上 下
76 / 533
第4章 起源を知る龍と終焉を望む龍

第76話:後始末~新しい家族

しおりを挟む



 その夜、ハトホルフリートはまだ幽冥街上空にいた。

 正しくは事故により幻想世界ファンタジアに転移した由明ゆうめい区──その跡地だ。

 既にアトラクアの女王がいた空間の裂け目は閉じており、空間の修復に巻き込まれた幽冥街は跡形もなく消え去っている。

 ただ、荒れた放題の更地が広るばかりだ。

 その中央に、慰霊碑が建てられていた。

 午後から夕方にかけて、ダインとフミカが建立したものだ。

 フミカがその分析能力アナライズで収集した、由明区に関するデータ。

 その中に区役所から回収したマイナンバーの資料があったので、当時この地区に住んでいた人々の名前が判明した。

 その名簿をダインが大きな石碑に彫り込み、慰霊碑として幽冥街の消えた跡地に据えたのだ。ちなみに2人が自主的に始めたことである。

 ツバサが提言するまでもなかった。

 こちらの意を汲んでくれた行動力には感心したものだ。

「本当、よくできた子供たちだ……」

 誰もいない夜の甲板から、ツバサは慰霊碑を見下ろしていた。

 時間はもう深夜帯。みんな寝入っている頃だろう。

 本当は──今日中にでもケット・シーの集落に帰るつもりだった。

 しかし、ダインやフミカが「せめてもの弔いに」という慰霊碑を作りたいと言い出したのもあるし、幽冥街での激戦にみんな疲れているのもあり、また1000㎞以上も移動するのは億劫おっくうになっていた。

