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第4章 起源を知る龍と終焉を望む龍
第97話:決戦準備~大剣豪の交わした約束
しおりを挟むタワーディフェンス──拠点を防衛するゲーム。
この戦いをミロはそう捉えているが、だとしたらツバサたちは防衛に使用できる“駒”であり、その配置には戦略が求められる。
「マリナちゃんを前線に出すのは愚策だよね」
「当たり前だアホ。俺たちの防衛の要、守護天使だぞ」
ミロが突拍子もないことを言い出したので、思わずツバサはマリナを庇うように抱き上げてしまった。こいつの冗談はわかりにくいから困る。
アホだから「奇策!」とか言い出して本当にやりかねない。
「ひとまず、俺なりに考えた配置がある。各々の能力を踏まえた上で決めたつもりだが、異論があるなら遠慮なく言ってくれ」
ツバサの考えた防衛配置はこうだ。
本陣はここ──ツバサたちの拠点(我が家)のある谷。
防衛ラインはツバサとミロが自然を回復した地域。
拠点を中心に直径300㎞の森林の外園をラインとして設定する。
自然のみならず生物も復活してきているので、みすみすティンドラスどもの餌食にされるような事態ははなるべく避けたい。
この直径300㎞の外園が第一次防衛ラインだ。
「マリナはここ、拠点前で防御結界を張り巡らせる。過大能力と技能を連動させてできるだけ強固な結界を維持。範囲はそうだな……例の結界石を設置してある直径150㎞にしておこう」
マリナが過大能力で張れる結界──その最高強度。
それを保持したままマリナに過度の負担がかからない範囲が、ツバサの見立てではそれくらいだ。半日、12時間は保たせられるだろう。
この直径150㎞の防御結界を第二次防衛ラインとする。
「だけど、決して無理はするなよ」
念のため“万能薬”を大目に渡し、回復の準備も怠らない。
「フミカはマリナのサポート。マリナの防御結界を強化するよう技能で働きかけ、【魔導書】でマリナの防御結界をコピー、結界を破られた箇所を補う……それと、ダインから迎撃システムの管理を引き継いでくれ」
ダインはダイダラスなどの追加武装による攻撃ができるため、前線でツバサたちと共に戦う。迎撃システムの管理にまで手が回らない。
「やろうと思えばやれんことはないぜよ」
ダインはそう言うのだが、ツバサは首を横に振った。
「さすがに戦っている最中に片手間で……というわけにはいかんだろう。おまえには戦闘に専念してもらいたい。フミカの仕事量は増えるが……」
「そんくらい無問題ッス」
ウチはサポート専門ッスからね、とフミカの頼もしい一言。
「すまんな、フミカ……マリナの手伝いをしつつ、第二次防衛ラインの結界にまで迫ってきたティンドラスを迎撃システムで対処してくれ」
ツバサはマリナとフミカの肩に手を乗せる。
「2人はコンビだ──いいな?」
「わかりました、お任せくださいセンセ……お母さん!」
「了解ッス、マム!」
マリナは両手をギュッとして頷き、フミカは何故か敬礼する。
どちらもやる気を見せてくれるのはありがたい。
それと、一応言っておこう。
「誰がマムだ」
「……あら、ウチらはまだお母さん呼びアウトなんスね」
フミカはクスッと微笑みながら残念そうに肩をすくめた。許したのはまだマリナとジャジャだけだ。それより上の子供たちにはどうしても照れがあった。
次はジャジャとクロコの2人に向き直る。
「ジャジャ、それにクロコ。おまえたちには第一次と第二次、その防衛ラインの間に待機してもらう。俺たちの取りこぼしを処理してくれ」
ツバサやミロのように戦闘能力の高い者が、第一次防衛ラインでティンドラスを迎え撃つが、なにせ数が数だ。取りこぼす可能性が高い。
この二人は能力的にその後始末を任せられる。
