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第3章 彼方に消えしは幽冥街
第69話:激戦! 乱戦! 大混戦!!
しおりを挟む「パズルアーム──噛み千切るもの!」
トモエの叫びに答えて大槌になっていた武器がパズルへと分解され、一対の分厚い刀に組み変わる。名前通り、まるで巨大な牙だ。
鎖で繋がった二振りの刀を手に、トモエは宙を駆ける。
単純な力比べでは巨大化したシズカに分がある。
それでも怪力を発揮できる蛮神の力ならあるいは……と思っていたが、こうも殴り飛ばされると、いくらトモエでも学習する。ありったけの全力で挑んでもたっぷりの助走を付けても、怪物になったシズカの腕力には敵わない。
それなら、こちらに分のある速さで挑めばいい!
トモエの過大能力は【加速】──高速で移動できるようになるものだ。それは地を駆けようが空を飛ぼうが、あらゆる状況で加速できる。
今まではその加速を重量武器に乗せて力に変えていた。
だが20mを超える巨体となったシズカの肉体は打ち破れず、いつもトモエが殴り飛ばされて終わっていた。
今度は──純粋な速さでシズカを翻弄する。
残像の軌跡が残る速さでトモエは走る。シズカの巨体を足場に駆け上がり、両手の二刀でめったやたらに斬り刻む。
全身のいたるところに隙あらば斬りつけ、シズカの首にある太い血管も掻き切って大出血をさせ、その勢いのまま宙に飛び上がる。
「んなあーッ! これならどうだッ!?」
これは効いたはず! 自信ありでトモエは振り返る。
振り返った瞬間──鉄拳が目の前に迫っていた。
また殴り飛ばされる寸前、トモエにはシズカの傷口が見えた。
あれほど斬ったはずの傷口が瞬く間に癒えていく。その尋常ならざる回復力により、断ち切られたはずの頸動脈も塞がっていた。
「んなっ……ッッッ! があっ!」
吹き飛ばされる前に双剣を逆立てて指の肉に突き立てる。トモエは意地でもシズカから離れようとしなかった。死ぬ気で食らいつく。
なんなら大口を開けてシズカの中指に齧り付いていた。
バレーボールみたいに殴り飛ばされるのは、もううんざりだった。
指から落とそうと、シズカはデタラメに手を振り回す。
振り落とされまいと懸命にしがみつきながら、トモエは悪いながらもなけなしの脳細胞をフル回転させて、シズカを殺す方法を考えようとする。
速さを活かして斬るのも駄目だ──シズカの回復力はおかしい。
斬ると同時に肉の切断面が盛り上がって塞がり、あっという間に癒着して傷跡すら残らないのだ。あれでは深手の傷さえダメージにならないだろう。
殺すなら一撃で仕留めるしかない。
人体の重要なところを一撃で木っ端微塵にするのだ。
トモエは昔読んだ、大人向けの伝奇ホラー漫画を思い出す。
経緯は忘れたが、大勢の人間がシズカのような巨大な怪物に変わってしまい、登場人物たちが立ち向かうシーンがあった。
怪物化した人間と戦う屈強な老人が、こんなことを言っていた。
『見てくれが変わろうと人間──頭か心臓を潰せば死ぬ』
どうせ殺るなら頭と心臓の両方を潰せ、と徹底的なことも言っていた。
彼女だって元は人間。同じ理屈が通るはず。
「シズカちゃんの頭か……心臓を……一撃で潰す?」
それができたら苦労しない! とトモエは自問自答に怒鳴り返した。
シズカはただ巨大化して犬面になっただけではない。
メチャクチャ強くなっていたのだ。
トモエもアルマゲドンで戦って戦って、鍛えて鍛えて……ひたすら強くなって、LVも632まで上げたのに、それでもシズカには勝てなかった。
この幽冥街で生き抜くため、シズカは必死だったはずだ。
生存競争に勝ち抜いた結果、こうなってしまったのかも知れない。
「それでも……殺す! トモエが殺す!」
約束したのだから果たさなければならない。
生まれた病院も一緒の幼馴染み。一番仲の良かったシズカの頼みを、こうなる前の人間性が残っていた最後のお願いを──。
「親友だったトモエが叶えないで…………誰がやる!」
トモエの辞書に“諦める”の文字はない。
他にも載ってない文字はたくさんあるが──それでも諦めないのだ!
