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第4章 起源を知る龍と終焉を望む龍

第98話:用心棒は最期にやってくる

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あいつ・・・の声なんざ二度と聞かねぇ……聞きたくとも聞けねぇんだ」

 そう思っていた、とセイメイは酒を浴びるように飲む。

 いや、完全に浴びている。顔を天井に向け、瓢箪の酒をダバダバと顔にぶっかけているのだ。神代かみよの美酒を惜しみなく浴びている。

 噎び泣きそうな声と涙を誤魔化すように――。

「でも、心のどこかで……ああ、もしまたあいつの声が聞けたらな……それが助けを求める声なら……約束は果たそうって、おれぁ誓ったんだ……」

 顔から肩まで酒に濡らして、セイメイは自嘲の笑みを浮かべた。

「人間ってのは……どんなに賢い振りをしてても、悟った風に装っても、過去からは逃げらんねぇようにできてんだろうな……」

 今、セイメイが取るべき最善の選択はひとつだ。

「ツバサちゃんたちに手を貸して、おまえの兄貴をぶった斬ることだ……この世界で生きていくおれらにゃ、それが最善の選択……たとえ、おまえにどんなに恨まれ憎まれようとも……それが人間として真っ当な選択だ」

 なのに──おれにはそれが選べねぇ!

「あの時、あいつと……マトイ・・・と! “美影みかげ纏衣まとい”と交わした約束が……おれの心を縛って放そうとしねぇんだ……ッ! あいつの声で“助けて”と言われたら、そいつが誰であれ、助けたくってしょうがねぇんだよッ!」

 これが理由だ、とセイメイは口をつぐむ。

 あれほど飲んでいた酒にも手をつけなくなると、右手で目元を覆い隠した。

 顔を濡らしているのは酒だけではない。

 消え入りそうな嗚咽おえつが微かに漏れてくる。

 フヒヒッ、と突然セイメイはおかしな笑い声を上げた。

 本当に酔ったような笑い方だ。

「ジョカぁ……おまえがマトイの生まれ変わりとかだったらなぁ……おれぁおまえにどこまでもついていくぜ……ま、そうじゃなくとも、ここまで入れ込んじまったら同じだけどな……」

