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第3章 彼方に消えしは幽冥街
第75話:彼方に消えしは幽冥街
しおりを挟む幽冥街、中央区画──そこは焦土と化していた。
かつて塔の如く聳えていたジェネシス支社のビルは倒壊。燃え盛る瓦礫を歯牙にも掛けず暴れるは、異次元より侵攻せし蕃神の女王。
蜘蛛の皮をかなぐり捨て、より凶暴な蟷螂の鎧を得ていた。
空間の裂け目を押し広げたのか腹部が3分の1ほど地面から迫り出しており、それはドーム球場のように巨大だった。
地上に出ている上半身だけでも60mを越えているというのに、その巨体よりも長く伸びた腕を振り回し、大鎌となった指が辺りを薙ぎ払う。
まるで地獄の底から這い上がろうとする魔女の如しだ。
相対するは──大巨神王グレートダイダラス。
こちらも身の丈を超える大太刀を得物とし、両肩には特大キャノン砲を担いで、他にも様々な追加武装を呼び寄せては装着している。
もうパーフェクトグレートダイダラスとか呼びたくなる外見だ。
その状態にまでグレードアップしたダイダラスは、蟷螂の女王と互角の戦いを繰り広げていた。しかし、倒しきることは難しそうだ。
「ダイダノダチ──国崩し斬りッ!」
元々蛇腹から変形していたダイダラスの大太刀が、蛇腹を限界にまで伸ばした上で横にも刃を広げ、100mを超える長大な刀身へと変化した。
刀身は金色のオーラに覆われ、その形を固定する。
こうなるとダイダラスでも重いのか、反動をつけてから遠心力も利用して大きく振り上げつつ、ジェット噴射で勢いをつけて蟷螂の女王に斬り掛かった。
「こいで……往生せいやぁぁぁあああぁぁぁぁぁーッ!」
剛刀一閃──蟷螂の女王にお見舞いする。
今まで断ち切れずにはね返されていた女王の脚の4本も斬り落とし、返す刀で斬り上げると、その長く伸びた右腕を叩き斬った。
二の腕辺りから切断され、蟷螂の女王は悲鳴じみた鳴き声を上げる。
「どうぜよ! これでちったぁ……おがあああぁぁぁーッ!?」
大ダメージを負わせたとダインが油断した一瞬、女王の断たれた右腕がグレートダイダラスを叩き倒した。大鎌のような指が装甲に鉤裂きを作る。
蟷螂の女王は斬られた右腕を左手で掴み、それを武器としたのだ。
そして、二の腕の切断面に左腕を押しつける。
紫色の粘液が泡を吹き、すぐにでも癒着させようとしていた。
いや、見る間に接合して神経まで繋がったのか、刃物状の指先をガキンガキンと打ち鳴らすように指の動きを確認していた。
「あがががが……頑丈さに加えて、再生力も段違いになっちょるんか!?」
「女王に限った話ではありません」
グレートダイダラスの肩にはクロコが控えている。
ダイダラスが女王との戦いに専念しやすいように、メイド人形部隊を指揮してアトラクアの群れを駆除するのだが、それにも手こずっていた。
メイド人形たちは昨夜、ダインから大量の火器を供給されたので部隊としての制圧力は上がっているのだが、蜘蛛たちもまた強化されていた。
女王の秘蔵っ子たちは、象並みの大きさに餓狼のような獰猛さだ。
大挙して押し寄せてくるため数の暴力もある。
メイド人形部隊も大隊規模(約500名ほど)で出撃しており、メイド服姿で重火器を武装しながら砲火をばら撒いているのだが、引きも切らないアトラクアの大攻勢には多勢に無勢が過ぎた。
彼我の戦力を冷徹に見極めたクロコは悔しげに事実を述べる。
「侮りがたし異次元からの侵略者……こちらが劣勢です」
「ハハハーッ! 今頃になって己らの貧弱さを思い知ったか!」
自分は大したことをしてないくせに、ゼガイはさも自分の功績のように威張りくさっていた。顔こそまだ人間だが、その肌は完全にアトラクアのものだ。
蜘蛛の脚みたいな手で宝杖を規則的に動かす。
それは破壊系魔法の発動させ、いくつものエネルギー球を発射する。
「貧弱なのはおまえだけだ、このシスコン魔法使い!」
