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第4章 起源を知る龍と終焉を望む龍
第89話:アザラシ族は着ぐるみ族?
しおりを挟む「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……や、やっと捕まえた……」
拠点から北西に向けて、どれくらい飛んだかわからない。
互いの全速力飛行を競うミロとトモエをひたすら追いかけ、ミロはすぐに捕まえられたのだが、トモエには手こずらされた。
彼女の過大能力──【加速を超えた加速の果て】。
覚醒前は自身を加速させるくらいの能力だったが、覚醒したら体内の血液を超加速させることで、予備動作なしでも超パワー&超スピードを発揮できるブーストに特化した能力に化けたのだ。
人間ならば高血圧ならぬ超血圧で心臓や動脈が大爆発を起こす。
神族ならではの強靱な肉体だからできる芸当だ。
おかげで素早さでは家族の中でもダントツのトップ。ミロよりも小柄だというのに腕力でさえドンカイに次ぐ怪力を誇る。
だからなのか──走り出したら止まらない弾丸娘だ。
出会った時から飛んだり飛ばされたりと忙しない娘だったが、過大能力に覚醒したことで、輪をかけて落ち着きのない娘になった。
5人いる娘の中でもミロに並ぶ問題児である。
フミカ、マリナ、ジャジャが聞き分けのいい子な分、このおバカ娘とアホの子の後先考えない行動力が悪目立ちしているのもあった。
ダイン? あいつは時と場合による。
メカやロボを任せるとマッドエンジニアになるので要注意だ。
それ以外なら頼り甲斐のある長男といった感じだろう。
ミロを小脇に抱えたツバサが全力を出して飛んでも追いつけず、ようやくトモエのスピードが落ちたところで捕らえることに成功した。
「つ、疲れた……過大能力、使いすぎた……お腹、空いたぁ……」
「遅くなったと思ったらスタミナ切れか!? ホント学習しないなぁ……」
幽冥街で暴れていた頃も同じことを繰り返していたのに、まったく進歩がない。やっぱりバカは死ななきゃ治らないらしい。
死んでも治らなそうなので恐いな……。
燃費が悪いのも相変わらずだ──本当に神族なのか?
「アタシもぉ……もうヘットへト……あーあ、やっぱりトモちゃんとスピード勝負なんてすんじゃなかった……勝てるわけないよねー」
ミロもツバサの小脇でグッタリしていた。
「勝ち目がないってわかってんのに勝負を挑むな! アホかおまえは!?」
そうだ──こいつは自他共に認めるアホだった。
バカとアホはすっかり疲れ果てている。
「うにぃ~……ツバサさん、この運び方には意義ありで~す……」
「んなぁ~……トモエたち、猫じゃない~……首掴むのはなし~……」
「うるさい、嫌なら自力で飛べ」
ツバサはお仕置きの意味も込めて、2人を拾ってきた野良猫みたいに首根っこを引っ掴み、空を飛びながら宙ぶらりんで運んでいた。
疲れ果てた2人は逆らう気力もない。
なすがままされるがまま、ブラブラと風に揺れていた。
この2人を連れて満足に偵察任務なんてできるのか? とツバサは頭を悩ましてしまう。それと、ミロとトモエは帰ったら再教育しようと心に決めた。
「ったく、仕方ない……ほら、これで元気を出せ」
ツバサは掴んだ2人の首から、自然を司る過大能力で活力付与をした。
以前はこれを接吻で行っていた(ミロとマリナ限定)。
あれから試行錯誤して、口付けで相手の口から吹き込まなくても肌に触れただけで活力を注げるように改良した。
もはや活力付与というより極上の回復魔法である。
かなりの強化効果も見込めるので、補助魔法の側面も持っていた。
元気を取り戻したミロとトモエは、ちょっと驚いて「おおっ!」と声を上げながら自分で飛ぶようになってくれた。
だが、どういうわけかミロはふて腐れている。
「むぅーッ! ツバサさん、いつものチューは? 活力付与なら熱いベーゼがお決まりのパターンでしょー!? ほら、ちゅー♪ ワンモアチュー♪」
ミロはツバサの顔を両手でガッチリ掴むと、瞳を閉じて唇を閉じてキスをせがんできた。しかし、その間抜け面はタコチューにしか見えなかった。
色気も雰囲気もあったものではない。
「こら、やめなさい! トモエが見てるでしょ!?」