 いくらハトホルフリートが高速飛行できたとしてもだ。

 そこで今夜は幽冥街跡地の上空にハトホルフリートを留めて、しっかり休息を取るために一泊することにした。要するに一泊分だけ休みにした。

 閉じた空間の裂け目の経過観察──という名目もある。

 過大能力オーバードゥーイングを使いすぎたミロは食事も摂らずに爆睡しており、マリナも幼さゆえに気疲れしたのか、夕食が終わるとすぐに寝入ってしまった。

 ドンカイやクロコも6日間の逃避行が響いているのか、夕食後に少し寛ぐと客間で就寝した。よく最後の戦いに加わってくれたものだ。

 念のため、クロコの部屋には外側から何重にも鍵をかけ、過大能力でも出られない厳重な結界を張り巡らせておいた。

 あのエロメイド──何をするか知れたものではない。

 疲労困憊でも夜這いとか掛けてきそうで怖いからという対処である。

 そして、フミカとダインは素直に寝ようとしなかった。

『幽冥街で入手した情報を夜通し分析するッス!』
『グレートダイダラスの修理と改造で徹夜じゃ!』

 慰霊碑を作った心掛けは褒めてやるが、おまえらも疲れているはずだから今日は寝なさい。そう説教したが生意気盛りは言うことを聞かない。

『気持ちはわかるが今日は寝ておきなさい』

 母親みたいな物言いになったが、まずは穏やかに諭した。

『大丈夫! わしらまだまだ元気じゃきにッ! 機械マシーンは眠らんぜよ!』
『そうそう、夜はこれからッス! それにほら、神族は睡眠不要だし!』

 言うことを聞かない生意気盛りの悪ガキども。

 ワガママを言う子供たちに、ツバサは愛のアイアンクローでしつけた。ミシミシと音を立てて頭蓋骨が軋み、その関節をズラすことで痛みを与えていく。

 頭蓋骨はひとつの骨ではない。

 複数の骨がパズルのように組み合わさったものだ。

 骨同士が強固に噛み合っているので滅多なことではズレないが、骨法や整体ではここに干渉して頭蓋骨のゆがみを直して身体の不調を整える技もあった。

 その逆も然り。やり方次第では頭蓋骨というパズルをバラせる。

『──いいから寝ろ』

『『イエス、マム! 顔面を割られる前に寝ます!』』

 誰がマムだ、といつもの合いの手は忘れない。

「……叱った俺が夜更かしするとはな」

 夕食の後片付けをした後、全員が寝たのを確認してツバサも眠ろうとしたのだが、どうにも落ち着かなくて眠れなかった。

 過大能力の連動──あの殺戮機械キリングマシーンと化した副作用なのかも知れない。

 気が昂ぶったままで、闘争本能が熾火おきびのようにくすぶっているのだ。

 とりあえず“セクメト・モード”と名付けたあの変化は、今後の切り札になり得るが、まだ扱いきれていない。

 最初に試した時、完全に理性が飛んでミロたちが大騒ぎした。

 そう──幽冥街に向かう前日のことだ。

 あの大爆発はツバサの暴走の余波である

 その後、道中でイメージトレーニングを繰り返したおかげか、理性を飛ばすことはなくなったが、やはり破壊と殺戮の衝動には抗いがたかった。

 トリムルティに対しても、やり過ぎた感は否めない。

 我ながら残酷な仕打ちをしたものだと反省する。

 笑顔で語り合った友を――この手で葬った。

 当人が願ったとはいえ、助ける術がなかったとはいえ、それしか方法がなかったとはいえ、ツバサは友人をこの手にかけたのだ。

 自分の掌を見下ろすと、微かな震えが甦ってくる。

『――ありがとう』

 よく聞こえなかったはずのジャガナート最後の言葉。

 それが今になってツバサの鼓膜を震わせる。掌をギュッと握り、唇を噛み締めて壮絶な苦味を堪えるような表情を隠しきれない。

「修行が足りないな、俺も……」

 ふとインチキ親父──師匠に笑われたような気がする。

『修行が足りてる人間なんざこの世にいやしねぇよ』

 みんな──何かが足りねえのさ。

『その足りない何かを、人間は一生求めるようにできてんだる……どうせ、いつかはくたばる。なら、それに生涯を賭けたっていいだろ?』

 おまえが求めるのは何だ?

 誰にも負けない強さか? 絶対無敵の力か?

 それとも──。

「家族、って答えたんだっけ……」

 ちょうど家族を失い、ミロに救われた頃の問答だから当然だ。

 あの時、師匠はなんと言って笑ったのか?