「悪いけど……それはないよ……」

 地球と真なる世界ファンタジアの時間軸は同調している。

 魂で行き来すれば時間的ロスはほとんどないが、肉体を持って行き来すると数年から数十年の時間差が発生するのは、ジョカフギスも聞き及ぶところだ。

「君の親友が死んだのは数年前だろう?」

「……ああ、忘れもしねぇ5年前。おれが高校卒業する頃だ」

 だったら──不可能だ。

「僕が生まれたのは真なる世界が誕生する直前……地球の時間でも数十億年も昔……時間の流れとしてありえないよ」

 わぁーってるよそんなこと、とセイメイはぶっきらぼうに返す。

「言ってみただけだ……ちったあ夢ぇ見させてくれよ……」

 ジョカフギスが、その美影纏衣という少年のわけがない。

 ただ、ジョカフギスは脳裏に過ぎるものがあった。

「…………龍の観る夢・・・・・、か」

 龍族の意識は、時として空間を越える。

 意識して飛ばすこともできるが、無意識のうちに世界を越えて地球や他の空間を揺蕩たゆたうこともあった。それを“夢”と呼ぶ龍もいるくらいだ。

 地球に意識が飛んで、1人の少年に宿ることも……。

「あぁん? なんか言ったかぁ?」
「いや、なんでもない……」

 それを今のセイメイに説明しても、余計な混乱を招くから控えよう。ジョカフギスはそう判断すると、改めてセイメイに尋ねる。

「じゃあ、君は……僕がその友人と同じ声をしてて、その声で助けを求めたから、こうして僕のために色々してくれたんだね……?」

「そぉだよ! 何度も言わせんな、ったく恥ずかしいたらありゃしねぇ……」

 大分お酒が回ったのか、さすがの酒豪も呂律ろれつが怪しくなってきた。

 それも然り、量なら樽で2つ3つは飲んでいる。

「じゃ、じゃあ……もしもだよ? 僕が兄さんに協力すると言い出して、世界を滅ぼす側に加わったら……君もその……手伝ってくれるの?」

 かなり酒が回っているのだろう。

 セイメイは寝ぼけ眼でしばし呆然とすると、ジョカフギスの顔をマジマジと凝視してから、見透かしたような顔でニンマリと笑ったのだ。

「おまえにその気がありゃな──でも、おまえにそんな気はねぇ」

 違うか? と首をぐんにゃり曲げて聞き返してきた。

 言葉の意味を理解できず、ジョカフギスは質問に質問で返す。

「そんな気はないって……どういう……?」

「だってよ、おまえが兄貴の尻を追うだけの弱虫な弟なら、ここで100年間も結界を張って、聞く耳を持たねぇ兄貴を説得なんかしねぇだろ? 兄貴が寝返った時点で尻尾を振って兄貴についていくはずじゃねえか」

