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第4章 起源を知る龍と終焉を望む龍

第100話:汝ら、想世を成すべし

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 別次元より来たる異形のもの──またの名を侵略者。

 その異形の王たちは真なる世界ファンタジアに侵攻したものの、かつてこの世界を支配していた神族と魔族、それと多種族からなる連合軍によって敗北を喫した。

 結果、別次元へと追い返される憂き目に遭う。

 だが──奴らの執着は生半可ではなかったらしい。

 多くの神や魔王が別次元からこの世界へ開かれた“門”ゲートを塞いでも、すぐに新しい“門”を繋げようとするのだ。

 そうした“門”は、空間にできた裂け目として認識される。

 それこそ──ミロが封じてきた次元の裂け目だ。

 異形の王たちは次元の裂け目に陣取り、力を取り戻して真なる世界への再侵攻を企んでいる。そのために手先の魔物をこの世界に送り込んでいた。

 次元の裂け目がなければ──奴らは真なる世界ファンタジアに干渉できない。

 では、起源龍オリジンムイスラーショカは、どのようにして別次元の侵略者とコンタクトを取ったのか? そして、異形の王との融合を果たしたのか?

 その答えが──これ・・だ。

   ~~~~~~~~~~~~

 起源龍の浮遊する山──拝謁の間。

 全長400m前後の巨体を誇る起源龍の兄弟が“寝床”と言い張るだけあり、その規模は東京ドームで換算した方が早いくらいの広さだ。ザッと見た感じではドームが6~8個は入りそうな広さがある。

 天井も高いのはさることながら、荘厳な彫刻や装飾が施されており、猫族の天井画をハイグレードにした絵画が描かれている。

 かつての神族や魔族が施したものだろう。

 この浮遊する山は起源龍の巣であり、彼らを奉る神殿を兼ねていたはずだ。ここは神殿の最深部、最も神聖な場所に当たるところ。

 その中央に──終焉龍エンドムイスラーショカが鎮座していた。

「──よく来たな、新しき神々よ」

 てっきり今まで以上の勢いで終焉龍の木偶デクが襲いかかってくるかと思えば、ムイスラーショカは歓迎の言葉で迎えてきた。

 その姿は木偶でくと同じだが、もっと異質なものだった。

「兄さん……そ、その姿は……」

 兄の変貌する様を目の当たりにしたジョカフギスですら言葉を失っており、直面したツバサは謎が氷解した気分だった。

 どうやって異形の王と融合を果たしたのか?

 そもそも、如何にして異形の王とコンタクトを取ったのか?

 ジョカフギスの結界内にいたにも関わらずだ。

「フッ……奴らは空間を食い破って別次元より来た異形のものだぞ? おまえの結界があろうと関係ない……結界の中に“門”ゲートを開いたのだ」

 俺の中にな・・・・・──自らの尾を噛む龍ウロボロスは言った。

 ムイスラーショカは、自分の尾を噛んで円陣を組んでいる。

 触手と化したたてがみは無制限に伸びて根を張り、繁殖しすぎたつたのように広間を覆っていた。触手の先端は床や壁にめり込んでいる。

 張り巡らせた触手で、円陣を組む巨体を垂直に立たせていた。あの触手を山中に伸ばして、あれだけの木偶を操作していたらしい。

 まるで巨大な鏡──そんな有り様だ。

 いや、そのことはどうでもいい。

 問題はムイスラーショカの組む円陣にあった。

 彼の組む円陣の内側が──次元の裂け目となっているのだ。
 
 こうなると裂け目ではない。本当に“門”ゲートである。

 全長400mの巨龍の描く円だから大きさも尋常ではなく、“門”の向こう側では何千匹というティンドラスが群がり、こちらへ出ようと騒いでいた。

 ツバサたちが身構えると、終焉龍は「案ずるな」と静かな声で言う。

「今、俺の力で“門”を塞いでいる……こやつらは出さぬよ」