 恥ずかしい記憶のせいか不明瞭だ。ちゃんと思い出せない。

 甲板の上、夜風を浴びながら取り留めのない思いが浮かんでは消えていく。

 上空500mぐらい、眼下を一望できる高さだ。

 神族の肉体に夜風など毒にもならないが、人間だった頃を思い出すのかほんの少し身をすくめる。浴衣の寝間着姿だから尚更だ。

 そろそろ戻るか、ときびすを返した時──視界の端に何かが映った。

 甲板の端にトモエが座っていた。

 無言で夕飯のマンガ肉を食い散らかした後、何も言わずに客間で眠ってしまったかと思えば、いつの間にかこんなところにいたらしい。

 ツバサは気配も足音も隠さず、トモエに近寄っていく。

 彼女も戦士としては一流だ。こちらの気配に気付いているが振り向きもしない。
 一心に幽冥街の跡地を見つめていた。

「……眠れないのか?」

 ツバサが柔らかく声をかけると、トモエは素直に答えた。

「眠ったら起きた……でも、まだ朝じゃなかった」

 それだけ、とトモエは前を向いたままだ。

 トモエの視線の先には例の慰霊碑があった。

 その慰霊碑の近くには、大小いくつかの墓標らしきものが並んでいる。

 シズカ──それにゼガイ姉弟や、何人かのニンゲンモドキのもの。

 トモエの話を聞いたダインとフミカが貰い泣きで作った墓だ。

 ニンゲンモドキの分はクロコやドンカイが手に掛けた者を、フミカが調査した範囲で判明した分を2人が頼んで作ってもらったものだ。

 そして、ゼガイ姉弟の分は──ミロが言い出した。

 どうしてだ? というツバサの問いにミロは一言。

『なんか……身につまされたから』

 それだけしか答えなかった。彼女なりに思うところがあったらしい。

 ミロは情の深い女だ。

 ゼガイ姉弟は、謂わばジェネシスの被害者とも言える。積み重ねてきた罪は帳消しにできないが、幾ばくかの同情を寄せるくらいは許されるだろう。

 トモエが見ているのはシズカの墓のみ。

 ツバサはトモエの横に座った。

 トモエはミロのお下がりなパジャマであぐらをかいて座っているが、ツバサは浴衣なのでそうはいかない。女性の身体で浴衣を着てあぐらをかいたら、酷い絵面になってしまう。

 女って面倒、そう思いながら正座でトモエの横に並ぶ。

「友達のこと……忘れられないよな」

 何気なく口にしただけでトモエは涙ぐむ。

 本当に仲が良かったんだな、という2人の仲が窺える。

「きっと、ずっと、忘れられない…………忘れたくない」

「それでいいさ。忘れることはない」

 でも──ツバサの同意を打ち消すようにトモエは呟いた。

「ずっと……シズカちゃんのこと考えているのもいけない、そう思う。けどトモエ、シズカちゃんのことしか考えてなかったから……」

 他に何もない……トモエは悲しげに打ち明ける。

 シズカのことばかり考えるが、彼女に囚われるのもいけない。

 それを自分なりに気付いたらしい。

 この娘もミロ同様、物事の本質を見抜くのに長けている。

 だが──失ったものが大きすぎた。

 大切な友達を失い、あまつさえ自分の手で殺したのは彼女にとって重い枷となっていた。また、約束を果たしたことが新たな問題を生んでいる。

 いわゆる燃え尽き症候群というやつだ。

 シズカの願いを叶えるため、トモエは今日まで頑張ってきた。

 単細胞なトモエのこと、そればかりを思い詰めてきたのだろう。

 それを達成してしまったら──彼女には何も残らない。

「もう、現実にも帰れないって聞いた……お父さんやお母さんにも会えない、2人のことも心配……シズカちゃんのこと終わったら、色んなことが頭の中に浮かぶのに……全部、心の中の大きな穴に吸い込まれて……ぽっかりしちゃう……」

 トモエはようやくツバサへと振り向いた。

 大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、泣くのを我慢しているのか下唇を突き上げて富士山みたいな形にし、ヒックヒックとしゃくり上げている。

「ツバサお兄さん・・・・……トモエ、どうしたらいい……?」

 昼間、小一時間かけて調教した賜物たまものか、お兄さんと呼んでくれた。

 それは嬉しいことだが、今はどうでもいい。

 お兄さんと呼ばれたものの、ツバサは女の武器を使う。

 泣きべそをかくトモエをそっと抱き寄せると、その大きな乳房で包むように抱き締めてあげた。小さな背中に手を回して、撫でるように軽く叩いてやる。

「焦らなくてもいい──ゆっくり考えるんだ」

 トモエを無理に忘れなくてもいい。

「大好きな友達だったんだろう? なら、彼女のことでまだまだ思い悩んだっていいじゃないか……急いで振り切ろうとすることはない」

 やりたいことや新しい目標だって──いずれ見つかるはずだ。

「今はまだ、心の整理が追い着いてないんだよ」

 楽しいことも面白いことも、そのうち受け入れられるようになる。

 お父さんやお母さんも心配ない、きっと大丈夫だ。

「その心に空いた大きな穴も、いつか埋まってくれるさ……それまで、ずっと俺が……俺たちが傍にいてやるから、何も心配することはない」

 ゆっくり──前に進めばいい。

 トモエはツバサの胸に力いっぱいしがみつくと、谷間に顔を埋めておっぱいを防音のクッション代わりにしてワンワン泣き始めてしまった。

 感極まった泣き声は音波兵器のようで、ツバサの敏感な胸はジンジンする。

 こんな場面だというのに、喉の奥から変な声が漏れそうだ。

「トモエェ……ツバサお兄さんと会えて良かったぁ!」

 涙と鼻水でグチャグチャの顔を上げ、トモエは感謝を告げてくる。

「ツバサお兄さんに会えなかったら……ひっく、えっぐ、シズカちゃんに負けっぱなしで、絶対に勝てなかったぁ……うぁぁあっ……ツバサお兄さんのミルクとか、過大能力オーバードゥーイングのこと教えてくれなかったら……勝てなかったぁっ!」

 シズカちゃんを助けてあげられなかった!

