髪の美少女。

 それがジョカフギスの『人化』した姿だった。

 しかも一糸まとわぬ全裸である。龍は服なんて着ないのだから当然か。

 長い黒髪は龍だった時の黒いたてがみその物だが、人間と化した彼……もはや彼女か? 肌の白いこと、まるで真珠のようだ。

 光が鎮まると、ジョカフギスはゆっくり眼を開けた。

 ジョカフギスは腕を持ち上げると指を何本か動かす。

 それから肉体の動作を確認するかのように、身体を捻ったり、足を持ち上げたり、肩を回したりした後──おもむろに自分の胸を持ち上げた。

 両手で乳房を鷲掴みにして、グニグニと無造作に揉む。

 わずかに眉をしかめて妙な声を上げると、残念そうにため息をついた。

「うぅん……やっぱり“この姿”になっちゃうのかぁ……」

 兄さんに会わせる顔がないなぁ……ジョカフギスはうなだれる。

 一方、ツバサたちは混乱状態にあった。

 いきなり目の前に全裸の美少女が現れたのだ。普通な神経の持ち主なら動揺するだろう。ガン見しているのはミロとクロコくらいのものだ。

 フミカとダインの場合──フミカが半狂乱になりかけていた。

 両手を広げてダインの前に立ちはだかるフミカ。ボディガードよろしくジョカフギスへの視線を遮ろうとする(ダイン限定だが)。

「ダメッス! ダイちゃんは見ちゃいけないものッス! ひ、一目惚れしちゃうかも………じゃなくて目が腐るッス! 見る必要ないッス!」

別嬪べっぴんで目ぇ腐るんはおかしいじゃろ!?」
「び、びびび、美人と認識してるんなら尚更に見ちゃダメッスー!?」

 ダインの言葉を耳にして更に焦ったフミカは、顔を真っ赤にして眼鏡の奥の瞳をグルグル回転させると、熱暴走を起こしたような暴挙に出た。

 ダインの前で──踊り子衣装を脱ごうとしたのだ。

「そ、そんなに裸が見たいなら……ウチの見ればいいじゃないスかーッ!?」
「おまえは何いっとるぜよフミィーッ!?」

 やめるがじゃーッ!? とダインはフミカを抑えつける。

 衣装を脱いで裸を見せようと暴れるフミカと、それを赤面しながら取り抑えて服を着させるダイン。ジョカフギスどころの騒ぎではない。

 どうして結婚しないんだ? と皆が不思議がる。

 ドンカイの場合──顔を反らして、大きな手で目元を覆っていた。

 背けていない、というのがポイントだ。

 顔の向きを斜めにしただけで、片目はジョカフギスの方に向かっている。目元を覆った手も指が微かに開いており、盗み見ているのは明らかだ。

 ツバサが気付いてギロリ、とドンカイを睨む。

 その視線を察したドンカイはそそくさと、今度こそ目を背けた。

 ジャジャの場合──「おおっ!」と喜びの声を上げる。

 瞼に焼き付ける勢いで見つめるのだが、マリナがジャジャの後ろに回って両手でその目を塞いでしまう。ちょうど「だーれだ?」みたいに──。

 子供同士でやっているので様になる絵面だ。

「ジャジャちゃんは見ちゃいけません!」

「い、いいじゃないですか! もう女同士なんだから裸のお姉さんぐらい見させてくださいよ! ちょっとだけ、せめておっぱいだけでもぉーッ!?」

「ダメです! あれは……R18ってやつですッ!」

 ジャジャに偉そうなことを言いながら、マリナはジョカフギスの女体をマジマジと凝視していた。その裸体に魅入っているようにしか見えない

 エロス目的というより、「ああなりたい」という憧れの視線だ。

 そこだけはちょっと救いであるが、幼女が美女の裸体をガン見という構図はいただけない。まさか本当に百合の才能を開花させつつあるのか?

 こういうところ──ミロの悪い影響な気がする。

 んな、と今度はトモエがマリナの後ろに回って視界を閉ざす。

「R18ならマリナも見ちゃダメ」

「ちょ、ト、トモエさん!? 見れないです、見れないですよ!? センセイ級のおっぱいが! 見せてください、この手をどけてーッ!?」

「んな、あのおっぱいは刺激強めだからアウト」

 見ちゃダメ、とトモエは譲らない。

 そういうトモエも18歳以下なのだが自分は棚上げするのか?

「ん、そんなに見たけりゃお風呂でツバサ兄さんの乳を見る」
「それとこれとは別腹なんです!」

 別腹ってなんだよ、とツバサはツッコんだ。

 トモエは意外に道徳的なので、こういう時は頼りにしてもいい。

 ……ミロと組むとろくでもないのは何故だ?