「ジャジャは忍者だけあって隠密系技能に長けている。一方クロコは過大能力が死角からの攻撃に優れている……各々の長所を活かして、森に入り込んできたティンドラスを駆除してほしい」
クロコは戦闘能力こそ高いもののそこまで特化しておらず、ジャジャは復活して間もないため攻撃力や体力面で不安が残る。
だが、ティンドラス1匹や2匹なら駆除する能力は持っているし、木々が鬱蒼とした森ならゲリラ戦に適している。この2人にはピッタリだ。
「第二次防衛ラインの結界まで寄せつけるな──頼んだぞ」
おまかせを、とクロコが異様に張り切っていた。
「このクロコ、命に代えましても任務を全うする所存にございます……このジャジャお嬢様と共に! ジャジャお嬢様と共にッ!!」
意気込みは買いたいのだが、クロコは小さなジャジャをしっかり抱き締めると、そのプニプニボディをまさぐり、鼻息も荒くヨダレを垂らしている。
どう見ても発情中だ。
それでも決して表情を変えないのは凄いと思う。
百合もロリも好物で、薔薇でもショタでもイケて、SでもMでもある。
……この女はどこまで業が深いんだろう。
ジャジャは逃れようと必死でもがくのだが、クロコの腕力をふりほどけないほど弱体化しているため、諦めてげんなりと萎れていた。
クロコに抱きかかえられる姿など、まるっきり人形のようだ。
「母上……ティンドラスよりクロコ殿のが怖いです」
貞操の危機を感じます、とジャジャは助けを求めるように言った。
「おまえにイタズラしている暇はないと思うが……クロコだしな。この防犯ブザーを渡しておこう。クロコに何かされたらこれで俺を呼べ」
こんなこともあろうかとダインに作ってもらっておいた。
防犯ブザーが鳴った瞬間、空間転移でツバサが駆けつける仕様だ。
「ありがとうございます、母上!」
それを小さな両手で受け取り、ジャジャは嬉しそうに微笑む。
これでクロコが大人しくなるかと思えばさにあらず。
「ここで敢えてジャジャ様にイタズラをして防犯ブザーを鳴らしていただき、ツバサ様にお仕置きされる、という私にとって一石二鳥な展開もアリかも……ハッ! もしやそのための高度な前振りですか!?」
「おまえ、本当にブレないな」
切迫した事態だというのに、この平常運伝である。
それでもまあ、頼んだ仕事はきっちりやってくれるのだが──。
「──で、残りのメンバーは最前線で迎え撃つ」
ツバサを筆頭に──ミロ、ダイン、ドンカイ、トモエ。
この5人は第一次防衛ライン、つまり最前線に立つ。
迫り来るティンドラスの軍勢を真っ向から迎え撃つ。
広範囲へ間接的な攻撃手段(俗に言うマップ兵器)を持つツバサ、ミロ、ダインがメインとなり、ドンカイやトモエには遊撃的な役目を担ってもらう。
「……これが俺の考えた最良の配置だと思うんだが、誰か他の提案や異論があれば言ってくれ。忌憚ない意見を聞かせてくれ。時間はないが……」
親方やクロコは、とツバサは年長者に意見を求めた。
「ワシからは特にないぞ……というか、こういうタワーディフェンスやシミュレーションRPGは苦手じゃ。君に意見するほどの知恵もないわい」
「私も異存ございません。各々の能力を考慮した最良の配置と思われます」
これにダインも賛同を示すため割り込んできた。
「わしはアニキの案を推すぜよ。戦える者は前へ、守る者は後ろへ、現状の面子ではこいが最適解じゃ。わしだって同じことするぜよ」
最後に3人は頷くと、ツバサもそれに頷き返した。
それからミロとトモエに振り返り、彼女たちの意見も求めてみた。
「ミロ、トモエ、おまえたちは──」
「アタシにそれを聞く、ツバサさん?」
ミロは神剣と聖剣の二刀流を抜いており、今か今かと戦場に出撃する時を待ち侘びていた。考えるよりもまず実践、ミロらしい行動力だ。