 辛かったろう、苦しかったろう──ツバサはトモエの心中を察する。

 だから、ツバサはせめてこの慈母の権化みたいな肉体で、トモエの悲しみを受け止めるように抱き締めてやることにした。

「……ひっく、うっく、ひぃ……あ、ありがとう、ツバサお兄さん」

 その一言が何よりの報酬だった。

「俺は何もしてないよ。頑張ったのはトモエ──おまえだ」

 よく頑張ったな、とツバサはトモエの頭を抱え上げて、頬を重ね合わせように抱きながら、彼女の耳元で慰めるように囁いた。

 トモエはまた大声で泣いた。

 今度は胸に顔を埋めていないので、泣き声が甲板に響き渡る。

 その夜、ツバサはトモエの気が済むまでつき合ってやった。

   ~~~~~~~~~~~~

「……何のつもりだ、クロコさん?」

 翌日──ハトホルフリート艦橋。

 ぐっすり休養を取った一行は朝食を済ませると、「さあ帰ろう!」と帰り支度を整えて艦橋に集まった。ツバサたちは所定の位置についたが、客分であるクロコ、ドンカイ、トモエは定位置の場所がない。

 適当に座ってくれ、とツバサが言いかけた矢先のことだ。

 クロコが──ツバサの前にひざまづいたのだ。

「御覧の通り、ツバサ様とミロ様に臣下の礼を取っております」

 艦長席に座るツバサにはミロが抱きついている。

 クロコは2人を主人あるじと認め、メイドとして仕えたいと言うのだ。

「いや、仲間になりたいのなら普通に言ってくれればいいのに……」

 何故メイドにこだわる? とツバサは訊いてみた。

 メイドが跪く姿はいささか奇妙に思えるが、クロコは跪いたまま胸に手を当てて眼を伏せる姿勢を崩さない。王に忠誠を誓う騎士のようだ。

 ツバサの問いに、クロコは説明する。

「ミロ様、マリナ様、ダイン様、フミカ様……皆様にお伺いしました」

 皆様──ツバサのお子さまだと。

「……あー、うん。不本意ながら言い張ってるな」

 ミロとマリナは許容するが、本音のところダインとフミカは弟分と妹分くらいに留めたい。どちらも17歳というから後輩みたいなものだ。

 なのに、この2人まで「自分たちもツバサの子!」と主張する。

クロコアンタまで子供になるとか言い出したら張り倒すぞ?」

「はい、さすがにそれは差し出がましいかと……私も直にアラサーの身の上、本気でツバサ様に怒られることは想定済みでございます」

 ですが、とクロコは伏せた視線を持ち上げる。

「私もハトホルファミリーの末席に加えて頂きたいのです」

 彼女の瞳は澄み渡り、聖女のような尊ささえ感じられた。

 しかし、その純粋さは『エロス!』のみを磨き上げたものかも知れない。一途に思うことが純粋ならば、エロスでも澄んだ瞳になりうるだろう。

 悪い人間ではない──面倒見も良くて世話焼きで仕事ぶりは有能。

 そして、良くも悪くも裏表がないのは認めよう。

 おかげで建前というものを知らない。

 いつも本音で「ツバサ様とミロ様がイチャイチャしているところが見たいです! あわよくば混ぜてください!」と公言してはばからないのだ。

 エロ目的でツバサたちに執着しているのは自他共に認めている。

「だから、メイドとして加わりたいと……?」

 その傍迷惑はためいわくな下ネタに特化した性格さえなければ是非とも欲しい。

 過大能力もしかり、彼女は逸材いつざいだった。

「メイドが駄目というのなら、肉奴隷でも雌奴隷でも穴奴隷でも……」
「ストーップ! わかった、メイドでいいからッ!」

 こいつ、油断すると口から何が飛び出すか分かったものじゃない。

「じゃあ、クロコさんもハトホルファミリーの一員ね」

 メイドさんとしてよろしく! とミロは気軽に迎え入れてしまった。

「ありがたき幸せ、骨身を惜しまず皆様に尽くす所存にございます」

 クロコは立ち上がるとツバサとミロに深々と一礼し、マリナたちにもスカートの裾を摘みながら頭を下げ、自らのヒエラルキーを露わにした。

 しかし、クロコは──腹に一物を隠している・・・・・・・・・・

 エロ目当てなのも嘘ではないが、まだ明かしていない本音があるはずだ。

 ツバサの洞察力はそれを見透かしていた。

 何を企んでいることやら……とはこっそり嘆息する。

「では、さっそくメイドとしての仕事を……洗濯室はどこでしょうか? 皆様の下着を嗅……いえ、丁寧に手洗いしてこようかと思います! 特にツバサ様のブラジャーとか! 香しいミルクの香りがしそうなブラとかッ!」

「おまえ、艦橋ここから動くな。洗濯は俺がやる」

 やっぱりエロだけか? ツバサの考え過ぎか?

 ツバサが眉間を寄せて艦長席にもたれてかかると、クロコの脇からドンカイが歩み寄ってきた。彼も仲間になる件について話があるようだ。

「ツバサ君──クロコ君ではないが、ワシも仲間に加えてもらいたい」

 そこでだ、とドンカイも話を切り出してくる。

「昨日、君に預けていたものをワシに下げ渡してくれ・・・・・・・