 話がしたくてな、とムイスラーショカの単眼が動く。

 完全に異形の王と融合したと聞いたが、そのひとつだけの眼はジョカフギスに勝るとも劣らない純真さを湛えていた。

 蕃神という異次元の狂気に犯されたとは、とても思えない。

 幾星霜いくせいそうの時代を見つめてきた賢者の聡明さを宿す瞳だ。

 そんな瞳にじっくり見つめられる。

「男神と女神の力を兼ね備える地母神と……少年と少女の属性を併せ持つ英雄神か……面白い組み合わせよ。互いに陰陽を備えながら歪んでおり、その歪んだところを噛み合わせることで太極をも超える力を持つとは……」

 良いではないか──新しき神々。

 この言葉を聞いたジョカフギスは、希望を滲ませた声で問う。

「兄さん……奴らと融合しても自我を保っているの!?」
「当然だ、俺を誰だと思っている」

 起源にして終焉の龍──ムイスラーショカだぞ。

「奴らの王を取り込んだところで、俺が俺でなくなると思ったか? おまえの兄はそこまで軟弱ではないぞ、見くびるな弟よ」

「良かった、兄さんは……兄さんのままだったんだね!」

 兄さん! と喜び勇んでジョカフギスは抱きつこうとする(龍の身体ではやりにくそうだが、少なくともツバサにはそう見えた)。

 だが蔓延はびこる触手が伸び上がり、弟の行く手を阻んだ。

「兄さんッ!? どうして……?」

「勘違いするな弟よ……俺は俺のままでいるのは確かだが、既に異形の王。その1柱と融合した……真なる世界ファンタジアを脅かす侵略者なのだ」

 おまえと馴れ合うことはない──できないのだ。

「そ、そんなぁ……じゃあ、兄さんは……もう……」

 情けない顔をするな、とムイスラーショカは嘆く弟を叱咤する。

「おまえは新しき神々の味方となり、その者たちと共に此処ここへやってきた……」

 100万を超える雑兵どもを退け、木偶とはいえど終焉龍エンドの分身を何百体も撃ち破り、新しき神々ツバサとミロ拝謁の間ここに辿り着いた……。

 その時点で──おまえたちの勝ち・・・・・・・・だ。

「新たな“門”と化した俺には、分身たる木偶で戦うしかないが……その木偶をあれだけ用意したにも関わらず、おまえたちの進撃を止めることはできなかった……実質、そこの男の心を持つ地母神の力だがな」

 ツバサが褒められたことに、本人よりもミロのが得意げだった。

「どぉーよ! アタシのツバサさんは強いでしょ?」

 ムイスラーショカは微かにうごめいた。頷いたらしい。

「ああ、強いな……かつての地母神や女神にも、男神や主神を超える力を持つ者は少なくないが、そなたは彼女らを上回る……まさに新しき神々……」

 完敗だ、とムイスラーショカは敗北を認めた。

「……褒めても何も出ねぇぞ」

 てっきり最終決戦が始まるかと思えば予想外。
 
 この拝謁の間に辿り着いた時点でラスボスが降参宣言をしてしまったので、ツバサは“セクメト・モード”を鎮めるのに精いっぱいだった。

 気性が荒くなると言葉遣いも乱暴になるのが、我ながら気に食わない。

 ツバサが喋らずにいると、ムイスラーショカはミロに話し掛けた。

「そして……少年と少女の境界に立つ英雄神よ」

 そなたの神剣を見せてくれぬか? と頼むように求めてきた。

「いいよ、はいどうぞ」

 ミロは背なの剣をスラリと抜き放ち、切っ先を天へと掲げた。

 その剣身に宿る黄金の輝きを眼にして、ムイスラーショカが感嘆に唸る。

「おおっ、やはり……感じていた力はこれか……ッ!」

 主神の王権メイン・オーソリティー──彼は厳かに呟いた。

王権おうけんつるぎを持つ英雄神と、この世を産む太母を持つ地母神……そなたたち2人が居並ぶのは必然であり必定ゆえか……ハハハ、良い、良いぞ!」

 新しき世を創る夫婦神めおとがみが我が前に現れるとは──!

 尾を噛んだまま歓喜の雄叫びを上げたムイスラーショカは、大きなまぶたを静かにつぶると安堵のため息をついた。