 ミロとクロコの場合──スマホの撮影機能を連射していた。

「おまえら本当にブレないなあっ!?」

 ツバサが怒鳴りつけても彼女たちの指は連打をやめない。

 むしろ連射速度が加速していた。

「せっかくだから記録に残しておこうかな、と……」
「せめてこっち向いて言え! ジョカフギスから目を逸らして!」

「お断りします。新人チェックはボスの務めです」
「いつからおまえがボスになった!? 家族ファミリーお母さんリーダーは俺だろ!?」

 言って聞くようなミロではない。

 クロコはクロコで撮影を続けながら呟いている。

「目算になりますが身長は2m10㎝、バストサイズはアンダーとトップから類推するにツバサ様と同サイズですが、全体的に大きいのでツバサ様のお下がりというわけにはいきませんね、新たに縫製ほうせいするしか……」

「冷静にサイズチェックする前にやることがあるだろ、この駄メイドッ!」

 服を持ってこーい! というツバサの怒声で決着はついた。

 すったもんだあったが、ジョカフギスに服を着せられた

 何分、大型な美少女向けの服などないので、ミロがクロコに頼んで服飾系技能で織らせていたツバサ用の着物を羽織らせている。

 花魁おいらんとか遊女を意識したデザインなのだが──あとで詰問きつもんしよう。



 



 それでもジョカフギスの体格には合わずパツパツなので、いくらか肩がはだけてしまったり、胸元があふれ出しそうになっている。

 しかし、着物を着せたクロコは満足げだ。

「こういう着こなしだと思えばアリですね……アリですよね?」

 クロコに再確認されたツバサは返答に困った。

 単に着物のサイズが合わないだけと言えばそれまでなのだが、こういう着こなしもあるにはあるだろう。ただし、決して現実的ではない。

「和風の漫画にこんなエロキャラいるよな……」

 そんな着こなしだったが、今は着せる服が他にないので仕方あるまい。

 全裸よりはマシと思うしかなかった。

 服を着るのは珍しいのか、着物の袖をヒラヒラ揺らしたり、裾を脚で蹴ってみたり、着物の合わせ目に指をかけて胸を覗いたりしていた。

「へぇ~、これが着物かぁ……服は何度か着てみたけど、こんなゆったりしたものは初めてだよ。やっぱり服って鱗やたてがみとは違うよね」

「それは俺たちにとって髪や肌と同じだぞ」

「髪や肌……あ、そうだよね。これ、たてがみじゃなくて髪か」

 ジョカフギスは長い髪を指先でつまむ。枝毛を調べているようにも見えるが、そんな心配も必要なさそうなキューティクル具合だ。 

「……で、落ち着いたところで教えてもらおうか」

 ──その姿はどういうことだ?

 ジョカフギスは眉尻を下げて美少女に変化した理由を説明した。

 どうも情けなさを恥じ入っているらしい。 

「だから……言ったじゃないですか、僕は人化の術が苦手なんですよ……僕が人型に化けると、どんなに頑張ってもこの姿にしかなれないんです……」

 兄ムイスラーショカはどんな姿にも化けられたという。

「兄さんは男でも女でも子供でも大人でも老人でも……どんな種族の人にでも化けられたんですけど、僕はこの姿にしかなれなくて……兄さんが気晴らしに多種族の都市へお忍びで行く時も、僕だけこんなだから目立っちゃって……」

 何度も何度も練習したけれど、ジョカフギスが変身するとこの姿になる。

 兄ムイスラーショカは落胆するよりも呆れ果て、とうとうさじを投げたそうだ。

『おまえは俺の弟なのに、どうしてそこだけは不出来なのだ』

 人型に化ける度、ムイスラーショカは嘆いたという。

「それと、兄さんが言うには……」

『恐らく……おまえの人化は“ジョカフギス”という存在を、人型に置き換えたものになっているのだろう。もしもおまえが龍ではない種族で生まれてきたら、そのような姿だったに違いない』

 ──という見解だったそうな。

「それってさー、ジョカちゃんが元から女の子ってことじゃないの?」

 話を聞いたミロが、ジョカフギスの胸を差して意見する。

「いや、それはないよ」

 ジョカフギス本人があっさり否定した。

 起源龍オリジンに──決まった性別はない。

「男でも女でもあると言えるし、そのどちらでもないと言える。その気になれば、男としても女としても、どちらの役目も果たせるからね……君たちが言うところの両性具有アンドロギュヌスというのが近いのかな?」