「預けていたもの……ああ、あれですか」

 昨晩、ドンカイがツバサに「預かってくれ」と渡してきたものがある。

 小さな円盤状のもので懐紙かいしに包まれていた。

「えっと……これですよね?」
「どこに仕舞っとんじゃワレェ!? む、胸の谷間って……ッ!」

 最近、小物は谷間に仕舞うのがマイブームだ。

「預かっといて何ですけど……なんですかこれ?」

 しかも返すのではなく、“下げ渡してくれ”とはどういう意味だろうか?

「開けてみるといい。それでわかる」

 懐紙を開けてみると現れたのは──朱塗りのさかずきだった。

 ツバサはドンカイの意図を理解した。

 こちらが反応する前にドンカイはニヤリと微笑み、ツバサの手から盃を半ば強引に取り上げると、その場にドカリと腰を下ろして懐から酒瓶を出す。

 盃に手酌で酒を注いで、一気に飲み干してしまった。

「かなり端折はしょったが、これで親分からの盃を授かった。ワシもハトホルファミリーの一員。君たちの盾となって戦うことをここに誓おう」

「親方! なんでそこまで……ッ!?」

 思いも寄らないドンカイの行動に、ツバサも動揺を隠せない。

 気持ちだけでもありがたい。共にいてくれるだけで頼りになる。

 そんな出来た大人のドンカイが仲間になってくれるだけで大歓迎なのに、クロコのように家来という形にこだわるのが理解できなかった。

「そんな顔するでない。美人が台無しじゃぞ」
「誰が美人ですか……」

 戸惑うツバサにドンカイは淡々と説いてくる。

「そう深刻に受け止めんでもええわい。ワシのはクロコ君と違って形だけじゃ。このハトホルファミリーという集まりのトップは君じゃ。ワシはその傘下に加わりたい……その礼儀だと思ってくれればいい」

「でも、親方……角界の頂点に立ったあなたが……」

 本当に律儀じゃな、とドンカイは大きな口を開けて笑った。

「そりゃ土俵の上の話じゃ。ワシは人の下につくことにそこまでこだわりはない。それにな……戦うことしか能のないワシじゃ。君らを守って戦えるのなら、戦士として力士として、これに勝る喜びはない」

 というわけでひとつ──これからよろしく頼む。

 ドンカイは座ったまま、大きな拳で床に手をついて頭を下げた。

「……盃まで用意した、あなたの方がよほど律儀ですよ」

 なんだか気が抜けたツバサは、艦長席からずり落ちそうになった。

「あ、そーだそーだ」

 そんなツバサに抱きついたまま微睡んでいたミロが、不意に起き上がったかと思うと艦橋の窓から外を眺めていたトモエを大声で呼ばわる。

「トモちゃーん! トモちゃんはツバサさんの娘になるってことでOKー?」
「おいおい、トモエは別にそんなの……」

 トモエはこちらに振り向き、コクンと力強く頷いた。

「うん──トモエ、ツバサお兄さんの子になる」

「トモエさんそれ本気!?」

 ツバサは思わずトモエをさん付けで呼んでしまう。

 昨晩、散々なくらい甘やかたのは認めるし、彼女も仲間に加わってくれるだろうという予感は確かにあった。

 だからって──彼女まで娘になるとか言い出すか普通!?

 トテトテと昨日までの俊足が嘘みたいな子供じみた足取りでツバサの元にやってくると、ミロの反対側からツバサに抱きついてきた。

「トモエ、ツバサお兄さんに救われた。ハトホルミルクも大好き。だから、これから親孝行のつもりで恩返しする! お母さんみたいに尊敬する!」

 トモエも娘になる! と力強く宣誓した。

「やったねツバサさん♪ ハーレム要員が増えるよ!」

 ミロ、マリナ、フミカ──そして、トモエで4人目。

 ダイン? あれは息子だからハーレム(娘)にはカウントされません。

「俺がお母さんで……娘だらけのハーレムなんて……なんて、なんて……ッ!」

 お断りだ! ときっぱり断言できなかった。

 男としてハーレムは大歓迎だし、母として娘が増えるのは嬉しい。

「だけど……なんか……求めるものと違うっていうか……」

 ツバサは男心と母心のせめぎ合いに頭を抱えるが、ミロはまったく気にすることなく艦長席から降りると、元気よく手を振り上げて号令を出す。

「さぁて! 新たなファミリーが3人も増えて凱旋がいせんだ! 猫ちゃんたちの待つニャンニャンランドに帰るよー! ハトホルフリートはっしーん!」

 船は一路、空を駆けて帰途に着く。

 その艦長席でツバサは頭を抱えたまま叫んだ。



「やっぱり……なんか違ぁぁぁぁぁぁーーーうッ!?」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

新しい自分(女体化しても生きていく)

雪城朝香
ファンタジー
明日から大学生となる節目に突如女性になってしまった少年の話です♪♪ 男では絶対にありえない痛みから始まり、最後には・・・。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

処理中です...