~~~~~~~~~~~~
クロコ(人形)の自爆に巻き込まれたゼガイ。
その爆発にアトラクアはおろか、蜘蛛の女王ですら瞬間的に困惑した。
「チャンス到来! 今じゃきマリナ嬢ちゃん!」
「はいですッ!」
ダインの掛け声を合図に、マリナは飛行系技能で飛び上がる。アトラクアたちに糸を吹きかけられても、盾型防壁を展開して防いだ。
すかさずダインも物陰から飛び出すと、両手の指をマシンガンにして周囲のアトラクアたちを牽制する。のみならず、焼夷弾やら手榴弾、果ては小型クラスター弾まで発射して、アトラクアの大群を吹き飛ばす。
群れの中心にいるドンカイたちに影響が及ばない範囲でだ。
「ドンカイさぁーん! クロコさぁーん!」
マリナは全速力で飛び、自分の技能が届く範囲に来るとドンカイたちを包むように移動式結界を球状に張り巡らせる。
クロコに耳打ちされたドンカイが、マリナに気付いて振り向いた。
「おおっ、本当にマリナ君ではないか!」
先ほどまでのゼガイに向けていた剣幕は消え、ドンカイは親戚の子供を迎えるような笑顔で両手を広げる。マリナは結界をすり抜け、その腕に飛び込んだ。
「話は後です! 今すぐ逃げましょう!」
「うむ、クロコ君に聞いた。三十六計逃げるに布かずじゃ!」
ドンカイはクロコとマリナを抱え、その場から大きく飛び退いた。
アトラクアたちが追い縋り、蜘蛛の糸を吐いて結界ごと絡め取ろうとするがそれは想定内だ。援護射撃はダインだけの仕事ではない。
「バサ兄直伝の嵐を食らうといいッス!」
フミカの【魔導書】から稲妻と猛火が吹き荒れる。
ダインの無差別爆撃との相乗効果により、高層ビル内は大爆発に見舞われ、発生した火災によって阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
勿論、アトラクアたちにとってだが──。
「よっしゃ、尻巻くってトンズラぜよ!」
ダインとフミカも駆け出し、マリナとクロコを抱えたドンカイも合流する。
一行はトリムルティが突撃する際に開けた穴へと走り出した。
その行く手を──蜘蛛の女王の長い手が塞ぐ。
巻き上がる炎でも燃えない甲殻の腕を伸ばし、マリナたちの逃げ道を大きな手で通せんぼしていた。糸を吹きかけて鎮火までしている。
爆心地にいた彼も糸を吹きかけられ、どうやら無事のようだ。
「やってくれたな……クソメイドがッ!」
女王の糸を剥ぎ取って現れたゼガイ──その姿は一変していた。
クロコ(人形)の自爆に巻き込まれて、ローブの大半が燃え尽きて半身をさらけ出している。その肌も爆発の火力で真っ黒に焼け焦げていた。
ゼガイの人の皮が破れ、その下から黒い甲殻が現れる。
既に彼の身体は6割ほどが姉と同じように、アトラクアと同質のものへと変わりつつあった。クロコの自爆がそれを促進させたらしい。
「そ、そんな…………」
変わり果てたゼガイを目の当たりにしたクロコは、ほんの少し顔色を変えた。
「フン、貴様でもこの姿に驚くくらいの愛想はあったのか……」
ゼガイは残った人の皮を破り捨てて笑った。
「ク、クソメイドだなんて……私、あらゆるエロスは承りますが、出血過多なSMとス○トロだけはご遠慮させていただいております!」
「そっちに過剰反応してたんかいッ!?」
この場面でもぶれないクロコは、本当に筋金入りだと思う。
しかし、これはゼガイの怒りを買っただけだ。
「もういいッ! 姉さん、この不埒者どもを叩き潰してくれ!」
こんな奴らもういらない! とゼガイは叫ぶ。