「んな! トモエもミロに同じく! 戦うだけだ!」
トモエもパズルアームを巨大な槍に変えると、戦意向上を見せびらかすように大槍をグルングルンと旋回させていた。やる気が有り余ってる。
「……聞くだけ無駄だったな」
頼もしい奴らだ、とツバサは困ったように苦笑した。
これでアホとバカさえ治れば……と思うのだが、利口なこの2人が想像できない上、賢くなった2人を娘として愛せる自信がなかった。
アホな子ほど可愛い──というやつだ。
「よし、それじゃあ決まりだ。時間も惜しい……作戦開始だ!」
ツバサの号令と共に家族はそれぞれの場所に散っていった。
マリナとフミカは拠点前の広場に陣取り、いくつもの魔法陣や【魔導書】を展開して強固な防御結界を敷く準備を始めていた。
クロコはジャジャを小脇に抱え、森の中へ潜り込んでいく。
「戦闘が始まったらちゃんとジャジャを解放しろよ、クロコーッ!?」
木々の狭間に消える前、クロコはグッドサインを返してくる。
ジャジャは最後まで「母上~ッ!?」と情けない声で助けを求めていた。
娘の泣き声を背に受けながら、ツバサはミロたちを率いて第一次防衛ラインへと向かう。北東の空を見れば、浮遊要塞が以前よりも大きく見える。
森の上を飛び、5人は自分たちの配置へ急ぐ。
「ミロ、俺の側に来い」
あの漆黒の波動への対策として、ミロと共に行動する。
山脈でさえ一撃で消し飛ばしかねない威力の破壊光線だ。ミロの過大能力とツバサの過大能力を連動させねば、完全に防ぎきれない。
そのための備えなのだが──。
「はーい、お母さんの仰せのままにーッ♪」
「あ、こら! 抱きつかなくてもいいんだよ、側にいればいいんだ!」
ミロはツバサの横につくと、遠慮なく抱きついてきた。
背中に乗られるならともかく、一緒に飛びながら抱きつかれると飛びにくいのにこの娘は……しかも、胸や尻を触るセクハラは普通にやってくるし。
「言っておくが、女同士でもセクハラで訴えられるからな?」
「やだなーツバサさん、こんなの母娘で夫婦のスキンシップじゃなーい♪」
「おまえも本当にブレないな……」
危機が迫っているというのに、いつも通りの行動パターン。
こういうところ、クロコと気が合うわけだ。
ミロに抱きつかれながらも空を行く。
ドンカイが追いつくと、併走飛行しながら話し掛けてきた。
「そういえばセイメイの暴れん坊が起源龍の弟と一緒だと言うとったが……連れては来れなんだか? アイツぁ戦力だけなら百人力じゃ」
「百じゃ利かないでしょう、あいつは……千人力か、万人力か……」
伊達に99日間、アシュラの頂点に君臨してはいない。
単純な強さならば間違いなくアシュラ最強。剣術家だが無手勝流でも恐ろしいほど腕が立つ。ツバサやドンカイですらまともに戦りあわない相手だ。
唯一の弱点を挙げるなら――ムラッ気が多いこと。
本気で取り組むかと思えば、すぐに匙を投げる。遊び半分だったはずが、目を血走るほどムキになる。気分が乗ればどうでもいいお遊びでも命懸けで挑み、興味がなければ世界の危機であっても立ち上がらない。
気分屋といえばそれまでだが、真剣勝負でも平気でこれをやる。
勝っても負けてもヘラヘラ笑う。最強とか頂点とか権威にこだわらない。
そもそも承認欲求があるかも怪しい。
いや、セイメイの場合「物事にそこまで執着しない」と言うべきだろう。
大切なのはその時の自分の気持ち、それを最優先とする。
おまけに――変なところ強情なのがタチが悪い。
「あいつが人の言うことを聞かないのは知ってるでしょう……天上天下唯我独尊、我が道に敵なしとばかりのゴーイングマイウェイっぷりを」
一方通行の独善主義者──最強無敵の自由人。
自分が「こうだ!」と決めたら梃子でも動かないし、自分に文句を言う輩は力尽くでねじ伏せ、刃向かう奴らは皆殺しにするきかん坊である。