「これで良い、これで思い残すことはない……これで……」

 心置きなく──逝ける。

 ムイスラーショカの満足げな一言に、ジョカフギスは悲鳴を上げた。

「兄さん待って! 早まらないで! そんなこと……ダメだよッ!」

 いいのだ、とムイスラーショカは単眼を閉じたまま言う。

「俺が愚かだったのだ……気が急くばかりで、おまえの意見に耳も貸さず、世界を想う気持ちばかりが先走って、性急が過ぎたのだ……許せ、弟よ」

 そして――ありがとう。

「いつぞやの約束通り……よく、俺を止めてくれた。愛ゆえに暴走する俺を……愛する世界に自ら終止符を打とうとする、短慮たんりょな俺を……いさめてくれた」

「に、兄さん、やっぱり……あの時の約束を覚えて……ッ!」

 大粒の涙をこぼそうとするジョカフギスを一瞥いちべつしたムイスラーショカは、大きな独眼をゆっくり開いて「フッ」と小さく微笑んだ。

「だが──この兄に後悔はない」

 きっぱり断言したムイスラーショカは、その理由を語る。

「俺が侵略者に与して真なる世界ファンタジアを無に帰すまで破壊した後、やがて無から混沌が生じ、かつてのような世界ができる……それも良し」

 終焉龍は優しげな瞳でツバサたちを見遣る。

「灰色の御子が新しき神々を連れてきて……道を誤った俺を倒すだけの力を示し、侵略者どもを追い返せるなら……それもまた良し」

 これを聞いてツバサとミロは口を挟んだ。

「ああ、侵略者ならとっくに……」

「2匹ばっかしやっつけといたよー。グネグネな触手野郎と、ワシャワシャな蜘蛛の女王。モチロン、裂け目もしっかり閉じといたから安心してね」

 2人の報告を聞いた起源龍の兄弟は──呆けていた。

 そして、ムイスラーショカは爆笑する。円陣が歪むほどにだ。

「アッハッハッ! 我らが頼まずとも、この世界を既に救ってくれていたのか!? 奴らの王を2柱も撃退してくれたのか!?」

「そだよ──猫ちゃんやアザラシちゃんも助けてあげたしね」

「なんと、この世界の民草まで救ってくれていたか!? ハッハッハッ! そなたたちこそ新しい神だ! まさか我らが頼まずとも率先して、神に相応しい偉業を成し遂げていてくれたとはな!」

「たまたまですよ、それに……成り行きです」

 ようやくセクメトの気性が落ち着いてきたツバサは、「大したことはしていない」とムイスラーショカに伝えたが、彼はツバサたちを褒め称えた。

謙遜けんそんするな、男の心を持つ女神よ。成り行きはどうあれ結果は同じだ。過程など瑣末さまつなこと。この世界とそこに生きる者が幸いなればそれで良いのだ」

 俺の喜びはそれに尽きる、とムイスラーショカは眼を伏せた。

「俺は……この世界を……愛しすぎたのだな……」

 愛して愛して愛しすぎて──大切なことが見えなくなっていた。

 懺悔にも似たムイスラーショカの呟きに、ミロは悲しげな顔をする。

「ねえ、お兄さん龍……それは悪いことなの?」
 
 愛しすぎちゃいけないの? とミロは終焉龍に尋ねた。

「わからん……良いこともあれば、悪いこともある……のだろう」

 それが悪い方へと進んでしまった。

「だが、言った通りだ……後悔はない、俺は俺の道を誇ろう」

 それに──どちらに転ぼうと俺に損はない。

 ムイスラーショカは満ち足りた声で思いの丈を打ち明ける。

真なる世界ファンタジアはそなたたちに引き継がれる……俺たちの創った世界、その次代たちに……滅びかけた世界は、新たな創世の時を刻むのだ……」

 それだけで──俺は満足だ。

「喜んで古い時代の終焉として終止符を打ち……おまえたちの新しい神々の始まりとなろう……さて、長話もそろそろ終いだ」

 ドゴン! と終焉龍の円陣が内側から膨張した。

 見れば“門”の向こう側、古代龍エンシェントぐらいの巨体を誇るティンドラスが何匹も群がっている。奴らがこちらに出ようと体当たりしたのだ。