 だけど──ジョカフギスおまえはしなかった。

「おまえはこの世界を守るため……兄貴を抑え込んだ。兄貴から世界を守ろうとしたんだよ、おまえは……それをおまえに選ばせたものはなんだ?」

「僕が……世界を守ることを選んだ……理由?」

 セイメイに問い詰められ、ジョカフギスは回想する。

 どうして自分は大好きな兄に逆らい、兄の言うことを聞かずに、その兄の暴挙を止めるために行動したのか? その理由を遙か過去に思い返す。

「…………兄さんだ」

 ムイスラーショカの言葉が、ジョカフギスの心の礎にあったからだ。

 太古の時代──真なる世界ファンタジアに神と魔と民が繁栄していく時代。

 それを優しい眼差しで見守る兄が言っていた。

『弟よ、俺は──この世界が愛おしい』

『この世界に生きる者たちが笑い、泣き、喜び、苦しみ……それでも懸命に生きていこうとする。そのすべてを愛おしく感じるんだ』

『その愛おしさが……時折、恐ろしくなる……』

『この世界を愛するあまり……それが裏返って、愛ゆえにこの世界を滅ぼす時が来るのではないかと……永い眠りの中、悪夢にうなされることがある』

『万が一、俺が愛ゆえにこの世界を滅ぼそうとしたら……弟よ、その時はどうか俺を止めてくれないか? おまえにならできるはずだ』

『おまえは俺以上にこの世界を愛し、慈しみ……また、感情に飲まれやすい俺よりも聡明だ……おまえならきっと、大丈夫だろう』

『いいか、弟よ……もしも俺がこの愛する世界を壊そうとしたら……』



 おまえが俺を止めるんだ──殺してでもな。



「永い時を眠るように生きてきて……忘れかけていた……」

 兄ムイスラーショカは弟ジョカフギスに託していた。

 この真なる世界ファンタジアを守護する最期の砦として、自らが怒りと憎しみに飲まれて世界を滅ぼそうとした時、世界を守るように言い付けていたのだ。

「兄さんは予感していたのかも知れない……こんな日が来ることを……あの日、僕は一笑に伏したけど……兄さんはこれ・・を予見していたんだ……」

 愛情が強すぎるゆえに──裏返ることもある。

「あの日の兄さんの言葉を、僕は無意識に覚えていた……いいや、違うな。僕自身が兄さんの言う通り、この世界が大好きだから……」

「──兄貴を止めた、だろ?」

 顔の酒を拭ったセイメイが、ジョカフギスを見上げてニヤリと笑う。

 前言撤回だ、と剣豪は二本差しを手に立ち上がる。

「過去に囚われてるのは人間だけじゃねぇ。龍もまた同じ……心のある者はみんなそうなのかもな。過去なくして現在いまはない、ってな」

「そしてまた、未来もない……か」

 腹ぁ括ったか? とセイメイは腰に2振りの刀を差し込む。

 景気づけにと瓢箪の酒を煽って歩き出した。

「ああ……僕は決めたよ、セイメイ」

 ジョカフギスは水晶の湖から這い上がる。

 その長い巨体をくねらせて宙に舞い上がると、ツバサたちの後を追うように洞窟の出口へと向かう。セイメイはその頭部に飛び乗った。

「向こうに着くまでに酔いを覚ましたいんでな。悪いが乗せてくれ」
「いいよ、それくらい……僕は君の相棒・・だからね」

「ハハハ、言うようになったじゃねえか」

 その声で言われると悪くねぇ、とセイメイは上機嫌だった。

 引き籠もりはもうやめだ──ジョカフギスは空に浮く山を飛び出した。

「それじゃあ行こうぜ──相棒!」

   ~~~~~~~~~~~~

 第一次防衛ライン──森と荒野、その境界線。

 ツバサたちの手により自然が回復してきた森林を背にすると、まだまばらにしか緑が回復していない荒野を見渡せた。

 足下は大地を覆うように下草したくさが生えて苔生こけむしており、つたかずらが生い茂りつつある。緑化活動が進んでいた。

 大地母神としてツバサが拡大させている龍脈が息づいている証拠だ。

 それでもまだ見渡す限りの荒野が広がっていた。

 ――地平線まで見通せる荒野の果て。 

 そこから不気味な暗雲が押し寄せてくる。

 空も大地も埋め尽くすほどのティンドラスの群れだ。しかもエベレスト級の空を飛ぶ山が浮遊要塞となって迫ってくるのだ。

 あれが敵の本陣と見ていいだろう。

 ティンドラスのヘルメット型の頭が赤く光っている。

 怒りなどの興奮状態により変色するのだろう。

 いわゆる攻撃色と考えるべきか?

 暗雲の中に蠢く無数の赤い輝きが、吐き気を催すほどの不吉を誘う。

 ツバサの後ろにいたドンカイがぼんやり呟いた。

「なんじゃのう……また懐かしの大作アニメで見たような風景じゃな」
「わかります──王蟲オームの大行進でしょう?」

 ツバサが真っ先に連想したのもそれだ。
 
 全てを蹂躙じゅうりんする抗いようのない天災の如き地津波じつなみ。しかもそれを起こしているのが巨大生物の群れだから圧倒的なインパクトを放っていた。

 ティンドラスは王蟲より小振りだが、数だけなら上回っている。

 この世界に来てから、あのアニメ映画関連の風景が目白押しだ。

 ミロは腕を組んでウンウンと知ったかぶりで頷いた。

「やっぱり偉大だったんだね~、宮○駿監督」
「そりゃあ一時代を築き上げた伝説のアニメ監督だからな」

 ドンカイの肩に乗ったトモエは、額に手を当てて遠くを見遣る。そして、ティンドラスの群れを指差しながらツバサに声をかける。

「んな! ツバサ兄さん、王蟲の群れが来るなら巨神兵連れてくる!」
「それ死亡フラグならぬ失敗フラグだろ」

 連れてくるならナウシカだ、とツバサは呆れ気味に笑った。

「トモエ嬢ちゃーんッ、巨神兵ならわしが持ってきたぜよ!」

 その時、森を越えて巨大な3つの影が飛来する。

 既に砲撃用の追加武装を装備したダイダラスと合体したダイン。同じく遠距離用の装備を満載させたテンリュウオーとチリュウオーを連れている。

 ダインが【不滅要塞】フォートレスから発進させたものだ。

 合体はさせていない。こちらも“人手”という数が欲しいからだ。

 トモエは両手を振って、巨神と2機の龍王を迎えている。

「んなーッ! 来たなー失敗フラグーっ!」
「誰が失敗フラグじゃこらぁ!?」

 思ったままを口にするトモエと直情型のダインが怒鳴り合う。トモエを「どうどう」と宥めて、ダインには「の冗談を真に受けるな」と諭す。

 兄妹きょうだいの機嫌を取り持つのも母親オカンの仕事だ。

 ダインの追加武装が来たことで、こちらの準備も整った。

