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第4章 起源を知る龍と終焉を望む龍

第96話:タワーディフェンス(難易度:HELL)

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「何故──あんな嘘を?」

 ツバサたちが立ち去った後、水晶の湖に静寂が戻ってきた。

 残されたのは1人の剣客と1匹の龍。

 セイメイは何も言わずに黙々と瓢箪の酒を飲むばかり。時折、道具箱インベントリからツマミを取り出して噛んでいるが、何も言おうとしない。

 返事をせず、黙々とツマミをかじっては酒をあおる。

「何故──あんな嘘を?」

「なんでい、ツバサちゃんたちがいなくなった途端、あれだけあった三点リードが消えちまったじゃねえか……おめぇも内弁慶だなぁ」

 セイメイは皮肉るが、ジョカフギスは壊れたスピーカーのように繰り返す。

「何故──あんな嘘を?」

 その真意を問い質したい、と言わんばかりに同じ質問をしてくる。

「どうして、あんな嘘をついたんだい?」

 セイメイは──ムイスラーショカをわざと・・・見逃したのだ。

 襲い来るティンドラスの大軍からジョカフギスを守りつつ、セイメイは終焉龍エンドと化したムイスラーショカ相手に怯むことなく戦った。

 そして、一度はムイスラーショカの首をねる寸前まで追い詰めた。

 ツバサに「斬龍剣」と呼ばれたが、その二つ名に恥じない手際の良さでだ。

 まるで龍を斬り殺すことに手慣れているかのように……。

「だけどセイメイは、僕のお願いを聞いてくれた」

『──兄さんを殺さないでッ!!』

 ジョカフギスの叫びを聞いたセイメイは、ムイスラーショカに向けた刃を収めてしまい、ムイスラーショカも弟の切なる叫びに何を思ったのか、空に浮く山に潜り込んで山ごと何処かへと行ってしまった。

 ──これが事の真相である。

「君の腕なら、そして君の過大能力オーバードゥーイングとやらを使えば、変わり果てた兄さんをも滅ぼせたかも知れない。だけど、君は……」

 僕の頼みを聞いてくれた、とジョカフギスの声は涙に震える。

 一滴で風呂を満杯にしそうな大粒の涙がゴボゴボ落ちると、それは巨大な水晶へ変わり、やがて水晶の湖へと溶け込んでいった。

「君は……兄さんを斬らなかった……」

 それは感謝にも聞こえるが、ジョカフギスの涙声に含まれているのは、それ以上の慚愧ざんきの念とも受け取れた。

 後悔しているのだろう──セイメイを止めたことを。

「あの時、君が兄さんを斬っていれば、ツバサさんやミロちゃんたちを……この世界で生きる者を苦しめずに済んだのに……」

 なのに、僕は……ジョカフギスは龍の身体を震わせる。

 その震動が水晶の湖を揺らし、酒で満たしたぐい呑みに波紋を浮かべた。

「それを知ったところで、誰もおまえを責めやしねぇよ」

 ツバサちゃんもミロちゃんもな、とセイメイは優しい声音で返した。

「いいんだよ、おれの不始末やってヘマで逃がしたってことにしときゃ……世界の始まりから一緒に過ごしてきた、優しくて立派で頼り甲斐のある兄貴だったんだろ? いくら自暴自棄じぼうじきになって悪役に成り下がったからって……」