力尽くでキスを求めてくるミロに抵抗しつつ、トモエの視線があると正論を説いてみた。それでも足りないようなので、こう言い換えてみる。
「わ、わかった! じゃあキスで活力付与するとしてだ……おまえ以外の者に活力付与する時もキスすることになるんだぞ? おまえ、いつぞやそれを想像しただけブチ切れたじゃないか! だから、これ編み出したんだぞ俺!?」
ハッ! と我に返るミロ。
ふて腐れているのは変わりないが、アホはアホなりに理解できるところがあったらしい。不承不承にタコチュー顔をやめてくれた。
顔を掴む手こそ離してくれたが、その手をツバサの首の後ろに回すと、頬を膨らませて顔をこちらの胸の谷間に顔を埋めてくる。
キスの代わり、とばかりにグリグリと顔を押しつけてきた。
「……そういうことなら、仕方ない、かなー……」
ふたりっきりの時はキスでお願いね? と小声で囁かれたので、ツバサは少し頬を染めながらミロを抱き寄せて小さく頷いた。
すると、指をくわえて見ていたトモエが勘違いをした。
「あーっ! ミロずるい! 空中駆けっこ勝ったのトモエ! ツバサ兄さんのハトホルミルク飲み放題はトモエの権利! そこ退いて!」
ツバサ兄さんのおっぱい飲む! とトモエまで胸に縋りついてきた。
そういや2人でそんな勝負してたな──呆れながら思い返す。
しかし、ミロは慌てず騒がず冷静に振る舞う。
「トモちゃん、こんな美味しいハトホルミルクを独り占めしちゃあ駄目だよ。バカとアホなりよく考えてみて……ほら!」
ツバサさんのおっぱいは──2つある!!
「つまり、先着2名様までなら同時に飲み放題が可能……ッ!」
「おおっ、名案! ミロ頭いいな!」
勝敗を有耶無耶にして、二人一緒にハトホルミルクを飲むように誘導する。
本当、こういう口の上手さだけは一人前だ。
「え、ちょ、ちょっと? おい、まさか…………ここでかッ!?」
ツバサが狼狽えてもお構いなしだ。
2人がかりでツバサを抑え込み、ジャケットどころかクロコに新調されたブラをも剥ぎ取り、ここが空中なのも忘れて押し倒してきた。
ニンマリと目を細めて、舌なめずりしながら──唇で吸いついてくる。
「「──いっただっきまーーーす♪」」
「ま、待って! 本当にタンマ……いっ……いやぁぁぁぁぁぁーッ!?」
どことも知れない空の下、ツバサの嬌声が響き渡った。
~~~~~~~~~~~~
「も、もう、お婿にいけない……お、お母さんになっちゃう……」
ツバサは両手で顔を覆うも、指の隙間からダバダバとこぼれ落ちるほど大量の涙を流して嘆いた。それでも一応、そこそこの速さでは飛んでいる。
高速飛行の風圧が胸元に当たると、ジンジン疼いて仕方ない。
娘二人に散々しゃぶり尽くされた乳房が倍に張ったような心地だ。
その先を行くミロとトモエ──。
2人ともハトホルミルクの甘露な余韻に浸り、大満足なその顔はツヤツヤと艶めいて、日の光を浴びると眩しいほど輝いてた。
「いやー、活力付与もしてもらったし、ハトホルミルクで元気も出たし♪」
「んなっ! 偵察任務も頑張れる! ツバサ兄さんのおかげ!」
「……おまえら、あとで覚えてろよ」
なけなしの男心を蹂躙された恨み──晴らさずにおくべきかッ!
泣き止んだツバサは怒りを腹の底に蓄え、それをやる気に変換することで冷静さを取り戻した。理性による精神力のコントロールだ。
大きく深呼吸して現在地を確認する。
過大能力【偉大なる大自然の太母】で自然に働きかけて、周辺地域の地形を脳内でマッピングしつつ、拠点から離れた距離を計算する。
拠点のある谷から凡そ300㎞──方角は北西。
以前出向いた幽冥街は拠点から見て北東にあったので、北を挟んで反対側を進んでいることになる。そのせいか、眼下には海岸線が見えていた。
夏にみんなで遊んだプライベートビーチのように、白い砂浜がどこまでも広がっているかと思えば、ここまで来ると険しい崖が並んでいた。
周辺には磯が広がり、白い波の合間には岩礁も見え隠れしている。
「んんっ!? ツバサ兄さん、あそこいた!」
不意にトモエが行く手を指差す。
磯の手前に広がる浜辺、そこに例のドラゴンモドキが2体いた。
いや、フミカが名付けたティンドラスと呼ぶべきか?
技能を使って視力を上げてみたが、まだ少し遠い。ちゃんと確認できないが2体のティンドラスは何かを追い回しているように見える。
動物──もしくは現地住民か?