「では──そろそろ開戦と行こうか」

 先陣はツバサが切り、次いでミロがさっきの“仕返し”をするという。

 ツバサはこの防衛ラインに来る前から、過大能力【偉大なるグランド・大自然ネイチャの太母ー・マザー】を発動させており、この地域一帯の気象を調整しておいた。

 初手から全力──それこそ初手で奴らを全滅させるために。

 ティンドラスとは違う、本当の暗雲が空に立ち込める。

 それはツバサが天候を操作することで作り出した特大の雷雲群スーパーセルであり、こちらに押し寄せてくるティンドラスの大軍の直上にわだかまった。

「──落ちよ雷霆らいていッ! 神鳴かみなる力ッ!」

 万雷ばんらいが荒野に降り注ぎ、ティンドラスの大軍を灰になるまで焼き焦がす。

 落雷の雨は止むことを知らず、空に渦巻く雷雲群がある限り、まだ息のあるティンドラス目掛けて落ちていった。

 ツバサがそういう風に操っているのだから当然だ。

 空を飛んでいる者を優先して撃ち落とす。

「すかさず追い打ちッ!」

 ツバサは口を開くと、怪獣王の熱線を吐き出した。

 熱線の放出を続けながら首を左から右へと動かして、地上を進んでくるティンドラスどもを薙ぎ払う。それこそ巨神兵のようにだ。

 ツバサの初手で、先陣を走っていた竜犬たちをかなり排除できた。

「ここで真打ち、アタシの出番ッ!」

 ミロは両手に持った神剣と聖剣、それぞれに力を漲らせると頭上で腕を交差させて振りかぶり、振り下ろすとともに斬撃をクロスさせて放った。

「ダブルセイバーッ! オーバーロードーーーッ!」

 以前、合体させた神剣と聖剣。その力をミロは制御できなかった。

 そこで新たに編み出したのが──この新必殺技。

 神剣ミロスセイバーと聖剣ウィングセイバー、2つの力を一瞬だけ交わらせることにより爆発的な力を発揮する方法だ。

 世界を変えるミロの過大能力【真なる世界にファンタジア覇を唱える大君・オーバーロード】の威力も向上することは勿論、こうして破壊兵器として利用すれば──。

「──いっけええええええぇぇぇーーーッ!」

 クロスされた十字型の斬撃は見る間に肥大化し、金色の波動となって突き進むとティンドラスの群れを突き破り、浮遊要塞の中腹に直撃した。

 巻き起こる大爆発に、ミロは会心のガッツポーズを取った。

「よしっ! これでさっきの借りは返したぞ!」

 アタシはやられたら倍返しでやり返す女! とミロは威張っている。

「ガッハッハッ、やりおるのぉミロちゃん!」

 わしも負けていられんぜよ! とダイダロスが背負った遠距離武器の照準合わせを始める。左右に控える2体の機械龍もそれにならった。

「ダイダラス、テンリュウオー、チリュウオー……一斉掃射ッ!」

 ダインの掛け声で3機から砲撃が吹き荒れる。

 かつてアブホスを率いた触手の王すら怯ませた時以上の火力が解き放たれ、これもティンドラスの群れを突き破り。浮遊要塞まで届いた。

「まだまだじゃあ! どんどん行くぜよ、オラオラオラァッ!」

 ミロの波動砲レベルの斬撃、それにダインの全砲門一斉射撃。

 どちらも迫り来るティンドラスの群れを迎撃しつつ、敵陣の中枢である浮遊要塞を破壊するほどの被害を与えていた。

 それでも尚──ティンドラスは迫ってくる。

 ツバサ、ミロ、ダインの大規模攻撃を潜り抜け、先に死んでいった者たちの死骸を盾にして、竜犬の軍勢は数を減らしながらも進撃をやめない。なんなら死骸を貪り食うことでエネルギー補給をしていた。仲間の死を無駄にしないようだ。

 進軍は止められないが勢いは削がれ、群れも散開しつつある。

「それを食い止めるんが、ワシの仕事じゃな」

 ドンカイは腰を落とすと左手を開いて前へかざし、右腕を引いて腰に溜め込んでいく。正拳突きの構えにも似ているが──。

「飛び道具を持っとるんは、ツバサ君たちだけではないぞ」

 フンッ! と気合い1発、右腕が音速を突き破る速さで突き出される。

 ただし、その手は握った拳ではなく張り手。

 突き出された張り手には気功系技能の力が宿っており、巨大な掌の形をした気功波が、こちらに迫っていたティンドラスの一団を討ち滅ぼした。

 しかもこれ──1度きりではない。

 ツッパリの稽古けいこでもするかのように、両手を交互に残像の出そうな勢いで繰り出すと、気功波でできた無数の張り手が連発される。

 張り手の嵐が、竜犬の進軍を押し止める。

「スッゲー、ドンカイのオッちゃん! 百烈張り手のパワーアップ版じゃん!」

「親方、そんなこともできたんですね」

 ツバサとミロが驚きを交えて賞賛すると、元横綱でもあるドンカイは誇らしげに牙を剥いて笑った。野太くも男らしい笑みだ。

「そりゃあアルマゲドンでは、相撲どころか組み手も通じないモンスターもおったからのぅ。ワシだって飛び道具は必要じゃ」

 これなら取りこぼしは更に減らせそうだった。

 だが、やはり完全に迎撃しきるのは難しい数だ。

 これだけの猛攻撃を喰らっても、ティンドラスは1匹や2匹は抜けてくる。

 見つけ次第、ツバサたちも速攻で潰してはいるのだが、大規模攻撃を仕掛けながらの細かい作業はきついものがある。

 そこで──誰よりもすばしっこい彼女の出番だ。

「んんなああああああーッ! 最期のゴミ処理はトモエに任せろーっ!」

 大槍にしたパズルアームを担いで、トモエが飛び出した。

 目にも止まらぬ速さで荒野を駆け抜け、ツバサたちに襲いかかろうとするティンドラスを始末してくれる。1匹に対して時間をかけないが必ず一撃で仕留めるように心懸ける手際の良さだ。

 ──間違っても群れの中には突っ込むな。

 ツバサの言いつけも遵守しており、トモエは群れに突撃することはなく、反撃を抜けてきたティンドラスの駆除だけに徹底していた。

 やがてそれは、一撃必殺のヒット&ウェイ戦法として確立される。

 トモエのおかげで取りこぼしもせずに済んでいた。

 この感じ……いけるか・・・・

 ツバサたちならば、これだけの軍勢が押し寄せても迎え撃つことができる。

 逆に押し返すことさえ可能かも知れない。

 事実、ティンドラスの大軍を半分以下にまで減らしていた。

 後は敵の本陣──あの浮遊要塞にツバサとミロで特攻を仕掛け、終焉龍エンドと化したムイスラーショカを仕留めればいいのだが……。

   ~~~~~~~~~~~~