「そろそろ、別次元の連中も俺を言いなりにできていないことに勘付いたようだな……さあ、新たなる創世の夫婦神よ。遠慮はいらぬ」

 我ごと“門”ゲートを閉じよ──ムイスラーショカは命じるように告げた。

 当然、ジョカフギスはそれを止めようとする。

「待って兄さ……ッ!?」

くどいと言ったぞ、弟よ! これ以上、女々しくいことを抜かすな! 俺の末期まつごを未練がましい泣き言で汚すというのか、おまえは!」

 泣き喚く弟を叱責した兄は、残された単眼で快心の笑みを浮かべる。

「散り際くらい潔くさせろ──俺が望んだ最期なのだからな」

「兄さん……」

 これ以上、悲しくて直視できない。

 そう言いたげにジョカフギスは眼を閉じて顔を背けてしまった。

「……ツバサさん、ミロちゃん……兄さんを、お願いします」

 ただ一言、兄の最期を2人に託して──。

 ミロも空気を読んだのか、いつもの減らず口はなりを潜めて静かに首肯しゅこうする。

 神剣を右手で抜き、もう一振りの聖剣も左手に構えた。

「ツバサさん……この裂け目は大きいから、アタシ一人じゃ無理かも知れない……だから、手伝ってくれる?」

 ムイスラーショカの円陣は大きい。裂け目の比ではない。

 以前ミロが強大な力を発揮した神剣と聖剣の合体をするつもりのようだが、あの力はミロだけでは制御できずに暴発しかけたのだ。

 だが、ツバサがいれば制御できるという

 しかし、ミロが「手伝って」と頼む理由はそれだけじゃない。

 ジョカフギスの前で兄を殺す──その罪悪感に耐えられないのだろう。

 ツバサにも一緒に背負ってもらいたいのだ。

 情が深いゆえに苦しむ──それがミロという女だった。

「わかったよ、ミロ……オレがついていてやる」

 ツバサはミロの背中に寄り添った。

 その温もりを受けたミロは、両手の剣から力を解放する。

「ミロスセイバー、オーバーロード……」

 右手の神剣から解き放たれるのは、太陽の如く燃え盛る黄金の輝き。

「ウィングセイバー、オーバーロード……」

 左手の神剣から解き放たれるのは、月光の如く冴え渡る銀色の煌めき。

 金と銀に輝く光を迸らせる神剣と聖剣。

 ミロは双方の剣はゆっくり頭上に持ち上げる。その途中で聖剣が分解するような変形を遂げ、やがて神剣と聖剣は交じり合う。

 神剣を後ろから抱くように、聖剣が合体していったのだ。

 神聖剣──この状態をミロはそう呼んでいた。

 剣の合体に合わせて、ツバサが後ろからミロを抱き締める。

 その瞬間、神聖剣が新たなる変貌を遂げた。

 溶融するように形状を変えていき、合体した時よりも巨大な大剣となる。大剣は黄金と白銀の烈光を噴き上げ、それは拝謁の間の天井を穿うがつ。

 それは浮遊する山を貫き、天の彼方まで届いた。

 大剣を握るミロの手に、そっとツバサも手を重ねる。

 ミロは憂いの表情で瞼を閉じていた。

 やがて大きく息を吸い込み、決意の瞳を開いて朗々と叫ぶ。

「──この真なる世界を統べる大君が申し渡す!」

 重ねて──ツバサも吠える。

「──この真なる世界を育む母神が申し付ける!」

 ツバサとミロの力の解放──。

 眼が潰れるほど目映い輝きにたったひとつの眼を細めることもなく、ムイスラーショカは歓喜のまま大きく見開いていた。

「ハハハハハッ! 良い、実に良いぞ! これが新たなる世界の光か、俺の愛した世界の果てより生まれた新しき神々の力か! 素晴らしいッ! その力を持って新しい世を成せ! そなたたちのうがままのをッ!」

 新しき世界の始まりを見届けんとして──。

「汝ら──想世そうせいを成すべし!」

 ムイスラーショカ最期の叫び、確かに聞き届けた。

 ツバサとミロは共に大剣を振り下ろし、この世界へと決を下す。

「この門を永久とこしえに閉じよ──そして、かれき来世のあらんことをッ!!」

   ~~~~~~~~~~~~