どちらにせよ、奴らの凶行を見過ごすわけにはいかない。
しかし、ツバサたち神族の視力でも遠い距離だ。ツバサどころかトモエが全力で駆けつけたとしても、その前にティンドラスは獲物に追いつくだろう。
どうする? とツバサは思案するまでもなく閃いた。
悪魔的発想──これならミロとトモエに仕返しもできる。
羅刹の笑みでツバサは2人の背後へ忍び寄るように追いつくと、双方の頭をバスケットボールを持つみたいに鷲掴みにした。
2人が「え?」と間抜けな声を出す。
「いいか、ミロ、トモエ……この距離じゃ俺たちがどんなに急いでも間に合わない。だが、この距離を一瞬で詰める手段がひとつだけある」
説明しながらツバサは身体能力を上げる過大能力を使う。
腕力を限界以上に高め、ミロとトモエの身体を大きく振りかぶった。
この時点で、アホとバカも察しは付いたらしい。
「あれ、ツバサさん? この投球フォームは何? 猫の次はボール?」
「んんなッ? ピッチャー第一球? トモエたちを振りかぶって?」
「一足先に飛んでけ──弾丸娘どもッッッ!」
「「投げたアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァーッ!?」」
ツバサはミロとトモエをおもいっきりぶん投げた。
娘たちは初速で音速を突破した。ソニックブームによる大気の破裂音が鳴り響き、投げ飛ばされた2人の悲鳴がドップラー効果で聞こえてくる。
これでさっきの強制授乳の憂さ晴らしができた。
そして、ツバサの思惑通り──ウチの娘たちは転んでもタダでは起きない。
「きぃやあああぁぁぁーっ!? な、なんのこれしきぃぃぃーッ!」
音速で飛ぶと空気が粘性を増して重くなる。
重すぎる泥のような空気の中でも、ミロは根性で体勢を立て直す。そこから自身の飛行系技能で更に加速しながら神剣を抜き放った。
「ア、アタ、アタシは……ピンチをチャンスに変える女!」
「んんなああああぁぁぁーッ!? 速さならトモエに有利ーッ!」
ミロを見習ってトモエも音速の中で姿勢を整え、過大能力で超加速しながら愛用のパズルアームを速さに適したものに変形させていく。
「パズルアーム──噛み千切るもの!!」
柄の先端が鎖で繋がった双剣を構え、一直線に飛んでいく。
ティンドラスの長い舌が獲物に届く寸前──。
「「んんんああああああああああああああああああああああああーーーッ!!」」
ミロとトモエの気合いが重なる。
2人は超豪速でティンダロスたちに突貫していく。
次の瞬間──砂浜に大爆発が起こった。
人間大砲が2発、音速を超える速度で突撃したのだから当然か。
爆発によって舞い上がる砂塵の中、ティンドラスの肉片がバラバラに散らばるのを目視する。
それがミロやトモエが各々の武器で斬り飛ばしたものか、それとも2人が突っ込んだことによる衝撃によるものかは見当もつかないが──。
「よし、ほぼ計画通り」
ミロたちに仕返しもできたし、ティンドラスも仕留めることができた。
ただし、竜犬たちに襲われていた存在の安否は不明。
大方、爆発に巻き込まれたのだろう。
「……まあ、砂地だし打ち所が悪くても何とかなるだろう」
ツバサは冷や汗を一筋垂らしながら思う。
ごめん──やりすぎた。
爆発によって巻き上がった砂煙が収まる頃、ツバサも浜辺へと降り立つ。
そこで待っていたのはミロとトモエ──の足だった。
「どうよツバサさん、見た見た? アタシたち愛娘の勇姿を!?」
「んなあーッ! 超スピードで突っ込むの楽しい! もう1回やろ!」
2人は砂浜に頭から上半身を突っ込んだまま、下半身だけを出して足をバタバタとさせていた。まるで出来の悪いシンクロナイズドスイミングだ。
そもそもシンクロしてないし、とツッコでおく。
それにビキニアーマーなトモエはともかく、ミロなんてスカートがめくれてパンチラどころかパンモロのパンツ丸見えだ。
純白のショーツが白い浜辺よりも眩しい──遠い目で見つめる。
ここまで有り難みのないパンチラ(パンモロ)もないだろう。
「……ま、即興にしてはよく会わせたな」
上出来だ、とツバサは2人の足を掴んで砂浜から引っこ抜いた。
ツバサに逆さで宙づりにされたミロとトモエ。
それでもやり遂げた顔で、嬉しそうに微笑んでいた。
「さて、ティンドラスどもが何かを追いかけ回してたように見えたんだが……そこらへんに埋まってないか? 探してみてくれ」
3人で手分けして砂浜をキョロキョロ見渡すと、すぐにトモエが見つけた。
この娘、目端も利くようだ。