「……侮ったか、さすがは始まりにして終わりの龍」

 あれから4時間は経過していた。

 一時はティンドラスをほぼ壊滅にまで追い込んだツバサたちだったが、浮遊要塞からは際限なくティンドラスが湧き出してくるのだ。

 こちらが数を減らせば「おかわりだ」と言わんばかりに追加してくる。

 しかも以前の倍を用意してくるから始末が悪い。

 ティンドラスの軍勢は徐々に密度を増して、天にも地にも満ちており、高い壁が押し寄せてくるような有り様だ。

 浮遊要塞も移動速度を速め、間近に迫っていた。

「これじゃあアタシとツバサさんで突っ込む暇がないよーッ!?」

 泣き言を喚きながらもミロはオーバーロードを連発してティンドラスの群れを薙ぎ払うが、ここまで来ると焼け石に水でしかない。

 人海戦術とはまさにこのことだ。

 想像を絶する数によって押し潰されそうになっている。

 タワーディフェンス──難易度HELLヘルが冗談ではなくなってきた。

「こっちも無理をするしかないか……」

 その無理がツケとなって回ってくるのをツバサは好まないが、ここで全滅ENDを迎えるよりは遙かにマシだ。やるしかない。

「せめて、あの自由人を味方にしておくべきだったか……」

 ミロではないが、乳でも揉ませれば本当に寝返ったかも知れない。

 後悔先に立たず、である。

 あまりやりたくないのだが、ツバサはまだ試行中の“セクメト・モード”を発動させようと準備をしたところで──。

 ティンドラスの大軍が──しっちゃか・・・・・めっちゃか・・・・・になった。

 一瞬、ツバサたちも何が起きたのはわからず、大きく眼を見開いて事態を確認することに追われたが、わかったのは大混乱が起きたことだけだった。

 眼を凝らすことで何が起きたかを突き止める。

 斬られたのだ・・・・・・──1匹残らず、大軍のティンドラスすべてが。

 それも一瞬で……。

「そこの爆乳美人なおねーさん」

 聞き慣れた覚えのある酔いどれの声に振り返ると、ツバサたちの背後に広がる森の上に、巨大な白い龍が長い身体をくねらせて浮かんでいた。

 その額の上──手にした剛刀を肩に乗せた剣豪が立っていた。

 黒衣の剣豪は懐から出した手を顎に当てて、粋な男を気取っている。片目だけを開けてツバサを見据えると、ニヤリと笑って取引を持ち掛けてきた。



「用心棒を雇わないかい──今ならお安くしとくぜ?」


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