クロコやダイダラスに届く前に、ミロは神剣と聖剣でそれらのエネルギー球を打ち返した。1発はゼガイに、他のはアトラクアたちへの迎撃に使う。
しかし──クロコの言う通り、ミロたちは押されている。
ツバサが三位一体を片付けて駆けつけてくれるのを待っているのだが、あちらも手こずっているらしく、なかなかやってくる気配がない。
無い手は頼るな──ツバサさんによく言われた。
ツバサの応援が望めないのなら、ミロたちだけで女王の侵攻を食い止めるより他にない。ダインもクロコも死力を尽くして戦っている。
ならば、ミロも全力を出さざるを得まい。
「ぶっつけ本番こそ女の花道──見さらせッ、ミロ様の超絶パワーアップッ!」
ミロは両手にそれぞれ握った神剣と聖剣を、高々と頭上に掲げる。
「ミロスセイバー、オーバーロード!」
神剣に自身の過大能力を発動させ、剣身に力ある光を宿す。
「ウィングセーバー、オーバーロード!」
聖剣にも過大能力を連動させると、剣身は稲妻をまき散らし、雷を放ち、火を噴いて、風を巻き起こす。ツバサの【偉大なる大自然の太母】の力の現れだ。
その聖剣ウィングセイバーが──変形した。
刃を正中線に剣身を左右にスライドさせて分かれると、それは更に四つのパーツに分解し、ミロの手を離れて鍔や柄まで分解する。
変形した聖剣は引き寄せられるように、神剣へ覆い被さっていく。
聖剣は神剣を後ろから抱き締めるように合体する。
「そう……ツバサさんがアタシを抱き締めるように!」
「いやー、ミロ嬢ちゃんの注文通りに改造すんの骨折れたぜよ」
ダインがダイダラスの口でぼやいた。
神剣と聖剣の合体を果たした──神聖剣ともいうべき大剣。
それを右手で誇らしげに掲げるミロ。
「今、2人の力をひとつに──……………………ッッッ!?」
2つの力が重なった瞬間、ミロを異変が襲った。
想定ではミロの過大能力をツバサの過大能力でブーストさせることにより、いつもより攻撃力&破壊力を倍増させるという単純なものだった。
なのに──これは違う。
ミロの過大能力にツバサの過大能力(正確には、聖剣に嵌められた龍宝石に込められた力)が過干渉しており、ミロ自身の力を何倍、何十倍、何百倍にも膨れ上がらせようとしていた。
その膨張率は留まるところをしらず、力の激増が止まらない。
ミロの過大能力──【真なる世界に覇を唱える大君】。
その能力はミロが発した言霊のままに世界を改変させるもの。
しかし、いくら神族とはいえミロ個人の能力。自ずと限界がある。
その限界が──なくなろうとしていた。
今なら真なる世界を根幹から変えられる。それほどの絶対的パワーがミロの内側で渦巻いていた。抑えきれない力の膨張にはさすがに戸惑ってしまう。
きっかけは他でもない──ツバサの力とミロの力、その合体だ。
こういうのは何と言っただろうか?
「そう、だ……触、媒……」
ツバサの力が触媒となり、ミロの力を爆発的に増幅させていた。
劇的な力の膨張──その凄まじさに心臓が止まりそうになる。
ミロの力が増大するにつれ、神聖剣にも変化が生じた。合体変形した状態から更に姿を変えて、ミロの身長を超える大剣となってしまったのだ。
「そ……そがいな改造、わしゃやっちょらんぜよ!?」
これにはダインも目を丸くして驚いた。
しかし、ミロはそれどころではなかった。
ドクン! という心臓の鼓動を最後に、ミロの動きは止まってしまう。
喋ることはおろか身動ぎひとつすることができない。
暴発しそうな超パワーを抑え込むので精一杯だった。
「ハッハッハッハッ! どうしたアホ娘!? 隙だらけではないかーッ!」
大剣を掲げたまま動かなくなったミロをゼガイがあざ笑う。その嘲笑にミロの眉がピクリと釣り上がる。
刹那──ゼガイの半身が消え、蟷螂の女王の胸に風穴が空いた。
「はぁ…………ッ!? な、なにを、したあぁぁぁーッ!?」
──ふしゃあああああああああああああああああああああああああーッ!?