出口の穴を塞いでいたのは右手、空いている左手がマリナたちに向かって振り落とされる。40m級の巨大な蜘蛛人間の手だ。
まともに当たればひとたまりもない。ぺしゃんこにされてしまう。
「舐めんな節足動物! 来い、ダインローラーッ!」
ダインが右腕に巻いたメカニカルなバンドに大声で命じると、頭上に巨大な鋼鉄のゲートが出現する。雷鳴をまとう黒雲の中心に重厚な門構えが見えた。
あれは──【不滅要塞】の搬入口だ。
ゲートが開いて巨大なトレーラー、ダインローラーが飛び出してきた。
ダインローラーは蜘蛛の女王の左手に体当たりを食らわして、振り下ろされる道筋をズラしてくれた。間一髪、マリナたちは事なきを得る。
「デカブツにはデカブツぜよ! ダインローラー、合体じゃ!」
ダインが空中に飛び、ダインローラーも車体を持ち上げる。
「魂の連結──巨神王ダイダラス降臨ッ!」
ダインローラーが変形して、その胸部にダインが組み込まれる。立ち上がった巨大ロボットの両眼が輝くと、巨神王ダイダラスの完成だ。
ダイダラスは蜘蛛の女王の左手を押さえ込む。
「おまんたちは先に行けぇ! この場はわしが食い止めちゃるきに!」
「そんなぁ! 無理無茶無謀ッスよ、ダイちゃん!?」
逃げろと言うダインの言葉に、フミカが悲鳴で異を唱える。
それもそのはず──規格が段違いなのだ。
ダイダラスは20m前後。対して、蜘蛛の女王は地上に現れている部分だけでも40mを超えており、その腕は同じくらいの長さがある。
おまけにアトラクアの脚みたいな五本指に捕まったら──。
「ぐおっ……こ、この細腕でダイダラスより馬力があるじゃとぉ!?」
ダイダラスは女王の左腕一本すら抑えきれず、それどころか逆に右手で頭から抑え込まれてしまった。左腕はダイダラスを腕ごと鷲掴みにしている。
握力も凄まじいのか、ダイダラスから装甲に亀裂が走る音が響いてくる。電気系統がショートして火花のスパークが飛び散った。
「ぐおぉあああああああああああああーっ!?」
何より、聞こえてくるダインの絶叫がピンチを物語っていた。
「ダイちゃん! ダイちゃーん!?」
フミカが泣き顔のまま、ダインを助けようと駆け戻る。
ドンカイもすぐに踵を返し、フミカの助太刀をせんと後を追う。ただし、マリナとクロコは下ろして「先に逃げろ」と目配せで伝えてきた。
どうすればいい──マリナは迷う。
ツバサならダインを見捨てず、フミカやドンカイと一緒に蜘蛛の女王へと立ち向かうはずだ。ならば、自分もそうするべきではないか?
クロコも逡巡している。逃げるべきか戦うべきか迷っているのだ。
なら──戦おう!
ここで逃げたらツバサの弟子として顔向けできない。
それに今、ここにはドンカイとクロコもいる。5人がかりならあるいは……という淡い希望も手伝って、幼い身体に勇気が湧いてきた。
マリナは意を決してダイダラスの元へ向かう。
これを見たクロコも首を頷かせ、その後に続いてくれた。
まずはダイダラスを解放しようとした──その時だ。
「…………──ぁぁぁぁぁああああああああああああんんなぁっ!?」
へんてこりんな悲鳴が尾を引いて飛んで来たかと思えば、何かが高層ビルをぶち破って飛び込んできた。それは勢いを殺すことなく──。
猛スピードで蜘蛛の女王の顔面に直撃した。
名状しがたい悲鳴が世界を揺るがす。
右目の複眼に突っ込んだのは野生児っぽい少女だった。その手に持っている鎖で繋がれた二本の刀は、あろうことか左目の複眼に突き刺さっている。
あれは痛い──人間だろうと怪物だろうと痛い。
――キシャアアアアアアアアアアアアアアアアーーーァァァン!?
