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第3章 彼方に消えしは幽冥街

第74話:殺戮の女神 セクメト

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 トモエが約束を果たした──その頃。

 焼け落ちた高層ビルを突き破り、新たな女王が出現していた。

「クモが脱皮して……カマキリになった!?」

 ミロが見た印象では、そう表現するより他なかった。

 かつて上半身だけで50m級だった巨体は、60m級とグレートダイダラスに匹敵するほど膨張している。次元の裂け目に隠れている下半身も更に肥大化したようだ。全身の甲殻もやたらトゲが目立つ骨太な鎧にバージョンアップしていた。

 長い腕も太さと頑丈さを増している。指先で撫でられただけで高層ビルくらいなら真っ二つにされてしまうだろう。

 五指はそのままだが、その指が刺々しい鎌になっていた。

 恐ろしいほど伸びた腕や指、それが蟷螂かまきりに見える。

 蜘蛛の女王は──蟷螂の女王へとクラスチェンジしたのだ。

「どっちにしろ毒婦どくふの象徴ぜよ……」

「どっちもオスを食べちゃうんだよね」

 機体の中で呻くダインに、ミロもウンウンと頷いた。

「私の目指す女性像ではありませんね」

 クロコはミロの背後に戻ってくると、話に参加してきた。

 失敬な! とゼガイはミロたちの発言に眉をつり上げる。

「姉さんは老若男女、区別なく美味しくいただく美食家グルメだぞ!」

 それを怪物って言うんだよ、と総ツッコミ。

 ミロとクロコはグレートダイダラスの肩にまで戻る。変身パワーアップを遂げて、脅威が未知数となった蟷螂の女王の出方を窺うためだ。

 ミロはからかうように訊いてみる。

「……で、負けそうになったから、そっちもパワーアップってわけ?」
「ラスボスが変身するのもお約束だろう?」

 ダイダラスのテコ入れを揶揄やゆするようにゼガイは笑う。

 彼も宙を飛んで蟷螂の女王の前まで戻ると、この姿が如何いかなる意味を持っているのか? それを知らしめるように語り出す。

「本来、姉さんがこの姿になるのは、もう少し供物から滋養を吸い上げてからだったのだがな……おまえらがあまりにも食い下がるから、予定を早めることになってしまったよ。急拵えなところもあるが……まあ、問題あるまい」

 その時、幽冥街全体を大きな地震が襲った。

 さっきからあちこちで地響きや大爆発が聞こえてくるが、それはツバサやトモエが暴れているからだ。しかし、この地震は違う。

 ミロの過大能力が訴えてくる。

 傷口に塩を塗り込まれる激痛にも似た、幻想世界ファンタジアに起きる異変。

 空間をこじ開けている者がいる──それも目の前に!