理解不能の出来事に、姉弟は喉を掻きむしるような絶叫を上げた。
ゼガイは右上半身を抉り取られたように消えており、蟷螂の女王は胸にトラックでも通れそうな大穴が背中まで貫通していた。
斬られたのではない。跡形もなく消えている。
まるで存在ごと否定されように、肉片の痕跡すら残っていない。
ミロが大剣をちょっと突いただけで──そうなってしまった。
おかげで体内で膨れ上がるのを止めない無尽蔵のパワーを少し逃がせたが、これで力を全解放することもできないと理解する。
そんなことをすれば──この辺り一帯が幻想世界から消えてしまう。
幽冥街など塵も残らないはずだ。
ゼガイや女王も、この世界から消し去る自信があった。
だが、それは──この街にいるツバサたちまでも消し去ることに繋がる。
この力には我ながら見境がない。
解放した瞬間、ミロ以外のすべてを消滅させるだろう。それだけでも認められないのに、下手をすれば次元の壁まで壊しかねない手応えを感じていた。
最悪の場合、超巨大な次元の裂け目を開いてしまいそうだ。
「ダ、メ…………出てきちゃ……だめ……ッ!」
ミロが必死に自分の力と戦っている最中──彼らが動いた。
「ダイン様、好機到来です!」
「応よメイドさん! ちょい下がっちょれッ!」
グレートダイダロスは中破した機体に鞭打つと大太刀を再び巨大化させて、蟷螂の女王に飛び掛かるように斬りつける。
「もっぺん……ダイダノダチ、国崩し斬りぃぃぃーッ!」
巨大ロボットの必殺技は、今度こそ急所に決まった。
大太刀は女王の腕をすり抜け、その複眼が目立つ頭部を2つに割る。喉元まで切り分けられた女王は紫色の液体で泡立つ悲鳴を迸らせる。
──ふぎゃぅぅぅああああああじゃあぁぁぁぁっーーーッッッ!?
さすがにこれは致命傷だったのだろう。
途端に蟷螂の女王は威勢を失い、その巨体を地面に沈ませ始めた。
当然、ゼガイは泣き喚いて大いに狼狽する。
「ね、姉さぁぁぁぁん! いやだぁぁぁ……姉さん姉さん姉さぁぁぁん!?」
ゼガイは悲痛な声で何度も姉を連呼する。
これに応えたのか──女王の割れた頭が前へと傾いだ。
姉弟ゆえに絆なのか、その些細な動きからもゼガイは姉の機微を悟った。
「姉さん……まだ、大丈夫なの……戦う、っていうの……?」
──ぜぇぇぇ……があぁぁぁぁ……いぃぃぃぃぃ…………。
荒々しい呼吸だが、言葉としても受け取れる女王の吐息。
どことなく優しげな響きも含まれている。
そして、弟に呼び掛けているようにも聞こえた。
「そう……わかったよ、姉さん」
それを聞いたゼガイは、複眼から涙を流して頷いた。
ゼガイは宙を飛んで彼女に近付いていく。
「うん、そうだね……再会できた時、こうすれば良かったね……」
ゼガイは女王の元に来ると、ミロによって開けられた風穴に寄り添う。彼の傷口から紫色の体液があふれ、女王の風穴と癒着していく。
「ずっと、一緒だよ…………マキナ姉さん……」
ゼガイは──姉である女王と一心同体になった。
彼から魔力や技能を供給されたのか、女王はゆっくり力を増していく。ダイダラスに断たれたはずの顔さえ、少しずつ再生していった。
蟷螂の女王は慟哭のような叫びを上げる。
新たなる力を歓迎するものか、弟を犠牲にして生き存えた嘆きか、それとも愛する弟と本当の意味でひとつになれたことへの歓喜か──。
女王の気持ちはわからないが、その慟哭は悲喜交々といった感じだ。
なんだろう──身につまされる。
彼らの姿に自分とツバサの関係が重なり、ミロの胸はモヤモヤした。
だが、そんな情景など幻のようなもの。
蟷螂の女王は一転、すぐさま威圧的な鳴き声を上げた。
──ふしゃああああああああああああああああああああああああんッ!!