「それってつまり……あ、カタツムリと一緒か!」

 得心したようにミロが手を打った。

 この娘、アホのくせして妙な雑学は覚えているのだ。

「俗に言うフタナリですわね……これはこれで美味しいかと!」
「クロコ、拳を握りしめて力むな」

 本当エロに関しては見境ないな、このメイドは──。

 マリナやジャジャはジョカフギスに近寄ると、興味深げに彼女を見上げている。ジャジャは着物からこぼれそうなおっぱいに釘付けだ。

「でも、ジョカフギスちゃんはこの姿にしかなれないんでしょ?」

 マリナに訊かれたジョカフギスは苦笑する。

「そうだね、人型はこの姿にしかなれないから……あ、そっか、この身体だと女性の役割しかできないね。男の身体にはなれないし……」

「やっぱりジョカフギス殿は女性なのでは?」

 ジャジャにも尋ねられるが、ジョカフギスは反論できずにいた。

「そう言われちゃうと……でも、僕だって起源龍だよ? 痩せても枯れても創世の龍。性別に縛られるようなことは……」

 そもそもだ、とツバサも口を挟んだ。

「起源龍に性別がないのなら、どうして兄だ弟だと呼び合ってたんだ? いやまあ、兄弟なのは間違いないんだろうが……」

 それがツバサたちの戸惑った原因のひとつではある。

 推理小説の叙述トリックではないが、ちょっと騙された気分だ。

 ツバサの質問に、ジョカフギスは回想を交えて答える。

「それは……いつの頃からか、兄さんが僕を弟と呼ぶようになって、つられて僕もムイスラーショカを兄さんと呼んでただけだから……」

「大して意味はなかったのか」

 血の繋がった同族だから兄弟と呼び習わしていただけで、男の兄弟とか女の姉妹とかの意識はあまりなかったらしい。

 性差を無自覚に意識するツバサたちが勘違いしただけだ。

 よし、わかった──とツバサは話を打ち切る。

「人間の姿のおまえはそれなんだな?」

 改めて尋ねると、ジョカフギスはおずおず肯定した。

「は、はい、一応は……君たちの分類だと女性になる、のかな?」

 そうなるな、とツバサは頷いてから彼女に告げる。

「だったら──俺たちはおまえを女の子として扱う」

 身の丈こそ大きいが、顔立ちや肉体の質感はまだ10代の少女のものだ。

 中身が龍だと知っても、この姿ではそうせざるを得まい。

「いいな、ジョカフギス?」

 ジョカフギスはすぐに返事をしなかった。

 どこか喜色を帯びており、ワクワクしながら聞いてくる。

「じゃ、じゃあ……僕もツバサさんの娘になっていいの!?」
「どうしてそうなるの!?」

 思わず怒鳴ると、ジョカフギスは小さく悲鳴を上げて身をすくめた。

「だ、だって、この間……ミロちゃんとトモエちゃんが『家族になったらツバサさんに娘になるんだよ』って教えてくれたから……」

「真に受けるな! てか、起源龍のプライドとかないのか!?」

 えっと、とジョカフギスは不器用に人差し指をモジモジさせる。

「兄さんも僕も……お母さんみたいな存在はいたはずなんだけど、よく覚えていないから……その、お母さんには憧れてて……できれば、あの……」

「おまえもマザコンか!?」

 マリナとジャジャで間に合っているのに──また増えたよ。

 お願いします! とジョカフギスは縋りついてくる。

「せっかく仲間にしてもらえるんだから、その……僕も娘にしてください! ミロちゃんやトモエちゃんと一緒に……ツバサさんの娘にッ!」

 2mの美少女が無我夢中で縋りついてくる様は、ほとんどのしかかってくるようなものだ。あまりの迫力に、さしものツバサも気圧されてしまう。

 それに思いの外──彼女は真剣だった。

「わ、わかったわかった! おまえも娘にしてやるから!」

 ジョカフギスの気合に押し負けたツバサは、つい安請け合いするみたいに返事をしてしまうと、彼女を中心にワアッと歓声が上がった。

「よっしゃー計算通りーッ! ツバサさんは押しに弱い!」
「んな、作戦完了! ジョカフギスちゃんもトモエたちの姉妹ーッ!」

 やっぱり──こいつらが企んでいたらしい。

 6人目の姉妹だー! 7人目の兄妹だー! と大喜びである。

「ありがとう……みんな、ありがとう!」

 歓迎されたジョカフギスは感激のあまり涙を流していた。龍だった頃から涙もろかったが、少女化してもそこは変わらないらしい。

 ジョカフギスはマリナやジャジャを肩に乗せたり、トモエを抱き上げて大はしゃぎしており、ミロはその豊満な胸に顔を突っ込んでご満悦だ。

 フミカだけは参加しておらず、ダインの牽制けんせいに勤しんでいる。

 ツバサはそれを疲れた眼差しで見守っていた。

 するとクロコがツバサの肩をポンと叩いて笑顔で一言。

「やりましたねツバサ様、家族が増えて娘も増えますよ」
「俺の……母親の負担が増えるだけだろうが」

 誰が母親だ、とセルフボケツッコミをしてしまった。

 姉妹の序列はどうなるのだろうか? やっぱり年齢的にジョカフギスが最年長だから長女に格上げなのか? そこはミロが長女の座を渡さないか?