「予定って、もしかして…………」

 この感覚、ミロは骨身に染みるほど覚えがあった。

 あの触手大魔王が、空間の裂け目をこじ開ける感覚にそっくりだ。

 蟷螂の女王が幽冥街を軋ませている。

 彼女を中心に街が盛り上がる感覚、内側から押し破られそうな威圧感。

「そうさ……姉さんが本格的に幻想世界へと侵攻する!」

 その予定を繰り上げたのさぁ! とゼガイは高笑いを響かせる。

 蟷螂の女王となって力を増したゼガイの姉は、両手をズシン! と幽冥街に振り下ろした。そのまま踏ん張り、巨大な腹部を持ち上げようとする。

 空間の上げる悲鳴が、幻想世界を根底から揺るがした。

 幽冥街の中央──別次元への門が開こうとしている。

 蜘蛛らしい巨大な腹部を引き抜くことで、力任せに次元の裂け目をこじ開けるつもりなのだ。ものすごい強引な手段に打って出てきた。

 ヤバい、このままじゃ触手大魔王の再来だ。

 脳天気なミロもさすがにこれは焦る。

「止めてーーーッ! 女王アイツをこっちに出しちゃダメーーーッ!」

 ダイダラス! クロコさん! と2人に指揮を飛ばす。

「応よ! このグレートダイダラスに任せんかい!」
「主人の御用命とあらば!」

 グレートダイダラスが大太刀を構える。追加武装のキャノン砲を二門、肩に担いでエネルギー弾を発射しながら蟷螂の女王へ特攻をかける。

 クロコも過大能力で死角からメイド人形を出現させると、ダインから供給された重火器を撃たせた。本人はダイダラスの肩から指示を飛ばす。

 ダイダラスとメイド部隊による一斉砲撃。

 しかし、蟷螂の女王はビクともせず、幽冥街の地下にある空間の裂け目を押し破ることに専念している。

「やめんかーッ! こんカマキリ女がーーーッ!」

 グレートダイダラスが大太刀で斬りかかるが、巨大な蜘蛛の脚が何本か地下から突き出てくると、それらの脚が大太刀を受け止めてしまった。

 大太刀と巨大な脚は幾度となく斬り結ぶ。その間にも両肩からキャノン砲を放ち、蟷螂の女王の行動を遅らせる。

 グレートダイダラスは、女王の侵攻を少しだが押し止めていた。

「総攻撃ができるのは貴様らだけではないぞ!」

 出でよ! とゼガイも宝杖を振って眷族けんぞくに呼び掛ける。

 女王の本体が沈む。まだ燃え盛る高層ビルの跡地をかきわけて、大量のアトラクアが湧き出してきた。しかも、彼らまで形が変わっている。

「侵攻の日のために異次元あちらで育てていた、とびっきりの甥や姪だ!」

 フォルムの凶悪さもさることながら、大きさも象ぐらいはある。大型犬程度だったアトラクアが可愛く見えるサイズだ。

 そんな奴らが──グレートダイダラスに群がる。

「くそっ……こいつら! 関節部を狙っちょる!」

 すかさずクロコがメイド人形たちに命じて、火器でダイダラスにまとわりついたアトラクアたちを撃退するが、倒しても倒しても湧いてくる。

「ウィングセイバー! オーバーロードッ!」

 ミロもツバサの力を宿した聖剣で、雷撃や火球をぶっ放してアトラクアたちを吹き飛ばしたり、蟷螂の女王を直接攻撃したりする。

 神々の戦いは過熱していくばかりだ。

 ミロはダイダラスやクロコに指揮しつつ、自分も蟷螂の女王やアトラクアを倒すべく全力で攻撃し、時にはゼガイを叩っ斬ろうと奮戦する。

 そんな中、ミロが心の底から願うことはひとつだけ。

「ツバサさん──早く来て!」

 最愛にして最強の人の訪れを待ち侘びていた。

   ~~~~~~~~~~~~

 その頃、ツバサもまた──激闘の真っ最中だった。

 ツバサ・ハトホル VS アシュラ・トリムルティ。

 戦いの舞台であった由明ショッピングモールは跡形もない。駐車場はおろかショッピングモール本体も、戦いの煽りを受けて吹き飛んでしまった。

 今や見る影もなく、塵と小さな瓦礫がれきがまばらに散らばる荒野だ。

 そんな場所が幽冥街のそこかしかに現れている。

 ツバサとトリムルティは神族化した身体能力を遺憾なく発揮し、高速で戦いながら幽冥街全体を荒廃した戦場に変えていた。

 筋肉過多な肉体に2人の人間を肩に乗せる。

 その過重をものともせず、トリムルティは飛燕の速さで間合いを詰めてくる。

 本体であるジャガナートが回し蹴りをしてくるのと同時に、左肩のハスラーが蛇のように身体を伸ばして、突きの連打を打ち込んできた。

 ツバサに回避する場所がないようにだ。

 しかし、ツバサはジャガナートの蹴りに手を添えて、キック力を更に加速させてやることでバランスを崩し、ついでにハスラーの動きも掻き乱す。

 蹴りと突きをスルリと避ける。

 お返しとばかりに、今度はツバサが蹴り返してやった。

 だが、ジャガナートの腹筋は鋼鉄よりも硬く、こちらのかかとが痛むほどだ。

 腹に蹴りをもらったジャガナートは、その運動エネルギーを利用して後方へと飛び退きながら、近くの廃墟を足場にしてツバサの頭上に飛び上がる。

「ぬぅぅぅぅああああっ!」

 ジャガナートは組んだ両手を渾身の力で叩き落とす。

 鉄槌の如き一撃をツバサは躱すが、振り落とされた拳はアスファルトを割って周囲一帯を陥没させる。いや、破壊力がありすぎてアスファルトもその下の地面も一瞬で沸き立つスープのように液状化していた。

 溶岩マグマに引けを取らない熱い土が沸騰ふっとうして飛沫しぶきを上げる。

 どんなに足場が悪くなろうと神族には関係ない。

 ツバサは飛行系技能で空を蹴ると、鉄槌を振り下ろしたばかりのトリムルティに向かっていく。トリムルティも体勢を立て直して即座に応じた。

「──はあぁっ!」