 死なせたくはねぇやな、とセイメイは酒を煽る。

「ただまあ──ツバサちゃんの言うことはもっともだ」

 覚悟はしとけよ、とセイメイはジョカフギスに言い聞かせる。

「この先、どう転ぼうとおまえさんにとって最悪なことは起きるぜ。兄貴がこの世界を滅ぼすか、兄貴が誰かに殺されるか……2つに1つだ」

 ジョカフギスにとっては究極の選択だ。

「おまえも起源龍オリジンだ、わかってんだろ? ああ・・なっちまった兄貴はもう元に戻りゃしねえ。くたばるまであのまんま、侵略者インベーダー御同輩ごどうはいだぜ」

「…………うん、わかってる」

 だが、認めたくない気持ちもあるはずだ。

 元に戻す方法があるかも知れない──そんなない希望を求めている。

 不承不承に答えるジョカフギスに、セイメイはため息をついた。

「ま、腹ぁ括ったんなら言えよ。どっちに転ぼうが、おまえの選んだ道に最期まで付き合ってやっから……おれぁおまえの用心棒だからな」

 おまえの選んだ道についてくぜ、とセイメイをは約束する。

 兄を殺して世界を救うも良し──兄を助けて世界を滅ぼすも良し。

「選んどかねぇと後悔するぜ」

 ツバサと同じことを言う、と思われただろうが仕方ない。

 何もしなかったという罪悪感の重さ。

 動くべき時に傍観していただけという後悔の苦み。

 ツバサもセイメイも、その後味の悪さをよく知っているからだ。

 しかし、ジョカフギスは精神的にはまだ幼い。兄の背中を追う弟ゆえか、自らの意志で決断しようとする気概きがいが弱々しかった。

「……セイメイは、どうして僕に良くしてくれるの?」

 迷い苦しむジョカフギスは、不意にそんなことを尋ねてきた。

「兄さんとの戦いで殺されかけた僕を助けてくれたし、あのティンドラスとかいう怪物からも庇ってくれた……それに、兄さんを殺さないでという僕のお願いも聞いてくれた……君は、どうして、そこまでして……」