 かくして、終焉龍エンドムイスラーショカは消滅した。

 その身の内に生じた次元の裂け目。

 これにより異形の王と契約を交わして力を得て、自らが“門”となることで異形の軍勢をこちらの世界へ招き、真なる世界ファンタジアの終焉を目論んだ。

 そういう悪役だから滅ぼされた──そう後世には伝わるかも知れない。

 だが、その弟が真実を語り継ぐことだろう。

 兄ムイスラーショカは、誰よりもこの世界を愛していた。

 その愛ゆえに世界を滅ぼす一端に手をかけてしまったのだ……と。

「……で、ジョカフギスちゃんはまた引き籠もりになっちゃうのかな」

 あれから一夜明け──拠点のある谷は平穏を取り戻した。

 避難させていた猫族たちは村に戻していつも通りの生活をさせているし、ヒレ族も川辺の仮設住宅で休ませている。

 ツバサたち家族も我が家(拠点)に戻り、一晩しっかり休んだ。

 翌朝、家の縁側に集まった一同。

 北東の空を見上げるミロが、そんなことを呟いたのだ。

 彼女なりにジョカフギスの身を案じているのだろう。

 ミロが見つめる先は北東の空。そこから視線を逸らさない。つられるように家族の面々もそちらに目をやってしまい、昨日とは違う風景になじめずにいる。

 まだ──浮遊要塞がそこにあるのだ。

 ムイスラーショカごと別次元への“門”を塞いだ後、多少は壊れたものの空に浮く山その物は健在であり、そこに留まってしまったのだ。

 ツバサもミロも、ハトホル家族ファミリーの誰にも動かし方はわからない。

 無論、セイメイの酔っぱらいにもだ。

 唯一、動かし方を知っていそうなのはジョカフギスのみ。

 しかし、彼に聞ける雰囲気でもなかった。

 眼を閉じて顔を背けていたジョカフギスだが、兄の最期をしっかりと見届けていたのだろう。大泣きこそしなかったものの、無言でボロボロと本当に滝のような涙を流しながら、兄の消えたところにうずくまってしまった。

 そのまま何も言わず、ひたすら泣き続けるばかり。

「しばらくそっとしておいてやろう……」

 ツバサとミロは「拠点のある谷にいる」など最低限の言付けをして、浮遊する山から出ると家族やセイメイに「終わった」ことを告げたのだ。

 それから一夜──ジョカフギスが出てくる気配はない。

「やっぱり龍の感覚だと1日なんて一瞬なんスかね?」
「そりゃ時間の感覚は違うじゃろうが1日は1日、そこは変わらんはずぜよ」

 縁側に並んで腰掛けるフミカとダインが、龍の時間感覚について議論するみたいに話している。こういうのは当人に聞いた方が早い。

「兄さんの件があるからのぅ。人間でも立ち直るには時間がかかるわい」
「聞いた限りでは、メンタルが弱そうなドラゴンですしね……」
「んな、ジョカフギスちゃん弱くない。優しいだけ」