「うぉぉぉぉりゃっ──!」

 ジャガナートとツバサの拳が激突すると、大気を破裂させる衝撃波が波紋となって広がる。周辺の廃墟は粉微塵に粉砕された。

 そこから1対3の混戦めいた殴り合いへと発展していく。

 トリムルティはジャガナート自身の攻撃に加えて、アトラクアと化したハスラーと卍郎の武器攻撃。三位一体から繰り出される同時攻撃は脅威だ。

 それをツバサは両手両足を駆使するだけではなく、過大能力で硬質化させた髪を何十もの武器にして対応する。

 これによりツバサは互角以上の戦いを繰り広げていた。

「──何のつもりだ、ウィング」

 突然、問い掛けと共にトリムルティの動きがピタリと止まった。

 サングラス越しに紫の眼光が左右へと配れる。

「おまえ……わざと戦場を移しているな?」

「やっと気付いてくれたか」

 トリムルティと距離を置いてツバサも立ち止まった。

 最初のショッピングモールから随分と離れた。

 ゼガイとかいうGMの作った閉鎖空間のせいでよくわからないが、少なくともミロたちが戦っている高層ビルから5㎞は離れたはずだ。

 ショッピングモールは──ミロのいる場所に近すぎた。

 ここまで離れれば十分、時間的余裕もないので切り札を明かすことにする。

これ・・はまだお試し期間中でな……家族なかまが近くにいるところで使いたくなかったんだ。使ったが最後、昨日のおまえらを笑えなくなるんだよ」

「昨日のオレたちを笑えない……?」

 ツバサの話し方から、ジャガナートは勘付いたらしい。

「おまえもまた狂戦士バーサーカーになるというのか?」

 惜しい、とツバサは半ば肯定しながらも否定した。

「狂戦士というよりは…………殺戮機械キリングマシーンだな」

 ツバサは準備を始める。

 やること自体は単純明快──過大能力を連動させる。

 あらゆる自然現象を司る──【偉大なるグランド・大自然ネイチャの太母ー・マザー】。
 肉体を極限以上に高める──【万能にしてオールマイ全能なる玉体ティ・ボディ】。

 この2つを連動させて、純粋な強さのみを追求する。

 人も神も抗いようのない天変地異レベルの天災をイメージして、それを莫大な力へと変換して肉体に付与していく。

 肉体を強化する過大能力に、大自然の凄まじい力を呼応させていく。

 世界の全てを滅ぼすように破壊する天災。

 この世の終わりをもたらす圧倒的なまでの破壊の権化。

「俺はミロあいつを……子供あいつらを絶対に失いたくない」

 家族を失うのは──もう嫌だ。

「アトラクアの女王にしろ、触手アブホスの王にしろ……この世界どころか、ミロたちを脅かすようなものを……のさばらしておくわけにはいかないんだ」
 
 あんな別次元の怪物どもの好きにさせるわけにはいかない。

 ならば、自分自身が強くなるしかなかった。

 誰よりも強く、何よりも強く──最強の神になるしかない。

「その果てに行き着いたのが……この力だ……ッ!」

 ツバサの全身から燐光が浮かび上がる。

 その燐光はオーロラにも似た輝きを発しており、ツバサの羽織っているジャケットのような強い赤味を帯びていた。

 これは──視覚化された気迫みたいなものだ。

「お望み通り見せてやる──今のオレの最高をッ!」

 眼に映るほど濃厚になった真紅の闘気。

 闘気が濃くなると、全身にまとった筋肉が増量する。

 着ているロングジャケットやパンツが張り裂けかねないほどだ。

 それでも女性的な肉体美を保たれており、女神の肢体が損なわれることはない。攻撃性が増すのは筋肉だけではなく、犬歯が伸びて牙となったり、爪が厚味を増して鉤爪になりかかっていた。

 赤い燐光はツバサの髪に染み渡り、その長い髪を血のような赤に染め上げていき、今までよりもボリュームのある髪質へと変えていく。

 まるで獅子のたてがみのように──。

 少し俯いているツバサの表情に、まるで歌舞伎の隈取りのような筋が浮かび上がってくる。これも発している燐光同様、火の如く真っ赤だった。

 グン、と持ち上げられた相貌そうぼう

 牙を剥くツバサの眼差しもまた──真紅に染まっていた。

 今、ツバサの意識を支配しつつあるのは、天災の力を呼び起こしたことによって膨れ上がった破壊衝動と、動く者すべてを殺したくなる殺戮衝動。

 その最中──ツバサはフミカとのやり取りを回想する。

『ハトホルという女神にはね、コワーイ一面もあるんスよ』

 エジプト神話に限った話ではないが、神話の神々は大抵の場合、“習合”しゅうごうといって、「この神とこの神は同一視されている」とか「この神は実はこっちの神様の別の一面だったりします」という、複雑な見なし方をすることが多い。

『ハトホルの恐ろしい一面、その女神の名は──セクメト』

 エジプトの最高神である太陽神ラー。

 後年、老いたラーの情けない姿を見た人間は太陽神を敬わなくなった。

 人間の不敬さに怒ったラーは、自らの右眼を抉り出すと、そこから獅子の頭を持つ女神を産み出して、「人類を皆殺しにせよ」と命じたのである。

 それが殺戮さつりくの女神──セクメト。

 セクメトは人類を殺して殺して殺し尽くして、ラー自身が「やり過ぎだ、もう止めろ!」と命じても、まだ殺し足りないと殺戮を続けたという。

『バサ兄も怒ったらセクメトみたいにおっかないッスもんねー』
『誰がセクメトだ』

 俺はいつだって優しいママだろうが、と皮肉で返した。

 しかし、この姿は──セクメトなのかもな。

 殺戮衝動に塗り潰されていく理性の中、そんなことを考えていた。

   ~~~~~~~~~~~~