 僕を助けてくれるの? と問われる。

 セイメイは素知らぬ振りで顔を背けると、酒を一口飲んで一言。

「そりゃあ、おまえ……用心棒だからな。雇い主に味方するのは当たり前だ」

「……本当に嘘が下手なんだね、君は……」

 あの時──セイメイはジョカフギスの用心棒ではなかった。

 そもそも用心棒からして、ジョカフギスが頼んだものではなく、セイメイが勝手に名乗り出て、自分で言い張っているだけなのだ。

 それにジョカフギスが依存している節はあるが──。

「僕と君とは1週間前に出会ったばかりだ……君が僕に肩入れする理由が見当たらないんだよ……なのに、君は僕のためになることばかりしてくれる……」

 どうして? とジョカフギスは水晶の湖に潜り込み、セイメイの前に回って上目遣いで訊いてくる。こんな仕種まで子供っぽい。

「んー……ま、色々あるんだよ、おれにもさ。そこら辺の事情はあんまり話したくねぇし、辛気くさくなるから……昔語りはゴメンだね」

 それにな、とセイメイは自分を嘲るように笑った。

「聞いたらきっと笑うぞ──爆笑もんだ」

   ~~~~~~~~~~~~

 ツバサたちは水晶の湖を後にして、外へと出る。

 かつては空に浮く山の本山へ繋がっていたという途切れた石橋まで戻ってくると、ツバサはミロとトモエに呼び掛けた。

「転移魔法で一気に戻るぞ、しっかり掴まれ」

 効果範囲内にいれば問題なく一緒に転移できるのだが、転移中に事故がないとも限らないので、この魔法を使う際には手を取り合うようにしている。

 しかし、この娘たちは──。

「「了解らじゃ!」」

 答えるや否やツバサの腰に抱きつき、ツバサの胸に頬ずりするみたいに顔を埋めてくるのだ。ミロなんて痴漢みたいな手付きで尻まで揉んでくる。

 我慢してても、ねやから聞こえそうな声が漏れかけた。

「んっ……し、しっかり掴まってろよ!」

 漏れかけた嬌声を紛らわすため、語気を強めて言いつける。

 すると、ミロもトモエも身体をすり寄せてしがみつき、ミロに至っては更に愛撫をしてくるのだからまるっきり悪循環だ。

 さっさと転移してしまおう、とツバサは魔法を発動した。

 瞬きする間に視界が変わる。

 先ほどまでいた北方の山脈地帯の空から、そこより遙か南東の温暖な地帯にある丘へ──猫族の村がある谷まで一瞬で舞い戻ってきた。

 目の前にあるのは慣れ親しんだ拠点。

 どうやら拠点前の広場に転移したらしく、拠点の縁側ではドンカイがのんびりと腰をかけており、マリナとジャジャは微睡まどろんでいるのか、彼の巨体を枕代わりに猫よろしくゴロゴロまとわりついていた。

 まるっきり、親戚のおじさんに懐く子供たちだ。

 マリナはともかく、ジャジャも幼女化が激しいな。

 どうやらお昼も過ぎて午後の休憩をしていたらしい。

「おお、戻ったかツバサ君。急ぎの様子だが、何ぞあったか?」

 広場に突然現れたツバサたちを見て、ドンカイは腰を浮かせようとした。

 だが、寄りかかる幼女2人を気遣って立ち上がることはない。

 ツバサはしがみついているミロとトモエを振りほどく。「離れたくなーい」とか「テコでも動かない」とぼやいているアホの子とバカの子を引き剥がす。

 それから縁側に近付いていった。

「ええ、ちょっと大事おおごとになりそうなことが……こちらは?」

 ドンカイは湯飲みの茶を啜っていた。

 こっちはまるでご隠居さまだ、家族らしくなってきたなぁ。

「御覧の通り、至って平穏。君たちには悪いが一休みしていたところじゃ」

「平穏ならそれに越したことはないんですが……」

 過大能力オーバードゥーイング技能スキルを使い、周辺一帯に探りを入れてみる。

 半径300㎞以内に異変はない──ティンドラスの気配もなかった。

 そのことにホッと胸を撫で下ろす。胸が重い!

 ツバサの声を聞いたマリナとジャジャは眠そうにまぶたをこすり、しっかり目が覚めると縁側から降りてきて、ツバサに抱きついてきた。

「お母さん……セ、センセイお帰りなさーい!」
「母上……ツ、ツバサさん、お帰りなさい!」

 半分寝ぼけていたためか、どちらもツバサは母親呼ばわりしてしまった。

 ツバサは嬉しさで半笑いになり、しゃがんで2人を抱き留める。

 愛おしい──魂の奥底から思ってしまった。

 娘たちが可愛いのは自他共に認める事実だ。

 しかし、母親という感情でここまで痛切に“可愛い”と感じたのは初めてのような気がする。たった半日離れただけなのに母性が疼いて仕方ない。

 思い出してしまうのは──起源龍オリジンの包容力。

 自らが創り出した森羅万象を愛おしむ、その愛情の深さだ。

「誰が……って、ああ、もういいよ」

 いつもの合いの手を返すつもりが、どうしても言えない。

 それどころか、微かになりつつある男心が「それだけはやめろ!」と訴えてくるにも関わらず、彼女たちに伝えたい想いが溢れる。

「おまえたちだけは特別だ……お母さんって呼んでもいいよ」

 幼いこの子たちになら、そう呼ばれてもいい……。

 何故かそう思ってしまったのだ。原初の龍に感化されたのだろうか?

 当然、マリナとジャジャは大喜びだ。

 ツバサが今の今まで頑なに拒んでいたこともあって、最初は信じられないと驚愕の表情を浮かべていたが、いつまで経っても訂正の言葉が出てこないので、本当だと受け止めてくれたのだろう。

 それでも、しつこいくらい聞き返してくる。

「ほ、本当ですか!? センセイを……お母さんって呼んでもいいんですか!? いつもみたいに怒ったりしないんですか!?」

「ツバサさん……自分もいいんですか!? そりゃ、この身体はツバサさんとミロさんからいただいたものだから、本当にお母さんなんですけど……?」

 念押しする2人を、ギュッと胸に抱き締める。

「いいよ、今なら……おまえたちぐらいは認めてやれそうな気分なんだ」

 自分を母親として──2人を娘として。

 マリナとジャジャは小さな腕でツバサの首に縋りつくと、半泣きになりながら涙声で嬉しそうに、ツバサの耳元で同じ言葉を繰り返した。

「う、嬉しいですセンセイ! いえ、お母さん! お母さんお母さんお母さん!」
「あ、ありがとうございますツバサさん! あ、その……母上ッ!」

「認めたら間違えるのかよ、まったく……」

 ツバサは苦笑するも「よしよし」と2人の頭を優しく撫でてやる。

 当然──こちらの娘2人からは不満が噴出した。

「あーっ! ずっこーい! ツバサさん、アタシたちはー!?」
「んなーっ! トモエたちもツバサお母さんの娘! 娘差別いくない!」

「わかってるよ! 順番だ順番! まずは小さいマリナとジャジャから馴れさせてくれ! いずれおまえたちも娘って認めてやれるようになるから……」

 口約束をしておいて何だが、ツバサは逃げ場を失いつつあった。

 男に戻る、という逃げ場を……。

「と言うかミロ、おまえは俺の(自称)夫じゃないのか?」

 ジャジャのママとも主張している。

「そだよ。そんでツバサさんの娘で妹で奥さんなの」

 相変わらず、言ってることが無茶苦茶だ。

「しかし、どういう心境の変化じゃ、ツバサ君?」

 一連の流れを見守っていたドンカイが不思議そうに尋ねてきた。

「俺にも色々あったんですよ、親方……」

 聞き流しといてください、とツバサは遠回しに頼み込んだ。

「まあ、根掘り葉掘り突っ込まんが……それより大事とやらはいいのか? それで慌てて帰ってきたように見受けられたんじゃが?」

「そうだった! 親方、大至急みんなを集めて…………ッ!?」

 言いかけたその時──ツバサの第六感が危険を訴えてきた。

 北東の空に禍々しい何かが渦巻いている。

 ツバサよりも優れた勘を技能として備えるミロも直感&直観で察知したらしく、眉を釣り上げて北東の空を見つめていた。

「何か……危ないのが来るッ!」
「ミロ、行くぞ!」

 ツバサはミロの手を取ると背中に乗せ、猛スピードで空を飛んだ。

 北東の空、その地平線には真っ黒い暗雲が陣取っている。

 風の流れは南風だというのに、その暗雲は風に逆らうが如く北から南へと南下しているのだ。それも雲とは思えない速さで──。

 上空を行くツバサたちは、黒雲の奥に煌めく光を見た。

 それを目にしたツバサは急ブレーキをかけて停止する。

 ミロもツバサの動きに合わせると、こちらの肩に乗って立ち上がり、神剣を頭上へと掲げて過大能力【真なる世界にファンタジア覇を唱える大君・オーバーロード】を発動させた。

「──この真なる世界を統べる大君が申し渡す!」

 ミロの掛け声により神剣が黄金の光を発し、ツバサたちの前に光でできた壁が形作られていく。ツバサも過大能力【偉大なるグランド・大自然ネイチャの太母ー・マザー】を発動させて、ミロの力を限界以上に底上げしてやる。

 これにより光の壁が大きさを、分厚さを、頑丈さを増していく。
 そうして光の壁は進化を遂げる。

 巨大にして堅牢──光り輝く鉄壁となった。

 次の瞬間、暗雲から漆黒の波動がほとばしる。

 この世の全てを滅ぼす威力が込められた破壊光線。それは真っ直ぐにツバサたちの拠点がある谷へと突き進んできた。

 その破壊光線が進むライン上に、ツバサとミロは光の盾を作ったのだ。

 漆黒の波動を光の盾が受け止める。そして──。

「このクソッタレで真っ黒な光をはね返せッッッ!」

 ツバサによって増幅されたミロの過大能力により、破壊光線はその進撃を食い止められた挙げ句、まるでボールのように弾き返された。

 跳ね返った破壊光線は暗雲へ突っ込み、その中で爆発が生じる。

 ひとまず乗り切ったが、これは始まりに過ぎない。

 あの暗雲の中に恐らく──終焉龍エンドの浮遊要塞が隠れているのだ。

「……野郎、挨拶代わりってところか」

 終焉龍にしてみれば、これは開戦の狼煙のろしなのだろう。

   ~~~~~~~~~~~~