 これから先のことを考えるのが嫌なので、どうでもいいことを考えて気を紛らわせていたら、不意にあることに気付いたツバサは振り返った。

「そういえば──あいつ・・・が静かだな」

   ~~~~~~~~~~~~

 セイメイは縁側に座っていた。

 お櫃の酒茶漬けは食べ終わっていたが、それを小脇に抱えたままこちらを遠巻きに見ているのだが、どうにも様子がおかしい。

 大口を開けたまま目をまん丸にして──茫然自失だった。

 開いた口が塞がらない、とはまさにあの状態だ。

 少女になったジョカフギス、その顔に見とれているようでもある。

 ようやく口を閉じると、口の中で小さく独りごちた。

「……う、そだろ…………マトイ・・・……」

 セイメイの視線に気付いたのか、ジョカフギスは照れ臭そうな笑顔でそちらに近付いていくのだが、その前にセイメイが彼女を指差した。

「ジョカ、おめぇ、そ、その顔……まさか、おれの心を読んだのか?」

 突然すぎるセイメイの問いにジョカフギスは当惑する。

「え? そんなことしてないけど……あ、読心術の能力を使えばできないことはないけど、それって失礼でしょ? 僕はやってないけど……」

「だったら、その顔・・・は……ッ!?」

 セイメイが片膝を立てて語気を荒げようとする。

 その間にミロが立ちはだかった。

 背伸びしてペチペチとジョカフギスの頬を気安く叩く。

「もー、何を聞いてたかなこの酔っ払いは。人間バージョンのジョカちゃんは何をどうやってもこんな美少女になる、って言ってるじゃないの」

 ねぇー? と同意を求めるミロにジョカフギスも恐る恐る頷いた。

「うん……どうしてもこうなっちゃって……」

 セイメイは痙攣けいれんみたいに全身を振るわせる。

 冷や汗なのか脂汗なのか知らないが汗まみれで、その顔は喜んでいるのか怒っているのかわからないが、歯を噛んで感情を抑え込んでいた。

「そうか、こう・・来たか……これもまた、運命なのか……クククッ」

 面白ぇなぁ・・・・・、とセイメイは辛そうに吐き出した。

 どんな気持ちかは知らないが──色々なものが爆発寸前のようだ。

 そこでツバサははたと思い出した。

 久世慎之介セイメイの──独特すぎる女性の好みを。

「ちょっと待ってろぉ!」

 セイメイは叫ぶなり応接間の奥へ駆け込むと、誰の目にも届かないところに潜り込んでドッタンバッタンと騒がしいことをやっている。

 どうやら自分の道具箱インベントリを漁っているようだが──何をしているんだ?

 騒がしい音が落ち着くと、セイメイが戻ってくる。

 その一変した姿に、ツバサたちは驚くよりも呆れそうになった。

 黒衣の剣豪とは対照的な──真っ白なタキシード姿。

 馬子まごにも衣装とはこのことだろう。
 真面目な格好をすれば、あの酔っ払いも好青年に見えるのだ。

 無精ヒゲを剃り落とし、ボサボサだった頭髪も整髪料できっちり整えている。その手には真っ赤な薔薇の花束を抱えていた。

 ネクタイを整えると、縁側から降りてこちらにやって来る。

 そして、ジョカフギスの前でひざまずいて薔薇の花束を差し出すと──。

「不肖、セイメイ・テンマ……いや、本当の名は天魔てんま凄鳴せいめい……違う、本当のおれ、久世くぜ慎之介しんのすけからのお願いです……」

 辿々しく名乗った後、頭を下げてセイメイは懇願する。

「──結婚してください」

 女性陣からは黄色い声が上がり、男性陣からは驚きの声が漏れる。
 
 無表情でいるのはツバサとクロコぐらいだ。

 クロコは鉄面皮なだけだが、ツバサはこうなる予感があった。

 セイメイの結婚願望と、女性の好みをよく知っているから──。

 セイメイについては知らぬ仲ではないドンカイも、彼の豹変振りには驚きを隠せなかったのか説明を求めてきた。

「ツ、ツバサ君、これはいったい……?」

「今のジョカフギスは、セイメイのドストライクなんですよ」

 セイメイ・テンマが──久世慎之介が女性に求める三大要素。