 ジャガナートは困惑していた。

 目の前のツバサの様子が変わり始めたかと思えば、膨れ上がった長い髪は真っ赤に染まり、顔には隈取りを浮かべて、眼を血走らせているのだ。

「変身……でも、したつもりか?」

 金髪金眼になると恐ろしく強くなる。昔のヒーローにそんなキャラクターがいたが、それのオマージュのように見えなくもない。

 違うとすれば色──それと隈取りくらいか。

 全身に漂わせる血煙のような赤い燐光が、そのヒーローをダブらせる。

虚仮威こけおどし、ということはありえんな……」

 ウィングに限ってそれはない、そうジャガナートは断言できた。



 次の瞬間──ジャガナートは廃墟を20軒ほど突き抜けていた。



「──はっ!? えっ!? なっ!?」

 意識が飛んだとか、見えなかったとか、そんなちゃちなレベルではない。

 ツバサに殴られた。そして、吹き飛ばされた。

 胸板がへこんで真っ黒なあざから肉の焼け焦げた臭いがする。それほどの重く熱い拳で殴られた余韻よいんがある。それから推理できることはただひとつ。

 瞬間移動レベルの速さで懐に踏み込まれ──超豪速で殴り飛ばされたのだ。

 ジャガナートほどの手練てだれでも知覚できない領域。

 予備動作や前兆すら感じ取れなかった。

 音速すら遅いと感じるほどの超スピードだったに違いない。

 まさか光速に届いているのでは……と怖気おぞけを覚える。

 殴り飛ばされた勢いはどれほど建築物を貫いても一向に落ちる気配がなく、トリムルティの巨体は遙か彼方へ吹き飛ばされていく。

 腕力や膂力りょりょくにおいてもジャガナートを超えているかも知れない。

 甲殻化した胸板は破られ、臓腑ぞうふが致命傷を負い、背骨がひしゃげている。

 異形化による不死性がなければ即死していたに違いない。

 ようやく廃墟を突き抜け終わり、二車線道路らしきところに出る。

 そこには既に──ツバサが待ち構えていた。

 今度はしくじらない。

 右肩の卍郎を前衛に出して迎え撃つ──前に迎撃された・・・・・・・

 ツバサの姿が消えたのを確認した時には、ジャガナートの左肩はスッと軽くなっており、しばらくしてから血飛沫とともに耐え難い鈍痛どんつうに見舞われる。

 気付けば、卍郎の身体が引き千切られていた。

 振り返れば廃墟ビルの屋上にツバサが背を向けて立っており、その手には両手を失った卍郎を掴んでいた。

 振り向いたツバサの顔を見て、ジャガナートは戦慄する。

 ツバサは何本もの刀剣を歯で噛み止めており、その内2つの剣を卍郎の手が掴んだままだった。力任せにねじ切られたのだろう。

 噛んでいた刃物を、ツバサはスナック菓子のように噛み砕く。

 追いつくどころの話ではない。

 そもそも対応できない──反応すら不可能だった。

 気付いた時にはやられている。

 やられる、ではない。やられている・・・・・・という過去形になるのだ。まるで即落ち2コマ漫画、わかった時には致命傷を負わされている。

 これがさっきまで対等に渡り合えていた相手か!?