「ん、なんか埋まってるぞ……これ、ヒレ?」
トモエが見つけたのは、確かにヒレだった。
それも大きめの魚の尾びれのようだ。本体は砂に埋まっているが、ヒレはパタパタと動いている。まだ息はあるらしい。
トモエは無造作に尾びれを掴んで、大根のように引っこ抜く。
現れたのは──楕円形なシルエットの生物。
「んあっ……アザラシ?」
トモエが引っこ抜いたのは、海獣の一種であるアザラシだった。
大きさは女の子ぐらい、水族館で見るアザラシより大降りなサイズだ。トモエが抱えていると大きいぬいぐるみにも見える。
一見、微笑ましい光景に見えるがそれは大間違い。
アザラシを顔まで持ち上げたトモエは、半開きの口から涎をたらす。
「んな~ッ……肉は少なめだけど、美味しそう」
「──ッッッ!?」
言葉を理解したのか、小降りのアザラシは恐怖に身を震わせた。トモエの手から逃れようとジタバタ藻掻くが、彼女の怪力からは逃れられない。
そして、あろうことか──。
「たっ……食べないでくださぁ~~~いっ!」
──人語でそう訴えたのだ。
この幻想世界では会話における不自由はない。
発した言葉がどんな言語であれ、心を持つ者が一定の知性を有していれば、聞くだけで言葉を理解できる仕組みになっているらしい。
だからツバサたちの喋る日本語だろうと、ケット・シー特有の言語だろうと、口にしてしまえば共通の言語として耳に届けられる。
このおかげで意思疎通できていた。
(※文字にすると互いに解読不可能なので、フミカが解読中だ)
このアザラシ──もしかして現地住民か?
「トモちゃん待って! 食べちゃ駄目だよ!」
ツバサが止めるまでもなく、ミロがトモエの食欲にストップをかけた。
「生で食べるなんてお腹によくない! ちゃんとこんがり焼かないと!」
そう言ってミロは、すぐさま肉焼きセットを用意した。技能で起こした火力は丸焼きに適した強火で燃え上がっている。
「んなっ、そうだな! 上手に焼かないと!」
トモエは喋るアザラシをすぐさま火に掛けようとする。
「ひぃぃぃーっ! お願いですから食べないでくださぁぁぁーいッ!」
アザラシは知性を有した瞳から涙をこぼして懇願した。左右の鰭を手のように合わせて拝み倒している辺り、擬人化されたような動きだった。
ミロもトモエもわかってて悪ノリしている。
現にアザラシの声を聞いた時、2人とも目を丸くしたのだ。
「……おまえら、いいかげんにしなさい」
見るに見かねたツバサは、拳骨を落として2人に反省を促した。
~~~~~~~~~~~~
「あ、危ないところを助けていただき、ありがとうございました……?」
「うん、疑問系にしたくなるよな。わかるよ」
ツバサもアザラシが喋ったので呆気に取られ、ミロとトモエの悪ノリが酷くなるのを見過ごしてしまったので、そこは詫びておいた。
アザラシはペタンと砂浜へ這いつくばっている。
なるべく目線を合わせるべくしゃがむツバサたちと目線を合わせるため、太い首を持ち上げてこちらに顔を見せるようにしていた。
クリクリとした瞳にはしっかりした知性が見出せる。
「出会いこそ最悪だったが……俺たちは君に危害を加えるつもりはない」
君を食べる気もない、とちゃんと弁解しておいた。
ツバサが優しく接すると、アザラシの態度も少しだけ軟化する。
少なくとも逃げ腰ではなくなった。
その上でツバサは自分たちの素性を明かしていく。
「俺たちはまあ……神様みたいなものかな。君を襲っていた魔物を退治するぐらいの力は持っているつもりだが、まだこの世界には不慣れでね」
色々と話を聞かせてほしいんだ、と話し合いを持ち掛ける。
「さっそく聞きたいんだが……君はアザラシなのか?」
喋るアザラシ──そんな種族、アルマゲドンにいただろうか?
幻想世界のみの種族かも、とツバサは考えている。
「いえ、わたしはアザラシではなくて……」
するとアザラシはヒョコッと直立歩行になった。
その身体構造からはできるはずもないのに、ヒレだけで立ち上がると背筋をピンと正して、丸っこいお腹をこちらに見せている。
そのお腹が──内側から裂けた。
喉元に切れ込みが入り、まるでジッパーのように腹の下まで裂け目が伸びていくと、その裂け目から細い指がかきわけるように出てきた。
アザラシの皮を下から現れたのは──金髪碧眼の美少女。
「このような種族で……ヒレ族、と申します……」
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