 拠点前の広場に、ハトホル家族ファミリーが勢揃いしていた。

 猫族とヒレ族は既にハトホルフリートに乗船させた上で、ダインの【不滅要塞】フォートレス内に避難させている。有事の際には、ハトホルフリートが自動運転で彼らを遠くの地へ逃がすことになっていた。

 どこか遠く──他のプレイヤーのいる土地まで。

「逃げ場なんて何処にもないんだがな」

 北東の空、不気味にうごめく暗雲を見遣りながらツバサは独りごちる。

 先ほどまでは雲の中に隠れていたようだが、あちらの先手をツバサとミロがはね返したことにより雲が晴れ、敵の本拠地が覗けるようになった。

 あれは確かに“空に浮く山”だ。

 ジョカフギスたちのいた北方、そこに聳え立つ巨山に勝るとも劣らない山が空に浮いていた。もはや山というより大きな島が飛んでいる感じだ。

 まさしく浮遊要塞──それが徐々にこちらへと接近しつつある。

「……掻い摘んで話した通りだ。別次元の力を得た終焉龍エンドってのが世界壊滅のために暴れ回っている。そして、最近景気よく世界を復興している俺たちを真っ先に目をつけたらしい。さっきの砲撃は奴なりの挨拶だろう」

「砲撃っちゅうか波動砲みたいじゃったけどな」

 先ほどの漆黒の波動を目撃したダインは真似したそうだった。

「威力も波動砲ならかかるコストも波動砲クラスみたいッスね。あれからしばらく経つけど、連発してこないし……チャージに時間かかるんみたいッス」

 フミカは【魔導書】グリモワールを開いて敵の分析を始めていた。

 ミロと共に間近でそれを見たツバサは説明する。
 
「直撃していたら、この一帯は焦土と化していただろう……いや、焦土ならまだ復活するからマシだな。あの火力は常識を覆す……多分、すべてを焼き尽くした後、大地が溶解してガラス化するくらいの熱量があったはずだ」