 圧倒的な力量差、絶望的な敗北感、力も技も速さでも勝ち目はない、

 そして──畏敬の念が生じる。

 こんな台詞は吐きたくなかったが、ジャガナートは壊れた笑みで口から漏らす。

「バ、バケモノめ……ッ!」

 ツバサは「言えた義理か」と言いたげに剣を吐き捨てた。 

 来る! と直感した瞬間、ジャガナートは持てる技能スキルを総動員させた。

 なんとしてもツバサの超スピードと超パワーを見極め、逆転のチャンスを見出すのだ! 全身全霊全神経を集中させて、初動を捉えんとする。

「……………………捉えたッ!」

 ビルの屋上からまっしぐらにこちらへ飛び降りてくるツバサを捉えることには成功するが、知覚できた時にはもう眼前にツバサがいた。

 ハスラーの身体が伸びて、棒で叩き落とそうとするのだが──。

 そのハスラーごと、ジャガナートの巨体も投げ飛ばされた。

 三つ子の魂百までも、身体に染みた合気の技は狂乱状態でも使えるようだ。

 だがしかし、えげつないことになっている。

 飛び掛かるハスラーの力を利用して投げ飛ばしたのだろうが、その際にツバサが加えた力が尋常ではなかった。

 ハスラーの伸びていた身体はグルグルと何十にもねじくれており、ついには胴体が耐えきれなくなって、卍郎と同じようにねじ切れてしまった。

 まるで力任せに絞ったタオルをねじ切るように──。

 ジャガナートの剛力を凌駕する膂力りょりょくからの投げ技。

 それはもう、ただ肉も骨もバラバラにするばかりの暴力だった。

「お、おおお……おおおおあああああああああーっ!」

 悲鳴なのか、歓喜なのか、ジャガナートにもわからない。

 幽冥街の遙か上空にまで投げ飛ばされた我が身が、不意に叫びたくて堪らなくなったのだ。ただただ、喉を突いて遠吠えのような声が出ていた。

 そんなジャガナートを──大きな翼が包み込む。

 眼下を見れば、ツバサの両腕が消えていた。

 代わりに何百もの巨大な鳥の翼が羽ばたいており、それがジャガナートの巨体を包み込んでいく。いや、これは鳥の翼に見えるが正体は違う。

 刹那の間に何億何兆と繰り出されている──ツバサの手だ。

 それがジャガナートの巨体をお手玉のように転がしたかと思えば、全身を引き千切るように投げ回し、あるいは骨を折る勢いで関節を極め、もしくはオラオラと叫びたくなる連打で殴りつけてくる。

 負ける、勝てない、これで終わり──思い知らされた。

 そして、全ての手が灼熱の気を帯びる。

大鵬翼たいほうよくさん──死に往く、おまえへ、の……手向け、だ……ッ!」

 ツバサの苦しそうな呻き声がここまで届く。

 殺戮衝動に支配されるも、なけなしの理性で語りかけているのか?

 そのことからジャガナートは察した。

 この技こそが──今のツバサの最高なのだと。

「──太陽に抱かれて・・・・逝け!」

 十重二十重に包み込む翼は、やがて燦々さんさんとした日輪の輝きを放ち、いつしかジャガナートは太陽に抱かれているような感覚に陥った。

 骨の髄まで灰にして、その灰すらも焼き尽くす究極の火力。

 これならばジャガナートを蝕む女王の毒液をも消し去ってくれるだろう。

「太陽に……勝てるものか…………完敗だ……ウィング」

 そして──ありがとう。

 ジャガナートの最後のつぶやきは、よく聞こえなかった。
 太陽フレアの爆音だけがツバサの耳に木霊する。

 自らの創り出した太陽を、無言のままツバサは見上げた。

 血走ったままの瞳、隈取りの浮かぶ顔──。



 その頬を──熱い涙が一筋だけこぼれ落ちていった。


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