 縁側に面した応接間。窓を開けたそこからドンカイが心配そうに浮遊する山を眺めており、それにクロコが自分なりの意見を添えていた。

 立ち聞きしていたトモエは、友達になった龍をフォローしている。

 ミロは縁側の先──広場に立って浮遊する山を見つめていた。

 両脇にはマリナとジャジャが並んでいる。

 ジョカフギスを待っているのだろう。本当、情の深い女だ。

 それに引き換え、この男・・・と来たら──。

「ツバサちゃん、ごはんおかわりーッ! もちろん大盛りでね! あ、エプロン姿も似合ってるねー♪ 胸元の山盛りな膨らみがどんぶり飯みたいで素敵!」

「……おまえには情がないのか、この穀潰し」

 空のどんぶりを差し出すセイメイに、ツバサは毒突いた。

 応接間の座卓テーブル。そこに座り込んだセイメイは、テーブル狭しと並べられた和食の数々に舌鼓を打ちながら、どんぶり飯を何杯も平らげていた。

 よほど白米に餓えていたのか、もう一升いっしょうは食べている。

 神族は空腹とは無縁──しかし、人間の精神的な部分が求めるのだ。

「だからって欲しがりすぎだおまえは!」

「はぐはぐはぐはぐっ……ああもう、かっこむのまどろっこしい!」

 セイメイは例の瓢箪を手に取るとごはんに酒をぶっかけ、湯漬けのようサラサラとかき込んでいた。鮭茶漬けならぬ酒茶漬けか?

 しかし、この不作法な食べ方にオカンが切れた。

「おまえ、あいつにあれだけ肩入れしといて……ジョカフギスが心配じゃないのか!? ちょっとは神妙にしたらどうだ、おい!?」

 ツバサが本腰で叱りつけると、ようやくセイメイは箸を止めた。

「おれが神妙にして──あいつの慰めになるのか?」
「そ、それは……」

 正直、微妙な気がする。

 それにこいつの話し方は神経を逆撫でこそするが、慰めや説得にはまるで向いていない。喧嘩を売るには最高に適しているが──。

「あいつの隣にいても、あいつはきっと喜ばねぇぞ。あいつの悲しみはあいつだけのもんだ。同情したってこっちの自己満足にしかならねぇよ」

 放っといてやろうぜ、とセイメイはにべもない。

「泣くだけ泣いたら身の振り方も決めるだろうさ。大丈夫、あいつは子供だけど芯は強ぇよ。兄貴のことも決着はついたんだし……きっと立ち直るさ」

 いずれな、とセイメイは放任主義を貫いた。

「知ってはいたが……おまえって本当にドライだな」

 ツバサが呆れ顔で言うと、セイメイは自嘲な笑みで返してきた。
 
「伯父さんと伯母さんにも言われたよ。『おまえは久世の男にしては珍しく、他者への心配こころくばりが足りない』ってな」

「優しくない、って注意されたんなら治しとけよ……」

「ちゃんと治したさ──おれなりにな」

 それだけ言うと、また酒茶漬けをザブザブとかっ込んでいく。

 やれやれ、頭痛の種になりそうな用心棒を雇ったものだ。

 これ見よがしに嘆息しても、この男には通じない。

 それでもわざとらしくため息をついてやろうとしたところで、縁側からマリナとジャジャが駆け込んできた。

「センセ……じゃなかった、お母さん! 来た来た、来ました!」
「ツバサさ……母上! 来ましたよ、もう戻ってきました!」

 2人を押し倒しかねない勢いで、ミロまで飛び込んでくる。



「来たよツバサさん──ジョカフギスちゃんが戻ってきたッ!」


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