その複眼は深紅な攻撃色に染まり、ダイダラス、クロコ、ミロを憎々しげに見据えていた。彼女は紫の血涙を流して咆哮を上げる。
ミロたちに報復するべく、渾身の力で両腕を突き伸ばしてきた。
癒えた右腕はミロを、左腕はダイダラスごとクロコまで狙う。
必殺技直後の硬直でダイダラスは満足に動けず、クロコのメイド部隊による迎撃も追いつかない。ミロも自分の力を抑え込むだけで何もできなかった。
万事休す──ミロは見開いたままの瞳で涙ぐむ。
「──させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッッッ!!」
乱入してきたのは──ツバサだった。
髪の毛を黒と赤のまだらに染めて、顔にうっすら赤い線を引いたまま、怒号と共に彗星のような速さで飛び込んできたのだ。
ツバサは勢いに任せて蟷螂の女王の両腕に激突すると、腕力に任せて左腕を拳で殴り砕き、右腕は跳び蹴りでへし折ってしまった。
いつものツバサらしくない、破壊を楽しむような荒々しさだ。
女王に深手を負わせたツバサは、空中を急旋回してミロのところにまで戻ってくると、今度はミロの右足を無造作に掴む。
「異次元の蕃神! 俺たちの世界ででかい顔してんじゃねえええーッ!」
いつになく怒り狂っているツバサの魔獣のような怒声。それを聞いたミロは力に飲まれかけた意識から我を取り戻すことができた。
ツバサに足を掴まれている。
昨日、トリムルティと戦った時の二心同体を思い出した。
ツバサが何を考えているか──言葉に頼らずともわかる。
ミロは内なる力を細心の注意を払ってコントロールしつつ、ツバサの動きに呼応しようと神経を集中させる。ツバサはミロを武器のように取り回す。
「ミロッ! やっちまえええええええええええええぇぇぇーーーッ!!」
「ああああああああああああああああああああああぁぁぁーーーッ!!」
気の利いた掛け声など思いつかない。
ただ、普段よりも気性が荒くなっているツバサに呼吸を合わせ、わけもわからず吠えることしかできなかった。
そのまま、ツバサに全身全霊を委ねる。
ツバサがミロごと大剣を袈裟懸けと逆袈裟に振りかぶった。
その瞬間、ミロは内なる力を解放する
×の字の斬撃は──蟷螂の女王を4分割に斬り裂いた。
蟷螂の女王の断末魔が幽冥街に響き渡る。
彼女の胸の穴を塞いでいたゼガイが、驚愕の視線で2人を見つめていた。
「この力は……よもや小娘、おまえが……いや、その爆乳女……いいや、違う……まさか、そんなことが有り得るのかッ!?」
おまえたちが──内在異性具現化者かッ!?
その言葉を最後に、女王諸共にゼガイもまた倒れ伏していった。
これで終わり、というわけにはいかない。
ミロにはまだ大役が残っている。
ツバサはミロを振り回した後、腰に手を回して左脇に抱え直す。
両手に大剣を握るミロにツバサも手を重ねると、その大剣をもう一度だけ頭上へ掲げるように促した。ミロはツバサの意図を理する。
空間の裂け目を閉じろ、とツバサは指示しているのだ。
まだ意識がぼやけているが、ミロは口上を唱える。
「──この真なる世界を統べる大君が申し渡す!」
重ねて──ツバサも口上を述べる。
「──この真なる世界を育む母神が申し付ける!」
ミロの力にツバサの力が重ねられる。
すると、先ほどまで言うことを聞かなかった内なる力の膨張が、嘘みたいに大人しくなった。それどころか、更に力を膨れ上がらせることも可能となり、そのすべてがミロの意のままになってくれた。
ツバサさんが──ミロを強くしてくれる!