世界を敵に回してでも、自分の生き様を誇る男だ。
「あいつ、その起源龍の弟にどういうわけだか肩入れしているみたいで……起源龍も起源龍で、悪墜ちした兄に未練があるようなんですよね」
最悪の場合、大剣豪と起源龍も敵となるやも知れない。
「……その覚悟はしておいてください」
「やれやれ、本気のアイツと一戦交えるのは勘弁願いたいのぉ」
死ぬほど厄介じゃ、とドンカイはため息をついた。
「ツバサさんがおっぱいでも揉ませてやれば味方してくれんじゃね?」
「お断りだアホ」
そのツバサの胸に顔をめり込ませるミロを、軽め拳骨で小突いた。
「まあ、夫であるアタシが許さないけどね!」
「だったら言うな、このアホ!」
ミロを叱りつけながらツバサは思い出す。
「いや、1人だけいたな。傍若無人なアイツを窘められる奴が……」
ツバサは現実でもセイメイ──久世慎之介と交流があった。
その過程で知り合った人物のことだ。
ぼやくようなツバサの一言にドンカイは驚いていた。
「あの誰にも従わん自由人を諫められるというのか?」
「ドラゴンにお説教する聖女みたいな感じ?」
「んな、酔っ払いはお母さんに怒られるとシュンとする、お母さん?」
ドンカイたちの想像とはちょっと違う。
ツバサはセイメイと繋がりのある人物を思い出しながら、最近、彼の声をどこかで聞いたような気がしてならなかった。
「セイメイが唯一、相棒と認めた親友だよ」
5年前に亡くなってるけどな、とツバサは目を伏せて呟いた。
~~~~~~~~~~~~
「おまえの声はな──あいつにそっくりなんだよ」
昔語りはゴメンだ、とセイメイは拒んだ。
にも関わらず、ジョカフギスは「理由が知りたい」と食い下がり、駄々をこねる子供みたいに助ける理由を話すようにせがんだ。
挙げ句の果てには──。
「話してくれないなら……その“永劫の極酒瓶”返して」
「この瓢箪をッ!? じょ、冗談じゃない! これは正当な報酬だろ!?」
ついにセイメイは根負けして、話すと約束したのだ。
聞いたら爆笑モンだぞ、と断りを入れた上で、恥ずかしそうにジョカフギスから目を逸らすと、どれだけ飲んでも素面だった顔をほんのり赤らめる。
そして、ようやく口にしたのが──先述の一言である。
ジョカフギスは爆笑するどころではなかった。
有り体に言えば、わけがわからない。
目を点にしたまま表情を失い、セイメイの次の言葉を待ったが、それ以上セイメイは口を開こうとしない。ならば、こちらから問い掛けるしかあるまい。
「あいつって……誰のこと?」
ジョカフギスとは決して目を合わさず、セイメイは小さな声を出す。
べらんめぇ口調はすっかり態を潜めている。
「おれの親友さ……この世でたった一人、相棒と呼べる友達だった」
逝っちまったけどな、と寂しそうに語尾へつけた。
セイメイは瓢箪をラッパ飲みすると、もっと酔わねばやってられないとばかりに、浴びるが如く口へと注いだ。
口からあふれて着物をしとどに濡らしてから語り出す。
「おれはな……生まれた時から恵まれてたんだ……」
誰よりも健康で頑強、病気知らずに怪我知らずの健康体。
ガタイも良くて運動神経も抜群にいい。見目も悪くなくて精悍。
セイメイ自身、「おれは他人とは違う」と自覚するほどの身体能力。武術や武道においては何者と戦わせても、楽勝する戦闘力の高さ。
天賦の才だ、と剣術家の家系である親族は褒めそやした。
遠い地に住む伯父と伯母は、「久世一族の運命だなこりゃ」とか「慎ちゃんも龍の血を受け継いでるね~」とか妙なことを言っていた。
そんな子供は得てして──調子に乗る。
「カッコつけて、偉ぶって、お山の大将気取りでさ……バカみたいに暴れてたよ。喧嘩したって負け知らず、誰もおれには敵わねぇ……おれは最強ってな」
そんな鼻持ちならない子供、誰に好かれようか?