蜘蛛の女王は激痛に悲鳴を上げ、暴れるように顔を振り回す。
その拍子に野生児少女はどこかに振り飛ばされた。
ダイダラスを押さえていた両手を離した女王は顔を覆って泣き叫ぶ。よほど痛かったのか、その巨体でもんどり打っている。自らの棲み処を壊す勢いでだ。
姉の混乱振りにゼガイも狼狽えていた。
「ね、姉さん!? くそっ、どこから何が飛んで……ッ!?」
足音のような地響きが高層ビルを震わせる。
新たに接近する巨大な存在に、ゼガイの甲殻の肌まで青ざめた。
高層ビルを破壊して殴り込んできたのは──犬面の巨人。
その巨人を見て顔色を変える者が他にもいた。
「ありゃ……さっきの犬面か!?」
「私たちを追って……来た感じではありませんね」
ドンカイとクロコは見覚えがあるようだ。
ゼガイも知った顔なのか、巨人を忌々しげに睨みつける。
「おのれェ……生き残りのシズカか!? なんてしぶとい小娘だ!」
シズカ? 小娘? ゼガイの言ってることは意味不明だ。
飛び込んできた野生児少女を追いかけてきたかのように、犬面の巨人は高層ビル内に乱入してくると威嚇の吠え声を上げる。
──るぅぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおんん!!
それに蜘蛛の女王が反応し、甲高い奇声めいた鳴き声を返した。
──フシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
蜘蛛の女王と犬面の巨人がぶつかり合う。
「おんどりゃああああああああああああああああああーッ!!」
そこにダイダラスまで混じって大乱戦を始めた。
犬面の巨人が蜘蛛の女王を蹴り、ダイダラスも女王を殴り飛ばす。かと思えば巨人はダイダラスを殴り、それにダイダラスが殴り返した。
そんな2体に蜘蛛の女王が手刀を振り下ろす。
密着に近い接近戦のため、殴る蹴るどつくの応酬になっていた。
いくら高層ビル内が広いとはいえ、巨大昆虫と犬型の巨人と巨大ロボがドカバキ殴り合いをすれば堪ったものではない。
マリナたちは右往左往するぐらいしかできなかった。
「何やってんスかダイちゃん! さっさと逃げるッスよーッ!?」
「ありゃいかん! 頭に血が上っとるんじゃ!」
フミカたちが大声で呼んでも、ダインは耳を貸そうとしない。
「姉さん! そんな乱暴なことしちゃいけいないって……姉さーんッ!?」
ゼガイもまた、蜘蛛の女王を制することができずにいた。
そこへ──新たに何かが飛び込んでくる。
野生児少女が飛んで来た時よりも段違いに速い。超轟速で飛来してきたそれは高層ビルにまた大穴を開け、まずはゼガイに激突する。
「姉さぁ…………どぐぶぅるああああああああああああああああーッ!?」
ゼガイにぶち当たったのは──アシュラ・トリムルティ。
トリムルティは速度を落とさず、ゼガイを巻き込んだまま更に飛んでいき、今度は蜘蛛の女王のくびれた腰を強打する。
これには女王も悶絶し、先ほどの顔面強打よりのたうち回っていた。
「賑やかだと思えば……役者が一堂に会しているみたいだな」
トリムルティが飛び込んできた穴に──人影が2つ。
長い髪をなびかせた豊かな肢体を惜しげもなく見せつける赤き母神と、二振りの神剣を手にして不敵に微笑む青き女神。
やっと来てくれた2人の姿を見て、マリナは思わず涙ぐんでしまう。
「──宴も酣ってところか」
ツバサがミロを伴い、ようやく現場に駆けつけてくれたのだ。
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