聖剣の力を合体させた時の不具合は、ミロ1人でやろうとしたからだ。
ミロだけじゃダメなんだ、ツバサさんが一緒じゃないと!
世界を丸ごと変えてしまう超パワー。
2人じゃないと──この絶対的な力は使えない。
大剣から閃光が迸り、黄金の柱となって天の彼方まで突き上げる。幻想世界の果てまで届きそうなそれを、ミロはツバサと一緒に振り下ろす。
「「──二度とこの世へ出てくるなッ!!」」
そう、まるでウェディングケーキへの入刀のように──。
~~~~~~~~~~~~
「……………………うっ、ここ、は……?」
目を覚ましたツバサが感じたのは、異様な身体の重さだった。
瞼も糊付けされたみたいだが、どうにかこじ開けるとマリナの顔が見えた。泣き顔を腫らして何かを言っているが、よく聞こえない。
「……ッ! センセイッ! センセ……良かった、目を覚ましました!」
眠気が取れて意識がはっきりすると、ようやくマリナの声が耳に届いた。
どうやら身体の重さは、彼女が乗っかっていたせいらしい。
「ここは……どこだ? ッ!! そうだ、ミロは……ッ!?」
ガバリ、とツバサが身を起こせば──ミロは傍らにいた。
マリナがツバサの胸の上に乗っかり、ミロはツバサの腰に抱きつき高いびきで眠り込んでいた。娘2人に乗っかられたら寝苦しいわけだ。
キョロキョロと見回せば、そこはハトホルフリートの艦橋だった。
ツバサは艦長席の後ろに倒した寝椅子に寝かされていた。
「ほら、やっぱりちょっと意識を失ってただけッスよ」
「みたいじゃな。しかし、様子が変じゃったんでちくっと焦ったぜよ」
右手ではフミカとダインが心配そうにこちらを見守っていたが、ツバサが顔を向けると安堵の表情を浮かべてくれた。
「気がついたか、ツバサ君」
「……親方」
左手にはドンカイがおり、彼は泣き疲れたように眠るトモエを猫みたいに片腕に抱えていた。その横にはクロコがメイドらしく控えている。
「……何があった。戦いは、どうなった?」
マリナとミロを抱きかかえながら、ツバサは上半身を起こす。
ふと髪を気にすれば──元の黒髪に戻っていた。
殺戮衝動も収まっているので、ツバサは内心ホッとする。
本音のところ、結末はなんとなく覚えている。だが、セクメトと化して暴れた頃から曖昧なので詳細が知りたい。
「ご安心ください、ツバサ様──我らの勝利にございます」
クロコは礼儀正しく頭を下げた後、事細かに戦いの流れを報告してくれた。
ミロの神聖剣で蟷螂と化した女王を斬ったこと。
女王と同化したゼガイも一緒に葬ったこと。
ツバサとミロが共に空間の裂け目を閉じたこと──。
その後、2人とも一緒に気を失ったので、ダイダラスが船まで運んで来てくれたという。クロコも手伝ったというが……変なコトしてないだろうな?