 1つ、胸とお尻が大きいグラマラスボディ。

 2つ、どこまでも長く伸びる美しい黒髪。

 ここまではツバサも合致するので、いつぞや“妥協”と言われたのだ。

 そして、肝心の3つめは──。

自分よりも・・・・・背の高い美女・・・・・・であること、なんです」

 セイメイ自身、193㎝の長身を誇る。

 それを越える長身の美女など早々いるものではない……が、ジョカフギスはすべての条件に合致する。セイメイなら告白せずにはいられまい。

「け、結婚って……僕と、君が……ッ!?」

 世間知らずの起源龍でも、結婚の意味は知っていたらしい。

 なんとも微妙な表情で困るジョカフギス。

 セイメイはここぞとばかりに自分をアピールしていく。

「結婚してくれるなら、おれは全身全霊を賭しておまえを守ることを誓う。おまえのためなら何でもしよう、おまえの頼みなら何でも従おう」

 未来永劫──おまえの剣となることを約束する。

 この身を捧げる、と誓約を立てた。

 セイメイの誓いを聞いたジョカフギスは、何やら名案でも思いついたのか半笑いになると確認するようにセイメイへと問い質した。

「そ、それじゃあ、僕がツバサさんの娘になったんだから……君もずっと一緒にここにいてくれるんだよね? 僕が頼むんだから……」

「おまえが望むなら……そうしよう……」

 家族でも仲間でも好きにしろ──セイメイは投げやりに答えた。

 ジョカは嬉しさの余り、だらしなく顔を綻ばせる。

 かと思えば一転して、悲しげな顔でセイメイを問い詰めた。

「でも……僕は龍だよ? 人間に近い肉体になっていても……その本性は君も知っての通り、あの龍なんだよ……それでも……僕でいいの……?」

「構わん──人間のおまえも龍もおまえも受け入れる」

 この一言だけでも飛び上がるくらい嬉しいようだが、ジョカフギスはセイメイからの言葉をもっと聞きたいのか、何度も何度も繰り返して聞き返す。

「ほ、本当に……ずっと僕と一緒にいてくれるの? 僕の傍から離れないでいてくれるの? どこにも行ったりしないよね、僕を置いて……? その、結婚というのをしてあげたら……君はずっと……僕と一緒にいてくれるんだよね?」

「ああ──結婚してくれたら死ぬまでおまえを愛すると誓う」

「じゃ、じゃあ…………結婚する!」

 セイメイの告白に、ジョカフギスは即答した。

 その瞬間のセイメイの喜びっぷりときたら──。

「い…………よっしゃあああああああああああああああああああーーーッ!」

 薔薇の花束をジョカフギスに渡すと、すぐさまお姫様抱っこで抱き上げる。それでも足りず、釣り上げたマグロみたいに空へと掲げた。

「三国一の花嫁ゲットしたぞーッ! おれの理想像をパーフェクトにまとめた究極の美少女だぁーッ! 世之介伯父さーん! マイア伯母さーん! ついにおれはやったよー! 最高のお嫁さんを手に入れたんだーッ!」

 どこにいるのかもしれない伯父夫婦に報告するセイメイ。

 自分の家族よりよっぽど信頼しているようだ。

「え、いや、ちょっとセイメイ、お、下ろして……なんか恥ずかしいよ……」

 ジョカフギスの声も届いてないのか、セイメイは感涙したまま彼女を頭上に持ち上げて、喜びという沼にどっぷり浸かったまま動こうとしなかった。

 結婚に喜ぶ2人に拍手を送りながらツバサが一言。

「──なんだこれ」

 起源龍が仲間になったと思いきや、人型に化けたら美少女(巨)になった。

 その美少女(巨)に酔っ払いの用心棒が一目惚れして愛の告白をした。晴れて2人はゴールイン。めでたしめでたし

「──なにこれ」

 この怒濤の展開はミロでも持て余し気味らしい。

 2人は同じような惚けた顔を見合わせて唖然とするしかなかった。

 創世を果たした原初の龍と、アシュラ最強と謳われた剣豪。



 かくして──強力な1匹と1人がハトホルファミリーに加わった。


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