気に入らないことがあれば暴力に訴える少年時代。
同年代はおろか上級生、果ては大人まで負かす暴力的な子供など、腫れ物に触るような扱いを受けるのがオチである。
セイメイは──たちまち孤立した。
人間離れした強さを恐れられ、誰も近付かなくなってしまったのだ。
孤独になったセイメイは、初めて寂しさを味わった。
一族の者はセイメイの力を褒めてくれる。
でも友達はみんな離れていった。セイメイの力を恐れて逃げていくのだ。その責任は自分にあるとわかるまで、幼心に苦悩させられた。
「自業自得だとわかった頃には……何もかもが遅かったよ……」
友達が欲しい──傍にいてくれるだけでいい。
もう暴力は振るわない、力の使い方も覚える、人との付き合い方もだ。
真っ当になろうと努力するセイメイだが、今までの素行の悪さが尾を引いて、誰も近寄ろうとせず、話し掛けてさえくれなかった。
「そんな時だ……あいつがおれに声をかけてくれたのは……」
『──君、とっても強いんだって?』
友達のいないセイメイは、いつも教室の片隅でひとりぼっちだった。
なのに、彼を恐れもせず話し掛けてくるのだ。
『おまえ……おれが怖くないのか?』
『転校してきたばかりだからね。君のことをよく知らないんだ』
でも──強い人には興味があるよ。
「あいつは転校生だったんだが、やたら病弱でな……おれの通ってる学校に転校してきたのも、同じ街にある大きな病院がかかりつけだったからだ」
虚弱体質だからこそ強い者に憧れる──そんな少年だった。
「線が細くて色白で美形で……しょっちゅう女の子と間違えられてたっけ」
華奢でか弱いが、それを補うように理知的かつ理性的。
腕白で鳴らしたセイメイとは正反対、絵に描いたような薄幸の美少年。
「ただ……芯の強さはおれなんかより強かったけどな」
間違っていることには毅然と立ち向かい、理路整然と言葉を並び立てて「こちらが正しい」と抗議する。たとえ殴られようとも決して屈しない。
身体の弱さを言い訳にすることもなく、自分の正しいと信じた道を真っ直ぐに突き進む。その心根の強さに、セイメイは深い感銘を受けたという。
「ああ、本当の強さとはこういうことかって……眼から鱗だったね」
そんな彼こそが──久世慎之介の初めての友達である。
以来、セイメイとその少年は無二の親友となった。
「ジョカフギスの声は……あいつに似てるんだよ」
いや、まったく同じだ──とセイメイは強調した。
「それが……僕を助けてくれた理由だというのか?」
ジョカフギスは重ねて問うが、セイメイはすぐに答えようとしなかった。
やがてセイメイは、吹っ切れたような口調で言い捨てる。
「……ああ、そうだッ! 自己満足だと笑えば笑え! 勝手な思い込みだと蔑みゃいいさ! こちとら、今は亡き友と同じ声を聞いたから馳せ参じた、過去の亡霊を追っかけ回してる、未練タラタラの情けねぇ男よ!」
セイメイは瓢箪を水晶の床に叩きつけるように置いた。
自分への苛立ちは収まらず、ギリッと奥歯を噛んでいる。
「おれぁ……病床のあいつに……何もしてやれなかったんだ……」
虚弱体質で病弱──どうして気付かなかったのか?
大きな病院にかかりつけの医者──ヒントはいくらでもあった。
「あいつの身体は生まれ付き、問題だらけで……難病を抱えて生きていたってのに……おれは、気付いてやることもできなかったんだ!」
生涯無二の友達ができた、と舞い上がっていた。
あいつは人付き合いも上手かった。
おかげでセイメイも友人や知人が増えた、と勝手に喜んでいた。
その陰で──あいつが苦しんでいることも知らずに。
「あいつのおかげで……おれは立ち直れた……そこそこマシな人間にもなれた……あいつには、たくさんのものを貰ったってのに、おれはぁ……」
あいつに──何もしてやれなかった。
後悔の念と罪悪感だけが、年を重ねるごとに積み重なる。
「だから、せめて……最期の約束だけは叶えてやりたいんだ……」
「…………約束?」
もう隠す必要はないのだろう。
セイメイは病床に伏した親友との約束を教えてくれた。
「病気が進行して意識も朦朧としてたみてぇだから……死に際の妄言かも知れねぇけど……あいつがおれに、一生懸命、頼むんだ……」
あんな病弱でも他人に頼ったことのないあいつが──。
力の入らない腕を持ち上げ、セイメイの手を取って頼むのだ。
『なあ慎之介……もしも、もしもだよ……この先、いつか、どこかで……有り得ないかも知れないけど……本当に万が一、僕の声が聞こえたなら……君が、僕の声だと認める声が聞こえて……その声が助けを求めたなら……』
どうか──助けてくれないか。
久世慎之介は、震える彼の手を壊れ物のようにそっと握り締める。
滝のような涙を流して一も二もなく返事をした。
『バッカ、おめぇ…………当たり前じゃねぇか、相棒ッ!!』
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