「空間の裂け目は……完全に塞がったのか?」
「それなんスけどね……」
フミカが言いにくそうに艦橋のメインモニターをONにする。
そこに映し出されたのは──幽冥街の現状だった。
ツバサたちの激闘によって街は完全が崩壊しており、激戦を物語る黒煙に煙るのは瓦礫に埋もれる廃墟だけだった。
そして、空間の裂け目も──まだ健在だった。
「なっ……アトラクア共が!?」
地割れのような空間の裂け目は露わになり、徐々に閉じようとしている。
だが、ツバサとミロが斬り裂いた女王の残骸が挟まっていて、それがつっかえ棒の役割を果たしていた。しかも、アトラクアたちが故意にやっている。
女王の残骸で支えつつ、蜘蛛の糸を吐いて固定する。
空間の裂け目が元に戻ろうとしているのを阻止しているのだ。
あまつさえ、幽冥街のものを異次元に持ち帰っている。
「あいつら、心ある者にしか興味ないじゃないんか?」
ダインの疑問にフミカが仮説で答える。
「それは女王の趣味だったんじゃないスかね? 実際、アタシらが来るまではそれで賄えてたけど……でも、女王も負けたし、女王が蓄えてた犠牲者たちも解放しちゃったから、形振り構わずこの世界のものを持って帰ろうと……」
火事場泥棒か!? とダインは悪態をついた。
「……………………」
ツバサはしばし考え込んでから、フミカとマリナに声をかける。
「マリナ、フミカ、助けられそうな奴はいたか?」
ツバサたちが戦っている間、彼女たちには救助者の捜索を頼んでいた。
振り返る少女と幼女は、目を伏せて首を左右に振った。
「センセイ、この街にはもう……誰もいませんでした」
「ニンゲンモドキもプレイヤーも……みんなアトラクア共の餌食になったか、何らかの形で解放されたか……どっちかだったッス……」
「そうか、ありがとう──すまない」
解放──その2文字はこの場合、死を意味する。
2人に辛い思いをさせたことをツバサは詫びた。
その後、ダインに呼び掛ける。
「ダイン、ハトホルフリートに搭載した兵器はまだ使えるよな?」
「ああ、勿論じゃ。テンリュウオーとチリュウオーの武装関係はほぼ使い尽くしてしもうたが、船本体に積んである火器類は丸々残っちょるぜよ」
それで幽冥街を焼き尽くせ──ツバサは命じた。
覚悟こそ決めていたが、命じた声はどうしても震えてしまう。
出発前にはダインやフミカどころかミロやマリナにもしっかり説明したが、彼女たちにも動揺が走る。だが、こうするしかないのだ。
「異次元の奴らなんぞに、この真なる世界……いや、現実世界のものなんて砂粒ひとつくれてやりたくない。できれば回収してやりたいところだが……こうなってはどうしょもない。くれてやるぐらいなら焼き尽くしてやる」
生存者が1人もいないのが幸いした。
現実世界への未練が尾を引いても、こうするより他に手立てがない。
「空間の裂け目も塞ぐ必要がある……ダイン、やってくれ」
「…………了解ぜよ」
ダインの返事もどこか重い。
それでも指示通りにハトホルフリートの全兵器を起動させる。
「目標──幽冥街。全砲門打ち方始めぇいッ!」
ハトホルフリートからミサイルが、ロケットランチャーが、クラスター爆弾が、レーザー砲が、魔導兵器による爆雷が──幽冥街へと降り注ぐ。
廃墟の街が破壊されていき、アトラクアたちは逃げ惑う。
瞬く間に幽冥街は灰燼へと帰した。
蜘蛛たちは空間の裂け目へ逃げ込むしかなくなり、その裂け目を支えていた女王の残骸も砲撃によって吹き飛ばされる。
すると、空間の裂け目は次第に閉じていった。
その裂け目に──幽冥街がゆっくり引きずり込まれていく。
触手の王の時は気付かなかったが、周囲の空間を巻き添えにするようにして空間を修復していくらしい。幽冥街はそれに巻き込まれてしまったのだ。
もう誰もいない──塵と灰に塗れた街の姿が遠離る。
「どっか行っちゃっうね……あの街……」
ツバサの抱きついていたミロが、うっすらと眼を開けてつぶやいた。
空間の裂け目に飲み込まれていく幽冥街を見つめている。
それはドンカイに抱えられたトモエも同じだった。
「…………バイバイ、シズカちゃん」
名残惜しそうに──友達との別れを惜しむ瞳で見送っていた。
ツバサは艦長席にもたれかかると、音を立てずにゆっくり息を吐いた。
「あの街は……とっくの昔にどこかへ消えてたんだよ」
どこかの彼方へな、とツバサは付け加える。
そう思わなければ、悲しくて切なくてやりきれるものではなかった。
――幽冥街は消えていく。
何処とも知れない彼方の果てへと永遠に…………。
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