「それって……戦術核兵器レベルの威力ってことッスか!?」
「連発されたら堪ったもんじゃないな」

 この世界が途方もないほど広大だとしても、1週間くらいで焼け野原にされてしまうだろう。いや、草木も生えない不毛なるガラスの園か──。

「後世、火の七日間・・・・・とか呼ばれそうですね」

 クロコはこんな非常事態でも、澄まし顔で減らず口を忘れない。

「洒落になってないぞ、それ……」

 本当にそうなりかねないからツバサは笑えなかった。クロコも受け狙いで叩いた軽口ではないだろうが、「失言でした」と謝罪する。

 ジャジャはドンカイの肩に乗り、遠眼鏡で暗雲を窺っていた。

 だが、それだけではない。

 ジャジャは忍法・分身の術で自分の化身を数体作り出し、偵察として浮遊要塞の近くにまで差し向けているのだ。

 この分身はジャジャと五感を共有しており、分身の得た情報はジャジャへと還元される。また、攻撃されると致命傷を負う前に消滅する安全仕様。

 ──偵察には打って付けの技能スキルだった。

「これは……母上、大変であります!」

 母親呼ばわりを許した途端、ジャジャは忍者っぽくツバサを『母上』と呼ぶようになった。みんなの前で臆面もなく言われると、こちらが恥ずかしい。

 若干顔を赤らめながら、冷静さを取り繕って返事をする。

「どうしたジャジャ、何かわかったのか?」

「どうしたもこうしたも……あの空飛ぶ大陸を取り巻いている黒雲、あれは雲ではありません! あれは全部……数え切れないほどのティンドラスです!」

 まだ遠すぎるため雲に見えるだけで、あれは全て雲霞うんかの如く群れるティンドラスの群れだという。そういえばセイメイも「数多すぎ」と言っていた。

「10万や20万は軽く超えていると思われます」

「そうか……取り敢えず分身は戻せ、無理にやられることはない」

 ハッ! とジャジャは頷いて分身に戻るよう呼び掛けていた。

 万の軍勢と聞いて腰が退けているのがマリナだ。

「猫ちゃんたちやアザラシさんたちと一緒に、ハトホルフリートで逃げる……って言うのはダメなんですか、センセ……あの、お母さん……?」

「逃げても無駄なんだよ、マリナ」

 お母さんと呼ぶのを許したが、今度はあちらに照れがあるらしい。

 マリナの提案をツバサは諭すように却下した。

「終焉龍の望みは、この世界の完全に破壊した後、新しい世界を創ることだ。別次元の力を得ているのも手伝って、和解を求めたり諦めたりさせることはまず無理だろうな……そして、奴は空間の裂け目に囚われていない」

 完全に真なる世界こちら側におり、自由に動き回れるのだ。

 世界の果てまで逃げても徒労に終わる。

「この世を破壊し尽くすまで──終焉龍エンドは止まらない」

 だったら、とドンカイとトモエが前に出る。

「ここで迎え撃って、きっちり始末せにゃ今後に差し障るのぅ」
「んな! 親方さんの言う通り、ここでやっつける!」

 戦闘要員なこの2人がやる気を出してくれるのは幸いだ。

 ミロはみんなの列から前に出てツバサの横に並ぶ。

「そうだねー、今回は言うなればタワーディフェンスものかな」

 タワーディフェンス──防衛系ゲームとも呼ばれる。

 要するに自分の領地に攻め込んでくる敵の軍勢を撃退して、自分の領土を守りきることを主題としたゲームだ。ミロにしては言い得て妙である。

「しかもあっちもこっちも総力戦の大決戦、わかりやすく言うとー」

 ミロは活気にあふれた声で次々と指差していった。

「あいつら──敵!」

 暗雲と見紛う大軍のティンドラスと共に攻め寄る浮遊要塞。

「こっちは──味方!」

 ツバサとミロから始まり、マリナ、ダイン、フミカ、トモエ、クロコ、ドンカイ、ジャジャ、と家族に加わった順で指差していく。

「そして此処ここが──本陣!」

 最期に自分たちのいる拠点前──この谷の全てを指差した。

「作戦はただ1つ──本陣を守り抜くこと!」

 それと絶対に死んじゃダメ! とミロはみんなに厳命する。



「ほら、タワーディフェンスだ──ただし、難易度は地獄ヘルだけどね」


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